■アブストラクト
保険法において保険給付の履行期に関する規定が新設されたことに伴い,
自動車損害賠償保障法(自賠法)16条⚑項に基づく被害者の直接請求に対す る保険会社の損害賠償額支払債務の履行期についても,自賠法16条の⚙が新 設され,第⚑項で保険会社は⽛当該請求に係る自動車の運行による事故及び 当該損害賠償額の確認をするために必要な期間が経過するまでは,遅滞の責 任を負わない⽜旨定められた。
自賠法16条の⚙は,訴外での直接請求を前提にした規定とも考えられ,訴 訟上で直接請求が行われた場合の履行期については解釈上疑義が生じていた が,今般,この問題が争点の一つとなった訴訟において,最高裁判決(最高 裁平成30年⚙月27日第一小法廷判決1))が言い渡された。今後,訴訟上で直 接請求が行われた事案については,最高裁判決の判示を踏まえ裁判所が履行 期を判断することになろうが,履行期は⽛原告である被害者側が損害を立証 する資料を全て提出し,保険会社がその内容を確認した時点⽜や⽛口頭弁論 終結時⽜を基準として,事案の個別具体的事情に照らし決定されるべきと考 える。
■キーワード
自賠法16条の⚙,直接請求,遅延損害金
自賠法16条の⚙の解釈をめぐる諸問題
最高裁平成30年⚙月27日判決を中心として
植 草 桂 子
/ 平成30年10月⚕日原稿受領。
1) ウェストロー文献番号:2018WLJPCA09279001,裁判所時報1709号⚒頁。
⚑.はじめに
平成22年⚔月に施行された保険法において,保険給付の履行期に関する規 定が新設されたことに伴い,自動車損害賠償保障法(以下⽛自賠法⽜)上の 各請求に対する保険会社の支払債務の履行期についても,所要の対応が行わ れた。
自賠法15条に定める,被保険者(自動車事故の加害者)から保険会社に対 する保険金請求については,自動車損害賠償責任保険約款において,保険金 を請求する場合に必要な書類(14条),保険金支払の履行期(15条)に関す る規定が設けられた。また,自賠法16条⚑項に定める,交通事故の被害者か ら加害者が加入する自賠責保険の保険会社に対する損害賠償額の請求(直接 請求)については,自賠法16条の⚙が新設された。さらに,自賠法72条⚑項 に定める,ひき逃げ事故等自賠責保険の対象とならない事故の被害者から政 府保障事業に対するてん補金請求については,自賠法73条の⚒が新設され た2)。
自賠法16条の⚙は,⚑項で⽛保険会社は,第十六条第一項の規定による損 害賠償額の支払の請求があつた後,当該請求に係る自動車の運行による事故 及び当該損害賠償額の確認をするために必要な期間が経過するまでは,遅滞 の責任を負わない。⽜と定める。自賠法16条⚑項の直接請求は,そのほとん どが訴外で行われるが,訴訟により行われる場合もある。訴外で請求した場 合,自賠法16条の⚓に定める自賠責保険支払基準に基づき保険会社が算定し た金額が支払われるのに対し,訴訟上で請求した場合,裁判所が算定した金 額が支払われる(支払基準は裁判所を拘束しない3))ため,訴外で請求する よりも高額の支払を受けられる(ただし,保険金額が限度となる)場合があ る。
2) 平成20年⚖月⚖日法律第57号〔保険法の施行に伴う関係法律の整備に関する 法律〕第15条参照。
3) 最判平成18年⚓月30日民集60巻⚓号1242頁。
訴訟上で直接請求が行われた場合の,保険会社の損害賠償額支払債務の履 行期(遅延損害金の起算日)が争点の一つとなった訴訟について,今般,最 高裁判決(最高裁平成30年⚙月27日第一小法廷判決)が言い渡された。本稿 では,この判決について検討し,訴訟上の直接請求の履行期の解釈について 検討を行う。あわせて,損害賠償額支払債務の遅延損害金に関し,かねてよ り議論があった問題(遅延損害金の利率,自賠法⚓条に基づき加害者が負う 損害賠償債務の遅延損害金との関係)についても若干の検討を行う。
⚒.訴訟上の直接請求に対する保険会社の支払債務の履行期
⑴ 問題の所在
自賠法16条⚑項は,自賠責保険の被保険者である保有者(自動車事故の加 害者)に自賠法⚓条の損害賠償責任が発生したときは⽛被害者は,政令で定 めるところにより,保険会社に対し,保険金額の限度において,損害賠償額 の支払をなすべきことを請求することができる⽜と定める。自賠法⚓条は,
被害者救済の観点から,交通事故の加害者側に過失等の立証責任を転換した が,加害者に厳しい責任を課したとしても,加害者が無資力の場合や賠償の 意思がない場合は,被害者は損害賠償を受けられないこととなる。被害者救 済を実効性あるものとするため,被害者が,加害者の加入する自賠責保険の 保険会社に直接損害賠償額の支払を請求することができる旨を定めたのが自 賠法16条⚑項であり,自賠法の中核を成す規定である。
自賠法16条⚑項の直接請求(被害者請求)は,ほとんどが訴外で行われる。
自動車事故の被害者またはその遺族は,請求にあたり,事故の発生や損害を 立証する書類(交通事故証明書,事故発生状況報告書,診断書等)を保険会 社に提出する4)。保険会社は,請求書類を点検し,事故を起こした自動車に
4) 自賠法施行令⚓条は,直接請求を行う際の提出書類について次のように定め る。
⽛法第十六条第一項の損害賠償額の支払の請求は,次の事項を記載した書面を もつて行わなければならない。
ついて自賠責保険契約が有効に存在しているか等の確認を行う。その後,損 害保険料率算出機構(損保料率機構)の自賠責損害調査事務所が保険会社か ら一件書類の送付を受け,事案の内容に応じ損害調査(当事者への照会,医 療機関への照会,事故現場調査等)を行い,交通事故の加害者(自賠責保険 の被保険者)が被害者に対し自賠法⚓条の損害賠償責任を負う事故かどうか を検討し,自賠法⚓条の損害賠償責任を負うと判断される場合は,自賠責保 険支払基準に基づき損害額を算定し,その結果を保険会社に報告する。保険 会社はその調査結果に基づき支払可否や支払可能である場合の支払額を決定 し,請求者に通知し支払う。
自賠法16条の⚙が新設されるまでは,直接請求に対する保険会社の支払債 務の履行期に関する定めはなく,訴訟上で直接請求が行われた事案について,
最判昭和61年10月⚙日判時1236号65頁が⽛自動車損害賠償保障法16条⚑項が 被害者の保有者及び運転者に対する損害賠償請求権とは別に保険会社に対す る直接請求権を認めた法意に照らすと,同項に基づく保険会社の被害者に対 する損害賠償額支払債務は,期限の定めのない債務として発生し,民法412 条⚓項により保険会社が被害者からの履行の請求を受けた時にはじめて遅滞 に陥るものと解するのが相当である⽜と判示し,いわゆる請求時説に立つこ
一 請求する者の氏名及び住所
二 死亡した者についての請求にあつては,請求する者の死亡した者との続柄 三 加害者及び被害者の氏名及び住所並びに加害行為の行われた日時及び場所 四 当該自動車の道路運送車両法の規定による自動車登録番号若しくは車両番 号,地方税法(昭和二十五年法律第二百二十六号)第四百四十六条第三項
(同法第一条第二項において準用する場合を含む。)に規定する標識の番号又 は道路交通に関する条約の規定による登録番号(これらが存しない場合にあ つては,車台番号)
五 保険契約者の氏名及び住所 六 請求する金額及びその算出基礎
⚒ 前項の書面には,次の書類を添附しなければならない。
一 診断書又は検案書
二 前項第二号及び第三号の事項を証するに足りる書面 三 前項第六号の算出基礎を証するに足りる書面⽜
とを明らかにし,最判平成⚖年⚓月25日交民集27巻⚒号283頁においても踏 襲されていた。
自賠法16条⚑項の直接請求権は,前記のとおり,被害者救済の実効性確保 のため特別に設けられたもので,損害保険契約の保険給付の履行期に関する 保険法21条の適用を受けない。したがって,保険法改正とあわせて履行期に 関する規定を新設する必要性はなかったともいえる。それにも関わらず,自 賠法16条の⚙を新設した理由について,国土交通省自動車局保障制度参事官 室監修⽝新版逐条解説自動車損害賠償保障法⽞151頁(ぎょうせい,2012年)
は,⽛第16条の請求による損害てん補についても支払期限を明確にし,適正 な支払を担保する必要がある⽜ためとする。
また,自賠法16条の⚙第⚑項は,保険会社は⽛損害賠償額の支払の請求が あつた後,当該請求に係る自動車の運行による事故及び当該損害賠償額の確 認をするために必要な期間が経過するまでは,遅滞の責任を負わない⽜とす るが,履行期をこのように定めた理由について,⽛被害者からの直接請求に おいては,自動車事故の事実関係,損害の程度,因果関係の有無,過失割合 等の確認を要する事由が必ずしも明らかにされないままに請求されるものが みられ,損害賠償額の支払いのために確認を要する事由とこれに要する期間 が事案ごとに異なるため⽜とする。
任意自動車保険の対人賠償条項の適用対象となる事案においては,被保険 者(自動車事故の加害者)は通常事故発生を速やかに保険会社に連絡するた め,保険会社において,事故態様や被害者の受傷内容・通院状況等を直ちに 把握し,早期に必要な調査や交渉に着手することができる。これに対し,被 害者が加害者の加入する自賠責保険の保険会社(自賠責保険会社)に直接請 求を行った事案について,自賠責保険会社が事故について把握するのは,被 害者が必要書類を整え提出した時点であって,かつ,提出されるのは,自賠 法施行令⚓条に定める請求書,交通事故証明書,事故発生状況報告書(請求 者が記載),診断書等の基礎的な書類のみであるため,自動車事故の事実関 係,損害の程度,因果関係の有無,過失割合等を確認する過程で問題点が判
明し,更なる調査(資料の取付け等)を要する事案もありうる。自賠法16条 の⚙第⚑項は,直接請求事案の損害調査の特殊性を踏まえて設けられた規定 といえよう。
しかし,訴訟上で直接請求が行われた場合,自賠責保険会社(損保料率機 構)による損害調査は行われない。事故の具体的な状況や損害の程度に関す る事実認定,因果関係の有無や範囲,損害賠償責任の有無や過失割合,最終 的に自賠責保険会社が支払債務を負う損害賠償額の判断は,裁判所が,当事 者(原告である被害者・被告である自賠責保険会社)の主張立証や提出され た証拠資料を踏まえて,判決や和解案の提示という形で行う(被告が自賠責 保険会社であること,支払債務を負うのは自賠法施行令に定める保険金額の 限度であることを除けば,訴訟提起から終結までの過程は,被害者が加害者 を被告として提起する損害賠償請求訴訟と類似している)。自賠法16条の⚙
第⚑項は,訴外の直接請求を前提にした規定のように思われ,訴訟上で直接 請求が行われた場合に,訴訟提起(自賠責保険会社への訴状送達日)から判 決確定時までの間のどの時点を履行期と捉えるべきかについて明らかでなく,
解釈上疑義が生じていた5)。
⑵ 最高裁平成30年⚙月27日判決
❞ 事案の概要
事案は,平成25年⚙月⚘日,原告が,Bが運転する自動車(B車)との事
5) 任意自動車保険の対人賠償条項における直接請求権について,任意自動車保 険の約款は⽛事故によって被保険者の負担する法律上の損害賠償責任が発生し た場合⽜(発生要件)で,⽛被保険者が損害賠償請求権者に対して負担する法律 上の損害賠償責任の額について,被保険者と損害賠償請求権者との間で,判決 が確定した場合または裁判上の和解もしくは調停が成立した場合⽜(支払条件)
等に損害賠償額を支払う旨定める(⽛自動車保険の解説⽜編集委員会編⽝自動 車保険の解説 2017⽞239頁以下(保険毎日新聞社,2017))。直接請求に対す る保険会社の支払債務の履行期は,判決が確定し,約款の基本条項に定める所 定の書類を提出した日(請求完了日)から原則として30日経過後である。
故(Bが運転する普通乗用自動車が,中央線を超え,反対車線を走行してい た原告運転の中型貨物動車に正面衝突した事故)により負傷し,Bが加入す る自賠責保険会社である被告に対し,自賠法16条⚑項に基づき,損害賠償額 の支払(傷害による損害の保険金額120万円及び後遺障害等級10級の保険金 額461万円の合計581万円)と,遅延損害金の支払を求めたものである。
Bは本件事故により死亡し,その相続人らは相続を放棄した。また,Bは,
B車について任意の自動車責任保険契約を締結していなかった。原告に対し ては,労働者災害補償保険(労災保険)から,療養(補償)給付,休業(補 償)給付及び障害(補償)一時金が給付された。労災保険で認定された原告 の障害の程度は併合10級であった。
本件では,①訴訟上の直接請求に対する自賠責保険会社の損害賠償額支払 債務の履行期(遅延損害金の起算日)に加え,②原告の損害額(特に後遺障 害の程度),③被害者の直接請求と,被害者の直接請求権を代位取得した労 災保険者の求償が競合する場合の優劣が争点となった。遅延損害金の起算日 について,原告は⽛訴状送達の日の翌日⽜と主張,被告は⽛被告が損害賠償 額を確認できるのは判決確定後⽜であり⽛少なくとも判決が確定するまでは 遅滞責任を負わない⽜,どんなに早くとも,被害者が通院した病院の診療録 等について翻訳が完了した平成27年10月⚒日であると主張した。
一審の東京地判平成28年⚘月29日交民集49巻⚔号1035頁は,被告である自 賠責保険会社は,傷害による損害120万円(保険金額)と後遺障害による損 害1ó567ó821円(後遺障害等級について自賠法施行令別表第二の12級に該当 すると判断)の損害賠償額支払債務を負うとした上で,遅延損害金の起算日 について,⽛保険会社が確認する損害賠償額について,自賠法16条の⚓が,
保険会社は,死亡,後遺障害及び傷害の別に国土交通大臣及び内閣総理大臣 が定める支払基準(支払基準)に従って支払うべきことを定め,支払基準に は,休業損害の原則的な日額や上限額,傷害の慰謝料の日額などが定められ ているから,訴訟外の被害者請求では,当該請求を受けた保険会社は,支払 うべき損害賠償額を迅速に算定することができ,かかる事情を踏まえ,社会
通念上,保険会社において損害賠償額の確認をするために必要な期間が経過 したときには,遅滞の責任を負うことになる⽜が,⽛訴訟上の被害者請求で は,裁判所が,支払基準によることなく,当事者の主張立証に基づき,個別 的な事案ごとの損害賠償額を算定するのであるから⽜,⽛当該請求を受けた保 険会社は,被害者請求訴訟の判決が確定しなければ,支払うべき損害賠償額 を確認することができ⽜ず,⽛したがって,本判決が確定するまで被害者請 求の履行期は到来せず,…遅延損害金の起算日は,本判決確定の日である⽜
とした。
原審の東京高判平成28年12月22日自動車保険ジャーナル1992号40頁は,自 賠責保険会社の負う損害賠償額支払債務の額を傷害による損害120万円(保 険金額)と後遺障害による損害224万円(自賠法施行令別表第二の12級保険 金額)とした上で,次のように判示した。
⽛自賠法16条の⚙は,同法16条⚑項の規定による損害賠償額の支払の請求 があった後,当該請求に係る自動車の運行による事故及び当該損害賠償額の 確認をするために必要な期間が経過するまでは遅滞の責任を負わない旨規 定⽜するが,これは,⽛直接請求権が行使される場合,自動車事故の事実関 係,損害の程度,因果関係の有無及び過失割合等の確認を要する事由が必ず しも明らかにされずに請求されることがあり,損害賠償額の支払のために確 認を要する事由とこれに要する期間が事案ごとに異なることから,直接請求 権の履行期を上記事由の確認に必要な期間の経過後とするものと解される⽜。
⽛保険会社が訴訟外で保険金等を支払う場合においては,公平かつ迅速な保 険金等の支払の確保という見地から,保険会社に対して,自賠法16条の⚓第
⚑項が規定する支払基準に従って支払うことを義務付けているのに対し,自 賠法16条⚑項に基づいて被害者が保険会社に対して損害賠償額の支払を請求 する訴訟においては,当事者の主張立証に基づく個別的な事案ごとの結果の 妥当性が尊重されるべきであって,裁判所は同項が規定する支払基準による ことなく損害賠償額を算定して支払を命じることができる(最高裁判所平成 18年⚓月30日第一小法廷判決。民集60巻⚓号1242頁参照)⽜。⽛このように,
訴訟上の被害者請求では,裁判所が支払基準によることなく損害賠償額を決 定するのであって,保険会社において判決が確定するまでは損害賠償額を確 認することができないことからすると,保険会社が訴訟を遅滞させるなどの 特段の事情がない限り,訴訟上の被害者請求における自賠法16条の⚙第⚑項 の必要な期間とは,判決が確定するまでの期間をいうものと解すべきであ る⽜。本件においては,⽛一審被告が訴訟を遅滞させたなどの特段の事情があ るとはいえ⽜ず,⽛判決の確定時をもって遅延損害金の起算日とみるのが相 当であ⽜る。
なお,原審判決が引用する最判平成18年⚓月30日民集60巻⚓号1242頁は,
平成14年⚔月の自賠法改正(平成13年⚖月29日法律第83号)6)の際に新設さ れた自賠法16条の⚓7)が,被害者が訴訟上で直接請求(被害者請求)を行っ た場合にも適用され,裁判所は自賠責保険支払基準に基づき損害額を算定し なければならないかが争点となった事案であり,最高裁判所は⽛支払基準は,
保険会社が訴訟外で保険金等を支払う場合に従うべき基準にすぎ⽜ず,保険 会社が訴訟外で保険金等を支払う場合の支払額と訴訟で支払を命じられる額
6) 昭和30年の制度創設以来,自賠責保険においては,リスクヘッジと被害者保 護の観点から,保険責任の⚖割を国が負担するという政府再保険が行われてい たが,保険会社の経営基盤が強化されリスクヘッジ機能の必要はなくなったこ とや規制緩和の観点から,政府再保険制度を廃止することになった。そして,
再保険制度の廃止に伴い,被害者保護の充実のための新たな仕組みを整備する こととし,その具体策の一つとして,政府再保険制度の中で再保険金等の支払 方針として通達で定められ,各保険会社が査定要綱という形で反映していた支 払基準について,その位置づけを改め,自賠法16条の⚓により,保険会社に支 払基準に基づく支払を義務づけることとした(岩川勝⽛自賠責保険の制度改正 について⽜法律のひろば54巻12号12頁(2001))。
7) 自賠法16条の⚓第⚑項は⽛保険会社は,保険金等を支払うときは,死亡,後 遺障害及び傷害の別に国土交通大臣及び内閣総理大臣が定める支払基準(以下
⽛支払基準⽜という。)に従つてこれを支払わなければならない。⽜と定め,⚒
項は⽛国土交通大臣及び内閣総理大臣は,前項の規定により支払基準を定める 場合には,公平かつ迅速な支払の確保の必要性を勘案して,これを定めなけれ ばならない。これを変更する場合も,同様とする。⽜と定める。
が異なるとしても,⽛保険会社が訴訟外で保険金等を支払う場合には,公平 かつ迅速な保険金等の支払の確保という見地から,保険会社に対して支払基 準に従って支払うことを義務付けることに合理性があるのに対し,訴訟にお いては,当事者の主張立証に基づく個別的な事案ごとの結果の妥当性が尊重 されるべきであるから⽜,⽛不合理であるとはいえない。⽜と判示したもので ある8)。
本件の原審判決が⽛保険会社が訴訟を遅滞させるなどの特段の事情がない 限り,訴訟上の被害者請求における自賠法16条の⚙第⚑項の必要な期間とは,
判決が確定するまでの期間をいう⽜とし,訴訟上の直接請求の遅延損害金の 起算日を判決確定日と判示したことについては,⽛実際に判決が確定する前 にも,事案においては損害賠償額を確定するための合理的な期間があり,そ の期間内に損害額が決められるということもあり得る。例えば,損害賠償請 求に関する事前の交渉等がなされていた事案等,ある程度の調査等が事前に あるような場合等は,判決の確定まで保険者が遅滞に陥るものではないと解 することはできないであろう⽜との指摘がなされていた9)。
⑵ 判 旨(原判決中,344万円に対する平成27年⚒月20日から本判決確定の 日の前日までの遅延損害金の支払請求を棄却した部分について破棄差戻)
⽛自賠法16条の⚙第⚑項は,同法16条⚑項に基づく損害賠償額支払債務に ついて,損害賠償額の支払請求に係る自動車の運行による事故及び当該損害 賠償額の確認をするために必要な期間が経過するまでは遅滞に陥らない旨を 規定する。この規定は,自賠責保険においては,保険会社は損害賠償額の支 払をすべき事由について必要な調査をしなければその支払をすることができ 8) 学説も概ね本判決を支持しており,洲崎博史⽛判批⽜商事法務1901号62頁
(2010)は,⽛むしろ,自賠法は,支払基準による算定を訴訟による損害賠償額 の確定があるまでの暫定的なものとした上で,訴訟によって損害賠償額が確定 した場合にはその額で関係者の権利義務関係が確定することを前提にしている のが自然であろう⽜とする。
9) 山下典孝⽛判批⽜損害保険研究80巻⚑号221頁(2018)。
ないことに鑑み,民法412条⚓項の特則として,支払請求があった後,所要 の調査に必要な期間が経過するまでは,その支払債務は遅滞に陥らないもの とし,他方で,その調査によって確認すべき対象を最小限にとどめて,迅速 な支払の要請にも配慮したものと解される。
そうすると,自賠法16条の⚙第⚑項にいう⽝当該請求に係る自動車の運行 による事故及び当該損害賠償額の確認をするために必要な期間⽞とは,保険 会社において,被害者の損害賠償額の支払請求に係る事故及び当該損害賠償 額の確認に要する調査をするために必要とされる合理的な期間をいうと解す べきであり,その期間については,事故又は損害賠償額に関して保険会社が 取得した資料の内容及びその取得時期,損害賠償額についての争いの有無及 びその内容,被害者と保険会社との間の交渉経過等の個々の事案における具 体的事情を考慮して判断するのが相当である。このことは,被害者が直接請 求権を訴訟上行使した場合であっても異なるものではない。
したがって,第⚑審原告が直接請求権を訴訟上行使した本件において,第
⚑審被告が訴訟を遅滞させるなどの特段の事情がないからといって,直ちに 第⚑審被告の損害賠償額支払債務が原判決の確定時まで遅滞に陥らないとす ることはできない⽜。
⑶ 検 討
本判決の意義は,第一に,自賠法16条の⚙第⚑項の⽛当該請求に係る自動 車の運行による事故及び当該損害賠償額の確認をするために必要な期間⽜に ついて,⽛保険会社において,被害者の損害賠償額の支払請求に係る事故及 び当該損害賠償額の確認に要する調査をするために必要とされる合理的な期 間⽜であり,⽛その期間については,事故又は損害賠償額に関して保険会社 が取得した資料の内容及びその取得時期,損害賠償額についての争いの有無 及びその内容,被害者と保険会社との間の交渉経過等の個々の事案における 具体的事情を考慮して判断⽜するという解釈を示した点にある。第二に,被 害者が直接請求権を訴訟外で行使した場合であっても,訴訟上で行使した場
合であっても,保険会社の支払債務は,⽛保険会社において,被害者の損害 賠償額の支払請求に係る事故及び当該損害賠償額の確認に要する調査をする ために必要とされる合理的な期間⽜が経過するまでは遅滞に陥らないとした 点にある。
第一の意義について,自賠責保険の損害調査の過程を踏まえて検討する。
この点,被害者が自賠責保険会社に直接損害賠償額の支払を請求できるのは,
⽛保有者の第⚓条の損害賠償の責任が発生したとき⽜(自賠法16条⚑項)であ るため,直接請求を受けた自賠責保険会社(損保料率機構)においては,被 害者が生命または身体の侵害を被った当該事故が被保険自動車の⽛運行によ って⽜生じた事故であること,被害者が自賠法⚓条にいう⽛他人⽜(運行供 用者または運転者以外の者)に該当することを確認する必要がある。また,
自賠法⚓条は,運行供用者(加害者)が同条但し書きの⚓条件を立証した場 合は運行供用者は損害賠償責任を負わない旨定めるため,運行供用者が⚓条 件を立証しうる事故(被害者運転車両の中央線突破事故等)ではないことを 調査によって確認する必要がある。そして,被保険者たる加害者が自賠法⚓
条の損害賠償責任を負うことが確認されると,被害者が事故によって被った 損害の範囲(事故と相当因果関係がある治療の範囲や,後遺障害の程度等)
について調査し,自賠責保険支払基準によって損害額を算定し,損害賠償額 が決定される。これが⽛損害賠償額の支払請求に係る事故及び当該損害賠償 額の確認に要する調査⽜であり,この調査に要する期間は,資料の内容及び その取得時期(調査に必要な資料が揃うのに時間を要した場合には,それだ け調査期間を要することとなる),争いの有無及びその内容(事故状況につ いて当事者の説明が相違する場合等は,いずれかの主張を裏付ける客観的な 情報の有無について深耕調査が必要となる),被害者と保険会社との間の交 渉経過(加害者の加入する任意自動車保険の保険会社との示談交渉が難航し たため,被害者が自賠責保険への直接請求に切り替える場合もある)等の 個々の事案における具体的事情によって当然に幅がある。判示は,自賠責保 険会社が適正な支払を行う上で,調査のための期間が必要であることや,そ
の期間は個々の事案の内容や経緯によって異なることを十分に踏まえたもの といえよう。なお,自賠法16条の⚙第⚑項が⽛自動車の運行による事故及び 当該損害賠償額の確認をするために必要な期間⽜と定めるのに対し,判示は
⽛…事故及び当該損害賠償額の確認に要する調査をするために必要とされる 合理的な期間⽜とするが,調査のために必要であることに加え,合理的な期 間でもあることを求める(調査に必要な期間ではなく,必要かつ合理的な期 間の経過時を履行期とする)趣旨であるのか,必要な期間の判断にあたり,
被害者の迅速な支払の要請という観点から期間の合理性を考慮する趣旨であ るのか判然としない。自賠法16条の⚙第⚑項の法文は⽛必要な期間⽜である ことからすると,判示は⽛必要な期間⽜にさらに⽛合理的な期間⽜による絞 りをかけようとするものではなく,後者の趣旨と考える10)。
次に,第二の意義について検討する。この点,訴訟上で直接請求を行った 場合,保険金額の限度で高額の損害賠償額の支払を受けられる可能性はある ものの,訴外で直接請求を行った場合と比べ,判決確定等により訴訟が終結 し,損害賠償額が支払われるまでは長期に及ぶことが多いと思われる(本件 では,平成27年⚒月に訴訟が提起され,原審判決の言渡しは平成28年12月で あった)。自賠法16条の⚙の規定が,自賠責保険を適正に支払う上で調査の ための期間が必要であることに配慮する一方,被害者の迅速な支払の要請に も配慮し,調査に必要な期間を超えても損害賠償額の支払を受けられない被 10) 保険法21条⚑項は,約款で保険給付の履行期を定めた場合について,⽛保険 給付を行う期限を定めた場合であっても,当該期限が,保険事故,てん補損害 額,保険者が免責される事由その他の保険給付を行うために確認をすることが 損害保険契約上必要とされる事項の確認をするための相当の期間を経過する日 の後の日であるときは,当該期間を経過する日をもって保険給付を行う期限と する⽜と定める。萩本修⽝一問一答保険法⽞69頁(有斐閣,2009)によれば,
⽛期限の定めがある場合について,保険給付を行うために確認をすることが保 険契約上必要とされる事項の確認をするための合理的な期間を超える期限の設 定になっているときは,その合理的な期間の経過時を保険給付の履行期⽜とす るものであり,⽛請求完了日から○日以内⽜等の期限の定めがない場合には,
必要な期間と合理的な期間を別々に判断する意味は乏しいと考えられる。
害者の不利益を遅延損害金によりてん補しようという趣旨とすると,被害者 があえて訴訟という方法を選択したからといって,判決確定日まで履行期が 到来しないとするのでは,後者の趣旨を十分に達することができないと考え られ,判旨に賛成する。
今後,訴訟上で直接請求が行われた事案については,この最高裁判決に基 づき,個々の事案に応じ,⽛保険会社において,被害者の損害賠償額の支払 請求に係る事故及び当該損害賠償額の確認に要する調査のために必要とされ る合理的な期間を経過したのは,訴状送達から判決確定までのどの時点であ ったか⽜を裁判所が判断することになろう。また,⽛保険会社において,…
調査をするために必要とされる合理的な期間をいう⽜との判示や原審判決の うち履行期に関する部分が破棄差戻となったことからすれば,裁判官の判断 にかかる事情(判決言渡し,判決確定日等)は考慮されないものと考える11)。
11) 任意自動車保険では,約款で直接請求権が導入される以前の事故に関するも のであるが,被害者(損害賠償請求権者)が加害者(被保険者)に代位して保 険金の請求を求めた事案において,最判昭和54年⚕月31日判時930号66頁が,
⽛一般に,損害保険契約は,保険事故の発生により被保険者がこうむる損害の てん補を目的とし,その場合におけるてん補額は,被保険者が現実にこうむっ た具体的損害の額に限られるものであるところ,本件保険契約のような責任保 険契約においては,被保険者が事故により第三者に対して損害賠償責任を負う ことによってこうむる損害をてん補することを目的とし,従って被保険者が現 実に第三者に対し損害賠償責任を負担するに至ったときでも,その賠償額が具 体的に確定されない限り,契約上てん補すべき損害額も確定せず,保険者とし ては現実に支払うべき保険金の額を確認することができない関係にあるから,
それより前の段階において保険金支払債務の履行期が到来したとし,その後に おける履行遅滞の責任を保険者に負わしめることは妥当とはいえない。それ故,
保険契約上右と異別の約定が存するときは格別,そうでない限り,損害賠償額 が確定されるまでは,保険契約者の保険金支払債務の履行期は到来しないもの と解するのが相当である。⽜とした(下線部は筆者による)。直接請求権が約款 に導入された後の裁判例では,大阪地判平成元年11月24日判時1361号94頁が,
被害者と被保険者間で損害賠償額についての判決が確定した時とする。
任意自動車保険の直接請求に対する保険会社の支払債務の履行期は,現行約 款においては,判決が確定し,被害者が約款の基本条項に定める所定の書類を
最高裁判決は,本件において,どの時点で⽛調査のために必要とされる合 理的な期間⽜が経過し,損害賠償額支払債務が遅滞に陥ったといえるかとい う点については何ら触れておらず,具体的にどの時点が基準となりうるのか については,差戻審判決における判断や,今後の裁判例の蓄積を待つことと なる。
この点,本件のように,訴外での請求を経ることなく,訴訟上で直接請求 を行った場合で,かつ争点が損害の範囲や額のみである(加害者側が自賠法
⚓条の損害賠償責任を負うことに争いがない)場合は,原告が損害を立証す る資料を全て提出し,自賠責保険会社がその内容を確認した時点で,履行期 が到来したと評価する余地もあると考える。ただし,自賠法施行令⚓条に定 める提出書類は,損害調査に着手する上での基礎書類であり,事案の内容に 応じて,さらなる資料の取付や調査が必要となることからすれば,自賠法施 行令⚓条に定める提出書類が全て提出された時点ではなく,損害を立証する 上で必要な⽛全て⽜の資料が提出され,自賠責保険会社がその内容を確認し た時点で履行期が到来すると考えるべきであろう。
提出した日から原則として30日経過後である(注⚕参照)のに対し,自賠責保 険の直接請求に対する支払債務の履行期について,訴訟上の請求であっても判 決の確定等の事情が全く考慮されないのは,前者において⽛被保険者と損害賠 償請求権者との間で,判決が確定した場合または裁判上の和解もしくは調停が 成立した場合⽜が支払条件とされているのに対し,後者では,(支払基準の拘 束力に関する最高裁判決は示されているものの)法令上,損害賠償額について の判決の確定等が支払条件とされていないことの違いによるものと考えられる。
なお,前者において,被害者への支払は,自賠責保険と対人賠償保険の一括 払という形で任意自動車保険の保険会社が行う(その後,任意自動車保険の保 険会社が自賠責保険の保険会社から自賠責保険から支払われるべき額を自賠法 15条に基づき回収する)。当事者間訴訟を提起した上で任意自動車保険の直接 請求権を行使し損害の填補を受けるか,当事者間訴訟を提起せず,自賠責保険 の保険会社を被告とする訴訟を提起(自賠責保険に対する直接請求権を訴訟上 で行使)し損害の填補を受けるかは,被害者の選択の問題であり,前者と後者 で保険会社の支払債務の履行期が異なることで被害者に不利益が生じるもので はないと考える。
他方,自賠法⚓条の損害賠償責任の存否(運行起因性,他人性,自賠法⚓
条但し書きの⚓条件の立証の可否)が争点となった訴訟においては,最高裁 の判示において損害賠償額についての⽛争いの有無及びその内容⽜が考慮要 素とされていること,自賠法16条の⚙が,自賠責保険会社に,自賠責保険の 支払対象外と考えられる事故について早期に損害賠償額を支払わせ,無責と 判断された場合の回収のリスクまで負わせるものとは考え難いこと等からす ると,立証資料が全て提出された時点ではなく,攻撃防御が尽くされた口頭 弁論終結時を履行期と考える余地があるのではないか。
また,訴訟上の直接請求は,本件のように訴外での直接請求を経ることな く行われる場合と,訴外での直接請求を経て行われる場合があり,後者の場 合,遅滞に陥るのは,訴訟上で請求された額のみか,訴外で請求された額も 含めた総額かという点が問題となる12)。例えば,次のようなケースである。
12) 最判平成⚖年⚓月25日交民集27巻⚒号283頁は,訴外の直接請求で支払われ た損害賠償額について,遅延損害金の支払を命じた事案であった。事案の概要 は次のとおりである。
⑴平成元年⚓月14日発生の事故でAが死亡(Aが赤信号を無視して横断歩道直 近を横断したところB運転の自動車に衝突されたもの)し,Aの相続人Ⅹら はA加入の自賠責保険会社Yに訴外で被害者請求を行った。YはAの死亡及 び死亡に至るまでの傷害による損害について,重過失減額20%を適用し 13ó911ó180円を支払った。
⑵Ⅹらは,平成⚒年⚑月,Bを被告とする損害賠償請求訴訟を提起し,2ó707 万円の請求を認容する判決が確定した。Ⅹらはこの判決に基づき再度Yに被 害者請求を行い,Yは自賠責保険の限度額から既払額を控除した額(11ó877ó 995円)を支払った。
⑶Ⅹらは,追加支払額である11ó877ó995円について,Ⅹらが訴外でYに請求を 行った日の後である平成元年⚕月⚑日から,追加払額の支払通知がなされた 平成⚓年⚒月20日までの年五分の割合による遅延損害金の支払を求め,Yを 被告とする訴訟を提起した。
原審の東京高判平成⚕年10月27日判例集未搭載は,最高裁昭和61年10月⚙日 判決を引用し,⽛自賠法16条⚑項に基づく保険会社の被害者に対する損害賠償 額支払債務は,期限の定めのない債務として発生し,保険会社は,民法412条
⚓項の規定により,被害者から履行の請求を受けた時から遅滞の責めを負う⽜
①平成30年⚔月⚑日,被害者遺族が訴外で自賠責保険会社に対し直接請求 を行った。事故は交通規制のない交差点での車両同士の出合頭衝突であっ た。
②平成30年⚕月⚑日,自賠責保険会社から遺族に,自賠責保険支払基準に 基づき算定した損害賠償額(傷害による損害100万円,死亡による損害 2000万円,被害者の過失が⚗割を超えないため重過失減額の適用なし)
が支払われた。
③平成30年⚗月⚑日,遺族が原告となり,自賠責保険会社を被告として傷 害による損害20万円,死亡による損害1ó000万円と遅延損害金の支払を求 める訴訟を提起した。
④損害額と過失相殺の適用が争点となり,平成30年10月⚑日までに,原告 から,訴外での請求時提出されなかった損害立証資料と実況見分調書が提 出された。
⑤平成31年⚒月⚑日,口頭弁論が終結した。
⑥平成31年⚕月⚑日,判決が言い渡され,裁判所は保険会社に傷害による 損害20万円,死亡による損害1ó000万円(傷害による損害の保険金額120万 円100万円20万円,死亡による損害の保険金額3ó000万円2ó000万
円1ó000万円)の支払を命じた。
まず,訴外での請求に対する支払について,請求から支払までの期間(① から②まで)が,運行による事故及び損害賠償額の確認をするために必要な 期間を経過していないと認められる場合,訴外で支払われた2ó100万円につ いて,その後訴訟上で直接請求が行われたとしても,自賠法16条の⚙に基づ とした。Yは上告し,⽛民法412条⚓項の解釈として,債務者は請求を受けた債 務の内容が具体的に特定していなければ履行のしようがないから,そのような 状態で債務者に遅滞の責を問うことは不合理である⽜等と主張したが,最高裁 判所は⽛原審の判断は,正当として是認することができ,原判決に所論の違法 はない⽜として,上告を棄却した。自賠法16条の⚙のもとでは,訴外で直接請 求が行われた際の11ó877ó995円の支払が適時に行われていれば,保険会社は遅 延損害金の支払義務は負わないものと考えられる。
く遅延損害金は発生しないものと考えられる(必要な期間を経過していたと 認められる場合は,2ó100万円について,必要な期間を経過した日から②ま での期間について遅延損害金が算定される)。次に,判決で支払を命じられ た1ó020万円について,履行期が到来するのは,早くとも損害を立証する資 料が全て提出され,自賠責保険会社がその内容を確認した時点と考えられる。
私見としては,訴訟上で直接請求が行われた事実の,自賠責保険会社の損 害賠償額支払債務の履行期については,事案の個別具体的な事情(特に,当 該事案において損害の立証に必要となる資料の内容,争点の有無や内容,訴 訟前の支払有無や調査内容等)を踏まえ,⽛原告である被害者側が損害を立 証する資料を全て提出し,保険会社がその内容を確認した時点⽜や⽛口頭弁 論終結時⽜を基準として決定されるべきと考える13)。
⚓.自賠法16条⚑項の損害賠償債務の遅延損害金に関するその他の問 題
⑴ 遅延損害金の利率
直接請求に対する損害賠償額支払債務の遅延損害金について,最判昭和57 年⚑月19日民集36巻⚑号⚑頁は⽛自賠法16条⚑項に基づく被害者の保険会社 に対する直接請求権は,被害者が保険会社に対して有する損害賠償請求権で あって,保有者の保険金請求権の変形ないしそれに準じる権利ではないので あるから,保険会社の被害者に対する損害賠償債務は商法514条所定の⽝商 行為ニ因リテ生シタル債務⽞には当らない⽜として,商事法定利率ではなく 民事法定利率が適用される旨判示する。
しかし,この最高裁判決に対しては,直接請求権は保険金請求権ではなく
13) 浅井弘章⽛判批⽜銀行法務21・835号67頁(2018)は本判決について⽛民法
(債権関係)の改正では,遅延損害金の利率は⽝債務者が⽛遅滞の責任を負っ た最初の時点における法定利率によ⽞ると改められる。被害者による直接請求 後,法定利率が変動した場合,変動前後のいずれの法廷利率によるかが問題に なるため,損害実務上,重要である⽜とする。
損害賠償請求権であると捉えるのが多数説としても,⽛直接請求権が責任保 険の引受けにより認められるものであり,保険の引受けは商行為であること から,遅延利息の算定は商事法定利率によるとするのが妥当⽜とする見解14) が有力に主張されている。
自賠法16条の⚙第⚑項の履行期に関する法文は,保険者が約款で履行期に ついて定めなかった場合に適用される保険法21条⚒項(⽛保険給付を行う期 限を定めなかったときは,保険者は,保険給付の請求があった後,当該請求 に係る保険事故及びてん補損害額の確認をするために必要な期間を経過する までは,遅滞の責任を負わない。⽜と定める)と一部共通しており,保険法 21条⚒項に⽛準じた⽜規定とみることも可能である15)。
では,自賠法16条の⚙の新設が,商行為性を強調し,遅延損害金の利率に 14) 潮見佳男⽝不法行為法Ⅱ〔第⚒版〕⽞353頁(信山社,2012)。
15) 保険者が約款で履行期について定めた場合に適用される保険法21条⚑項が
⽛保険事故,てん補損害額,保険者が免責される事由その他の保険給付を行う ために確認をすることが損害保険契約上必要とされる事項の確認をするための 相当の期間を経過する日⽜を履行期とし,免責事由の存否やその他の必要事項 を確認対象に含めているのに対し,21条⚒項は⽛保険事故及びてん補損害額⽜
に確認対象を限定し,免責事由の存否等を含めていない。
自賠責保険においても,重複契約の場合(自賠法82条の⚓),保険契約者ま たは被保険者に確定的故意がある場合(自賠法14条),自賠社は免責され(た だし,自賠法14条が適用される場合でも,被害者は自賠社に対し請求すること ができ,被害者に支払った自賠社は,政府保障事業に対して損害のてん補を求 め,政府は,自賠社に保障金を支払ったときは,加害者に対して求償すること となる),特に後者については調査が必須である。
自賠法16条の⚙の法文によれば,免責事由の存否は確認事項に含まれない,
こととなる(北河ほか⽝逐条解説自動車損害賠償保障法[第⚒版]⽞(弘文堂,
2017)160頁〔八島宏平〕)。しかし,保険法21条⚒項が,確認対象を⽛保険事 故およびてん補損害額⽜のみとしたことについては,⽛約款に保険金の支払期 限の定めをすることができたにもかかわらず,保険金の支払期限の定めがない 以上,あくまで必要最低限の事項について確認する期間に限って遅滞の責任を 負わないこととするのが相当⽜と説明される(萩本・前掲注10)77頁)が,こ のような説明は,約款に支払期限を定めることがなじまない直接請求権には直 ちにあてはまらないように思われる。
関して,判例の見直しを迫るものといえるだろうか16)。
直接請求に対する損害賠償額支払債務の遅延損害金の法定利率は,直接請 求権の法的性質とも密接に関連する問題である。被害者請求権の法的性質に ついては,①法の特別の規定によって生じた請求権であるとする説17),②保 険金請求権ないしその変形であるとする説18),③損害賠償請求権であるとす る説がある。判例を統一的に説明する上では法定の特別の請求権と解さざる をえないとの指摘もある19)が,私見は,③の立場であり,自賠法16条⚑項は,
保険者が,被保険者に対する責任免脱給付の履行として,被保険者(加害 者)に代わり被害者に損害賠償額を支払うことを定めたものと考えたい20)。 被保険者(加害者)ではなく自賠責保険会社が損害賠償額の支払債務を負う ため,履行期は加害者の負う損害賠償債務とは異なる規律となり,また,自 賠責保険会社が負担する遅延損害金は,保険会社の調査に必要とされる合理 的な期間を超えても支払を受けることができなかった被害者の不利益をてん 補する性格のものではあるが,なお損害賠償債務それ自体の遅延損害金とい う性質ももつのではないか。したがって,自賠法16条の⚙の新設や,今般の 最高裁判決によっても,遅延損害金の利率を年⚕分とした最高裁昭和57年判 決は維持されるものと考える。
16) ただし,債権法改正により商事法定利率に関する商法514条の規定は削除さ れ,民法の法定利率に統一されるため,この問題は将来的に解消される。
17) 木宮高彦他編⽝注釈自動車損害賠償保障法⽞184頁(有斐閣,2003)。
18) 米津稜威雄⽛被害者請求権⽜小川昭二郎ほか編⽝交通損害賠償の基礎(新 版)⽞236頁(青林書院,1979),石川明⽛判批⽜判評272号188頁(1981)等。
19) 潘阿憲⽛自動車損害賠償責任保険における直接請求権と損害賠償請求権⽜判 タ1113号69頁(2003)。
20) 倉沢康一郎⽛自動車責任保険における被害者直接請求権の法的性質⽜法学研 究57巻⚖号12頁(1984)等。法的性質に関する議論を整理したものとして,前 掲注19)の他,鈴木達次⽛損害賠償請求権の差押・転付と保険会社に対する直 接請求権⽜愛媛法学会雑誌28巻⚓・⚔号144頁(2002),同⽛人身賠償・補償研 究⛝保有者に対する損害賠償請求権が第三者に転付された場合の自賠法16条
⚑項に基づく直接請求権の帰趨 最高裁判所平成12.3.9 判決を契機として⽜
判タ1102号52頁(2002)等。
⑵ 自賠法⚓条の遅延損害金と自賠法16条の⚙の遅延損害金
交通事故の加害者が負う自賠法⚓条の損害賠償債務は,不法行為による損 害賠償債務であるため,事故日から遅滞に陥る(最判昭和37年⚙月⚔日民集 16巻⚙号1834頁,最判平成⚗年⚗月14日交民集28巻⚔号963頁)。自賠法16条
⚑項の直接請求により,自賠法⚓条の損害賠償債務に係る遅延損害金を請求 することができるだろうか。自賠法16条⚑項の直接請求と遅延損害金をめぐ っては,自賠責保険会社の損害賠償額支払債務の遅延損害金(自賠法16条の
⚙に基づく)の問題の他に,自賠責保険の支払対象に加害者の損害賠償債務 に係る遅延損害金が含まれるか否かという問題があることについては,かね てより指摘されていた21)。
訴外の直接請求に対しては,自賠責保険支払基準に基づき算定された損害 額が支払われ,自賠責保険支払基準には支払費目として事故日からの遅延損 害金は含まれないから,この問題が顕在化するのは,訴訟上の直接請求が行 われた場合に限定され,例えば次のようなケースが考えられる。
① 平成30年⚓月⚑日にY運転の車両が道路横断中のXに衝突する事故が発 生し,Xが受傷した。
② 平成31年⚒月⚑日,XはYが加入する自賠責保険会社に対し,訴外で直 接請求を行い,平成31年⚒月28日に60万円が支払われた。
③ 平成31年⚔月⚑日,XはYの自賠責保険会社を被告として訴訟を提起し た。その際,被害者の総損害額は100万円であるとして,未てん補の40 万円に対する支払を請求するとともに,既払の60万円に対する事故日か ら請求日までの確定遅延損害金⚓万円と,40万円と確定遅延損害金⚓万 円に対する自賠法16条の⚙に基づく遅延損害金を請求した。
このケースでは,㋐自賠責保険の支払対象に加害者の損害賠償債務に係る
21) 松本利幸⽛自賠法16条⚑以降(被害者請求)により支払われた損害賠償額及 び同法72条⚑項(政府保障事業)により支払われたてん補金の遅延損害金への 充当について⽜判タ1149号14頁(2004),佐野誠⽛自賠法の改正と自賠責保険 の変容⽜損害保険研究64巻⚔号154頁(2003)等。
遅延損害金が含まれるか否かという点と,仮に含まれるとして,㋑確定遅延 損害金に対する自賠法16条の⚙に基づく遅延損害金の請求が認められるか,
という点が問題となる。
㋐について,現在のところ,自賠法⚓条の損害賠償債務にかかる遅延損害 金が,自賠法16条⚑項の損害賠償額支払債務に含まれ,自賠責保険会社は保 険金額の範囲で支払義務を負う22)のか否かが正面から争われた裁判例は公刊 されている範囲では見当たらない。
㋑について,自賠責保険支払基準には支払費目として事故日からの遅延損 害金は含まれず,訴外の直接請求に対しては支払われないことからすると,
仮に訴訟上で事故日からの確定遅延損害金が請求された場合に自賠責保険会 社がその支払義務を負うとしても,①から②の間で確定遅延損害金に対する 遅延損害金は発生しないものと考えられる。また,この問題に関しては,自 賠法16条⚑項の損害賠償額支払債務の遅延損害金と損害賠償債務の遅延損害 金とが二重に生ずると解する余地があるケースにおいても,⽛直接請求権は 法律上の併存的債務引受に基づくものであり,したがって,引受人(保険会 社)の債務は債務者(被保険者)の債務と同一内容の債務であるから,同項 の直接請求権の内容は不法行為の損害賠償請求権である。そうだとすると,
この場合には損害賠償債務の遅延損害金のみが生ずると解される⽜とする見 解23)が主張されており,私見もこの見解に賛成である。したがって,確定遅 延損害金⚓万円に対する自賠法16条の⚙に基づく遅延損害金の請求は認めら れないと考える。自賠法16条の⚙の創設や最高裁判決により,直接請求に対 する自賠責保険会社の損害賠償額支払債務の遅延損害金が,調査に必要とさ れる合理的な期間経過後に支払が行われた場合の被害者の不利益をてん補す
22) 千葉地判昭和63年⚑月26日判時1289号123頁は,自賠責保険会社の支払債務 の遅滞による遅延損害金は,自賠法16条⚑項にいう⽛保険金額の限度⽜には含 まれない旨判示する。
23) 加瀬幸喜⽛自動車賠償保険と遅延損害金の担保⽜法律のひろば61巻⚔号56頁
(2008)。
る性格の金員であることが明らかにされたことは否定できない。しかし,直 接請求権の本質が損害賠償請求権であるという点は変わらず,したがって,
自賠法⚓条の損害賠償債務に対する事故日からの遅延損害金と,自賠法16条
⚑項の損害賠償額支払債務に対する遅延損害金を二重に取得することは認め られないと考える24)。
交通事故の被害者が,訴訟により賠償金を得ようとする場合,被告とする のは通常加害者であり,自賠責保険会社を被告とする訴訟自体それほど多く ない。また,自賠法⚓条の損害賠償債務に係る遅延損害金を加算せずとも損 害額のみで保険金額を超過する場合もある。したがって,ここでとりあげた 問題が今後実際の事案で顕在化する可能性は低いとも思われるが,自賠法16 条⚑項の直接請求と,その遅延損害金に関する未解明の論点として指摘して おきたい。
(筆者は損害保険料率算出機構勤務)
24) 任意自動車保険の対人賠償条項では,被保険者が保険会社の書面による同意 を得て行った訴訟等の判決による遅延損害金は,保険金額と別枠で支払を行う 旨定める(前掲注5)⽝自動車保険の解説 2017⽞75-76頁)。他方,直接請求にお いて,保険会社が被害者(損害賠償請求権者)に支払う損害賠償額には,不法 行為に基づく損害賠償債務の遅延損害金は含めていない(事故日からの遅延損 害金の請求を否定した判決として,東京地判平成28年⚙月12日判時2351号24 頁)。