博 士 ( 歯 学 ) 木 村 喜 芳
学 位 論 文 題 名
垂 直 歯 根 破 折 に 伴 う 歯 周 組 織 破 壊 の 病 理 組 織 学 的 研 究 学 位 論 文 内 容 の 要 旨
緒 言
歯 根 が 垂 直 破 折 し た 歯 は 深 い 歯 周 ポ ケ ッ 卜 を 形 成 し 、 歯 周 組 織 が 高 度 、 か つ 進 行 性 に 破 壊 さ れ 多 く は 保 存 が 困 難 で 抜 歯 さ れ て き た が 、 最 近 保 存 治 療 と し て 破 折 し た 歯 根 を 接 着 性 レ ジ ン セ メ ン ト で 接 着 す る 方 法 が 報 告 さ れ て い る 。 し か し 、 歯 根 が 垂 直 破 折 し た 場 合 に 、 細 菌 汚 染 と 歯 周 組 織 破 壊 が ど の 様 に 進 行 す る か は ほ と ん ど 明 ら か に さ れ て い な い 。 こ の た め 破 折 歯 根 を 治 療 す る に 当 た っ て 、 破 折 面 や 根 面 お よ び 周 囲 の 軟 組 織 に 対 す る 処 置 は 経 験 的 に 行 わ れ て い る の が 現 状 で あ る 。 そ こ で 本 研 究 は 垂 直 歯 根 破 折 の 治 療 を よ り 合 理 的 に 行 う た め に 、 破 折 後 の 歯 質 の 汚 染 と 歯 周 組 織 破 壊 の 経 時 的 変 化 を 明 ら か に す る 目 的 で 行 っ た 。
材 料 と 方 法
実 験 に は ビ ー グ ル 犬4頭 の 上 下 顎 両 側 前 臼 歯 の 合 計56歯 を 用 い 、 被 験 歯 を3日 群 、1 週 群 、2週 群 、4週 群 の4群 に 分 け た 。 歯 冠 を 歯 肉 縁 ま で 削 除 し 、 歯 根 を 分 岐 部 で 近 遠 心 根 に 分 割 後 、 通 法 に 従 っ て 抜 髄 、 根 管 拡 大 し 、 マ イ セ ル を 根 管 内 に 挿 入 し て マ レ ッ ト で 槌 打 し 歯 根 を 近 遠 心 的 に 垂 直 破 折 さ せ た 。
臨 床 診 査 は 術 前 と 術 後 毎 週 に 、gingival index (GI)、probing depth(PD)、probing attachment loss(PAL)に つ い て 行 い 、 診 査 部 位 は 歯 根 の 近 遠 心 側 ( 破 折 部 ) と 頬 舌 側 の 中 央 ( 非 破 折 部 ) と し た 。 観 察 期 間 終 了 後 、 灌 流 固 定 し て 実 験 部 位 を 摘 出 し 、X線 撮影 を 行 い 歯 槽 骨 の 吸 収 状 態 を 観 察 し た 。
各 標 本 は 脱 灰 後 、 パ ラ フ ィ ン 包 埋 し 歯 根 長 軸 に 垂 直 に 厚 さ 約5〜7ルmで 薄 切 し て へ マ 卜 キ シ リ ン ・ エ オ ジ ン 重 染 色 、 お よ び グ ラ ム 染 色 を 行 い 病 理 組 織 学 的 に 観 察 し た 。 組 織 学 的 計 測 は 、 以 下 の3項 目 に つ い て お こ な っ た 。
(1) 上 皮 の 根 尖 側 移 動 距 離 :CEJか ら 上 皮 付 着 の 最 根 尖側 まで の垂 直的 距離 を計 測 した 。 (2)歯 槽 骨 吸 収 量 :CEJか ら2.5mm根 尖 側 の 標 本 を 選 択 し 、 画 像 解 析 ソ フ ト を 用 い て 歯槽 骨 が 吸 収 さ れ た 部 分 の 面 積 を 計 測 し た 。
(3)歯 根 吸 収 量 : 歯 槽 骨 吸 収 量 と 同 じ 標 本 で セ ヌ ン ト 質 と 象 牙 質 が 吸 収 さ れ た 部 分 の面 積 を 計 測 し た 。
統 計 学 的 分 析 は 、 Mann− Whiteney[ /検 定 を 用 い て 行 っ た 。 結果
1)臨床診査
GIは破折直後は両部位とも約0.2、1週後には破折部2.0、非破折gB0.9となりその後 は大きな変化はみられなかった。PDは破折直後は両部位とも2.Omru前後で、破折部では 徐々に増加し3週以降は5.5mmを示した。一方非破折部は増加せず、全期間を通して約 2 mmであった。PALは破折部で3日以後経時的に増加し、4週後では4.6mmに達したの に対し、非破折部では3日後は0.3nuuと破折部とほぼ同じ値で、その後はほとんど変化 しなかった。
2)X線写真観察
3日群では歯槽骨頂付近に変化は認められなかったが、1、2週群では骨頂付近の 歯槽硬線が消失し、わずかな吸収像が認められた。4週群では歯根の1/2程度までくさ び状の骨吸収が観察された。
3)病理組織学的観察
3日群、1週群では上皮の最根尖側はCEJより歯冠側もしくはCEJ付近に位置し、組 織学的アタッチメント口スはほとんど認められなかった。歯根膜組織に軽度の炎症が 観察され、破折間隙には炎症性結合組織の侵入がみられ、1週群では破折部付近の歯 槽骨は骨頂から根尖まで浅い吸収窩を形成していた。細菌汚染物質は根管内に認めら れた。
2週群では破折部付近で上皮がCEJを越えわずかに根尖側へ移動しアタッチメント口 スが認められた。上皮付着部より根尖側においても炎症は著しく、歯根膜線維は破壊 され、象牙質に達する歯根吸収と歯槽骨には半円状の吸収窩が認められた。細菌汚染 物質は根管内、破折面に層状に付着していた。
4週群では歯肉結合組織に炎症性細胞が広範囲に浸潤していた。CEJより根尖側で は、上皮が破折部を取り囲むように歯周ポケットを形成していた。破折部周囲の歯根 膜の炎症は著しく線維が消失し、骨吸収はさらに進行していたが、頬舌側中央の歯槽 骨の吸収はほとんどみられなかった。細菌汚染物質は根管内、破折面には層状に付着 し、象牙細管内に細菌侵入が観察された。ポケット内に露出したセメント質には12例 中3例にプラークの付着が認められた。
4)組織学的計測
(1)上皮の根尖側移動距離は経時的に増加し、2週0.23mra、4週群0.53mmであった。
(2)歯槽骨吸収量は経時的に増加し、2週群で0.64mmz、4週群で1.25mniを示した。
(3)歯根吸収量は3日群と1週群では極めて少なく、2週群は0.05mm'、4週群0.21而と 増加した。
考察
破折 部のPALは4週 後に 平均4.6mmを示 した のに 対し 、組 織計 測に よる 上皮の 根尖 側 移動距離は平均0.5mm(最大約Inun)で、PALよりかなり小さな値であった。これは診査時 にポ ケッ ト探 針の 先端 がポ ケッ ト底 を貫 き、 上皮付 着を 越えて結合組織中に侵入して いる ため と考 えら れる 。ポ ケッ ト探 針の 先端 の位置 はポ ケット底部の炎症状態によっ て大 きく 左右 され ると 報告 され てお り、 本研 究にお いて も細菌が根管から破折面に付 着増 殖す るよ うに なる と炎 症性 細胞 浸潤 が強 くなり 、プ □一ビングに対する上皮と結 合組 織の 抵抗 性が 減少 して 、ポ ケッ 卜探 針が ポケッ 卜底 を貫通し深部まで侵入したと 一I
考えられる。‐
歯 槽骨 吸収 の原 因は 、吸 収が 頬舌 側に は認 められ ずす べて破折部付近に観察され、
さら に経 時的 に拡 大し てい たこ とか ら、 破折 部から の感 染によるものと思われる。す なわ ち、 根管 内の 細菌 やそ の産 生物 が破 折間 隙を通 って 歯根膜に炎症を引き起こした こと によ り発 生し たと 考え られ る。 この よう な骨破 壊は 、根管内の汚染物質が根尖孔 を介 して 根尖 歯周 組織 に炎 症を 惹起 し、 周囲 に骨吸 収が 発生することと類似している と思われる。
歯 根 吸 収 は 、 破 折 部 付近 の 根 表 面に 発生 し、 頬舌 側に はほ とん ど観 察され なか っ た。 これ は垂 直破 折歯 を抜 歯し て肉 眼的 に観 察し、 歯根 吸収が破折に沿って認められ たと するPittsら の報告 や、 歯根 吸収 が破 折付 近の 根面 に粗造なX線透過像として観察 され たと の報 告と 一致 する 。ま た、 根尖 性歯 周炎罹 患歯 の根尖部における歯根吸収と 類似していると思われる。
こ れら の結 果か ら、 垂直 破折 歯の 治療 は破 折後の 感染 の拡大と歯周組織の経時的変 化に応じて、次の3段階に分類して行うのが適切と思われる。
(1)炎症発生期(破折後3日〜1週):歯根膜に軽度の炎症が生じ、PDは浅く、歯槽骨の 吸収 およ び付 着の 喪失 は極 めて 少な く、 細菌 は根管 内に わずかに存在するのみであっ た。 治療 法は 根管 内を 洗浄 して 汚染 物質 を除 去し、 根管 内から破折間隙を封鎖する方 法が適応可能と考えられる。
(2)炎症拡大期(破折後1週〜2週):破折に沿って歯根膜に著明な炎症が生じ、PDが増 加 し た 。 歯 槽 骨 と 歯 根 の吸 収 が 認 めら れ、 細菌 は根 管内 と破 折面 に付 着増殖 して い た。 組織 学的 に上 皮の 根尖 側移 動は わず かで 、臨床 的なPDの増加は組織学的アタッチ メン ト口 スを 示し ては いな い。 治療 法は 破折 面に汚 染物 質を残存させないように口腔 外 で 除 去 し 、 破 折 面 を 封 鎖 後 、 再 植 す る 方 法 が 適 応 可 能 と 考 え ら れ る 。 (3)付着喪失開始期(破折後2、4週以降):上皮の根尖側移動に伴って歯周ポケットが形 成さ れ組 織学 的ア タッ チメ ント 口ス が発 生し 、ポケ ット 内に露出した歯根表面に細菌 の付 着が 認め られ た。 治療 法は 、破 折面 に汚 染物質 を残 存させないように口腔外で除
去し、さらに汚染根面をルートプレーニングし、破折面を封鎖後、再植する方法が適 応可能と考えられる。しかし、歯根膜残存根面と汚染根面との境界は識別が難しく、
臨床的な両者の識別法の確立は今後の課題と考えられる。
学位論文審査の要旨
学 位 論 文 題 名
垂直歯根破折に伴う歯周組織破壊の病理組織学的研究
審査は主査、副査全員が一同に会して口頭で行った。はじめに申請者に対 し本 論文の 要旨の説明を求めたところ、以下の内容について論述した。
歯根が垂直破折した歯は深い歯周ポケットを形成し、歯周組織が高度、か つ進行性に破壊され多くは保存が困難で抜歯されてきたが、最近保存治療と して破折歯根をレジンセメントで接着する方法が報告されている。しかし、
歯根が垂直破折した場合に、細菌感染や歯周組織破壊がどの様に進行するか は明らかにされていないため、接着治療に際して破折象牙質面や根面および 周囲の軟組織に対する処置は経験的に行われているのが現状である。そこで 本研究は垂直歯根破折の治療をより合理的に行うために、破折後の歯質の汚 染 と 歯 周 組 織 破 壊 の 経 時 的 変 化 を 明 ら か に す る 目 的 で 行 っ た 。
【材料と方法】
実 験動物 にはビ ーグ ル犬
4頭の 前臼歯 の合計
56歯 を用い 、被験歯を3 日 群、
1週 群、
2週群 、
4週群 の
4群に分 けた。 歯根 を分岐 部で近 遠心根に分 割後、通法に従って抜髄、根管拡大し、マイセルとマレットで歯根を近遠心 的に垂直破折させた。臨床診査はgingivalindex (GI) 、probing depth(PD)
probing attachment loss(PAL)について行い、観察期間終了時に屠殺後、実 験部位を摘出し
X線撮影を行い、歯槽骨の吸収状態を観察した。各標本は脱 灰後、/ ヾラフィン包埋し歯根長軸に垂直に厚さ約5 〜
7ルm で薄切してHE 重染 色、グラム染色を行い病理組織学的に観察した。組織学的計測は、上皮の根
熈
稔
男
隆
藤
田
後
加
脇
向
授
授
授
教
教
教
査
査
査
主
副
副
尖側移動距離、歯槽骨吸収量、歯根吸収量について行い、統計学的分析は、
Mann
―WhiteneyU 検定を用いて行った。
【結果】
臨床診査では、PD は破折直後は両部位とも2.Omm 前後で、破折部では徐々 に増カU し3 週以降は5.5mm を示した。一方非破折部は増加せず、全期間を通し て約2mm であった。
X
線 および 病理組 織観察 では、
3日群と
1週群では、
X線写真で変化はな く、破折部の上皮の最根尖側は
CEJ付近に位置してアタッチメン卜口スはな く、歯根膜の炎症は軽度で、歯槽骨の吸収はごく軽度であった。しているの みで、細菌汚染物質は根管内にのみ認められた。
2週群では、X 線写真で骨 頂部がわずかに吸収され、破折部の上皮はCE ニJ を越えてアタッチメン卜□ス が生じ、歯根膜の炎症は
1週群より拡大し、線維は破壊され、歯槽骨吸収と 歯根吸収が認められた。細菌汚染物質は根管内、破折面に層状に付着してい た。
4週群では、
X線写真で骨吸収がくさび状に観察され、破折部の上皮は
2週群よりさらに根尖側に移動して歯周ポケッ卜を形成し、歯根膜の炎症と 骨吸収はさらに拡大していた。細菌汚染物質は根管内、破折面に多量に付着 し 、 ポ ケ ッ ト 内 に 露 出 し た セ メ ン ト 質 上 に も 認 め ら れ た 。
組織学的計測では、上皮の根尖側移動距離は経時的に増加し2 週0.23mm 、
4週群0.53mm であった。歯槽骨吸収量も経時的に増加し
2週群で0.64mmz 、4 週群で1.25mm' を示した。歯根吸収量は3 日群と
1週群ではきわめて少なく、
その後2 週群で0.05mm' 、4 週群0.21 両と増加した。
【考察】
これらの結果から、垂直破折歯の治療は破折後の感染の拡大と歯周組織破 壊の経時的変化に応じて、次の
3段階に分類して行うのが適切と考えられ た。
(1 )炎症発生期(破折後3 日〜1 週):PD は浅く、歯根膜の炎症は軽度で、付
着の喪失、歯槽骨の吸収および付着の喪失は極めて少なく、細菌は根管内に
わずかに存在するのみなので、治療法は根管内を洗浄して汚染物質を除去
し 、 根 管 内 か ら 破 折 間 隙 を 封 鎖 す る 方 法 が 適応 可 能 と 考 えら れ る 。
(2)
炎症拡大期( 破折後
1週〜2 週) :PD は増加し、歯根膜の炎症は拡大して いるが、上 皮の根尖側移 動はわずかで 、組織学的アタ ッチメン卜口 スはほと んどなく、 細菌は根管内 と破折面に付 着増殖している ので、治療法 は歯を一 度抜去し、 破折面の汚染 物質を除去し 、接着封鎖後、 再植する方法 が適切と 考えられる。
(3)
アタッチメン卜口ス開始期(破折後4 週前後):上皮の根尖側移動が進行し て組織学的 アタッチメン ト口スが発生 しており、細菌 はポケット内 の根表面 に付着増殖 しているので 、治療法は、 一度抜去し口腔 外で破折面の 汚染物質 を除去し、 さらにポケッ ト内に露出し た汚染根面のル ー卜プレーニ ングが必 要となり、 その後破折面 を接着封鎖し 、再植する方法 が適切と考え られる。