この項では、新しい会計制度の検討過程、及び新会計基準導入時の課題につい て取り上げる。
5.2.1 新会計基準の策定過程
1982年に、企業、非営利団体含めて適用される仏会計原則(Plan Comptable
General67)が定められて以降、中央政府の会計基準もこれに準拠した形を目指し、
発生主義による会計基準を導入する試みが行われてきた。
このような試みを背景に、LOLF施行後の2002年、新しい会計基準を策定するた め会計基準設定委員会が設立された。この委員会の役割は、経済財政産業大臣の 諮問機関として、独立した立場から経済財政産業省が提案する新しい会計基準を 審議し、諮問を行うことである。委員会は行政の代表者、会計検査院代表、公認 会計士、有識者等から構成される。委員の任期は三年で、経済財政産業大臣が任 命する68。
67 国家会計規定委員会が策定した会計原則であり、フランスのあらゆる団体に適用される会計基準。
68 会計基準設定委員会の役割と構成については財政制度等委員会(2003a)を参照した。
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経済財政産業省により作成された新会計基準の原案は、会計基準設定員会の審 議を受け、修正された後に、国家会計審議会の承認により、2004年に正式な会計 基準として公開された。
新会計基準の導入準備は、経済財政産業省予算局の下に置かれたプロジェクト チームにより進められた。プロジェクトチームは従来の会計処理方法や慣行に必 要な修正を加えるため、会計基準の研修の実施や、組織の見直し、ITシステムの 見直しを推進した69。
5.2.2 新会計基準策定時の検討課題
会計基準策定時に主に論点となったのは次の二点である。一つは、新会計基準 は既存のどのような会計基準を参照して策定すべきかということである。もう一
つは、LOLF第30条で定める「国の財務会計の適用規則は、アクシオン特性を理由
とする場合を除き、企業に対する適用規則とは相違しない」という原則と国の活 動の特殊性にどのように折り合いを付けるか、ということである。本項ではこの 二点について述べることとする。
(1) 参考とした会計基準
仏中央政府会計基準の序文によると、当該会計基準は仏会計原則で定められる 一般的で原則的な概念に従い、①仏企業会計基準(the French Chart of Accounts)
及び国家会計規定委員会(Comite de la reglementation comptable , CRC)の規則、② 国際公会計基準(IPSAS)、③国際財務報告基準(International Financial Reporting Standards , IFRS)との整合性に配慮されて作成されている。
このような措置が採用されたのは、国の会計処理はLOLF第30条に基づき、可能 な限り企業会計と同様の方法で行われることが求められること、及び、すでに1980 年代から仏会計原則との整合性をとる方向で会計基準の検討が進められていたた めである。
②の国際公会計基準とは、国際会計士連盟の公会計委員会が策定した中央政府、
地方政府及びこれらに関連した機関における財務報告の透明性、理解可能性及び 国際的な比較可能性の向上を目指した国際的な基準である。仏中央政府会計基準 の検討当時、公会計委員会は、すでに発生主義に基づく基準案を20程度、公表し
69 この項はIFAC(2003)pp.24-26を参照した。
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ていた。このため、会計基準策定委員会は国際会計士連盟の公会計委員会のフラ ンス代表と密接に連携しながら検討を進めた70。但し、国際公会計基準の検討が 十分ではない分野があったため、その影響を強く受けてはいるものの、これをそ のまま導入することは見送られた71。
③の国際財務報告基準とは、企業活動が国際化するにつれ、各国間で財務諸表 の作成ルールが異なることは投資家保護の観点から望ましくないとの要請から、
民間機関の国際会計基準審議会(IASB)が作成した国際的に統一化した会計基準 のことである。従来、国際会計基準(International Accounting Standards)と呼ばれ ていたが、策定組織の変更に伴い国際財務報告基準へと改称された。
この他、マーストリヒト条約で定められた、ユーロ圏に留まるための財政基準 の遵守状況を測定する際に適用される会計基準で、発生主義に基づいた基準であ る欧州会計システム(European System of Accounts, ESA 95)や国の経済状況を 把握するために用いられる国民経済計算の基準(国際連合が作成主体)も参照さ れた72。このように新会計基準は、様々な国際的な会計基準の議論に配慮して作 成された。
(2) 会計基準策定時の論点
国の性質や活動の特殊性をどのように会計基準に反映させるかという点につい ては、国際会計士連盟公会計委員会でも十分な検討がなされていない部分であり、
新会計基準策定時の主要な論点であった。国の特殊性を、企業との比較でまとめ たものが下図表である。
70 IFAC(2003)
71 財政制度等審議会(2003)p.10
72 黒川(2003)p.164
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図表 45 国の特殊性(企業との比較)
国家の会計はその特殊性を反映しなければならない 目的
業務
歳出
歳入
公共への奉仕のための使命 を達成することであり、収益を生 むことではない
第一義的には経済活動ではない。その目的は多元的である。
歳出 は、無料のサービスの提供や他の公益的な活 動を行う 団体への資金提供といった収 益の獲得以外の目的に使用さ れる。
歳入は法律に定められた税収によりもたらされる。サービス の提 供や物品の販売により、獲得されるものではない。
国の特殊性-国と企業の違いについて
(出典)MINEFI(2005c)
これらの点を踏まえた、国の特殊性に係る論点と、会計基準における取扱いは 以下の通りである。
図表 46 国の特殊性と、新会計基準での処理
国の特殊性 新会計基準での取扱い
【貸借対照表】
・ 中央政府の義務と権利は、非常に多様 で、数量が多いため、財務情報に影響 を及ぼす要素しか考慮することができ ない。例えば徴税権や教育の提供義務 といった国に固有の義務と権利がある ため、何を会計の範囲に含めるかが論 点となる。
・ 上記に関連し、企業会計でいう資産の 概念にそぐわない資産や負債がある。
例えば国の主権や徴税権といった無形 資産である。
・ 直接の管理下にある資源を資産とみ なす。従って、中央政府の個別財務諸 表では直接政府が管理するもののみ を計上するため、政府が設立した別法 人の資産は含まれない。管理の概念が 計上の要否の判断になる。
・ 国家主権は適切な評価ができないた め、資産として認識しない。
・ 公務員退職年金債務及び社会保障等 債務は負債計上せず、附属明細におい て要計上額を記載する。この点は国際
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・ 当初資本がない。 公会計基準の検討においても結論が でていない。
・ 長期に亘って使用される資産の評価に は固有の問題があることが想定され る。例えば道路資産の評価や減価償却 である。
・ 資産は原則として取得原価で評価す るが、2006年以前に取得した資産で国 有財産台帳に記載されているものは 記載価格をインフレ率で割引くか、仮 定の価値をおくこととする。
・ 資産の使用期間が定められるものは、
その期間で減価償却を行い、定められ ないものは毎年時価等で評価する。
【純費用等計算書】
・ 企業会計の場合、費用と収益を対比す ることによって発生主義による損益が 測定される。しかし、中央政府におけ る収入は費用の発生とは無関係に発生 する場合がほとんどである。
・ 収入の認識に発生主義は適用しない。
(出典)仏中央政府の会計基準より新日本監査法人が作成73
この他、国の会計の範囲も論点となった。国の会計の範囲に、法人格の有無に 関わらず行政サービスを提供する主体を全て含めることも可能であるが、新しい 中央政府会計基準では、法人格を持たない省等のみを含むこととなった。将来的 には、法人格を持ち、行政サービスを担うオペレータや公益法人は、連結会計の 範囲に含むことが検討されている。
5.2.3 新しい会計制度の導入に係る論点
2004年の新会計基準の制定から2006年度決算が行われるまで、新しい会計制度 の導入準備が進められたが、十分に準備が整わない部分もあった。この結果、初 年度の決算における不備が2006年度の会計検査院の監査報告書(CDC(2007b))で、
留保事項として指摘された。
以下でその主要な問題点を紹介することで、新しい会計の導入に係る論点を分 析する。
73 作成にあたり財政制度等審議会(2003a)p.10を参照した。
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第一は、開始貸借対照表作成上の問題である。開始貸借対照表の作成のために 計上すべき資産の把握とその評価が完全に行われなかったため、資産の網羅性と 評価の適正性は完全に確保されなかった。会計検査院の監査報告書では以下のよ うな事項が指摘された。
・ 防衛省の資産計上額が不適切であること
・ 特定の有形固定資産・無形固定資産の計上方法が会計基準で明確に定め られていないこと
・ 道路資産の評価方法が不適切であること
・ 不動産管理システムの不備により不動産の計上額が不適切であること
・ 租税管理システムの不備により財務的負債(税の減免措置により納税者 に還付すべき金額)の計上額が不適切であること
このような問題が起きた原因として、これまで資産の会計情報を把握する試み が限定的であったため、資産の把握に予想以上の時間がかかったこと、各省で使 用されている資産管理システムに不備があったため情報の漏れや不正確な額によ る資産計上が行われたこと、資産評価が信頼性の高い方法で行われなかったこと 等が挙げられている。
第二に、内部統制の構築に係る課題がある。LOLF以前の公的機関の内部統制は、
主に、支出負担行為及び支出命令を行う支出命令官と、出納を担当する出納官を 分離することで担保されていた74。新しい会計基準により複式簿記・発生主義が 導入されるに伴い、この体制の維持に加えて、企業と同様の、COSOのフレーム ワーク75に準じた内部統制の構築が求められることとなった。これは、財務情報 を収集し、財務諸表を作成するプロセスに存在するリスクを管理し、財務情報の 品質を一定以上に確保するためである76。
内部統制の構築は、一義的には出納官の職務であると考えられる。これはLOLF 第31条で「出納官は、手続き及び会計の記録の誠実性を特に確保する。」と定め られていることによる。LOLFの準備期間中、各省と出納官の派遣元である公会計 総局は内部統制の構築に努めた。しかし、2006年の監査報告書で、会計検査院は、
74 木村(2004a) p.36
75 1992年に米国のトレッドウェイ委員会組織委員会(The Committee of Sponsoring Organization of the Treadway Commission, COSO)が公表した内部統制のフレームワーク
76 MINEFI(2007) p.6