ア メ リ カ 産 業 関 係 史 論 研 究 利 潤 分 配 制 ㈹
國枝芳夫
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産業の人間関係におけるものの考え方︑価値観といっても︑種々な問題があり︑本論においては企業経営者について
考察するものである︒この場合︑主として経営者イデオロギーという概念を中心として︑アメリカにおけるその展開を
あとづける︒
検討の中心となる文献は︑閑Φ冒げ曽abU8鼠〆H縮◎芝o同評餌&︾葺げo﹃一昌一⇒ぎ曾ω什同ざd巳くΦ邑昌o粘Om豪o毎一⇔
勺﹃Φωωである︒この著書は︑副題に冠①o一〇αqδωo暁竃山墨αqΦ日Φ昌け冒9ΦOo霞ωΦohぎ含ω什﹃芭冒讐δコとあるように︑経
営管理におけるイデオロギーの役割についての研究である︒取り扱う範囲は︑産業革命以降のイギリス︑一九世紀末以
来のアメリカ︑ツァー時代のロシア及び今日の旧東ドイツであるが︑本論においては︑アメリカのみについて検討する
ことにする︒
前述した如く︑ベンディクスの研究は︑経営管理におけるイデオロギーの役割を究明することであるが︑その意味は
(1)次のように理解される︒
一つの事業体が設立されると︑そこには必ず少数の命令するものと多数のこれに従うものとが生ずる︒しかし少数の
ものとはいえイデオロギーなどということには全く関心を持たないとしても︑必ずこの命令するということの正当性を
明らかにしなくては満足しないし︑また命令される多数のものも︑それが明らかにされないと素直に服従という傾向が
ない︒そこでベンディクスは︑この命令するもの︑いいかえるとこの少数のものたる経営者のイデオロギーないし関心
を体系的に研究しようと言うことである︒とりわけ︑この問題を労働者と経営者の関係について研究しようとするとこ
ろにベンディクスの研究の特色がある︑と言ってよい︒
ベンディクスの研究は︑いわゆる産業化︑即ち大多数の労働者が一事業に集中され︑かつ経営者の指揮調整活動に
依存するようになる過程をとりあげるものであるが︑そこではこの関係に多くの矛盾︑研究が発生するものであるから
こうした点に重点をおくことは︑はなはだ当を得ていると言ってよい︒
ところで︑ベンディクスは︑問題を企業者イデオロギー(Φ導冨℃目ΦコΦoユ巴一匹Φoδひq︽)から経営者イデオロギー
(8蝉轟αqΦユ巴達Φo一〇αq賓)への展開ということによって考えようとするが︑この二つの概念はベンディクス自身によって︑
(2)次の様に説明される︒
まず︑ベンディクスは経営管理のイデオロギー(己Φo一〇ぴqδωohヨ9︒墨ひqΦヨΦ暮)ということを一般的命題とした︒
その意味は︑経済的企業(Φoo⇒o巳凶oΦ昌8﹃箕δΦo目言血蕩鼠巴Φ昇Φ壱﹃冨Φ)において権限(き讐o葺︽)を行使するも
のによって︑採用されるすべてのイデオロギーであるとし︑かつこの権限を説明し︑正当化しようとするイデオロギー
も︑この概念によって示されるとしている︒そして︑企業者イデオロギーとは︑産業化の初期の過程におけるこうした
イデオロギーとは︑今日の産業におけると同様のイデオロギーをあらわす概念であるとしている︒
この様にベンディクス自身の説明は︑必ずしも明確でないのであるが︑これを補足的に説明すると︑およそ次の如く
ア メ リカ産 業関係 史論研 究 59
に言い得る︒元来イデオロギーという概念自身は︑種々な意味に使用されているが︑少なくともベンディクスの場合に
は︑社会関係を包括するイデオロギーの一体系というような意味で使用されている様である︒
イギリスの場合の様に︑産業化の初期におけるいわゆる旧秩序の破壊を目的としたものである︒
これに対して︑経営者イデオロギーとはその後の新しい事態を支持するものであり︑特に扱い難い労働者側勢力に対
するものであろう︒
この事は︑ベンディクスが言う所の産業化の過程について︑経営者と労働者の関係をとり扱うとしている所からも明
ちかである︒
ベンディクスが経営者イデオロギーと言う概念を使用していると︑言うこと自体については︑その意味が必ずしも適
当でない︑という批判がないわけではない︒しかし︑専門用語の問題はともかくとして︑一般にこうしたイデオロギー
が︑同じ表現を使用するならば︑労働者イデオロギーや国家イデオロギーと比較して︑従来︑甚しく閑却されているこ
とは事実である︒この点でベンディクスの研究は野心的ではあるが︑きわめて注目すべきものをもっていることは否定
出来ない︒
多くの社会学研究者がそうである様に︑ベンディクスも︑その研究において︑いわゆる﹁官僚制化﹂(げ霞$9轟サ
(3)尽巴8)ということを強調している︒その意味は︑最終生産物からの労働者の分離であるが︑この点も経営管理におけ
ヘヘヘヘヘへるものの考え方の社会的価値観の問題として慎重に検討すべき意味を持っている︒
これは︑要するにベンディクスの研究にはいろいろ問題はあるが︑経営管理の問題を︑経営者と労働者との関係に焦
ヘロヘヘヘヘへ点を合わせ︑これに対する経営者のものの考え方(社会的価値観)を発展的に究明しようとする点で︑すでに述べた様
な課題の研究にまことに恰好な材料を提供しているものとみてよい︒
そこで以下︑ベンディクスの所論を紹介し︑批判し︑あるいは補足するというかたちで基礎研究の問題をみていくこ
とにする︒
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南北戦争が北部の勝利に終って以来︑二〇世紀初頭にかけてのアメリカ産業経済の発展はまことにめざましいものが
あった︒
ベンディクスのいわゆる︑産業化の過程がきわめて急速に展開したのである︒
例えば︑この間の実情をみると︑一入七〇年には第一次産業に従事していた労働人口の割合は︑五三・五%︑第二次
産業に二一・九%︑第三次産業に三七二二%という割合に変化している︒一入八〇年から一九一〇年にかけて︑アメリ
カの総人口が三九入○万入から九=○万人に増加したことを合せ考えると︑この期間にかけるアメリカの産業経済が
(4)いかに急速に発展したものであったか理解出来よう︒
また︑急速な産業経済の発展の実情は︑ヒュバーマン(﹂[ΦO国¢ぴΦ村日蝉︼P)によってもいきいきと述べられているか
ら参照されたい︒
例えば︑これによると上記の統計とは若干時期ははずれるが︑一入五九年から一八九九年の四〇年間にアメリカの産
業では︑﹁経営の数は三倍に増加し︑賃金労働者の数は四倍に増加し︑工業製品の価値は七倍に増加し︑投下資本の額
(5)は九倍に増加した︒﹂と言われている︒
アメリカ産業経済の急速な発展の実情は︑ここでは直接の問題ではない︒
ここでの問題は︑かかる事態がこの時期におけるアメリカ経営者のイデオロギーにいかなる影響をもたらしたか︑を
検討することにある︒その場合︑急速な産業経済発展という︑いわば特殊な事態の中で︑当時のアメリカでは︑この発
展がいわゆる無限の可能性をもつものと広くかんがえられていた︑ということに注意する必要がある︒
ア メ リカ産 業 関係 史論研 究 61
ベンディクスによれば︑当時のアメリカの社会思想はスペンサー(自霞げΦほωb①コo臼)の唱えたイデオロギーによっ
(6)て支配されていた︑とみることが出来る︒即ち︑生存のための闘争に力点をおくマルサス(]りげOヨ坦ω菊OびΦ村けζ蝉一こP亘ω)
と成功のためには徳の滋養が必要であると説き進化論を唱えるダァウィン(()﹃O同一Φω幻OびΦ﹃けH)O村く﹃一コ)等の諸イデオロ
ギーの綜合として︑スペンサーのイデオロギーが取り入れられたのである︒成功の富は︑進歩のしるしとされ︑それを
勝ちえたものは生存競争にうちかった報酬としてそれを手に入れたものとみなされる様になった︒更に︑社会進化論
(ωOO一曽一口O同く﹃一コ幽ω目P)が展開するにつれ︑経営者の人格の重要性を説き︑経営の宗教的使命さえ強調するような思想が
あった︒
例えば︑一九〇〇年M・D・バブコック(Ud凶げooo評)師には︑﹁経営は宗教であり︑宗教は経営である︒(び亘ωぎΦωωδ(&﹃Φ目σqδロ四昌α器嵩αqδコ一ωσ=ωぎΦωω)﹂とさえ言われている︒
その意味は︑彼の経営に彼の宗教をとりいれることの出来ない様な経営者は︑彼の経営に何の性格も与えない人間に
すぎないという事であり︑またもし︑神がわれわれに富を獲得する可能性と力を与え給うたのであれば︑その努力を惜
しむことは︑神の恵みにそむくことになるということであろう︒
特に︑富は社会的祝福であり︑決して社会的危険ではない︑というイデオロギーが広く受け入れられるようになった
のである︒かかるイデオロギーがその後も依然弱まっていないことは︑ラスキ(=輿o匡旨oΦωΦbゲい餌ω匹)によっても
(8)指摘されている︒
かくの如きイデオロギーの流行のなかで結局経営者の権限は彼の成功即ち彼の徳とすぐれた能力のしるしであるとす
る成功によって︑正当化されることになる︒そして︑経営者と労働者︑あるいは従うものと︑従われるものとの区別が
生ずるのは︑適者生存の例証であると説明されるようになるようになるのである︒勿論︑こうしたイデオロギーは︑成
功をかち得た所の大多数の人々を名と納得せしめるものではなかった︒ところが︑これらの人々の疑問に対して︑当時︑