博 士 学 位 論 文
自 動 車 事 故 自 動 通 報 の た め の 傷 害 予 測 法 に 関 す る 研 究
S tu dy on In ju ry P red ic tio n M e th od fo r A dv an ce d A ut oma ti c C ol li si on No tif ic at io n
平 成
30年
3月
吉 田 傑
論 文 概 要
交 通 事 故 に 関 す る 死 者 数 は 年 々 減 少 傾 向 に あ り
,わ が 国 の
2 0 1 6年 の 交 通 事 故 に よ る
2 4時 間 以 内 の 死 者 数 は
3 , 9 0 4人 と な っ た . し か し 近 年 は 年 毎 の 死 者 削 減 の ペ ー ス は 鈍 化 し て お り ,政 府 が 掲 げ る 平 成
3 0年 に 交 通 事 故 死 者 数 を
2 , 5 0 0人 と し , 世 界 一 安 全 な 交 通 社 会 を 実 現 す る と い う 目 標 に 向 け て は 厳 し い 状 況 で あ る . こ れ は 従 来 の 衝 突 安 全 を 中 心 と し た 安 全 技 術 の 死 者 削 減 効 果 が 限 界 に 達 し て い る こ と に よ る と さ れ る . 今 後 の 交 通 安 全 対 策 に は 従 来 と は 異 な る ア プ ロ ー チ が 求 め ら れ て お り 予 防 安 全 技 術 , 高 齢 者 対 策 技 術 に 並 び
,医 工 連 携 の 取 組 で あ る 事 故 時 の 事 故 自 動 通 報 を 活 用 し た 救 命 救 急 活 動 の 最 適 化 に よ る 交 通 事 故 死 者 削 減 効 果 が 期 待 さ れ て い る .
第
1章 の 緒 論 で は
,こ れ ま で の 研 究 動 向 を 踏 ま え
,死 者 削 減 効 果 を 最 大 化 す る 自 動 車 事 故 自 動 通 報 の あ り か た と
,通 報 デ ー タ を 用 い た 傷 害 予 測 ア ル ゴ リ ズ ム に つ い て の 課 題 を 整 理 し ,本 研 究 の 目 的 に つ い て 述 べ た .
第
2章 に お い て は , わ が 国 に お け る 救 命 救 急 活 動 の 実 態 調 査 を 行 い
,適 切 な 救 命 救 急 活 動 を 行 う た め に 必 要 で あ り , か つ 車 載 シ ス テ ム か ら 通 報 可 能 な 傷 害 予 測 ア ル ゴ リ ズ ム の リ ス ク フ ァ ク タ と な る 事 故 デ ー タ を 抽 出 し た .
第
3章 は 実 態 調 査 の 結 果 を 受 け , 傷 害 予 測 結 果 を 伴 う 事 故 自 動 通 報 が 救 命 救 急 活 動 に 資 す る 効 果 に つ い て 仮 説 を 立 て た . さ ら に 実 態 調 査 で 抽 出 さ れ た 事 故 デ ー タ と 交 通 事 故 統 計 の 死 亡 重 傷 発 生 率 と の 関 係 を 調 査 し 傷 害 予 測 ア ル ゴ リ ズ ム の リ ス ク フ ァ ク タ と し て の 妥 当 性 を 明 ら か に し た .
第
4章 に お い て は , 救 命 救 急 の た め の 事 故 自 動 通 報 に お け る 自 動 車 乗
員 を 対 象 と し た 傷 害 予 測 ア ル ゴ リ ズ ム の 具 現 化 を 行 っ た . 傷 害 予 測 ア ル
ゴ リ ズ ム は 交 通 事 故 統 計 マ ク ロ デ ー タ を 使 い , そ の 擬 似 Δ
V, 衝 突 方 向 ,
シ ー ト ベ ル ト 着 用 有 無 , 多 重 衝 突 有 無 を リ ス ク フ ァ ク タ と し た ロ ジ ス テ
ィ ッ ク 回 帰 分 析 に よ っ て 得 ら れ る . 得 ら れ た 傷 害 予 測 結 果 に 対 し 交 通 事
故 総 合 分 析 セ ン タ ー に よ る 交 通 事 故 ミ ク ロ 調 査 デ ー タ の 実 傷 害 デ ー タ を
用 い て 検 証 を 行 い , 実 際 の 救 命 救 急 活 動 で の 運 用 に お け る 有 効 性 を 明 ら
か に し た .
第
5章 に お い て は , 歩 行 者 事 故 死 者 の 多 い わ が 国 の 実 情 を 踏 ま え
,第
4章 で 自 動 車 乗 員 を 対 象 に 確 立 し た 傷 害 予 測 の 手 法 を 歩 行 者 事 故 に 適 用 し た . 歩 行 者 事 故 の 傷 害 予 測 は ロ ジ ス テ ィ ッ ク 回 帰 分 析 の 目 的 関 数 を 死 亡 重 傷 発 生 率 と し
,リ ス ク フ ァ ク タ を 危 険 認 知 速 度 , 車 両 ク ラ ス , 歩 行 者 の 性 別 , 年 齢 と す る 事 に よ っ て 可 能 と な っ た . こ れ に よ り 他 国 で は 事 例 の な い 信 頼 性 の 高 い 歩 行 者 事 故 傷 害 予 測 ア ル ゴ リ ズ ム を わ が 国 の 交 通 事 故 統 計 マ ク ロ デ ー タ に よ り 構 築 す る こ と が 可 能 と な っ た
.第
6章 で は , 本 研 究 で 得 ら れ た 成 果 の 総 括 を 行 っ た .
本 研 究 の 成 果 で あ る 傷 害 予 測 ア ル ゴ リ ズ ム は , 実 運 用 で の 有 用 性 を 認
め ら れ , 自 動 車 事 故 に お け る ド ク タ ー ヘ リ 出 動 判 断 早 期 化 検 討 の 基 本 技
術 と し て 採 用 さ れ て い る .
目 次 第
1章 緒 論
1 . 1 交 通 事 故 の 実 態 と こ れ ま で の 安 全 技 術. . . 1 1 . 2 こ れ か ら 交 通 事 故 死 者 削 減 に 期 待 さ れ る 対 策. . . 3 1 . 3 自 動 車 事 故 自 動 通 報 の 動 向. . . 4 1 . 3 . 1 事 故 自 動 通 報 シ ス テ ム と 効 果
1 . 3 . 2 各 国 の 動 向
1 . 3 . 3 わ が 国 に お け る 動 向
1 . 4 傷 害 予 測 ア ル ゴ リ ズ ム の 先 行 研 究. . . 8 1 . 4 . 1 米 国 に お け る 傷 害 予 測 ア ル ゴ リ ズ ム の 取 組
1 . 4 . 2 わ が 国 に お け る 傷 害 予 測 ア ル ゴ リ ズ ム の 先 行 研 究
1 . 5 本 論 文 の 目 的. . . 1 2
第
2章 救 命 救 急 活 動 の 実 態 調 査 に よ る リ ス ク フ ァ ク タ の 抽 出
2 . 1 救 命 救 急 実 態 調 査( 慈 恵 医 大 ). . . 1 6 2 . 1 . 1 調 査 方 法 と 対 象
2 . 1 . 2 調 査 結 果
2 . 1 . 3 搬 送 理 由 ( 現 場 ト リ ア ー ジ 要 因 ) の 分 析 2 . 1 . 4 救 急 隊 が 必 要 と す る 通 報 デ ー タ
2 . 1 . 5 慈 恵 医 大 病 院 救 命 救 急 活 動 調 査 結 果
2 . 2
救 命 救 急 実 態 調 査( 千 葉 北 総 病 院 )
. . . 3 0 2 . 2 . 1 調 査 方 法 と 対 象2 . 2 . 2 救 急 搬 送 時 間 の 分 布
2 . 2 . 3 搬 送 理 由 ( 現 場 ト リ ア ー ジ 要 因 ) の 分 析
2 . 2 . 4 生 理 学 的 重 症 度 評 価 R T S
と 実 傷 害
I S Sの 関 係
2 . 2 . 5 調 査 解 析 結 果 と 車 載 デ ー タ の 効 果
2 . 2 . 6 日 本 医 科 大 学 千 葉 北 総 病 院 救 命 救 急 活 動 調 査 結 果
2 . 3 結 言. . . 3 9
第
3章 抽 出 さ れ た リ ス ク フ ァ ク タ の 統 計 的 検 証
3 . 1
先 進 事 故 自 動 通 報
( A A C N )の 効 果 と 傷 害 予 測 ア ル ゴ リ ズ ム
. . . .4 1 3 . 2救 急 活 動 に 必 要 な 通 報 情 報 と 車 載 デ ー タ
. . . . 4 53 . 2 . 1 衝 突 に 関 す る 車 載 情 報
3 . 2 . 2 救 急 救 命 に 寄 与 す る 情 報 選 定
3 . 2 . 3 通 報 可 能 な 車 載 デ ー タ と 重 傷 リ ス ク
3 . 3 結 言. . . 5 3
第
4章 自 動 車 乗 員 を 対 象 と し た 傷 害 予 測 ア ル ゴ リ ズ ム
4 . 1 傷 害 予 測 ア ル ゴ リ ズ ム の 開 発. . . 5 6 4 . 1 . 1
交 通 事 故 統 計 デ ー タ
4 . 1 . 2
傷 害 予 測 式
4 . 1 . 3
交 通 事 故 統 計 マ ク ロ デ ー タ セ ッ ト
4 . 1 . 4
リ ス ク フ ァ ク タ
4 . 2 分 析 結 果. . . 6 1 4 . 2 . 1 ロ ジ ス テ ィ ッ ク 回 帰 分 析 結 果
4 . 2 . 2 ベ ー ス モ デ ル に よ る 死 亡 重 傷 発 生 率 の 予 測 結 果 4 . 2 . 3 フ ル モ デ ル に よ る 死 亡 重 傷 発 生 率 の 予 測 結 果
4 . 2 . 4 フ ル モ デ ル に よ る 衝 突 モ ー ド 別 死 亡 重 傷 発 生 率 の 予 測 結 果 4 . 3 交 通 事 故 ミ ク ロ 調 査 デ ー タ に よ る 実 傷 害 と の 検 証. . . 6 7
4 . 3 . 1 交 通 事 故 総 合 分 析 セ ン タ ー 公 表 デ ー タ に よ る 検 証 4 . 3 . 2 交 通 事 故 ミ ク ロ 調 査 デ ー タ に よ る 検 証
4 . 3 . 3 傷 害 予 測 結 果 と 実 傷 害 の 関 係
4 . 3 . 4
交 通 事 故 統 計 マ ク ロ デ ー タ を 使 用 し た 傷 害 予 測 ア ル ゴ リ ズ ム
の 有 効 性
4 . 4 結 言. . . 7 2
第
5章 歩 行 者 を 対 象 と し た 傷 害 予 測 ア ル ゴ リ ズ ム
5 . 1
歩 行 者 事 故 の 実 態
. . . . . . 7 5 5 . 1 . 1 歩 行 者 交 通 事 故 死 者 削 減 に 期 待 さ れ る 対 策5 . 1 . 2 交 通 事 故 統 計 マ ク ロ デ ー タ に よ る 歩 行 者 事 故 の 状 況
5 . 2
歩 行 者 事 故 傷 害 予 測 ア ル ゴ リ ズ ム の 開 発
. . . 8 4 5 . 2 . 1 傷 害 予 測 ア ル ゴ リ ズ ム 構 築 用 デ ー タ セ ッ ト5 . 2 . 2 傷 害 予 測 ア ル ゴ リ ズ ム 構 築 用 デ ー タ の 集 計 結 果
5 . 3 傷 害 予 測 ア ル ゴ リ ズ ム と 予 測 結 果. . . 8 9 5 . 3 . 1 傷 害 予 測 ア ル ゴ リ ズ ム
5 . 3 . 2 死 亡 重 傷 発 生 率 の 予 測 結 果
5 . 3 . 3 死 亡 重 傷 発 生 率 と リ ス ク フ ァ ク タ
5 . 4 交 通 事 故 ミ ク ロ 調 査 デ ー タ に よ る 実 傷 害 と の 検 証. . . 9 4 5 . 4 . 1 歩 行 者 交 通 事 故 ミ ク ロ 調 査 デ ー タ に よ る 検 証
5 . 4 . 2 歩 行 者 事 故 に お け る 傷 害 予 測 結 果 と 実 傷 害 の 関 係
5 . 5 結 言. . . 9 6
第
6章 結 論
. . . 9 8< A p p e n d i x >
事 故 自 動 通 報 の 状 態 セ ン シ ン グ 技 術
. . . 1 0 11
第1章 緒論
1.1 交通事故の実態とこれまでの安全技術
わが国における道路交通事故による交通事故発生件数,死者数及び負傷者数の推移を
Fig.1.1.1
に示す.交通事故による死傷者数は減少傾向にはあるものの,平成
28(2016)年中の死者数は
3,904 人,負傷者数は618,853 人となっており,交通事故は依然として大きな社会問題と言える
(1).
Fig.1.1.1 道路交通事故による交通事故発生件数,死者数及び負傷者数(1)
平成
22(2010)年,内閣府特命担当大臣(中央交通安全対策会議交通対策本部長)の談話にもとづいて, 『平成
30(2018)年を目処に,交通事故死者数を半減させ,これを2,500人以下とし,世界一安全な道路交通の実現を目指す』という目標が掲げられた.また,平
成
23(2011)年の3 月に作成された第9 次交通安全基本計画において,究極的には,交通事故のない社会を目指すことが必要としつつ,経過目標として平成
27(2015)年までに24時間死者数を
3,000 人以下とする目標が設定された(2).
Fig.1.1.2 に交通事故死者の推移と政府目標の関係を示す.平成
30年をターゲットとした死者数の数値目標は達成に対し厳
しい状況にある.第
9 次交通安全基本計画において掲げられた政府目標に関しては達成できていない.これは従来死者数の低減に貢献してきた衝突安全技術の進化が限界にきてお
り,効果の積み増し分が少なくなっていることが原因と言われている.
2
Fig.1.1.2 交通事故死者の推移と政府目標
3
1.2 これから交通事故死者削減に期待される対策
交通事故死傷者数の削減について「人」 , 「道」, 「車」の
3 つの要素について,交通安全対策が提言されているが車両の安全対策について,平成
11(1999)年の運輸技術審議会答申(平成
18(2006)年の交通政策審議会自動車交通部会の報告書)および, 平成
23(2011)
年
6 月には,交通政策審議会陸上交通分科会自動車交通部会において「交通事故のない社会を目指した今後の車両安全対策のあり方について」がまとめられており,この中で今後 の車両安全対策として予防安全技術の開発・普及や高齢者対策,医工連携による事故後の 救命救急活動の最適化の実施が謳われている.
高齢者については,その運転特性や高齢歩行者の行動パターンを把握することが必要で あり,より詳細な事故調査をおこなう必要があると提起された
(3).さらに,救急活動記録,
および医療機関の治療記録など医学的な視点でも乗員被害状況の把握を行ない,これらの 工学と医学との調査結果を連携させることにより事故実態を把握し人体傷害基準の見直し,
事故自動通報システム等の自動車安全対策の課題の明確化を図ることが提言されている.
これらの状況を踏まえ,予防安全領域で高い効果の期待される被害軽減ブレーキの注 意喚起,警報と言ったシステムとヒューマンファクターの関連について,その効果的な 支援のありかたについて研究を行った
(4)(5).また高齢者の運転特性と事故の特徴につい ては,高齢者の運転特性を分類し
(6),高齢運転者の事故の特徴が顕在化する一時停止規 制のある無信号交差点での不安全行動とそこにおける高齢運転者に対する運転支援の 効果検討の研究を実施した
(7)(8).
本研究では医工連携による事故後の救命救急活動の最適化に関する課題に着目し救
命救急領域においては,医療拠点を中心とした実態調査を行った.そこから得られた知
見として,交通事故自動通報において車載データを活用した傷害予測アルゴリズムと乗
員の状態検知のセンシング技術のニーズが抽出された.この結果を踏まえ,事故後の乗
員の状態を直接検知してデータを通報するシステムを念頭に乗員心拍の車載状態での
計測技術の開発をおこなった
(9).本研究ではこれに加え,自動車事故自動通報において
その後の救命救急活動に役立つ通報データの選定と,その活用の効果を高めるために必
要とされる傷害予測アルゴリズムの研究を行った.以下この傷害予測アルゴリズムの構
築においてその内容と成果を述べる.
4
1.3 自動車事故自動通報の動向
1.3.1 事故自動通報システムと効果
事故自動通報システムは,自動車などが事故を起こした時,自動または手動で車載シス テムより通報を行い,その後の迅速な救命救急活動を促すものである.
Fig.1.3.1 にわが国における事故自動通報の流れを示す.一般に携帯電話の回線を使用
し,エアバックの展開等が発生したことをトリガとするシステムとなっている.通報先は 各国のインフラによって状況が異なるが,消防本部に直接通報する場合とプロバイダと呼 ばれる第3者機関を通す場合に分かれる.通報時に主に
GPS等から得られる位置情報を知 らせるタイプを
Automatic Collision Notification(ACN),それに加えてエアバッグ展開装置に記録される情報の中から事故データを通報データに加えるタイプを
Advanced Automatic Collision Notification(AACN)と呼ぶ.Fig.1.3.1 事故自動通報(ACN
と
AACN)事故自動通報のシステムの交通事故死者削減に果たす効果は,以下の2つであると考え られている.
① 事故が起きてから通報(消防署における覚知)までの時間短縮効果
② 事故の情報による,その後の救命救急活動の迅速化と最適化
Fig.1.3.2 に傷害による症状が発生してから治療を受けるまでの時間と死亡率の関係を
5
示す(カーラー曲線)
(10).交通事故により,乗員は多発性鈍的外傷を被り,時間経過と共 に生存率が減少する.具体的には,心停止から
3分,呼吸停止から
10分,大量出血から
30分経過で死亡に至る確率は
50%となる.Fig.1.3.2 治療を受けるまでの時間と死亡率(カーラー曲線)(10)
よって交通事故負傷者に対しては,極力早期に医師による初期治療を施すことが重要で ある.平成
15~17年度「避け得た外傷死の実態とその要因調査のための研究」によると,
① 呼吸,脈拍,血圧,意識レベル,年齢の生体状態
②
AISの外傷の程度
から導かれる
Ps:予測生存率 (Probability of survival) が50%以上であるにも関わらず,死亡した事例は,外傷患者の
40%近くになると言う調査結果がある(11).
Fig.1.3.3 に避け得た外傷死に関する調査結果を示す.
Fig.1.3.3 避け得た外傷死(Preventable Trauma Death)
6
これらの患者は適切な治療を施されれば助かったと考えられるケースであり,交通事故に
おける迅速な搬送先選定など適切な治療を提供するために,事故自動通報時の事故情報の 活用が期待されている.
1.3.2 各国の動向
事故自動通報システムは, 単独機能ではなく自動車メーカーのテレマティクスサービス の一環として提供されることから始まっているが,近年になって法制化の動きが活発にな っており,事故時の通報システム単独で運用されることも考えられる様になってきた.
Table 1.3.1 に各国の自動車事故自動通報の対応状況を示す.
事故自動通報システム(eCall)は従来から米国において
1990年代より
Onstarの取り組 みがはじめられた.その後米国ではテレマティクスサービスの基本機能として高級車を中 心に普及が進んでいる.このような民間のサービスをベースとした事故自動通報は近年各 国での一部の車種に搭載され, 運用されている.
Table 1.3.1 各国の自動車事故自動通報の対応状況
公的な動きとしては, 欧州において
2000年から欧州委員会の
ITSないし
e-Safetyの取 組として法制化を目指した活動がなされてきた.欧州の交通事故死者は年間約
40000人で あるが,この施策により
2500人を救うことが可能と試算されている.
各国の協調とインフラ整備の議論がなされている間,ロシアでは法制化が進み,2015 年
から法規が実施されている. 欧州では
2018年から実施されることが欧州委員会より発表さ
れている.その他一部の地域においては法制化の動きがある.これらの動向に並行して国
際連合における取組としては,Accident Emergency Call System (AECS)法規案をロシアが
国連法規化へ向けて提案し,WP29 の枠組みの中で議論され採択に至っている.
7
1.3.3 わが国における動向
国内での事故自動通報システムは
1990年代より内閣府の
ITS施策の一環として提唱され,
2000
年よりプライベートサービスとして(株)日本緊急通報サービスが設立され事故自動通 報の運用が実施された.
第
9 次安全基本計画において救助救急の充実が提言されたことを受け,救助救急に関連する事故自動通報についてシステムが導入された場合を想定した効果について自動車技術
会,自動車工業会にて検討がなされてきた.事故自動通報の救命効果を上げるために期待
されるのが事故データから死亡重傷発生率を予測しリアルタイムで判り易く事故の重大性
を救命救急関係者に伝えることのできる傷害予測アルゴリズムの導入である.日本自動車
工業会は
2016年の自動車技術会主催のフォーラムにおいて,自動通報と傷害予測アルゴリ
ズムを運用するシステムの普及により,国内で
283人の死者低減効果があるとの試算を報
告した
(12).これらの取組は乗員の交通事故死者低減を目指したものであるが,一方わが国
においては歩行者事故の死亡者が乗員を上回っており,事故自動通報の傷害予測アルゴリ
ズムにおいても歩行者事故に対応する研究が求められている.
8
1.4 傷害予測アルゴリズムの先行研究
1.4.1 米国における傷害予測アルゴリズムの取組
NHTSA (National Highway Traffic Safety Administration)の事故自動通報への取組は,
米国におけるトラウマシステムの有効活用と言う発想から始まる
(13).
事故の負傷者をレベル1トラウマセンターに搬送するか,一般の医療機関に搬送するかでは死亡率に
25%の違いがあると言う調査結果から,早期の処置搬送と言う以外に重傷リスク毎の適切な医療機関 の選定の必要性が認識された.
そのために
1997年から医療と工学の専門家によるチームを発足させ,交通事故時の救急 隊への判り易いトリアージのツールとして傷害予測を行えるアルゴリズム(URGENCY)開発 のプロジェクトをスタートさせた
(13).
URGENCYアルゴリズムは事故時の様々なデータの中か ら,AIS(Abbreviated Injury Scale)やそれを基に算出される
ISS(Injury Severity Score)値により表される重傷度を表すパラメタを抽出し,最終的に事故が発生したときの死亡重 傷発生のリスクを予測するものである.
この研究が米国で可能であったのは,米国における有効な交通事故データベースの存在 である.米国の交通事故ミクロ調査データ
NASS CDSは約
5000件/年のΔV 等のデータを含 むデータベースであり,それを基にしたロジスティック回帰分析により事故時の傷害予測 が可能となった.わが国においても
NASS CDS の手法を踏襲してミクロ調査は行われているが,調査件数としては年間
150~300件となっており統計的処理が可能な
N数に達しておら ず,有意性のある統計分析が課題といえる.ミクロ調査データの他の事例としては,ドイ
ツの
GIDASデータベースがあるが,調査数・地域が限定されており,傷害予測の研究に関
しては米国の
NASS CDSをベースとしたものが主流となっている.
NHTSA
の
URGENCYアルゴリズムは一定の成果を収め,この後各方面において活用された
(14)(15)(16)(17)
.現在各自動車メーカーが
AACNとして通報データに加えているデータは,
URGENCY
によって死亡重傷発生率との感度が高いとされているものである.
この傷害予測アルゴリズムは他の研究機関等で応用が試みられた.その波及事例として は,WLIRC (William Lehman Injury Research Center,University of Miami)によるもの があり
(17),
BMW社は自社製品の事故データにこの傷害予測を当てはめる研究を行い,結果を 通報データの中で活用している
(18).
URGENCY
により傷害予測が可能となったことを受けて,
NHTSAと
CDC (Centers for Disease Control and Prevention)は,双方からの合同Expert Panel を開催し(2008年),予測結果 の活用ガイドラインの策定を行った
(19).
Fig.1.4.1 に米国における傷害予測結果を活用した時の,交通事故の現場での救急隊の
活動ガイドラインを示す
(19).この
Expert Panel の中での議論は,事故データを現場でのトリアージ,救急活動判断にどのように活かすかであり,その報告によると, 「ISS が
15以上
の確率が
20%を超えると予測される時に‘Collision with a High Risk for Severe Injury’9
とみなす」となっておりトラウマセンターへの搬送が推奨されている.
Fig.1.4.1 傷害予測による現場活動ガイドライン(19)
NHTSA
はさらに
PSAPにおいてデータを受信できるようにインフラ整備の構想を考え,
Next Generation e911 (NG911)の実証実験を行った.現状音声による通報のみを受けつけ
ることができる
PSAPのシステムをデータ受信ができるように改修し,実際の通報試験をお こなっている.米国ではこのように技術的フィジビリティは完了した段階にあるとされ,
今後はその仕組みの普及が課題(PSAP の管轄・予算は州政府に権限)となっている.
米国の検討にある様に,傷害予測が可能になることにより事故後の救急活動を進化させ ることが可能になる.
1.4.2 わが国における傷害予測アルゴリズムの先行研究
米国における傷害予測アルゴリズムの研究の動向を受けて,わが国においても傷害予測 の試みが各方面でなされた.以下これらの研究の内容と課題について述べる.
宮﨑らは,車両及び人体のシミュレーションモデルを使い事故データから得られる情報
から詳細な傷害予測を行うことを試みた.また,傷害に対しどのような要素が影響を与え
10
るかについて考察している
(20)(21)(22).これらの取組は交通事故における乗員傷害の予測精度 の向上を目指し成果を挙げたものであるが,実際の事故時の自動通報における運用を考え た時は,傷害予測に必要な要求データが救命救急の現場のニーズを反映したものであり,
かつ事故時に車両側から供給可能である必要がある.実際の事故時における運用可能な車 両や人体のシミュレーションモデルおよび運用システムの構築が実運用を実現するための 課題と言える.
交通事故の統計データから,傷害予測アルゴリズムを構築した取組として,國行は
URGENCY
で用いられた回帰分析を
ITARDA(交通事故総合分析センター)の交通事故ミクロ調査データに適用し,乗員の傷害予測を行う予測式の開発を試みた
(20).目的関数としては,
重傷度スケールの
AISの最大値である
MAISとし,
18のリスクファクタ(説明変数)について 検討を行っている.その結果,ΔV,シートベルト着用有無,車両損壊程度,年齢を有意性 の高い変数として選択している
(23).さらに,予測式から外れる結果となる事故パターンの 抽出を行い,ポール衝突においては,変形エリアとポール折損有無,大型車との衝突にお いては,ΔV の正確な把握が重要であるとした
(24)(25).米国の
URGENCYと類似手法をわが国 の交通事故ミクロ調査データを使って回帰分析を行ったものであるが,傷害予測に必要な リスクファクタに交通事故現場から通報が困難なデータを必要としていることと,サンプ ル数が限られたミクロ調査データを用いていることの課題を残しており,事故自動通報の データとして,実用面で役立ちかつ統計的有意性を持って救命救急の現場で使える指標と しての提案には至っていない.Table 1.4.1 に米国の傷害予測アルゴリズム
URGENCYに使わ れた事故データベース
NASS/CDSとわが国の事故データベースの対比を示す.
Table 1.4.1 米国と日本の交通事故ミクロ調査データの比較
11
NASS/CDS
の場合,交通事故ミクロ調査データであると同時に,年間
5000件の調査件数が
あり,統計的分析が可能である.また傷害データとしては,国際基準としての
AIS,ISSコ ードを用いている.わが国においてもこの米国のデータベースの手法を踏襲して交通事故 総合分析センターの事業として茨城県つくば地区にてミクロ調査が開始された.しかし年 間の調査件数が
150~300件であり,ロジスティック回帰式を使った傷害予測を行うに当た って必要な調査数が確保されていないため,わが国の交通事故ミクロ調査データを使った 傷害予測アルゴリズムは結果の信頼性に課題があると言える.
また石川らは,車両から取得可能なデータの活用の観点に立ち,事故時にイベントデー タレコーダの中に記録されるデータと傷害の関係について研究を行った
(26)(27).その結果,
傷害と相関のあるイベントデータレコーダのパラメタの抽出を行っている
(28)(29).この場合 も,実際の救命救急の現場で運用するに当たっては,理解しやすい情報に加工して発信す る必要性があり,総合的な傷害予測値の提示が課題と言える.
これら先行研究の共通の課題としては,救命救急活動におけるニーズを具体的に把握し てどのような情報をどの時期に伝える事が実際の救命救急活動の現場で有効であるかの調 査と考察が必要であることと言える.本論文においては,傷害予測アルゴリズムの研究に 関してわが国の実際の救命救急活動の実態を踏まえて有効と位置づけられる要件を今一度 考察して研究に取り組むことが必要である
(30)(31)と考え,実態調査から着手する方針とした.
12
1.5
本論文の目的
本論文はこれまで国内で行われてきた先行研究の課題を解決し,わが国の救命救急の活 動現場において実運用が可能で死者削減に有効な傷害予測アルゴリズムの開発を行うこと を目的とする.
事故の情報であるΔV(速度変化),衝突方向,シートベルト装着の有無,多重衝突の有 無のデータを送信する先進事故自動通報
Advanced Automatic Collision Notification(AACN)
において事故時の情報をその後の救急活動に活用することができれば,救命効果が飛躍的 に向上すると言われている
(12).事故後のオペレーションを最適化するために,救急関係者 に対し判り易い提示手法としてこれらの事故情報から事故統計を用いた傷害予測を行うこ とに対する研究が望まれている.
Fig.1.5.1
に本論文の研究フローチャートを示す.実運用が可能で死者削減に有効な傷害
予測アルゴリズムの研究を行うに当たり,救命救急活動の現場での通報データとして有効 な予測手法であるためには,以下の要件が重要であると考えた
(30)(32) .・救命救急の現場のニーズに対応したものであり,運用のプロセスが描けること.
・リアルワールドで事故を起こした車両から取得可能なデータにて予測できること.
・合わせてわが国の事故統計から有意性のある結果が導かれていること.
これらの要件を踏まえたアプローチとして,まず救命救急活動の実態調査を実施するこ とにより,実際の救命救急活動における時間短縮と適切な活動判断に必要な情報の抽出を 行うこととした.救急隊員や医療関係者の立場に立って車両側から発信できる情報の中で 有効なものを調査することが目的である.
さらに傷害予測アルゴリズムの構築に対してはわが国の交通事故統計データの実際を踏 まえた手法を考案し,開発を行うこととした.わが国の事故統計データとしての交通事故 ミクロデータは調査件数が少なく統計的に信頼性のある傷害予測アルゴリズムを構築する のが困難である.そこで本研究では交通事故統計マクロデータの活用を検討することとし た. わが国の全負傷事故を網羅する交通事故統計マクロデータは調査件数においては米国 の
CDSを上回る信頼性が期待できる十分な件数を持つデータベースである.一方交通事故 統計マクロデータを傷害予測アルゴリズムのベースデータとして活用することの課題は以 下が考えられる.
・発生した事故における乗員の傷害に大きな影響を持つパラメタと考えられる速度変化量 ΔV に関する調査項目が無いこと.
・傷害データはミクロ調査データとは異なりわが国の基準(重傷:30 日以上の入院治療を
要す)を採用していること.
13
Fig.1.5.1 本論文の研究チャート
本論文ではこれらの課題を解決するため交通事故統計マクロデータの速度変化に相当す る量として擬似ΔV の採用を検討した.擬似ΔV は危険認知速度と事故当事者の双方の車両 重量から導かれる自車のエネルギー負担に関連する速度量である.ここで擬似ΔV とミクロ データのΔV の関係について一定の関係がある
(33)ことが研究されていることから, マクロデ ータを活用して傷害予測アルゴリズムを構築することが可能と考えた.本論文では,わが 国における事故自動通報で実用的な傷害予測アルゴリズムは,交通事故統計マクロデータ の死亡重傷発生率を目的関数として採用し,リスクファクタの重要項目である速度パラメ タを擬似ΔV とするロジスティック回帰分析として,その構築を行うことした.構築した傷 害予測アルゴリズムを使って得られた予測結果を交通事故ミクロ調査データにより検証し,
一定の信頼性の確認を行った結果,実運用における有効性を明らかにすることができた.
自動車乗員を対象として傷害予測アルゴリズムを構築してきた手法は,歩行者事故にも
適用することが可能である.本研究では乗員と同様にロジスティック回帰分析による歩行
者傷害予測アルゴリズムを,交通事故統計マクロデータを使用し,目的関数を死亡重傷発
生率とし,リスクファクタを事故現場からの通報で得られる情報と歩行者事故統計分析結
果から設定することで構築できることを明らかにした.さらに得られた傷害予測アルゴリ
ズムを交通ミクロ調査データで検証し,有効性を実証した.
14
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第 2 章 救命救急活動の実態調査によるリスクファク タの抽出
本章の目的は,事故発生時に通報を行う車載情報として,具体的にどのような情報を車 両から医師や救急隊に伝えることがその後の迅速かつ適切な救急医療を実施するために効 果的であるかを拠点病院を中心とした救命救急活動の実態調査の実施によって明らかにす ることである.これらの車載情報は死亡重傷発生率との相関が確認されれば,傷害予測ア ルゴリズムのリスクファクタとして有効であると考えられる.Fig.2.1 に本研究で実施し た救命救急実態調査の流れを示す.本研究ではわが国における実運用可能な先進自動車事 故自動通報
Advanced Automatic Collision Notification(AACN)のための傷害予測のありかたの検討を行うため, まず救命救急活動の全体像を把握する実態調査が必要と考えた.
Fig.2.1 救命救急実態調査の流れ
救命救急活動実態調査を実施する拠点病院として,救命救急活動の全体像を把握するた めに地域医療の中で役割の異なる
2種類の病院を選定した.最初は中等症の患者で入院や 手術を必要とする救急患者の診療を受け持つ
2次救急病院,次に生命の危機を伴う重症・
重篤な救急患者に対する救命措置や高度な医療を総合的に
24時間体制で行う
3次救命救急
センターの中から協力病院を選定して実態調査解析を行うこととした.
3次救命救急センタ
ーでは後述の様に
AISや
ISSといった解剖学的重傷度のデータも取得可能である.
2次救急
病院として東京慈恵医科大学付属柏病院で実態調査を行い,その後
3次救命救急センター
の日本医科大学千葉北総病院を拠点とした救命救急の実態調査を行った.
17
2.1 救命救急実態調査(慈恵医大)
拠点病院を中核とした救急隊員による救命救急活動の実態調査は,救急隊員が現場で時 間を費やしている要因を分析し,どのような情報を車両から伝達すれば時間短縮効果が得 られるかを確認するための基礎調査である.
調査項目としては,覚知時間,搬送時間,現場バイタルサイン,搬送理由,消防署~事 故現場~搬送先病院までの距離関係など,救急隊の目から見た救命救急活動実態を把握す るために,救急調査シート(A)を作成し調査を行った.このシートは患者搬送時に担当した 救急隊員自身が記入するものとした.また,病院搬送時のバイタル情報,傷害程度(AIS)や 予後などの傷害情報を付加するために傷害調査シート(B)を作成した.このシートはカルテ 情報を元に病院側で作成したものである.これらの2つのシートをマッチングさせたデー タベースを作成し,救命救急活動の状況と患者の受傷状況を突き合わせて検討した.
より具体的な救命救急活動の実態を把握するために救急隊に実際の活動の流れについて インタビューを行った.この結果を用いて現状の救命救急活動の流れや問題点・改善点把 握し,将来どのような情報を車両から送信を行えば効果が期待できるかについて整理した.
本研究の救命救急実態調査については,東京慈恵会医科大学の倫理委員会の承認を得て 実施したものである.
2.1.1 調査方法と対象
対象症例は,慈恵医大柏病院救急部に搬送される交通外傷の全患者を対象とし,調査は 患者を搬送した時点で救急調査シートを渡し,救急隊員が記載する手法でおこなった.
Fig.2.1.1
に救急隊員に記入してもらう救急調査シート(A)を示す.救急調査シートは,
事故発生から病院に搬送されるまでの時間経過,負傷者の属性,現場でのバイタルサイン,
傷害の状況,受傷機転,慈恵医大病院への搬送理由を調査するものである.Fig.2.1.2 に
病院側で記載する傷害調査シート(B)を示す.傷害調査シートは,病院搬送時のバイタル情
報,具体的な受傷部位と状況を検討に加えることを目的としたシートである.この救急調
査シート,傷害調査シートは慈恵医大内で医師の管理下のもと記入を行った.調査に使用
したシートは2枚一組の構成とし,慈恵医大柏病院救急部に常設し,患者を搬送してきた
救急隊員が直接記載する.
18
Fig.2.1.1 救急調査シート
Fig.2.1.2 傷害調査シート
19
Table 2.1.1 に救急調査シートと傷害調査シート照合結果を示す.収集した事故例(平
成
15年
7月から平成
18年
11月まで収集分)の総数は
480例(患者数は
501症例)である.
この内傷害調査シートに照合できた事故例は,425 例(患者数は
445症例)であった.
Table 2.1.1 救急調査シートと傷害調査シートの照合
2.1.2 調査結果
(1)事故形態
患者症例ベースで見た事故例数における車種相関の集計結果を
Table 2.1.2に示す.事 故自動通報を考え,
4輪関与事故をこの中から着目すると乗用車同士の事故が全体の約
2割 を占め最も多い.次いで相手が乗用車で自車が二輪車,自転車,歩行者の事故形態が多い.
自車(患者側)が単独事故を合わせた乗用車のケースが
40%,2輪が26%,自転車15%,歩行者
15%となっている.Table 2.1.2 車種相関別の対象症例数
乗用車に関する損傷個所を
Fig.2.1.3に示す.救急車で搬送された事故は,前面衝突の
場合が
81%と圧倒的に多い.事故の程度を表す情報項目としてドアの開閉,車外放出,シートベルト装着の有無,エ
アバッグ展開,ハンドル変形の状況を
Table 2.1.3に示す.ただし,該当なしと不明は除
く.エアバッグ展開,ハンドル変形を伴う比較的事故の程度が大きい事例がいくつか存在
20
する.重大事故と判断される情報として,データが取得できた項目の内「ドアの開閉」は
28%,「車外放出」は
9%,「シートベルト非着用」が
65%,「エアバック展開あり」が
31%,ハンドル変形あり」は
20%であった.Fig.2.1.3 搬送患者が乗車していた乗用車の車両損傷個所の分布
Table 2.1.3 事故の程度を表す情報項目
(2)覚知時間(事故発生から覚知までの時間)
事故発生(推測)から覚知までの時間(以下覚知時間とよぶ)の分布を
Fig.2.1.4に示
す.同図より覚知時間が
5分以内の場合が
310例と最も多く全体の
67%を占めている.また 10分以上の場合も
62例あり全体の
13%となっている.21
Fig.2.1.4 覚知時間の分布
事故形態別に覚知時間を整理したものを
Table2.1.4に示す.覚知時間が
11分以上の例 では乗用車同士の
18件が多く,乗用車対二輪車
3例,乗用車対歩行者
5例,乗用車対自転 車
8例,乗用車単独
2例,乗用車対大型車
4例,大型車対二輪車
2例,二輪車単独
2例,
自転車単独
1例,大型車対歩行者
7例,大型車同士
1例,二輪車対自転車が
4例みられる.
また,全体の平均値は
6.0分であった.
Table 2.1.4 事故形態別の覚知時間
1~5分 6~10分 11~15分 16~20分 21~25分 26~30分 31分~
計
58 18 5 5 1 2 5 94
27 8 2 1 0 0 0 38
52 15 2 1 0 0 2 72
32 7 3 3 0 0 2 47
34 16 2 0 0 0 2 54
7 2 1 2 1 0 0 13
12 4 2 0 0 0 0 18
10 0 1 1 0 0 0 12
6 1 0 0 0 0 0 7
3 1 0 0 0 0 0 4
4 1 1 0 0 0 0 6
2 0 0 0 0 0 0 2
31 7 2 1 0 0 4 45
3 0 1 0 0 0 0 4
14 4 3 0 0 0 1 22
3 1 0 0 0 0 1 5
0 2 0 0 0 0 0 2
1 0 0 0 0 1 0 2
合計
447車種相関
乗用車vs乗用車 乗用車vs二輪車 乗用車vs歩行者 乗用車vs自転車 単独(乗用車)
乗用車vs大型車 大型車vs二輪車 単独(二輪車)
二輪車vs自転車 自転車vs歩行者 不明(歩行者)
不明(自転車)
大型車vs自転車 二輪車vs歩行者 単独(自転車)
単独(大型車)
大型車vs歩行者
大型車vs大型車
22 (3)覚知~現着までの時間と距離
覚知~現着:事故通報を受け救急隊員が救急車により消防署から現場へ到着した時間分
布を
Fig.2.1.5に示す.5 分以内が多いが
10分以内まで類型にすると全体の
9割以上を占
めている.また,平均値は
5.7分であった.
Fig.2.1.5 覚知から現着までの時間の分布
同様に,消防署から現場までの距離分布を
Fig.2.1.6に示す.消防署と事故発生現場の距
離は
1~2kmが最も多く,次いで
1km未満が多い.一方
8km以上のケースも存在する.平均
を取ると
1.83kmとなる.
Fig.2.1.6
消防署から現場までの距離分布
23 (4)現着~現発までの時間と距離
現着~現発:救急隊員が現場に到着し,外傷程度の判断,救出,受け入れ病院先を決定 し,現場を出発するまでの時間分布を
Fig.2.1.7に示す.11~15 分が最も多く,平均時間 は
16.4分であった.この時間内において現場においては救出活動及び応急処置,搬送先病 院の選定を行っている.31 分を超える事例も約
6%存在する.インタビューによると搬送病院の選定が長時間になる要因となるケースが存在する.
Fig.2.1.7
現着~現発時間の分布
(5)現発~病着までの時間と距離
現発~病着:事故現場を出発し病院到着までの時間分布を
Fig.2.1.8に示す.
6~10分が
最も多く,15 分以内が全体の
9割を示す.平均搬送時間は
10.2分であった.
24
Fig.2.1.8
現着~現発時間の分布
同様に現場から病院までの距離分布を
Fig.2.1.9に示す.5km 未満が
53%,一方10km以
上が
9%存在する.また,Fig.2.1.10に慈恵医大病院(千葉県の分類では第
2.5次救急医
療機関)を中核として,事故発生場所を地図上にプロットした.図には柏地区に隣接する 第
2次と第
3次医療機関も示した.
Fig.2.1.9
現場~病院までの距離分布
25
Fig.2.1.10
慈恵医大柏病院と事故発生場所との位置関係
2.1.3 搬送理由(現場トリアージ要因)の分析
救急隊員に対し慈恵医大柏病院に患者を搬送した理由に関して調査した結果について,
現場での判断結果を
Fig.2.1.11(複数回答)に示す.現場救出時では, 「緊急治療を伴う事故と判断できたから」が最も多く,次いで, 「距離
(時間)が近いから」と「車体の変形が大きいから」との
2つが約半数以上を占めている.
さらに「車体の変形が大きいから」 「エアバッグが展開しているから」 「シートベルトをし ていなかったから」という現場観察情報により搬送病院を決定している.これらの判断材 料は,事故自動通報において車載システムからデータを送ることによって救急隊が現場に 到着する以前に情報提供可能な項目である.具体的にはΔV,エアバッグ展開,シートベル ト着用有無のデータが搬送先の早期判断に有効であると言える.これらのデータは傷害予 測アルゴリズムのリスクファクタの候補と考えられる.
日本医科大学千葉北総病院 船橋市立医療センター
国保松戸市立病院 獨協医科大学越谷病院
柏市立柏病院
慈恵医大柏病院
26
Fig.2.1.11
慈恵医大柏病院への搬送理由(現場判断)
2.1.4 救急隊が必要とする通報データ
Fig.2.1.12
に現在行われている救命救急活動の流れを示す.柏市の救急救命士からの現
状の活動の流れ,及び現状での問題点や改善点などを聴取した.併せて将来自動車側から 通報すべき情報について意見交換を行った.その内容を以下に記述する.
(1) 救命救急活動の現状の流れ
・目撃者
119通報→消防隊本部→所轄(最寄り)消防隊→現場→搬送病院が一連の流れ.
・消防隊本部と所轄消防隊の間には,救急通報システム端末が装備されており, 目撃者か らの第一情報がオンラインで入り,初動体勢を取る.
・第一報情報(目撃者からの情報)
場所(地図) ,事故概況,患者の年齢と性別,意識と呼吸の有無,など
→第一報情報により,高エネルギー事故(重傷の可能性が高い交通事故:病院前救護 ガイドラインに判断基準が定められている)かどうか,それにより患者の重症度レベ ルを推定し,必要があればレスキュー隊にも出動要請を行う.
・現状での高エネルギー事故の判断項目
車体変形(インパネ
30cm以上,ハンドル変形あり,フロントガラスの割れ方),横転
有り,車外放出有り,速度,国道上での事故かどうか(柏市独自基準) ,基本的に
JATECを参考にしている.
27
・負傷者が複数の場合は,他の救急隊への応援要請を行う. (重傷患者の場合は, 原則 1台の救急車に1人収容のため)
・所轄の消防隊は
3人一組で
1台の救急隊の編成.
・現場に到着したら,患者の処置(心肺蘇生の
ABCチェック)を行い,まず高エネルギ ー事故であったかどうかと意識があるかどうかを判断する.次いで患者身体のどの部 位にどのような受傷が見られるのかを詳細にチェックする.
・患者の重症度を判断し,携帯電話で直接,1stCall として病院へ搬送依頼を行う.
・救急車内で,2ndCall として,患者バイタル情報を病院(医師)へ伝える.同時に消防 無線で消防本部に搬送先病院を通知している.
Fig.2.1.12 現在の救命救急活動の流れ
(2)現状での問題点・改善点と将来,自動車からの通報時に有効な情報