博士(医学)佐藤徹郎 学位論文題名
社会的ネットワーク、サポートおよび活動性が、
農業地域在住高齢者の早期死亡に与える影響に関する研究
学 位論文内容の要旨
背量:日本の高齢化が急速に進む中で、医療費の負担を伴わず、より望ましい形での健康 づくりを可能にするものとして、社会的な関係のあり方と健康の関連が注目され、多くの 研究が報告されている。両者の因果関係をより明らかにするためには長期の観察研究が重 要であると同時にその途中における影響の変化に着目することも重要であると考えられる が、途中変化に着目した長期観察研究はこれまで世界的にもあまり例がない。本研究は、
高齢者の社会関係の死亡に対する影響が、12年間の長期追跡を通して、その影響が途中で どのように変化するのかということを 北海道の農業地域を対象に取り上げて明らかにす ることを目的とする。社会関係は、従来一般的に取り上げられてきた、サポートとネット ワークに活動性を加えた、3つの側面から捉えた。
対量と方法:本研究は、北海道内の一農業地域において、1992年に該当年齢層の全住民に 対してべースライン調査を行い、スタートした前向きコホート研究に基づくものである。
地域内在住の68―82歳の高齢者全員769名に対して自記式調査票を郵送し、652名から回答 を得た( 有効回 収率84.8%) 。その 後、2004年3月末までの12年間の生存状況を追跡調 査した。1年以内の死亡者を除外した637名について、生存判明者376名(59.O%)、死亡 判明者233名(36.6%)、転出して生死不明の者28名(4.4%)を確認し、これを解析の 対象とした。べースラインの調査項目では、説明要因として社会的ネットワーク、社会的 サポート、活動性を取り上げ、交絡する可能性のある要因として基本属性、身体機能、慢 性疾患、精神的健康状態、生活習慣を取り上げた。社会的ネットワークは、配偶者の有無、
家族構成、子どもの有無、別居子との接触頻度、同町内の親しい親戚の有無、親しい友人 の有無、近隣との付き合い、団体活動への参加の8項目で構成した。社会的サポートは受 領と提供とし、その中身を手段的と情緒的とに分けた。活動性は、現職の有無、趣味や生 きがいの有無、余暇活動への参加、社会への関心の有無、外出頻度の5項目について尋ね た。以上の項目にっき、すべての死因による死亡との関係をコックスの比例ハザードモデ ルにより解析した。多くの項目は重なり合う内容を含み、独立していないので、モデルは ひとつの変数ごとに調整因子を加えたものとした。すべての解析は男女別に分けて行った。
最初に時間変数との交互作用項を導入して比例ハザード性の検証を行った。次に追跡期間 を前半と後半に分け、12年を通した期間と併せて、3つの期間区分によってハザード比の 計算をした。まず年齢のみを調整して解析し、次にその結果、12年通期で有意であった交 絡 要 因 を 調 整 因 子 と し て 投 入 し て 各 々 の 説 明 変 数 と 死 亡 と の 関 係 を 解 析 した 。 結果:比例ハザード性が有意に保たれていなかった項目は、男性の友人、団体参加、情緒
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的 サ ポ ー ト 源 、 趣 味 ・ 生 き が い 、女 性 の団 体参 加、 趣味 ・ 生き がい 、余 暇活 動 であ った 。 こ れ ら の 項 目 は い ず れ も 効 果 が 減 弱 す る 方 向 に 変 化 し た 。 年齢 の みに よっ て調 整し たCox の 比 例 ハ ザ ー ド モ デ ル に よ る 全 期間 を 通し ての 解析 の結 果 、男 女い ずれ かで 有 意な 関係 が あ っ た の はADL、IAD、 尿 失 禁 、 脳血 管 疾患 、自 覚健 康度 、 抑う つ、 運動 習慣 、 統合 した 生 活 習 慣 の8項 目 で あ っ た 。 こ れ ら に 年 齢 に 加 え た9項 目 で 調 整 し た 結 果 、 男 性 で は 、 前 半 で 親し い友 人(hazard ratioO.45)、団 体活 動 への 積極 的な 参加 (0,53) 、趣味・生きがい の ある こと(0.46)が死 亡危 険を低めていた。後 半では同居家族のあること(0.35)が死亡危 険 を低 めて いた 。 全期 間を 通し てみ た 時は 、団 体活 動への積極的な参加(0.62)、手段的サ ポ ート の提 供(0.61) が死 亡危 険を 低 めて いた 。女 性で は 前半 で有 意に 関 係している項目は なかった。後 半で配偶者のいること(0.50)と現職のあること(0.47)が死亡危険を低めてい た。通期で現 職のあること(0.54)が死 亡危険を低めていた。
考 察 : 以 上 の 結 果 か ら 、 社 会 関 係と 活 動性 の死 亡に 与え る 影響 は、 時間 経過 に よっ て変 化 す る こ と 、 そ の 変 化 の 仕 方 は 要 因に よ って 違い があ るこ と がわ かっ た。 男性 の 家族 構成 の 影 響 は 、 前 半 で は 見 ら れ ず 、 後 半に な って から 出現 した 。 他方 、身 体機 能の 影 響は 前半 に 強 く み ら れ て 後 半 に 見 ら れ な く なる こ とか ら、 男性 は高 齢 にな るに 従っ て身 体 機能 の低 下 し た 人 が 死 亡 に よ っ て 先 に 除 去 され 、 残っ た人 は身 体機 能 より も、 同居 家族 の 存在 如何 に よ っ て よ り 強 く 健 康 が 支 配 さ れ るよ う にな った 可能 性を 窺 わせ る。 男性 の親 し い友 人の 存 在 は 前 半 で 有 意 に 死 亡 危 険 を 低 めて い たが 、後 半に その 効 果は 見ら れな くな っ た。 友人 関 係 は 社 会 関 係 の 中 で も 最 も 自 由 に選 択 可能 なジ ャン ルで あ り、 それ だけ に流 動 性が 高く 、 変 化 し や す い も の と 考 え ら れ る 。男 性 の団 体活 動へ の参 加 が、 前半 で死 亡危 険 を低 める 効 果 が あ っ た が 、 後 半 で は み ら れ なく な った 。高 齢化 に伴 う 団体 の中 での 役割 低 下、 活動 性 低 下 、 団 体 か ら の 脱 落 な ど が 考 えら れ る。 男性 の手 段的 サ ポー トの 提供 は影 響 カは あま り 強 く は な ぃ が 、 時 間 経 過 や 加 齢 によ っ て変 化す るこ とも な く、 効果 が持 続的 に 維持 され る も の と 考 え ら れ る 。 男 性 で 趣 味 ・生 き がぃ のあ るこ とが 前 半で 有意 に死 亡リ ス クを 下げ て い た が 、 後 半 に は 影 響 が み ら れ なく な った 。趣 味・ 生き が いの 中に は長 続き し ない もの が 多 く 含 ま れ る こ と 、 あ る い は 加 齢に よ る心 身機 能の 低下 な どに よっ て断 念す る に至 って い る 可 能 性 を 窺 わ せ る 。 女 性 の 婚 姻関 係 の影 響は 後半 で有 意 性が 高ま った 。女 性 は夫 を亡 く し ても 当初 のダ メ ージ は小 さい が、 . 後に なっ て配 偶者 喪 失が もた らす 健 康リスクが高まる も の と 考 え ら れ る 。 女 性 の 現 職 の多 く が農 業で ある と考 え られ るが 、前 半は 他 の健 康要 因 が 強 く 影 響 し た が 、 後 半 で は 農 業労 働 の持 っ多 様性 が高 齢 期に も可 能な 仕事 を もた らし 、 ま た 、 精 神 的 健 康 に も よ い 影 響 を及 ば し、 有益 に作 用し て いる 可能 性が 示唆 さ れた 。本 研 究 では12年 間と い う長 期に わた る追 跡 によ って 短期 では 見 られ ない 効果 を 見出すと同時に、
前 半 と 後 半 に 分 け て 解 析 す る こ とに よ り、 社会 的関 係の 死 亡リ スク ヘの 影響 に は時 間経 過 に よ る 変 化 の 存 在 す る こ と 、 ま た、 項 目ご とに 変化 の特 徴 が異 なる こと を見 出 した 。10年 以上にわたる 長期観察によって社会的ネットワーク、サポート提供、受領、仕事などの活動性が死 亡リスクを低 めるとの研究は欧米でも多数 報告されている一方、Kaplanは長期観察における効果 の変化にも着 目すべきことを提唱しているが、実際にこれを検証した研究はこれまで見られなかっ た 。本 研究 の結 果 は高 齢者 に対する対策を短期と 長期とそれぞれについて検 討するに際しての 重 要な 示唆 を与 え るも ので ある。高齢者対策は、 男性の親しい友人、団体活 動への参加、趣味 や 生 き が い は 健 康 に 有 益 で は あ るが 変 化し やす いの で絶 え ざる 継続 の努 カと 新 たな 創出 の 工 夫 が 必 要 で あ る こ と 、 ま た 、 男性 の サポ ート 提供 、家 族 構成 、女 性の 婚姻 、 就労 の影 響 は 長 期 間 持 続 し 、 あ る い は 後 に なっ て 効果 が現 れる ので 、 長い 目で 見た 将来 を 見越 して 、 早期の段階か ら対策が行われる必要のある ことが示唆された。
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学位論文審査の要旨
学 位 論 文 題 名
社会的ネットワーク、サポートおよび活動性が、
農業地域在住高齢者の早期死亡に与える影響に関する研究
日 本 の 高 齢 化 が 急 速 に 進 む 中 で 、医 療費 の負 担を 伴わ ず、 より 望ま し い形 での 健康 づくり を可能にするものとして、社会的な関係のあり方と健康の関連が注目され、多くの 研 究が 報告 さ れて いる 。長 期に わた る観 察研 究で 、途 中の 変化に着目した研究はこれ ま で世 界的にもあまり例がない。本研 究は、高齢者の社会関係の死亡に対する影響が、
12年間 の長期追跡を通して、その影響 が途中でどのように変化するのかということを明 らかに することを目的としている。本研究は、1992年にスタートした前向きコホー卜研究 に 基 づ ぃ て い る 。 べ ー ス ラ イ ン 調 査 で は 、 地 域 内 在 住 の68―82歳の 高齢 者全 員769 名 に 対 し て 自 記 式 調 査 票 を 郵 送 し、652名 から 回答 を得 た。 その 後、2004年3月 末ま で の12年間の生存状況(死亡年月日) を追跡調査し、生存判明者376名(59.O%)、死 亡 判明 者233名(36.6%)、転出して生 死不明の者28名(4.4%)を確認し、これを解析 の対象とした。説明要因としてべースライン時点の社会的ネットワーク、社会的サポー卜、
活 動性 を取り上げ、交絡する可能性の ある要因として基本属性、身体機能、慢性疾患、
精 神的 健康 状 態、 生活 習慣 を取 り上 げた 。す べて の死 因に よる死亡との関係をコック ス の比 例ハ ザ ード モデ ルに より 解析 した 。は じめ に時 間変 数との交互作用項を導入し て 比例 ハザ ー ド性 の検 証を 行っ た。 次に 追跡 期間 を前 半と 後半に分け、12年を通した 期 間 と併 せて 、3つ の期 間区 分に よっ て、 各々 の説 明変 数の ハザ ード 比 を計 算し た。
比 例/ヽ ザー ド性 の検 証結 果は 、男性 の友人、団体参加、趣味・生きがいの各項目で比 例 ハザ ード 性 が有 意に 保た れず 、効 果が 減弱 する 方向 に変 化した。これらの項目では 前 半 で の み 、 モ デ ル の 妥 当 性 が 維持 され た。 健康 関連 要因 を調 整し た ハザ ード 比の 計 算 結 果 は 、 男 性 の 家 族 構 成 の 影響 は、 前半 では 有意 な関 係が 見ら れ ず、 後半 にな ってか ら出現した(Hazard Rati0 0,35)。男性の親しい友人(0.45)、団体活動への参加
(0.53)、趣味・生きがぃ(O.46)は前半で有意に死亡リスクを低めていたが、後半にその
子 郎
次
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効 果 は 見 ら れ な く な っ た 。 男 性 の 手 段 的 サ ポ ー ト の 提 供 が 通 期 で 死 亡 リ ス ク を 低 め て い た(0.61)。女性では後半 で配偶者のいること(0.50)と現職のあること(O.47)が死亡リス ク を 低 め て い た 。 男 性 は 身 体 機 能 の 低 下 し た 人 が 早 期 に 除 去 さ れ 、 残 っ た 人 は 同 居 家 族 に よ り 強 く 影 響 さ れ る よ う に な っ た 可 能 性 を 窺 わ せ る 。 友 人 関 係 は 変 化 し や す い も の と 考 え ら れ る 。 男 性 は 高 齢 化 に 伴 う 団 体 の 中 で の 役 割 低 下 、 活 動 性 低 下 、 団 体 か ら の 脱 落 な ど が 考 え ら れ る 。 男 性 の 手 段 的 サ ポ ー ト の 提 供 は 効 果 が 持 続 的 に 維 持 さ れ た 。 趣 味 ・ 生 き が い の 中 に は 長 続 き し な い も の が 多 く 含 ま れ る こ と 、 あ る いは 加齢 に よる 心身 機 能 の 低 下 な ど に よ っ て 断 念 す る に 至 っ て い る 可 能 性 を 窺 わ せ る 。 女 性 は 夫 を 亡 く し て も 当 初 の ダ メ ー ジ は 小 さ い が 、 後 に な っ て 配 偶 者 喪 失 が も た ら す 健 康 リ ス ク が 高 ま る も の と 考 え ら れ る 。 女 性 の 現 職 の 多 く が 農 業 で あ る と 考 え ら れ る が 、 前 半 は 他 の 健 康 要 因 が 強 く 影 響 し た が 、 後 半 で は 農 業 労 働 の 持 つ 多 様 性 が 高 齢 期 に も 可 能 な 仕 事 を も た ら し 、 ま た 、 精 神 的 健 康 に も よ い 影 響 を 及 ば し 、 有 益 に 作 用 し て い る 可 能 性 が 示 唆 さ れ た 。 本 研 究 で は12年 間 と い う 長 期 に わ た る 追 跡 に よ っ て 短 期 で は 見 ら れ な い 効 果 を 見 出 す と 同 時 に 、 前 半 と 後 半 に 分 け て 解 析 す る こ と に よ り 、 社 会 的 関 係 の 死 亡 リ ス ク へ の 影 響 に は 時 間 経 過 に よ る 変 化 の 存 在 す る こ と 、 ま た 、 項 目 ご と に 変 化 の 特 徴 が 異 な る こ と を 見 出 し た 。10年 以 上 に わ た る 長 期 観 察 に よ っ て 社 会 的 ネ ッ ト ワー ク、 サ ポー ト提 供 、 受 領 、 仕 事 な ど の 活 動 性 が 死 亡 リ ス ク を 低 め る と の 研 究 は 欧 米 で も 多 数 報 告 さ れ て い る 一 方 、Kaplanは 長 期 観 察 に お け る 効 果 の 変 化 に も 着 目 す べ き こ と を 提 唱 し て い る が 、 実 際 に こ れ を 検 証 し た 研 究 は こ れ ま で 見 ら れ な か っ た 。 本 研 究 の 結 果 は 高 齢 者 に 対 す る 対 策 を 短 期 と 長 期 と そ れ ぞ れ に つ い て 検 討 す る に 際 し て の 重 要 な 示 唆 を 与 え る も の で あ る 。 審 査 に 諮 い て 、 副 査 櫻 井 教 授 か ら 、 加 齢 に よ る 変 化 と 社 会 環 境 に よ る 変 化 の 区 分 方 法 に つ い て の 質 問 が あ っ た 。 次 に 、 副 査 前 沢 教 授 よ り 社 会 的 活 動 性 の 中 に 個 人 的 と 思 わ れ る 活 動 も 含 め た 理 由 に つ い て 質 問 が あ っ た 。 最 後 に 、 主 査 岸 教 授 よ り 結 果 の 外 的 妥 当 性 っ い て 質 問 が あ っ た 。 い ず れ の 質 問 に 対 し て も 、 申 請 者 は 自 身 の 研 究 結 果 や 先 行 研 究 を 引 用 し 、 お お む ね 妥 当 な 回 答 を し て い た 。 こ の 論 文 は 、 社 会 関 係 の 死 亡 へ の 影 響 に っ い て 、 時 間 経 過 と 共 に 増 強 す る 要 因 お よ び 減 弱 す る 要 因 を 初 め て 明 ら か に し た こ と で 高 く 評 価 さ れ 、 今 後 の 予 防 医 学 的 研 究 へ の発展が期待される。
審 査 員 一 同 は 、 こ れ ら の 成 果 を 高 く 評 価 し 、 大 学 院 課 程 に お け る 研 鑽 や 単 位 取 得 な ど も 併 せ 申 請 者 が 博 士 ( 医 学 ) の 学 位 を 受 け る の に 十 分 な 資 格 を 有 す る も の と 認 定 し た 。