博士(農学)北原徳久 学位論文題名
自然下種を利用した草地の生態的更新に関する研究
学位論文内容の要旨
草 地は , 地 球 上 の陸 地 の4分 の1を占 め,人 類が, 家畜 生産を 通じて ,利用 して いる重 要な生 態系 であ る。充 分なそ して恒 常的な 家畜 生産を 維持す る上で ,草 地生態 系にお ける恒 常的な牧草 生産 の確 保が必 要不可 欠であ る。一 般に ,草地 の利用 の経年 化に 伴って ,牧草 生産は 低下する。
特に ,人 工草地 におい て著し い。わ が国 におい て,草 地開発 が活 発化し て30数年 経過した現在,
牧草 生産 の低下 した経 年草地 が多く 残さ れてい る。そ の解決 策と して, 一般に ,その ような草地 は更 新す ること によっ て牧草 生産の 回復 が図ら れる。
従 来から 行われ ている 最も 一般的 な草地 の更新 法は, 完全 更新法 と言わ れるも ので,草地改良 の効 果は 高いも のの, 労賃, 資材費 (種 子代, 薬品代 ,肥料 代な ど), 機械費 等の費 用が嵩み,
耕起 した ときに ,土壌 の侵蝕 や風蝕 など 保全上 の問題 が多く ,急 傾斜地 や礫が 多いと ころでは適 用が 困難 であり ,更新 時に一 定期間 草地 の利用 ができ ないな どの 欠点を もつ。 これら の欠点を補 うた めの 新しい 簡易な 草地更 新技術 とし て,自 然下種 法を開 発した。この方法fま,草地を春期に 休 牧 す るこ と によ1て, 牧草が 開花, 結実 し,自 然下種 した種 子を出 芽, 定着さ せる, 言わば 植 物が もつ 繁殖能 カを利 用し, それを 促進 する管 理を行 い,加 入個 体(自 然下種 した種 子から出芽 し た 個 体 ) の 増 加 に よ っ て 草 地 植生 お よ び 生 産カ を 回 復 し よう と す る 草 地 更新 法 で あ る 。 本 研究は ,簡易 ′よ草 地の 生態的 更新と して自然下種法を確立するため,その生態的基礎を明ら かに する ととも に,そ の有効 性およ び適 用条件 を詳細 に検討 し, その実 証とし て,荒 廃した公共 草地 の更 新に白 然下種 法を実 用規模 で適 用し, 自然下 種法の 更新 技術と しての 有効性 を検討する こと を目 的とし た。
結 果の概 要は, 以下の とお りであ る。
1. 植 生 お よび牧 草生産 量にっ いて ,春期 に慣行 利用し た草 地と, 春期に 利用制 限し, 自然 下 種 さ せ た草 地 を比較 し,後 者の 自然下 種法を 適用し た草地 更新 の可能 性を検 討した 。4年間の 春 期無 利用 区では ,優占 草種の 加入個 体が 多数認 められ ,その 結果 ,裸地 率が低 く,牧 草生産量も 多く ,植 生が改 善され た。
次 に, 春期の利 用制限程度を検討 し,春期無利用区は ,春期1回利用区に比べて, 種子生産量,
8月 の 自然 下種 量 ,加 入個 体 数お よび 乾 物収 量が 多 かった。し たがって,春期無利 用による自然 下種法が,草地 の更新法として適切 と認められた。
2. 寒地 型イ ネ 科牧 草の 主 要な6草種 にっ い て, 自然 下 種法 が適 性 か否 かを比較 検討した。乾 物収 量に 対 する 加入 個 体の 貢献 割合は,ペレ ニアルライグラス とオーチャードグラ スで高く,両 草種 でそ の 適性 が高 く ,卜 一ル フ ェス クお よ びほ ふく 型の3草 種(ケンタッキーブ ルーグラス,
ス ムー ズ ブ口 ムグ ラ ス, レッ ド トッ プ) は 低く ,自 然 下種 法に 不 適な 草種 と 半l亅 定さ れた 。 わ が国 の 草地 の基 幹 草種 であ るオーチャー ドグラスとトール フェスクの自然下種 法適性の差異 を種 子の 出 芽特 性の 面 から 検討 し た。 トー ル フェ スク 種子は休眠が浅く ,7月末ま でに水分条件 が整 えば 大 部分 の種 子 が出 芽し ,8月 の 高温 ,乾 燥 によ り枯 死 する 。そ の ため,定着に好 適な9 月以 降の 時期に出 芽可能な種子数が 滅少した。一方,オ ーチャードグラス でfま,種 子に休眠があ るた め定 着 に好 適な9月以 降 に出 芽可 能 な種 子が 多 くあった。 このことから,種子 休眠が自然下 種法適性を支配 する要因の1っと半l亅断された。わが 国草地の基幹草種 であり,自然下種法適性の 高い オー チ ャ― ドグ ラ スに っい て,その適性 の品種間差異を検 討したが,大きな差 はなかった。
3.自然 下 種法 によ る 草地 更新 で は, 加入 個 体の 定着 を 助け るた め ,春 期の利用 を制限して生 じた 立毛 草 を放 牧ま た は刈 取り により除去し なければならない 。そこで,立毛草の 放牧利用の可 能性にっいて, オーチャードグラス 優占草地で検討し た。
春 期の 利 用制 限に よ り, 出穂 し,登熟した 枯死茎を多量に含 む立毛草で覆われた 草地は,枯草 量が 多い に もか かわ ら ず, 慣行 の輪換放牧草 地に比べ放牧利用 率では勝った。しか し,牛の増体 量は逆に劣った 。したがヮて,この立毛草の栄養価から半l亅断して。肉用繁殖牛の放牧利用により,
立毛草の除去が 適当であることが認 められた。
次 に, 春 季の 休牧 に より 生じ た立毛草の利 用時期を検討した 。立毛草の利用開始 時期は,白然 下 種 し た 種 子 の 出 芽 と 定 着 の 適 期 で あ る 晩 夏 か ら 初 秋 前 ま で が 適 切 と 思 わ れ た 。 4. 加入 個体 の 定着 性を 高 め, その 生 育を 促進 さ せるための 自然下種後の利用管 理の条件を検 討す るた め ,オ ーチ ャ ード グラ スにっいて, 春期無利用処理を し,自然下種させた 後の秋期の施 肥量 と刈 取 り頻 度が 加 入個 体の 生 育な らび に 加入 個体 の 翌年 の乾 物 収量 に及ぼす 影響を調査し た。加入個体の 加入年の晩秋におけ る生育は,多肥の 多回刈区で,他の 区に比べて良好であった。
さら に, 翌 年の 牧草 収 量に おけ る加入個体の 貢献程度において も,多肥の多回刈区 が最も高く,
他の 区に お いて は極 め て低 かっ た。これらの 結果から,加入幼 牧草の定着性を高め ,その加入牧 草が 翌年 の 牧草 収量 に 貢献 する には,自然下 種後の秋期に,競 争関係にある既存の 植物の生育を
抑 えるた め, 刈取り あるい は放牧 により 除去 するこ とが必 要であ り, さらに ,加入牧草の出芽と 定 着 時 に そ の 生 育 促 進 の た め に , 相 当 量 の 施 肥 を 必 要 と す る こ と が 明 ら か と な っ た 。 5.こ れまで に明 らかに した自 然下種 法の 手順を 牧草密 度が低下し,雑草の侵入したオーチャー ド グラス を主 体とす る公共 放牧草 地ヘ実 用規 模で適 用し, その簡 易な 草地更 新技術としての有効 性 にっい て検 討した 。自然 下種法 を適用 した 草地で は,十 分な自 然下 種量が 確保でき,加入個体 の 出芽が 始ま る初秋 の土壌 は月彭 軟となり,土壌水分は十分であり,また既存のオ―チャードグラ ス の枯死 率は ,著し く高か った。 このよ うに ,加入 個体の 出芽と 定着 の環境 が良好となり,オー チ ャ ー ド グ ラス の 破 度 は 高く なり, 逆に雑 草の彼 度は 低下し ,翌年 の牧草 収量の 増加 が顕著 で あ った。
6.自 然下種 法の 要点は ,更新 対象草 地の優 占牧 草が自 然下種 法の適 草種 である こと, 春期に 無 利用と し, 加入個 体の出 芽適期 に十分 な自 然下種 量を確 保する こと ,生じ た立毛草を加入個体 の 出芽と 定着 の適期 までに 放牧あ るいは 刈取 りの利 用によ り除去 する こと, 自然下種後に出芽し た 加入幼 牧草 の生育 を促進 する管 理をす るこ とであ る。
自 然下 種法に よる草 地更新 は, 生産カ の低下 した草 地の植 生を 極めて 省力的に,且つ低費用で 回 復させ ,牧 草生産 を活発 化する ことが 可能 で,今 後の粗 飼料を 主体 とした 草地畜産経営に寄与 す るとこ ろが 大であ ると思 われる 。
学位論文審査の要旨 主査
副査 副査 副査
教 授 教 授 教 授 助 教授
島 本 朝 日 田 中 世 古 中 嶋
義 也 康 司 公 男 博
本 論 文 は, 図22, 表25, 図 版6葉 , 引 用 文 献88を 含み,7章 からな る総頁 数165の和 文論文 で ある。 別に, 参考論 文20編 が添え られて いる。
草 地 は ,地 球 上 の 陸 地の4分1を占 め,人 類が, 家畜生 産を 通して ,利用 してい る重 要な生 態 系であ る。充 分なそ して恒 常的 な家畜 生産を 維持す る上 で,草 地生態 系における恒常的な牧草生 産の確 保が必 要不可 欠であ る。 一般に ,草地 の利用 の経 年化に 伴って ,牧草生産は低下する,特
に,人 工草 地にお いて著 しい。 わが国 にお いて, 草地開 発が活 発化 して30数 年経過 した現在,牧 草生産 の低 下した 経年草 地が多 <残さ れて いる。 その解 决策と して ,一般 に,そ のような草地は 更新す るこ とによ って牧 草生産 の回復 が図 られる 。
従来 ,草地 更新は ,多額 の費 用を掛 け,再 造成す ると云 う方 法が一 般に取 られて きた。それに 対し, 本研 究は, 草地生 態系に 生活す る牧草がもつ植物本来の生活史,即ち,開花,結実,下種,
発芽, 定着 のサイ クルを 利用し て草地 の更 新を図 ること を考え ,こ の更新 法を自 然下種法と名付 けた。 この 方法に より草 地更新 を成功 させ る草地 の管理 技術を 検討 すると 共に, その生態的基礎 を検討 した 。さら に,明 らかに した自 然下 種法の 草地管 理技術 を実 用規模 で草地 更新に適剛し,
その有 効性 を検討 した。
春期 に草地 の利用 を制限 する ことに より, 優占草 種の種 子生 産およ び自然 下種が 大量に生し,
種子か らの 加入個 体が認 められ ,その 結果 ,裸地 率が低 く,牧 草生 産量が 増加し た。このことか ら,牧 草の 生活史 を利用 した生 態的草 地更 新が可 能であ ること を示 した。 次に, 春期の利用制限 の 程 度 を 検 討 し た 結 果 , 全 く 利 用 し な い 方 が , 更 新 効 果 が 大 き い こ と を 明 ら か に し た 。 寒地 型イネ 科牧草6草 種を供 試し, 自然 下種法 に適性 か否か を比較検討し,種子休眠を持っオー チ ャー ド グ ラ ス と幼 苗 の 生 育 が旺 盛なぺ レニア ルライ グラ スにお いて更 新効果 が高 く,ト ール フ ェス ク およ びほ ふく型 の3草種は ,加入 個体が 少なく ,更 新効果 か低い ことを 明ら かにし た。
トール フェ スクの 自然下 種法に 対する 不適 性の原 因は, オーチ ャー ドグラ スと比 較の上で,種子 発芽に おけ る休眠 性を持 たず, 下種後 ,多 くの種 子が直 ちに出 芽し ,加入 個体の 定着に適期の秋 期に発 芽す る種子 が少な いこと による とし た。ほ ふく型 の草種 は, 既存個 体が加 入個体を彼陰す るため ,加 人個体 の生存 率が低 下する こと が原因 である とした 。ま た,自 然下種 法に対する適性 の オ ー チ ャ ー ド グ ラ ス の 品 種 間 差 異 を 検 討 し た が , 大 き な 差 は 観 察 さ れ な か っ た 。 加入 個体の 定着性 を高め ,そ の個体 が牧草 収量に 貢献す るに は,自 然下種 後の秋 期に,加人個 体と競 争関 係にあ る既存 の植物 を刈り 取り ,ある いは, 放牧利 用に より除 去する 必要がある。春 期無利 用に より生 じた立 毛草の 放牧牛 によ る採食 を検討 した結 果, リター の割合 が多いにもかか わらず ,放 牧利用 率が高 かった 。立毛 草の 栄養価 から判 断する と, 繁殖牛 の放牧 によって,春期 無利用 によ り生じ た立毛 草を除 去する のが 適切で あると した。 さら に,加 入個体 の定着時に,そ の生育 促進 のため に,相 当量の 適切な 肥料 を施す 必要が あると した 。
牧草 密度が 低下し ,雑草 の侵 入が顕 著な造成後十数年経過した公共放牧草地ヘ,実用規模で個々 に開発 され た技術 を基に 体系化 された 自然下種法を適用した結果,十分な自然下種量が確保され,
加入個 体の 定着に 適した 草地条 件にな り, 雑草の 被度も 低下し ,牧 草収量 の増加 が顕著であり,
満足の いく草 地更 新が達 成され た。
現在 ,広く 行われ ている 草地更 新は ,多量 の農業 資材を 投入 して, その効 果の完全性を狙った ものが 多い。 本研 究は, 牧草の 植物と して の生態 を利用 した草 地更新 に係 わる基礎的および応用 技 術を 個 々 に 開 発し , 自 然下 種法と して体 系化 したも のであ る。ま た,こ の方 法は,LISA(低 投入恒 常型農 業) 技術と して, 優れた もの である 。この 成果は ,今後 の粗 飼料を主体とした草地 畜産の 経営に 寄与 し,地 球環境 的観点 に立 った草 地生態 系の保 全に貢 献す るものと思われる。得 ら れた 知 見 は , 産業 上 貢 献 す るこ と 頗 る 大 きく , ま た , 学 会に お い て高 く評 価され ている 。 よっ て,審 査員一 同は, 別に行 った学力認定試験の結果と合わせて,本論文提出者北原徳久は,
博士( 農学) の学 位を受 けるに 十分な 資格 あるも のと認 定した 。