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博 士 ( 歯 学 ) 渋 谷 真 希 子

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Academic year: 2021

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博 士 ( 歯 学 ) 渋 谷 真 希 子

学 位 論 文 題 名

電 子 ス ピ ン 共 鳴 法 を 用 い た 全 身 麻 酔 薬 の      作 用 機 序 に 関 す る 研 究

・ 学 位 論 文 内 容 の 要 旨

【目的】全身麻酔薬の作用機序の詳細は未だに不明である。我々は、全身麻酔薬が特 定のタンパク質を標的とするのではなく、脂質およびタンパク質を含めた生体膜の構 造あるいは物性の変化を引き起こして作用すると考え、その変化の実態を、電子スピ ン 共鳴(ESR)法を 用い て解 明す ることを目的に本研究を行った。ESR法は物質中の 電子がもつ磁気の運動を使って電子周囲の環境を調べる方法である。今回は安定なラ ジカルを持っスピンラベル剤を用いて、その周囲の環境に及ぼす全身麻酔薬の影響を 検討した。

【 方法 】ス ピン ラベ ル剤 とし て、脂 質に 類似 した 構造 をも つ5‑DSAと16‑DSAのニ 種類を用いた。全身麻酔薬としてセボフルレン、イソフルレン、ハロセン、エーテル、

プロポフオール、サイアミラールを用い、エタノールの効果も調べた。麻酔薬は、臨 床で用いた際に測定された血中濃度と同程度の濃度を臨床濃度とし、1〜  1000倍にな るように加えた。最初、膜タンパク質であるNa,K‑ATPaseに直接スピンラベル剤を導 入してスペクトルを測定したところ、その解析が極めて困難であった。そこで、単純 な環境から段階的に測定系を積み上げていくこととし、メタノール、水、ドデシル硫 酸ナトリウム(SDS)水溶液、ホスファチジルコリンリポソーム水溶液、Na,K―ATPase 及びマイクロソーム分画中に含まれる膜タンパク質を含んだりポソーム溶液の各溶液 を ラベル剤の周囲環境として用いた。得られたESRスペクトルの線形変化、スペク ト ルを 基に 算出 され るオ ーダ ーパラ メー ターSお よび 回転 相関時間rの3つの指標 により麻酔薬による変化を解析した。オーダーパラメーターSはラジカルの可動域を 示すもので、膜構造をとる物質に組み込んだ場合、膜の流動性を示す指標となる。0 から1の値をとり、0に近いほど膜がやわらかいことを示す。また、回転相関時闇で はラジカルの回転運動の遠さを示す。

【結果と考察】

1)5‑DSAをNa,K‑ATPaseにラ ベルして得られたスペクトルの線形は全体にブロー ドであり、ラジカルの動きが遅く、運動方向が制限されていることを示したが、それ 以上の解析が困難であった。

2)メタノール溶液中での5ーDSAおよぴ16−DSAのスペクトルはいずれもシャープな     ―770ー

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3本の シグナル を示し、 麻酔薬を添 加しても スペクトルの変化はみられなかった。

3)水溶液中では5―DSA、16−DSAのいずれのスベクトル強度もメタノール溶液中に比 べて著しく減弱し、脂質様分子であるDSAが水溶液中で会合体を形成したため、ラジ カルが空間的に接近してスピンースピン相互作用が生じたことを示唆した。麻酔薬を 加えると、臨床濃度ではスベクトル強度が軽度に回復したが、高濃度では再ぴ減少し、

麻酔薬によるDSAの周囲環境の変化を検出できた。

4)臨 界ミセル 濃度以上 でのSDS水溶液中ではスペクトルの強度が回復し、DSAがSDS ミセル中に入り込んでスピンースピン相互作用を生じなぃ程度の距離に分散したこと を示 唆した。SDSミセルを生体膜のモデルとし、麻酔薬によるESRパラメーターの変 化を測定した。スペクトルの線形が変化するか否かとその程度は、麻酔薬の種類によ って具なった。Sの値は、ハロセン、エーテル、エタノール、プロポフオール、サイ アミラールでは変化量は小さいものの有意に変化したが、セボフルレン、イソフルレ ンでは変化しなかった。また、ハロセン、エーテル、エタノール、サイアミラールで はでが有意に変化したが、セボフルレン、イソフルレン、プロポフオールでは変化し なかった。変化の程度はスピンラベル剤の種類や加えた麻酔薬の種類によって異なり、

麻酔作用を示すという共通点があっても麻酔薬の種類によルスピンラベル剤周囲の環 境変化の程度が異なることが示された。

5)5―DSAを組み込 んだ多重 層リポソー ムのESRスベ クトルは、SDS水溶液中のスペ クトルに比べてラジカルの運動に異方性があり、回転運動の遠さが遅いことを示した。

16−DSAを 組み込ん だ標本のスペクトルは5−DSAに比べて比較的鋭いシャープな3本 のシグナルを示した。両者のESRスペクトルから計算したSの値は大きく異なり、5. DSAのラ ジカルは 膜の比較 的表層、16‑DSAで は深部と二重膜の異なる部分に位置す ることを示した。両者のスベクトル強度は、セボフルレンやイソフルレンでは麻酔薬 の濃度に伴って増大し、ハロセン、エーテル、エタノールでは高濃度を加えたときに 増大した。しかし、いずれの麻酔薬も膜流動性の指標となるSやてにはほとんど影響 しないことから、麻酔薬は脂質二重膜の表層にとどまっており、ラジカルの存在する 脂質の内部には影響を及ぼさなぃことが示された。また、単層リポソームを用いたS とでの測定結果は多重層リポソームの場合と同様であり、得られた実験結果はりポソ ーム膜の形態には影響されなぃことを示唆した。

6)より生体に近いモデル膜で解析を行うためにNa,K一ATPaseあるいはmlcrosome分 画中に含まれる膜タンパク質を組み込んだりポソームを作成した。Na,K―ATPaseの場 合は脂質とタンパク質の重量比を10:1に、microsomeの場合は重量比を10:3とした。

Na,K一ATPase及びmicro someタンパク質再構成リポソームのSの値も5ーDSAと16ーDSA で大きく異なり、膜中でのラジカルの存在部位が異なることを示した。麻酔薬添加に よる両タンパク質を再構成したりポソームのESRスペクトルの線形変化はりポソーム 単独の場合と同様であり、セボフルレンやイソフルレンでは麻酔薬の濃度に伴って強 度が増大し、ハロセン、エーテル、エタノールでは高濃度を加えたときに増大した。

高濃度のイソフルレン、エタノールの添加でSの値が低下したが、その他の麻酔薬で はほとんど変化しなかった。cもりポソーム単独のときと同様、麻酔薬の添加により     ‑ 771一

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ほとんど変化しなかった。以上の結果は、今回用いた重量比のNa.K‑ATPaseあるいは mlcrosome膜タンパク質をりポソームに再構成しても、膜中でのスピンラベル剤の周 囲 環 境 お よ び そ れ に 対 す る麻酔 薬の 作用 に影 響を 及ば さな ぃこ とを 示し た。

【結語】

1. ESRス ペク トル の測 定に より 、麻酔薬の添加によるスピンラベル剤周囲の環境 の 変 化 を 検 出し た。 変化 の程 度は 添加 した 麻酔 薬の種 類に より 異な って いた 。 2. 5‑DSAと16‑DSAのラ ジカ ルは 脂質二重モデル膜の異なる部分に存在することを 示した。

3.麻酔薬は脂質二重膜の表層にとどまっており、膜深層のみならず、比較的表層に も影響を及ばさなぃことが示された。

4.今 回作成した脂質とタンパク質の重量比でNa,K‑ATPaseとmlcrosome膜タンパク 質を再構成しても、リポソームに対する麻酔薬の作用に影響を及ばさないことを示し た。

5.最も重要な結論は麻酔薬が生体モデル膜の内部に入らなかったことであり、これ は麻酔薬が膜の内部に入るという仮説を否定するものである。現在、さらに研究を継 続している。

772 ‑

(4)

学位 論文審査の要旨 主査

副査 副査 副査

教授 教授 教授 助教授

福島 鈴木 赤池 平沖

学 位 論 文 題 名

和昭 邦明     忠 敏文

電子ス ピン共 鳴法を用いた全身麻酔薬の      作 用機序 に関する 研究

  審 査は、担 当者全 員が出席 して提 出論文の 内容ならぴに関連事項について、口頭試問によ り 行われた 。はじ めに学位 申請者 に対し、 本論文の要旨の説明を求めたところ、以下の内容 に ついて論 述した 。

  全身 麻酔薬 が脂質お よびタ ンパク質 を含めた 生体膜 の構造あるいは物性の変化を引き起こ し て 作用 す る ので は な いか と 考 え 、そ の 変 化を 電子ス ピン共 鳴(ESR)法 を用い て解析す る ことを目的として研究を行った。具体的には脂質様構造をもつ5‑doxyl stearic acid(5−DSA)と 16‑doxyl stearic acid(16‑DSA)の2種類のスピンラベル剤を用いてESRスペクトルを測定し、

ラベ ル剤周囲の環境に及ばす全身麻酔薬の影響を検討した。全身麻酔薬としてセボフルレン、

イソ フルレ ン、ハロ セン、エ ーテル 、プロボ フオー ル、サイアミラールを用い、エタノール の 効 果も 調 べ た。 ラ ベル剤 の周囲環 境とし て、メタ ノール、 水、ド デシル硫 酸ナト リウム (SDS)水 溶液 、 ホ スフ ァ チ ジ ルコ リ ン リポ ソ ー ム水溶液 、Na,K‑ATPase及 びミク ロソーム 分 画 を含 ん だ りポ ソ ー ム溶 液 を 用 いた 。 得 られ たESRスベク トルの線 形変化、 スペク トル を 基 に算 出 さ れる オ ー ダー パ ラ メ ータ ー (S) およ び回転相 関時間 (r) の3つ の指標 によ り麻 酔薬に よる変化 を解析し た。Sは膜構 造をと る物質に 組み込ん だ場合 、膜の流 動性を示 す 指 標 と な り 、 て は ラ ベ ル 剤 中 の ラ ジ カ ル の 回 転 運 動 の 速 さ を 示 す 。   最初 にNa,K‑ATPaseに5‑DSAを 直接 ラ ベ ルし て麻 酔薬の 作用を調 べよう と試みた が、得 られ たスペ クトルの 線形が複 雑であ り解析が 困難で あったため溶媒中でのスベクトルの解析 から 始めた 。メタノ ール溶液 中では5―DSA、16−DSAいず れもシャープな3本のシグナルを示 し、 麻酔薬 を添加し てもスペ クトル の変化は みられ なかった。水溶液中ではメタノール溶液

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中より強度が著しく減弱し、DSAが会合体を形成してスピンースピン相互作用が生じたこと を示した。麻酔薬の添加によりその濃度に依存したDSAの周囲環境の変化を検出できた。

臨界ミセ ル濃度以 上でのSDS水溶液中ではスペクトル強度が回復し、DSAがSDSミセル中 に入り込んで相互作用を生じなぃ距離に分散したことを示した。1%SDS水溶液中における スペクトルの線形およびSやでに対する麻酔薬の作用は麻酔薬の種類によって異なり、麻酔 作用を宗すという共通点があってもラベル剤周囲環境に対する作用は異なることが示された。

  5―DSAおよび16−DSAを組み込んだ多重層リポソームのESRスペクトルの線形とSの値は 大きく異なり、5‑DSAのラジカルは二重膜の比較的表層、16‑DSAは深層と異なる部分にあ ることを示した。麻酔薬を添加するとスベクトル強度が増大するものも存在したが、いずれ の麻酔薬も膜流動性の指標となるSやてにはほとんど影響しなぃことから、麻酔薬は脂質二 重膜の表層に留まり、内部には影響を及ばさないことが示された。また、単層リポソームを 用いても結果は多重層の場合と同様であり、得られた結果はりポソーム膜の形態に影響され なぃことが示された。さらに、より生体に近いモデル膜としてNa,K一ATPaseあるいはミクロ ソーム分画を組み込んだツポソームを作成して実験を行っても同様の結果が得られ、今回の 実験条件でNa,K‑ATPaseあるいはミクロソーム分画をりポソームに再構成しても、膜中での ラベル剤の周囲環境およびそれに対する麻酔薬の作用には影響を及ぼさなぃことが示された。

  最も重要な結諭は麻酔薬が生体モデル膜の内部に入らなかったことであり、従来提唱され て き た 麻 酔 薬 が 膜 の 内 部 に 入 る と い う 仮 説 を 否 定 す る も の で あ る 。

  以上の論述に引き続き、各審査委員より提出論文の内容ならびにそれに関連のある学術に っいて口頭により質疑および試問が行われた。主な試問内容としては、従来提出されてきた 全身麻酔薬の作用機構と今回の研究結果との関連、麻酔薬の作用機構の解析にスピンラベル 法を導入した背景、電子スピン共鳴スペクトルの結果の解釈とその意義、リポソームにおい て麻酔薬が浸透している部位の決定法など多岐にわたったが、いずれの質問に対しても学位 申請者から適切かつ明快な回答が得られた。また、申請者が確立した解析法を、細胞膜タン パク質を含めた生体膜に対する麻酔薬の作用の解析へと発展させていく研究を進行中で、今 後 の 研 究 の 方 向 性 と 将 来 の 展 望 な ど に つ い て も 明 確 な 方 針 が 示 さ れ た 。   本論文の内容は高いレベルにあり、今後の全身麻酔薬の作用機序解明を目指す研究の発展 に大きく寄与するものと考えられた。加えて、試問の結果より学位申請者は専攻分野の専門 領域のみならず関連分野についても十分な学識を有していることが認められた。従って、学 位 申 請 者 は 、 博 士 ( 歯 学 ) の 学 位 を 授 与 さ れ る の に ふ さ わ しい と 認め ら れ た。

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参照

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