繰返し曲げ負荷を受ける鋼板の背面き裂発生条件に関する研究
名古屋大学 学生会員 ○白井晴也 名古屋大学 正会員 判治 剛 名古屋大学 フェロー会員 舘石和雄 名古屋大学 正会員 清水 優
1.はじめに
鋼橋に生じた表面き裂の中で,き裂が板厚方向にある程度進展すると,板の裏面に新たにき裂が発生し,板 厚を貫通するものがある.この裏面側のき裂を背面き裂と呼ぶ1).例えば,鋼床版の縦リブとデッキプレート 溶接部からデッキ方向に進展するき裂では,デッキ上面からの背面き裂により板厚を貫通する場合がある.本 研究では,この背面き裂の発生可能性を定量的に評価するための基礎的研究として,鋼板に生じた疲労き裂に 対する背面き裂の発生条件を疲労試験と有限要素解析により検討した.
2.半円形ノッチを有する鋼板の疲労試験
試験体は片面に半円形の人工ノッチを有する鋼板(鋼 種:SM490A)であり,その形状および寸法を図-1 に示 す.以降,人工ノッチ側の面をおもて面,その裏面を背 面と呼ぶ.おもて面にはV 字開先を設け,それを埋める ように溶接を行い,余盛を仕上げた上でノッチを加工し た.試験は,板曲げ振動疲労試験機による面外曲げ荷重 下で行った.おもて面の
応力比は-∞,0,-1 と し,背面き裂が発生,ま たはおもて面のき裂が背 面側に貫通するまで試験 を行った.試験体に貼り 付けた銅線により,き裂 の発生や進展を検知する とともに,定期的にビー チマークを導入した.な お,き裂の進展が遅延し ていると判断された場合
は応力範囲を大きくし,疲労試験を継続した.
3.疲労試験結果
破面とビーチマークの模式図を図-2 に示す.応力比が-∞,-1 の場合には背面き裂が発生し,応力比が0の場合にはおもて面のき 裂が背面まで貫通した.背面き裂の発生の有無で比較すると,おも て面のき裂の進展挙動に違いがみられた.図-3 にき裂深さと繰返 し数の関係を示す.ここで,き裂深さは投影面上での板厚方向の長 さとしている.図より,背面き裂が発生する場合にはおもて面のき 裂の板厚方向の進展が徐々に緩やかになることがわかる.この理由 の一つとしてき裂の潜り込みが挙げられる.
キーワード 背面き裂,疲労,面外曲げ,応力拡大係数,疲労試験
連絡先 〒464-8603 愛知県名古屋市千種区不老町 名古屋大学大学院 工学研究科 TEL: 052-789-4620 (a) 応力比:-∞
(b) 応力比:0
(c) 応力比:-1
ノッチ
背面き裂 ビーチマーク
背面き裂 図‐2 破断面
図‐3 繰返し数とき裂深さ 15
10 5
00 10 20 30 [10+6]
繰返し数(回)
き裂深さ(mm)
:応力比 −∞
:応力比 0
:応力比 −1 700
ノッチ 300
溶接ビード
16 115 232 232 120
A
A’
〈切断面〉ノッチ
V字開先
4 8 図‐1 試験体(単位:mm)
土木学会第71回年次学術講演会(平成28年9月)
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き裂幅中央位置での断面の模式図は図-4 に示すとおりであり,き裂 は長手方向に潜り込むように進展している.この潜り込み量とき裂深 さの関係を図-5 に示す.背面き裂の発生の有無により潜り込み量は 2 倍程度異なることがわかる.このことから,おもて面のき裂が潜り込 むことで深さ方向への進展が停留し,結果としてリガメント部に多数 回の繰返し荷重が作用するため,鋼素材の疲労により背面き裂が生じ るものと考えられる.
4.有限要素解析
疲労試験より,背面き裂の発生はおもて面のき裂進展が影響している ことが示された.そこで有限要素解析により,き裂最深部の応力拡大係 数範囲を求めた.図-6に解析モデルを示す.対称性を考慮して1/2モデル とした.潜り込み開始後のき裂を対象とし,破面より計測したき裂の潜 り込みも考慮した.き裂先端の要素サイズは0.1×0.1×0.1mmである.背面 における塑性ひずみの発生を確認するため,ヤング係数Eを200kN⁄mm2,
2次勾配をE/100とした弾塑性体としてモデル化した.荷重は,試験体で
計測したひずみゲージ値と解析値が一致するように与えている.応力拡 大係数はJ積分法により算出した.なお,き裂面の接触は考慮していない.
5.解析結果
き裂深さと最深部での応力拡大係数範囲の関係を図-7 に 示す.応力比によらず,き裂が進展すると応力拡大係数が 減少しており,き裂が遅延することがわかる.応力拡大係 数の値は,背面き裂の発生した応力比-∞の場合は応力比0 よりも小さく,その差もき裂進展に伴い大きくなっている.
このことからも,背面き裂の発生にはおもて面のき裂の遅 延が影響するといえる.図-8 には疲労試験終了直前のき裂 最深部真裏の幅方向のひずみ分布を示している.応力比-∞
の試験体では,背面き裂発生前にき裂の停留がみられたた め,実験と同様,応力範囲を増加したときの結果である.
図より,応力比-∞の場合は背面側にて塑性ひずみが発生し ており,この塑性ひずみの発生も背面き裂の発生要因であ る可能性が考えられる.
6.まとめ
本研究では,繰返し曲げ負荷を受 ける疲労き裂を対象として,背面き 裂の発生条件を検討した.その結果,
背面き裂の発生にはおもて面のき裂 の遅延や停留が影響していること,
および背面におけるひずみの大きさ が影響を与える可能性があることが 示された.
参考文献 1) 舘石ら:土木学会論文 集,Vol.67,No.2,pp.386-395,2011
15 10 5
00 潜り込み量2 (mm)4
き裂深さ(mm) :応力比 −∞:応力比 −∞
:応力比 0
:応力比 −1
図‐5 潜り込み量とき裂深さ おもて面のき裂
背 面 き 裂 潜り込み量 図‐4 断面の模式図
15 10 5
00 100 200
応力拡大係数範囲(N/mm3/2)
き裂深さ(mm) :応力比 −∞
:応力比 0
図‐7 応力拡大係数範囲
−50 0 50
0 0.001 0.002 0.003
板幅方向の距離(mm)
真ひずみ
:応力比 −∞
:応力比 0
:降伏ひずみ
図‐8 背面のひずみ分布 完全固定
潜り込み量
応力拡大係数範囲評価位置 き裂面 図‐6 解析モデル
〈き裂部〉
対称面
分布荷重
集中荷重 土木学会第71回年次学術講演会(平成28年9月)
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