第二部 本論
4.3. ウズベク語の二人称代名詞
4.3.3. 二人称代名詞 siz の変遷
4.3.2
でも述べた通り、sen
とsiz
は、元来二人称の単数と複数を表し、数のカテゴリーに基づく区別をなしていたが、後に二人称複数であった
siz
が二人称単数に転用され、敬称として用いられ るようになった。Rahmatullayev
(2000: 284)によると、 siz
の二人称単数敬称としての用法は古 代チュルク語に遡り、歴史上最古のチュルク語の辞典とされる『チュルク語集成』(Dīwān Lughāt al-Turk
、Maḥmūd al-Kāshgarī著 1072-1074)にも用例がみられるという。現代標準ウズベク語における
siz
の位置づけは、4.1.2
でも触れた通り、複数二人称としての用法 が主な用法として扱われ、単数の敬称二人称としての用法はその存在が指摘されるにとどまること が多い。しかし現代語では、二人称代名詞siz
は複数用法としてほぼ用いられず、もっぱら敬称の 単数二人称を指す代名詞として用いられている。現代語の二人称代名詞
siz
の使用実態を明らかにするために現代の文学作品12
作品を調べてみ た。調査方法は、小説からsiz
が用いられている会話文を抽出し、それが複数としての用法かそれ とも単数敬称としての用法かを調べた。なお、これらの作品中、siz
が読み手に対して用いられた場 合や手紙や詩の中で用いられた場合はデータから排除した。調査結果は次の表の通りである。43
表
11. 二人称代名詞 siz
の用法に関する調査文学作品にみられる二人称代名詞sizの用法 用法
文学作品
単数敬称用法 複数用法
siz (単独) siz~lar siz~biz
Eshonqul, N. 2001. Maymun yetaklagan odam. 15 - - -
Hoshimov, O‘. 2002. Hikoyalar. 36 - - -
O‘nar, S. 2010. Bibisora. 5 - - -
Said Ahmad. 2000. Tanlangan asarlar. 2-jild. 199 2 - -
Shuhrat. 1967. Oltin zanglamas. 342 - 1 -
Tog‘ay Murod. 2001. Bu dunyoda o‘lib bo‘lmaydi. 102 1 8 5
Tohir Malik. 1994. Shaytanat. 1-kitob. 295 - 1 -
Tohir Malik. 1996a. Shaytanat. 2-kitob. 286 4 1 1
Tohir Malik. 1996b. Shaytanat. 3-kitob. 323 1 1 -
Tohir Malik. 2001. Shaytanat.4-kitob. 245 - - -
To‘xtaboyev, X. 1975. Besh bolali yigitcha. 60 - - 2
Umarbekov, O‘. 2002. Saylanma. 1-jild. 184 1 1 -
合計 2092 9 13 8
調査の結果、小説
12
作品中、siz
が単数敬称として用いられた例が2092
例収集できたのに対し、複数として用いられた例は
30
例のみである。しかも、複数用法の30
例のうち、sizが単独で二人 以上の相手に対して用いられた例は9
例しかない。このことから、現代語では、siz
の複数用法は、次のような二つの使い方を除き、ほとんど使われなくなってきていると言える。
その一つは次の例の通りである。
38) Biz,
siz
fa
ɔl-lar-ga
suyanamiz!... Sizlar qančalik kop yɔrdam 私たち あなたがた リーダー-PL-DAT 頼る あなたがた どれだけ 多く 手伝いbersalariŋgiz, biz ɔčarčilikni šunčalik tez tugatamiz.
下されば、 私たち 飢饉を それだけ 早く 終わらせる
(私たちはあなたがたのようなリーダーに頼ります… あなたがたは援助の手を差し伸べれば差し伸べるほど、私 たちは飢饉をそれだけ早く終わらせられます。)
(Tog‘ay Murod. 2001.
Bu dunyoda o‘lib bo‘lmaydi.
p. 7) 39) Mensiz
ozbek-lar-ni
yaxši bilaman.私 あなたがた ウズベク人-PL-ACC よく 知る
(私はあなたがたウズベク人たちをよく知っています。)
(Tohir Malik. 1996b.
Shaytanat. 3-kitob
. p. 114)44
このように、sizが二人以上の人に対して使われる場合、sizの後ろに来る名詞・形容詞に複数接 尾辞
-lar
を付けて、sizが複数であることをその-larによって示すことが多い。もう一つの使い方は、「siz~biz」(「sizu biz」「siz bilan biz」「siz~, biz~」など)のような形 で、一人称複数の
biz(私たち)と一緒に用いられる。次の例を見ていただきたい。
40) Vatanga
siz-niŋ
muhabbatiŋgiz bolak,biz-niki-da
bolak, azizlarim.祖国に あなたがた-GEN 愛情 違う 我々-POSS-PRT 違う 愛しい人たち
(祖国に対する愛情は、あなたがたと我々とではそれぞれ違う。)
(Tohir Malik. 1996a.
Shaytanat. 2-kitob.
p. 198) 41)Siz
bilan biz endi ularniŋ ornini bɔsišimiz kerak, toġrimi?あなたがた と 私たち これから 彼らの 場所を 踏む べき 正しいか
(あなたがたと私たちはこれから彼らの跡を踏むべきです。そう思うでしょう?)
(To‘xtaboyev, X. 1975.
Besh bolali yigitcha
. p. 207) この二つの使い方における共通点は、どちらの場合も、複数を表す別の語や接辞によってsiz
が 複数であることが示されていることであり、特殊な用法であると言える。sen
とsiz
の対立がある他のチュルク諸語を観察すると、例えばカザフ語やキルギス語、タター ル語などではsiz
の単数敬称用法が文法書に記されている(庄垣内 1988b, 1988c, 1988dを参照)。以下では、庄垣内(1988b, 1988c)のカザフ語とキルギス語の人称代名詞に関する概説を紹介す る。
カザフ語
単数 複数
1
人称men biz/bizder
202
人称sen sender 2
人称丁寧体siz sizder 3
人称ol olar
(庄垣内 1988b:1150によるまとめ)
キルギス語
単数 複数
1
人称men biz 2
人称sen siler 2
人称丁寧体siz sizder 3
人称al alar
(庄垣内 1988c:1419によるまとめ)
45
このように、カザフ語とキルギス語では
siz
の複数用法が無くなり、二人称単数の丁寧体として 用いられている。調査の結果、sizの単数敬称用法が