在日数を短縮することが,いくつかのメタ解析で報
告されている(表 1)
1)∼ 6).その結果,ERAS におけ
る術中の輸液管理に関して,循環のターゲットを決
めて GDT を行い,輸液量を制限することが推奨さ
れているのが現状であるが,OPTIMISE や
POE-MAS 多施設前向き研究の結果では,GDT は従来の
管理に比較して,術後合併症の軽減や病院滞在日数
や 30 日死亡率などの予後には影響しないことが報
告された
7), 8).術中の輸液管理における GDT は,対
象患者および方法に関してばらつきが多く,現在も
確立されておらず,アウトカムに関するエビデンス
も議論されているのが現状である.
ERAS プロトコールにおける輸液管理は術前,術
中,術後を通して管理されるべきであり,患者の合
併症を軽減する上で,どの時期も重要である.術前・
術中の輸液管理がきちんとできていても術後輸液管
はじめに
欧州において Enhanced Recovery After Surgery
(ERAS)グループは,術後の代謝ストレス反応の抑
制や腸管機能の改善を促すことで,早期退院などの
術後のアウトカムや周術期管理の質を向上させるシ
ステムを構築してきた.ERAS における必要な要素
として術前,術中,術後においていくつかの重要な
ポイントが示されているが,術中の制限された輸液
管理や目標指向型輸液管理(goal-directed therapy:
GDT)は術中管理の重要な要素の一つとして確立さ
れている.
高齢や心血管系の合併症を有するハイリスク患者
が,開腹による腸切除のような侵襲の大きい手術を
受ける場合に,輸液管理を制限することが創感染や
肺合併症などの術後合併症を軽減することや病院滞
日本臨床麻酔学会第 35 回大会シンポジウム
日臨麻会誌 Vol.37 No.2, 219 〜 224, 2017Goal-Directed Therapy(目標指向型輸液療法)の実践~国内外の実例を交えて~
ERAS 時代の目標指向型輸液療法(Goal-Directed Therapy)
松崎 孝
*1森松博史
*2 [要旨] ◦周術期の輸液管理は重要で,脱水と輸液過剰は術後合併症の点で有害である. ◦侵襲の伴う開腹手術における長時間の絶食はエビデンスが乏しい. ◦術中の維持輸液は術前の体重を維持する目的(ゼロバランスの維持)で施行すべきである. ◦周術期に 1 回拍出量を指標にした目標指向型の輸液管理は,合併症を有するハイリスクの患者 群で術後合併症や病院滞在日数を軽減させる可能性があるが,前向き研究では否定的である. ◦可能ならできるだけ術後早期に点滴は中止して,経口摂取を再開するべきである. ◦問題がなければ周術期の乏尿は経過観察すべきである. キーワード:目標指向型輸液管理,術後回復力の強化,ゼロバランス,許容される乏尿 著者連絡先 松崎 孝 〒 700-8558 岡山県岡山市北区鹿田町 2-5-1 岡山大学病院集中治療部 * 1岡山大学病院集中治療部 * 2岡山大学大学院医歯薬学総合研究科生体制御科学専攻 生体機能制御学講座麻酔・蘇生学分野理が不十分であれば,すべて無効になってしまう可
能性がある.例をあげると,術後 1 日目に術中の制
限輸液により尿量が減少していたため,数リットル
の晶質液を投与することで,腸閉塞を引き起こし,
病院滞在日数を延長させてしまうことが報告されて
いる
9).
Ⅰ 術前輸液管理
① 手術室入室までの輸液管理の目標は,脱水にしな
いことである.ASA(米国麻酔科学会)のガイド
ラインにおいても長時間の絶飲は推奨されておら
ず,麻酔導入 2 時間前までの水分摂取は合併症を
併発することなく安全に施行されうることが報告
されている
10).
② 計画的な機械的(下剤を使用した)腸管洗浄は避け
る.患者にとっては不快であり,術前の脱水につ
ながる可能性が示唆される.創感染の減少や腸吻
合のリークを減少させるというエビデンスは乏し
く,むしろ腹腔鏡手術の容易さなど,外科医の好
みに依存する傾向が指摘されている.
③ 手術の 2 時間前に,炭化水素水を服用させる.炭
化水素水の服用に伴い,術前の不安を軽減し,術
後のインシュリン抵抗性を軽減する利点が報告さ
れている.実際 12.5%の炭化水素水(脂肪やタン
パクを含まない)400mL を麻酔導入 90 分前に投与
し,胃内容物の喪失を確認し,安全に投与される
ことも報告されている
11).
これらの術前輸液管理を組み合わせることで,従
来の術前輸液管理に比較して全身麻酔導入に伴う低
血圧を回避することも報告されている
12).
Ⅱ 術中輸液管理
術中輸液管理の目標は過度のナトリウムや水分投
与を最小限にし,血管内容量を正常に保つことであ
る.すなわち術中の過剰輸液は,肺合併症のリスク
を増加させ,イレウスを遷延させ最終的には術後の
回復を遅らせることが知られており,輸液バランス
は 0 ∼ 3.0kg 未満の体重増加を維持することが目標
とされている.
1. 維持輸液維持輸液の必要性は手術侵襲に伴う不感蒸泄分を
補うことであり,腹部手術では 3 ∼ 10mL/kg/ 時間
と以前は考えられてきた.サードスペースという概
念が捨て去られた現在では,投与された輸液は血管
内または間質にシフトすると考えられている
13).過
剰な輸液が血管内皮細胞障害を引き起こすメカニズ
ムは,血管内の流体静力圧が上昇することで,心房
性利尿ペプチドが放出され,内皮細胞を覆うプロテ
表 1 GDT に関するメタ解析およびシステマティックレビューのまとめ 著者 年度 文献数 サマリー Bundgaard︲Nielsen et al.1) 2007 9 GDT は, 入院日数や PONV,術後合併症を減少し,消化管回復時間も早める
Giglio et al.2) 2009 16 消化器手術における GDT と適切な酸素化は,周術期の臓器低灌流による消化 器合併症のリスクを減少 Hamilton et al.3) 2011 29 GDT でハイリスク患者の術後死亡率が減少し(オッズ比 0.48,95% CI 0.33︲ 0.78)術後合併症も減少 Dalfino et al.4) 2011 26 輸液管理だけでなく変力作用薬を使用する GDT により術後急性腎不全を減少 Prowle et al.5) 2012 24 GDT は術後の創感染,肺炎,尿路感染症を減少
Arulkumaran et al.6) 2014 22 GDT は急性肺水腫と心筋梗塞の増加に関与しないが,酸素運搬 Index 最適化の
オグリカンやグリコプロテインから構成されるグラ
イコカリックスを損傷する.同様の現象は敗血症で
も考慮されており,過度の輸液に伴いグライコカリ
ックスが障害を受け,血管透過性の亢進が生じて,
従来はサードスペースと呼ばれた間質へ水分が移動
するため,血管内容量が少なく診断されると考慮さ
れている
14).脱水の根拠なしに投与された過剰な輸
液成分は,血管内皮細胞のグライコカリックスの損
傷を引き起こし,間質への水分の移行を促進す
る
15).
実際過度の輸液投与は,予定の大腸手術において
輸液バランスが 3.0kg を超えると,胃腸機能の回復
の遅れや,合併症の増加および病院滞在日数の上昇
につながることが報告されている
9).腸切除を受け
たラットの動物実験においても,過度の晶質液が術
後早期の腸管浮腫を引き起こし,吻合のリークを引
き起こす傾向にあることも報告されている
16).
術中の輸液投与はバランスのとれた晶質液で 1 ∼
3mL/kg/ 時間の速度で施行されるべきであり,術
前の体重を維持することを目標とすべきである.脱
水を増悪する制限された輸液は施行すべきではな
く,過度の水分や塩分を最小限にしたゼロバランス
を目標にした輸液管理を施行することが重要であ
る.
維持輸液の輸液製剤の選択としては,高クロール
血症の問題で 0.9%の生理食塩水を使用するのを避
け,できるだけバランスのとれた等調性の晶質液を
使用することが推奨されている.
2. 輸液負荷輸液負荷は,出血量やタンパク漏出分を置換する
目的で,血管内から喪失した水分を補う目的で投与
される.患者個々の Frank-Starling を考慮し,侵
襲度の低いモニターを使用し GDT プロトコールに
基づき輸液負荷を施行することが推奨される.
輸液負荷の速度に関しては 5 ∼ 10 分以内に施行
すべきであり,輸液製剤に関しては手術室では今ま
での研究ではコロイドを使用した方が良い結果が得
られているが,現在も一定のコンセンサスは得られ
ていないのが現状である
17).
重要なことは,循環不安定は輸液負荷の反応性と
相関しないことを理解すべきである.手術室では
50%の患者しか輸液負荷に反応しないことが報告さ
れている
18).すなわち輸液負荷の反応性と血管内脱
水は一致しないことを意味する.低血圧が継続する
場合に,輸液反応性が乏しい場合は,昇圧剤の使用
を考慮すべきである.
輸液の指標は,従来から心拍数や血圧(中間動脈
圧),尿量や中心静脈圧(central venous pressure:
CVP)が使用されてきたが,どれも輸液の指標とし
ては信頼性に劣る点が指摘されている.通常の生理
反応として,出血が生じると各臓器血流を維持しよ
うとして,それぞれの臓器で血管収縮が生じること
が知られているが,健康成人を対象とした臨床研究
で,25%の出血量に対して,心拍数や血圧は臓器血
流が出血により減少しても,変化が認められにくい
ことが報告されている
19).CVP の変化は輸液の指
標として信頼性が低いことは,手術室や集中治療室
での報告において示されており,現在では CVP の
規則的な収集は施行すべきではないことが当たり前
になっているのが現状である
20).
GDT においては,1 回拍出量を適切にすることを
目標としてプロトコールが作成されている.Stroke
Volume Index の変化が 10%以上であることを輸液
反応性の指標として使用しているものもあれば,
Stroke Volume Variation(SVV)や Pulse Pressure
Variation(PPV)が 13%を超えた際に輸液の指標と
すべきであるという論文があるが,これらのモニタ
ーも R-R 間隔が不整である場合や,1 回換気量の減
少(8mg/kg 以下)や胸腔内圧の影響を受ける際に
は,信頼性が低下することも知られており
21),輸液
の反応性に関する指標に関しては,どのモニターが
優れているかに関して一定の見解が得られていない
のが現状である.
常管理群と GDT 群(プロトコール,MAP > 65,CI
> 2.5 を維持)に割り付け,コロイドと赤血球輸血の
量が GDT 群で多く,ドブタミンが頻回に使用され
た.GDT 群において再手術が有意に少なかったが
(5.6% vs. 15.7%,p = 0.049),それ以外の合併症や
死亡率には差は認められなかった.
2. OPTIMISE study8)Pearse らは 50 歳以上の消化器系大手術を受ける
患者 734 人(英国の急性期病院 17 施設)を対象とし
て,GDT 群(n = 368;術中および術後 6 時間におい
て LiDCOrapid を使用し,SV 増加率による輸液管
理とドペキサミン管理)と通常群(n = 366;従来通
り CVP 管理)において,30 日後の合併症は,GDT
群では 36.6%,通常群で 43.4%となり有意な差は認
められず,入院日数 28 日と 30 日の死亡率では有意
差が見られなかった(死亡率 介入群 4.9% vs. 通常
群 6.5%).消化管手術の GDT に関するメタアナリ
シスでは合併症の低下は認めているが,GDT の臨
床的意義に関しては今後も検討が必要であるとして
いる.
Ⅴ 乏尿に関して
GDT による乏尿は比較的高頻度で遭遇するが,
乏尿=急性腎不全の兆候であるという神話から,麻
酔科医や外科医は尿量維持の目的で輸液負荷を施行
することが伝統的になされてきたが,術中の尿量が
血管内容量の指標や腎不全を予測する因子であると
いうエビデンスは存在していない.Kheterpal らは,
非心臓手術を受ける 65,000 人の観察研究において,
乏尿(0.5mL/kg/ 時間以下の尿量)が急性腎不全との
関連がないことを示した
24).術中の乏尿を引き起こ
すメカニズムとしては,輸液以外にストレスホルモ
ンの放出も関係していることが知られており
23),多
因子であることが多く要因は特定しにくいのが現状
である.腹腔鏡手術においても乏尿は,血管内容量
の指標ではなく腹腔内圧を反映し,腎血流が一時的
に低下することで引き起こされるため解釈には注意
3. GDT が推奨されるべき対象22)患者リスクが高く,侵襲が大きく手術のリスクが
高い手術ほど GDT が推奨されているのが現状であ
る.
1 30 日死亡率が 1%以上の侵襲の大きい手術
2 予測出血量が 500mL 以上の大手術
3 侵襲の大きい開腹手術
4 30 日死亡率が 0.5%以上でハイリスクの患者
5 持続的な乳酸アシドーシスを伴う循環不全や脱
水を伴う患者
6 2L 以上の輸液が必要な予想外の出血を伴う
患者
ハイリスクの定義:80 歳以上,左心不全,心筋梗塞,
末梢血管病変を有する患者
Ⅲ 術後輸液管理
術後は経口摂取の再開を可能な限り早期に考慮す
べきである.感染のリスクを軽減し,吻合部のリー
ク増悪と無関係であり,病院滞在日数を減らす可能
性が報告されている.ハイリスクな患者においては,
術後輸液負荷が必要な場合は,極力ナトリウム負荷
を避けてゼロバランスを意識した GDT 管理が考慮
されるべきである
23).経口摂取が始まれば早めに点
滴の中止を考慮するが,ドレーンからの排液や出血
などの問題がない場合は,最低 1 日 1.75L の水分摂
取をすすめ,どの輸液製剤の投与が適切であるかを
十分考慮して輸液管理を施行すべきである.神経ブ
ロック(胸部の硬膜外ブロック)が要因で血圧低下が
認められる場合は,投与量の減量や血管作動薬の投
与を考慮し,輸液負荷は避ける必要がある.
Ⅳ 最近の GDT に関する
前向き多施設臨床研究の結果
1. POEMAS study7)Pestaña らは,スペインとイスラエルの 6 つの病
院で行われた腹部予定手術(大腸,胃,小腸)142 例
を対象とし,麻酔開始から ICU 入室後 24 時間,通
が必要である.
過剰な輸液は急性腎不全を引き起こしやすい可能
性があることも報告されており,そのメカニズムと
して過剰な輸液により組織の浮腫が生じて,腎間質
の圧が上昇することなく腎血流の低下が引き起こさ
れ,腎自体が血管内容量の調節能力を失うことで,
急性腎不全の進展が発生することが報告されてい
る
25).
ERAS プロトコールにおいて発生しやすい事象と
して,術後の低血圧と尿量低下はあげられるが,急
性腎障害が発生することは極めてまれである
26).
他の問題がなければ,基本的には術後の乏尿に対
して,過剰な輸液は避けるべきであり, Permissive
乏尿 という概念が許容されるべきである.
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