第 5 章 山岳トンネルの合理的な維持管理
5.2 トンネルにおける維持管理とライフサイクルコスト
5.2.1 山岳トンネルの劣化予測のシナリオ
山岳トンネルの維持管理とライフサイクルコスト(以下,LCCとする)のシナリオとし ては図-5.2.1に示すようにいくつか考えられる.
①シナリオ1は初期コストをかけることで補修・補強等のメンテナンス費用を抑制する.
②シナリオ2は初期コストを抑えて建設し,維持管理の必要性にあわせてメンテナンス費 用を繰り返しかける.
③シナリオ3はある程度の初期コストをかけるが維持管理上のメンテナンス費用もかける.
山岳トンネルの特殊性を考えるとトンネルでは容易に更新や撤去ができないため,シナ リオ1またはシナリオ3を基本として最終的な撤去・更新が発生しないよう長寿命化を図 ることが望ましいと考えられる.
また,図-5.2.2 に一般的な道路トンネルの LCC として,経過年数に応じてコストが累 積される概念図を示す.合理的な維持管理のためには,トンネル健全度が低下して要求性 能を下回ることがないように,適切な補修または補強を施しながら供用させることになる.
そのため,LCCには初期投資費用(IC)に加えて,補修・補強費用(mc,MC)が合算さ れることになる.
道路トンネルの寿命は他の構造物と比べて一般的に長く,適切な維持管理を行えば,50年 以上を経過しても健全に使用されているトンネルも多く存在する.
図-5.2.1 維持管理とライフサイクルコストのシナリオ6)
したがって,今後,合理的な維持管理を行い,トンネルを長期間供用可能するためには 以下の事項に留意すべきである.
①設計時から構造面,管理面等を考慮して,長寿命化を意識した予防保全的な対策を検討 しておくこと.
②供用後,日常点検・定期点検で発見された変状に対して,適切な補修・補強を行ってい くこと.
③旧基準で建設されたトンネルでは,現在の要求性能(使用性)改善の目的で必要とされ る建築限界を確保するため,トンネルの改築を含め,断面拡幅等の大掛かりな対策(リ ニューアル)を行う必要があること.
従来の道路トンネルのシナリオとしては,イニシャルコストに着目した経済設計により トンネルを建設し,供用後に生じる不具合に対して対症療法的に補修・補強対策が実施さ れてきた.
しかしながら,前述のとおり,数多くのトンネル構造物が老朽化し,一時期に集中して 補修・補強対策が必要とされている現状の社会背景を踏まえ,今後は50年を超えるような トンネルの長寿命化を図る目的で,適切な劣化予測を行い,建設時から維持管理に配慮し た設計を行っていくことがますます重要になってくる.
図-5.2.2 LCC の概念図7)
LC :設定耐用年数
I,L :それぞれの補修・補強を行う間隔 mc,MC:それぞれの補修・補強費用 IC :初期投資費用
ψ(t) :日常メンテナンス費用を決定する傾き
φ(t) :劣化進行を決定する傾き
IS,S :新設時の健全度および捕教示の健全度増加
θ(t) :リスクの増大を決定する傾き
r,R :それぞれの補修・補強によるリスクの低下量
(2)トンネルの長寿命化のシナリオと対策工
表-5.2.1にトンネルの長寿命化技術の分類ごとに,具体的な対策工の施工をふまえた5 つのシナリオを示し,図-5.2.3に各長寿命化のシナリオの概念図を示した.
それぞれの分類に関して,対策工(長寿命化技術)に基づく,健全度低下のシナリオと 劣化予測に関して以下にまとめる.
①分類Ⅰは,施工不良に起因する不具合や覆工のひび割れ等に対して行われる変状に対す る対症療法的な技術であり,これまでの維持管理で一般的に行われてきたものである.
対策のための費用は少ないが,期待される耐用年数の増加も少なく,繰り返し対策が必 要となる.
②分類Ⅱは将来的な劣化に伴う補修が不要となるように,トンネルの建設時から性能を上 げておくことで長寿命化が期待できる技術である.設計・施工時における予防保全的な 検討がこれにあたる.イニシャルコストが高くなるために,予算的な検討は必要である.
採用にあたっては劣化予測が重要となり,これまでの変状対策実績を参考にすることが 有効である.
③分類Ⅲは分類Ⅰで述べた一般的な補修技術と比べて,ひび割れ等の変状を引き起こす要 因となる外力や覆工の材質劣化に対しての対策技術である.供用後の維持管理の比較的 初期の段階で実施することが有効であると考えられる.外力に関しては,現状のトンネ ル建設の標準工法であるNATMでは,特殊な地山条件,施工条件のトンネルに限定され ると考えられるが,今後,維持管理が必要となる矢板工法により建設されたトンネルで は長寿命化のための有効な対策の1つと考えられる.
④分類Ⅳは分類Ⅰによる維持管理を進めていく上で,分類Ⅰで実施される一般的な補強対 策(内面補強工,ロックボルト補強工等)よりも高度にトンネルの健全度を高めること で長寿命化を図る技術である.新技術の開発が望まれる分野でもあるが,トンネルの場 合は建築限界に限度があるため,対策工の採用にあたっては注意が必要となる.また,
技術の分類 長寿命化のシナリオ 具体的な対策工
分類Ⅰ
従来型の補修・補強技術で,施工不良に起因する不 具 合 や 覆 工 の ひ び 割 れ 等 に 対 し て 行 わ れ る 対 症 療 法的な対策を実施する
・裏込め注入工
・ひび割れ注入工
・面導水,先導水等
分類Ⅱ
将来的な劣化に対する補修を不要とするために,ト ン ネ ル 建 設 時 か ら 性 能 を 上 げ て お く こ と で 長 寿 命 化が期待できる.
・繊維補強覆工コンクリート
・インバート設置工等
分類Ⅲ
分類Ⅰに属する一般的な補修対策と比べて,外力に よ る 変 状 や 材 質 劣 化 の 進 行 を 遅 ら せ る こ と で 長 寿 命化が期待できる.
・地山注入工
・コンクリート改質材塗布工等
分類Ⅳ
分類Ⅰに属する一般的な補修対策と比べて,トンネ ルの健全度を高度に回復・補強することにより,長 寿命化が期待できる.
・プレキャスト覆工
・薄肉鋼板内巻き工等
分類Ⅴ
社会的なニーズの変化から建築限界を拡大したり,
地 震 に 対 す る 耐 力 を 増 加 さ せ る 等 も と も と の 要 求 性能が向上させることで長寿命化が期待できる.
・トンネル断面拡幅工(改築)
・耐荷工等
表-5.2.1 長寿命化技術の分類7)
これまでの変状対策実績を参考にすれば,特殊な地山条件,施工条件におけるトンネル の設計においては,将来の維持管理における対策工を見据えた内空断面の設計も重要で あると考えられる.
⑤分類Ⅴは,分類Ⅰから分類Ⅱと異なり,社会的なニーズの変化(車両の大型化等)や地 震に対する耐力増強といった必要性に伴い,本来必要とされる要求性能を向上させるこ とにより,長寿命化を図る技術である.
山岳トンネルの場合,種々の制約条件や建設コストの関係から,容易にトンネルを新設 することが困難である.したがって,トンネルの要求性能を向上させることにより,現状 のニーズにあった仕様に改築する必要性は今後,ますます増加するものと考えられる.
以上のように山岳トンネルの長寿命化のシナリオに関しては,劣化の程度や対策工のレ ベルにより幾つか考えられるが,劣化予測の手法の確立により,トンネルの施工条件や予 算に配慮して LCCを考慮した合理的な維持管理の実現が図られるものと考える.
図 -5.2.3 ト ン ネ ル 長 寿 命 化 の シ ナ リ オ 劣 化 予 測 曲 線
○Ⅰ
○Ⅱ
○Ⅲ ○Ⅳ
○Ⅴ
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・ ・
・
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・
凡 例
:対策工による健全度回復度合
○Ⅰ~○Ⅴ:長寿命化のシナリオ
要求性能(使用限界)
要求性能(設計レベル)
要求性能(高性能)
5.3 山岳トンネルの要求性能と照査