博 士 ( 農 学 ) 福 島 久 代
学 位 論 文 題 名
法 医 物 体 検 査 に お け る 分 子 生 物 学 的 手 法 の 応 用 に 関 す る 研 究
学 位 論 文 内 容 の 要 旨
法医 物体 検査 における主要な検査 項目のーつである人獣識別は、従来からヒト血清やヒト ヘ モグ 口ビ ン抗 体に対する反応性を 指標として血清学的な方法で行われてきたが、ヒトと進 化的に近縁である、゛霊長 類に属する動物(チンパンジー、二ホンザルなど)に由来する試料 は、ヒト抗体に対して交差 反応を示すため、霊長類間における識別の特異性が問題とされる。
本論 文の 第1部で は、 こ の問 題を 解決 し、 さらに簡便で特異性の高い人獣識別法を開発す る こ と を 目 的 と し て 、 分 子 生 物 学 的 手 法 に よ る 人 獣 識 別 法 の 検 討 を 行 っ た 。 人獣 識別 の指 標として、これまで に、セキツイ動物において広く保存されていることが示 さ れて いる 、歯 のエナメルタンパク 質のーつである、アメ口ゲニンタンパク質をコードする 遺 伝子 の塩 基配 列を用いた。アメ口 ゲニン遺伝子のイント口ン領域の塩基配列をヒトとヒト 以 外の7種 の霊 長類 、すなわち、二ホンザル(Macaca fuscata)、 フランソワルトン(Pres緲仏 カ .ancdsj) 、ブ ラッ ザゲ ノン (Cerc〇pfmecusnegたcfus) 、ム ーア モン キー (Aねcaca maun俗 ) 、 ボ ル ネ オ オ ラ ン ウ ー タ ン (P〔mgDpj′gmaeuspj′gmaeus) 、ゴ リラ (G〇Hぬ gI〇ガf脚 およ びチ ンパ ン ジー (Rmfr〇gbめ 厄eS冫に つい て解 析し たと ころ、ヒ卜以外の7 種 の霊 長類 にお けるアメロゲニン遺 伝子は、いずれもヒトと非常に高い相同性を示したが、
ヒ 卜 以 外 の7種 に共 通し て2/3塩 基の 違い が認 めら れる 部位 が 存在 して いた 。こ の部 位の 塩 基 の 違 いを アレ ル特 異的 プラ イ マー を用 いたPCRによ って 検 出す る方 法を 確立 し、 本法 を 用 い る こ と に よ っ て 、 ヒ ト と ヒ ト 以 外 の 霊 長 類 を 明 確 に 識 別 す る こ と が で き た 。
本 論文 の第2部 では 、法 医 物体検査における血液型検査のうちで最も 一般的な血液型であ る 、ABO式 血 液 型 の 検 査 に お い て 、 抗A‑B血 清 と 共に 抗H凝集 素と して 用い ら れて いる 、
ハルエニシダ(Ulex euror:aeus)の種子由来の抗Hレクチンに関する分子生物学的研究を 行い、遺伝子配列を基にして組換え抗Hレクチンを生産する方法を開発するための検討を 行った。
ハリ エ ニ シダ ゲ ノムDNA中から 既知のレ クチンタ ンパク質で ある、MeXeur〇paeus agglutininI,UEA―Iと 非 常に 相 同 性の 高 いタ ン パ ク質 を コー ド す る遺 伝 子、Mex eur〇paeuslectin1,[ゾE乙j遺伝子を単離し、同遺伝子がコードするタンパク質の構造解析 を行 った。そ の結果、UEL1夕ンパク質はUEA一夕ンバク質にみられる、マメ科レクチン に共通した立体構造をとることが示された。
ハリェニシダ植物体におけるびE乙i遺伝子の発現をノーザン解析により解析したところ、
UE.u遺伝子は、種子に特異的に発現しており、種子の成熟期において一過的に転写される こと が示され た。また 、抗UELl抗体 を用いたウ ェスタン解析によって、UEL1夕ンパク 質は、種子においては成熟期以降に蓄積されていることが示され、種子以外にも根、茎にお いて抗UEL1抗体に対して交差反応を示すタンパク質が検出された。これらの結果とハリ ェニ シダゲノ ムDNAのサザン解析の結果から、ハリェニシダ中には、UEL1夕ンパク質以 外のイソレクチンが存在している可能性が示され、ゲノムDNAの部分ライブラりを作製し てスクルーニングを行ったところ、2つのイソレクチンをコードすると考えられる遺伝子、
〔′Eエ 2および〔「E.{ー3遺伝子を単離した。
U田i遺伝子を導入した大腸菌発現系および大腸菌由来の無細胞発現系において、得られ た組換えUEL1夕ンパク質は、不溶性の凝集体を形成しており、血球凝集活性を示さなか ったことから、レクチン活性の発現には翻訳後の修飾の過程が必須であると考えられた。
.UEL1遺 伝子を導 入したトランスジェニックタパコBY一2培養細胞から得られた組換え UEL1夕ンパク質は、フコースカラムを用いたアフイニテイークロマトグラフイーによって 容易に精製され、得られた精製UEL1夕ンバク質は、血球凝集活性、糖鎖特異性において U&トIと同様の 活性を示 し、ABO血液 型検査にお ける抗H凝集素として応用しうること が示された。また、本法は、均一な性質をもつ高力価の抗H凝集素を安定して生産するこ とができ、血液型検査においても有用であると考えられた。
以上の結果から、法医物体検査において、分子生物学的手法を用いることで、人獣識別に おいては近縁の種間における特異性の問題を解決することができ、また、ABO式血液型判 ―1050−
定においては、抗H凝集素の安定した生産が可能になることが示され、以上の2点から、
分 子 生 物 学 的 手 法 を 応 用 す る こ と の 有 用 性 が 明 ら か に さ れ た 。
学位論文審査の要旨
学 位 論 文 題 名
法医物体検査における
分子生物学的手法の応用に関する研究
法医物 体検査 における 主要な 検査項目 のーつ である人獣識別は、従来からヒト血清やヒト ヘモグ 口ビン 抗体に対 する反 応性を指 標として 血清学的な方法で行われてきた。しかしなが ら、ヒ トと進 化的に近 縁であ る霊長類 に属する 動物(チンバンジー、二ホンザルなど)に由 来する 試料は ヒト抗体 に対し て交差反 応を示す ため、霊長類間における識別の特異性が問題 となっている。
本論文 の第1部では 、この 問題を解 決し、さ らに簡 便で特異 性の高 い人獣識別法を開発す る こ と を 目 的 と し て 、 分 子 生 物 学 的 手 法 に よ る 人 獣 識 別 法 の 検 討 を 行 っ た 。 人獣識 別の指 標として 、歯の エナメル タンパ ク質のーつでセキツイ動物において広く保存 されて いるこ とが示さ れてい るアメ口 ゲニンを コードする遺伝子の塩基配列を用いた。アメ 口ゲニ ン遺伝 子のイン ト口ン 領域の塩 基配列を ヒトと ヒト以外 の7種の霊長類、すなわち、
二ホン ザル(Macaca fuscata)、 フランソ ワルト ン(Presbytis franco樹)、プラッザゲノ ン (C台rc( 嚠meCuSnegたCfuS) 、ム ー ア モン キ ー (AねcacamauruS)、ボル ネオオ ラン ウータ ン(p〇ng・〇p3′gmaeuspj′gmaeus)、ゴリラ(G甜i〃ag(撒)およびチンバンジー
(Rm觚)g^)dj′fes)について解析したところ、ヒト以外の7種の霊長類におけるアメ口ゲニ ン 遺伝 子 は、 いずれ もヒトと 非常に 高い相同 性を示し たが、 ヒト以外 の7種に共通 して2/ 3塩 基の違 いが認め られる部 位が見 いだされ た。こ の部位の 塩基の 違いを配列特異的プライ マーを 用いたPCR法に よって 検出する 方法を確 立し、 本法を用 いるこ とによって、ヒトとヒ 卜以外の霊長類を明確に識別することができることを実証した。
本論文 の第2部では 、法医 物体検査 における 血液型 検査のう ちで最 も一般的な血液型であ るABO式 血 液 型 の 検 査 に お い て 、 抗Aお よ び 抗B血 清 と共 に 抗H凝 集 素 とし て 用 いら れ て ―1052−
哲 男之 房 雅 藤田 川 内冨 石 授授 授 教 教教 助 査査 査 主副 副
いる、ハリエニシダ(Ulex europaeus)の種子由来の抗Hレクチンに関する分子生物学的研 究を行い、単離した遺伝子配列をもとにして組換え抗Hレクチンを生産する方法を開発する ための検討を行った。
ハ リ ェ ニ シ ダ ゲ ノ ムDNAか ら 既 知 の レク チ ン タン バ ク質 で あ る、UEA‑I(Ulex europaeus agglutininI)と非 常に相同 性の高い タンパク質をコードするUEL1(Ulex europaeus lectin1)遺伝子を単離し、同遺伝子がコードするタンバク質の構造解析を行っ た。その結果、UEL1夕ンバク質はUEA‑I夕ンパク質にみられる、マメ科レクチンに共通し た立体構造をとることが示された。
ハリェ ニシダ植 物体におけるUEL1遺伝子の発現をノーザン法により解析した結果、
UEL1遺伝子は種子に特異的に発現しており、種子の成熟期において一過的に発現すること が示された。また、抗UEL1抗体を用いたウェスタン解析によって、UEL1夕ンバク質は種 子において成熟中期以降に蓄積されることが示された。また、種子以外にも根や茎において 抗UEL1抗体に対して交差反応を示すタンパク質が検出された。これらの結果とハリェニシ ダゲノムDNAのサザン解析の結果から、ハリェニシダゲノムには、UEL1夕ンバク質以外の イソレクチンが存在している可能性が示された。そこで、ゲノムDNAの部分ライブラリー を作製してスクリーニングを行い、2つのイソレクチンをコードすると考えられる遺伝子、
UEL2およびUELーコ遺伝子を単離した。
UEL1遺伝子を導入した大腸菌発現系および大腸菌由来の無細胞発現系において、得られ た組換えUEL1夕ンパク質は不溶性の凝集体を形成しており、血球凝集活性を示さなかった ことか ら、レク チン活性 の発現には翻訳後の修飾の過程が必須であると考えられた。
UEu遺伝子 を導入し たトランスジェニックタバコBいえ培養細胞から得られた組換え UEL1夕ンバク質は、フコースカラムを用いたアフイニティーク口マトグラフイーによって 容易に精製され、得られた精製UEL1夕ンパク質は、血球凝集活性、糖鎖特異性において UBいIと同様の活性を示し、ABO式血液型検査における抗H凝集素として応用しうること が示された。また、本法により、均一な性質をもつ高力価の抗H凝集素を安定して生産する ことができ、血液型検査において有用であることを示した。
以上のように、法医物体検査において分子生物学的手法を用いることにより、人獣識別に おいては近縁の種間における特異性の問題を解決することができることを、また、ABO式 血 液 型 判 定 に おい て は抗H凝 集 素 の安 定 した 生 産 が可 能 にな る こ とを 実 証し た 。 よって審査員一同は、福島久代が博士(農学)の学位を受けるのに十分な資格を有する ものと認めた。