博士(農学)後藤干枝 学位論文題名
数種ヤ ガ科害 虫の顆粒 病ウイルス感染病理と遺伝子解析 学位論文内容の要旨
本 論文 は 、総 ペ ージ 数141ベ ージ 、 表26、図30か らなる和文 論文 で、 他 に参 考 論文10編 が添 え られ て しヽ る 。
農産物の安全性向上ならびに環境保全に対する関心が高まり、主に化学 合成農薬に依存している現在の病害虫防除体系は、改善を求められている。
新しい防除体系の確立には、化学合成農薬の使用に代わる防除技術の開発 が必要であり、昆虫に特異的な病原性を示すバキュロウイルスは、安全性 の 高 い 防 除 素 材 と し て そ の 実 用 化 が 期 待 さ れ て い る 。 北海道では、これまで、Bacillus thuringiensis以外の昆虫病原徽生 物に関する研究は、ほとんど行われていない。本研究は、北海道の畑作地 帯である十勝地方ではじめて分離されたバキュロウイルス属、中でも顆粒 病ウイルス(GV)を利用した防除技術開発のための基礎的研究である。
そ の 内 容 は 、 各 種 害 虫由 来 のGVのDNA解析 に よる 同 定、GVの ゲ 丿ム DNAの ク ロー ニング と顆粒体タン パク質遺伝子 の塩基配列の決 定、GV の病理学的特性の解明、GVの核多角体病ウイルス感染力増強作用の解明 等を中心とし、以下の4項目について述べる。
1. ヤ ガ 科 畑 作 害虫 の死 亡 原因 調 査と 昆 虫病 原性 ウ イル ス の分 離 畑作物害虫13種を対象に昆虫病原微生物の探索を行った。その方法は、
採集幼虫を室内で個別飼育し、発病した幼虫からウイルスと糸状菌を主体 に多数の病原微生物を分離した。ヨーロッパでも重要な害虫であるガンマ キンウワ バをはじめ、GVが これまで未発 見であった4種を含む8種の宿 主から新たにGVを分離した。また、テンサイや蔬菜類の害虫であるシ口 モンヤガ、ガンマキンウワバ等、数種害虫の原因別死亡率を調査し、GV が 死 亡 要 因 と し て 重 要 な 位 置 を 占 め る こ と を 明 ら か に し た 。 2. 数種 ヤ ガ科 害 虫から分離され たGVのDNA解析による 同定と制限 酵 素 切断 地 図の 作 成並びに顆 粒体タンパク 質遺伝子の塩 基配列決定 GVが複数種の害虫に交差感染している可能性が示唆されたため、ウイ
ルスゲノムDNAの制限酵素切断片アガロースゲル電気泳動パターンを基 に し た 分類 法(REN法 )を導 入し 、各宿 主か ら分離 したGVの同 定を 試 みた。シロモンヤガ、ガンマキンウワバ、アワヨ卜ウ、タンポキヨ卜ウ、
フキヨ卜ウ、ショウブオオヨ卜ウの6種から得られたGVは、若干の差異 はあるがほば同一のパターンを示し、異なる宿主昆虫から分離された各G Vは基本的にはほとんど同一のウイルスゲノムを有することが判明した。
シロモンヤガGVの制限酵素切断片クローンをプローブにしたサザンハイ プリ ダイ ゼーシ ョン の結果 、GV間のRENパタ ーン の差異は、制限酵素 切断部位の付加や欠失、DNAの小断片のデリーションや挿入によって生 じていることが明らかになった。また、シロモンヤガの個体別分離GVの パターン比較の結果、同一種宿主由来のGV間で認められた変異の程度は、
異種宿主由来のGV間に認められた変異の程度とほば同等であり、分離G V間の変異は、宿主の違いと関係なく生じているものと考えられた。これ らの結果から、上記6種害虫から分離されたGVを単一ウイルスの遺伝的 変異株として位置づけ、このウイルスをシロモンヤガ顆粒病ウイルス、
Xestia c‑nigrum GV(XcGV)と して取 り扱 うこと にし た。ま た、Xc GVのゲノムライブラリーをもとに、制限酵素切断地図を作成し、地図の ゼロ点の基準である顆粒体タンパク質遺伝子の塩基配列を決定した。過去 に 報 告 され た2種GVとXcGVの 同 遺 伝 子の 塩 基 配 列 並び にアミ ノ酸 配 列とは、非常に高い相同性を示し、このタンパク質はGVにとって重要な 機能を持っものと考えられた。
3.Xc GVの感染特性
経 口 接 種 実 験 に より 、XcGVは 、 供 試し た ヤ ガ 科14種 のうち7種に 感染することが明らかにされた。このうち、シロモンヤガ、ガンマキンウ ワ バ、 アワヨ トウ に対するX cGVの病原性を比較すると、前2種に対す る病原性はほば同等であったが、アワヨ卜ウに対する病原性はそれよりも 弱いことが明らかにされた。また、Xc GV接種後のシロモンヤガ幼虫に ついて、感染経過の詳しい観察が行われ、2、3齢期にGVを接種すると、
5齢期以降に病微が認められること、ほとんどの個体は6齢まで生存して 健全虫を超える大きさに達した後に死亡すること、また、接種個体の約半 数 が 過 剰 脱 皮 し7齢 ま た は8齢 に 達 す る こ と が 明 ら か に さ れ た 。 4.XcGVの核多 角体 病ウイルス感染力増強作用と感染力増強物質の 単離・精製
2種 ウイ ルスの 混合 接種実験によって、XcGVが核多角体病ウイルス (N PV)の感染率を上昇させる作用を持つことを発見した。生物検定に より、この感染力増強作用がXcGVの顆粒体のアルカリ可溶性画分に存 在すること、XcGVの宿主であるシ口モンヤガ、アワヨ卜ウ、ガンマキ ンウ ワバの 他に 、XcGVに感 受性を示さないヨ卜ウガ、タバコガでもN
PVの 感染力 増強 が起こること、また、本増強作用は、複数のNPVに対 して認められることが明らかにされた。ゲル濾過とイオン交換クロマトグ ラフイーによって、顆粒体から分子量約l0 8kDaの活性成分が単離され た。
本研究では、北海道の畑作地帯におぃて複数の害虫からはじめてGVを 分離し、RENパターンの解析並びに制限酵素切断地図の作成からウイル スを 同 定 可 能 と し た 。ま た、 シロ モンヤ ガか らの分 離GV (XcGV)を 用いて、ゲ丿ムDNAのクローニングと顆粒体タンパク質遺伝子の特定並 びに塩基配列の決定を併せて行った。さらに感染特性の解明に加え、Xc GVがNPV感染 力増 強作用 を有することを明らかにし、その活性成分の 単離精製と性状の解析を行った。このことは、単離された、X cGVのN PV感染 力増 強物質 が、 今後NPVを利用した生物的害虫防除添加剤とし ての利用が期待される成果であり、学術面においても実用面でも多大の貢 献を行った。
学位論文審査の要旨
学 位 論 文 題 名
数種ヤガ科害虫の顆粒病ウイルス感染病理と遺伝子解析
本 論 文 は 、 総 ペ ー ジ 数141ベ ー ジ 、 表26、 図30か ら な る 和 文 論 文 で 、 他 に 参 考 論 文10編 が 添 え ら れ て い る 。
農産 物の 安全性 向上 なら びに環 境保全に対する関心が高まり、主に化学 合成農薬に依存している現在の病害虫防除体系は、改善を求められてI、る。
本研 究は 、北海 道の 畑作 地帯で ある十勝地方ではじめて分離されたバキ ユ ロ ウ イ ル ス 属 、 中 で も顆 粒病 ウイル ス(GV) を利用 した 生物 的防 除技 術 開発 のた めの基 礎的 研究 である 。そ の内 容は 、以下 の4項目 にまとめる ことができる。
1. ヤ ガ 科 畑 作 害 虫 の 死 亡 原 因 調 査 と 昆 虫 病 原 性 ウ イ ル ス の 分 離 十勝 地方 の畑作 物害 虫13種を 対象に 昆虫 病原 徽生物 の探 索を 行っ た。
そ の方 法は、採集幼虫を室内で個別飼育し、発病した幼虫からウイルスと 糸 状菌 を主体に多数の病原徽生物を分離した。ヨーロッパでも重要な害虫 で あ る ガ ン マ キ ン ウ ワ バを は じ め、GVが これま で未 発見 であっ た4種 を 含 む8種 の 宿 主 か ら 新 た にGVを 分離 した 。ま た、 テンサ イや 蔬菜 類の 害 虫 であ るシロモンヤガ、ガンマキンウワバ等、数種害虫の原因別死亡率を 調 査し 、GVが死亡 要因 とし て重 要な位 置を 占め ること を明 らか にし た。
2. 数 種 ヤ ガ 科 害 虫 か ら 分 離 さ れ たGVのDNA解 析 に よ る 同 定 と 制 限 酵 素 切 断 地 図 の 作 成 並 び に 顆 粒 体 タ ン パ ク 質 遺 伝 子 の 塩 基 配 列 決 定 GVが 複数 種の害 虫に 交差 感染 してい る可 能性 が示 唆され たた め、 ウイ ル ス ゲ 丿 ムDNAの 制 限 酵 素切 断 片 アガ ロー スゲ ル電 気泳動 パタ ーン を基 に し た 分 類 法 (REN法 ) を 導 入 し 、 各 宿 主 か ら 分離 し たGVの 同 定 を 試 み た。 シ口モンヤガ、ガンマキンウワバ、アワヨ卜ウ、タンポキヨ卜ウ、
フ キ ヨ 卜 ウ 、 シ ョ ウ ブ オ オョ 卜 ウ の6種か ら得 られ たGVは 、基 本的 には ほ とん ど同一のウイルスゲノムを有することが判明した。また、シロモン
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ヤガGV(XcGV)の ゲ丿 ムライ ブラ リーを もと に、制 限酵素切断地図 を作成し、地図のゼロ点の基準である顆粒体タンパク質遺伝子の塩基配列 を決定した。
3.XcGVの感染特性
経 口 接種 実 験 に よ り 、XcGVは 、 供 試 し た ヤ ガ科14種の うち7種に 感染することが明らかにされた。このうち、シ口モンヤガ、ガンマキンウ ワバ 、ア ワヨ卜 ウに対するX cGVの病原性を比較すると、前2種に対す る病原性はほば同等であったが、アワヨ卜ウに対する病原性はそれよりも 弱いことが明らかにされた。また、X cGV接種後のシロモンヤガ幼虫に ついて、感染経過の詳しI、観察が行われ、2、3齢期にGVを接種すると、
5齢期以降に病徴が認められること、ほとんどの個体は6齢まで生存して 死亡すること等が明らかにされた。
4.XcGVの 核多 角体病 ウイ ルス感 染力 増強作 用と 感染力 増強物質の 単離・精製
2種 ウイ ルスの 混合 接種実験によって、XcGVが核多角体病ウイルス
(NPV)の感染率を上昇させる作用を持つことを発見した。生物検定に より、この感染力増強作用がX cGVの顆粒体のアルカリ可溶性画分に存 在すること、XcGVの宿主であるシロモンヤガ、アワヨ卜ウ、ガンマキ ンウ ワバの 他に 、XcGVに感受性を示さなぃヨ卜ウガ、タバコガでもN PVの感染力増強が起こることが明らかにされた。また、活性成分は分子 量約10 8kDaのタンパク質とされた。
本研究は、北海道の畑作地帯におぃて複数の害虫からはじめてGVを分 離し、RENパターンの解析並びに制限酵素切断地図の作成からウイルス を同定できることを明らかにした。また、シロモンヤガからの分離GV
(XcGV) を 用 い て 、ゲ ノ ムDNAのク ロー ニング と顆 粒体タ ンパ ク質 遺伝子の構造解析を併せて行った。さらに感染特性の解明に加え、XcG VがNPV感染力増強作用を有することの発見並びにその活性成分の単離 精製を行った。このことは、単離されたNPV感染力増強物質が、今後N PVを利用した生物的害虫防除添加剤として利用可能で゛あることを示して いる。
以上のように、本研究は、学術上の新発見を行うとともに実用面でも今 後 の 生 物 的 害 虫 防 除 に 対 し 多 大 の 貢 献 が 期 待 さ れ る 。 よって審査員一同は、別に行った学力確認試験の結果と合わせて、本論 文の提出者後藤千枝は博士(農学)の学位を受けるのに十分な資格がある ものと認定した。