第 3 章 「言語活動」名詞
3.3 主名詞の意味
主名詞の意味に着目すると,「言語活動」の主名詞の中には,「諺」,「格言」,Ausspruch
(名言),Gerücht(噂)などのような意味的に飽和し,意味的に濃厚な名詞の他に,「言葉」,
「旨」,「話」,Wort(言葉)などのような,意味が稀薄だと考えられるものがあることが分 かる。意味的に濃厚な名詞は,一つの範疇を形成している場合があり,このような名詞に よる「特徴付け」は十分可能だと考えられるのに対して,意味の稀薄な名詞は必要な意味 内容が欠け,「特徴付け」という機能が果たせると考えにくい。
(65) それはほとんど,(蟷螂の斧をふるって竜車に向う)という諺に似たようなものだ。
「青春の蹉跌」
(66)個人の情念に関する事柄は他から正確に判断はしにくいが,結局「痘瘡と恋愛とは年 とってからかかると重くなる」という格言でも思いうかべるか,山本の家庭の事情を 想像してみるかよりほかはあるまい。「山本五十六」
(67)空地には野菜を少し栽培いたしまして「何が何でも,かぼちゃを植えよう」という当 局の標語に従って,かぼちゃを庭に植えました。「黒い雨」
(68)… und auch 1851 wurde sein Wohnsitz von der Polizei belagert, weil er in einer Buchrezension neben seinem berühmten Ausspruch »Der Mensch ist was er isst«
deftige politische Kritik vom Stapel gelassen hatte. Tatort Franken
((省略)「人間は,その食べるところのものである」という彼の有名な名言に加えて
…(省略))
(65)と(66)の主名詞「諺」や「格言」は,それが戒めや教訓となるような簡潔にし た言葉であるという意味,(67)の主名詞「標語」は,ある集団の行動や判断における規範 や理念などを簡潔に表した言葉であるという意味,(68)の主名詞 Ausspruch(名言)は,
ことの道理をうまく表現した言葉という意味を持っており,その意味が補充部に対して付 加されていると考えられる。このように,「諺」,「格言」,「標語」,Ausspruch(名言)は,
補充部によって表される内容に対して,その内容がどのようなクラスの言葉なのかという 意味を付加しており,まさに言葉に属する一つの範疇を表している。それに対して,「言葉」
や「話」のような意味の稀薄な名詞は,「諺」,「格言」,「標語」などと同様に,一つの範疇 を形成するほどの意味を有しないと考えられる。
(69) Sie sah überhaupt keine Kinder mehr auf den Straßen, und sie erinnerte sich an
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Ninos Worte, daß für die Kinder jetzt gesorgt sei. Momo
モモは,子どもはいまではどこかにみんな入れられているというニノのことばを思い 出した。「モモ」
(69)の主名詞 Wort(e) と「言葉」は,稀薄な意味を持っており,補充部に対して「言わ れた言葉ダ」という意味のみを付加していると考えられる。手元の対訳用例を見ると,(69)
のような名詞の内容補充での対応による訳が実に少ない。ドイツ語のWort(言葉)の用例 は(69)を含めて13例しか収集できず,対訳用例のほとんどでは,意味の稀薄な名詞の内 容補充表現に対して,訳文においては,名詞の意味を反映する表現形式が用いられないこ とが多い。原文・対訳間にこのような不対応が見られることなどからも,それらの名詞は,
補充部に対して「特徴付け」という作用をするのに用いられておらず,「特徴付け」とは明 らかに異なる表現効果を有していると考えられる。
このような意味の稀薄な名詞は,「言語活動」名詞だけでなく,「思考・心理」名詞や「こ とがら」名詞にも見られる。本論文では,これらのタイプの名詞を「一般名詞38」と呼び,
対訳用例を元に,その用法もしくは表現効果をより詳しく検討する。「言語活動」名詞の主 名詞は,意味的に濃厚なのか稀薄なのかというという点だけに着目すると,本論文で考え られる意味の稀薄な「一般名詞」として認められる名詞は,日本語の「言葉」,「旨」,「話」
が挙げられるが,ドイツ語にはWort(言葉)しかなく,また前述したようにWort(言葉)
の用例を13例しか収集できなかったため,ここでは,日本語の「言葉」,「旨」,「話」とい う「一般名詞」に考察を絞り,これらの名詞による表現効果について考察する。
まず,「言葉」から見て行く。
上記のように,日本語における「言葉」のような名詞は,内容に対して付加すると考え られる意味が稀薄である以上,内容に対して「特徴付け」という作用をするのに用いられ ると考えにくい。したがって,使用頻度が少ないのではないかと予測される。しかし,収 集した「言語活動名詞」のデータ全体の中で,「言葉」の用例の数は,「話」に続いて 2 番 目に多く,用例数は137例に上る。これは,収集できた「言語活動名詞」の全データの11.6% を占めている。このように,名詞「言葉」の出現数は多いが,それにもかかわらず,先行 研究に「言葉」の用法に関する詳しい記述は見られない。ここでは,「言葉」の用法につい ては,収集したデータを元に,更に詳しく考察する。
主名詞「言葉」の補充部に着目すると,その内容には,三通りのタイプがあることが分 かる。タイプ一は,上の(69)に見られるような「言われた言葉」及び下記の(71)のよ うに「書かれた言葉」の内容である。タイプ二は,「諺」に近い内容で,「諺」のように戒 めや教訓の意味を含む内容である。タイプ三は,「感謝する言葉」のように,「言葉」の目
38 Halliday & Hasan(1976:274)は,結束性という観点から一部の名詞に着目し,文法的結束性と語彙的結束性のボ ーダーラインに位置づけられるmatterやideaなどのような名詞があるとし,これらの名詞をGeneral noun(一般名 詞)と呼んでいる。本研究では,Halliday & Hasan(1976)の捉え方よりヒントを得た。本研究でいう「一般名詞」も 文法の領域と語彙の領域に跨るという点において,Halliday & Hasan(1976)のいう「一般名詞」と共通している。
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的もしくは意図を表す内容である。それぞれのタイプの出現数を次にまとめる。
(70)「言葉」の内容とその出現数と比率
「言われた言葉」及び「書かれた言葉」のタイプ (105例/76.6%)
「諺」のタイプ (15例/10.9%)
「言葉の意図」のタイプ (17例/12.4%)
それぞれのタイプを見て行く。まず,「言われた言葉」である。
収集したデータには,「言葉」が下の(71)に見られるような「書かれた言葉」という意 味で用いられる用例の数は,実に少なく,(71)の例を含め 5 例しかない。それに対して,
前掲の(69)に見られるような「言われた言葉」という意味で用いられる用例はもっとも 多く,100例に上る。以下に,いくつか例を挙げる。
(71) しかし,あなたの手紙に書かれていた「生きていることと,死んでいることとは,も
しかしたら同じことかもしれない」という言葉を目にした瞬間,私は異常な興奮と長 い思考にひたりました。「錦繍」
(72) 現代では,教養ある人が,自分には絵は解らぬと平気で言っている。(中略)実際のと
ころは,絵が解るとか解らないとかいう言葉が,現代の心理学的表現なのである。「偶 像崇拝」
(73) 「あいつがパンフレットを読んで憲兵にとどけたとして,それが裏切りということに
なるかなあ」と弟が考えこみながらいった。/39こういうぐあいにいちいち考えこむ奴 なんだ,暑さにもめげないで,とかれは思った。そしてむっと黙っていた。/「裏切 るという言葉だけど,ぼくには」 「戦いの今日」
(74) 病院での警察の事情聴取にも,ただわからないという言葉だけを繰り返していらっし
ゃいました。「錦繍」
上の(71)では,主名詞「言葉」は,補充部が手紙に書かれていた言葉である。それに 対して,上の(72)と(73)では,「言葉」の内容は,先行文脈の点線部に示されるように,
既に発話された内容であり,上の(74)では,主節の述語「繰り返す」からも窺えるよう に,「言葉」とその内容は内容補充表現によって初めて導入される。手元のデータでは,(74) のような「初出」タイプの用例が24例だったのに対して,(72)や(73)のような「既出」
タイプの用例は76例である。次に,「諺」に近い内容の場合である。
(75) 汗はボクサーを疲労させる。だからボクサーは,水を少しずつ,惜しみ惜しみ呑む。
水は噛んで呑め,という言葉がボクシングの世界にはあるくらいなのだ。「一瞬の夏」
39 原稿の改行箇所は,改行ですが,スペース節約のため,改行せず「\」を使う。
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(76)すでに光秀の時代の射術にも,/「暗夜に霜のおりるがごとく静かに自然に,引金を おとせ」 という言葉が,流布している。「国盗り物語・織田信長」
(75)や(76)における内容は,誰かが誰かに向かってする個別的な発言ではなく,一 般論的な内容であり,「諺」などのように戒めや教訓の意味を含んでいる。また点線部の「ボ クシングの世界」や「光秀の時代の射術」からも窺えるように,それらの「言葉」が通用 するのは,ある特定の業界や社会に限られるものであることが分かる。最後に,「言葉」の 意図が表す内容の場合である。下の(77)や(78)に見られるように,補充部によって表 される内容は,送り手による,言語活動に伴う意図や目的の解釈である。
(77) 柏木が私を「吃れ!吃れ!」と叱咤したように,私は風を鞭打ち,駿馬をはげます言
葉を叫ぼうと試みた。「強まれ!強まれ!もっと迅く!もっと力強く!」「金閣寺」
(78)ウベルティーノは,師の心づかいに感謝する言葉だけ述べて,僧院を出た。
「コンスタンティノープルの陥落」
(77)では,主名詞「言葉」の内容を直接示しているのは,それに先行する「はげます」
ではなく,その後に来る「強まれ!強まれ!もっと迅く!もっと力強く!」である。発話 行為の主体が実際に発話された「強まれ!強まれ!もっと迅く!もっと力強く!」という 文の用いられた意図や目的を「励ます」ことと解釈し,その解釈を補充部の内容としてい る。(78)も同様である。「感謝する」が実際に発話された言葉だとは考えにくい。(77)で は,「強まれ! 強まれ!もっと迅く!もっと力強く!」という実際の発話内容に対して,
何等かの処理もしくは解釈が施されており,(78)の場合でも,「師の心づかいに感謝する」
は,実際に発話された言葉を解釈したものだと考えられる。このように,(77)や(78)で 見られる内容は,実際の発話内容を直接的に引用したものではなく,それ解釈したもので あると言える。なお,(77)や(78)は,0.1の(12)に述べられている「主名詞が何等か の意味的な空所を有し,この意味的な空所を埋める内容は,補充部によって具体的かつ詳 細に叙述されるという関係である。」という条件を満たし,本論文でいう内容補充表現とし て位置づけられるが,「その言葉ではげます」及び「その言葉で感謝する」という書き換え が可能なことから,寺村(1993b)のいう「内の関係」として位置づけることができるとも 言える。このように,(77)や(78)に見られるような関係が典型的な内容補充とは言えず,
本論文では,周辺的なものとして位置づけたい。
以上のように,三通りの意味の「言葉」を見てきた。それらのうち,ここでいう「一般 名詞」として考えられるのは,タイプ一の「言われた言葉」及び「書かれた言葉」である。
以下に,対訳用例を元に,一括して,このタイプ一の「言葉」,「旨」,「話」による「特徴 付け」を検討する。まず,「言葉」について述べる。