博士(薬学)浦 康之 学位論文題名
ジルコノセン錯体と14 族元素化合物の反応に関する研究 学位論文内容の要旨
1.はじめに
ジ ルコニ ウム錯体 が有機 合成に利用されはじめてから30年以上が経っが、特に最近10 年前後での発展が著しく有機金属化学の分野で大きな位置を占めている。現在までにジル コニウムによる有機合成反応は数多く報告されており、その大部分は炭素―炭素結合生成に よる炭素骨格の構築反応である。これに対し炭素と同族の14族元素(Si,Ge,Sn)化合物が ジルコニウム錯体を用いた合成反応の基質に利用されるようになったのは、1980年代後半 に報告されたヒド口シうンの脱水素重合によるポリシラン合成からであるが、報告例は依 然として少なく、また14族元素が関与するジルコニウム錯体の反応性についてもケイ素に 関してはある程度知られているもののゲルマニウム、スズでは例が数少ない。このような 背景から、筆者はジルコニウム錯体と14族元素化合物の新たな反応の開拓を目指し研究を 行った。
2.ジルコノセンーエチレン錯体と14族元素化合物との反応
ジルコノセン触媒によるオレフイン類のヒド口シリル化の反応機構として、シリルヒド リド錯体を経由する後周期遷移金属の場合とは異なった、金属上でのオレフィンと水素―ケ イ素単結合の酸化的カッブリングの経路を筆者らは考えている。後者の経路は理論計算に より可能性が示唆されているが、このようなo一カップリング型の反応の研究例がこれまで ほとんど無いことから、このバ夕一ンの反応を量論反応として実験化学的に検証すること を考えた。
エチレンとホスフィンが配位した低原子価ジルコノセン錯体Cp22r (CH2CHZ) (PMe3)に種々 の14族元素 クロリドCIER3(E=Si,Ge,Sn)を反応さ せることで、ジルコニウムと14族 元素がエチレン鎖で架橋された一連の錯体Cp2ZrCl (CH2CHZER3)が生成することを見出し、こ れ らの錯体は上述のo―カップリング型の反応により生成している可能性が高いことを示 した。さらに、得られたェチレン架橋錯体の反応性として、含14族元素置換基の部位の交 換 反応な どの興味 深い反 応性や、 単核工チ レン架 橋錯体か らの複 核エチレ ン架橋 錯体 (Cp2ZrSriPh3)2(ル2:02一C2H4)の生成などを見出した。これらの実験結果より、特にジルコニ ウムースズのエチレン架橋錯体Cp2ZrCl (CH2CH2SnR3)においてはロ位の炭素―スズ結合が極め て切断されやすいことが明らかとなった。
3.ジルコナサイクルからの含14族元素複素環化合物の合成
以前 に報告さ れてい るジルコナサイクルからの複素環化合物の直接合成法は、多くの 典型 元素化合 物に適用 可能な優れた方法であるが、含14族元素複素環化合物の合成に関 して は収率や 反応条件 、基質の制限などに関していくっか問題点があった。これらの点 を克服すべく検討を重ねたところ、スズ化合物については、反応系に塩化銅(I)を添加 する ことによ り穏和な 条件下、短時間で、またケイ素、ゲルマニウム化合物の合成では ジヨrド化 物を経由 するこ とによっ て、よ り一般的かつ高収率で、それぞれ反応が良好
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に進行することを見出した。
触媒量または量論量の塩化銅(I)存在下、ジルコナシク口ペンタン、−ベンテン、−ペ ンタ ジェンと スズハ 口ゲン化 物との 反応が室 温で進行 し、ジルコニウムから銅、銅から スズ と、二度のトランスメタル化を経て、対応するスタナサイクルが高収率で得られた。
シラ サイクル および ゲルマサ イクル について は、ジル コナサイクルをヨウ素で処理する こと によルジ ヨード 体へと一 旦誘導し、1」チウム化した後に、シリルハライドまたはゲ ルミ ルハライ ドとの 反応によ って合 成した。 またこれ らの方法を用いることでスピロ環 型の 化合物や 、パイ メタリッ クヘテ ロサイク ルの合成 も可能となり、ジルコナサイクル からの含14族元素五員環化合物の一般的合成法を確立した。
4.ジルコ ノセン 錯体を用 いたシラン類のアルキル化反応での有機ハロゲン化物の添加に よる触媒サイクルの完成
2級グリニ ヤール 試薬を用 いたヒ ド口シラ ン類のア ルキル 化におい て、ジ ルコノセン 触 媒 およ び ジ ルコ ニ ウム の酸化 剤として の役割を 有する 有機ハ口 ゲン化 物を添加 する こ と で 、 直 鎖 の ア ル キ ル 基 が 導 入 さ れ た ア ル キ ル シ ラ ン が 高 収 率 で 生 成 し た 。 1級 の グ リ ニ ヤ ー ル 試薬 で あ るrrPrMgBrとH2SiPh2はTHF中、 室 温 で 直接 反 応 して n‑PrSiHPh2を 与えるが 、2級 のi‑PrMgBrでは 嵩高い ために反 応が全 く起こら ない。この 系 に 触媒 量 のCp2ZrCl2と ジルコ ニウムの 酸化剤 である有 機ハ口ゲ ン化物 を存在さ せて 反応 を行うと 、i‑Pr基のn‑Pr基への 異性化を 伴い、 ヒド口シランがアルキル化された生 成物n‑PrSiHPh2が得ら れた。本 反応で は有機ハ 口ゲン 化物による低原子価ジルコニウム の酸 化段階が 明確に 組み込ま れてお り、1サイクル に2度のジルコニウムの酸化還元段階 を含んだュニークな新規触媒サイクルの開発に成功した。
5. ジ ル コ ノ セ ン 触 媒 を 用 い た ス チ レ ン 類 の 高 位 置 選 択 的 ヒ ド ロ シ リ ル 化 反 応 ジル コノセン 触媒に よる末端 オレフ イン類の ヒド口 シリル化反応では通常、末端側の 炭素にケイ素が優先的に付加(1 2―付加)して末端シランを与える。他の遷移金属触媒を 用い たヒドロシリル化においても、ほとんどの場合に1,2―付加が優先的に進行すること が知られており、逆の選択性となる内部炭素へのケイ素の付加(2,1―付加)が完全に進行 する 反応系は かなり 限られて いる。 筆者らは ジルコノ センによるスチレン類の触媒的ヒ ド口シリル化において、わずかな反応条件の差によって、1,2一付加型の反応が2,1ー付加 へ と 、 位 置 選 択 性 が 劇 的 に 、 か つ 完 全 に 逆 転 す る こ と を 見 出 し た 。 THF溶媒中、 触媒量 のCp2ZrCl2に対 して2当量以 上の有機リチウム試薬を低温であらか じめ 反応させ ておき 、その後H2SiPh2およびスチレンを反応させることで2,1―付加が進 行し 、内部シ ランPhCH (Ph2HSi)CH3が選択的に高収率で生成した。ヒド口シランが付加 する 位置選択 性は、 ジルコニ ウム錯 体のシク 口ベンタ ジ工二ル基部位の嵩高さや有機リ チウ ム試薬の 当量数 、反応温 度など により鋭 敏に変化 する。反応機構はまだ明らかでは ない が、反応 系中で 発生したLiHが 反応に関 与してい ること はほぼ間 違いな く、またわ ずか な反応条 件の差 で選択性 が劇的 に変化す ることや 、重水 素を導入 したD2SiPh2を用 いた系での実験結果の相違などから、2,1―付加は1 2―付加と異なる経路で反応が進行し ている可能性が高く、考えられる経路に関して議論を行った。
6.まとめ
本研 究ではジ ルコノ セン錯体 と14族元 素化合物 の反応に関して、これまでに知られて いな い新たな 反応性 を見出し 、また 新規触媒 反応の開 発にも成功した。本研究で得られ た知 見は、今 後の有 機金属化 学およ び有機合 成化学の さらなる発展に寄与するものと考 える。
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学 位 論 文 審 査の 要 旨 主査
副査 副査 副査
教授 教授 教授 助教授
高 橋 保 森 美和子 橋 本 俊 一 佐 藤 美 洋
学 位 論 文 題 名
ジ ル コ ノ セ ン 錯 体 と 14 族 元 素 化 合物 の 反 応 に関 す る 研 究
浦康之君の学位論文は6 章からなり、ジルコノセン錯体と14 族元素化合物 の反応に関する研究がまとめられている。第1 章は序論で、研究を行うにあた り、その歴史的背景が述べられている。第2 章以下が本論で、下記の内容が書 かれている。
第 2章 ジ ル コ ノ セ ン ‐ エ チ レ ン 錯 体 と 14族 元 素 化 合 物 と の 反 応 エ チ レ ン と ホ ス フ イ ン が 配 位 し た 低 原 子 価 ジ ル コ ノ セ ン 錯 体 CP22rくCH2CH2)(PMe3)に 種 々 の14族 元 素 ク ロ ル ドCIER3(E=Si,Ge: Sn)を反 応 さ せ る こ と で 、 ジ ル コ ニ ウ ム と14族 元 素 が ェ チ レ ン 鎖 で 架 橋 さ れ た 一 連 の 錯 体 CP22rく'I(CH2CH2ER3)が 生 成 す る こ と を 見 出 し 、 こ れ ら の 錯 体 は01カ ッ プ リ ン グ 型 の 反 応 に よ り 生 成 し て い る 可 能 性 が 高 い こ と を 示 し た 。 さ ら に 、 得 ら れ た エ チ レ ン 架 橋 錯 体 の 反 応 性 と し て 、 含14族 元 素 置 換 基 の 部 位 の 交 換 反 応 な ど の 興 味 深 い 反 応 性 や 、 単 核 工 チ レ ン 架 橋 錯 体 か ら の 複 核 エ チ レ ン 架 橋 錯 体 (CP2ZrSnPh3)2(t12ニ12̲C2H4)の生 成 な どを 見 出 した 。 こ れら の 実 験結 果 よ り、 特 に ジ ル コ ニ ウ ム ‐ ス ズ の エ チ レ ン 架 橋 錯 体CP2ZrCl(CH2CH2SnR3)に お い て はp位 の 炭 素 ‐ ス ズ 結 合 が 極 め て 切 断 さ れ や す い こ と が 明 ら か と な っ た 。 第 3章 ジ ル コ ナ サ イ ク ル か ら の 含 14族 元 素 複 素 環 化 合 物 の 合 成 触 媒量 ま た は量 論 量 の塩 化 銅 (I冫 存 在 下、 ジルコナ シク口 ペンタン 、−ベ ンテン、
ー ペ ン タ ジ エ ン と ス ズ ハ 口 ゲ ン 化 物 と の 反 応 が室 温 で 進 行し 、 ジ ルコ ニ ウ ムか ら 銅 、 銅 か ら ス ズ と 、 二 度 の ト ラ ン ス メ タ ル 化 を 経 て 、 対 応 す る ス タ ナ サ イ ク ル が 高 収 率 で 得 ら れ た 。 シ ラ サ イ ク ル お よ び ゲ ル マ サ イ ク ル に つ い て は 、 ジ ル コ ナ サ イ ク ル を ヨ ウ 素 で 処 理 す る こ と に よ ル ジ ヨ ー ド 体 へ と 一 旦 誘 導 し 、 リ チ ウ ム 化 し た 後 に 、 シ リ ル ハ ラ イ ド ま た は ゲ ル ミ ル ハ ラ イ ド と の 反 応 に よ っ て 合 成 し た 。 ま た こ れ ら の 方 法 を 用 い る こ と で ス ピ ロ 環 型 の 化 合 物 や 、 バ イ メ タ リ ッ ク ヘ テ 口 サ イ ク ル の 合 成 も 可 能 と な り 、 ジ ル コ ナ サ イ ク ル か ら の 含14族 元 素 五 員環 化 合 物の 一 般 的合 成 法 を 確立 し た 。
第4章 ジ ル コ ノ セ ン 錯 体 を 用 い た シ ラ ン 類 の ア ル キ ル 化 反 応 で の 有 機 ハ 口 ゲン化物の添加による触媒サイクルの完成
2級グリニ ヤール試 薬を用い たヒド口 シラン類 のアルキル 化におい て、ジルコ ノセ ン 触 媒お よ びジ ルコニ ウムの酸 化剤とし ての役割 を有する 有機ハ口ゲ ン化 物を 添 加 する こ とで 、直鎖 のアルキ ル基が導 入された アルキル シランが高 収率 で生成した。
1級 の グ リニ ヤ ール 試 薬 であ るn‑PrMgBrとH2SiPh2はTHF中、室温 で直接反 応 してn‑PrSiHPh2を与 えるが、2級のi‑PrMgBrでは 嵩高いた めに反応 が全く起こら ない 。 こ の系 に 触媒 量のCp2Zだ12とジルコ ニウムの 酸化剤で ある有機 ハ口ゲン 化物を存 在させて反応を行うと、f―n基の門‐n基への異性化を伴い、ヒドロシラ ンがアル キル化さ れた生成 物n‐PrSiHPh2が得 られた。 本反応では 有機ハ口ゲン 化物によ る低原子 価ジルコ ニウムの 酸化段階 が明確に組 み込まれ ており、1サイ クルに2度 のジルコ ニウムの 酸化還元 段階を含 んだユニー クな新規 触媒サイクル の開発に成功した。
第5章 ジ ル コ ノ セ ン 触 媒 を 用 い た スチ レ ン 類の 高 位 置選 択 的ヒ ド 口 シリ ル 化 反応
ジ ル コノ セ ン 触媒 による末 端オレフ ィン類の ヒド口シ リル化反 応では通常 、 末端側の炭素にケイ素が優先的に付加(1,2−付加)して末端シランを与える。他の 遷移金属触媒を用いたヒドロシリル化においても、ほとんどの場合に1,2―付加が 優先 的 に 進行 す るこ とが知 られてお り、逆の 選択性と なる内部 炭素へのケ イ素 の付加(2,1‐付加)が完全に進行する反応系はかなり限られている。筆者らはジル コノ セ ン によ る スチ レン類 の触媒的 ヒドロシ リル化に おいて、 わずかな反 応条 件の差によらて、1,2‐付加型の反応が2,1一付加へと、位置選択性が劇的に、かつ 完全に逆転することを見出した。
TIロ溶媒中 、触媒量 のCp2Zrくニ12に 対して2当量以上の有機リチウム試薬を低温 であらか じめ反応 させてお き、その 後H2SiPh2および スチレンを 反応させること で2,1‐付 加が進行し、内部シランPhCH(Ph2HSi)CH3が選択的に高収率で生成し た。 ヒ ド 口シ ラ ンが 付加す る位置選 択性は、 ジルコニ ウム錯体 のシクロベ ンタ ジ工 二 ル 基部 位 の嵩 高さや 有機リチ ウム試薬 の当量数 、反応温 度などによ り鋭 敏に変化 する。反 応機構は まだ明ら かではな いが、反応 系中で発 生したLiHが反 応に 関 与 して い るこ とはほ ぼ間違い なく、ま たわずか な反応条 件の差で選 択性 が劇的に 変化する ことや、 重水素を 導入したD2SiPh2を用いた系 での実験結果の 相違などから、2,1‐付加は1,2―付加と異なる経路で反応が進行している可能性が 高く:考えられる経路に関して議論を行った。
第6章は全体のまとめが書かれている。
こ の よう に 浦 君の 学位論文 では、ジ ルコノセ ン錯体と14族元素化 合物の反応 に関 し て 、こ れ まで に知ら れていな い新たな 反応性を 見出し、 また新規触 媒反 応の 開 発 にも 成 功し ている 。本研究 で得られ た知見は 、今後の 有機金属化 学お よび 有 機 合成 化 学の さらな る発展に 寄与する ものと考 える。そ の新規性、 質、
量とも博士の学位として十分であると判断された。