博士(歯学)藤村崇央 学位論文題名
矯正歯科治療に伴う疼痛に対するアセトアミノフェンの 効果と投与時期の検討
学位論文内容の要旨
緒言
歯科の矯正臨床においては、歯の移動のために矯正カを加えると約9 割の患者 に疼痛が生じている。矯正歯科治療時の疼痛の対処法として、鎮痛剤の服用が あり、一般的に用いられる鎮痛剤には酸性非ステロイド抗炎症剤(以下、酸性
NSAIDs)と解熱鎮痛剤がある。これらのうち、酸性NSAIDs は副作用の頻度が高 く、加えて破骨細胞の出現を抑制する事から、歯の移動を遅延させる。よって、
現在では副作用が少なく矯正治療に対する痛みにも効果的であり、さらに歯の 移動も遅延させないアセトアミノフェンが第一選択になりつっある。一方、酸 性NSAIDs を用いた効果的な薬剤の投与方法として先取り鎮痛法がある。現時点 ではアセトアミノフェンは中枢側に作用するとされており、末梢性感作そのも のを抑えることは出来ないと考えられているため、酸性NSAIDs の作用機序と同 じ先取り鎮痛法の効果は期待出来ない。しかし、矯正歯科治療に伴って生じる 遅発性の疼痛が、即発性の疼痛により誘因される不安や恐れといった情動的な 要因も関与して引き起こされているならぱ、歯の移動による即発性の疼痛をア セトアミノフェンで防ぐことで、遅発性の疼痛をも制御できる可能性があり、
概念は異なるものの先取り鎮痛法と同様の効果が期待されるとも考えられる。
このような背景から本研究では、歯の移動による疼痛発現の機序をふまえ、
矯正カを加える前にアセトアミノフェンを先行投与する事で即発性の疼痛を抑 制し、それが結果的に遅発性の疼痛も抑制するという仮説を立て、検討する事 を目的とした。
対象と方法
1.実験対象
本実験の主旨に賛同した健康な北海道大学学生および北海道大学病院に勤
務している歯科医師30 名(内訳は男性22 名、女性8 名、年齢18 歳〜33 歳)を対
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象とした。これら対象は矯正治療未経験者で、著しい歯列不正の無いもの、ま た、左右側どちらか一方の上顎第ー大臼歯近遠心と同側第二小臼歯近心の計3 カ所における歯間の接触が正常範囲内であり、移動歯およびその隣接歯は齲蝕 および歯冠修復のないものとした。実験的歯の移動にはこれら対象の上顎第ー 大臼歯と同側の第二小臼歯を用いた。
2
.実験方法
(1)
矯正カの付与、および薬剤の投与方法
左右側どちらか一方の上顎第一大臼歯近遠心と同側第二小臼歯近心の計3 カ 所にエラスティックセパレーターを計
3本挿入し矯正カの付与方法とした。エ ラスティックセパレーターの挿入は3 日問とし、途中で脱離のあったものは対 象からはずした。
アセトアミノフェンの投薬時期はセパレーター装着30 分前とセパレーター 装着5 時間後とした。ー方、アセトアミノフェン
500 rngに対する対照として 小麦粉をプラセボとして用いた。被験者をアセトアミノフェン
500 mgとプラ セポの投与の方法により、プラセボ/プラセボ(PP 群)、アセトアミノフェン
/プラセボ(AP 群)、プラセボ/アセトアミノフェン(PA 群)の3 群に分けた。
それぞれ10 名ずつ、計30 名とし二重盲検法にてその有効性を検討した。なお、
アセトアミノフェンおよびプラセボはゼラチンで加工されたカプセルに入れ、
事 前 に 被 験 者 に 渡 し て お き 、 指 定 し た 時 間 に 服 用 さ せ た 。
(2)評価方法
1
) visual analogue scale (VAS 法)による評価
主観的疼痛評価には、
VAS法を用い、評価時期をセパレーター装着直後、
3
時間後、
6時間後、12 時間後、
24時間後、
48時間後、72 時間後とした。
ま た 、 評 価 項 目 は 自 発 痛 船 よ び タ ッ ピ ン グ 時 の 疼 痛 と し た 。
2)荷重痛覚閾値による評価
客観的疼痛評価として荷重刺激による痛覚閾値(以下、荷重痛覚閾値)
の評価を行った。評価時期は、セパレーター装着直後、3 時間後、6 時間後、
24
時間後、48 時間後、
72時間後とした。
(3)
統計処理およぴ評価
VAS
値を評価するに際し、被験者ごとに刺激後
3時間までの平均値を全ての
VAS値から減じた補正値(VAS 補正値)を求め、その値を用いて評価した。また、
評価には、Wilcoxon 符号順位検定を用いた。一方、荷重痛覚閾値においては、
値の補正は行わず、各時期における群間の値の比較は同様にWilcoxon 符号順位 検定を用い、有意水準を
5%とした。統計学的解析には、解析ソフトDr. sPssH
for Windowsを用いた。
ー506 ―
結果
1.visual analogue scaleによる言平価 (1)自発痛の経時的変化
24時 間 後 の 各 群 の 比 較 でAP群 の 値 は‑2.7で あ る の に対 し てPP群 の 値は +1.O、PA群 の 値 は+0.9で あ り、AP群に 対 し他 の2群 は5%未 満の 危 険 率で 有 意に高い値を示していた。
(2)タッピング時疼痛の経時的変化
24時 間後 の 各群 の 比 較でAP群の 値 はー0.8で あ るの に 対 してPP群の 値は +9.2で あり 、AP群 に 対しPP群は5% 未 満の 危険率で 有意に高 い値を示 してい た。
2.荷重痛覚閾値による評価
セパレーター装着直後と比較し3時間後にはPP群では29. 84 (N)から27. 13くN冫 に 、PA群では、30. 00 (N)から28.21 (N)と値が減少し、両群とも2時点間で比較 すると5%未満の危険率で有意に低下していた。
考 察
山 城 ら は、 矯 正カ に よ る疼 痛 は歯 に 矯 正カ を加え た後から2時間前後に 現れ る もの ( 即 発性 )と、し ばらく経 過した後 に現れ、 数日間持 続するもの (遅発 性 )に 分 類 され 、遅発性 の疼痛は 情動的な 要因が関 連してい る可能性を 考察し て いる 。
本 実 験 にお いて は、即発 性の疼痛 およぴそ れに対す るアセト アミノフェ ンの 効 果を 判 定 する 為 に、 セ パ レー タ ー挿 入 直 後と3時 間後に荷 重痛覚閾値 による 評 価法 を 用 いた 。 その 結 果 、先 行 投与 し て いな いPP群 とPA群 で はセ パ レー タ ー 挿入 直 後 に対 し て3時間 後 に 有意 に 閾値 が 減少し たが、AP群 では有意な 減少 は 認め ら れ なか った。こ のことか ら、アセ トアミノ フェンの 先行投与は 即発性 の 疼痛 を 抑 制し て いる と 考 えら れ る。
一 方 、 セパ レ ータ ー 挿 入24時 間以 降 の遅 発 性疼痛に 関してVAS法 で評価する と 、24時 間後 に おい て 、 自発 痛 のAP群 に対 しPP群 とPA群 で 、タ ッ ピ ング 時疼 痛 のAP群 に対 しPP群 で 、有 意 に 疼痛 が 大き い と いう 結 果が 認 め られ た 。こ れ は 、AP群 では セ パレ ← タ ー挿 入30分 前 に1回ア セトアミ ノフェン を先行投与 し て い る も の の 、 約2時 間30分 のTl/2を 遥か に 過 ぎた24時間 後 でも 鎮 痛 効果 を 認 める と い う結 果である 。この要 因として 、即発性 の疼痛と 遅発性の疼 痛との 関 連が 考 え られ る。すな わち、AP群 において は、即発 性の疼痛 をアセトア ミノ フ ェン で 抑 えた 事により 、不安や 恐れなど を減少さ せ、これ に関与する 情動的
側面をもつ遅発性の疼痛までを和らげた可能性が考えられる。
結論
1
、アセトアミノフェンは矯正カを加える前に服用する事で、即発性の疼痛
を抑制した。
2、矯正カを加える前にアセトアミノフェンを投与すると、遅発
性の疼痛を抑制した。これらより、3 、アセトアミノフェンは矯正カを加える前
に
1回服用することで効果が期待出来ることが示された。
学位論文審査の要旨 主査 教授 飯田順一郎 副 査 教授 鈴 木邦明 副 査 教授 田 村正人
学 位 論 文 題 名
矯正歯科治療に伴う疼痛に対するアセトアミノフェンの 効果と投与時期の検討
〔 緒言 〕歯 科矯 正臨床においては、矯正カによる歯の移動の際に疼痛や 不快感を生じ、
矯 正カ を加 えた 後 から2時 間程 度で 現れ るも の (即 発性 )と 、6時間程 度が経過した後 に 現れ 、数 日間 持続するもの(遅発性)に分類され、遅発性の疼痛には 情動的側面が関 与 して いる とい われている。疼痛をコントロールする方法には鎮痛薬の 服用があり、現 在 では 非ス テロ イド抗炎症薬にかわって、副作用の少ない解熱鎮痛薬の アセトアミノフ ェ ンが 第一 選択 となりつっある。本研究では矯正カを加える前にアセト アミノフェンを 先 行投 与す る事 で即発性の疼痛を抑制し、それが遅発性の疼痛の抑制に もっながること を仮説とし、検討する事を目的とした。
〔 対象 と方 法〕 本実験の主旨に賛同した健康な北海道大学学生および北 海道大学病院に 勤 務し てい る歯 科 医師30名 を研 究の 対象 とし た。 矯正 カの 付与 として 、左右側どちら か 一 方 の 上 顎第 一大 臼歯 近遠 心と 同側 第二 小臼 歯近 心 の計3カ 所に エラ ステ ィッ ク セ パ レ ー タ ー を計3本 挿入 し た。 薬の 投与 方法 は、 矯正 カを 付与 する30分 前(Tl)と 付 与 後5時 間(T2)と し 、Tl、T2と も に プ ラ セボ を投 与す る 群(PP群 )、Tlに アセ トア ミ ノ フ ェ ン をT2にプ ラセ ボを 投与 する 群(AP群) 、Tlにプ ラセ ボをT2に アセ トア ミノ フ ェ ンを投与する群(PA群)、の3群に分けて二重盲検法にて検討した。
〔 評価 方法 〕疼 痛 の評 価は 、visual analogue scale法(VAS法)を応用 し、矯正力付与 直 後か ら72時間 までの自発痛と、上下の歯を咬合させるタッピング時の 疼痛の評価を行 っ た。 また 、客 観的評価として上顎第一大日歯に側方からバネ計りで加 圧し、痛みを感 じる最少荷重を計測する事で荷重痛覚閾値を得た。
〔 結 果 〕 くVAS法に よる 評 価> 自発 痛に おい ては 、24時間 後の 各群 の比 較で 、AP群 に 対 し他 の2群 は有 意に 高い 値を 示し てい た。また、タッピング時疼痛の 評価では、やは り24時 間 後 の 各 群 の 比 較 で 、AP群 に 対 しPP群 は 有 意 に 高 い 値 を 示 し て い た 。 く 荷 重 痛 覚 閾 値 に よ る 評 価 > セ パ レ ー タ ー 装 着 直 後 と 比 較 し3時 間後 にはPP群 で は 29. 84 (N)から27. 13 (N)に、PA群では、30. 00 (N)から28. 21 (N)と値が減少し、両群とも
‑ 509―
2時 点間 で比 較す ると 有意 に低 下し てい た。
〔 考 察 と 結 論 〕 荷 重 痛 覚 閾 値 の 結 果 から 、先 行投 与し てい ないPP群 とPA群で はセ パ レ ー タ ー 挿入 直後 に対 して3時 間後 に 有意 に閾 値が 減少 した が、AP群 では 有意 な減 少 は 認め られ なかった。このことから、アセトアミ ノフェンの先行投与は即発性の疼痛を 抑 制し てい ると 考え られ る。 ー 方、VAS法で評価 すると、24時間後において、自発痛の AP群 に 対 しPP群 とPA群 で 、 ま た タ ッ ピ ン グ 時 疼 痛 のAP群 に 対 しPP群 で 、 有 意 に 疼 痛 が 大 き いと いう 結果 が認 めら れた 。こ の薬 物の 半減 期で ある 約2時 間30分を 遥か に 過 ぎた24時 間後 でも 鎮痛 効果 を 認め る要 因と して 、即 発性 の疼 痛を抑えた事により、
不 安や 恐れ などを減少させ、これに関与する情動 的側面をもつ遅発性の疼痛までを和ら げ た可 能性 が考えられる。以上の結果およぴ考察 から、アセトアミノフェンは矯正カを 加 え る 前 に 1回 服 用 す る こ と で 効 果 が 期 待 出 来 る こ と が 示 さ れ た 。
以 上の 論述 に引 き続 き、 以下 の項目を中心に口頭試問を行った。
1.ア セト アミ ノ フェ ンの 作用 機序 にっ いて 2.研究 の方 法、 対象 歯の 選択 理由 等に つい て 3.痛み に関 する 個人 差、 男女 差等 にっ いて 4.臨 床応 用に つ いて
5.今後 の研 究の 展望 につ いて
本研 究 は矯 正歯科治療の際に多くの患 者が感じている歯の痛みに関して、近年鎮痛薬 と して 多 く処 方さ れて いる アセ トア ミノ フェ ンの 適正 な投 与時 期 について検討したも の であ る 。人 を用いた臨床的な研究であ り、アセトアミノフェンを矯正カの付与前に服 用 する 事 で即 発性 の疼 痛を 抑制 する と同 時に 、24時間 後に おけ る 遅発性の疼痛をも抑 制 する こ とを 明らかにした。この結果は 矯正歯科臨床の今後の発展に大きく寄与するだ け でな く 、鎮 痛効果に情動的側面が関与 している可能性を強く示唆したものであり、今 後の 歯科矯正学の発展のために重要な情報を与えたものと高く評価できる。加えて、試問 に 対す る 回答 は適切なものであり、申請 者は本研究に直接関係する事項のみならず、関 連 分野 に おけ る基礎的、臨床的な広い学 識を有していると認められた。また研究の将来 展望に関しても、本研究を基にして今後益々発展して行く可能性が高いものと評価された。
よっ て審査担当者全員は、申請者は博士(歯学)の学位を授与される資格を有するものと 認め た。
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