■アブストラクト
保険会社は,被保険者又は保険の目的物に情報端末機を装着又は装備し,
情報を収集・解析するビッグデータの利活用により精度の高い危険測定が可 能となった。この危険測定によっても,保険契約は保険法の枠内におさまる。
しかし,(完全)自動運転車による事故の責任のあり方自体に議論があり,
上記方法による車両の危険測定を行えば,いくつかの課題が浮き彫りにされ る。(完全)自動車事故が惹起された場合,事故関係者が拡大しシステムが 複雑化するのに,現行の自動車損害賠償保障制度の枠の中で,何の問題もな く被害者救済を維持できるのかは疑問がある。被害者救済において世界に冠 たる現行の自賠法を維持・存続させるためには,(完全)自動運転車事故に 適正に対応できるように手当を講じる必要がある。
■キーワード
危険測定,自動運転,運行供用者
⚑.はじめに
近時の報道において,ビッグデータ(Big Data),人工知能(Artificial
肥 塚 肇 雄
※平成27年11月14日の日本保険学会関西部会報告による。
/ 平成28年11月14日原稿受領。
保険会社の ICT を使った危険測定と 自動車保険契約等への影響
人工知能及び自動運転を対象として
Intelligenceõ以下⽛AI⽜という)1),Internet of Things(以下⽛IoT⽜とい う)2),ロボット(Robot)及び自動運転車(Autonomous Caró Automated Car or Driverless Car)という言葉が新聞紙上等を飾っている。また,⽛健康 経営⽜という考えの下,従業員にウェアラブル端末(Wearable Device)を 装着させ従業員の健康に積極的に関与する会社の数が増加傾向にあるとの報 道もなされている。自動運転に関しては,(一社)日本損害保険協会内ニュー リスク PT による⽛自動運転の法的課題について⽜が2016年⚖月に公表され,
国土交通省では,⽛自動運転における損害賠償責任に関する研究会⽜が設置 される等,関係省庁又は民間団体・企業において,自動運転に関する課題に ついての議論が盛んになされている3)。
このような動きは,著しい ICT(Information and Communication Tech- nology)の発展を契機とするが,たとえば,ビッグデータの解析・分析を AI が行うことによってより効率的な利活用がなされ,新たな成果を得るこ とができる。ICT と保険が結びついたときは,InsurTech と称され,従来と は異なる保険商品,たとえば,健康年齢連動型医療保険契約(以下⽛健康年 齢保険契約⽜という)やテレマティクス保険契約(Telematics Insurance Contract)等が開発される。
本稿の目的は,保険会社が,ICT の利活用により,被保険者又は保険の
1 ) AI に つ い ては,米 国 White House の National Science and Technology Council が,AI の Benefits と Risks に関する報告書 “PREPARING FOR THE FUTURE OF ARTIFICIAL INTELLIGENCE”, 1-58(Oct. 2016)及び⚗つの AI R&D Strategic Plan が示された手引書 “THE NATIONAL ARTIFICIAL INTELLIGENCE RESEARCH AND DEVELOPMENT STRATEGIC PLAN”
(Oct. 2016)を公表した。
2) IoT により,たとえば,ウェアラブル端末及び自動車等のモノの情報端末相 互に自律的な情報交換を行いヒトの生活を最適化する⽛環境知能(Ambient Intelligence)⽜が生まれる。これに伴う賠償責任等に対応するための保険商品 の開発が求められる。
3) (株)東京海上研究所における自動運転に係る研究会の成果が,ジュリスト 1501号(2017)に⽛自動運転と民事責任⽜という特集としてまとめられた。
目的物を対象としてモニタリングして保険事故又は損害等の⽛一定の事由の 発生の可能性⽜(以下,単に⽛危険⽜又は⽛リスク⽜と表記する場合もある)
を高い精度をもって測定する場合,⽛保険契約⽜(保険法⚒条⚑号)及び賠償 責任のあり方(責任論〔自賠法⚓条〕)に対しどのような課題が生じるかに ついて考察することにある。第⚑に,生命保険契約の被保険者が装着するウ ェアラブル端末による危険測定及び任意自動車保険契約の被保険車に装備さ れた車載機器(テレマティクス〔Telematics〕)による危険測定について考 える(第⚒節)。第⚒に,自動運転車に対するテレマティクス等による危険 測定が,現行の自動車損害賠償責任のあり方にどのような課題を生み出すか について検討する(第⚓節)。第⚓に,これらの考察を踏まえ,結論を述べ る(第⚔節)。
⚒ 保険会社の ICT の利活用による危険測定
⑴ 健康年齢連動型医療保険契約
健康年齢保険契約は保険法上傷害疾病定額保険契約(⚒条⚙号)の一種で ある。ICT の発達により,個人の健康情報・医療情報はデータとして収集・
管理することが可能となり,行政が,効率性を高める健康保健政策として
⽛医療ビッグデータ⽜4ó 5)化し利活用しているが6),保険会社によるデータの 4) 松田晋哉⽛医療ビッグデータの医療政策への活用⽜医療と社会26巻⚑号26頁 以下(2016))。個人情報保護と⽛医療ビッグデータ⽜の公益性のための利活用 との調和が重要となる(山本隆一⽛医療ビッグデータと個人情報保護 解決す べき制度的課題 ⽜医療と社会26巻⚑号91頁(2016))。
5)⽛医療ビッグデータ⽜には,遺伝子情報及びゲノム情報も含まれる。改正個 人情報保護法(⽛個人情報の保護に関する法律及び行政手続における特定の個 人を識別するための番号の利用等に関する法律の一部を改正する法律⽜2015年
⚙月⚙日公布,2017年⚕月30日全面施行)においては,取得には原則として予 め本人の同意が必要な⽛要配慮個人情報⽜が新たな項目として加えられ(同法
⚒条⚓項),⽛病歴⽜もそこに含まれた(なお,⽛健康診断等の結果⽜及び医師 等による改善指導,診断又は調剤も含まれる〔同法施行令⚒条⚒号⚓号〕)。厚 生労働省・ゲノム情報を用いた医療等の実用化推進タスクフォース⽛ゲノム医 療等の実現・発展のための具体的方策について(意見とりまとめ)⽜(2016年10
利活用化も推し進められている7)。すなわち,保険会社がウェアラブル端末 を保険契約者に貸与し,被保険者に装備したウェアラブル端末から収集した 被保険者の活動データ8)(日々の血圧及び脈拍数等の⽛生体情報(バイタル データ)⽜,一日の歩数・歩行距離,燃焼カロリー,運動時間・運動量及び睡 眠時間と質並びに食事内容等の⽛生活情報⽜等がある),健康診断及び人間 ドックの結果等を基に,活動データと疾病の因果関係を分析して,今後の健 康に資する商品の提供及びサービスの拡大又は保険料の算定につなげようと する試みである9)。一般に,生命保険契約の保険料を決める基準となる被保 険者の保険年齢は一定の計算式により固定され変動することもなく,保険料 月19日)では,⽛ゲノム情報⽜,⽛ゲノムデータ⽜及び⽛遺伝情報⽜が整理され ている(⚓頁,⚗頁~⚘頁)。個人情報保護法施行令における⽛要配慮個人情 報⽜に関する改正の方向性について,第10回個人情報保護委員会(2016年⚖月
⚘日開催)では,⽛ゲノム情報⽜のうち,差別,偏見につながり得る病気等が
⽛要配慮個人情報⽜に含まれるかが検討された(資料⚑⽛要配慮個人情報に関 する政令の方向性について⽜⚑頁~⚒頁)が,結局,⽛健康診断その他の検査 の結果⽜(個人情報保護法施行令⚒条⚒号)及び⽛診療⽜(同条⚓号)に含まれ るから,同法施行令⚒条には規定されなかった(第12回個人情報保護委員会
〔2016年⚗月15日開催〕・資料⚓⽛個人識別符号及び要慮個人情報の定義規定 (案)一覧⽜⚓頁)。
6) 個人の医療情報が,個人健康情報(PHR:Personal Health Record)及び生 涯型健康医療情報(EHR:Electric Health Record)として,特定の病院内で なく,全国規模で利活用されることが求められている。総務省⽛スマートプラ チナ推進会議報告書⽜40頁(2014)参照。東大病院企画情報運営部=東京大学 大学院医学系研究科医療情報システム学教室⽛報告書⽝ICT 利用ルール整備 促進事業(サイバー特区)⽞に基づく⽝地域医療高度情報連携サービス実現推 進に向けた実証実験(平成21年度1043-0019)⽞⽜16頁~17頁(2009)。
7) デジタル機器による収集⽛行動特性データにリンクした医療保険⽜の動向に ついては,鈴木久子⽛保険業界のデジタル化の現状と取り組み 行動特性デー タにリンクする医療保険 ⽜損保ジャパン日本興亜レポート67号33頁(2015)
が詳しい。
8) 将来は,端末装備者が位置する天候,温度,湿度,騒音及び大気の化学物質 等もデータとして含まれる。
9) 鈴木・前掲注7)28頁以下。亀津敦⽛ウェアラブル端末の普及が拓く新しいサ ービス⽜共済と保険702号18頁以下(2016)。
も平準保険料方式が採用されるのに対し,健康年齢保険契約の被保険者の年 齢は,日々の活動データに基づいて危険測定が行われ評価されて⽛健康年 齢⽜を抽出されるので,⽛健康年齢⽜は変動しそれに応じて保険料が算出さ れることになる。
⑵ テレマティクス保険契約
テレマティクス保険契約10ó 11)とは,被保険車の車体に GPS,ドライブ・レ コ ー ダ ー( DR ),イ ベ ン ト・ド ラ イ ブ・レ コ ー ダ ー( Event Drive Recorder:EDR)等の車載端末に急ブレーキ,アクセル頻度及び走行距離 等の走行情報を送信し又は記録して分析し,その評価に基づいて危険測定し,
保険料を算出する保険契約である。実走行距離が長ければ長いほど交通事故 発生の危険が高まることに着目して,実走行距離に応じた保険料を支払う
⽛PAYD(Pay As You Drive)⽜型12)の自動車保険が既に販売されている。ま 10) 安井敏晃⽛ビッグデータと自動車保険⽜賠償科学43号34頁~37頁(2015)。
そのほか,佐川果奈英⽛テレマティック自動車保険 イギリスにおける動向を 中心として ⽜損保総研レポート101号29頁~69頁(2012),古橋喜三郎⽛米国 のテレマティック自動車⽜損保総研レポート111号21頁~43頁(2015),堀田一 吉⽛テレマティクス自動車保険の課題と展望⽜日本交通政策研究会編⽝自動車 交通研究 環境と政策 ⽞22頁~23頁(2016)参照。
11) エアバッグ作動時に車載機器から現在位置情報及び走行軌跡データが自動配 信され警察・消防等の救助機関に接続し,早期の救命・救助活動を可能する緊 急通報システムが運用されている。救命率の向上を目指して,エアバッグ作動 時に自動通報により衝突の方向・程度やシートベルト着用の有無等の車両デー タから運転者及び搭乗者の死亡率・重症確率等の事故の程度を推定し,その情 報を所定の病院へ送信しドクターヘリやドクターカーの出動を早期に判断する 救急自動通報システムがあるが,まだ一般化されていない。厚労省⽛救急医療 体制等のあり方に関する検討会⽜報告書(2016)参照。
12) Sean B. Hechtm, Climate Change and the Transformation of Risk: Insurance Matters, 55 UCLA L. Rev. 1559, 1599 ( 2008 ), Amy C. Johnsgar, Agents of Change: How Collaboration Among Insurers and the Public Sector Can Manage Risk and Foster Climate-Neutral Behavior, 6 Harv. L. & Pol'y Rev. 233, 241 (2012). Dorothy J. Glancy, Sharing the Road: Smart Transportation Infra-
た,走行速度が速くなればなるほど,コーナリングの荒さの程度が高くなれ ばなるほど,並びに加速,急ブレーキ及び車線変更の頻度等が多くなればな るほど,交通事故発生の危険が高まることに着目して,運転状況に応じた保 険料を支払う⽛PHYD(Pay How You Drive)⽜型13)の自動車保険が販売され ている。
さらに,IoT を利活用して,自動車の⽛操作⽜に係る運転情報だけでなく,
⽛客観的な⽜渋滞情報,被保険車,その周辺の事故状況,天候,気象,湿度,
気温及び時刻等々の情報から,⽛主観的な⽜ドライバー(自動車を運転する 者⽛運転者⽜〔自賠法⚒条⚔項〕。以下同じ)の性格及び運転適性度(運動 神経及び条件反射力を含む運転年齢,認識力,判断力,認知度及び覚醒度等 を含む)までの情報を読み取ることが可能となれば,これらの情報と交通事 故事例及びヒヤリ・ハット事例との相関関係を分析・解析し,より精度の高 い危険測定を行って保険料を算定することも不可能ではない14)。
⑶ 小 括
健康年齢保険契約もテレマティックス保険契約も,リアルタイムの危険情 報を分析し危険に応じた保険料を算定するものであり,⽛保険契約⽜(保険法
⚒条⚑号)に該当する。これらの商品は,従来の保険商品に比べ一層⽛給付 反対給付均等の原則⽜の均等化を図るものである。
リアルタイムの危険情報の提供は,保険契約締結後になされるので,告知 義務(保険法⚔条,66条)に基づくものではない。危険情報に基づいてその 都度保険料が算定されるので,保険契約締結後に危険が著しく減少しても,
保険契約者の減額請求をまたずに,危険の減少に応じて保険料が減額される
(同法11条,77条)。契約締結後に,告知事項についての危険が高くなり保険 structure, 41 Fordham Urb. LJ. 1617, 1647-1678 (2014).
13) Glancy, supra note (12) at 1647-1648.
14) コネクテッドカー(Connected Car)は,車外の環境に車両が影響され,事 故の原因究明が困難となる。戸嶋浩二⽛自動走行車(自動運転)の実現に向け た法制度の現状と課題(下)⽜NBL1074号56頁(2016)。
契約で定められている保険料が当該危険を計算の基礎として算出される保険 料に不足する状態になるという⽛危険増加⽜については,保険契約者又は被 保険者はウェアラブル端末により又は GPS,DR 若しくは EDR 等の車載機 器によりリアルタイム情報として保険者に通知し,その情報に基づいて保険 料が算定されるので⽛危険増加⽜は生じないし,⽛通知⽜の失念は,機器の 故障を知っていた場合を除いて考えにくく,保険会社からの解除は問題とな らない(同法29条,89条)。
保険会社が,被保険者又は記名被保険者に健康維持改善アドバイス(整体,
針治療又はフィットケア等の⽛代替医療⽜サービスも含む)又は運転技術向 上アドバイスを行うサービスは,付帯サービス15)であって,保険事故発生を 条件としてなされる⽛金銭の支払⽜(同法⚒条⚑号)ではなく,⽛現物給付⽜
は問題とならない。
問題は,活動データ又は運転情報等が,①被保険者の⽛遺伝子情報⽜又 は⽛ゲノム情報⽜と結びついて,若しくは②被保険者の生活環境又は生活 状態と結びついて,保険会社がそれらを危険測定に利活用した場合である。
ここには,何を保険料率の算定基準にするかについての限界論がある16)。す なわち,危険測定の精度が著しく高まると,保険契約者又は被保険者になる 者の危険が高くそれを知っている場合に⽛逆選択⽜の問題が生じる17)が,保 15) 松吉夏之介⽛生命保険会社におけるヘルスケアサービスの現状⽜共済総研レ
ポート148号28頁以下(2016)。
16) 何を自動車保険料率の算定基準にするかは,法令により定められている。
(保険業法⚕条⚔号イ,同法施行規則12条⚓号イロハ)。給付反対給付均等の原 則に照らせば,任意保険においては,自動車の自動走行システムのレベル⚑~
⚕の間にはリスクの差があるから,それを反映させるような料率算出基準を立 てるべきである(山下友信編⽝高度道路交通システム(ITS)と法 法的責任と 保険制度⽞105〔木島秀明〕(有斐閣,2005)参照)。
17) 健常人の集団を対象に,様々な医学的情報や環境・生活習慣に関する情報と あわせてゲノムデータも収集し,対象者が発症した疾患と治療,その治療への 反応等の事項との関連について長期にわたり解析しようとする⽛ゲノムコホー ト研究⽜(高井裕美子⽛ゲノム情報の活用をめぐる動向 実用化推進にむけた 取り組みと諸外国における保険分野への規制 ⽜損保ジャパン日本興亜レポー
険ファンド(収支相等の原則)を維持するために,それらの者の同意があっ ても(改正個人情報保護法18)17条⚒項),保険会社が保険料率算定の基準の ために利用してはならない一定の情報とは何かが問題となる。
⚓ 自動運転車と危険測定
⑴ 検討の前提 自動運転と自賠法
⒤ 自動運転車は⽛自動車⽜(自賠法⚒条⚑号)か
自動車運転の要素は,ハンドル,アクセル及びブレーキであり,ドライバ ーは,進行方向の道路環境等の⽛視覚⽜から,⽛認知⽜⽛判断⽜ハンドル,
アクセル及びブレーキを⽛操作⽜して自動車を運転している。これを人間が
⽛認知⽜し⽛判断⽜して⽛操作⽜し自動車を運転している。⽛視覚⽜について は,ドライバーが視覚を使って進行方向の運転環境を⽛認識⽜しているとこ ろ,自動運転19)では,⽛視覚⽜に代わる機能を担うものが⚓D画像,地図又 はレーザーである。これらから受けた運転環境に係る情報を自動運転車の装 置(システム又は AI)が読み取り⽛認識⽜して⽛判断⽜し,ハンドル,ア クセル及びブレーキを⽛操作⽜する。
SAE(Society of Automotive Engineers)International の定義によれば,
自動運転はレベルが⚑から⚕までの⚕段階に分けられる20)。本稿においては,
ト68号42頁(2016))の成果を,医療保険に係る変動危険測定に活かせるなら ば,⽛逆選択⽜の問題を避け得るのかもしれない。
18) 前掲注5)。
19) 原井直子⽛高度道路交通システム(ITS) 歴史と現状 ⽜国立国会図書館調 査立法考査局編・レファレンス780号⚓頁以下(2016)。
20)⽛自動運転の定義⽜は次のとおりである(Level ⚐は自動運転ではないので 省略した)。訳は,稲垣敏之⽛自動運転における人と機械の協調⽜国際交通安 全学会誌40巻⚒号129頁(2015)による。本稿の自動運転のレベルは,下記に したがう。なお,横山利夫⽛自動運転の実像⽜国際交通安全学会誌40巻⚒号93 頁~95頁(2015)も参照。
Level 1 (Driver Assistance) 及び Level 2 (Partial Automation) では,走行 環境を監視するのはドライバーである。これに対し,Level 3 (Conditional Automation)(システムが車両制御のすべてを担当。システムがドライバーに
レベル⚒までの自動車を⽛既存自動車⽜と述べ,レベル⚓の自動車を⽛自動 運転車⽜と表記し,レベル⚔以上の自動車を⽛完全自動運転車⽜という。
⽛自動運転車⽜と⽛完全自動運転車⽜を併記する場合は,⽛(完全)自動運転 車⽜という。ただ,実際の運転は車体の機能にもよるが,たとえば,レベル
⚕の自動運転車であれば,様々な状況に応じて,レベル⚕レベル⚔レ ベル⚓レベル⚒と各レベルを最適化して運転することになると思われる。
自動車損害賠償法(以下⽛自賠法⽜という)⚒条⚑項の規定にいう⽛自動 車⽜は,①道路車両運送法⚒条⚒項に規定する⽛自動車⽜(農耕作業の用に 供することを目的として製作した小型特殊自動車を除く)及び②同条⚓項 に規定する原動機付自転車をいう。①道路車両運送法⚒条⚒項に規定する
⽛自動車⽜とは,原動機により陸上を移動させることを目的として製作した 用具で軌条若しくは架線を用いないもの又はこれにより牽引して陸上を移動 させることを目的として製作した用具をいう21)。
自動運転車はドライバーが最終的に自動車を制御する立場にあるので,自 制御の交代を求めたいときは,十分な時間余裕をもってドライバーに要請。ド ライバーはその要請に適切に対応する),Level 4 (High Automation)(システ ムが車両制御のすべてを担当。システムからの制御の交代の要請に対するドラ イバーの対応がないとき,システムは車両制御を継続する)及び Level 5 (Full Automation)(ドライバーが対応可能なすべての道路条件,走行環境条件のも とで,システムがすべての車両制御を担当する)では,走行環境を監視するの はシステムとなる。Level 4 のドライバー対応可能な道路条件,走行環境条件 は限定的である。
NHTSA (National Highway Traffic Safety Administration)も,SAE の自動 運転の定義を採用した。NHTSA, Federal Automated Vehicle Policy, 9 (Sep.
2016).
21) 1949年ジュネーブ道路交通条約(Convention on Road Traffic (Geneva 1949)
〔わが国は批准済〕)では,運転者が常に車両を適正に操縦することが求められ,
これを受けて,わが国の道路交通法70条の規定に,⽛……運転者は,当該車両 等……を確実に操作し……他人に危害を及ぼさないような速度と方法で運転し なければならない。⽜と運転者の安全運転義務が明記されている。同条約は,
自動運転システムを受容する方向での改正案が2015年⚓月に採択された(未施 行)。なお,わが国は,1968年ウィーン道路交通条約(Amendments to the 1968
賠法にいう⽛自動車⽜に該当すると解される。完全自動運転はドライバーが 最終的に自動車を制御する立場にないので,同法にいう⽛自動車⽜に該当し ないという整理22)と,⽛自動車⽜に該当するという整理の⚒つがある。前者 の整理では,完全自動運転は AI に基づくシステムが自動車を制御するので,
ロボットと捉えて,介護ロボットや接客ロボット等ロボットに対する規制の 視点から又は法人格を付与すべき23)という視点から,特別法を制定して規律 することを想定している。以下は,後者の整理,すなわち,完全自動運転車 は,⽛自動車⽜(自賠法⚒条⚑項)に該当すると整理したと仮定して論じる。
⛷ (完全)自動運転車事故に自賠法は適用されるか
自賠法の目的は,自動車の運行による人身事故損害賠償責任の適正化措置 と自動車側の賠償資力常時確保措置を講じることにより⽛被害者の保護⽜を 図ることにある(⚑条)。この観点から,⽛運行供用者⽜(自己のために自動 車を運行の用に供する者)責任(同法⚓条)は⽛被害者保護⽜に相当手厚い。
Vienna Convention on Road Traffic., 2014年⚓月改正案採択,2016年⚓月施行。
Economic Commission for Europe, Inland Transport Committee, Working Party on Road Traffic Safety Report of the sixty-eighth session of the Working Party on Road Traffic Safety(17 April 2014))を批准していない。今井猛嘉
⽛自動車の自動運転と運転及び運転者の概念⽜法務省研修所編・研修822号⚔頁
(2016),同⽛自動化運転を巡る法的諸問題⽜国際交通安全学会誌40巻⚒号57頁
~58頁(2017)。中川由賀⽛自動運転導入後の交通事故の法的責任の変容⽜
Chukyo lawyer25号41頁~43頁(2016),同⽛運転自動化システム導入に伴う 法整備に向けた取組の現状 実験段階から実用段階へ ⽜Chukyo Lawyer 26 号53頁~55頁(2017)。
22)(一社)日本損害保険協会・ニューリスク PT⽛自動運転の法的課題につい て⽜⚓頁(2016)。
23) わが国においても,自動運転の AI に法人格を付与すべきではないかという 見解が唱えられている(中山幸二⽛自動運転をめぐる法的課題⽜自動車技術69 巻12号45頁(2015),鶴原吉郎編⽝自動運転の未来2016-2020⽞269頁〔中山幸 二〕(日経 BP 社,2015),新保史生⽛法領域別に見たロボット法の検討課題
⑷⽜時の法令2013号⚒頁~⚓頁(2016))。なお,米国の NHTSA の見解につ いては,戸嶋浩二⽛自動走行車(自動運転)の実現に向けた法制度の現状と課 題(上)⽜NBL1073号32頁~33頁(2016)参照。
自賠法⚓条但書の免責⚓要件を主張立証できない限りは,⽛運行供用者⽜は 責任を負わされるという実質的無過失責任が採用されている。自賠責保険契 約締結(以下自賠責共済契約も含む)は義務化され(同法⚕条,12条,24条,
86条の⚓第⚑号)免責事由は狭い(同法14条)。これらは,⽛被害者保護⽜を 手厚くするという政策的見地から,⽛運行供用者⽜責任とそれに対応する行 為の関係は厳密に要求されておらず,事故原因の究明も徹底されておらず,
厳格な過失相殺は採用されていない。すなわち,被害者に重過失がある場合 に限り損害額又は保険金額から減額され,因果関係の有無の判断が困難な場 合でも減額して人身損害を支払う(同法16条の⚓)24)。
自賠法⚓条の規定にいう⽛運行供用者⽜が自動車の運行による人身損害の 賠償責任を負うが,⽛運行供用者⽜とは何かが問題となる。自賠法の⽛運行 供用者⽜責任の規定(⚓条)は,民法の危険責任(718条)及び使用者責任
(715条)の特別規定とされており,したがって,⽛自己のために⽜(⚓条)と は,当該運行について支配権があること(⽛運行支配⽜)及びそれによる利益 が帰属していること(⽛運行利益⽜)であり,⽛運行供用者⽜となるためには,
⽛運行支配⽜及び⽛運行利益⽜が必要である25)。この⽛運行支配⽜及び⽛運 行利益⽜という伝統的な人身事故責任判断の枠組みは,完全自動運転車につ いても,⽛運行支配⽜及び⽛運行利益⽜は認められ,⽛運行供用者⽜が存在し なくなるということはないと考えられている26)。
24) 平成22年改正 金融庁・国土交通省告示第⚑号⽛自動車損害賠償責任保険の 保険金等及び自動車損害賠償責任共済の共済金等の支払基準⽜。
25)⽛運行供用者⽜とは,一般に,⽛自動車の使用についての支配権を有し,かつ,
その使用により享受する利益が自己に帰属する者⽜を解されている(最⚓小判 昭和43年⚙月24日裁判集民92号369号,判タ228号112頁)が,⽛運行支配⽜の点 については,⽛加害車両の運行を指示・制御すべき立場(地位)⽜と捉える傾向 が認められる(最⚑小判昭和45年⚗月16日裁判集民100号197頁,最⚑小判昭和 47年10月⚕日民集26巻⚘号1367頁,最⚑小判昭和48年12月20日民集27巻11号 1611頁)。
26) 藤田友敬⽛自動運転と運行供用者の責任⽜ジュリスト1501号24頁,29頁
(2017),近内京太⽛自動運転自動車による交通事故の法的性質 米国における
まず,自動運転車が自動運転モードで走行中に発生した事故でも,運転を ドライバーがシステムにとって代わり得る(Over-Ride)こと,運行による 利益を享受していることから,⽛運行供用者⽜に責任を求められると考えら
れている27ó 28)。次に,完全自動運転車でもエンジンをかけなければ⽛運行の
用に供する⽜ことはできず,システムのソフトウエアのアップデートも必要 であることから,運行を支配する者がおり,その者が運行による利益を享受 していることが想定できるので,そのような者が⽛運行供用者⽜として完全 自動運転事故による責任を負うと考えられる。
(完全)自動運転車を被保険車とする自賠責保険契約が付保されていれば,
⽛保有者⽜(自賠法⚒条⚓項)が負う⽛運行供用者⽜責任が発生したことによ る損害及び運転者(同法⚒条⚔号)の損害賠償責任を負うことによる損害が てん補される(自賠法11条)。
議論を踏まえた日本法の枠組みとその評価 〔下〕⽜国際商事法務44巻11号1612 頁(2016)。中山幸二⽛経済教室・自動運転の未来と課題(下)⽜日本経済新聞 2017年⚓月⚙日付(朝刊)26面。山下友信⽛自動運転と賠償制度の問題点⽜自 動技術69巻12号31頁(2015)は⽛自賠法が近い将来見直される可能性は低い⽜
とする。
27)(一社)日本損害保険協会・前掲注22)⚓頁。レベル⚓からレベル⚔について は,ドライバーとシステムとの間での確実な Driving Task の受け渡しが必要 となり,HMI(Human Machine Interface)機能がたいへん重要となる。これ についての詳細(レベル⚓の HMI)については,横山・前掲注20)98頁~99頁 参照。
28) 自動運転モードからマニュアルに移行するまで,予告なしでおよそ⚕秒かか るといわれている(たとえば,坂口靖雄⽛自動運転における人と車の協調技 術⽜JSAE SYMPOSIUM 自動運転実現に向けた最新技術と取り組み・スライ ド29~スライド32(開催:2016年11月17日,於・発明会館,主催:(公財)自 動車技術会))。なお,本間亮平=若杉貴志=小高賢二⽛高度自動運転における 権限移譲方法の基礎的検討(第⚑報) 自動運転時の覚醒度低下や運転以外の 作業と権限委譲時のドライバー対応行動 ⽜JARI Research Journal・JRJ2016 0601研究速報⚖頁以下(2016)参照。
⑵ 課題 (完全)自動運転車と危険測定
⒤ 製造物の⽛欠陥⽜と自賠法⚓条但書免責⚓要件
(完全)自動運転車も,車載機器を使っての危険測定のためのモニタリン グの対象となり得る。その結果によるデータの利活用の効果は,(完全)自 動運転事故に対する被害者救済法体系に事実上影響を与えると思われる。そ うであれば,⽛被害者保護⽜において世界に冠たる自賠法を維持するために,
何らかの手当を講じる必要がある。
以下では,(完全)自動運転車に GPS,DR,EDR の利活用等を通じての モニタリングによる危険測定がなされていることを前提に考察する。
自賠法⚓条但書の免責⚓要件が定められていることから,出荷段階から
⽛欠陥⽜の存在する⽛欠陥車⽜による人身事故被害者にとって,⽛欠陥⽜の証 明は容易ではなく製造物責任を追及すること(製造物責任法⚓条)は困難で あるため,⽛運行供用者⽜責任を追及することになる29)。完全自動運転⽛欠 陥車⽜による人身事故が惹起された場合,自賠責保険会社(以下自賠責共済 組合を含む)又は⽛運行供用者⽜が,被害者の損害を賠償した後に,支払っ た賠償金について,自動車製造業者等(以下⽛メーカー⽜という)に対し代 位求償権を行使して回収する30)ことが想定される。また,各メーカーに対し て,モニタリングによる危険測定がなされるので,各メーカーごとの単純事 故率及び⽛欠陥⽜車による事故率が明らかにされ得る。
⛷ 製造業者等への代位求償の限界
(完全)自動運転車が実用化された後,GPS,DR,EDR の利活用及びモ ニタリングによる危険測定がなされたならば,事故原因の迅速な具体的特定 は困難であるにしても,既存自動車事故原因の多くはドライバーの過失に求 められるから,(完全)自動運転⽛欠陥車⽜事故件数の事故全体に占める割
29) 北河隆之=中西茂=小賀野晶一=八島宏平⽝逐条解説 自動車損害賠償保障 法〔⚒版〕⽞63頁〔北河〕(弘文堂,2017)。
30) 浦川道太郎⽛自賠法と製造物責任の関係⽜(公財)交通事故紛争処理センタ ー編⽝交通紛争処理の法理⽞46頁(ぎょうせい,2014)。戸嶋・前掲注14)53頁。
合は,既存自動⽛欠陥車⽜事故件数の事故全体に占める割合に比して大きい ことが明らかになる。自賠責保険会社のメーカーへの代位求償は,実質的に は,本来メーカーが自己の製造物責任リスクに対し保険料を支払うべきとこ ろを,ユーザーが自賠責保険料を肩代わり31)して支払っているように見え る32)。このようなユーザーの肩代わりは,合理的なものとして社会からの理 解を得ることができるかは疑問であるし,(完全)自動運転車の事故原因を 究明することは,費用と時間がかかり実際的ではない。
これに対し,メーカーに自賠責保険⽛共同プール⽜(自賠法28条の⚔)に 何らかの拠出金を求めるという考え方もあり得る。しかし,メーカーに⽛運 行供用者⽜として⽛運行支配⽜及び⽛運行利益⽜が認められるから,拠出金 を求めるのか33),そもそもメーカーが支配し利益を享受する⽛運行⽜とは何 か,かりにメーカーが⽛運行供用者⽜だとして,なぜメーカーに自賠責保険 料の支払を求めないのか,という点に疑問がある。
⛸ ⽛運行供用者⽜,⽛運行⽜及び⽛他人⽜の概念整理34)
まず,完全自動運転車に係る⽛運行供用者⽜について,当該所有者に着目 すれば,それを構成する⽛運行支配⽜及び⽛運行利益⽜を基礎づける事実は,
既存自動車の所有者の場合に比して一層抽象化せざるを得ない。
31) 山下編・前掲注16)138頁~139頁〔山下〕も⽛深刻な問題⽜となることを指 摘する。
32) 自賠法⚓条但書の免責⚓要件が設けられた趣旨を,自賠法が,人の行為(運 転)の危険と機器(自動車)の欠陥(危険)とが一体的・総合的に自動車とい うものの危険を作出しているからだという考え方に求める(浦川・前掲注30) 45頁,47頁)ならば,自動車の欠陥から生じるリスクも運行供用者の責任に包 摂され,自動車の欠陥リスクと運行供用者リスクとを峻別することは妥当では ないということになる。
33)⽛欠陥⽜車による事故は,メーカーの製造物責任と運行供用者責任の双方が 認められ,両者の関係は共同不法行為(民法719条⚑項)が成立するという見 解(藤村和夫⽝交通事故賠償理論の新展開⽞76頁以下(日本評論社,1998))
もある。
34) 渡部英洋⽛自動運転の民事上の責任問題と保険の動向⽜共済総研レポート 148号37頁(2016)。
⽛運行支配⽜については,エンジンのオン/オフ,発車・停車及びソフト ウエアのアップデートを含む点検整備の権限(道路運送車両法47条,47条の
⚒,48条参照)が一般に当該所有者にあることから,その者に⽛運行支配⽜
を認めるのか。確かに,⽛運行供用者⽜責任の範囲は拡張してきたところで あるが,その責任を認めるならば(⽛運行支配⽜が抽象化,間接化,潜在化35) 及び規範化する),自然人が車に働きかけることを前提にして⽛運行供用者⽜
責任が創設された趣旨と乖離するように思われる。すなわち,ドライバーが 存在しない完全自動運転車による事故の抽象的な原因はメーカーの製造物の
⽛欠陥⽜に求め得る場合が多くなると予測される。しかし典型として,当該 所有者に⽛運行供用者⽜責任を認めることは,ハンドル操作等が必要な既存 自動車の場合(⽛運行支配⽜の具体性,直接性,顕在性36)及び現実性),主に ドライバーの過失を原因として事故が発生するところ,被害者がその過失を 立証することは困難であるから,立証責任の転換を図り実質的無過失責任を 導入したという出発点からはずれる。メーカーの完全自動運転車の製造如何 によって加害事故率が変動するのであれば,メーカーの⽛運行支配⽜は⽛保 有者⽜のそれと比べ,より具体的,直接的,顕在的及び現実的だと評価でき そうである。また,完全自動運転車の場合,システムに運行を委ねている点 で,代行運転事案37)と相似するとも考えられるが,科学技術の粋を結集した
(はずの)システムのいずれかには,自然人に存在しない製造物の⽛欠陥⽜
(自然人には操縦不能に至らせる突然の疾病がある)が不可避的に介在しそ れにより事故が惹起される点では同列に扱うことには無理がある38)。
35) 最⚓小判昭和50年11月⚔日民集29巻10号1501頁,判時796号39頁,判タ330頁 256頁,交民集⚘巻⚖号1581頁参照。
36) 最⚓小判・前掲注35)1581頁参照。
37) 最⚒小判平成⚙年10月31日民集51巻⚙号3962頁,判時1623号80頁,判タ959 号156頁,交民集30巻⚕号1298頁参照。
38) 自動運転車の場合でも,自動走行中の事故について,ドライバーによるシス テムの監視権限(監視義務)から最終的にオーバーライドすることが想定され ていることから,単純に⽛運行支配⽜を認めることも,メーカーとの関係で,
違和感が残る。
⽛運行利益⽜については,メーカーに完全自動運転車の製造に対する⽛運 行支配⽜とそれによる利益に⽛運行利益⽜が認められるとすれば,⽛保有者⽜
の⽛運行利益⽜と比べ,より具体的,直接的,顕在的及び現実的である39)。 次に,⽛運行⽜(自賠法⚒条⚒項)とは,⽛……自動車を当該装置の用い方 に従い用いること⽜をいう。完全自動運転車が⽛自動車⽜(同法⚒条⚑項)
に当たらないとすれば,完全自動運転車に⽛運行⽜は認められない。⽛自動 車⽜に当たるとしても,自動車を当該装置の用い方に従い⽛用いる⽜のは誰 か,当該所有者等の自然人かシステムかという問題が残る。
さらに,⽛他人⽜(自賠法⚓条)とは,人身損害を被り損害賠償請求権を取 得する者だから,損害賠償責任を負う⽛運行供用者及び運転者以外の者⽜を いう40)。完全自動運転車事故の原因がメーカーの製造物の⽛欠陥⽜にある場 合,⽛運行供用者⽜又は運転者が人身損害を被っても損害賠償責任を負わな いが,搭乗者が人身損害を被った場合,⽛運行供用者⽜又は運転者は搭乗者 との関係でも,⽛他人⽜に当たるかが問題となる。この場合の事故は,既存 自動車事故とは異なり,完全自動運転車は加害車ではない41)ので自損事故で あり,⽛運行供用者⽜及び運転者も,搭乗者との関係において,⽛他人⽜に当 たると整理することが妥当かという問題である42)。
⛹ ⽛自動車の運行に関し注意を怠らなかったこと⽜(自賠法⚓条但書)の 意義43)
既存自動運転車の場合には,⽛運行供用者⽜は⽛自動車の運行に関する注 意⽜として,運転に関する注意義務(以下⽛運転注意義務⽜という。自ら運
39) 中川・前掲注21)47頁は,経済的利益を享受するメーカーと損害を被る被害 者が分離する点を問題にする。
40) 最⚒小判昭和37年12月14日民集16巻12号2407頁参照。
41) 福田弥夫⽛自動運転と損害賠償責任⽜日本交通政策研究会編⽝自動車交通研 究 環境と政策 ⽞37頁(2016)は,完全自動運転車事故については,⽛運行 供用者⽜責任を否定する。
42) 佐野誠⽝ノーフォルト自動車保険論⽞45頁(保険毎日新聞社,2016)。
43) 渡部・前掲注34)37頁。
転しない場合には,運転者の選任監督義務)と点検整備に関する注意義務
(以下⽛点検整備義務⽜という。道路運送車両法47条,47条の⚒,48条参照)
が認められる44)。自動運転車においては,システムからのドライバーへの車 両制御権限の委譲があればドライバーは対応することが求められるから,ド ライバーは,運転注意義務として,システムの自動車の運行について監視義 務を負う。点検整備義務については,次のサイバーリスクとの関係で問題と なる45)。完全自動運転車の場合,運転注意義務は問題とならず,点検整備義 務については,上記と同様である。
🄥🄥 サイバーリスク
(完全)自動運転車は走る PC(Personal Computer)であるから,サイバ ー攻撃(Cyber Attack)の脅威は常にある。車載ソフトウエアをアップデ ートする46)ことは点検整備義務の履行になる。しかし,ネットワークへの接 続により,車載プログラムが破壊されたり書き換えられたり遠隔操作された りして事故が惹起された場合,車両の⽛欠陥⽜としてプログラムの変更がな されることも否定できないが,車両の⽛引渡時⽜に⽛欠陥⽜が認められなか ったとき,自動運転車の場合はもとより,完全自動運転車の場合でも,⽛運 行供用者⽜に事故の加害責任を負わせるという整理の妥当性が問われる47)。
⛻ 危険時間の明白化と社会的合意
完全自動運転の普及により交通事故発生件数が実際に減少した場合,自賠 責保険料も任意対人賠償保険料も引き下げられる。さらに,GPS,DR 及び EDR 等によるモニタリングを通じて,危険と保険料との対価関係が一層明
44) 北河=中西=小賀野=八島・前掲注29)62頁。
45) 藤田・前掲注26)24頁注7)。
46) 更新したソフトウエアの情報に瑕疵があったり,ウイルスが混入したりした 場合,運転者,車載機器メーカー,道路インフラ等との責任分担が問題となり 得る(⽛情報提供に伴う責任⽜論)(美研クリエイティブセンター編⽝自動車オ ートパイロット開発最前線 要素技術開発から社会インフラ整備まで ⽞246 頁〔中山幸二〕(NTS,2014))。
47) 小塚荘一郎⽛自動車のソフトウエア化と民事責任⽜ジュリスト1501号42頁~
43頁(2017)。
らかになってくる。⽛運行⽜という概念を車庫から車庫までと広く解しても,
平日では,多くの所有者が⚒時間程度の通勤時間を除く,自宅車庫または勤 務先駐車場に停車している時間は,シェアリング等しない限り,人身事故の 加害危険は極めて低い。にもかかわらず,⽛被害者保護⽜という目的から,
自賠責保険契約を義務的に締結させ自賠責保険料支払義務を負わせることに ついて,社会的合意が得られなければ,⽛選択民保⽜制度48)への移行が唱え られるかもしれない。任意自動車総合保険契約では,車両保険条項と人身傷 害条項を除いて,賠償責任条項49)は,スマートフォンのアプリを使ってのタ イムチャージ型になる可能性がある。このような任意自動車保険契約の動向 が,自賠責保険契約に何らかの影響をもたらすと思われる。
⚔ 結 語
完全自動運転車を⽛自動車⽜(自賠法⚒条⚑項)に該当すると整理しても,
搭載 AI 自ら⽛判断⽜する能力を有し高性能になればなるほど,搭載 AI を 中心に,IoT として道路上のインフラ機器,車両同士及び歩行者のスマート フォンと連携し,⚓D画像診断,エンジン,ハンドル,ブレーキ,アクセル 及び情報通信機器等の制御系統が人体と同様に著しく複雑なものとなる。し たがって,完全自動運転車事故が発生した場合,車両をモニタリングしてい ても抽象的な事故原因は推測できるであろうが,事故原因の具体的な特定は 相当な時間と費用を要する作業となる。
人身損害については,自賠責保険会社がメーカーに対し被害者の損害賠償
48) 石田満⽛自賠責保険と任意保険の一本化⽜田辺康平=石田編⽝損害保険双書
⚒自動車保険⽞275頁(文眞堂,1974),金澤理⽛プラチナ自動車保険構想の提 唱⽜損害保険研究65巻⚓・⚔号10頁~12頁(2004)。
49) 近時,自動運転車事故について,被保険者が被害者に対し法律上の損害賠償 責任を負うか否かが不明又は未確定の段階でも,保険会社が被害者に保険金を 支払うという⽛被害者救済費用等補償特約⽜(以下⽛本特約⽜という)が開発 された(日経新聞2016年11月⚘日付〔電子版〕)。本特約は,対人対物賠償保険 契約に附帯する。
請求権を代位求償するにしても,上記の社会的費用がかかるし,上記危険測 定上の課題も認められる。したがって,賠償義務者の存在を前提とする責任 保険は,完全自動運転車事故による被害者救済に必ずしも適するわけではな い。現行の自賠法を尊重しながら,完全自動運転車事故により適した被害者 救済制度を考えるならば,政府の自動車損害賠償保障事業(以下⽛政府保障 事業⽜という。自賠法71条以下)をノーフォルト保険(No-Fault Insur- ance)50)類似の基金(Fund)に発展させることが一案であろう。このとき,
政府保障事業の財源となる賦課金(自賠法78条,80条,81条,82条。同法施 行規則29条)をユーザーだけでなく,政策的にメーカー等からも徴収するこ とが肝要である51)。支払基準は自賠責保険のそれに準じる52)。この場合,不 法行為訴権を維持するのなら,人身傷害保険契約は,政府保障事業の上積み 保険契約として機能するよう制度設計すべきであろう。
物損については,完全自動運転車の搭載 AI は非汎用型(特定型)ではあ るが,自然人の脳に近づき,AI からなされる車体の制御系統は人体に近づ く。買主が完全自動運転車を購入し買主に⽛引渡時⽜に当該自動運転車に
⽛欠陥⽜があっても又は経年劣化により AI 又は車体の制御系統に故障が生 じても,それらは自然人の疾病に相当する。外部からの自動運転車の情報通 信 OS 又はソフト関係にウイルスが感染することは,自然人がウイルスに感 染するのに相当する53)。車載 AI はディープラーニングにより当該自動車ユ
50) 山下・前掲注26)31頁~32頁。
51) 政府保障事業は賦課金を財源とする(自己〔賦課金負担者〕及び他人〔それ 以外の者〕の傷害の保険としての)(自賠責)無保険車傷害保険類似の救済事 業(保障ファンド)と捉えるべきことについては,肥塚肇雄⽛政府保障事業を めぐる現代的課題⽜日本交通法学会編・交通法研究35号56頁~57頁(2007),
肥塚肇雄⽛政府保障事業をめぐる現代的課題⽜法律時報78巻11号81頁(2006)
⽛被保障者⽜は自己〔賦課金負担者〕及び他人〔それ以外の者〕,すなわち被害 者である。また,近内・前掲注26)1617頁,山下・前掲注26)32頁参照。
52) 前掲注24)。
53) 国の状況については,NHTSA, Cybersecurity Best Practices for Modern Vehicles (Report No. DOT HS 812 333) (Oct.2016) 参照。
ーザーに適した生活スタイルを学習しているので,事故による車両損害はク ラシックカーの車損以上に損害査定が困難になる。
車載 AI に法人格の付与までは難しいと考えるならば,胎児が無保険車傷 害保険契約の被保険者として認められるかという問題54ó 55)と類似して,車載 AI(胎児)は権利能力を有する⽛人⽜ではないが,政府保障事業の⽛被 保障者⽜(傷害保険契約では保険事故の客体である⽛被保険者⽜)として認め ることができるかは検討に値する問題ではないだろうか。すなわち,完全自 動運転車事故により搭載 AI 及び情報制御系統に損害が生じた場合も,政府 保障事業の守備範囲とするという考え方である。不法行為訴権を維持するな ら,(仮称)⽛車載 AI 傷害保険契約⽜(人身傷害保険契約)を創設し,そ れが政府保障事業の上積み保険契約となる。
現時点では,完全自動車運転が走行する段階に入っても,⽛被害者救済⽜
に手厚い世界に冠たる自賠法を維持するため,適正な手当を講じることが求 められるように思われる。
【付記】本稿は,科学研究費補助金(平成27年度採択)⽛ビッグデータ時代に おける顧客情報の利活用促進と生命保険契約等の将来的課題⽜(挑戦的萌芽 研究〔15K12977〕)の研究成果の一部である。
(筆者は香川大学教授・弁護士)
54) 最⚓小判平成18年⚓月28日民集60巻⚓号8756頁,判時1927号142頁,判タ 1207号73頁。肥塚肇雄⽛自動車傷害保険契約の⽝被保険者⽞の意義と⽝胎児⽞
の法的地位 定額給付型傷害保険契約に絞って ⽜賠償科学32号74頁以下
(2005),肥塚肇雄⽛判批⽜私法判例リマークス34号90頁以下(2007)。
55) 生命保険のめばえとしての奴隷保険が参考になる(木村栄一⽛奴隷保険と生 命保険 世界最古の真正生命保険証券 ⽜生命保険文化研究所編・文研論集⚓
号⚔頁,16頁(1966))。