博士(歯学)後藤 学位論文題名
隼
在宅自立高齢者における口腔カンジ夕菌の保菌状態に関す る調査
学位論文内容の要旨
【背景】近年、わが国では高齢人口の割合が増加し、2008年には高齢化率が22.1%と 過去最高となり、2055年には40. 5%に達すると推計されている。高齢者では免疫機能 をはじめとした全身機能が低下することにより、感染症に罹患しやすくなることが明 らかになっている。
口腔カンジダ菌は健常人の口腔に3〜75%の頻度で認められる常在真菌であり、日和 見感染症である口腔カンジダ症を引き起こす。口腔カンジダ症は主に£ albicansに より引き起こされ、口腔粘膜の発赤や疼痛、味覚異常などの症状を呈する。また、カ ンジダ菌は誤嚥性肺炎の原因菌のーっともみなされている。
口腔カンジダ菌の保菌状態に関連する因子として、加齢、低栄養状態、義歯、不良な口 腔清掃状態、口腔乾燥、服用薬剤(抗がん剤、抗菌薬、ステロイド製剤など)などが指 摘されている。現在までにも口腔カンジダ菌の保菌状態に関する多くの報告がある が、従来の報告は被験者数が少なく、対象年齢が広範すぎたり、検討された因子が一 部の関連因子に関するものが大部分であった。そのため、本研究では前期高齢者にお け る 口 腔 カ ン ジ ダ 菌 の 保 菌 状態 と保菌 に関 連す るさ まざ まな 因子 を検 討し た。
【 対象 と方 法】 余市町(人口約22000人、高齢化率約28%)在住の65歳から74歳の在 宅自立高齢者に対し、2009年12月に口腔健康調査を施行した。その際に口腔カンジ ダ菌の培養検査を行うことができた382人(男性147人、女性235人、平均年齢71歳)
を対象とした。なお、臨床的に口腔カンジダ症が疑われる明らかな所見が認められた 者やデータが不備であった者は対象から除外した。
被験者に対し、カンジダ菌の保菌に関わるさまざまな因子とカンジダ菌が原因とな りえる口腔内の自覚症状についてのアンケート用紙を事前に送付し、記入してもらっ たうえで持参させた。アンケート調査で全身疾患や内服薬、喫煙歴、飲酒歴の有無や 味覚異常、舌痛、口腔内の粘稠感および口腔乾燥といった口腔内の不快症状の有無、
義歯の清掃状態について確認した。
調査会場では1人の歯科医師が口腔内を診査して、歯や歯周組織の状態(残存歯数、
Community Periodontal Index)、欠損補綴物の有無、口腔清掃状態(Debris Index、 Calculus Index)、口腔乾燥の有無などについて評価した。
カンジダ培養検査は滅菌したデンタルミラーで舌背を10回擦過して、得られた検 体をクロモアガー培地に塗抹した。その後、35度で48時間培養し、コロニーが認め ら れ た も の を 陽 性 と し た 。 コ ロ ニ ー の 色 調 と 形 態 に よ り 菌 種 を 同 定 し た 。 診査結果をもとに、背景因子の有無におけるカンジダ菌の検出率を統計学的に検討
し た。単 変量解析 でカン ジダ菌の 検出率に 有意差 が認めら れた( ぶO,05)項目 について は多変量解析を行った。
【 結果 】 被 験 者に お け る口 腔 カ ンジ ダ 菌 の検 出 率 は64% (243人/382人 ) で あっ た 。検 出 さ れ た カ ン ジ ダ 菌 で 最 も 多 く 認 め ら れ た の は ¢ albicans(56%)、 続 い て
£ glabra to (31%)で この2種で約90%を 占めてい た。ま た、検出 された 菌種を単 独菌種 と 混合 菌 種 別 で比 較 し たと こ ろ、単独 菌種で は£ albicansが44%と最も多 く認め られ、
次 い で ¢ glabraぬ の10%だ っ た 。混 合 菌 種で は £albicansと £gl abraぬの 組 み 合わ せが 最も多く 検出され た。口 腔カンジ ダ菌の 保菌に関 するさ まざまな因子を検討したとこ ろ、検出率と有意に関連したのは、 年齢 と 客観的口腔乾燥 、 有床義歯 の3っであっ た 。 単 変 量 解 析 で 有 意 差 が認 め ら れた こ の3っ の 因 子に 関 し て 多変 量 解 析を 行 っ た。
そ の 結 果 、 年 齢(65〜69歳vs70〜74歳 ) と 有 床 義 歯 の 有 無 は カ ン ジ ダ 菌 の 検 出 に 有 意 に関 連 す る 独立 因 子 であ っ た 。特 に 有 床義 歯 を 有す る 者 は有 さ な い 者に 対 し て検 出 率が約3倍であった。
欠損 補綴物別のカンジダ菌の検出率は 欠損補綴物なし が44%、 橋義歯 が51%、 部 分床義歯 が71%、 全部床義歯 が79%と形態が大きくなるにっれて高くなる傾向があり、有 床義 歯使用者 では有意 に検出 率が高か った。 カンジダ 菌種に 関しては、 補綴物なし と 橋 義歯 の 被験者で 単独菌 種がほと んどを 占めたの に対し 、有床義歯使用者では単独菌 種の 割合が減 少し、Candida albicansとC.g讎棚ぬからなる混合菌種の占める割合が有意に 高くなった。
【考 察 】 口腔 カ ン ジダ 症 を 発 症し て い ない 、 い わゆ る 保 菌者 に お ける カン ジダ検 出率 は、 加 齢 と共 に 増 加す る と さ れて い る 。本 研 究 は健 康 な 在宅 自 立 前期 高齢 者が対 象で あっ た が 、同 じ 年 齢層 で あ っ ても 施 設 入居 者 や 入院 患 者 では 全 身 状態 の低 下によ り検 出率 は 高 くな る も のと 思 わ れ る。 し た がっ て カ ンジ ダ 菌 の検 出 率 を比 較す る場合 は、
対 象 の 年 齢 、 ADL、 カ ン ジ ダ 菌 の 検 出 法 を 考 慮 す る 必 要 が あ る 。 近 年 、誤 嚥 性 肺炎 予 防 に おけ る 口 腔ケ ア の 重要 性 が 論じ ら れ てお り 、誤 嚥性肺炎 に は口 腔 常 在細 菌 の 他に 、 真 菌 であ る カ ンジ ダ 菌 が関 与 す ると さ れ てい る。 義歯は カン ジダ 菌 の りザ ー バ ーと さ れ 、 不適 切 な 管理 の 下 では カ ン ジダ 菌 と 細菌 がバ イオフ イル ムを 形 成 して 義 歯 に定 着 す る ため 、 口 腔ケ ア の 際に は 義 歯に 定 着 した カン ジダ菌 を念 頭に 置 い た対 処 が 必要 に な る 。義 歯 の 効果 的 洗 浄法 を 施 行す る た めに は、 義歯に 関連 する 口 腔 カン ジ ダ 菌叢 を 正 し く把 握 す る必 要 が ある 。 そ こで 本 研 究で は、 義歯の 清掃 状況 と カ ンジ ダ 菌 の検 出 率 の 関連 、 補 綴物 の 種 類別 で の カン ジ ダ 菌の 検出 率や、 カン ジダ 菌 種 の違 い に 関し て 検 討 した 。 各 補綴 物 間 で平 均 年 齢に 差 は なか った が、補 綴物 の形 態 が 大き く な るほ ど 、 カ ンジ ダ 菌 の検 出 率 は増 加 す る傾 向 を 示し た。 補綴 物な し と 橋義 歯 の間 で は 検 出率 に 有 意差 は 認 めな か っ たこ と か ら、 義歯 床であ るア クリ ル レ ジン の 面 積が カ ン ジ ダ菌 の 保 菌と 関 連 して い る こと が 示 唆さ れた 。また 、本 研 究 の 有 床 義 歯 使 用 者 は 口 腔 カ ン ジ ダ 症 を 発症 し て い ない 保 菌 者で あ る にも 関 わ ら ず、 義 歯 性口 内 炎 を発 症 し て いる 症 例 と同 様 の カン ジ ダ 菌叢 を 示 した 。そ のため 、特
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に 有 床 義 歯 使 用 者 に 対 し て は 口 腔 ケ ア の 際 に コ 腔 粘 膜 と と も に 義 歯 に 定 着 し て い る カ ン ジ ダ 菌 を 標 的 に し た 清 掃 が 必 要 で あ る 。 本 研究 では 、義 歯清 掃法 とし て 現在 推奨 さ れ て い る 義 歯 ブ ラ シ に よ る 機 械 的 洗 浄 と 、 義 歯洗 浄剤 によ る化 学的 洗浄 を 併用 して 毎 日 義 歯 清 掃 を 行 っ て も 、 カ ン ジ ダ 菌 の 検 出 率 は87%認 め ら れ 、 こ れ ら の 清 掃を 行わ な か っ た 人 と 検 出 率 に 差 は 認 め な か っ た 。 こ れ は少 なく とも 現在 の義 歯清 掃 法で は、
義 歯 に 定 着 し た カ ン ジ ダ 菌 を 十 分 に 除 菌 す る こ と は 困 難 で あ る こ と を 示 し た 結 果 と 思 わ れ る 。 今 後 、 新 し い 義 歯 床 用 材 料 や 洗 浄 法 の 開 発 が 期 待 さ れ る 。
【 結 語1本 研 究 よ り 在 宅 自 立 前 期 高 齢 者382人 の カ ン ジ ダ 菌 検 出 率 は64%で あ っ た 。 年 齢 、 有 床 義 歯 は カ ン ジ ダ 菌 の 保 菌 状 態 に お け る独 立し た関 連因 子で あっ た 。補 綴物 形 態 が 大 き く な る ほ ど カ ン ジ ダ 菌 の 検 出 率 は 増 加し 、有 床義 歯使 用者 では 単 独菌 種の 割合が減少し、Candida albicansとC.g讎 ′aぬからなる混合菌種の占める割合が有意に高く なった。
学位論文審査の要旨 主査 副査
副査
教授 教授 准教授
北川 横山 本多
学 位 論 文 題 名
善政 敦郎 丘人
在宅自立高齢者における口腔カンジ夕菌の保菌状態に関す る調査
審査は,全審査委員出席のもと,学位申請者に対して提出論文の内容の説明を求め た。学位申請者からは以下の内容の論述がなされた。
口腔カンジダ菌は口腔常在真菌であるが、宿主の全身状態の低下により日和見感染 症である口腔カンジダ症が発症する。カンジダ保菌者におけるさまざまな全身的、局 所的な関連因子を把握することは、カンジダ症予防、ひいては口腔ケアの誤嚥性肺炎 対策として重要である。現在までに口腔カンジダ菌の保菌状態に関する多くの報告は あるが、被験者数が少なく、対象年齢が広範すぎたり、検討された因子が一部の関連 因子に関するものが大部分であった。カンジダ菌の保菌率は加齢と共に増加するため、
保菌率を検討する場合は年齢を揃えた群で比較する必要がある。また、関連する因子 の検討では、多くのさまざまな因子を検討する必要があるが、複数の因子が互いに関 連しているものも少なくないため、多数例による多変量解析が望まれる。そこで本研 究で は、400人弱 の前期高 齢者のみを対象とし、カンジダ保菌率を調査すると共にそ れ に 関連 す る 全身 的 、局 所 的 なさ まざま な因子を検 討し、多 変量解析 を行った 。 余市 町在住の 在宅自立 前期高齢 者に対し 、2009年12月に口腔健康調査を行った際 に口 腔カンジ ダ菌の培 養検査を施行できた382人を対象とした。なお、今回はカンジ ダ菌の保菌率の調査を目的としたため、口腔カンジダ症を示唆する所見を認めた者は 対象から除外した。
全身疾患や内服薬、喫煙および飲酒歴、口腔内の不快症状についてのアンケート票 を事前に送付し、記入してもらったうえで会場に持参させた。診査会場では、残存歯 数や口腔清掃状態、歯周疾患の状態、欠損補綴物や客観的口腔乾燥の有無などを記録 した。口腔カンジダ菌の培養検査にっいてはクロモアガー培地を用いて、コロニーの 形成を1個以上認めたものを陽性とし、コロニーの色調と形態により菌種を同定した。
各因子とカンジダ菌の検出率について単変量解析を行ったところ、従来の報告で関 連因 子と指摘 されてい る全身疾 患や内服 薬などの 有無については検出率に有意差を 認めなかったが、年齢と客観的口腔乾燥および有床義歯の有無が検出率と有意に関連 して いた。そ こで、上 記3種について多変量解析を行ったところ、年齢と有床義歯の
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有 無 が カ ン ジ ダ 菌 の 検 出 率 に つい て独 立し た関 連因 子 であ り、 特に 有床 義歯 使用 者は 非 使 用 者 と 比 較 し て 、 カ ン ジ ダ 菌 の 検 出 率 は3倍 だ っ た 。 有床 義歯 がカ ンジ ダ菌 の保 菌 と 関 連 し て い る こ と が 示 さ れた ため 、さ らに 義歯 の 清掃 習慣 にっ いて の検 討を 行っ た と こ ろ 、 義 歯 の 清 掃 を 十 分 に行 って いる と思 われ た 者で も検 出率 は高 く、 清掃 が不 十 分 と 思 わ れ る 者 と 有 意 差 は 認め られ なか った 。さ ら に検 出さ れた カン ジダ 菌種 につ い て も 検 討 し た と こ ろ 、 有 床 義 歯 非 使 用 者 で は £ albicansを 主と した 単独 菌種 が検 出 さ れ た の に 対 し 、 有 床 義 歯 使 用 者 で は £ glabraぬ が 検 出 さ れ る 頻 度 が 増 加 し 、
£ albicansと ¢glabraぬ の 組 み 合 わ せ を 主 と し た 複 合 菌 種が 検出 され る頻 度が 増加 し た 。 有 床 義 歯 が り ザ ー バ ー とな るこ とに より 、使 用 者で は検 出率 が増 加し てい るこ と が 考 え ら れ た 。 ま た 、 有 床 義 歯 使 用 者 で ¢ glabraぬ の 検出 され る頻 度が 増加 した こ と に つ い て は 、 £ glabraぬ は ¢albicansと 比 較 し て 細 胞表 面の 疎水 性が 高く 、ア ク リ ル レ ジ ン へ の 付 着 カ が 高 い た め と 考 え ら れ て い る 。
本 研 究 の 結 果 か ら 、 高 齢 者 にお いて 有床 義歯 が口 腔 カン ジダ 症や 誤嚥 性肺 炎の りス ク 因 子 と な っ て い る こ と が 示 唆さ れた ため 、効 果的 な 義歯 洗浄 方法 や抗 真菌 性を 有す る 義 歯 床 用 材 料 の 開 発 が 期 待 さ れ る 。
論 文 審 査 に あ た っ て 、 論 文 申 請 者 によ る研 究要 旨の 説明 後、 本研 究な らび に関 連 す る 研 究 に つ い て 口 頭 試 問 を 行 っ た 。 主 な 質 問 事 項 は 、1) カ ン ジダ 菌の 感染 経路 に つ い て、2)対 象を 前期 高齢 者に 限定 した 理由 につ い て、3) 口腔 カンジダ 症を示唆する者 を 除外 した 理由、4)C glabra taと有床義歯 の関連について、5)カンジ ダ菌と口腔衛生 状 態 の 関 連に つい て、6) 口 腔乾 燥の 評価 に柿 木の 分類 を用 いた 理由 など であ った 。 こ れ らの 質問 に対し て申請者から適切かつ明快な回答、説明が得られ、研究 の立案と遂行、
結 果の 収集 とその 評価について申請者が十分な能カを有していることが確 認された。本研 究 は、 高齢 者にお ける口腔カンジダ菌の保菌に関わる因子や、有床義歯と 口腔カンジダ菌 の 関連 を示 唆する ものであり、その内容が高く評価された。本研究業績は 高齢者における 口 腔カ ンジ ダ菌の 保菌率や関連因子を明らかにするだけではなく、将来的 に誤嚥性肺炎な どのりスクを減少させる研究などに寄与することも考えられ、博士(歯学)の学位に値するも のと認めら れた。