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はじめに 岩手県江刺市のK氏の事例の場合

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1.  はじめに 岩手県江刺市のK氏の事例の場合

 昭稲43年秋,岩手県江刺市岩谷堂へ調査に行ったときのことである。わたし は,土地のある入から,わたしの調査のインフォマントとして,K氏を紹介さ れた。K氏の略歴は,次のとおりである。明治26年この地の農家の生まれ。調 査当時75歳。岩谷堂高等小学校をへて,大正3年岩手師範学校を卒業。主に岩 手察江刺郡地方の小学校の教諭・校長を歴任。退職後は,農業に従事して現在 に至る。岩手師範在学中の数年を除いては,ほとんど家を離れたことがないと いうから,いわば岩谷堂はえぬきの老入の一入である。

 わたしが,このK氏をお宅にたずね,岩谷堂地方の方言の親族語について,、

あれこれお話をうかがっていたら,話がたまたまK氏自身の子ども時代のこと に及んだ。K Elkは,自分の子どものころをふりかえって,ほぼ次のようなこと をわたしに話してくれたのである。

   建渡辺さん,おかしなことですが,わたしは,子どものころわたしの父   親のことをオンツァと呼んでいました。オンツァというのは,この地方の   方書で,おじ(瓢uncle)のことです。父親を意味するこの地方の僅書は,

  ふつうオトツツァ,またはオトです。わたしの父は,もちろんわたしの実   の父親です。実の父親ですから,普通ならオトツツァ,またはオトとと呼   ぶのが当然です。それなのに,わたしは,わたしの父をオトッツァ,また   はオトと呼ばないで,オンツァと呼んでいました。おかしな話ですが,こ   れには,次のよ:うな事情があったのです。

   わたしの家は,わたしが!0才のとき,父が本家から分家させられて,こ   の家(==house)に移ってきました。つまりわたしは,この家( ・hOuse)

  で生まれたのではなく,本家で生まれたのです。本家は大きな農家でし   た。わたしの父は二男坊で,若いころ本家のクワガシラとして作男たちと   いっしょに働いていました。その上,本家の家督である,父の兄がしばら        一 139 一

く本家を離れていたという:事情も重なったため,わたしの父は,わたしの 母を嫁にとり,わたしが生まれてからも,分家に出ることなく,なお本家

にとどまって,クワガシラとして,:本家のために働いていたのです。

 本家には,父親の兄の子,つまりわたしにとっていとこにあたる年上の 男子がひとりいました。わたしは,このいとこと本家で毎日いっしょに生.

活していたわけです。このいとこと,わたしの父をオンツァと呼んでいま した。いとこからみれば,わたしの父をこう呼ぶのは当り前のことです が,うかつなことに,わたしも,このいとこにならって,わたしの父をオ ンッァと呼んでいたのです。つまり,いとことわたしの二人が,わたしの 父をオンツァと呼んでいたのです。

 父は,わたしが10才のとき,ようやく分家に出されて,わたしたち親子 はこの家に移ってきました。だが,わたしは,いとこと別れてこの家に移 ってからも,わたしの父をオンツァと呼んでいました。わたしの親(母を 含めて)は,わたしが父親をオンッァと呼んでいることを,わたしたちが 本家に居たときはもちろん,この家に分家してきてからも,親の側から積 極的に訂正してくれようとはしませんでした。むとんちゃくで,のんきな 親だと言ってしまえば,それまでですが,今にして思えば,わたしの親 は,わたしの側からそのまちがいを訂正してくれることを期待していたの かも知れません。それだけに,自分の父をオンッァと呼ぶことがおかしい

とわたし自身の側から意識しはじめたのは,たしか尋常小学校(当時の尋.

常小学校は4年制)を卒業して,高等小学校へはいったころでした。

 近所の友達がそれぞれ自分の父親をオトッツァ・オトと呼んでいるの に,わたしだけが自分の父親をそうは呼ばないで,オンツァと呼んでい る。これは,おかしい。自分の父親は,オンツァでない。オトッツァ・オ

1・なのだ。きわめて当り前のことですが,このことが,子どものわたしに もわかってきたのです。

 しかし,渡辺さん,習慣というのはこわいものですネ。前にも申しまし たように,わたしの親が自分たちのほうから積極的に訂正してくれません から,いざ,わたしがわたしの側から自分の父親をオンツァと呼ぶのをや       一 140 一

  めて,オトッッァ,またはオトと呼ぼうとしても,なかなかそうは呼べな   いのです。なにもオトーサン・オトーサマなどと東京ふうのハイカラな呼   びかたにかえるのではありません。オトッツァ・オトというのは,隣り近   所の友達が毎目の溝常生活で使っている呼び名です。それこそありきたり   の方雷の呼び名です。それなのに,なかなかそのオトッッァ・オトにのり   かえることができない。なんかそぐわないような,てれくさいような,一   種の違和感のようなものがあったのですネ。子どもこころにも全く困った   ものでした。………選

 少年時代のことをふり返って,K氏がわたしに話してくれた話の内容は,ほ ぼ上のとおりである。

 ところでわたしたちは,このK氏の話から次の二つのことを知ることができ

るだろう。

 (i)ことばを覚えはじめたばかりの子どもにとって,親族語の正しい習1得は 必ずしも容易なことではない。

(ii)家族や親族の内部で,特定の成員が他の特定の成員に対して子どものこ ろからもっている呼称や名称の形式は,その人の生涯の中で,これを他の形式 に変えようとしても,なかなかそうすることができない。

 (A)まず(i)から。トンボという昆虫は,子どものK氏にとってもトンボとい う昆虫であり,K氏のいとこにとってもトンボという昆虫である。誰にとって もトンボという昆虫である。したがって,幼児がことばを:習得していく過程 で,トンボという昆虫を仮にK氏のいとこがトンボという語でさし示したとす れば,K:氏もそれをおうむ返しにトンボという語でさし示してもよい。

 しかし,Aなる人物がK氏の父であるとすれば, Aは, K氏にとっては父で あっても,K氏のいとこにとっては父ではない。おじでしかない。であるか ら,K:氏のいとこがAをオンッァという語でさし示すことはできても, K氏が おうむ返しにAをオンツァという語でさし示すことはできない。Aは, K:氏の いとこにとってはオンツァではあっても,K氏にとってはオトッッァであり,

オトである。いとこがオンツァといったから,おうむ返しにK氏もオンツァと いってよい,という性質のものではない。トンボをさしてトンボという語を習        一141一

得していくときとは明らかに性質が異なっている。

 オンツァeオトッツァ・オトに限らず,一一般に血縁,またな婚姻ということ を契機としてある個人と他のある綱人との聞に存在する関係をさし示す語,別 の見方をすれば,他のある個人とそのような関係においてとらえられたある個 入をさし示す語(これをわたしたちは,ふつう親族語とか親族名称といってい る。) は,すべてこのような性質をもっている。したがって,個人と個入との 糊に存在する関係そのもの,または,その関係の上でとらえられた漢人をさし 示す親族名称を習得していくことは,ことばを覚えはじめたばかりの幼児にと っては,トンボ・ネコ・イヌ……などなどの実体そのものをさし示す単語を習 得していくことよりも,はるかにむずかしいはずである。ことばを覚えはじめ たばかりの幼児にとっては,自分をとりまく何人かの人間の中の,ある特定の 個人がなぜ自分にとってオトーサン・オトッッァ・オトであり,それと容貌・

体つきがあまり異なっていない他の特定の個入がなぜオジサン・オンツァであ るのか,などということは,到底理解ができないことである。そういう理屈は いっさいぬきにして,幼児曝,周囲の入闇たちがある特定の個人をさし示して それにはオトーサンという音声を,そして他の特定の綴人をさし示してそれに はオジサンという音声を使うことを教えてくれるから,そのようにすることを 覚えていくだけのことである。

 仮にここに甲掛があって,その家族構成第6図       A  B

は,右の第6図に示すようなものだとする。

・雄針勝事の購の認活で1・e△ sO

次のような親族名称の使い方,それに1人遅 の代名詞ボクの使い方がなされることが珍し

くないだろう。       l        F

 C(・D) sE (・ F) A A

  「オトーサン(。オカーーサン)ガ

  ロ・・一。」

 A C  B) 一E (e F)

  「オジーチャン(・オバーチャン)ガ オ前(。ボク)ニ        一 14.7. 一

             兄弟      くく      ここ  父母  すす  祖祖父母むむ  繍瓢﹇︸=== .ABCDEF