本章では,
2
章で作成したモデルに従って人工社会を作成する.2
章では多分 岐型の教育システムを2
つ設定していた.2章のモデルで描かれる教育システ ムは,高校と大学のような関係である.本章では本論の目的に合わせ,もう1
段階教育システムを設定し,中学校段階も含めた3
段階の教育システムを人工 社会上に設定する.5.2.1
中学校段階の選抜と意思決定プロセス人工社会の設定に先立ち,中学校段階の選抜を考慮した教育内移動モデルを 整理しておく.多岐選択型の教育段階を
1
つ追加するなら,2章に示したモデ ルツリーを自己相似形に発展させればよいが,国私立中学校を想定すると,他 とは性格の異なるノードを作成しなければならない.中学校段階では,どのよ うな中学校を卒業しても,のちの段階の教育選択を制限されない.つまり,こ れまでのモデルのLeave
という選択肢は中学校段階には存在しない.したがっ て,中学校段階での選択は,国私立中進学を選択するか公立中学校進学を選択 するかの2
通りになり,国私立中学校選択者が割り振られるノードは,(希望通 りの)国私立中学校進学か,(受験失敗等の)公立中学校進学のいずれかになる(図
5.1).このような,教育選択 0
段目を含むモデルの下での意思決定を定式化する.
このようにモデルツリーを展開しても,個人の意思決定はこれまでと同様後 ろ向き帰納法で示される.教育段階
2
は,教育段階1
と教育段階0
による条件 付きの意思決定となるが,4
章と同様の仮定を採用する.すなわち,教育段階2
への分布を示す確率𝛬𝛬
は教育段階1
にのみ制約され,教育段階0
の影響を受けな い.教育段階0
でどちらのタイプに進んでいても,教育段階2
への到達確率に は直接的に影響しないということである.この仮定を採用すれば,各クラスの 教育段階2
への意思決定は,2章とまったく同じように𝑆𝑆: � 𝜆𝜆
𝐾𝐾 𝑖𝑖𝑖𝑖𝑖𝑖𝛼𝛼
𝑖𝑖1𝑖𝑖
> 𝛽𝛽
𝑖𝑖1𝑊𝑊: � 𝜆𝜆
𝐾𝐾 𝑖𝑖𝑖𝑖𝑖𝑖(𝛼𝛼
𝑖𝑖1+ 𝛼𝛼
𝑖𝑖2)
𝑖𝑖
> 𝛽𝛽
𝑖𝑖1+ 𝛽𝛽
𝑖𝑖2と示すことができる.
109
続いて,教育段階
1
は,教育段階0
の直接の影響を受ける.教育段階1
にお ける意思決定の条件は,𝑆𝑆: � 𝜋𝜋𝑖𝑖𝑖𝑖 � 𝜆𝜆𝐾𝐾 𝑖𝑖𝑖𝑖𝑖𝑖 𝛼𝛼𝑖𝑖1
𝑖𝑖 𝐽𝐽
𝑖𝑖 >𝛾𝛾1∨ � 𝜋𝜋𝐽𝐽 𝑖𝑖𝑖𝑖 𝛽𝛽𝑖𝑖1
𝑖𝑖 >𝛾𝛾1
𝑊𝑊: � 𝜋𝜋𝑖𝑖𝑖𝑖 � 𝜆𝜆𝐾𝐾 𝑖𝑖𝑖𝑖𝑖𝑖 (𝛼𝛼𝑖𝑖1+𝛼𝛼𝑖𝑖2)
𝑖𝑖 𝐽𝐽
𝑖𝑖 >𝛾𝛾1+𝛾𝛾2∨ � 𝜋𝜋𝐽𝐽 𝑖𝑖𝑖𝑖 �𝛽𝛽𝑖𝑖1+𝛽𝛽𝑖𝑖2�
𝑖𝑖 >𝛾𝛾1+𝛾𝛾2.
であった.いま,教育段階
0
にタイプ1
とタイプ2
の学校があり,進学した学 校タイプによって,教育段階1
で進学した際の達成の確率分布に違いがあると 仮定する.進学した際の達成の確率分布𝜋𝜋
𝑖𝑖𝑖𝑖は,個人の能力によって決定された.教育段階
0
による教育段階1
への影響は,確率分布を決定する個人の学力に対 する影響ととらえることができる.教育段階0
でタイプ1
へ進学した集団の,学力分布の平均的な変動を
𝜃𝜃
1とし,タイプ2
におけるそれを𝜃𝜃
2とすれば,教育 段階0
を経た後の,教育段階1
への達成分布𝜋𝜋
𝑖𝑖𝑖𝑖は,𝜋𝜋(𝑥𝑥
𝑖𝑖)
𝑖𝑖|1= 𝐹𝐹
𝜀𝜀�𝜏𝜏
𝑖𝑖−1− 𝑥𝑥
𝑖𝑖− 𝜃𝜃
1� − 𝐹𝐹
𝜀𝜀�𝜏𝜏
𝑖𝑖− 𝑥𝑥
𝑖𝑖− 𝜃𝜃
1�
(5.1
)図5.1 義務教育段階を追加した教育決定木
110
𝜋𝜋(𝑥𝑥
𝑖𝑖)
𝑖𝑖|2= 𝐹𝐹
𝜀𝜀�𝜏𝜏
𝑖𝑖−1− 𝑥𝑥
𝑖𝑖− 𝜃𝜃
2� − 𝐹𝐹
𝜀𝜀�𝜏𝜏
𝑖𝑖− 𝑥𝑥
𝑖𝑖− 𝜃𝜃
2�
(5.2
) である.これらを踏まえて,教育段階
0
に関する意思決定を考える.これまでと同様 に,2
つの選択肢[type1, type2]の期待利得の大小関係を見るが,𝜃𝜃
1> 𝜃𝜃
2のときに はどのような定式化によっても,必ずE(type1) > E(type2)
となってしまう.そこ で,教育段階0
には特別に参入障壁となるような定数e
を仮定し,E(type1) >
E(type2) + e
となるときに,type1 を選択することにする.教育段階0
でどちらのタイプに進学しても,その利得は,それ以降の教育段階の意思決定による最 大利得に等しい.タイプ
1
を選択して,希望通りに進学できる主観的到達確率 をν
1とすると,タイプ1,2
を選択することの期待利得はそれぞれE(type1) =𝜈𝜈𝑖𝑖× max�� 𝜋𝜋𝑖𝑖𝑖𝑖|1� 𝜆𝜆𝐾𝐾 𝑖𝑖𝑖𝑖𝑖𝑖 𝛼𝛼𝑖𝑖1
𝑖𝑖 𝐽𝐽
𝑖𝑖 , � 𝜋𝜋𝐽𝐽 𝑖𝑖𝑖𝑖|1𝛽𝛽𝑖𝑖1
𝑖𝑖 ,𝛾𝛾1�+ (1− 𝜈𝜈𝑖𝑖)
× max�� 𝜋𝜋𝑖𝑖𝑖𝑖|2� 𝜆𝜆𝐾𝐾 𝑖𝑖𝑖𝑖𝑖𝑖 𝛼𝛼𝑖𝑖1
𝑖𝑖 𝐽𝐽
𝑖𝑖 , � 𝜋𝜋𝐽𝐽 𝑖𝑖𝑖𝑖|2𝛽𝛽𝑖𝑖1
𝑖𝑖 ,𝛾𝛾1�
(5.3)
E(type2) = max�� 𝜋𝜋𝑖𝑖𝑖𝑖|2� 𝜆𝜆𝑖𝑖𝑖𝑖𝑖𝑖 𝛼𝛼𝑖𝑖1 𝐾𝐾
𝑖𝑖 𝐽𝐽
𝑖𝑖 , � 𝜋𝜋𝑖𝑖𝑖𝑖|2𝛽𝛽𝑖𝑖1
𝐽𝐽
𝑖𝑖 ,𝛾𝛾1� (5.4)
となる.この
2
式の大小関係によって教育段階0
の意思決定が決まる.すなわ ち,E(type1) > E(type2) + e
⇒ 𝜈𝜈𝑖𝑖×�max�� 𝜋𝜋𝑖𝑖𝑖𝑖|1� 𝜆𝜆𝐾𝐾 𝑖𝑖𝑖𝑖𝑖𝑖 𝛼𝛼𝑖𝑖1
𝑖𝑖 𝐽𝐽
𝑖𝑖 , � 𝜋𝜋𝐽𝐽 𝑖𝑖𝑖𝑖|1𝛽𝛽𝑖𝑖1
𝑖𝑖 ,𝛾𝛾1�
−max�� 𝜋𝜋𝑖𝑖𝑖𝑖|2� 𝜆𝜆𝐾𝐾 𝑖𝑖𝑖𝑖𝑖𝑖 𝛼𝛼𝑖𝑖1
𝑖𝑖 𝐽𝐽
𝑖𝑖 ,� 𝜋𝜋𝐽𝐽 𝑖𝑖𝑖𝑖|2𝛽𝛽𝑖𝑖1
𝑖𝑖 ,𝛾𝛾1�� −e > 0
(5.5)
となる.これが教育段階
0
におけるtype1
の選択条件である.𝛼𝛼
𝑖𝑖1を𝛼𝛼
𝑖𝑖1+ 𝛼𝛼
𝑖𝑖2に,𝛽𝛽
𝑖𝑖1を𝛽𝛽
𝑖𝑖1+ 𝛽𝛽
𝑖𝑖2に置き換えれば,W クラスに関する意思決定条件となる.5.2.2
人工社会の設定コンピュータ上の人工社会は,個人(エージェント)と教育機関の
2
要素に よって作成する.いま,社会には3
つの教育段階があり,それぞれ教育段階0,
1,2
とする.教育段階1
は2
つ,教育段階1
と2
にはそれぞれ3
つの学校タイ プがあり,その望ましさは1,2,3
の順番である.エージェントにはそれぞれ 階級,能力,リソースの3
つの情報を持ち,階級と能力は相対リスク回避メカ ニズムの下での意思決定(式5.5・2.3・2.4)の算出に用いる.同様にリソース
も意思決定に用いられる.エージェントが持つリソースがそれぞれの教育段階111
にかかるコストを上回っていればその教育段階で進学の意思決定を行う.すな わち,進学の意思決定は,相対リスク回避メカニズムと,コスト制約の
2
条件 をクリアしたときになされる(図5.2).
各学校段階は,それぞれの定員がある.教育段階
0
ではtype1
の希望者が定 員を超えたときに能力による選抜を行う.教育段階1
と2
では,それぞれタイ プ1
と2
にのみ定員が存在し,能力による選抜によってそれぞれ定員を充足し たら,残りの進学意思決定者はすべてタイプ3
に配分されるものとする.学校 段階0
と1
では,それぞれ進学先に伴う学力分布の変動を経たのち,次の教育 段階における意思決定を行う.シミュレーションに用いるパラメータ(後述)のうち,確率に関係するもの はいくつかあるが,これらは個人の初期設定かまたは合理的選択に用いるため のパラメータであり,このモデルをコンピュータ上に再現しても,確率的な要 素はない.合理的選択理論の下では,所定の条件の下では個人は常に同じ選択 を行うため,このモデルは決定論的なモデルとも言える.そのため,このモデ ルから全体の進学率を推測することは比較的容易にできる.しかし,社会的行 為の選択には観測されていない要素による誤差が入り込む.本論のモデルでは,
その誤差を
2
つの時点で採用する.第
1
に意思決定に関する誤差である.数理モデル上の個人は,進学のコスト を賄え,かつ進学が合理的になると判断したとき常に進学を選択することにな っているが,シミュレーションの際にはそこに誤判断を認め,本来なら進学を 選択する個人は,確率0.9
で進学を選択するものとする.逆に本来は進学をし ない層に関しては,確率0.1
で進学を選択するものとする.これらは,家計と 合理的選択以外の要素で,進学を断念させたり無理強いする要素が一定割合存図5.2 シミュレーション模式図
112
在することを意味する.
第
2
に,選抜のステージにも確率的なプロセスを置く.数理モデル上,個人 は自らの能力によって主観的合格率を計算する.選抜のプロセスにおいては完 全に能力の高い者から選抜されるため,個人は進学を決定した時点で合否は決 まっている.シミュレーションでは,そこに誤差を含め,選抜においては個々 の能力を期待値とする乱数をそれぞれ発生させ,その値の大きさによって合否 を決定する.入学試験に際して「山が当たった」「調子が悪かった」などの攪乱 要因ととらえればよい.以上のプロセスを