第 4 章 自動車乗員を対象とした傷害予測アルゴリズム
4.1 傷害予測アルゴリズムの開発
4.1.1 交通事故統計データ
米国における URGENCY のロジスティック解析は,目的関数としての重傷度はミクロ調査 データから得られるAIS もしくは ISSである.この予測式を成立させるためには統計処理 が可能となる一定以上のデータ数が必要となる,米国のNASS CDSのミクロ調査データは年 間5000件調査されており,この要件を満たしている.これに対し,わが国の交通ミクロ調 査データは年間 150 件程であり, 予測式を立てても有意な解が得られないことが課題であ る.
Table 4.1.1交通事故統計マクロデータと交通事故ミクロ調査データの比較
交通事故統計データ (マクロデータ)
交通事故ミクロ調査データ (ミクロデータ)
データとして の 特徴
全ての人身事故を網羅する (死 亡と負傷事故)
警察の事故原票がベース 年間約600,000 件
詳細な事故の知見を得るために行わ れる事故調査
交通環境,車,運転者に関する情報が 収集される
年間約150件(日本)
事故自動通報 に 関する代表的 情 報
速度関連 危険認知速度 擬似ΔV
傷害関連
傷害の程度 (4ランク):
死亡,重傷,軽傷,無傷
速度関連 危険認知速度 ΔV
傷害関連
傷害の程度&スコア (AIS/ISS) 死亡,負傷,無傷
AIS/ISS スコア
わが国の交通事故マクロデータは全人身事故を網羅しており,この点では世界の中でも 充実したものと言える.但し調査項目はわが国独自のものであり,例えば死亡重傷の定義 は国際標準のAIS等とは異なる.特に傷害予測アルゴリズムの中で重要な速度変化ΔVに関 する調査項目はない.本研究ではこの課題に対応し,URGENCYなどと異なるわが国の傷害予 測アルゴリズムの開発にあたっては,以下の方針で行うこととした(1).
・十分なデータ数を有し,取得データに偏りのない交通事故統計マクロデータをベースデ ータとして採用する.
・ロジスティック回帰分析の目的関数は,交通事故マクロデータの調査項目の死亡・重傷 の発生率とする.
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・リスクファクタの中の速度変化に相当する項目は交通事故統計マクロデータに記載され ている擬似ΔVを採用する.
交通事故統計マクロデータには各種の事故調査データに加え,擬似ΔVのデータが記載さ れている.これは,衝突前速度と自車および相手車両の重量から算出されるものである. 交 通事故ミクロ調査データの調査項目のΔVと擬似ΔVの関係については,ITARDAと自動車工 業会の研究により,その関係がわが国の交通統計データに関して調査されている(2)(3)(4).擬 似ΔVが乗員の傷害リスクに関わるデータとして,交通事故統計マクロデータに加えられた ことは今後の活用が多いに期待されているものである.
本研究では,わが国の交通事故統計データの実情を踏まえ,以上の方針により傷害予測 アルゴリズムの構築に取り組んだ.
4.1.2 傷害予測式
(1) 死亡重傷発生率
本研究では,運転席乗員の傷害予測を対象とし,その死亡重傷発生率を予測するアルゴリズ ムとする.死亡重傷発生率pは式(1)で定義する.
4 3 2 1
2 1
n n n n
n p n
(1)ここで,
n
1は死亡者数,n
2は重傷者数,n
3は軽傷者数,n
4は無傷者数である.これは,一 般的な死亡重傷発生率に相当する.(2) ロジスティック回帰モデル
予測する死亡重傷発生率は確率であるため,ロジスティック回帰モデルを用いる.ロジステ ィック回帰モデルを式(2)に示す.
z
z p e
1 1
(2)
ここで,
r r
x x
x
0 1 1 1 1z
(3)で あ る .
z
は , 衝 突 事 故 に お い て 乗 員 の 傷 害 状 況 に 影 響 す る リ ス ク フ ァ ク タ 群
x1,x2,,xr
x に,それぞれのパラメータ群β
0,1,2,,r
を掛けた線形結合和とした合成 変量となっている.各パラメータ群βiは,式(4)に示す尤度関数L
β を最大化するように決める.
j
j
nj djd j J
j
p p
L
z z
β 1
1 (4)
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ここで,添え字j
j1,2,J
は,プロファイル(相異なるリスクファクタのパターンの組xj) の識別番号を示す.また,djは,j番目のプロファイルにおける死亡者数と重傷者数の合計,nj は死亡者数と重傷者数と軽傷者数,無傷者数の合計である.4.1.3 交通事故統計マクロデータセット
Table 4.1.3に今回使用した,交通事故統計マクロデータの解析データセットの概要を示
す.交通事故統計マクロデータの1999年から2008年までの10年間のデータを対象とした.
事故データの抽出条件は,第1 当事者が普通乗用車と軽乗用車,第 2 当事者が四輪車全体 とする車両相互事故とした.
本研究では,傷害予測を活用する事故自動通報システムを搭載する車両は,エアバッグ 搭載の車両から実用化・普及が見込めるとの想定で乗用車と軽乗用車を対象とした.また,
その車両への衝突相手車種は,市場事故を想定し四輪車全体を対象とした.傷害予測する 対象は,第 1 当事者側の運転席乗員とした.以上により解析対象となったデータ総数は,
N=5,090,980件である.
Table 4.1.3 解析データセット概要
4.1.4 リスクファクタ
リスクファクタには,既報告(1)にて事故時の死亡重傷発生率と相関があると特定されてい る以下の5つを考慮する.
(1) 擬似ΔV
衝突の大きさを示すリスクファクタとして,擬似ΔV(Delta-Vpseudo)を用いた.擬似ΔV は,マクロデータにおいて記録されている事故当事者車両間の危険認知速度と車両重量を 用いて推算した値であり,交通事故ミクロ調査データにおけるΔVとは,一定の相関(前面
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衝突の場合,擬似ΔVに約0.7を乗じた値がΔV)があることが研究されている(2).
Delta-VPseudo = m1(V1 + V2)/(m1 + m2) (5)
式(5)に於いて,m1,m2は当事者車両1,2の重量である.V1 ,V2は 当事者車両1,2の 危険認知速度を表す.本研究では,擬似ΔVを乗員の傷害が少ないとされる30 km/h以下,
以降10km/h毎に31-40 km/h以下,41-50 km/h以下,51-60 km/h以下,61 km/h以上の5 区分とした.
(2) 衝突方向
衝突方向は,前面(含前左右角),右(ニア)側面,左(ファー)側面および後面(含後 左右角)の 4 区分とした.ここで,ニア側面は,車両の右側面すなわち運転席側の側面と し,ファー側面は,車両の左側すなわち助手席側の側面とした.なお,マクロデータには ハンドル位置が記載されていないため,左ハンドルの車両も僅かに含まれている可能性が ある.
(3) シートベルトの着用有無
シートベルトの着用状況は,シートベルト着用有りと無しの2区分とした.
(4) 多重衝突の有無
多重衝突は,2回以上の衝突が関与したものを多重衝突ありとし,1回のみの場合は多重 衝突なしとする2区分とした.
(5) 乗員年齢
事故時に音声による情報が得られた場合を想定し,乗員の年齢情報をリスクファクタに 加える.年齢層区分は,55歳以上から死亡率が増加する交通外傷データ解析結果(11)をもと に,54歳以下,55-64歳,高齢者と分類される65歳以上の3区分とした.以上により特定 されたリスクファクタを, Table 4.1.4に示す. 衝突モードを表すリスクファクタの組合 せは合計240ケースとなる.
本研究では,実際の事故から得られる情報がケースにより異なる可能性を考慮し,2種類 の傷害予測アルゴリズムを構築する.一つ目は,簡易的な車載データの活用のみを想定し,
リスクファクタを擬似ΔVおよび衝突方向の2つに絞ったベースモデル(Base_Model)であ る.これは救急隊が現場でのトリアージ判断としている患者の受傷機転である「車体変形」
に相当する車載データである擬似ΔVと衝突方向をリスクファクタとしたものである.2つ 目は,ベースモデルにシートベルト着用有無,多重衝突有無および年齢情報を加え,事故 時に先進事故自動通報と音声情報から得られる 5 つのリスクファクタを最大限に活用でき ることを想定したフルモデル(Full_Model)である.
まず,ベースモデルにおいてロジスティック回帰分析を使用した傷害予測アルゴリズム が速度別,衝突方向別に有効な結果を導くかの検証を行った.さらにリスクファクタを増 やし,精度を上げることを目的としたフルモデルにおいて,結果の有意性が保たれるかを
60 検証した.
Table 4.1.4 リスクファクタ
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