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大村はま著 同上書 同上書 同上書 同上書 同上書 同上書 同上書 同上書 同上書 同上書 同上書 同上書 同上書 同上書 同上書 同上書 同上書 同上書 同上書 同上書 同上書 同上書 同上書 同上書 同上書 同上書 同上書 同上書 同上書 同上書 同上書 同上書 同上書 同上書 同上書
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『大村はま国語教室第十一巻』筑摩書房
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1989年 p.130
第3章国語科の授:業における教師の指導性
教材詩「足どり」、説明文「r開いた社会』に向けて」
を中心に一
第1節 教材詩「足どり」の授業における教師の指導性
1 詩の授業についての考え方
本授業である中学1年生の教材「足どり」1)(単元「『わたし』をこ えて」)は、大村はまの指導についての考え方や子どもについての考え 方を参考にし、詩の授業における教師の指導性を明らかにすることを意 図して構想したものである。
まず、本授業を構想するにあたっての準備については、大村はまの授 業の準備についての考え方を参考に、教科書の教材「足どり」以外に、
資料として、相田みつをの詩集「にんげんだもの」2>、まど・みちおの 詩集「人間いきてる」3)、小学生の詩を編集した作品集「おかあさん、
あのね」4)を用意した。
大村は、準備について、「資料を集めること」5>が必要であるとして、
「生徒の近づきやすい詩集、ことに、少年の作品集」6)や「新聞、雑誌 に掲載のものの中の、生徒が近づきやすい詩、少年の作品」7)を集めて おく必要があるとしている。そこで、本授業では、教科書教材の詩「足
どり」以外に、生徒が近づきやすい詩集として「人間いきてる」を、少 年の作品集として「おかあさん、あのね」を、また、詩の表現の仕方や 内容において個性的な筆跡を用いて、しかも読みやすく、中学1年生の 興味や理解度に応じているものとして、詩集「にんげんだもの」を準備 一111一
したのである。
生徒は、これらのさまざまな種類の詩を読むことによって、詩とは、
自分が見たり聞いたりしたこと、自分が零していることや考えているこ と、自分が興味をもっていることや、自分がそうありたいと願っている ことなどを短い文にして表現したものであることがわかるのである。そ して、さらに、詩は、それらの実際の事柄や出来事の奥にある気持ちや 考え方を表現するものであるということに気づくのである。それは、詩
「足どり」に表現された、二人の人間の表面的な出会いの奥にある人と 人との関係、人間愛を知るための第一歩となるのである。
本授業では、これらの詩集や作品集の中から、「足どり」のねらいや 目標にそって、「足どり」の理解を深めるために、人間の温かさややさ
しさ、強さを中心としてうたわれているものを選び出し、詩を味わわせ るという目標のもとで、それらの詩をはじめに読ませるという時間を設 定した。取り上げた詩や作品は、詩集「人間いきてる」においては、
「おみやげ」8)と「バキュームカー」9)、作品集「おかあさん、あのね」
においては、「こえくみ」10>と「時計」11>と「母の愛:」12)、詩集
「にんげんだもの」においては、「その時の出逢いが人生を根底から変 えることがある よき出逢いを(本文)」13>と「ただいるだけで」14)
と「ぐち」15>である。その中で、特に、詩集「にんげんだもの」の中 の詩「ただいるだけで」を導入の教材としてくわしく取り扱うこととし たのである。
これらの詩の特徴は、「人間いきてる」の「おみやげ」では、電車の 中で赤ちゃんに笑いかけられたことによって、その屈託のない明るさを、
夫をなくした母に「おみやげ」としてもって帰ろうとするやさしさが込 められていることであり、「バキュームカー」では、「いやな仕事」16 −112一
)、 「嫌われた」17)仕事をひたむきにする人に出会うことによって、自 分が人の恵みの中で生きていることへの気づきがうたわれていることで
ある。
また、 「おかあさん、あのね」の「こえくみ」では、なりふりをかま わずつらい作業に耐え、懸命に生きる母の姿と、その姿を思いやる作者 の心の温かさがうたわれており、「時計」には、自分たちの生活のため に休むことなく家事にいそしむ母に対する思いやりが込められており、
「母の愛」には、小さい命、子どもをいつくしみ、強く生きる母の姿と、
その愛の深さに気づいた作者の心の成長がうたわれている。
また、 「にんげんだもの」の「その時の出逢いが……」には、人はさ まざまな人に出会い、その大切な出会いは人生を変えるほどに意味をも つということがうたわれており、 「ただいるだけで」には、 「あなた」
18)がいることの明るさや温かさを感じ、自分もそんな心をもつ人間に なりたいという願いが込められており、「ぐち」には、人間が弱い面を
さらけ出しながらも生きていくということの心の強さがうたわれている
のである。
ここで、本授業の展開において、詩「足どり」に対して、詩集や作品 集を三冊準備し、詩「ただいるだけで」を導入の教材として取り上げた
ことは、大村が、生徒に詩を「多く広く読ませるため」19)、「全体に たのしく、詩を読むことに興味を持ってくるように」20)、r深く読ま せるため」2D、「けっきょく、詩を読み味わう力を増すため」22)と考 えて、生徒が「詩を集める」23>ことについて、「何かの理由で、二つ の詩なり歌なりを関連づけて、二つずつ結びつけて集める」24)ことを それらの目的のための活動としたことに基づいている。したがって、本 授業においては、詩意編を読ませて、その中から教師が二つの詩を生徒
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に提示する形をとったが、これは、詩を三編、教材として提示すること が、人間がもつ心の温かな触れ合いを表現していることにおいて、生徒 が二つの詩を関連のある詩として結びつけ集めるという活動と同等の目 的をもった活動であるとみなしたからである。
二つの詩の関連については、詩「足どり」の内容として、見知らぬ人 との思いがけない会釈の交わし合いによって、心地よさを感じ、軽やか な気持ちになって、生きていく力強い勇気が生まれたという、人と人の 心の温かなつながりや出会いの心地よさといったものがうたわれている ということ、詩「ただいるだけで」の内容として、人が人の存在してい ることで明るさや安らぎを感じているところがら、人と人がふれ合うと いうことの温かさや、優しさなどがうたわれているということの、それ ぞれの詩の内容の類似によって結びつけた。すなわち、二つの詩の内容 には、人と人の心のつながりを大切に考え、温かく優しい気持ちの交流 といったものが共通の心情として込められていると理解し、詩「足どり」
の学習の導入として、詩「ただいるだけで」を提示することは、詩「足 どり」の学習を深めるのに適切であると考えたのである。
次に、詩「足どり」の指導のあり方について、主として参考にした大 村はまの考え方は、「詩の味わいかた」25)というときには、生徒に詩
を与えて、「『味わいかた』として頭に入れ、理解させようとするので なく、実際に詩を読み味わわせて、その間に、『詩の味わいかた』を身 につけさせ」26)るという考え方である。つまり、詩を味わわせるとい う学習のときには、詩の味わい方を説明したり、理解させたりするので はなくて、詩を実際に読ませることによって詩を味わわせるということ である。そこで、教材として取り上げた詩以外に、「おみやげ」、「こ えくみ」、「その時の出逢いが……」、「ぐち」という詩や作品を読ま 一114一
せたのである。
「おみやげ」においては、夫を亡くした母の寂しさが思いとしてあっ て、ふと電車の中で赤ちゃんから笑いかけられたことによって、明るさ
を取り戻し、それをおみやげとして思わず急ぎ足で家路についていると いう話者の思いやりを味わわせるために読ませることにした。「こえく み」においては、なりふりをかまわずこえたこをかつぎ、つらい畑作業 に黙々と耐える母の強さと、その懸命な母の姿を思いやる作者のやさし い気持ちを味わわせるために読ませることにしたのである。
また、「その時の出逢いが……」においては、生徒が生きてきた中で さまざまな人に出会い、人から影響を受けてきたということ、そして、
生きていくうえで、また、さまざまな人に出会い、自分の人生において 意味をもつ大切な出会いをするということに気づき、よい出会いをする ために心を研いで生きていくということを味わわせるために読ませるこ とにした。「ぐち」においては、人間が生きていこうとするとき、さま ざまな困難やつらいことにぶち当たることがあるが、弱音を吐きながら、
涙をみせながらでも、それらの苦しいことを乗り越えて生きていこうと する人間の心の強さ、たくましさを味わわせるために読ませることにし
たのである。
導入の段階において、このように多くの詩を読ませ、味わわせること によって、生徒は詩に興味を持ち、自分から進んで詩を読み、味わおう
とする気持ちになるのである。このことをふまえて、さらに、詩「足ど り」の表現領域の目標、すなわち、詩の内容や特徴をよく分かるように 朗読させること、及び、理解領域の目標、すなわち、詩に表現されてい
るものの見方や考え方を理解させ、詩に対する自分の見方や考え方をま とめさせることを達成するために次のようなことを意図した。
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