博 士 ( 農 学 ) 中 島 隆
学 位 論 文 題 名
コ ム ギ の 紅 色 雪 腐病 抵 抗 性 に関 す る 研 究
学 位 論 文 内 容の 要 旨
コムギ雪腐病は積雪寒冷地帯における秋播コムギ栽培の最大の生産阻害要因であ る。本研究は東北地域で最も重要な紅色雪腐病に対する抵抗性検定法を開発し、抵 抗性に及 ぼす環境要因と抵抗性の機作を明らかにする目的で行ったものである 紅色雪腐病菌(Microdochium nivale)は積雪下で植物を侵害するが、その菌糸生 育適温は10‑20゜Cの常温域にある。本菌は他の土壌微生物との競合に弱く、それら 微生物の活性が低い積雪下で植物を利用する生態的特徴を持つ。この特徴を利用し て、他の土壌微生物の影響を排除して、常温域で接種し本病に対する抵抗性を評価 する方法を検討した。滅菌土壌を用いて、土壌微生物の活性を下げた状態でコムギ を育苗し、ふすま・バーミキュライトで培養した接種源を土壌表面に散布レ、吸水 した脱脂綿で被覆し、ふたをした。接種後の静置温度を15 ‑18°Cの常温域に設定す ると、判定までの日数を大幅に短縮することができることを明らかにした。本接種 法を常温接種法と命名した。
また、接種後の処理日数を数段階設けることにより、50%枯死日数(Llso)で品 種の雪腐病抵抗性を定量的に表現した。こうレて得られたLIsoの値と圃場試験で得 られた抵抗性の値には高い相関があり、本法の実用性を実証した。LIsoは使用する 菌株の病原力、供試植物の雪腐病抵抗性、および静置温度により変化するので、試 験目的に応じた静置温度を選ぷことにより抵抗性を正確に評価できることを指摘し た。コムギと紅色雪腐病菌の系では、18゜Cでは静置日数が短かすぎ微妙な抵抗性の 差を検出レにくいので、15゜Cが適当であった。
抵抗性の変化を生態的にとらえる目的で、LIsoを指標とし根雪前の抵抗性を7年 間調査し、その間の気象データとの関連を解析した。その結果、播種から根雪まで の積算気温と密接な関係があったが、総日射量とは相関がないことを明らかにし た。抵抗性極強品種の「PI173438」は積算気温が上がるとLIsoが急激に上昇した が、抵抗性弱の「フクホコムギ」ではごく僅かしか上昇しなかった。っぎに播種か ら根雪まで定期的に紅色雪腐病抵抗性の変化を調ぺた。その結果、播種後レばらく の間は品種間差が検出できなかったが11月中下旬以降になり、日平均気温が5°C以
下に低 下すると 「PI173438」は抵 抗性が急 に上昇し 、「ナン ブコムギ」および「キ 夕カミ コムギ」 との間に 有意差が ついた。 しかし、 両年次とも 「キ夕カミコムギ」
と「ナ ンブコム ギ」では 播種から 根雪まで の期間に わたり、抵 抗性に差がないこと を明らかにレた。
積雪下 における 紅色雪腐 病抵抗性 の衰退過 程を追跡 レた。その 結果、各品種の抵 抗性は 埋雪期間 が長くな るにした がって低 下したが 、その程度 は品種により異なっ た 。「 キ 夕 カミ コ ムギ 」 の 抵抗 性 の 低下 程 度が「ナ ンブコム ギ」より も大きか っ た。「 ナンブコ ムギ」は 積雪スト レスに耐 性である ため、根雪 前の抵抗性が「キ夕 カミコ ムギ」と 同じであ っても、 融雪後の 抵抗性が 高く表れる と推察された。以上 の知見 をもとに 、播種か ら雪解け までの紅 色雪腐病 抵抗性の変 動を品種別に類型化 して4っ のタイプ にま`と め、抵抗 性進展曲線による生態的な分析から、品種の地域 適応性が判定可能であると結諭した。
抵抗性 に及ぼす 環境要因 を明らか にするた めに、人 工気象室を 用いて紅色雪腐病 抵抗性 の発現に 必要なハ ードニン グ温度を 検討レた 。その結果 、「PI173438」では 6°C以 下 の低 温 処理を加 えた場合の み抵抗性 発現が見 られたが 、14℃−8℃ 区では 発現し なかった 。「ナン ブコムギ 」では14℃では発現しなかったが、12゜C以下の温 度で抵 抗性が発 現した。 レかし、4°C以下の低温処理でも12゜C処理の場合と発現量 は 大差 な く 、4゜C以下 で は「PI173438」 より 発現量が 少なかっ た。以上 のことか ら、抵 抗性が誘 導される 上限温度 に品種間 差がある ことを初め て明らかにした。つ ぎに抵 抗性発現 に必要な ハードニ ング期間 を検討し た。その結 果、2゜Cのハードニ ング区 では、抵 抗性の上 昇が短期 間で終了 し、その 後漸増した 。一方、6゜Cのハー ド ニン グ 区 では 、 最初 の1週 間 の抵 抗 性の 発 現 量が2゜C区 よ りも 少 な いが 、その 後 、直 線 的 な上 昇を続 け、5週間後 には2°C区 よりも高 い抵抗性 となった 。秋季に 野外試 験で観察 された抵 抗性の直 線的上昇 は人工気 象室を用い た試験では6°Cのハ ードニ ング区と 類似して いること を明らか にした。 抵抗性は人 工気象室での初期生 育期間 が長くな るにっれ て増加し たが、初 期生育2週 間目の処理 区は1週目の処理区 よりも 有意に低 下した。 その後、 抵抗性は3‑7週間にかけては直線的に増加レ、品種 間 差 は 初 期 生 育 期 間 が 長 く な る に っ れ て 大 き く な る こ と を 明 ら か に し た 。 抵抗性 の発現に 必要な光 強度と日 長時間を 検討した 。抵抗性は2゜Cのハードニン グ処理時に光がないと発現せず、光強度75 [LII10IITl‑2S‑1からみられ、150yniolm‑2S‑lで 飽和に 達し、日 長時間と 有意な相 関関係が ないこと を明らかに した。以上のことか ら 、 抵 抗 性 発 現 に 光 は 必 須 で あ る が 、 制 限 要 因 に は な ら な い と 結 諭 さ れ た 。 以上の 個体レペ ルの研究 で得られ た知見を もとに、 抵抗性に関 与する物質の存在 が 示唆 さ れ 、そ の発現 ・衰退には3段階の過 程がある とする仮 説を立て た。すな わ ち 、初 期 生 育に より蓄 積された前 駆物質が ハードニ ングによ りKey物質に 変わり、
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そ れが積雪 下で消耗 されるこ とにより 、最終的 に融雪後の抵抗性の差として表れる と推察した。
抵 抗性の機 作を解明 するため に紅色雪 腐病菌の侵入過程を走査電顕で観察したと こ ろ、気孔 侵入が主 で、角皮 侵入は観 察されな かった。ハードニング無処理区で接 種4日目から 、ハード ニング処 理区では6日後から菌糸の侵入が認めらた。葉への侵 入 開始まで の時間に 品種によ る差はな かった。 また、凍結葉に本菌は侵入できず、
気 孔からの 侵入頻度 に品種間 差がない ことを明 らかにした。葉身の病斑の長さにも 品 種間差が ないこと から、抵 抗性の差 は葉身で は発現していないと結論された。積 雪 下 に おけ る コ ムギ 葉 身のク口 ロフアル の分解は ハードニ ング処理区 のみでみ ら れ、ハー丶ドニング無処理の場合には起こらないことを初めて明らかにした。ハード ニング処理をして0.75゜Cでインキュベートしたコムギの場合、[3‑1,3‑glucanase, chitinase,PR‑la,peroxidaseは、紅色雪腐病菌を葉の先端部に接種しただけで、病原 菌 が 到 達し て い ない 冠 部にも誘 導される ことを明 らかにし た。これら は接種に よ り 、より早 くより強 く誘導さ れたが、 ハードニ ング処理単独の無接種区でも誘導さ れ ることを 示レた。PR‑laは、ハー ドニング 処理した抵抗性極強品種の「CI14106」 で 抵抗性弱 品種の「Norstar」の場合と比較して、より強くより早く誘導され、この 品 種 間 差 は 無 接 種 の 場 合 と ハ ー ド ニ ン グ 処 理 単 独 の 場 合 で も 確 認 さ れ た 。 以 上のこと から、常 温接種法 の開発に より抵抗性検定法が大きく改良され育種の 効 率化に貢 献した。 またLIsoによ る抵抗性 の定量化が可能となり、抵抗性発現に関 与 する環境 要因が定 量的に解 析され、 抵抗性の 機作の解明に繋がる現象が明らかに なった。
学位論文審査の要旨 主査 教授 生越 明 副査 教授 喜久田嘉郎 副査 教授 小林喜六
学位論文題名
コムギの紅色雪腐病抵抗性に関する研究
本 論 文 は 和 文 で 記 さ れ 、 図 28 、 図 版 14 、 表 10 を 含む 総 頁 数 152 か ら な り、 8 章をもって構成されている。
コムギ雪腐病は積雪地帯におけるコムギ栽培の最大の阻害要因である。本研究は 東北地域で最も重要な紅色雪腐病に対する抵抗性検定法を開発し、抵抗性に及ぼす 環 境 要 因 と 抵 抗 性 の 機 作 を 明 ら か に す る 目 的 で 行 っ た も の で あ る 。 紅色雪腐病菌は積雪下で植物を侵害するが、生育適温は10 ―20 ゜C の常温域にあ る。本菌は他の土壌微生物との競合に弱く、それら微生物の活性が低い積雪下で植 物を利用する生態的特徴を持つ。この特徴を利用して、他の土壌微生物の影響を排 除して常温域で接種し、本病に対する抵抗性を評価する方法を検討レた。滅菌土壌 を用いて、コムギを育苗レ、接種源を土壌表面に散布し、吸水脱脂綿で被覆し、接 種後の静置温度を15 ゜ C に設定し、判定までの日数を大幅に短縮した。本接種法を 常温接種法と命名した。
接種後の処理日数を数段階設けることにより、50 %枯死日数(LIso )で品種の雪 腐病抵抗性を定量的に表現可能とした。こうして得られたLIso の値と圃場試験で得 ら れ た 抵 抗 性 の 値 に は 高 い 相 関 が あ り 、 本 法 の 実 用 性 を 実 証 し た 。 LIso を指標とし根雪前の抵抗性を7 年間調査レ、その間の気象デ一夕との関連を 解析した。その結果、播種から根雪までの積算気温と密接な関係があったが、総日 射量とは相関がないことを明らかにした。っぎに播種から根雪まで経時的に抵抗性 の変化を調べた。その結果、播穏後レばらくの間は品種間差が検出できなかったが 11 月中下旬以降になり、日平均気温が5 °C 以下に低下すると抵抗性極強品種の
「PI173438 」は抵抗性が急に上昇することを示した。
積雪下における抵抗性の衰退過程を追跡したところ、各品種の抵抗性は埋雪期間
が長くなるにしたがって低下したが、その程度は品種により異なることを明らかに
した。「ナンブコムギ」は積雪ス卜レスに耐性であるため、融雪後の抵抗性が高く
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表れる と推察さ れた。以 上の知見 をもとに 、播種か ら雪解けまでの紅色雪腐病抵抗 性の変 動を品種 別に類型 化して、 抵抗性進 展曲線に よる生態的な分析から、品種の 地域適応性が判定可能であると結諭した。
人工気 象室を用 いて抵抗 性の発現 に必要な ハードニ ング温度を検討した。その結 果、抵 抗性が誘 導される 上限温度 に品種間 差がある ことを初めて明らかにレた。つ ぎに 抵抗性と 初期生育 期間の関 係を検討 したとこ ろ、初期生 育2週間目 の処理区 は 1週目 の処理区 よりも有 意に抵抗 性が低下 したが、3―7週間にか けて直線 的に増加 し、品 種間差は 初期生育 期間が長 くなるに っれて大 きくなることを明らかにした。
抵抗性 の発現に 必要な光 強度と日 長時間を 検討した 。その結果、抵抗性はハード ニング 処理時に 光がない と発現せず、発現は光強度75 r.cmolmー2S−1からみられ、
150 pLIT10IHl‑ 2S一1で飽和に達し、日長時間と有意な相関関係がないことを明らかに した。 これらの ことから 、抵抗性 発現に光 は必須で あるが、制限要因にはならない と結諭された。
っぎに 抵抗性の 機作を解 明するた めに紅色 雪腐病菌 の侵入過程を走査電顕で観察 したと ころ、気 孔侵入が 主で、角 皮侵入は 観察され なかった。また、凍結葉に本菌 は侵入 できず、 気孔から の侵入頻 度に品種 間差がな いことを明らかにした。葉身の 病斑の 長さにも 品種間差 がないこ とから、 抵抗性の 差は葉身では発現していないと 結諭された。積雪下におけるコムギ葉身のク口口フィルの分解はノヽードニング処理 区のみ でみられ 、ハード ニング無 処理の場 合には起 こらないことを初めて明らかに した。ハードニング処理をレたコムギの場合、p−1|3−glucanase,chitinase|PRー 1a,peroxiclaseは、 紅色雪腐病菌を薬の先端部に接種しただけで、病原菌が到達し ていな い冠部に も誘導さ れること を明らか にした。 これらは接種により、より早く より強 く誘導さ れたが、 ハードニ ング処理 単独の無 接種区でも誘導されることを示 レた 。PR−laは、 ハードニ ング処理 した抵抗 性極強品 種の「CI14106」で 抵抗性弱 品種 の「Norstar」の 場合と比 較レて、 より強く より早く 誘導される ことを明 らか にした。
以上の ことから 、常温接 種法の開 発により 抵抗性検 定法が大きく改良され、育種 の 効率 化 に 貢献 す ると と も に、 抵抗性発 現に関与 する環境要 因が定量 的に解析 さ れ、抵抗性の機作に新知見を加えた。
以上の 研究成果 は、本病 の抵抗性 検定法を 大きく改 良するとともに、抵抗性の機 作に関する新知見をカ‖えたものであり、学術上応用上貢献するところ大きく、高く 評価さ れる。よ って審査 員一同は 、中島隆 が博士( 農学)の学位を受けるに十分な 資格があるものと認めた。