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ドイツ保険契約法上のプロ・ラタ主義と 告知義務違反

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■アブストラクト

2008年に施行されたドイツ保険契約法では,それまで,保険契約者の契約 上または法律上の責務違反等の場合に適用されていた全部免責の原則が廃止 され,いわゆるプロ・ラタ主義が導入された。このうち,故意によらない告 知義務違反の場合については引受基準減額原則が採用され,重過失,単純過 失および無過失による告知義務違反で,かつ正しく告知されていたとすれば 別の条件で保険契約が締結されたであろうときは,契約解除または解約は認 められず,契約条件の遡及的変更のみができるものとされた。本稿は,プ ロ・ラタ主義としての契約調整制度について検討したものである。

具体的に,契約調整の要件としては,故意によらない告知義務違反のほか,

保険者が告知されなかった事実を知ったとしても,別の条件で当該契約を締 結していたであろうこと,保険者が保険契約者に対し文書方式の個別の通知 により,告知義務違反の効果を指摘したことなどが必要である。また,契約 調整の効果として,保険者の解除権および解約権が排除されて,契約内容の 調整が行われ,危険担保の除外や制限,割増保険料の支払い等が認められる。

さらに,主張立証責任に関しては,保険契約者は,原則として,保険者が告 知されなかった事実を知ったとしても別の条件で契約を締結していたことに ついての主張立証責任を負うものの,その立証が困難であることから,保険 契約者が契約調整の可能性について概括的に主張した場合には,その陳述責

ドイツ保険契約法上のプロ・ラタ主義と 告知義務違反

潘 阿 憲

※平成28年10月30日の日本保険学会大会(立命館大学)報告による。

/ 平成29年⚒月⚒日原稿受領。

(2)

任は果たしたことになり,これに対し,保険者は,当該主張を争う責任を負 い,その引受基準を開示しなければならないと解される。

■キーワード

告知義務違反,プロ・ラタ主義,契約調整

⚑.ドイツ保険契約法におけるプロ・ラタ主義

2008年に施行されたドイツ保険契約法では,それまで,保険契約者が契約 上または法律上の責務(Obliegenheiten)違反や危険増加の禁止違反,告知 義務違反等の場合に適用されていた Alles-oder-nichts の原則(全部免責原則)

が廃止され,いわゆるプロ・ラタ主義が採用された。

具体的には,まず,告知義務違反については,故意・重過失による場合に は保険契約の解除が認められる一方,故意による告知義務違反以外の場合

(重過失,単純過失および無過失による告知義務違反の場合)で,かつ,正しく

告知されていたとすれば別の条件で保険契約が締結されたであろうときは,

契約の解除または解約はできず,契約条件の遡及的変更ができるものとされ (ドイツ保険契約法19条⚒項~⚔項。以下,条文のみを引用することとする) 次に,危険増加および契約上の各種の責務違反については,故意による場合 には,保険者の全部免責が認められるのに対し,重過失の場合には,その過 失の割合に応じて保険給付を削減するものとされた(26条⚑項⚒項,28条⚒

項)。さらに,損害保険において,故意による事故招致の場合は保険者免責 とされる一方,重過失による事故招致の場合は,過失の程度に応じた割合で 保険給付を削減するものとされた(81条)

保険契約者の義務違反等の効果として保険者の全部免責を認める全部免責 原則に対し,保険金請求権の部分的な減額を行うという減額原則は,広く,

プロ・ラタ主義と呼ばれるものであるが,これには,①本来支払うべき保険 料に対する割合に応じて保険給付額を削除するという比例減額原則(フラン ス保険法典L113-⚘条・L113-⚙条),②告知が正しくなされていたならば成

(3)

立していたであろう保険契約の内容に従い保険給付を行うという引受基準減 額原則(スウェーデン保険契約法⚖条,オーストラリア保険契約法28条),③過 失の程度等の個別事情に応じて減額を行う割合的減額原則(スウェーデン消 費者保険法30条)という⚓類型がある1)

ドイツ保険契約法は,故意による告知義務違反の場合以外については,引 受基準減額原則を採用したのに対し,重過失による危険増加禁止違反や各種 の責務違反,重過失による事故招致の場合については,割合的減額原則を採 用したわけである。

⚒.プロ・ラタ主義導入の趣旨とその経緯

2008年改正前のドイツ保険契約法(以下,旧法という)の下で適用されて いた全部免責原則に関しては,それは当時の立法者が保険契約者と保険者間 の利益調整を適切に行うために採用した立法政策であるとして,その存在意 義を積極的に評価する見解が多かった。例えば,重過失による事故招致が保 険者免責と規定されていたが(旧法61条),それは,保険契約者に対し損害 発生の防止について注意を促すことができるという予防的効果が期待でき,

また,同一の危険共同体に属する他の保険契約者にとっては,重過失によっ て生じた損害を担保範囲から除外することにより全体の保険料を安く抑える ことができるという経済的なメリットがあるとされていた2)

しかし,義務違反等につき重過失があるか無いかによって,保険契約者が 保険給付を全部受けるか,保険者が全く給付義務を免れるかという二者択一 的な解決方法に対しては,次第に強い批判が加えられるようになった。

この批判の中心は,保険契約者の帰責性についての判断基準の不明確さと,

義務違反に対する制裁としてのバランスの悪さである。すなわち,義務違反 1) 山下友信⽛告知義務・通知義務に関する立法論的課題の検討⽜⽝江頭憲治郎

先生還暦記念・企業法の理論下巻⽞(2007,商事法務)399頁以下。

2) Bruck-Möller-Sieg, Kommentar zum Versicherungsvertragsgesetz, 8. Aufl.,

Ⅱ Bd., §61 Rn. 3, 42, 46 ; Prölss-Martin, Versicherungsvertragsgesetz‒

Kommentar, 26. Aufl., 1998, §61 Rn. 18.

(4)

についての帰責性の有無・程度によって,全く異なる法律効果が付与される 以上,帰責性は,本来,より厳格に確定されるべきものであるが,過失は,

日付や金額のように計算で確定できるものではなく,事実に対する評価に基 づいてのみ確定可能であるところ,評価は決してそれをなす者の主観的判断 から自由ではありえない。また,そもそも,重過失と単純過失との間の境界 は画一的に区分けされているものではなく,流動的である。そうすると,過 失の程度にわずかな違いがあるに過ぎない場合にも,正反対の法律効果を発 生させるのは,法政策としては妥当性を欠くし,また,重過失があっただけ で,保険保護が完全に排除されてしまうのも,制裁として厳しすぎる3)。実 際に,重過失免責に関する裁判例の中には,個別の事例について,保険金請 求権の全部喪失という不当な結果を回避するために,それ自体極めて重大な 危険性を伴った行為についても,過失の度合いを低く評価するという操作を 行うものがあるが,それは非常に危険な傾向であり,なぜならば,それは法 適用に対する信頼性を損ない,結果的に他の民事法分野におけるのとは異な る重過失の概念が作出されるからである。したがって,問題解決の方法とし ては,硬直的な全部免責原則を廃止して,プロ・ラタ主義を採用することで あり,それによって個々の事例についてより妥当な結論を導き出すことが可 能となる,という4)

以上のような廃止論が唱えられるようになった背景には,100年以上も前 の立法者の考え方は,もはや今日の著しく変化した社会関係や思想,特に消 費者保護という流れに合致しなくなったという事情があったと考えられる。

3) Pinckernelle, Die Herbeiführung des Versicherungsfalls, 1966, S. 95f. ; Römer,

Reformbedarf des Versicherungsvertragsrechts aus höchstrichterlicher Sicht, VersR 2000, 661ff. ; ders., Alles-oder-Nichts-Prinzip?, NVersZ 2000, 259, S. 261f ; Abschlussbericht der Kommission zur Reform des Versicherungsvertragsrechts vom 19. April 2004, Vorschlage fur ein neues Versicherungsvertragsrecht 1. 2. 2. 10, S. 37 ; 新井修司=金岡京子訳・ドイツ保 険契約法改正専門家委員会最終報告書(日本損害保険協会=生命保険協会,

2004)29頁。

4) Römer, a. a. O. (Fn.3), S. 663.

(5)

その後,ドイツでは,全部免責原則の廃止論が優勢となり,最終的にプロ・

ラタ主義を導入する立法につながった。ただ,危険増加や重過失による事故 招致等の場合におけるプロ・ラタ主義の導入は,立法当初からかなりスムー ズに進んでいたものの,重過失による告知義務違反については,若干の紆余 曲折があった。すなわち,ドイツ保険契約法改正専門委員会が2004年に作成 した最終報告書では,⽛保険者が,告知されなかった事実を知ったとしても,

他の条件でその契約を締結できるならばその契約を締結したであろう場合に は,解除権は正当化され得ないが,保険契約者が故意に告知義務違反をした ときは,これに該当しない⽜として,重過失の告知義務違反の場合につきプ ロ・ラタ主義(引受基準減額原則)の導入を提案していた(同委員会草案21 条)5)

ところが,2006年⚓月に公表された連邦司法省参事官草案では,⽛保険者 が,告知されなかった事実を知ったとしても,他の条件で契約を締結したで あろうときは,保険者の解除権および解約権は排除される。ただし,保険契 約者が故意または重大な過失により告知義務に違反した場合は除く⽜との規 定が設けられ,重過失の告知義務違反については,専門委員会の提案は採用 されず,故意の場合と同様,保険者免責とされていた6)。しかし,同年11月 に公表された政府草案では,この参事官草案が見直され,再び,専門委員会 の提案が採用されるに至った7)

このような変更がなされた理由については,参事官草案の理由書では,

⽛保険者にとって重要な事実を告知すべき義務に著しく(gröblich)違反した 保険契約者との契約の維持を保険者に期待することができない⽜とだけ述べ ており8),政府草案の理由書でも,⽛保険者にとって重要な事実を告知すべ

5) 新井=金岡・前掲注3)179頁。

6) Referentenentwurf des Bundesministeriums der Justiz, Entwurf eines Gesetzes zur Reform des Versicherungsvertragsrechts, 13. 3. 2006, §21 Abs. 4.

7) Gesetzentwurf der Bundesregirung, Entwurf eines Gesetzes zur Reform des Versicherungs- vertragsrechts, 11. 10. 2006, §19 Abs. 4.

8) Referentenentwurf, a. a. O. (Fn. 6), S. 50.

(6)

き義務に意図的に(bewusst)違反した保険契約者との契約の維持を保険者 に期待することができない⽜と述べているに過ぎず9),それ以上の具体的な 理由は説明されていない。

ただ,実際には,このように立法提案が変遷した背景には,プロ・ラタ主 義が実行されれば,重過失で不実の告知をした保険契約者も保険保護を受け られることになるため,保険者はそれに要するコストをカバーするために,

他の誠実に告知をした保険契約者の保険料を引き上げる必要があり,保険契 約者全体の不利益になることから,全部免責原則を維持して保険契約者全体 の利益を優先すべきか,それともプロ・ラタ主義を採用して保険契約者個々 人の利益を優先すべきかという選択に関して,意見が分かれていたという事 情があったようである10)

しかし,このように二転三転があったにせよ,最終的には,当初の専門委 員会の提案通りの立法が実現された。プロ・ラタ主義の導入によって,今後,

個々の事例についてより妥当な結論を導き出すことが可能となったが,ただ,

導入当初から,基準が不明確なことから過失の割合が果たして算定できるか といった疑問や,重過失による告知義務違反の場合について採用された引受 基準減額原則(契約調整)に関しては,保険者が,告知されなかった事実に 関してどのような条件で保険契約を締結していたであろうかということを確 定する必要があるが,そもそもそのような確定は果たして可能であるかとい った疑問が提起されていた。

以下では,ドイツ法上の告知義務制度を概観したうえで,告知義務違反の 場合について採用されている引受基準減額原則(契約調整)の具体的な内容 と個別の事例への適用の状況について検討してみる。

9) Gesetzentwurf der Bundesregirung, a. a. O. (Fn. 7), S. 164.

10) 生命保険協会・生命保険契約に係るいわゆるプロ・ラタ主義に関する海外調 査報告書(フランス・イギリス・ドイツ)(2007)独⚖頁参照。

(7)

⚓.告知義務に関する規律の内容

保険契約者の告知義務に関するドイツ保険契約法19条は,⚑項で,旧法上 の自発的告知のルールを改め,質問応答方式の告知義務を定め,⚒項で,保 険契約者の告知義務違反に対し,保険者は解除権を行使することができると 規定したうえで,⚓項で,⽛保険契約者が,故意または重大な過失によらず,

告知義務違反をしたときは,保険者の解除権は排除される。この場合に保険 者は,⚑カ月の解除予告期間を遵守し,その契約を解約する権利を有する⽜

と規定している11)

これらの規定によれば,保険契約者の告知義務違反の効果として,原則と して保険者には契約の解除権(Rücktrittsrecht)が認められるが,故意・重 過失がない場合,具体的には単純過失(einfacher Fahrlässigkeit)および責め に帰すべき事由がない場合(schuldlos)には,この解除権は排除され12),解 約権(Kündigungsrecht)のみが認められる。同条⚓項の規定を反対解釈すれ ば,告知義務違反につき故意または重過失があったときは,保険者の解除権 は排除されないので,保険事故の発生後に解除権を行使した場合でも,保険 者は給付義務を免れる(21条⚒項)。つまり,重過失の告知義務違反の場合 でも,原則として,保険者は,解除権の行使により免責を得ることができる わけである。

しかし,この保険者の解除権または解約権には,重大な制約が課されてい 11) 以下,本稿で引用するドイツ保険契約法の条文は,すべて,新井修司=金岡 京子共訳・ドイツ保険契約法(2008年⚑月⚑日施行)(日本損害保険協会=生 命保険協会,2008)によるものである。

12) Bruck-Möller-Rolfs, Kommentar zum Versicherungsvertragsgesetz, 9. Aufl., 2008,Ⅰ Bd., §19 Rn. 9. 旧法では,解除権の排除は,保険者が告知されなかっ た事実を知っていた場合,または保険契約者の責めに帰すべき事由によらない で告知がなされなかった場合に限られていたため(旧法16条⚓項),単純過失 の場合にも解除権の行使ができたが,新法では,明文をもって単純過失の場合 には解除権の行使ができないものとされた。Bruck-Möller-Rolfs, a. a. O. §19 Rn. 97.

(8)

る。すなわち,19条⚔項は,⽛保険者が,告知されなかった事実を知ったと しても,別の条件でその契約を締結していたであろうときは,重大な過失に よる告知義務違反を理由とする保険者の解除権,および第⚓項第⚒文の保険 者の解約権は排除される。この別の条件は,保険者の請求により,遡及的効 力のある契約の要素になるが,保険契約者の責めに帰すべき事由によらない 義務違反の場合には,進行中の保険料期間の将来に向かって効力を有する契 約の要素となる⽜と定めている。

これによれば,保険者が不告知の事実を知ったとすれば別の条件で保険契 約を締結したであろう場合には,重過失の告知義務違反であっても,解除権 は発生せず,また,単純過失の場合および保険契約者の責めに帰すべき事由 がない場合であっても,解約権は発生しない。その代り,保険契約は,告知 されていなかった実際のリスクに対応した形で調整され(anpassen),その 条件は,保険者の請求により,重過失および単純過失の場合には遡及的に保 険契約の内容とされ,責めに帰すべき事由がない場合には現在の保険料期間 の将来に向かって保険契約の内容とされる。

この契約内容の調整という制度は,実際は,旧法においても存在していた。

すなわち,旧41条は,告知義務に関する旧16条⚓項が,不告知につき保険契 約者の責めに帰すべき事由によらない場合を解除権排除事由として定めてい たことを受けて,⽛保険契約者が契約の締結にあたりその負担する告知義務 に違反したにもかかわらず,過失のないことを理由として保険者の将来に向 かっての解除権が排除される場合に,より高度である危険を考慮すればより 高額の保険料が相当であるときは,保険者は進行中の保険料期間の初めから より高額の保険料を請求することができる⽜と定めていた13)。これは,無過 失による告知義務違反について保険者の解除権が排除された場合に関して,

より高い危険に対応した割増保険料の請求権を保険者に認めたものであり,

無過失による告知義務違反の場合について契約の消滅よりも契約内容の調整 13) 訳文は,(社)日本損害保険協会=(社)生命保険協会・ドイツ,フランス,イ

タリア,スイス保険契約法集(2006)による。

(9)

による契約の存続を優先させる立場を採用していたものである。法19条⚔項 は,告知義務違反の場合について保険契約の終了よりも契約内容の調整によ り契約の存続を優先させるという原則をより鮮明に打ち出しており,その適 用範囲を重過失および軽過失による告知義務違反の場合へと拡大したわけで ある14)

告知義務および契約調整を定める法19条は,片面的強行規定であり,保険 契約者に義務づけられている通知につき書面方式または文書方式によること を合意することができるほかは,保険契約者の不利益において変更すること はできないものとされている(32条)。この契約調整制度については,現在 各種の保険約款において規定されている15)

⚔.契約調整制度の内容

⑴ 契約調整の要件

前述のとおり,ドイツ保険契約法では,告知義務違反があった場合でも,

契約調整(Verstragsanpassung)が可能であるときは,保険者による契約の 解除(重過失の場合)または解約(責めに帰すべき事由がない場合または単純過

失の場合)はできず,契約条件の遡及的または将来的な変更による保険契約

の存続が認められる。

契約調整の要件として,第⚑に,保険契約者が故意に告知義務に違反した ものではないことが必要である。

故意による告知義務違反の場合に,契約調整が認められないのは,告知義 務に意図的に違反した保険契約者との契約の維持を保険者に対し期待するこ とができないからである16)。故意でなければ足り,帰責性の程度は問わない。

帰責性の程度は,もっぱら,新しい契約条件が遡及的に契約の内容となるか

14) Bruck-Möller-Rolfs, a. a. O (Fn. 12), §19 Rn. 144.

15) 例えば,傷害保険普通保険約款(AUB2008)第13. 3. 2条,責任保険普通保 険約款(AHB2008)第23. 3条など。

16) Bruck-Möller-Rolfs, a. a. O (Fn. 12), §19 Rn. 108.

(10)

(重過失の場合),それとも現在の保険料期間の将来に向かって契約の内容と なるか(責めに帰すべき事由がない場合または単純過失の場合)を決める際に問 題となるだけである17)

もっとも,疾病保険においては,保険契約者が,責めに帰すべき事由によ らずに告知義務に違反したときは,19条⚓項第⚒文および⚔項は適用除外と なり(194条⚑項第⚓文),保険者の解約権は発生せず,したがって,契約調 整も認められない。疾病保険においては,保険者は過失(軽過失または重過 失)による告知義務違反の場合においてのみ契約調整を求めることができ 18)

第⚒の要件として,⽛保険者が告知されなかった事実を知ったとしても,

別の条件で当該契約を締結していたであろうとき⽜,すなわち,告知されな かったより高い危険に対応した条件で保険契約の内容を調整することができ ることである。

このように,より高い危険に応じた契約内容の調整が可能であることが,

保険者の解除権および解約権が排除される要件となるが,契約調整が可能か 否かは,保険者の普通保険約款およびその引受実務(Annahmepraxis)に基 づいて判断される19)

まず,普通保険約款上,告知されなかった危険事実がそもそも付保できな いようなリスクである場合には,保険者が当該危険事実を知ったとしても,

契約締結を拒否したはずであるから,契約調整は認められない20)。例えば,

1994年の普通傷害保険約款(AUB94)では,常に介護が必要とされる者や精 神病患者は普通傷害保険に加入できない者として規定されていたので,これ らの者についての告知義務違反があった場合には,契約調整はできないこと となる。また,火災事業中断保険は,保険契約者の企業(Betrieb)が火災に

17) Bruck-Möller-Rolfs, a. a. O (Fn. 12), §19 Rn. 109.

18) Bruck-Möller-Rolfs, a. a. O (Fn. 12), §19 Rn. 163.

19) Bruck-Möller-Rolfs, a. a. O ( Fn. 12 ), §19 Rn. 110, 145 ; Prölss-Martin, Versicherungsvertragsgesetz, 28. Aufl., 2010, §19 Rn. 54.

20) Bruck-Möller-Rolfs, a. a. O. (Fn. 12), §19 Rn. 110, 111, 145.

(11)

よる物的損害の発生により中断され,または減産となった場合に,保険者が それによって生じた中断損害についててん補を行う保険であるが,同約款

(FBUB2008)上,企業全体が付保の対象とされ,独立性を有しない企業体の 一部分または一部門だけでは付保できないとされているので,告知義務違反 があった場合に契約調整が認められないことがある21)

次に,保険者がその業務取扱基準(Geschäftspraxis)に基づいて,リスク が引受能力を超えるといった理由で保険契約の締結を拒否することは,より 大きな現実的な意味を持つことになる。例えば,保険者が,引受基準として,

保険詐欺や放火といった前科のある者や,過去にかなり頻繁に保険事故を起 こしていた者との保険契約を拒否していること,また,生命保険や就業不能 保険,疾病保険において,重大な疾病の前兆を有する者,または職業もしく はその他の理由から事故発生の確率が危険保険料の割増をもってしても対処 できない程度に異常に高い者との契約締結を拒否している場合には,過去の 経歴や保険金取得歴等についての告知義務違反があったときに,契約調整が 認められないことになる。さらに,損害保険においては,河川の氾濫場所に 位置する建物や容易に燃えやすい材質で建てられた建物,火災発生の危険性 のある工場の近くに位置する建物などのように,損害発生のリスクが特別に 高い目的物を対象とする保険契約の締結を拒否するような場合も,同様であ 22)

第⚓の要件として,保険者が保険契約者に対し,文書方式の個別の通知に よって,告知義務違反の効果を指摘したことが必要であり(19条⚕項第⚑文) そうでなければ,保険契約の解除権や解約権はもちろんのこと,契約調整も 認められないと解される23)。これは,保険契約者の利益を保護するための要

21) Bruck-Möller-Rolfs, a. a. O. (Fn. 12), §19 Rn. 111.

22) Bruck-Möller-Rolfs, a. a. O. (Fn. 12), §19 Rn. 112.

23) Wagner/Rattay, Die Belehrung nach §19 Abs. 5 VVG‒der grenzenlose Verbraucherschutz, VersR 2011, 178, S. 182. 近時のある地裁判決は,保険者が 疾病費用保険の保険契約者に対する教示の中で,疾病保険においては責めに帰 すべき事由によらない告知義務違反の場合には契約調整の権利は存在しない

(12)

件であり,保険契約者に対し正確でかつ完全な告知の履行を促すために,保 険者は保険契約者による告知義務の履行が可能な契約締結前の段階で,適時 にこの教示義務を履行することが必要だと解される24)。また,内容的には,

包括的で,誤解のおそれのなく,かつ保険契約者の理解からして一義的な教 示でなければならないと解される25)

もっとも,この文書方式の個別の通知は,必ずしも単独の書面による必要 はなく,保険契約者に交付される書面(保険契約者に対するアンケート用紙や

申込み用紙など)の中でこの教示を行っても構わないが,そのような場合に

は,太字印刷などによって他の文書よりも明確に表記して,保険契約者がこ れを見落とすことのないようにしておくことが必要だと解される26)。また,

保険者がこの教示の中で,保険契約者の過失の程度に応じて契約の解除,解 約または契約調整といった効果が発生することを指摘しなければならないが,

契約調整の効果に関する説明として,契約調整により一定の危険除外が遡及 的に契約内容となる場合において,当該一定の危険が既に現実化して保険事 故が発生したときであっても保険者が免責となる旨を明確に指摘しなかった としても,平均的な保険契約者にとっては,遡及的な契約調整の可能性およ び告知されなかった危険についての担保除外の可能性についての保険者の指 摘から,このような結論になることは明確であるから,当該教示の効力は損 なわれないものと解される27)

第⚔の要件として,保険者が告知義務違反の事実を知らなかったことであ る。保険者が告知されなかった危険事実を知っていたとき,またはその告知 が事実でないことを知っていたときは,解除権や解約権のみならず,契約調 ということについて説明していなかったときは,保険者の行った遡及的な契約 調整は無効であると判示した。LG Nürnberg-Fürth 12. 11. 2015, RuS 2016, 173.

24) Wagner/Rattay, a. a. O. (Fn. 23), S. 180.

25) Bruck-Möller-Rolfs, a. a. O. (Fn. 12), §19 Rn. 114 ; Rn.116 ; Prölss-Martin, a. a.

O. (Fn. 19), §19 Rn. 75 ; LG Dortmund 17. 12. 2009, VersR 2010, 465, S. 467.

26) BGH 27. 04. 2016 VersR 2016, 780, S. 781.

27) KG Berlin 23. 5. 2014, VersR 2014, 1357 ; BGH, a. a. O. (Fn. 26), S. 781.

(13)

整も認められない(19条⚕項第⚒文)。このような場合について保険者を保護 する必要はないと考えられるからである。

⑵ 契約調整の方式

契約の調整は,保険者からの請求(Verlangen)によって行われることに なり(19条⚔項第⚒文),保険契約者は契約調整を求める権利を有しない28)

保険者の請求は,一方的な意思表示であり29),書面による通知(Mitteilung) の方式で行われる必要がある(21条⚑項第⚑文,19条⚖項第⚑文)。当該通知 は,保険者が告知義務違反を知ったときから⚑カ月以内に,保険契約者に対 し行わなければならず(21条⚑項第⚑文),その際,その根拠とする事実を告 げなければならない(同第⚓文)

また,同通知の中で,保険者は保険契約者に対し,契約内容の変更により 保険料が10%以上増額されるとき,または保険者が告知されなかった事実に 関する危険の担保を排除するときには,保険契約者が保険者の通知の到達の 時から⚑カ月以内に即時に当該契約を解約することができることを指摘する ことが要求される(19条⚖項第⚒文)。これは,前記のような内容による契約 調整が保険契約者にとって受け入れが困難となる場合があることを考慮して,

解約権の行使により当該契約からの離脱を可能にするためである。

⑶ 契約調整の効果

① 保険者の確定権

契約調整の要件が満たされる場合には,その効果として,解除権(重過失 による告知義務違反の場合)および解約権(責めに帰すべき事由がない場合また

は単純過失の場合)が排除されて,契約内容の調整が行われることになる。

28) Bruck-Möller-Rolfs, a. a. O. (Fn. 12), §19 Rn. 151.

29) Bruck-Möller-Rolfs, a. a. O. (Fn. 12), §19 Rn. 146. 保険契約法19条⚖項⚑文 は,一定の場合に,保険契約者は,⽛保険者の通知の到達のときから⚑カ月以 内に,即時にその契約を解約することができる⽜と規定している。

(14)

契約内容の調整は,保険契約者の告知していなかったリスクに対応した条 件で行われるが,この条件は,保険者の請求によって,重過失および単純過 失の場合には遡及的に保険契約の内容とされ,責めに帰すべき事由がない場 合には現在の保険料期間の将来に向かって保険契約の内容とされる(19条⚔

項第⚒文)

契約内容の調整が行われる際には,保険者は,当該保険契約の締結の時点 において使用していた普通保険約款およびその時点での業務取扱基準(引受 基準)に基づいて,もし保険契約者が正確に告知義務を履行していたならば,

保険契約を締結していた否か,またいかなる内容の保険契約を締結していた かを確定しなければならない。そして,このような確定作業の結果,もし,

危険の引受けを拒否していたであろうという場合には,保険者は当該保険契 約を解除または解約することができることになるし,もし告知されなかった 危険事実が結果として契約の内容に影響を及ぼさなかったと認められるとき は,当該保険契約は何らの変更なしに継続することができることになる。い ずれにしても,このような契約調整は,通常,危険の排除や保険料の増額な どの方法によって行われることになるので,保険者はドイツ民法典315条が 規定している一方的な確定権(einseitiges Bestimmungensrecht)を有すると 解される。

ドイツ民法典 315条⚑項によれば,契約当事者の一方が給付を確定すべき 場合において,疑わしいときは,公平な裁量によって確定を行わなければな らず,また,同⚓項によれば,契約者当事者の一方が公平な裁量によって確 定を行うべき場合,確定が公平であるときに限り,相手方を拘束し,確定が 公平でないときは,判決によって確定を行うものとされる。

本来,契約が有効であるためには,給付が確定し,または確定可能である ことが必要であるが,契約当事者の一方が給付を確定すべき旨の合意がある 場合においては,契約者当事者の一方による給付の確定が可能であるものの,

確定される給付の内容が場合によっては妥当性を欠くことがあることから,

同条は,一定の範囲で給付確定権者の権限に対し制限を加えるものであ

(15)

30)。同条によれば,給付自体の確定や給付の態様(履行期,履行場所,利率 など)の確定は,特約がないときは,公平な裁量(billiges Ermessen)に基づ いて行われることが必要である31)。公平な裁量とは,客観的公平を意味し,

その適否は取引慣習および諸般の事情(両当事者の関係,取引目的,給付の対

価的関係など)を考慮して判断され,確定が公平であるときにのみ,確定は

契約上の拘束力を有する。したがって,確定が公平でない場合には,契約が 直ちに無効となるわけではないが,当該給付義務は拘束力を有しないので,

この場合には,当事者の一方の訴求に基づいて,裁判所が判決によって確定 を行うことになる32)

このように,債権法上の一般原則として,契約当事者の一方による給付の 確定は,公平な裁量に基づいて行われることが必要であるので,保険者が契 約調整として行う確定も,ドイツ民法典315条⚓項第⚑文に従い,公平であ る限り,保険契約者に対し拘束力を有することになる。保険者の確定が不公 平である場合,または保険者が新しい契約条件の通知を遅延した場合には,

保険契約者は同⚓項第⚒文に基づいて,判決によって確定を求めることがで きると解される33)

30) 椿寿夫=右近竹男編・ドイツ債権法総論(日本評論社,1988)200頁〔今西 康人〕参照。

31) 給付確定に関する特約がある場合には,契約者当事者の一方の随意による確 定または自由裁量による確定ができるものの,良俗違反として無効となること がありうるし,また特約に基づく確定が明らかに不公平であるときは,確定に 効力は生じないとされる。椿=右近編・前掲注30)201頁〔今西〕。

32) 椿=右近編・前掲注30)200~202頁〔今西〕。訴訟は,必ずしも何が公平に合 致するかを求める確認の訴訟によることを要せずに,例えば,債権者側からの 給付訴訟において,債務者が当該確定は不公平であるという抗弁の形で主張す ることもでき,むしろ,これが通常であるとされる。

33) Bruck-Möller-Rolfs, a. a. O. (Fn. 12), §19 Rn. 146 ; Prölss-Martin, a. a. O. (Fn.

19), §19 Rn. 55.

(16)

② 具体的な契約調整の内容

法19条⚔項にいう⽛別の条件(andere Bedingungen)⽜とは,危険の排除や 保険料の引き上げ,自己負担(Selbstbehalt),担保期間および保険金額を指 すものであり34),変更後の契約は当初の契約類型に対応したものであること が前提であると解される35)

このうち,最も基本的なものは,⚑つは保険料の増額であり,もう⚑つは,

告知されなかった事実に関する危険の担保を除外することである。いずれの 場合においても,保険契約者にとっては契約条件の不利益な変更となること から,契約内容の変更によって,保険料が10%以上増額されるとき,または 保険者が告知されなかった事実に関する危険の担保を除外するときは,保険 契約者には契約の解除権が与えられ,保険者の通知の到達の時から⚑カ月以 内に,即時にその契約を解約することができる(19条⚖項第⚑文)

⒜ 危険担保の除外または制限

まず,考えられるのは,告知されなかった危険を保険保護の対象から排除 することである。特に,就業不能保険や疾病保険において,既往歴について の不告知があった場合には,このような危険担保除外の方法が用いられる可 能性が高い。ただ,このような危険担保の除外は,危険事実と保険事故の発 生との間における因果関係の存在が容易に確定され得ることが前提である。

過去に有罪判決を受けていたといった主観的な事情についての不告知の場合 には,このような危険担保の除外は考えられない。なぜならば,保険者は,

実際に排除することが困難なこのような不当な請求のリスクをもともと引き 受けているからである36)

次に,保険保護を時間的に制限することが考えられる。つまり,保険保護 34) Prölss-Martin, a. a. O. (Fn. 19), §19 Rn. 54.

35) 連邦通常裁判所の判決によれば,契約調整により通常の医療保険から基本タ リフ(2009年⚑月から民間の医療保険会社による提供が義務づけられている公 的医療保険の給付サービスに相当する保険。193条⚕項)への転換は認められ ない。BGH, a. a. O. (Fn. 26), S. 782.

36) Bruck-Möller- Rolfs, a. a. O. (Fn. 12), §19 Rn. 147.

(17)

について⽛待機期間(Wartezeiten)(不担保期間)を設定したり,既に設定 されている待機期間を延長したりすることである。特に,経験則上ある一定 の期間において現実化することが通例であるような危険について不告知があ った場合には,このような方法を用いることが考えられる。例えば,生命保 険の保険契約者がある病気のことを重要ではなく,また既に治癒したと考え て告知しなかった場合には,数年間の給付制限期間を設定することが考えら れる。もちろん,長時間の経過によっても当該危険が保険事故発生の原因と なり得るような場合には,このような契約調整の方法を用いることはできな くなる37)

さらに,保険者は,保険給付額を実質的に制限することも考えられる。そ の際に考慮すべきなのは,保険金額を削減したり,損害発生時における保険 契約者の自己負担額を引き上げたりすることによって,告知されていなかっ たより高い危険に対処することができるかどうかという点である38)

⒝ 割増保険料の支払い

以上の危険負担の除外または制限の代わりに,またはこれらと併せて,契 約調整として,保険契約者の支払うべき対価である保険料を引き上げること が考えられる。これは,すなわち,告知されなかった危険に具体的に対応し た割増保険料の支払いであり,これにより告知されなかった客観的または主 観的危険に対処することができる39)

③ 契約調整の時点

契約調整が効力を生じる時点は,保険契約者が告知義務違反について有責 か否かによって異なってくる。

⒜ 保険関係の始期から

まず,規定の文言通りに,軽過失または重過失による告知義務違反の場合 37) Bruck-Möller-Rolfs, a. a. O. (Fn. 12), §19 Rn. 148.

38) Bruck-Möller-Rolfs, a. a. O. (Fn. 12), §19 Rn. 149.

39) Bruck-Möller-Rolfs, a. a. O. (Fn. 12), §19 Rn. 150.

(18)

には,新しい契約条件は,保険者の請求によって遡及的に保険契約の内容と なる(19条⚔項第⚒文)

契約条件の遡及的な変更とは,契約関係の始期からこれらの条件が適用さ れるということを意味する。そして,それによっていかなる効果が生ずるか は,変更された契約の内容によって決まることになり,保険料の増額の場合 には,保険契約者は未払いの保険料を追加で支払わなければならなくなる。

また,契約調整として危険担保の除外または制限が行われた場合には,遡 及的に担保範囲から除外されることとなった当該危険の発生によって保険契 約者が既に受けた保険給付については,不当利得としてこれを返還しなけれ ばならないし,契約調整として保険金額の減額または自己負担額の増額が行 われた場合には,保険事故の発生により保険契約者が受領した給付額のうち,

保険者が負担すべき額を超えた額について返還すべき義務を負うことにな 40)

一方,故意または重過失による告知義務違反の場合には,契約の解除権が 認められるものの,因果関係不存在特則が適用され,告知義務違反の事実と 保険事故の発生との間に因果関係がないときは,保険者は給付義務を免れな いとされている(19条⚒項,21条⚒項)。軽過失による告知義務違反の場合に おいては,保険者は契約の解除権を行使することができないが,契約関係の 始期に遡って効力を生ずる契約内容の調整が不可能であるときは,契約関係 を将来に向かって解消することができる(19条⚓項・⚔項第⚒文)。そこで,

保険者がこの解約権を行使したときは,(解約は将来に向かって効力を生ずる ため)保険契約者は既に発生した保険事故について保険給付を請求すること ができるのに対し,軽過失による告知義務違反について保険者が危険担保の 除外または待機期間の延長といった方法で遡及的に契約調整を行ったときは,

保険者は給付義務を免れることになり,保険契約者は保険給付請求権を失う という結果となる。同じく,重過失による告知義務違反について解除権を行 使した場合において,因果関係不存在特則が適用されたときは,保険契約者

40) Bruck-Möller-Rolfs, a. a. O. (Fn. 12), §19 Rn. 151, 152.

(19)

は保険給付を請求できるのに対し,軽過失または無過失の告知義務違反につ いて契約調整が行われたときには,前記のように保険契約者は保険給付請求 権を失うことになる。

このように,契約調整が行われる場合において,保険契約法上,評価矛盾

(Wertungs-widerspruch)という問題が生じてくる。しかし,保険契約者は,

義務違反につき責めに帰すべき事由がないときには,責めに帰すべき事由が あるときよりも不利な立場に置かれるべきではないから,契約調整が行われ る場合については,因果関係不存在特則に関する法21条⚒項の規定が類推適 用されるべきであり,保険事故発生後に,契約調整として保険者が危険担保 の除外を行った場合には,保険者は原則として,当該除外された危険の現実 化によって発生した損害については給付義務を負わないものの,告知義務違 反が保険事故の発生もしくは保険事故の確定と因果関係のない事実に関連し ているとき,または保険者の給付義務の確定または保険者の給付義務の範囲 と因果関係のない事実に関連しているときは,契約調整の遡及的効力は認め られず,保険者は給付義務を負わなければならないと解する見解が有力であ 41)。もっとも,学説の中には,保険契約者の告知義務違反につき無過失ま たは軽過失だった場合に,保険者が解約権を行使するときは,既に発生した 保険事故についての保険給付請求権が失われないのに対し,契約調整の効果 としての危険除外が行われる場合には,進行中の保険期間の開始後または契 約締結後に発生した保険事故についての保険給付請求権が失われるのは不当 であるとして,後者の場合についても保険契約者の保険給付請求権を認める 見解が多い42)

⒝ 進行中の保険料期間の始期から

保険契約者が告知義務違反について有責でない場合には,変更された契約 条件は,⽛進行中の保険料期間の将来に向かって⽜契約内容となる(19条⚔

項第⚒文)

41) Bruck-Möller-Rolfs, a. a. O. (Fn. 12), §19 Rn. 152 ;§21 Rn. 32, 33.

42) Prölss-Martin, a. a. O. (Fn.19), §19 Rn. 56.

(20)

無過失による告知義務違反の場合において契約調整が遡及効を有すると,

保険契約者は旧法41条⚑項よりも不利な立場に置かれてしまうことから,旧 法41条⚑項の規定にならって,無過失による告知義務違反の場合については,

告知が正確かつ完全になされた場合に適用されただろう条件,特に保険料の 増額は,進行中の保険料期間の始期から契約内容となるとされた43)。このよ うに,無過失の告知義務違反の場合における契約調整の効力は,進行中の保 険料期間の初めから効力を生じることになるので,遡及の期間が狭く限定さ れているものの,その限りにおいては,一応遡及的効果があると言える44)

⑷ 保険契約者の解約権

保険者が19条⚔項第⚒文に基づいて,契約変更の権利を行使した場合には,

保険契約者にとって変更された条件で契約を維持していくのが困難となるこ とがある。そこで,19条⚖項は,契約内容の変更によって,保険料が10%以 上増額された場合,または保険者が告知されなかった事実に関する危険の担 保を除外した場合について,保険契約者に対し解約権を与え,保険契約者は 保険者の通知の到達の時から⚑カ月以内に,即時にその契約を解約すること ができると規定している(19条⚖項第⚑文)

保険契約者の解約権の行使については,方式は定められておらず,原則と して自由であるが45),普通保険約款では,書面による行使が要求されてい 46)

保険契約者の責めに帰すべき事由による告知義務違反の場合には,契約調 43) Regierungsentwurf eines Gesetzes zur Reform des Versicherungsvertragsrechts

(BTDrucks. 16/3945), S. 65.

44) Bruck-Möller-Rolfs, a. a. O. (Fn. 12), §19 Rn. 154.

45) Bruck-Möller-Rolfs, a. a. O. (Fn. 12), §19 Rn. 155.

46) 例えば,2008年の傷害保険普通保険約款13. 3. 2条⚔項は,⽛契約調整によっ て保険料が10%以上引き上げられたとき,または告知されなかった事実につい ての危険担保を私たちが除外したときは,あなたは,私たちの通知が到達した きから⚑カ月以内に,書面をもって(in Schriftform)即時に契約を解約する ことができる⽜と規定している。

(21)

整は遡及的な効果を有し,また,解約権は将来に向かって効力を有するにす ぎないため,保険契約者が解約権を行使しても,変更された契約から生じた 義務は,既に経過した期間に関しては特に影響を受けない。したがって,保 険契約者は増額された保険料を追加で支払われなければならず,また,場合 によっては不当に受け取った保険給付を不当利得として返還しなければなら ない47)

保険契約者の解約権の発生要件は,契約内容の変更によって,保険料が 10%以上増額された場合,または保険者が告知されなかった事実に関する危 険の担保を除外した場合である。規定の文言によれば,保険者が単に給付義 務を制限した場合,例えば保険金額を削減したり,保険契約者の自己負担額 を引き上げたりするような場合には,保険契約者の解約権は発生しない。し かし,これは立法者によって意図された法の欠缺ではなく,保険契約者はこ れらの場合にも保護に値すべきであるから,少なくとも19条⚖項第⚑文の類 推適用により,保険契約者はこれらの場合について解約権を行使することが できると解される48)

保険契約者の解約権については,保険者はこれを教示する義務を負い,こ の教示は,契約調整についての通知の中に含まれることが必要である(19条

⚖項第⚒文)。その際,解約の効果について指摘する必要はないが,保険者

がこの教示義務を怠った場合には,19条⚖項第⚑文所定の⚑カ月の解約期間 は開始しないという効果が生ずると解される49)

⑸ 契約調整についての立証責任

告知義務違反に関する立証責任の原則として,告知義務違反の客観的な要 件の存在についての主張・立証責任は保険者にあり,主観的要件の不存在の

47) Bruck-Möller-Rolfs, a. a. O. (Fn. 12), §19 Rn. 156.

48) Bruck-Möller-Rolfs, a. a. O. (Fn. 12), §19 Rn. 160.

49) Bruck-Möller-Rolfs, a. a. O. (Fn. 12), §19 Rn. 161; Prölss-Martin, a. a. O. (Fn.

19), §19 Rn. 59.

(22)

主張・立証責任は保険契約者にあるとされている50)。すなわち,保険者は,

保険契約者が告知義務に客観的に違反したことを主張し,また争いがある場 合においては,これを立証する責任を負う(69条⚒項⚓文)のに対し,保険 契約者は,故意または重大な過失がなかったことを立証しなければならない

(20条⚒文)51)

そして,契約調整についての主張・立証責任は,次のように扱われる。す なわち,保険者の解除権は,保険契約者が責務に違反した場合の一般的な効 果として発生するものであり,契約の調整はその例外をなすものであること から,保険契約者は,告知されなかった事実が保険約款および保険者の一般 的な業務取扱基準に照らして保険保護の拒否をもたらすべきではなく,保険 者が告知されなかった事実を知ったとしても別の条件で契約を締結していた ことを主張する責任を負い,また争いがある場合にはこれを立証する責任を 負うと解される52)

しかし,保険契約者は保険者の業務取扱基準を知らないのが通常であるの で,保険者の業務取扱基準に関しては,主張・立証責任の軽減が認められる。

すなわち,ドイツの判例法上,具体的な事実の立証が一方当事者にとって不 可能であり,またこれを期待することが無理である(nicht möglich oder nicht zumutbar ist)のに対し,これを争う他方の当事者がすべての重要な事実を 知っており,詳しく説明することが期待できる場合(während der Bestreitende alle wesentlichen Tatsachen kennt und es ihm zumutbar ist)には,一方当事者の 立証責任の軽減が認められるという判例法理が確立されている53)。陳述義務 を負う当事者が,その陳述すべき事件経過の外に置かれており,決定的な事 50) Regierungsentwurf, a. a. O. (Fn. 43), S.65 ; Prölss-Martin, a. a. O. (Fn. 19),§19

Rn. 67.

51) Regierungsentwurf, a. a. O. (Fn. 43), S. 65 ; Bruck-Möller-Rolfs, a. a. O. (Fn.

12), §19 Rn. 172, Rn. 175.

52) Regierungsentwurf, a. a. O. (Fn. 43), S. 65 ; Bruck-Möller-Rolfs, a. a. O. (Fn.

12), §19 Rn. 113, Rn. 176 ; Prölss-Martin, a. a. O. (Fn. 19), §19 Rn. 71.

53) BGH 1. 12. 1982 BGHZ 86, 23, 29 ; BGH 7. 12. 1998 BGHZ 144, 156, 158. 松本

(23)

実について詳細な知識を有しない場合,とりわけ,実体法上当該事実の不存 在が請求の要件とされている場合,または具体的な法的紛争において当該事 実の不存在が証明されなければならない場合には,立証責任軽減の法理が適 用される。保険契約者は,通常,保険者の引受実務における業務取扱基準に ついて詳しい知識を有しないのであり,保険者のみが,一定の増大した客観 的または主観的な危険に対し,保険の申込みを拒否するか,または通常の契 約よりも保険料を割増しして契約するか,または一定の危険担保を除外して 契約するかについて詳しく知っているのであるから,保険契約者が契約調整 の可能性について概括的に主張した場合には,その陳述責任は果たしたこと になり,これに対し,保険者は,当該主張を争う責任を負い,その業務取扱 基準を開示しなければならないと解される54)

民事訴訟においては,主張立証責任を負わない当事者(特に被告)が事案 解決にとって重要な情報を独占しているときには,主張立証責任を負う当事 者としては,抽象的な事実主張しかできない場合があることから,公平の観 点および弁論権の実質的保障の観点から,裁判所の釈明権行使や文書提出命 令等を通じて,情報を独占する被告側に対し具体的な事実および証拠を提出 する義務(立証責任を負わない当事者の事案解明義務)が認められることが ある55)。ドイツ保険契約法では,契約調整に関しては,引受基準に関する情 報の遍在が考慮されて,立証責任を負わない保険者の事案解明義務が認めら れ,保険契約者が契約調整の可能性について概括的に主張した場合には,保 険者が当該主張を争う責任を負い,その引受基準を開示することが要求され るのである。

博之⽛ドイツ民事訴訟における証明責任を負わない当事者の具体的事実陳述=

証拠提出義務(2)⽜大阪市立大学法学会雑誌46巻⚑号39頁以下参照。

54) Bruck-Möller-Rolfs, a. a. O. (Fn. 12), §19 Rn. 176. ; Prölss-Martin, a. a. O. (Fn.

19), §19 Rn. 71.

55) 新堂幸司・新民事訴訟法〔第⚕版〕487頁(弘文堂,平成23年)。

(24)

⚕.契約調整に関する裁判例

2008年に改正保険契約法が施行されて以降,告知義務違反の効果として行 われた契約調整の効力をめぐり争われた裁判例が現れるようになった。以下,

⚒つの判決を紹介する。

① フランクフルト上級地方裁判所(OLG Frankfurt)2012年⚒月16日判決56)

【事案の概要】

原告は,2007年⚕月に,被告保険会社との間で,就業不能保障特約付きの 生命保険契約を締結したが,申込書における健康状態に関する質問事項につ いては,すべて⽛いいえ⽜と回答していた。2009年⚒月に原告は就業不能と なったことから,被告保険会社に対し,就業不能保険金の支払を求めたが,

被告保険会社は同年⚔月,原告が本件保険契約の申込みの際に,既往歴を有 責的に告知しなかったとして,書面をもって本件保険契約を解除する旨の意 思表示をした。そこで,原告は,解除権の行使が無効であるとして,保険契 約の有効性の確認と裁判外の弁護士費用の支払などを求めて訴えを提起した。

⚑審が被告保険会社の解除権行使が無効であるとする原告の主張を認め,

その余の請求を棄却したことから,当事者双方から控訴がなされた。

【判旨】

本件保険契約における解除権については,保険契約法19条⚓項および⚔項 の効果規定が適用され,告知義務違反につき故意または重大な過失がない場 合には,解除権は排除され,また,重大な過失がある場合においても,別の 条件で契約が締結されていたであろうときは,解除権は排除され,契約は存 続することになる。そして,本件においては,解除権は排除されるべきであ る。

原告は,申込書の質問事項について故意に不実に回答したわけではない。

原審において行われた証人尋問によれば,原告は少なくとも不快の症状

(Beschwerden)と痛みを訴えていた。被告は,原告が病気のことを告知しな 56) OLG Frankfurt 16. 2. 2012, VerR 2012, 1107.

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