博士(歯学)木村邦衛 学位論文題名
モデル生体膜を用いた吸入麻酔薬の作用機序に関する 磁気共鳴による研究
学位論文内容の要旨
【目 的 】 全 身 麻 酔 薬 は 脂 質 及 び タ ン パ ク 質を 含め た生 体膜 の構 造あ るい はその 物性 を 変 化 さ せ る こ と に よ り 作 用 す る と いう 立場 から ,モ デル 生体 膜と してり ポ ソ ー ム を 作 成 し , 吸 入 麻 酔 薬 の 影 響 を 電 子 ス ピ ン 共 鳴(ESR)法 お よ び19Fの 核磁気共鳴(19F−NMR)を用いて検討した.
【 方 法 】 ホ ス フ ァ チ ジ ル コ リ ン(PC)と し て ,DPPC,DMPC. DOPCお よ ぴEYPC を用 い た . リ ポ ソ ー ム はPCの み を 構 成 成 分 と し た 多 重 層(MLV), 及 び 大 ,小単 層 膜(LUV,SUV), さ ら にPCにNa,K一ATPaseを 再 構 成 し たLUVを 作 成 し た . 実 験に応 じてりポソームにスピンラベル剤(5−DSA,16―DSA,HGSL)を組み込んだ.
吸入麻酔薬はセボフノレレンおよびイソフノレレンを用いた.19FーNMRによルイソフ ルレ ン の 濃 度 を 決 定 し た .ESRス ペ ク ト ル の 線 形 と そ の 線 形 か ら 計 算 さ れるオ ーダ ー パ ラ メ ー タ ー(S)お よ び回 転 相 関 時 間 ( で ) に よ ル リ ポ ソ ー ム 膜 の流動 性の変 化を 推定 した . 19F−NMRス ベクトルの線形,longitudal relaxation time (Tl)お よ びtransverse relaxation time (T2)か らイ ソフ ノレ レン とり ポソー ムの 相 互 作 用 を検 討し た. また ,リ ポソ ーム に5−DSAか16―DSAを混 入す ること で イ ソ フ ル レ ン に 対 す る ニ ト ロ キ シ ド ラ ジ カ ル の 常 磁 性 効 果 も 観 察 し た .
【結果 と考 察】DPPC (SUV)お よびDMPC (MLV)において,5―DSAではpretransition の温 度 ( る , 。 ) 付 近 で 膜 の 流 動 性 の 大 き な 増 加 が み ら れ,16―DSAで はmain transitionの 温 度 ( 疋 ) 付 近 で 膜 の 流 動 性の 大き な増 加が みら れた .ラ ジカル の位 置 か ら 予 想さ れた よう に16−DSAはり ポソ ーム の深 部の 環境 を,5ーDSAは表 層付近 の環 境を モニ ター して いる ことが示された. DOPC (MLV)およびEYPC (MLV) におい ては ,5−DSA,16ーDSAとも に温度の上昇に伴い膜の流動性が増加したが,
特定の温度域での急激な変化は見られなかった.
DMPC (MLV)に 高 濃 度 の 麻 酔 薬 を 添 加 し た 実 験 で は ,Te付近 でSお よ び での大 きな変 化が 消失 して ,測 定温 度域 全体 で温 度に 依存 した 緩やか な減少を示した.
両麻 酔 薬 は 低 温 に お い て り ポ ソ ー ム 膜 の 流動 性を 増加 させ たが ,温 度の 上昇に 伴っ て 麻 酔 薬 の作 用が 低下 した .ま た,16−DSAの てを イソ フル レン はセ ボフル レン に 比 べ て 約30% 強 く 低 下 さ せ た . DOPC (MLV)とEYPC (MLV)に 高 濃 度の麻
酔薬を添加した実験では,Sに対する高濃度のセボフルレンとイソフルレンの 影響は非常にわずかであったが,低温域で作用が強いことと,セボフルレンよ ル イ ソ フ ル レ ンの 作用 が強 い傾 向を示 した .両 麻酔薬 によ りDOPC (MLV)の 16−DSAのでが短くなり,ニトロキシドラジカルの回転運動速度を増加させるこ とを示した.また,その効果は低温に茄いてより強く,セボフルレンよルイソ フルレンの作用が顕著であった,高濃度のイソフルレンは,50℃のような高温 ではほとんど5一DSAあるいは16―DSAの環境に影響を与えないが,低温になると どちらに対しても影響を与えたことから,吸入麻酔薬は膜の深部よりも表層付 近 での 作用が 強い もの の, ある程度内部にまで作用が及ぶことを示唆した.
5―DSAと16ーDSAの場合は,イソフルレン26 mMでのみS,でともに変化がみ られたが,それ以下の濃度では変化がみられなかった.しかし,HGSL/ LUVに イソフルレンを添加した実験では,イソフルレン1.7 mMでもSの減少がみられ た.この結果は,イソフルレンが膜の疎水部よりも表層に対する作用が強いこ とを示す.5−DSA/ MLV,16―DSA/ MLVおよぴHGSL/ MLVに対するイソフノレレン の影響をみると,Sの変化量はHGSL,5―DSA,16―DSAの順に減少し,ての変化 も16一DSAに比べてHGSLで大きいことが示された.これらの結果はイソフルレ ンが膜の表層に強く作用し,深部に進むに従ってその作用が弱くなることを示 してしヽる. ,
5−DSA/ Na,K―ATPase,16―DSA/ NaK一ATPaseおよびHGSL/ Na,K―ATPaseに対 するイソフルレンの影響を調べた.イソフルレンの添加により膜の流動性は減 少したが,その変化はNa,K一ATPaseを再構成していないPC単独のりポソームの 結果とほとんど変わらなかった.
次に,19F―NMRを用いることでりポソーム膜と相互作用するイソフルレンを 直 接 観 察 し , イ ソ フ ル レ ン の 膜 に対 す る 作 用 部 位 を 検 討 し た ,は じ め に solutionA中のTFAとイ ソフ ルレンの19F一NMRスベクトルよルイソフルレンの 溶液中の濃度を決定した.その結果,上記の実験で使用した,添加量としては 臨床濃度の1000倍濃度(高濃度)となる溶液は26 mMであり,過飽和の状態で あることが判明した.
イソフノレレンに対するEYPC (LUV)の影響から,イソフノレレンはCFzH基がり ポソームに向いて結合しており,リポソーム上でフリーなイソフルレン分子と 化 学 交 換 を し てい るこ とが 示さ れた. イソ フル シンに 対す る5−DSAおよび 16−DSAのニトロキシドラジカルの常磁性効果を調べた.16−DSA/ LUVまたは 5ーDSA/ LUVの添加によルイソフルレンの19F−NMRスベクトルはEYPC (LUV)を 添加したイソフルレンと比べより広い線形となり,Ti T2の値はともに小さく なった. 16−DSAよりも5ーDSAの影響を強く受けていることから,イソフルレン は16−DSAよりも5ーDSAの近く,っまり膜の表層側に存在していることが示され た・
イソフルレンに対するNa,K―ATPase/ LUVの影響を見ると,EYPC (LUV)を添 加したときと比べてTユではあまり大きな変化がみられなかったが,T2は小さく ‑ 859―
なり,イソフルレンがNa,K―ATPaseに結合している可能性を示唆した.
結論
1.5−DSAはりポソームの分子表面付近に位置し,16−DSAは深部に存在して各々 の部位の環境を反映することを示した.
2. DMPC,DPPCのりポソーム膜の深部ではTeで膜の流動性が大きく増加し,表 層付近ではTeとる,。で膜の流動性が大きく増加した.
3. DMPC,DOPC,EYPCのMLVおよぴDPPCのsuvの膜の 流動性は,同じ液晶相で はPCの種類 およぴ麻酔 薬の有無に 係わらず温 度の上昇に 依存して増加した.
4.飽和脂肪酸の相転移温度を麻酔薬は低温にシフトさせた.リポソーム膜の流 動性に対する作用においては,イソフルレンがセポフルレンに比べて強かった・
5. 19F―NMRの測定により,溶液中でのイソフルレンの濃度を決定することがで きた.
6. イソフルレ ンはCFzH基がりポソームに向いて結合しており,リポソーム上 でフリーなイソフルレン分子と化学交換をしていることを示した.この結果は DSAの ニ ト ロ キ シ ド ラ ジ カ ル の 常 磁 性 効 果 に よ っ て も 支 持 さ れ た . 7. イ ソ フ ル レ ン がNa,K一ATPaseに 結 合 し て い る 可 能 性 を 示 唆 し た . 8.イソフルレンの膜の流動性に対する影響は,膜の表層に強く作用し,深部に 進むに従ってその作用が弱くなることを示した.
学位論文審査の要旨 主査 教授 福 島和昭 副査 教授 鈴 木邦明 副査 教授 赤 池 忠 副査 助教授 平沖敏文
学 位 論 文 題 名
モデル生体膜を用いた吸入麻酔薬の作用機序に関する 磁気共鳴による研究
審 査は、福 島、鈴木 、赤池お よび平沖の 各審査担 当者が学位申請者に対して提出論 文 の内容な らびに関 連事項に ついて、口 頭試問に より行われた。はじめに学位申請者 に 対 し 、 本 論 文 の 要 旨 の 説 明 を 求 め た と こ ろ 、 以 下 の 内 容 に つ い て 論述 し た 。
全 身 麻 酔薬 は 脂 質及 び タン パ ク 質を 含 めた 生 体 膜の 構 造あるいは その物性 を変化 させる ことによ り作用す るという立場から、モデル生体膜としてりポソームを作成し、
吸 入 麻 酔 薬 の 影 響 を 電 子 ス ピ ン 共 鳴(ESR)法 お よ ぴ19Fの 核 磁 気 共 鳴 (19F‑NMR) 法 を 用 い て 検 討 し た 。 モ デ ル 生 体 膜と し て スピ ン ラ ベル 剤 を組 み 込 んだ り ン脂 質 (PC)に よ る りポ ソ ーム を 作 成し 、 吸 入麻 酔 薬の セ ポ フルラ ンとイソフ ルランの 作 用 を 検 討 し た 。 リ ン 脂 質 はDPPC、DMPC、DOPC、EYPCを 用 い た 。 ス ピ ン ラ ベ ル 剤 は 脂 質 類 似 構 造 を も つHGSL、5‑DSA、16‑DSAを 用 い た 。 膜 タ ン パ ク 質は ウ サギ 脳 の ミ ク ロ ソ ー ム かNa,K‑ATPaseを 用 い た 。ESRス ペ ク ト ル の 線 形 と そ の線 形 か ら 計算 さ れ るオ ー ダー パ ラ メーター(S)および回 転相関時 間(て)に よルリポ ソーム 膜の流 動性の変 化を推定 した。NMRスペクトルの線形、化学シフト、縦緩和時間(T1冫、
横 緩和 時 間(T2)から イ ソフ ル ラ ンに 対 するEYPCリ ポ ソー ムの相 互作用を検 討した。
さ ら に 、 リ ポ ソ ー ム に5‑DSAか16‑DSAを 混 入 す る こ と で イ ソ フ ル ラン に 対 する ニ ト ロ キ シ ドラ ジ カル の 常 磁性 効 果 も観 察 した 。 ま た、 三 フッ 化 酢 酸(TFA)を用 い て 19F‑NMRによる イソフル ランの濃 度を決定 すること を試みた 。
その結 果、下記 の結論が 導き出さ れた。
1.5‑DSAは り ポ ソ ー ム の 分 子 表 面 付 近に 位 置 し、16‑DSAは深 部 に存 在 し て各 々 の
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部位の環境を反映することを示した。
2.DMPC、DPPCのり ポ ソー ム 膜の 深 部では 疋で膜の流 動性が大き く増加し、 表 層付近ではゑとTpreで膜の流動性が大きく増加した。
3.DMPC、DOPC、EYPCのMLVお よ ぴ DPPCのSUVの 膜 の 流 動 性 は 、 同 じ 液 晶相ではPCの種類および麻酔薬の有無に係わらず温度の上昇に依存して増加し た。
4.飽和脂肪酸の相転移温度を麻酔薬は低温にシフトさせた。リポソーム膜の流動性 に対する 作用においては、イソフルランがセポフルランに比べて強かった。
5.各種ラベル剤周囲のりポソーム膜の流動性に対するイソフルランの影響をみると、
HGSL、5‑DSA、16‑DSAの 順に強いこ とが示され た。これはイソフルランが膜 の表層に強く作用し、深部に進むに従ってその作用が弱くなることを示している。
6.HGSL/LUVに イソフルラ ンを添加し た実験では 、MLVでは 変化がみら れなかっ たイソフルラン1.7 mMでもSの減少がみられ、これはイソフルランが膜の疎水 部よりも表層に対する作用が強いことを示している。
7.Na,K‑ATPaseを再構成したLUVに対するイソフルランの影響をみると、イソフ ルランの添加により膜の流動性は減少したが、その変化はNa,K‑ATPaseを再構 成 し て い な いPC単 独 の り ポ ソ ー ム の 結 果 と ほ と ん ど 変 わら な かっ た 。 8.19F‑ NMRの測定により、溶液中でのイソフルランの濃度を決定することができた。
9.イソフルランはCF2H基がりポソームに向いて結合しており、リポソーム上でフ リーなイソフルラン分子と化学交換をしていることを示した。この結果はDSA の ニ ト ロ キ シ ド ラ ジ カ ル の 常 磁 性 効 果 に よ っ て も 支 持 さ れ た 。 10.イ ソ フ ル ラ ン がNa,K‑ATPaseに 結 合 し て い る 可 能 性 を 示 唆 し た 。
試問では、本論文の内容とその関連事項について、吸入麻酔薬の作用機序に関する 最近の説およびそれに対する申請者の考えについての質疑応答がなされた。これらに 対して申請者は本研究から得た知見と文献を引用して適切な回答を行った。また、本 研究で|ま生体膜に対する吸入麻酔薬の作用部位と脂質の流動性に対する影響を検討 するに留まったが、これからの展望として、Na,K‑ATPaseを含む膜たんぱく質の機 能に対する吸入麻酔薬の影響を検討する旨が報告された。
本研究は、イソフルランがりポソーム膜の表層に結合して化学交換を行なっており、
その膜の流動性に対する影響は膜の表層に強く作用し、深部に進むに従ってその作用 が低下する ことを示した。これは吸入麻酔薬の作用部位を示す研究のひとっとして大 変有意義なものであると考えられ、今後更栓る発展が期待できる研究と考えられる。
以上より、審査委員は全員、本研究が学位論文に十分値し、申請者が博士(歯学)
の学位授与に相応しいと認定した。
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