• 検索結果がありません。

25.8 25.8 25.8コントロール方法の選択

写真 17. 精密プレスライン [1]

4.  その他

以上述べてきたように、現在の丸順は卓越した技術を有す優良企業であるが、この基礎 を築いた創設時の状況について、丸順名誉会長 今川順夫氏の一代記4に載せられてい るので、参考のため以下に記す。ここに記述されれいるように、現在の丸順を作り上げる ため、先人たちの血のにじむような努力が、現在の興隆を導いたのである。

① タイミングベルトプーリー、焼結合金製から板金製に着目

《新しい技術の開発》これは私の昔からの願いでした。同時に、わが社の存在を確固た るものにする、そう信じています。オイルショックで、石油の価格は予想外に跳ね上がり、

石油を節約するために、軽簿短小ということが盛んに言われ始めたのです。わが社が扱っ

ている鉄板の部品が、どんどん軽いプラスチックやダイキャストに替わっていくのです。

 私はこれをじっと指をくわえて見ていることができなかったのです。なんとか、わが社 の製品で、これを逆手に取って替われるものは無いかと思ったのです。

 昭和五十年のある日、私はホンダ車のエンジンをばらして、わが社で何か仕事に役立つ ものはないかと探してみたのです。工場長や何人かの技術者も同席してくれました。そこ で目についたのが、焼結合金製のタイミングベルトプーリーでした。これは、重くてコス トも高い。(これを板金製に軽量化し、量産化によるコストダウンはできないものだろうか)

と、私はそう思ったのです。

 タイミングベルトプーリーは、自動車エンジンの機械部品ですが、素材の焼結合金を鉄 板に代えてプレス加工すれば、安くなると考えたのです。私は名和工場長にその話しをし てみました。

 工場長は難しい顔をしています。「そうですね。なかなか立派な着想です。が、かなり厳 しいことですね」そう言って私の顔を見ました。私の表情には「何が何でも」といった、

緊迫したものがあったのだと思います。「社長がそう言われるのなら、ともかくやってみま しょう」と、名和工場長はそう答えざるを得なかったのです。

② タイミングベルトプーリー、問題が多発し失敗の連続

早春の陽が、ようやく暮れかけ、工場の屋根が赤く染まっていました。私は

6

人のプロ ジェクトチームを組み、その責任者を金型製造部長の渡辺君に担当してもらいました。彼 は『攻めだるま』の異名があるくらい、チャレンジ精神旺盛な男でした。彼なら、必ず名 和工場長を助け、この仕事を成し遂げるのではないか、そんな予感がしたのです。

 新技術の開発には、なんといっても豊かな技術経験が必要です。したがって、選んだ

6

人は、比較的年かさの技術者です。いよいよ開発はスタートしましたが、初めて試みるこ とですから、問題が多発しました。プーリーは、いわゆる丸もん(丸もの)です。金型に とって、丸もんは一番難しいのです。こちらを抑えればあちらが膨らむといった状態です。

つまり、逃がして調整するところがないのです。

 金型は、丸ではなく形状が複雑なものほど、逃がすところがあってそれなりに造りやす いのです。まず、この厄介な丸もんであることに苦労しました。いろいろやってみたので すが、初めて取り組むことですので、その頃は失敗の連続でした。問題がいろいろでてき て、根気良く、そのひとつずつを解決していかなければならないのです。

 私は社長室にじっと座っていることができず、つい立ち上がっては、研究を続ける技術 陣の後で、腕組みして立っていました。気が気でなかったのです。その頃、本田技研工業 様には、「こんな商品を開発しています」とすでに売り込んであったのです。本田技研工業 様側では、非常に喜んで、「それは素晴らしい商品開発だ、是非うちの車で使用したいので、

3

年以内にやってほしい」ということで、試作品納入の時期があらかた決まっていたのです。

(技術的には非常に難しいことだが、理論的には可能です)これが私の気持ちの救いでし

た。(本田さんに対する丸順精機のメンツもある、なんとしてもやり遂げなければならない)

シベリアで培った不屈の精神は、ここでも頭をもたげてきました。その頃、

1

番問題だった のは、製品を金型で絞り込んでいくときに発生する熱でした。その熱をどう処理するかで した。一度プレスでドーンと打つと、製品は

210

度くらいまで上がるのです。この熱をど のようにして下げるかが問題でした。

③ 熱を下げるのに水を使う、全周に歯型、試作品進展せず

私はそのとき、ふと、プラスチックの金型で熱を下げるのに水を使っていることを思い 出したのです。(プラスチックの金型で使うのなら、鉄の金型にだって水を使えばよいので はないか、幸い大垣は常温十四、五度の地下水に恵まれたところである、 これだ!)

 早速、技術陣に進言しました。開発研究に夢中になりますと、きわめて素朴なことが分 からなくなってしまうのです。これが貴重なヒントになりました。そこで、歯形の形状に 沿って、裏側に溝を掘り、水を通して実験をしてみました。あまり温度を下げすぎても金 型が割れてしまうのです。一ヶ月かかって、ゆっくり苦心の研究の末、やっと安定した温 度を見つけることが出来ました。それに、プレス加工する上で技術的に難しかったのは、

プーリーの全周に歯形をつけることでした。しかし、幸いなことに、この技術は、

2

年程前 に、大阪万博で使うアルミ製のアイスクリームストッカーの製作で同じような技術をこな したことがあったのです。これは、外資系の企業からひと型だけ受注したものですが、そ の時の技術が大いに役に立ったのです。

 歯形をつける技術は非常に難しく、昔のような技術ではとてもできないのです。新しく、

ワイヤーカット放電加工機といって、コンピュータで作動する機械があって、初めて可能 になったのです。千分の一の誤差も許されず、従来の手造りではとてもできないのです。

 商品開発は徐々に進みましたが、本田技研工業様に試作品を納入するまでには、なかな か至りませんでした。またたく間に

2

年が過ぎました。私は進行中の

V

計画も気になるの ですが、プーリーの開発は、わが社技術陣の名誉を賭けたものです。金型からスタートし て、いわば川下りともいうべきプレス加工を手がけて来たわが社の技術が、その真価を問 われるものだと思っていたのです。

④ 自家製品の願い『迫り来る納期』に超重労働、異に異常来す

下請企業の経営者として、単に下請けに甘んじているのではなく、立派な自家商品を作 りたい。そして、社会に貢献するとともに、社業の安定を図りたい。私が常に持ち続けた 気持ちなのです。しかし、本田技研工業様への試作品の納期が迫ると、いろんなことを言 っておられません。ただ

1

日も早く、使える商品開発に成功し、試作品を作り上げること です。

 そのころ、プロジェクトメンバーたちは、朝八時に出勤し、深夜

2

時まで作業に従事し ました。そして翌朝、また

8

時に出勤するのです。私も何度かそれに付き合いましたが、

言語に絶する超重労働です。それも肉体的疲労というより、『迫り来る納期』に対して作業 はなかなかうまく進まず、ストレスの蓄積です。神経で胃をやられ、

6

人のメンバーのうち

1

人倒れ、2人倒れ、遂に元のメンバーは半数に減ったほどです。私が皆の後ろに立ちます と、余計気を使うだろうと思って行かないようにしたのです。だが、すぐ、椅子から立ち 上がろうとして、また思い直し椅子にもたれかかるのです。

 ある日、私は渡辺君と相談し、メンバーの全員を中日球場に連れ出し、野球観戦に出掛 けました。気分転換を図るためです。しかし、疲れきっている皆は野球どころではありま せん。何かおいしいものでもと食堂に誘ったのですが、全く食欲がないのです。そばを食 べてもすぐゲエゲエとやっているのです。

 その時、私は、この開発がいかに従業員を酷使しているかを、目のあたりに見せられた 思いで、心の中で手を合わせていました。お詫びと感謝の気持ちで一杯だったのです。今 になって思えば、渡辺君はじめ、みんなが、良くついて来てくれたものだと思うのです。

⑤ 製作品第

1

号、重量半分以下の

44%、結果として一億円の研究費

失敗と大きな苦しみの中から、やっと試作品第

1

号が出来上がりました。昭和

57

7

月、

まだ梅雨が上がらず、細かい雨が降りしきる日でした。気温も低く、私はジャンパーをひ っかけて、飽きずにその試作品を眺めていました。難産の子供ほど、親はかわいいと言い ます。

3

年間に開発費用約

1

億円以上かけやっと生まれた子供です。当時のわが社にとって、

1

億円といえば莫大な金額です。それも、計画的に

1

億円使ったのでなく、結果として使っ た

1

億円でした。

 試作品の重量を測ってみますと、従来の焼結合金に比べ、半分以下の

44%でした。それ

に、プレス加工ですから量産もできます。いきおいコストも大幅にダウンできる訳です。

これは自動車業界の目指している軽量化にもつながり、時代の要請に大きく応えることの できるものです。

⑥新タイミングベルトプーリー、厳しいテストに合格し、美酒に良い感無量

 私は宝物を抱くように、試作品第

1

号を持って、埼玉県狭山市にある本田技研工業様の 本田技術研究所を訪ねました。いろいろ厳しいテストがありました。1、2 箇所新改良を加 えたほうがよいという指摘がありましたが、それは、今までの苦労から考えますと、技術 的に非常に簡単なことです。「まぁ、ええでしょう」本田技術研究所さんの技術陣は手短に そう言いました。

 しかし、「これは素晴らしいものだ」そう言っていることが、なみいる皆の目の色で、は っきり読み取れました。大垣に帰ってこの報告をしますと、プロジェクトの全員は手を取 り合い、肩をたたきあって喜びました。祝杯をあげ、少しアルコールの回った私も感無量 でした。考えてみれば、(社業安定のため、下請企業であっても、何か確たる自家商品を持 ちたい)これは私の大きな願いでもあったのです。