博士(農学)塙 藤徳 学位論文題名
野生植物の誘導的抗菌物質とその生成に関する研究 学位論文内容の要旨
病 原 菌 に 感染し た植 物が誘 導的 に生成 する 二次代 謝産 物のう ち抗 菌 活性 を 有 す るもの は、 ファイ トア レキシ ンと 呼ばれ 植物 の防御 機構 の 一端 を 担 っ ている と考 えられ てい る。こ の現 象に対 する 理解を 深め る こと に よ り 、生態 系に やさし い作 物保護 への 足掛り が得 られな いで あ ろうか。
地 球 上 に は
250
,000
種の種 子植 物が存 在す る。こ れら のうち スト レ ス代謝 産物 を生産 する 植物を 見っ け出す ことt
ま、植物の潜在的な強さ を探る 第一 歩にな るで あろう 。本 研究でf
ま、 身近な存在である北海道 に自 生 す る200
種 以 上 の 植 物 につ い て 、 塩 化 第二銅 水溶 液によ るス 卜 レス を 与 え ること によ り生成 する 抗菌性 二次 代謝産 物の スクリ ーニ ン グを行った。その結果、〔`′´ad〇spD〃umカeめa′Umに対して16種の植物 が、グラム陰性細菌であるEs曲e〃曲´ac〇′´に対して5
種の植物が、グ ラム陽性細菌であるS
卸ル′′〇c
〇cc船aU
′eUs
に対して3
種の植物が、イ ネいもち病菌り′´忙u
艪胎〇ツZaeに対しては2
種の植物が、イネ紋枯病 菌Pe
〃めu
/a
〃a
ガ艪menf
〇sa
に対しては7
種の植物が強い誘導性の抗菌活 性を示した。こ れ ら の スクリ ーニ ングの 結果 などを 参考 にして 数種 の植物 を選 択 し、 そ れ ら が実際 にど のよう なス トレス 代謝 産物を 生成 するの か天 然 物化 学 的 手 法を用 いて 研究を 行っ た。先 ず、 キク科 のセ イョウ タン ポ ポ(乃 ′
aXacUm
〇所加a艪Web
・)からストレス代謝産物としてレタスニ ンA
(1
)を 、常在性の化合物としてシナピルアルデヒドおよびコニフェ リル ア ル デ ヒドを 単離 同定し た。 これら の化 合物の 同植 物から の報 告 は初 め て で あ る 。 レ タス ニ ンA
は 同 じ キ ク 科 でレか も同 じタン ポポ 亜 科ラク チュ セアエ連(LaCtuceae)に属するレタス(とaCmCaSa
灯旧)の ファイトアレキシンとレて報告されている。この連に属する8
種の植物、レ タ ス 、 二 ガ ナ (
L dentana)
、 ト ゲチ シ ャ ( と .scar0
′a
) 、 セ イ ヨ ウ タ ン ポポ 、工 ゾタ ンポ ポ(F
カ〇ndr
〇enSe)、 ノゲ シ(S
〇nC
カUS〇/eraCeUS)、オ ニ ノ ゲ シ (Slaspe
′ ) 、 ハ マ ニ ガ ナ( 灰e
′ 恬repenS
) が レ タ スニ ンA
を 生 成 す る こ と が 明 ら か に な っ た 。 し か し 同 じ 連 に 属 す る 植 物 で も 、 コ ウ ゾ リナ(鬥ど冖,Sん冶′acめんねs)、コウリンタンポポ(H冶racんmaU′anぬcum)、ヤ ナ ギ タ ン ポ ポ (H,
Um6e
′ /am
川 、 ブタ ナ( 冖ゆ 〇cカ 〇e′ おrad忙a
嚠の4
種i
まレタスニンAを生成しなかった。ユ リ科 のバ イケ イソ ウ( レ′
e
′a灯um9
′an所〃 〇′umL
.)からはレスベラト ロ ー ル 、 オ キ シ レ ス ベ ラ ト ロ ー ル 、 お よ び そ れ ら の3
位 水 酸 基 に グ ル コ ー ス が 結 合 し た 化 合 物 レ ス ベ ラ ト ロ ー ル ‐3
‐ 〇Ip
‐ グ ル コ シ ド 、 オ キ シ レ ス ベ ラ ト ロ ー ル ‐3‐ 〇 一 届 − グ ル コ シ ド (2
) の ス チ ル ベ ノ イ ド4
種 を単 離同 定 し た 。 化 合 物2
は 新 規 化 合 物 で あ っ た 。 さ ら に フ ラ ボ ン 配 糖 体 と し て ア ピ ゲ ニ ン .7
‐ 〇 一 グ ル コ シ ド 、 ル テ オ リン ‐7
. 〇I
グ ル コ シ ド およ びク リソエリオール‐7‐〇Iグルコシドの3種を単離同定した。セ リ 科 の イ ワ ミ ツ ノ く (
Aeg
〇p
〇dmmp〇d
台9
′a
′ ねL
) か ら は ス ト レ ス 代 謝 産 物 と 思 わ れ る ポ リ ア セ チ レ ン 化 合 物 、 フ ァ ル カ リ ン ジ オ ー ル お よ び(勾.1,8‐dihydroxy‐9‐heptadeCene‐4,6‐diyn‐3‐one(3)の2種を、常 在 性 の 化 合 物 と し て ス コ ポ レ チ ン を 単 離 同 定 し た 。 化 合 物3
は 新 規 化 合物であった。ア ヤ メ科 のキ ショ ウブ (´ ′悟
pseUda
,C
〇川sL
. )か らは 多く のフ ラボ ノイ ド が 単 離 さ れ た 。 新 規 イ ソ フ ラ ボ ン4
毎 は そ れ ぞ れ イ リ リ ンA
℃ と 命 名 し た 。 そ の 他 イ ソ フ ラ ボ ノ イ ド と し て イ リ ス テ ク ト リ ゲ ニ ンB
、3
| ‐〇 一 メ チ ル オ ロ ボ ー ル 、 イ リ ス テ ク ト リ ゲ ニ ン
A
、 プ ラ テ ン セ イ ン 、 テ ク ト リ ゲ ニ ン 、 ジ ェ ニ ス テ イ ン お よ び ビ オ カ ニ ンA
を 単 離 レ た 。 こ れ ま で 報 告 例 の 少 な い ク マ ロ ノ ク ロ モ ン 類 が 単 離 同 定 さ れ 、 新 規 化 合 物 を ア ヤ メ ニ ンA
〜E
(7
〜11
) と 命 名 し た 。 ま た 、 既 知 ク マ 口 ノ ク ロ モ ン と し て5
,7
,3
| ‐trihydrOXy
‐6
‐methOXyCOumaronOChromone
、 ル ピ ナ ル ビ ンA
を 単 離 し た 。 さ ら に 既 知 フ ラ ボ ノ イ ド と し て 、 ア ピ ゲ ニ ン 、 ヒ ス ピ デュリン、アル′ピノン、7‐〇‐メチノレジヒドロケンフェローノレ、5,7,2|‐トリヒドロキシフラバノンを単離同定レた。
ア ヤ メ 科 の 植 物 か ら は
B
環 上 で は21
位 の み が 酸 化 さ れ た 化 合 物 が 多 く 単 離 さ れ て い る こ と か ら 、 こ の 科 の 植 物 で は こ れ ま で 知 ら れ て い る マ メ 科 に お け る イ ソ フ ラ ボ ノ イ ド の 生 合 成 と 異 な り 、 オ ル ト ヒ ド 口 キ シ ケ イ 皮 酸 を 基 質 と し た フ ラ ボ ン の 生 合 成 系 が 予 想 さ れ た 。 な お 、 こ こで得られた化合物tまキショウブから初めて報告されたばかりでなく、
アヤメ科のストレス代謝産物の研究としても最初の例であった。得ら れた化合物の抗菌活性はスチルベンで見られたように水酸基のグルコ シル化、あるいはイソフラボンで見られたように水酸基のメチル化、
またはクマロノク口モンヘの環化などによって弱まる傾向が認められ た。
キショウブから得られた化合物の機器分析データの詳細な検討によ り、クマ口ノクロモン類の
1
℃‑NMR
スペクトルにおける化学シフトを 初めて正確に帰属するとともに、(1)フラボノイドにおいては6位のメ トキシル化によって5
位水酸基の化学シフトは対応する6位無置換体に 比べて0.20〜0.23 ppm低磁場シフトすること、(2)質量分析によルクマ ロノクロモンがイソフラボンと;ま異なるタイプのレトロ・ディールス・アルダー開裂を示すことを初めて見いだした。
次に植物の培養細胞を用いてファイトアレキシンの生成に影響を与 える因子について実験を行った。先ず、セイヨウタンポポが培養細胞 の状態でも僅かではあるが生物的工リシターや塩化第二銅または紫外 線のストレスによってレタスニン
A
を誘導的に生成することが分かっ た。エリシターや塩化第二銅によるストレスを与えた場合、レタスニ ンA
;ま1
時間後から生成が見られ、2
時間後にピークに達しその後減 少した。この反応はこれまで報告されているファイトアレキシンの生 成に比べてかなり速いものであった。またいくっかの活性酸素の消去 剤を加えてレタスニンA
の生成量を調べたところ、紫外線ストレスに 対してf
まSOD
およびカタラーゼが僅かにレタスニンA
の生成を減少さ せた。また、たbutyl hydroperoxide
およびアスコルビン酸がレタスニ ンA
の 生合 成 を 誘 導 し た。 さ ら に 、 ダイ ズ 懸 濁培 養細胞 をPhyto‑
phthora megasperma
由来のエリシターで処理することにより、素早 く一時的に見られる活性酸素の発生がルミノールを用いた化学発光法 により観察された。この反応はS
○D、力夕ラーゼ、アスコルビン酸、および窒素気流中で阻害された。酵素系を用いてこの反応を模擬的に 構築することにより、先ず初めに生成される活性酸素種はスーノくーオ キサイドアニオンであること、この分子が直接的に、あるいは不均化 して生成した過酸化水素がパーオキシダーゼ反応の電子受容体になり 間接的にルミノールを酸化して化学発光を引き起こしていることが示 唆された。このことからルミノールを用いたイ匕学発光の検出系にはパー
オキシダーゼなどの影響が大きく現われることが予測された。
CHO
O
lettucenin A (1)
H O
glc‑0
H O
O H
oxyresveratrol‑3‑0‑ f3 ‑glucoside (2)
(2)‑1,8‑dihydroxy‑9‑heptadecene‑4,6‑diyn‑3‑one (3)
Rz R3
Ri=Me, R2=OMe Ri=H, R 2=OMe Ri=H, R 2=H
ayamenin A Q): Ri=OMe, R2=H, R3=H ayamenin B (8): Ri=H, R2=H, R3=H ayamenin C (9): Ri=H, R 2=OH, R3=H ayamenin D (10): Ri=OMe, R2=H, R3=OH ayamenin E (11):R1=H, R 2=OH, R3=OMe
ー188ー
. ‑ . NN . N
学位論文審査の要旨 主査 教授 水谷純也
副査 教授 市原耿民 副査 助教授 田坂哲 士 副査 名誉教 授匂坂勝 之助 学位論 文題名
野 生植物の 誘導的 抗菌物質 とその生成に関する研究
本 論文 は和文 で記 され、 図
188
、表48
、引 用文 献122
を含み 、総 頁数375
からな り、 内容は5
章に 分け られ、 さら に英文 概要 が付し てあ る。ほかに7編の参考論文が提出されている。
病 原菌 が感染 した 植物細 胞で 誘導的 に作 り出さ れる 抗菌物 質は ファ イト アレ キシン と呼 ばれ、 植物 の防御 機構 の一端 を担 ってい る。 著者 は野 生植 物に注 目し て誘導 的抗 菌物質 を単 離同定 し、 化学的 側面 から 植物のもつ潜在的な強さを解明しようとして本研究に着手した。先ず、
感染 の代 わりに 塩化 第二銅 水溶 液によ るス トレス を与 え、生 成す る抗 菌 性 二 次代 謝 産 物 を
TLC
バ イ オ オー トグ ラフィ ーで 検出す ると いう簡 便 な 方 法 を 確 立 し て 多 数 の 野 生 植 物 を ス ク リ ー ニ ン グ に か け た 。第
1
章 は 緒 諭 、 第2
章 で は 北 海 道 の 野 生 植 物200
種 以 上 を スク リ ー ニングにかけた結果、供試菌(ヽ´ladosporum
カeゆarumに対して16種の 植物 が強 い誘導 的抗 菌活性 を示 した。 その 他のカ ビ、 酵母、 細菌 数種 を 用 い た 別 の バ イ オ ア ッ セ イ に よ る ス ク リ ー ニ ン グ も 行 っ た 。第
3
章 で は 数 種 の植 物 を 選 び 、ど のよ うなス トレ ス代謝 産物 を生成 す る の か 天 然 物 化 学 的 手 法 を 用 い て 調 べ た 。 セ イ ヨ ウ タ ン ポ ポ(
n
′a
髑cUm
〇カ弛加a
′eWeb
.、キク科)からレタスニンA(1)を単離同 定し た。 セイヨ ウタ ンポポ はレ タスと 同じ タンポ ポ亜 科、ラ クチ ュセ アエ 連に 属する が、 この連 の7
属12
種 につい てレ タスニ ンA
生 成の 有無 で分 けた ところ 生成 するも のが8
種、 生成し ない ものが4
種で あっ た。バ イケ イソウ (忱
ra
灯um9ran
所舶′UmL
.、ユリ科)からはスチルベ ノイド4種を単離同定、うちオキシレスベラト口ール‐3−〇一ロ‐グルコシ ド(2
)1
ま新規化合物であった。さらにフラボン配糖体3
種を単離同定した。 イワミ ッバ
(Aegopodium podagrariaL
. 、セリ科)からはストレス 代謝 産物と 思わ れるポ リア セチレ ン化 合物2種〔うち(司ー1,8‑dihy‑
droxy‑9‑heptadecene‑4
,6‑diyn‑3‑one (3)
は新規〕を単離同定した。キショウブ(lriSpseUdaC〇′usL.、アヤメ科)からは多種類のフラボ ノイドが単離同定された。そのうちイリリンA(4)、B(5)、およびC(6) と名づけたイソフラボン、ならびにアヤメニンA(
7
)、B(8)、C(9)、D
(10
)、 およびE(11
)と名づけたクマ口ノクロモン類は新規化合物で あっ た。ア ヤメ 科植物 から はB環 上では21
位 のみが水酸化された化合物 が 多く 単 離 され ており 、マ メ科に 見ら れるイ ソフ ラボン 類と 異なる 点 で 生合 成 的 にも 興味深 い。 そのほ か多 数の既 知の フラボ ノイ ドを単 離 同 定し た が 、こ れらの 化合 物はキ ショ ウブか らは 初めて の報 告であ る ば かり で な く、 アヤメ 科の ストレ ス代 謝産物 の研 究とし ても 最初の 例 であった。得ら れ た スト レス化 合物 の抗菌 活性 は、ス チル ベノイ ドで は水酸 基 の グル コ シ ル化 、イソ フラ ボンで は水 酸基の メチ ル化、 ある いはク マ ロノ クロモ ンヘの環化などによって弱まる傾向のあることが分かった。
こ の こ と は 植 物 細 胞 に お け る 抗 菌 物 質 の 解 毒 を 示 唆 す る 。
キシ ョ ウ ブか ら得ら れた 化合物 の機 器分析 デー タの詳 細な 検討に よ り 、ク マ ロ ノク ロモン 類の
1
℃‐NMR
に おける 化学 シフト をは じめて 正 確に 帰属す るとともに、(1
)フラボノイドの6
位のメトキシル化によっ て5
位水酸基の化学シフトは、対応する6位無置換体に比べて0.20〜O.23ppm
低磁場シフトすること、(2
)クマロノクロモンの質量分析において、こ れま で 報 告の ないイ ソフ ラボン とは 異なる タイ プのレ トロ ・ディ ー ル ス・ ア ル ダー 開裂を 起こ すこと を見 いだし た。 これら の法 則性は 類 似化合物の構造解析に役立っ。
第
4
章 で は スト レ ス 代 謝 産 物 の生 成 に 影 響 を与 える因 子と して、 と く に活 性 酸 素に 注目し て検 討を加 えた 。セイ ヨウ タンポ ポ培 養細胞 に 生 物的 エ リ シタ ーや塩 化第 二銅、 また は紫外 線ス トレス でわ ずかで は あ るが レ タ ス ニ ンA
が 生 成 す る こと を 認 め た 。活 性酸素 ある いは酸 化 的 ラジ カ ル が 抗 菌 物 質 レタ ス ニ ンA
の 誘 導 に 関わ ってい るこ とを示 唆 す る結 果 が 得ら れた。 さら にダイ ズ懸 濁培養 細胞 を用い 、工 リシタ ー 処 理に よ る 活性 酸素の 発生 をルミ ノー ルを用 いた 化学発 光法 により 検 出 し、 酵 素 系を 用いて この 反応を 模擬 的に構 築す ること によ り、初 め に 生成 さ れ る活 性酸素 種は スーパ ーオ キサイ ドア ニオン であ ること を支持する成果を得た。
第5 章は総括である。以上のように本研究は数種の野生植物を対象 として防御機構のひとっと考えられる誘導的抗菌物質について主とし て化学的アプローチを試み、多くの新知見を得、さらに抗菌物質の誘 導に関わる因子についても考察を加えたもので天然物化学、植物生化 学の発展に寄与するところが大きぃ。
よって審査員一同は、別に行った学力確認試問の結果と合わせて、
本 論 文 の 提 出 者 塙 藤 徳 は 博 士 ( 農 学 ) の学 位を 受 ける に十 分 な 資格があるものと認定した。
O
lettucenin A (1)
O H
HO
oxyresveratrol‑3‑0‑p ‑glucoside (2)
HO
(2)‑1,8‑dihydroxy‑9‑heptadecene‑4,6‑diyn‑3‑one (3)
irilin A (4): Ri=Me, R2=OMe ir.ilin B (5): Ri=H, R 2=OMe inilin C (6): Ri=H, R2=H '
Rz R3
ayamenin A (7): Ri=OMe, R2=H, R3=H ayamenin B (8): Ri=H, R 2=H, R3=H . ayamenin C (9): Ri=H, R 2=OH, R3=H ayamenin D (10): Ri=OMe, R2=H, R3=OH ayamenin E (11):Ri=H, R 2=OH, R3=OMe