博士(歯学)村田 翼 学位論文題名
可溶化 I 型コラー ゲンはSOCS2 の発現を増加させて 膀 胱 が ん 細 胞 T24 の 運 動 能 を 抑 制 す る
学位論文内容の要旨
緒言
I型 コ ラー ゲンa2鎖 の遺伝子 の発現 は、様々 なヒト がん細胞 株におい て転写 レベルで 抑制 されている。また、I型コラーゲンa2鎖を強制発現させることによって、がん細胞の腫瘍形成能 が著しく阻害されたという報告がある。しかし、I型コラーゲンががん細胞の悪性形質を抑制する 機序に ついて は、ほと んど解 明されて いない。 今回、可溶化したI型コラーゲンを細胞培養液 に添加 して、 がん細胞 の運動 能や増殖 能に及ば す影響 、およぴ この際 に発現が変化する遺伝 子を分析した。
がん細 胞の浸 潤や遊走 を促進 する因子 の1っ として、サイトカインや増殖因子の刺激を伝え る転写因子であるsignal transd1】cerandadVaめrof恤md襾on3(Sm虹3)が報告されている。そ のS口汀ファミリーの負の制御因子としてsI卿ressorofcyめ娃lesign甜ing(SOCS)ファミリーが注 目され ている 。SOCS2は 成長ホ ルモン刺 激を抑 制する。SOCS2ノ ックアウ トマウスを用いた分 析では 、正常 マウスに 比べ約1.5倍の大きさとなり、骨の成長促進や各種臓器でコラーゲン蓄 積の亢進が認められ、その巨大化にはS口ば5bの漕陸化が関与しているという報告もある。しか し、が ん細胞 の悪陸形 質とSOCS2との関 係は、 ほとんど解明されていない。本研究では、可溶 化 したI型 コラー ゲンを細 胞培養液 に添加 すると細 胞の運 動能が抑 制され ること、 この際に SOCS2の発 現 が 増加 す る こ とを 見 出 した 。 さ らに 、SOCS2導入 細 胞株 を用いて 、SOCS2が運 動能および増殖能に及ばす影響について検討した。
研究方 法と結果
実験は ヒト膀胱 がん細 胞株T24を用いて 行った 。細胞の 運動能 をwound healing assayで測 定した ところ、I型コラーゲン添加により細胞運動能は約50%に低下した。細胞の増殖能には、
I型コ ラーゲ ン添加による有意な変化は見られなかった。ファイブロネクチンとIV型コラーゲン
を用いて、細胞の運動能を調べたところ、ファイブロネクチン、IV型コラーゲンの細胞運動能へ の影 響は ほと んど 見ら れな かっ た。 細胞 運動 に強 く 関わ る転 写因 子STAT3と接 着因子FAKの 活性をウエスタンブロッティング法で検出した。I型コラーゲン添加によりSTAT3のりン酸化が 顕著 に阻 害さ れた 。FAKはタンパク質量、リン酸化レベル共にI型コラーゲン添加による変化 は見られなかった。
I型コ ラー ゲン 添加 に より 発現 が上 下す る遺 伝子 をcDNAアレイ法で網羅的に調べた。その 中 で 、STATの 制 御 に 関 与 す る と 考 え ら れ るSOCS2遺 伝 子 に 着 目 し た 。SOCS2の 発 現 を RT‑PCR法 およ びウ エス タンブロッティング法を用い て調べた結果、mRNA、タンパク質レベル で共 にI型コ ラー ゲン 添 な卩 によ り明 らか に上 昇す るこ とが わか った 。SOCS1やSOCS3ではI 型コ ラー ゲン に対 する 応答 性は 認め られ なか った 。SOCS2導 入細 胞株 を作 製し 、SOCS2が細 胞 運 動 に 与 え る影 響を 解析 した 。SOCS2導 入細 胞株 では 、親 株1124に 比べ 明ら かな 運動 能 の 抑 制 が 見 ら れた 。さ らに 、SOCS2導 入細 胞株 を用 いて 細胞 増殖 の実 験を 行っ たと ころ 、 SOCS2導 入 細 胞 株 で は 、 親 株T24に 比 べ 明 ら か な 細 胞 増 殖 の 抑 制 が 見 ら れ た 。
考察
I型コ ラー ゲン が 細胞 運動 や増殖にどのような影響を及ぼすのか について、I型コラーゲン を細胞培養 液に添加して検討した。その結果、I型コラーゲンは細胞増殖には影響を与えず、
運動能を抑制することが明らかになった。I型コラーゲンががん細胞の転移・浸潤に深く関わる 運動能を抑制する可能性が考えられ、非常に意味の ある結果であった。また、その他の細胞外 基質を用いて検討したところ、細胞運動能の抑制はI型コラーゲンに特異的な現象であった。I 型コラーゲンが細胞膜の受容体に結合し、その刺激 が何らかの細胞内経路を通って伝達され、
細胞運動を抑制するものと考えられる。
I型 コ ラ ー ゲ ン の 細 胞 運 動 抑 制 の 機 序 を 解 析 す る た め 、 転 写 因 子STAT3と接 着因 子FAK につ いて 検討 した とこ ろ、 活性 型のSTAT3が顕 著に 減少 した 。STAT3は 様々 なが ん細胞で、
異常活性化が報告されている転写因子であり、細胞運動を亢進することが報告されている。I型 コラーゲン がSTAT3の活性を阻害するこ とによって、がん細胞の運動能を抑制する可能陸が考 えられる。しかし、細胞運動に重要なRhoファミリーを含め、他の遊走因子についての検討も必 要と思われる。
I型コ ラー ゲン の 細胞 運動 抑制 にど のよ うな 遺伝 子の 発現変化が関与しているのか、cDNA ア レ イ 法 で 網 羅 的 に調 べ、STATの制 御 に関 与す ると 考え られ るSOCS2遺 伝子 に着 目し た。
SOCS2の 発 現 はmRNA、 タ ン パ ク 質 レ ベ ル で 共 にI型 コラ ーゲ ン添 加 によ り明 らか に上 昇す
ることがわかった。しかし、培養液に添加したI型コラーゲンがどのような細胞内シグナル経路を たどり、SOCS2の発現を上昇させるのか、明らかでない。
I型 コラ ー ゲ ンがSOCS2を 介し て 細 胞運 動 能 を抑 制 す る 可能 性 が考えら れるた め、SOCS2 導 入 細 胞 株を 作 製 し、 運 動 能を 解 析し た。SOCS2導入細 胞株で は、親株I24に比 ベ明ら かな 運 動能の 抑制が見 られた 。また、SOCS2が 成長ホルモン刺激を負に制御することから、増殖能 を 抑 制 す る 可能 性 が 考え ら れ た。SOCS2導 入細 胞 株 では 、 親 株T24に 比べ 明 ら かな 細 胞 増 殖 の 抑 制 が見られ た。運動 能の抑 制機序と して、SOCS2がSTrff3の活性を 阻害し ている可 能 性 が あ り 、SOCS2導 入 細胞 株 を 用い て転 写因子STAT3の活 性化レ ベルを調 べたが 、クロー ン 間 で の 違 いが 大 き く、SOCS2がSTAT3の活 性化を 阻害する とは結 論できな かった 。これに は ク ローン 聞の差と ともに 、SOCS2の 相反す る作用が 影響し ていると 考えられる。SOCS2は低濃 度 では成 長ホルモ ン刺激 を抑制す るが、 欠損や高 濃度では 逆に、 成長ホルモン刺激を増強す る ことが 報告され ている 。SOCS2がSTAT3の 活性化に 対して どのよう に影響するのか、今後の 検 討 が 必 要で あ る 。最 近 の 研究 で は、 ヒト前 立腺がん 細胞にお いて転 移関連遺 伝子と して SOCS2がDNAマ イ ク ロア レ イ 法に よ り 同定 さ れ た。 乳 が ん では 、SOCS2の発 現が悪 性度と逆 相 関 す る という報 告、卵巣 がんで は、抗が ん剤耐 陸のある 細胞でSOCS2の発 現が低 下してい るという報告もある。これらの研究は、SOCS2ががんの悪性度と負に相関することを示している。
結論
1.I型コラ ーゲン は細胞の 増殖には 影響を 与えず、 運動能 を特異的に抑制する。細胞運動の 抑制には 、STAT3の活性阻 害が関 わってい る。
2. SOCS2遺 伝子の 発現がI型コラ ーゲン 添加によ り増加 する。SOCS2を過 剰発現す ると、 細 胞運動能 およぴ 増殖能が 阻害され ること から、SOCS2はが んの悪性 度を負 に制御す る可能 性が示さ れた。
学位論文審査の要旨
学 位 論 文 題 名
可溶 化I 型コラ ーゲンは SOCS2 の発 現を増加させて 膀胱がん細胞 T24 の運動能を抑制する
審査は、審査委員全員の出席の下に口頭試問の形式により行われた。申請者に対して提 出論文とそれに関連した学科目について試問を行った。審査論文の概要は以下の通りである。
I型 コラ ーゲ ン叱 鎖の 遺伝 子の発 現は 、様々なヒトがん細胞株において転写レベルで抑 制されている。またI型コラーゲン(ぬ鎖を強制発現させると、がん細胞の腫瘍形成能が著 しく阻害されたという報告がある。しかし、I型コラーゲンががん細胞の悪性形質を抑制す る機序 につ いて は、 ほと んど 解明 され ていない。今回、可溶化したI型コラーゲンを細胞 培養液に添加して、がん細胞の運動能や増殖に及ぼす影響、およびこの際に発現が変化する 遺伝子を分析した。
ヒト 膀胱 がん細胞株T24を用いた実験において、細胞の運動能をwound healing assayで 測定・したところ、I型コラーゲン添加により細胞運動能は約50%に低下した。細胞増殖に は、I型コ ラーゲン添加による有意な変化は見られなかった。また、細胞運動の抑制はI型 コラー ゲン に特 異的 であ った 。が ん細 胞の浸潤や遊走を促進する因子の1っとして、サイ トカイ ンや 増殖因子の刺激を伝える転写因子であるsignal transducer and actfvator of transcription3(S1、AT3)が報告されている。細胞運動に強く関わる転写因子S1、A113と接着因 子FAKリ ン 酸 化 を 調 べ た と こ ろ、I型 コ ラー ゲン 添加 によ りSロLT3のり ン酸 化が顕 著に 阻 害 さ れ た が 、EAKは 発 現 お よ び り ン 酸 化 レ ベ ル に 変 化 は 見 ら れ な か っ た 。 I型 コ ラ ーゲ ン添 加によ り発 現が 上下 する 遺伝 子をcDNAアレ イ法 で網 羅的 に調べ たと ころ、SW汀の制御に関与すると考えられるsuppressorofcytobnesign甜ing2(SOCS2)遺伝子 の発現 が亢 進し てい た。SOCSファ ミリ ーはS1、AT3の制御因子として最近注目されており SOCSフ ァ ミ リ ー の 一 員 で あ るSOCS2は 、 成 長 ホ ル モ ン な ど の 刺 激 を 抑 制す る。SOCS2/
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政 信
明 一
善 正
邦 幸
川 藤
木 田
北 進
鈴 吉
授 授
授 授
教 教
教 教
査 査
査 査
主 副
副 副
ックア ウトマウス では、正 常マウスに比べ約1.5倍の大きさとなり、骨の成長促進や各種臓 器でコ ラーゲン蓄 積の亢進 が認めら れる。ま た、乳が んでは、SOCS2の発現が悪 性度と逆 相関す るという報 告、卵巣 がんでは 、抗がん 剤耐性の ある細胞 でSOCS2の発現が 低下して いると いう報告も ある。こ れらの研 究は、SOCS2が がんの悪 性度と負 に相関する ことを示 し てい る 。本 研 究 では 、 可溶 化したI型 コラーゲ ンを添加 したT24細胞 で細胞の運 動能が 抑 制さ れ るこ と 、 この 際 にSOCS2の 発現を調 べた結果 、mRNA、夕ン パク質レ ベル共にI型 コ ラ ー ゲ ン 添 加 に よ り 上 昇 す る こ と を 見出 し た。SOCSlやSOCS3で はI型 コラ ー ゲ ンに 対する 応答性は認 められな かった。
さ ら に、SOCS2遺 伝 子 導入 細 胞株 を 用 いて 、SOCS2が 運動 能 お よび 増 殖に 及 ぼ す影 響 につい て検討した 。T24にSOCS2を導 入し、細 胞運動お よび増殖について解析したところ、
親株T24に 比ベ明らか な運動能 および増 殖の抑制 が見られ た。
運 動 能の 抑 制 機序 と して 、SOCS2がSWぼ3の 活 性を 阻 害 している 可能性が あり、SOCS2 導 入T24細 胞 を 用 い てSW汀3の 活 性を 調 べ たが 、 ク口 ー ン 間で の 差が 大 き く、SOCS2が STAT3の 活性 を 阻 害す る とは 結論で きなかっ た。そこ で、遺伝 子導入効 率の高い293細 胞 を 用い てSOCS2遺 伝子 を 一過 性 に 発現 さ せ たと こ ろ、STAT3の 活 性が 阻 害 され た 。 また SOCS2遺伝子 の導入によ り293細胞の 運動能が 阻害され た。
本研究 において、T24細胞では 、I型コラ ーゲンが 細胞増殖には影響を与えず、運動能を 特異的 に抑制する ことが明 らかにな った。細 胞運動の 抑制には 、Sn灯3の活性 阻害が関 わ っ てい る 可能 性 が 示さ れ た。 また、SOCS2遺 伝子の発 現がI型コ ラーゲン 添加により 増加 するこ とを見出し た。SOCS2を過 剰発現す ると、細 胞運動能 および増 殖が阻害さ れること から、SOCS2はがんの悪 性度を負 に制御す る可能性 が示され た。さら に、遺伝子 導入効率 の 高 い293細 胞 で は 、SOCS2遺 伝 子 の 導 入に よ りSW汀3の 活性 お よび 細 胞 の運 動 能 が阻 害され た。
論文審査にあたって、論文申請者による研究要旨の説明後、本研究ならびに関連する研究 について 質問が行 われた。 主な質問事 項は、1)I型コラー ゲンがSTAT3の 活性を阻害する 経路、2)インテグリン以外のコラーゲン受容体、3) MAP kinaseのインヒピター、4)可溶 化I型コラ ーゲンに ついて、 等であった 。これら の質問に 対して申 請者から 適切かつ明快 な回答、説明が得られ、研究の立案と遂行、結果の収集とその評価について申請者が十分な 能カ を 有 して い ること が確認さ れた。本 研究は、 可溶化I型コ ラーゲン がSOCS2発現を 増 加させ、がん細胞の運動能を抑制することを示したものであり、その内容が高く評価された。
申請者は、関連分野にも幅広い学識を有していると認められ、さらに遺伝子導入効率の高い 293細胞につ いての研 究も進めており、将来性についても評価された。本研究業績は口腔が ん治療のみならず関連領域にも寄与すること大であり、博士(歯学)の学位に値するものと 認められた。
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