第 4 章 「思考・心理」名詞
4.2 主名詞と共起する述語や文中の働き
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に,「気持ち」に相当する名詞を含む名詞的な表現は用いられておらず,動詞的な表現が用 いられている。このように,手元の対訳用例では,上記のような対応表現が見られるが,
日本語の「気持ち」に相当すると考えられるGefühlなどの名詞を主名詞とした内容補充表 現が用いられる例がない。次に更に例を一つ挙げる。ドイツ語の日本語訳文を見てみると,
次の(15)のように,動詞に対して「気持ち」の内容補充表現が用いられる例がある。
(15) Er wunderte sich darüber nicht, … Die Verwandlung それを格別不思議だとも思わなかった。「変身/高橋訳」
いまさら驚く気持ちもしない。「変身/中井訳」
(15)に見られるように,動詞sich wundernに対して,中井訳の文には,内容補充表現
「驚く気持ち」が用いられている。
このように,「気持ち」は,高橋(1979)の「特殊化のかかわり」が認められる場合にお いては,興味深い用法を持っているが,本論文では,上記の「気持ち」に見られる用いら れ方は,「気持ち」という意味が稀薄であることに起因すると考えられる。原文・対訳間に このような不対応が見られることなどからも,それらの名詞は,補充部に対して「特徴付 け」という作用をするのに用いられておらず,「特徴付け」とは明らかに異なる表現効果を 有していると考えられる。この点については,4.3で考察する。
次に,主名詞と共起する述語や文中の働きについて述べる。
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(16)「思い」(213例40)と共起する述語の出現数と比率
意味 生起 保有 する その他
述語 湧く,かすめる,よ ぎる等
ある する 占める,支配する,
追い払う等
出現数 計33例(15.5%) 10例(4.7%)) 39例(18.3%) 計49例 (23%)
(17) 「考え」と共起する述語の出現数と比率
意味 生起 保有 その他
述語 現れる,浮かぶ,浮く,襲う,
生じる等
ある,抱く 捨てる,勇気づける,通 用する等
出現数 計35例(44.3%) 計12例(15%) 計32例 (41%)
合計 79例
(18) 「気」(685例41)と共起する述語の出現数と比率
述語 出現数(比率)
気がする 223例(32.5%)
気になる 200例(29%) 気がある 133例(20%) 気が起きる 24例(3.5%) 気を失う/なくす/消える等 計35例(7%) (19) 「気持ち」(327例42)と共起する述語の出現数と比率
意味 述語 出現数(比率)
保有 ある,持つ 計83例(25%)
生起 なる,起きる,現れる,生まれる等 計69例(21%)
形容 強い,大切,一杯など 計25例(8%) 認知 知る,考える,分かる,理解する等 計17例(5%)
― する,動く,講じる 計9例(3%)
その他 失う,消える,抑える,止める,残る等 計74例(23%)
次に例を挙げる。
(20) だから,彼の周囲に,この大切な時に子供など持つべきではないという考えがあるの
40 「だ」(連体形の「で」を含む)と共起する例を含む。
41 「だ」(連体形の「で」を含む)と共起する例を含む。
42 「だ」(連体形の「で」を含む)と共起する例を含む。
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を知って,それはあまりにも激越すぎると思ったくらいなのだ。「一瞬の夏」
(21)「俺はよ,自分では盗む気持はもってねえんだ。それがどうして盗んでしまうのか,
俺にもわかんねえよ」「冬の旅」
(22)さっきからぼくの頭の中に「かぶや」へ行ってみようか,という考えがチラホラ浮か んでいた。「新橋烏森口青春篇」
(23)しかし,京子と伊木との関係について,花田は少しも疑いを持っていない。いや,関 係を考えてみる気持さえ,花田には起っていないとみえた。「砂の上の植物群」
(24)信夫は初めて真剣にたずねる気持ちになった。「塩狩峠」
(25)「あー,このおっさん,女好きなんやな」とわかると,やみくもに女をとりもたなけ れば,サービスに欠ける気持がして,それならば,明日はコールガール一人世話した ろかと,…「アメリカひじき」
(26)厚子は,母とバーテンのそんな姿をみるたびに,世のなかでいちばんいやなものを視 てしまった気がした。「冬の旅」
(27)三原は飯を食う気になれないので,紅茶を運んできて一口すすったが,思いついて手 帳をひろげ,鉛筆で書いてみた。「点と線」
「ある」と「持つ」が用いられる(20)と(21)は,「保有」を表す述語の例で,(22)
の「浮かぶ」と(23)の「起きる」は,「生起」の意味を表している。いずれのタイプも機 能動詞として働いていると考えられる。(24)~(27)では,「気持ち」及び「気」は「な る」及び「する」と複合的に用いられ,「思う」などのような動詞的な意味を表していると 考えられる。
「意志」と「希望」などのように,何かを行いたい(または行いたくない)という考え もしくは何かをしようとする考えを表す名詞群でも「ある」,「持つ」など「保有」の意 味を表す述語と出現数が多い。例えば,「意志」の57例のうち,23例(40%),「希望」
の23例のうち,11例(48%)で,収集した用例の半分近くを占めている。次に例を挙げる。
(28) 「…本当の父親は分らないし,母親もアル中で育てる意志がなかったから,産んです
ぐ貰い受けたというわけよ」 「若き数学者のアメリカ」
(29)新しい知識を得たいという希望はあったが,…。「孤高の人」
「喜び」,「恐れ」などのような感情を表す名詞も同様に,「ある」,「持つ」などの「保有」
の意味を表す述語と共起する例は,比較的に多い。例えば,共起する例は,「恐れ」の73 例のうち,66例(90%),「心配」の40例のうち,36例(90%)であり,全体用例数の9 割近く占めている。次に例を一つ挙げる。
(30) しかも屋内が暗いため,そとからは見られる心配がない。「国盗り物語・織田信長」
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(16)~(19)などで挙げた共起する述語とその出現数から分かるように,日本語の「思 考・心理活動」名詞は機能動詞と考えられるものや一定の述語と共起することが多い。上 記のような機能動詞結合に用いられる主名詞による「特徴付け」の可能性に関しては,本 節の冒頭でも述べたように,機能動詞結合では名詞の独立性が低くなり,名詞と機能動詞 という全体が動詞的に用いられていると考えられるため,機能動詞結合に用いられる主名 詞は,名詞性〈モノ性〉が弱まっており,これらの名詞による「特徴付け」の可能性は低 いと考えられる。
ドイツ語の「思考・心理活動」名詞の主な名詞には,日本語の「思考・心理活動」名詞 の主な主名詞と同様の振る舞いが見られる。次に,ドイツ語の「思考・心理活動」名詞の 主な名詞と共起する述語について述べる。
以下に,主な名詞とそれと共起する述語出現数と比率を取り上げる。
(31) Gedankeと共起する述語の出現数と比率
意味 述語 出現数(比率)
契機 beruhigen(落ち着かせる), erschrecken(震えさ せる), nervös machen(緊張させる)等
計48例(39%)
生起 beschleichen(忍び寄る), kommen(来る)等 計47例(38%)
評価的特徴付け 形容詞+sein(である), erscheinen(見える)+
形容詞等
計17例(13.5%)
その他 abfinden(諦める), akzeptieren(受け入れる)等 計12例(9.5%) 合計 124例(100%)
(32) Ideeと共起する述語の出現数と比率
意味 述語 出現数(比率)
生起 aufkommen(浮かぶ), (auf die Idee) kommen(思 いつく) ,entstehen(起きる)等
計90例(82%)
保有 haben(ある) 計6例(5.5%)
評価的特徴付け 形容詞+sein(である), finden(思う)+形容詞等 計5例(4.5%)
その他 ausreden(押し止める), fehlen(欠く)等 計9例(8%)
合計 110例(100%)
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(33)Gefühlと共起する述語の出現数と比率
意味 保有 生起 その他
述語 haben(ある) sich einstellen(生じる),sich beschleichen(とらわれる)
geben( 与 え る ),
verlieren(失う)等
出現数 336例(79%) 11例(3.5%) 計80例 (17.5%)
合計 427例(100%)
次に例を挙げる。
(34) …, doch dann beruhigte mich der Gedanke, dass mich niemand beobachten konnte.
Die Erfindung des Lebens
(誰も私を観察できなかったという考えは,私を落ち着かせた。)
(35) Therese war zu müde, als daß ihr auch nur der Gedanke gekommen wäre, der Mutter zu helfen. Amerika
テレーゼはあんまり疲れていたので,手つだってあげようという考えさえ浮かばなかった。
「アメリカ」
(36) Wenn in ihm die Idee entstand, einen Glücklichen zu töten, und … .
Seelenarbeit
(幸福な人を殺すという考えが彼に起きたとき,…)
(37) Obgleich sie ihm nie widersprachen, hatte Beppo auch nie das Gefühl, daß sie ihm wirklich glaubten. Momo
みんなは彼の話にケチをつけたりはしませんでしたが,それでもベッポは,じぶんの 話しを信じてもらえたという気持ちがひとつもしませんでした。「モモ」
上の(31)に見られるように,Gedanke ともっとも共起する述語は,(34)のような名 詞の内容補充表現によって引き起こされる事態,主に心理状況を表すものである。(34)で は,主名詞Gedankeが主節の主語で,それによって引き起こされたと考えられる心理状況
は,述語 beruhigen(落ち着かせる)によって表されている。(35)と(36)は,「生起」
の意味を表す述語の例である。(37)は,「保有」のhabenが用いられている。
日本語の「意志」や「恐れ」と同様に,ドイツ語のAbsicht(意図)もhaben(ある)と 共起する例が多く,Absicht(意図)90例のうち,44例で49%を占めている。Angst(恐 れ)も339例のうち,haben(ある)と共起する例が243例で72%を占めている。
(31)~(33)などで挙げた共起する述語とその出現数から分かるように,日本語と同 様に,ドイツ語における「思考・心理活動」名詞と共起する主な述語は,機能動詞と考え られるものやその名詞と共起するような一定の述語であることが多い。上記のような機能 動詞結合に用いられる主名詞による「特徴付け」の可能性に関しては,前述したように低
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以上,主名詞と共起する述語を見てきた。次に,主名詞の文中の働きについて述べる。
主名詞の文中の働きに着目すると,「言語活動」名詞と同様に,「思考・心理」名詞でも,
日本語では,主名詞が「だ」(連用形の「で」を含む)と共起し,述語として働く用例と,
ドイツ語では,前置詞を伴った主名詞と主文の述語動詞との間に付帯関係が認められる用 例があることが分かる。
まず,日本語における述語として働く主名詞から見て行く。
(38) はじめ徹吉は,一般的な『医家雑誌』医事月報にでも載せる考えで,日本に於ける近
代精神病学勃興の小史をまとめてみようという心算であった。「楡家の人びと」
(39)そもそも,この連載をはじめるに当って,編集部のほうでは,私の青春放浪を女性を 縦糸として物語らせようという考えだったらしい。「風に吹かれて」
(40)「辞める気だったからよ」「女社長に乾杯!」
(38)や(39)に見られるように,「考え」は「だ」と共起し,「考える」という動詞と 同様の意味を表していると考えられる。(40)の「気」についても同様のことが言える。
(40)の「気」は「何かをしようと思う」や「何かをしたいと思う」という意味で用いら れ,それで書き換えても意味が変わらないだろう。このような用法の「考え」や「気」に よる「特徴付け」の可能性は,ほとんどないと考えられる。
次に,「で」の例を挙げる。
(41) 僕はひどく胸のはずむ気持で,勢いよく,汲みたての冷たい水の中に顔を浸した。
「草の花」
(42)信夫は息づまる思いで祈った。「塩狩峠」
(43)「それも,肉を削る思いで差しあげます」「国盗り物語・斎藤道三」
(41)~(43)で見られるように,「気持ち」と「思い」とその補充部は,「で」を伴い,
主節の述語「顔を浸す」,「祈る」,「差し上げる」にかかり,「はだかで」や「大声で」など のような様態副詞に類似する働きをしていると言える。このような内容補充表現は,(41)
~(43)の補充部の内容は,内容が比喩的なもので,表現全体が慣用的に用いられている と考えられている。このような用法の「気持ち」や「思い」による「特徴付け」の可能性 は,ほとんどないと考えられる。
次に,ドイツ語に見られる前置詞を伴った主名詞と主文の述語動詞との間に付帯関係が 認められる用例について述べる。
(44) … und lief auf den Onkel zu, mit der bestimmten Absicht, ihm mit beiden Händen