腸管ベーチェット病は、腸型ベーチェット、腸管型ベーチェット病とも呼ばれ英語で は
intestinal Behçet’s disease
やentero-Behçet’s disease
と表記される。厚生労働省ベーチェ ット病に関する調査研究班による診断基準では特殊型に分類される。シルクロード病と 称されるベーチェット病のなかでも韓国や日本からの報告が多い。(I)
腸管ベーチェット病の臨床的特徴 腸管ベーチェット病の内視鏡試験は回盲 部に存在する類円形の深掘れ潰瘍が腸管定 型病変(図1
)と定義され、診断基準項目の 副症状に含まれる。定型的な回盲部病変と ともに完全型ないしは不全型ベーチェット 病の診断基準を満たす症例が腸管ベーチェ ット病と診断される1)2)(表1
)。すなわち全 身症状を含めてベーチェット病と診断され ることが“腸管ベーチェット病”という病名を用いる際の条件となる。ときに全身症状からベーチェット病の診断が確定した患者に 多彩な消化管病変が出現することがあるが、現在それらは腸管ベーチェット病とは呼ば ない。一方、実際の診療現場では回盲部の典型病変を有しながらも不全型の条件を満た さない疑い例が多く存在する。これらについてはあくまでも腸管ベーチェット病疑いに とどまる。さらに日本にはベーチェット症候を伴わない回盲部の円形の深い潰瘍病変、
“単純性潰瘍”という疾患概念がある。単純性潰瘍は「回盲部近傍の慢性打ち抜き様の潰 瘍」という疾患概念を提唱した、あるいは「境界明瞭な円形ないし卵円形で,下掘れ傾 向が強く、回盲弁上ないしその近傍に好発し組織学的には慢性活動性の非特異性炎症所 見を示す
Ul-IV
の潰瘍」と定義され3)4)、腸管ベーチェット病と単純性潰瘍を内視鏡像 あるいは病理像で鑑別するのは困難とされ ている。両者の鑑別は全身の症候や臨床経 過で鑑別することになる。単純性潰瘍と診 断されたのち消化管以外の症候が出現し腸 管ベーチェット病の診断がつくことはあり 得る。
腸管ベーチェット病の病変は深掘れの打 ち抜き潰瘍を呈するため、突然の穿孔や大
量出血のリスクを伴う。このためベーチェット病において腸管病変の合併はときに生命 予後をも左右するリスク因子とみなされる。また術後再発率も高く複数の手術を必要と する患者も存在する。予後不良因子についてはまだ詳細な解析はなされていないが、
① 35
歳未満の発症、②CRP
高値、③
高い疾患活動性、が予後に関するリスク因子として報 告されている5)。本疾患の累積手術率については外科手術を受けた72
人の患者の58.3%
に再発が認められ
30.6%
の患者に再手術が必要になり、累積術後再発率は5
年間で47.2%
48
であったという報告6)があり、複数回の外科手術が必要となるリスクを有する疾患であ ることがわかる。
(Ⅱ)
腸管ベーチェット病の治療腸管ベーチェット病の治療については高いエビデンスレベルで確立したものはなく、
全身性のベーチェット病あるいはクローン病の治療経験に基づいて治療が行われてき た。難治性炎症性腸管障害に関する調査研究班(日比班)により作成された腸管ベーチ ェット病・単純性潰瘍の診療に関するコンセンサス・ステートメント7)において、消化 器内科、消化器外科、リウマチ膠原病内科のエキスパートのコンセンサスとしてはじめ て一定の方向性が提唱されている。その後、
TNF
阻害薬の有効性が数多く報告されるよ うになり、さらにアダリムマブ(Adalimumab: ADA
)とインフリキシマブ(Infliximab: IFX
) の臨床試験の結果 8)9)から有効性が確認され、これら2
剤の腸管ベーチェット病に対す る適応が承認された。これをもって腸管ベーチェット病・単純性潰瘍の診療に関するコ ンセンサス・ステートメントの第2
版が作成された2)。腸管ベーチェット病も再発性で複数回の手術を必要とする進行性の疾患であると考 えられ、今後の課題としては、まず長期予後すなわち累積手術率を明らかにすること、
特に治療によってそれらが改善するかどうかを明らかにすることが重要である。長期予 後の改善には治療薬の開発はもちろん、適切な薬の使い方、治療目標の設定、疾患活動 性のモニタリング方法の確立が重要となる。
おわりに
今回の腸管ベーチェット病の診療ガイドライン作成においては文献的エビデンスが 少ないことから診療経験の豊富な専門家が集まり会議のうえ合意度を形成した。内容と しては専門家でも意見の分かれるような
CQ
は含まれないように留意した。参考文献
1. 石ヶ坪良明. 腸管ベーチェット病診療ガイドライン平成21年度案 ~コンセンサス・ステートメントに基づく
~ 厚生労働科学研究 難治性疾患克服研究事業 ベーチェット病に関する調査研究(研究代表者 石ヶ坪 良明). 2010.
2. Hisamatsu T, et al. The 2nd edition of consensus statements for the diagnosis and management of Intestinal Behçet’s Disease – Indication of anti-TNFα monoclonal antibodies. J Gastroenterol. 2014; 49: 156-162.
3. 武藤徹一郎. いわゆる“l aとは. 胃と腸. 1979; 14: 739-748.
4. 渡辺英伸 他. 回盲弁近傍の単純性潰瘍の病理. 胃と腸. 1979; 14: 749-767.
5. Jung YS, et al. Long-Term Clinical Outcomes and Factors Predictive of Relapse After 5-Aminosalicylate or Sulfasalazine Therapy in Patients With Intestinal Behcet Disease. J Clin Gastroenterol. 2012.
6. Jung YS, et al. Prognostic factors and long-term clinical outcomes for surgical patients with intestinal Behcet's disease.
Inflamm Bowel Dis. 2011; 17: 1594-1602.
7. Kobayashi K, et al. Development of consensus statements for the diagnosis and management of intestinal Behcet's disease using a modified Delphi approach. J Gastroenterol. 2007; 42: 737-745.
8. Tanida S, et al. Adalimumab for the treatment of Japanese patients with intestinal Behçet's disease. Clin Gastroenterol Hepatol. 2015; 13: 940-948.
9. Hibi T, et al. Infliximab therapy for intestinal, neurological, and vascular involvement in Behcet disease: Efficacy, safety, and pharmacokinetics in a multicenter, prospective, open-label, single-arm phase 3 study. Medicine (Baltimore). 2016;
95: e3863.
(久松理一)
(d)
血管病変(血管ベーチェット病)(I)
血管型ベーチェット病の定義ベーチェット病における大血管病変はしばしば致死的な経過をとり、頻度は少ないが
49
予後を規定する重要な臓器病変である。厚生労働省診断基準(
2016
年改訂)では、完全 型あるいは不全型の診断基準を満たし、臨床的、画像的に比較的大きな動脈静脈に病変 が確認される場合を血管型と定義する。表在性血栓性静脈炎は皮膚症状に分類されるこ とは留意すべきであるが、この病変が存在する場合は深部血管病変の頻度も高いことは 念頭に置く必要がある。ベーチェット病様の血管病変があっても診断基準に基づき確定 診断できない症例の診療において、本ガイドラインの鑑別診断を含む診断の項目は参考 になる可能性があるが、それ以外のステートメントは原則適応されない。(Ⅱ)
疫学本邦からの報告(対象ベーチェット病患者数
277
~3,316
例)に基づく血管型の発症頻度は
6.3-15.3%
であり、諸外国と比べ、低頻度である1,2)。重症型、特に肺動脈瘤(
研究班血管型症例の
2%
、本邦ベーチェット病患者の推定頻度は0.2%
程度)は若年男性に多い。
本研究班の血管型症例
105
例の検討では血管病変は静脈系71.4%
(血栓68.6%
)、動脈 病変29.5%
(動脈瘤19.0%
、閉塞12.4%
)、肺病変24.8%
(肺塞栓19.0%
、動脈瘤7.6%
)、心病変
6.7%
に分布し、諸外国の報告ともほぼ一致する 1,3)。ベーチェット病診断確定 から血管病変発症までの期間は7.
1年±7.9
年だが、血管病変の出現をもって診断確定時 に至る例も少なくない(27
例、25.7%
)。この検討ではベーチェット病診断より血管病変 が先行したのは少数(2
例、1.9%
)であったが、約10%
にみられるとする報告もある4)。複数の血管病変が併存することは稀でなく、特に肺動脈病変は深部静脈血栓症を伴う ことが多い4)。肺動脈瘤からの出血、動脈瘤破裂、心病変はしばしば致死的となりうる
5,6)。
(Ⅲ)
病態病理静脈病変は閉塞性炎症性血栓である。動脈病変は
vasa vasorum
を含む外膜の炎症が初 期病態で、外膜側からの動脈壁の傷害により閉塞または仮性動脈瘤の形成に至る7)。肺 動脈病変も炎症細胞浸潤が主な所見で、壁在血栓を伴う真性動脈瘤を形成する6)。(Ⅳ)
症状(i)
深部静脈血栓症深部静脈血栓症は下肢、特に膝窩、大腿静脈に好発し、その遠位部の腫脹、うっ滞性 皮膚炎、局所疼痛、皮膚潰瘍、側副血行路による表在性怒張などをきたしうる(図
1
)。上大静脈症候群やバッド・キアリ