博 士 ( 農 学 ) 坂 本 晋 一
学 位 論 文 題 名
野 生 ダ イ ズ の 硬 実 性 の 遺 伝的 制 御 機 構と ダ イ ズ の 栽 培 化 に お ける 遺 伝 的 役割
学 位 論 文 内 容 の 要旨
ダ イズの祖先野生種であるツルマメ(Glycine max subsp, soja)の硬実性の遺伝的制御機構とツル マ メの ダ イズ の栽 培化 過 程における遺伝的役割 についての情報は限られて いる。本研究では、
ツ ルマ メ のも つ硬 実性 の 遺伝 的支 配様 式と 関 与QTLを明らかにし、ダイズ の栽培化における役 割 に つ い て 調 査 し た 。 本 論 文 は5章 から 構成 さ れ、 第1章が 緒言 、第2章 が研 究小 史 、第3章 が 分子 マ ーカ ーを 用い た 硬実 性の 遺伝 学的 解 析、 第4章がSSR多 型 に基 づく ダイズとツルマメ の 遺伝 的 関係 、第5章 は、 雑種 模擬 群 落集 団の 異な る 選択 圧に 対す る反 応 、第6章が総合考察 とな っている。なお、本研究では ツルマメをダイズの亜種と して扱い、上記の学名で表記した。
第1章の 緒諭 では 、 作物 の栽 培化 に おけ る環 境適応性 の減少と、その後の近代育 種おける特定 品種 へ の依 存が 遺伝 資源 の喪失を招いた歴史的事実を ふまえ、育種素材として特 定の遺伝資源 への 偏 重を 回避 する こと 、 新た な遺 伝資 源を 探 索、 開発 する こ との 重要性につ いて論じた。
第2章 の 研究 小史 では 、遺 伝 資源 の重 要性 お よび 野生種の積極的な利用に ついて詳述した。第 1節で は 、野 生種 の積 極的 な 利用 に伴 う、 野 生形 質の遺伝子座の同定につ いてその歴史的過程 を中 心に 概説 し た。 第2節 で は野 生形 質の 中 でも 本研究で対象とする硬実 性の遺伝解析および 関連 遺伝 子の 探 索に つい てその歴史的過程を中 心に記述した。これまでの 報告では、種皮色関 連遺 伝子 と硬 実 性の 連鎖 関係が示唆され、硬実 性の喪失の要因は種皮色の 選抜によるものと考 えら れる 。第3節 では 、野 生 種を 含め たダ イ ズ遺 伝資源の育種的利用を事 例的に記述した。特 にツ ルマ メの も つ硬 実性 は病虫害の抵抗性にも 関与することから、硬実性 の遺伝的制御機構の 解明 が栽 培化 過 程の 解明 だけでなく、遺伝資源 の開発においても必要であ ることを述べた。第 4節で は 、野 生種 の利 用お よ び探 索に 伴う 、 起源 および分化過程の諸問題 について概説した。
特に 野生 種ツ ル マメ の分 布および細胞質ゲノム 型との関連性から、ダイズ が多元的起源である こと がこ れま で の報 告か ら示 唆さ れ るこ とを 述べ た。第5節では、野生形 質と環境適応性には 相関 がみ られ る こと から 、栽 培環 境 が野 生型 と栽 培型の分化の主要因とす るOka(1983)の実験
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報 告を 概説 した 。 以上 から ダイ ズの栽培化過程に おける硬実性の喪失には種皮 色以外の因子が 存在するものと考えた。
第3章で は 、ツ ルマ メの もつ 硬 実性 の遺 伝的 支 配様 式お よび硬実性の関与遺伝 子を調査した。
供 試材 料に はダ イ ズ 十系780号 とツルマメ 日 高4号 の交雑F2およびその 後代を用いた。
種 子吸 水率 の変 異 は正 規分 布を 示さ ず 、硬 実型 と非 硬実 の吸水型の2つのモー ドを持つ連続的 な 変異 を示 した 。 親子 相関 は0.82、Wright(1934)の有効因子数は1.88であった 。また、後代で 非 硬実 の吸 水型 が 固定 し、 ツル マヌのもつ硬実性 は硬実を優性とする少数の遺 伝子により支配 さ れ る こ と が 示 され た。F3家 系 でのSSR解 析 から 、Hsl(C2)、Hs2(Dlb+W)、Hs3(G)の3つの 硬 実 性QTLを 検出 した 。ま た、 後 代検 定で 、種 皮 色抑 制遺 伝子の、毛茸色遺伝子 (ガと硬実性と の 間に 共分 離が み られ 、Hs4(A2)が 同定 され た 。こ のHs4(A2)ではJ座とァ座の エピスタシスに より劣性ホモ型のr/itr/f型で裂皮を伴う吸水型となることが判った。Keim et al.(1990)との比較か ら 、Hsl(C2)、Hs3(G)は 本研 究 で新たに得られたQTLであり、Hs2(Dlb+W)とHs4(A2)は、Keim et al.(1990)が報告して いるQTLと共通であるが作用 が異なっていた。従って両者 の交雑系統の遺 伝 的背 景の 差異 が 硬実 性の 遺伝 的制御機構に差異 をもたらしたと考えた。以上 から、硬実性の 遺 伝 的 制 御 機 構 は 、 交 雑 系 統 の 遺 伝 的 背 景 に 基 づ き 複 数 存 在 す る も の と 考 え た 。
第4章で は、日本に自生するツルマ メ、中間型の形態を有する青刈ルダイズ(飼料・緑肥ダイズ)
お よ び 日 本の 栽培 ダ イズ につ いて20個 の 連鎖 群か ら任 意に 選 んだ20個 のSSRマ ーカ ーに よ る 多 型解 析 を行 った 。ツ ルマ メではダイズよりも多くの多 型がみとめられ、ダイズの 有する変異 は ツ ル マ メに もみ と めら れた 。ま た母 系 が同 一の ダイ ズと ツ ルマ メで は核DNAにお ける 変 異 構成は 異なっていた。特にSatt600でダイズにおいてAbe et al.(2003)が報告する地理特異的変異 は ツル マ メに おい ても 認め られた。これらの変異は同所 的に分布するツルマメから の遺伝子流 動 によ り もた らさ れ、 栽培 化の過程での栽培化形質との 共分離によるヒッチハイキ ング効果に より維 持された痕跡のひとつである と推察した。
第5章 では 、北 大 構内 に人 工的 な雑 種 群落 を設 け、F3家系を用 い、播種と収穫を行わない 放任 の 野生 区 、播 種と 収穫 を行 う栽培 区それぞれにおける栽培圧の 差異と雑種個体の動向との 関係 に つい て4か年 の 経年 調査 を行 った 。 その 結果 、野 生区 で は雑 種個 体が 栽 培3年目でほと んど 消 失し 、 硬実 性や 草型 が栽 培環境 に応じて異なることが示され た。越冬性の調査から、雑 種個 体 の喪 失 の要 因の ーっ とし て 硬実 性が 関与 す るこ とを 確認 した 。
第6章の 総 合考 察で 、第3章 から 第5章で の結 果 をも とに 、ツ ルマ メ の硬 実性 の喪 失は 栽 培環 境 に応 じ た播 種と 収穫 の繰り返しによる 無意識的選択により起こっ たものと考察し、ダイズの 栽培化 の過程では、硬実性の喪失 を伴う無意識的選択の効果が 最も大きいことを明らかにした。
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学 位論文審 査の要旨 主査
副査 副査
教授 教授 助教授
喜多村 佐野 阿部
学 位 論 文 題 名
啓介 芳雄 純
野生ダ イズの硬 実性の遺伝的制御機構と ダイ ズの栽培 化における遺伝的役割
本 論文は 125 頁か らなる和 文論文 であり、 図15 と表 16 を含む。
ダ イズの 祖先野生 種であ るツルマ メの硬実 性の遺 伝的制御 機構と ツルマメ のダイズ の 栽培化 過程にお ける遺伝 的役割についての情報は限られている。そこで、ツルマメの も つ硬実 性の遺伝 的支配様 式と関 与 QTL を 明らか にし、ダイズの栽培化における硬実性 の 役割お よび両種 の雑種群 落模擬集団の異なる選択圧に対する反応について調査した。
得 られた 結果の概 要は以下 の通り である。
1 .分子マーカーを用いた硬実性の遺伝学的解析
ツル マメの もつ硬実 性の遺 伝的支配 様式およ び硬実性の関与遺伝子を調査し、種子吸 水率 の変異 は正規分 布を示さ ず、硬 実型と非 硬実の 吸水型の 2 っの モード を持つ連続的 な変異を与えることを示した。親子相関は0 . 82 、 Wright (1934) の有効因子数は 1 .88 で あっ た。ま た、後代 で非硬実 の吸水 型が固定 し、ツルマメのもつ硬実性は硬実を優性と する少数の遺伝子により支配されることが示された。F3 家系でのSSR 解析から、Hsl (C2) 、 Hs2 (Dlb+W) 、 Hs3 (G) の 3 つの硬実 性QTL を検出し た。また、後代検定で、種皮色抑制遺 伝子(の、毛茸色遺伝子(ガと硬実性との間に共分離がみられ、Hs4 (A2) が同定された。
こ の Hs4 (A2) では J 座とア座 のエピス タシス により劣 性ホモ 型の i/i ちん型 で裂皮を 伴 う吸水型となることが判った。Hsl (C2) 、Hs3 (G) は本研究で新たに得られたQTL であり、
Hs2 (Dlb+W) と Hs4 (A2) は 、Keim et al. (1990) が 報告しているQTL と共通であるが作用 が異 なって いた。従 って両者 の交雑 系統の遺 伝的背景の差異が硬実性の遺伝的制御機構 に差 異をも たらすも のであり 、硬実 性の遺伝 的制御機構は、交雑系統の遺伝的背景に基 づき複数存在するものと考えた。
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2. SSR 多型に基づくダイズとツルマメの遺伝的関係
日本に自生するツルマメおよび栽培ダイズについて20 個の連鎖群から任意に選んだ 20 個の SSR マーカーによる多型解析を行った。ツルマメではダイズよりも多くの多型 を認め、ダイズの有する変異はツルマメにも認められた。また母系が同一のダイズとツ ルマメでは核DNA における変異構成は異なっていた。特にSatt600 でダイズにおいて Abe et al. (2003) が報告する地理特異的変異はツルマメにおいても認められた。これら の変異は同所的に分布するツルマメからの遺伝子流動によりもたらされ、栽培化の過程 での栽培化形質との共分離によるヒッチハイキング効果により維持された痕跡のひと っであると推察した。
3 .雑種群落模擬集団の異なる選択圧に対する反応
北大構内に人工的な雑種群落を設け、播種と収穫を行わない放任の野生区、播種と収 穫を行う栽培区それぞれにおける栽培圧の差異と雑種個体の動向との関係について4 か年の経年調査を行った。野生区では雑種個体が栽培3 年目でほとんど消失し、硬実性 や草型が栽培環境に応じて異なることが示された。越冬性の調査から、雑種個体の喪失 の要因のーっとして硬実性が関与することを確認した。以上の結果から、ツルマメの硬 実性の喪失は栽培環境に応じた播種と収穫の繰り返しによる無意識的選択により起こ ったものと考察し、ダイズの栽培化の過程では、硬実性の喪失を伴う無意識的選択の効 果が最も大きいことを明らかにした。
本研究は、ダイズの硬実性の遺伝的制御機構を明らかにするとともに、硬実性がダイ ズの栽培化に果たした役割を遺伝的に示したものであり、学術的に高く評価できる。
よって、審査員一同は、坂本晋一が博士(農学)の学位を受けるに十分な資格を有す るものと認めた。
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