︹研究ノート︺
イ ギ リ ス 産 業 関 係 史 論 研 究
1 ー 団 体 交 渉 制 度 1
国
枝 芳 夫
67
①産業関係の時期区分
イギリスの産業関係の歴史は︑
貧 ⇔ ⇔(→
ただし︑
の時代の一発展段階と見倣すことも可能であろう︒
注
(1)ところで︑従来イギリスの労働問題に就ては︑多くの人々が関心をもち︑
( 1 )
概略的に言って次の五つの時期に区分することが出来よう︒ロらもヘセへぬヘカ産業革命以後一八四八年チャーチスト運動消滅に至る抵抗と抑圧の時代
カヘヘセヘへあヘへめへ一八五〇年代以後八〇年代に至る自由主義と穏健化の時代
もらヘカヘヘカへ八〇年代以後第一次大後(一九四九)に至る社会主義と新組合主義(ZΦ≦d巳o巳ω日)誕生の転換の時代
ヘヘヘへあヘセへ第一次大戦から大恐慌を経て第二次大戦に至る成長と反撃の時代
ヘヘヘセカへらセ第二次大戦後現在に至る協調と協力の時代
見方によっては⑳の時代を一九二六年のゼネラル・ストライキで区分することも出来る︒又㈲の時代を⑳
優れた著作(特に経済史及び労働運動に関して)も
数多い︒
しかるに︑今はそれらに従って考証をする必要はない様に思われる︒そこで比較的衆知のイギリス労働関係に関して︑改めて
述べるべき事柄もないであろう︒そこで以下に於ては︑イギリス産業関係の状況を知る手段として︑産業関係の組織(政治・労
働組合・雇主組合﹁使用者団体﹂)団体交渉及びその制度︑産業関係の一つの極としての労働争議状況の三点を取りあげ︑以って
右に述べた五つの時期区分を行う理由を明らかにする事にとどめたいと思う︒
一②労働組合の組織⁝形態
クラフト ユニオソまず組織形態であるが︑これは次の表が示すように様々である︒今世紀の始め各個別々の職業別組合だったもので︑全
国的︑あるいは幾つかの職業をまとめて大きくなったもの(後者を旨巳亭臼蝉津̀巳o⇔と言う︒例えば>B巴σq四ヨ9Φα
ωoo冨蔓o団≦oo伍妻o時臼ω)︑未熟練工の加入を許しつつ大ぎくなったもの(例えば︑︾日巴αq餌目舞①α国昌oqヨ①Φユロoqd巳・
イソダストリアルコヰニオン8)︑産業別を目標に統合の結果︑産業別組合に転化したもの(例えぽ︑冥四島o昌巴d巳o昌oh"帥目話窪巳Φロ)︑初めから産
業別組合として成長したもの(例えば︑Z讐δロ舘d巳80h切oo犀薗昌ユωげoΦOb臼餌江くΦω)︑誰にでも門戸を開いた結果
自然に︑所謂一般組合(08霞巴d巳8)と呼ばれる大組合になったもの(例えば︑乞餌江o口巴d巳80臨○Φp臼印憲巳竃午
巳o言9名o爵興ω)︑反対に今なお職業別︑或いは地域別の形態を守っているもの(両方の条件を兼ね具えたものとして︑
例えば︑いo巳o ↓巻oσq盃眉ぼo巴ω090な)︑更には統合の機運の結果として数種の産業が集まって︑連盟を作っている
場合(例えば︑中帯二昌伽q碧q内冒脅Φα↓H山ユΦω国Φα①量怠oPZ魯一〇口巴団①畠Φ蚕怠80琉切三匡ぢαQ.↓Bα⑦O娼Φ冨怠く㊥ρOo口・
hΦ側o審鼠o口o{ω三亨げ忌一亀昌mq琶恥国昌ゆqぽ⑦㊤ぎoqd巳o昌ω)等々である︒しかも︑各企業の中に︑一ダース以上の組合が関
係しているものがままあると言われる︒しかし︑それでも現在は産業別組織のものが最も多いのであって︑この傾向は我
々の言う転換の時代に芽生え︑成長し︑第一次大戦頃までにほぼ形を整え︑一九二六年のゼネラル・ストライキを経て一
層の試錬を受けて︑強固になったものと言ってよい︒しかし︑注意せねばならないが︑産業別組合が多くなったというの
た い
は︑あくまでも大勢なのであって︑必ずこの形態が全ての職種に最善であると言うことではない︒産業化が進んでも新た69
イギ リス産業関係史論研究TUCに 属 す る大 全 国組 合(10万 以 上)
交 通 ・一 般 運 輸 一 般 労 組 Transporfi&GeneralWorkersUnion
全 国 一 般 都 市 労 組 ・
NatiionalUnionofGeneral&MunicipalWorkers 全 国 機 械 工 労 組
AmalgamatedEngineeringUnion 全 炭 労 組
NationalUnionofMineworkers(1) 全 鉄 道 労 組
NationalUnion'ofRailwaymen 商 店 ・配 給 関 係 労 組
UnionofShop,Distributive&AlliedWorkers 合 同 木 工 会
AmalgamatedSocietyofWoodworkers(1) 電 産 労 組
ElectricalTradesUnion 全 国 公 共 被 用 者 労 組.・
NationalUnionofPublicEnployees 郵 便 労 組
UnionofPostOfficeWorkers 公 務 職 員 労 組
CivilServiceClericalAssociation{2) 全 国 服 装 労 組
NationalUnionofTailors&GarmentWorkers(2}
全 国 農 業 労 働 者 労 組 NationalUnionofAgricuturalWorkers
全 国 印 刷 製 本 紙 加 工 労 組 』
NatiionalUnionofPrinting,Bookbinding&PaperWorkers 鉄 鋼 連 合 会
Iron&SteedTradesConfederation
(千 人) (g}1,253
Cg)
(ic) C1) (1)(9)
(e) (ic) (i) (i) (c) {i}{Y}
(i) ('i)
8051
714
・1・
421
340
198
187
165
14'T
145
135一
135
118
100 (1):婦 人 の 組 合 員 な し
(2):婦 人 組 合 員 の 方 が 男 子 組 合 員 よ り 多 い Source1:CompiledfromWalterGalensoned.,ComparativeLaborMove・
ments(AllanFlandersinGreatBritain)Prentice‑Hall,lnc,1952.
pp.15‑16.
TUC所 属組合の組織形態
%
31.5 17.2 30.4 11.4 9.5
組合員数
千 人 2,485 1,346 2,396 901 750
組合数
瓢瓢32粥
industrial(i) craft(c}
general(g}
industrial‑craft{ic) others
goo.o 185
iiiTotal:
Source2:
Galenson,Walkered.,ComparativeLa‑borMovements,1952.よ り 試 算.
(2),に特殊の熟練と技術を要する仕事は生ずる場合があり︑旧来の通り現在も不可欠な熟
練職も多数ある︒かくの如き場合︑無理に産業別組織を作るならば︑組合の中に利害
( 3 )
の不和を生ずる恐れなしとしないことを注意せねぽならぬ︒ただ︑職業別組合は単位が小規模であり︑それ故︑最近の労働運動全体の動向は︑産業別ないし一般組合によ
って︑大方定められることが多いというならそれは疑いもなく正しい指摘である︒
注
(2)このことを(第一次大戦前に就てであるが)指摘したものとしては︑隈谷三喜男﹁賃
労働の理論についてi労働経済学の構想fI・﹂(﹃経済学論集﹄二三巻一号昭二九)三
ヨへ八頁︒産業化が進めば︑熟練工が絶対的に減るとのみ主張するのは正しくないであろ
う︒この事実は︑むしろ相対的な事実として重要であることを忘れてはならない︒
ジエネラルロユニオソ(3)同様のことは一般組合についても言えよう︒特にホワイト・カラーと一般工員で
は︑利害も思考様式も相異なる可能性が大きいことに注意したい︒
〔3〕
ところで︑イギリスの雇主組合の組織を検討してみるに︑
の公開が比較的まれであるからである︒
現在T・U・C(⇒巴①ωq巳808αq器ωω)に対応する雇主組合の団体の連合体には︑
㈲﹁イギリス産業連A口﹂(団ΦOΦ同讐ざ昌O隔切ユ鉱ωげ一 05ω辞冨ω)
⑥﹁全国雇用者団体連盟﹂(田一怠ωげ両ロ営o団霞ω.OoロhΦq①冨岳8)
.⑭﹁イギリス商業会議所連合﹂(訪ω︒︒算言9切昌ロωげO冨喜霧90§暮§) 雇主組合﹁使用者団体﹂
労働組合の組織ほど明らかではない︒というのは︑各種資料
次の三団体がある︒即ち︑
イギ リス産業 関係史論研究
71
お よ そ
このうちωイギリス商工会議所連合は︑約=一〇にのぼる各地方商業会議所の連合体であっで︑約三万の産業体と約二万の商業体(商店・銀行・保険業を含む)を包含するが︑その機能は直接産業関係にかかわる所はないと言ってよかろ
う︒次に㈲イギリス産業連合は一九=ハ年に設立されたもので︑第一次大戦中の国家管理の賃金・労働条件に関する国家
統制によって急速に発展したものである︒⑥全国雇用給連合が一九一九年に形成してからは︑労働問題の処理は﹁全国雇
用者団体連盟﹂(卑三ωげ国旨冨o唄巽ω︑08h巴Φ鑓匡o昌)に委ね︑イギリス産業連合は︑雇用者側の見解を議会や政府に印
象づける役目ー即ちより経済的・商業的な使用者側が指揮を受け持った︒ω全国雇用者団体連盟は︑一九一九年形成さ
れ︑六三(一九五二年)の共用者団体から成る連合体であって使用者側の労働問題全般に関する最高の交渉機関である︒
それ故︑産業関係に直接かかわりを持つのは︑全国雇用者団体連盟であると言うことになるが︑全国雇用者連盟自身が解
決に乗り出さねばならないような大問題(例えぼ︑国有化(Z僧猷8島N魯一8)であるとか︑ゼネラル・ストライキである
とか︑労使の全国的協議会であるとか)の際には︑イギリス産業連合が全国雇用者団体連盟と連携を結ぶことが当然多い
と思われる︒
もともと資本制社会にあっては︑労働者及びその団体である労働組合よりも雇主(資本家)の方が︑優位な存在であ
る︒であるから特に︑一九世紀の自由主義の時代には︑雇主(資本家)が常時団結をする必要はないどころか︑むしろ有
害なものだとされたのである︒たまたま労働組合の攻撃に対して反対するため短期間連合が行われることはあっても︑永
久的団体となることは好まれず︑一九六〇年代になっても雇主の連盟は珍らしい存在であった︒いな︑それではなく一八
七三年には﹁使用者団体全国連盟﹂(Zo銘8巴周ΦαΦ冨怠opoh︾ωωoo冨什①α団日冨o団2ω)の如ぎものが見られたとは言え︑
一九一〇年頃になっても組織はあまり一般的ではなく強力でもなかった︒
しかるに︑第一次大戦後︑一九二四年までに殆んどあらゆる使用者は︑組織されるに至った︒その上︑組織に加わらぬ
企業もこれらの土ハ用者組織と労働組合の団体交渉によって定まったところに従うことが多くなった︒この多くは︑産業捌
に組織されているが次第に中央集権化する傾向があり︑一九一九年には︑全国雇用者連盟の成立をみたのである︒一九三
○年代に全国雇用者連盟のみが負う労働者総数は︑七百万人であったが︑当時組合員数は四五〇万人程度(労働組合連合
のものは︑三五〇万人程度)であった︒
全国雇用者連盟と各構成使用者団体との関係は︑労働組合会議の構成員に対する関係とほぼ等しい︒しかし︑団体交渉
方針についての影響力は︑T・U・C・の各構成団体に対する方が強いと言われている︒更に︑又逆の事実として一般に
使用者団体の方が明確な目的を有し︑発展は遅くひも団結は強く︑T・U・C・に脅威を与えることがある︒
このように全国雇用者連盟を頂点とする各種の使用者団体は︑第一次大戦から大恐慌の時期に急速に発達したものであ
る︒勿論それは八〇年以後第一次大戦(一九四九年)にも存在しているが︑未だ全国的な団体にまで成長したものは少な
うめリコあママカリめヨカらコセめめねぬぬヨめもゆカぬめぬい︒それ故使用者団体は︑労働組合の賃金攻勢・大規模化に応じ︑これに対抗して出来たものであると言ってよい︒この
背後には︑二〇世紀に入っていよいよ進行した企業集中・大戦を通じて実施され始めた国家の経済統制などのいわば資本
主義の変質の事実が存することは勿論である︒.しかし逆に︑かくの如き団結は︑使用者内部での不当な競争を排除すると
うヘヘへぬヘヘセへ同時に︑産業別組合が全国的に第一の賃金及び労働条件を施くことをはじめて可能ならしめるものであったとも言えよ
うo
さて︑然らば︑かくの如き組織を有する労使双方は︑具体的な産業関係においては︑いかなる係わりを有するのであろ
うか︒この点を明らかにするためには︑団体交渉がどのように行われるかについて考察することが一方法であると思われ
る︒
ω団体交渉及びその制度
イギリスの団体交渉は︑様々な方式で行われているため︑これを﹁解明﹂することは至難の業であると言われている︒
この原因の一つには団体交渉もごく自然発生的に成長し︑いわば︑その場その場でいろいろの方法を採り入れ︑組み合せ