博士(歯学)近藤美弥子 学位論文題名
腫瘍内低酸素環境と腫瘍血管内皮の異常性の関連 学位論文内容の要旨
腫 瘍組 織の 内部 は腫瘍の進行にともない,低酸素(Hypoxia)に曝されており,
栄 養と 酸素 が不 足して いる こと が広 く知 られ てい る.Hypoxiaで は細 胞内 に低 酸素誘導因子(Hypoxia‑inducible factorlQ:HIF‑1Q)タンパク質の蓄積がおき,
様 々な 遺伝 子の 転写が 促進 されHypoxiaに応 答する .腫 瘍細 胞に おい てHIF‑1Q が蓄積すると血管内皮増殖因子(vascular endothelial growth factor: VEGF)な どの 血管 新生 関連 遺伝 子群 や転 移に 関わ る様 々な遺伝子発現を誘導し腫瘍の進 展に関与することが明らかになってきている.
し かし なが ら, 腫瘍 問質 ,特 に腫 瘍血 管内 皮細胞における低酸素応答機構に っいての報告はほとんど見られない.腫瘍血管内皮細胞(tumor endothelial cell:
TEC)は , 以 前 ま で 正 常 だと 考 え ら れて きた .しか し近 年, 腫瘍 血管 内皮 細胞 (TEC)は 正常 血管 内皮細胞(normai endothelial cellニNEC)と比較してさまざま な性質に違いがあることがわかってきた.
我 々 も ま た こ れ ま で に,TECがNECと 比較 して血 管新 生因 子の 発現 が亢 進し てい るこ と, 特異 遺伝 子を 発現 して いる こと ,さらには薬剤抵抗性をもつこと や染色体異常があることなど,さまざまな点で違いがあることを報告してきた.
し か しTECの 異 常 性 獲 得 の 機 序 に 関 し て は 未 だ 不 明 な 点 が 多 い , 今 回著 者は ,腫 瘍組 織内 のHypoxiaに着 目し ,Hypoxiaが血管内皮細胞に与え る影響について解析した.
HypoxiaがNECに対し てTECの よう な異 常性 をもた らす のか を検 討す るた め,
ヒ トNEC:ヒ ト 皮 膚 微 小 血 管 内 皮 細 胞(HMVEC)を , 正 常 酸 素 環 境(Normoxia:
20%02), 低 酸 素 環 境(Hypoxia)の 条 件 下 で1週 間 培 養し た .Hypoxiaは1%02 連 続 培 養 , 並 び に 1% 02と 20% 02を24時 間 毎 に 繰 り 返 す 再 酸 素 負 荷 (Reoxygenation)の2っの条件とした,
分 離 し た マ ウ スTEC並 び に マ ウスNECの血 管内皮 とし ての 性質 をフ ロー サイ 卜 メ ト リ ー やRT‑PCRに て 確 認 し た 後 ,TECとNECの 性 質 の 違 い を 検 討 し た .
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TECはHypoxiaで 誘 導 さ れ る 分 子 の 発 現 が 亢進 し て おり ,染 色体 異常を も有 し て いた .ま た組 織免 疫染 色によ り腫 瘍内の血管は,一部Hypoxiaに陥っているこ とが示された.
HMVECのHIF‑1a夕 ン / く ク 質 の 発 現 がHypoxiaで 誘導 され たこ とが細 胞免 疫 染 色 に よ り 示 さ れ た . さ ら にHypoxiaの 各 条 件 で は ,HMVECに お け るVEGF‑A の発現が亢進した,また,正常な染色体分離に必要な遺伝子Centrosome proteinE の発現は減少した.
HypoxiaではHMVECにおける染色体数の増加(aneuploidy)がfluorescent in situ hybridization (FISH)に より示 され ,HypoxiaがHMVECに染 色体 異常を誘導しう る事が示された.
細 胞 周 期 停 止 時 に ,aneuploidyが み ら れ る こ と が あ る.Hypoxiaに お け る HMVECで の細 胞増 殖率 と細 胞周 期を 解析したところ,細胞が増殖していること,
並 びに 細胞 周期 が停 止し ていな い事 が示された.したがって,Hypoxiaよって誘 導 され たaneuploidyは細 胞周期 の停 止に よる もの とは 異な るメ カニズムで起こ ることが示唆された,
ATPを 産 生 す る ミ ト コ ン ド リ ア の 電 子 伝 達 系 か ら 発 生 す る 活 性 酸 素 種 (Reactive Oxygen Species: ROS)は,細胞の生存とホメオスタシスのために不可欠 な 生 理 機 構 で あ る .し かしROSの 過剰 な産 生は ,細 胞の 遺伝 子異 常など を誘 発 し ,発 がん にも 関連 する ことが 広く 知られている.そこで,Hypoxiaにより誘発 さ れ たHMVECに お け る 染 色 体 異 常 とROSの 関 連 を 検 討 し た ,Hypoxiaに よ っ てHMVECにおけるROSの産生が亢進した,
緑 茶 に 含 ま れ る カ テ キ ン の 主 成 分 で あ るエ ピ ガ ロカ テキ ンガ レート(EGCG) は 抗 酸 化 物 質 と し て広 く知 られ てい る. EGCGでHMVECを 処理 する と,Hypoxia に よ り 引 き 起 こ さ れ るROSの 上 昇 が 抑 え ら れ , さ ら にHMVECの 染 色 体 異 常 の 誘 導 は 抑 制 さ れ た .こ のこ とか ら, 腫瘍血 管内 皮細 胞の 染色 体異 常にHypoxia によるROSの蓄積が関与している可能性が示唆された.
Hypoxiaに 陥っ て い る 腫 瘍 組 織 内 で は ,HIF‑1の 下流 の分 子で あるVEGFが 過 剰 に 産 生 さ れ 血 管 新 生 が 亢 進 す る . さ ら に近 年 , 血管 内皮 細胞 の過剰 なVEGF への曝露が染色体異常を誘導することも報告されている,
Hypoxiaは ,HMVECに お け るVEGFのmRNAの 発 現 を 著 明 に 亢 進 さ せ た . Hypoxiaに よ り 誘 発 さ れ るHMVECの 染 色 体 異 常 にVEGFシ グ ナ リ ン グ の 亢 進 が 関与 して いる 可能 性を 検証す るた めにVEGF‑receptor inhibitorであるKi8751
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を用いて実験を行った.Ki8751によりHypoxiaで誘導されるROSの上昇は抑制 さ れ,さらにaneuploidyの増加も抑えられた.Hypoxiaで活性化したVEGFシ グ ナリングが ,aneuploidyの割合の増 加に関与する可能性が示唆された.
Hypoxiaに陥ったNECにおいて,aneuploidyを有する細胞が増加したことから,
腫瘍内の低酸素環境が,TECの染色体異常性獲得のメカニズムのーつであるこ と が 示唆された .さらに,Hypoxiaにより 産生が亢進 したROSがHMVECにお け るaneuploidyを誘発したことから,TECの染色体異常にHypoxiaによるROS の蓄積が関与している可能性が示唆された.
が ん細胞が虚 血などによりHypoxiaに曝されるとVEGFなどの血管新生因子 を産生し,既存の周囲正常血管を呼び込み腫瘍血管新生を誘導することはよく 知 られている .過去にわれわれは,TECもVEGFなどの血管新生因子の発現が 亢進しておルオー卜クライン機構によりその高い生存性に活かしていることを 報 告 している. 本研究の結 果から,HypoxiaでのHMVECにおけるROSの産生 増加には,VEGFシグナリングの活性化が関与していること,その結果として染 色体異常が誘発されることが示唆された,
血管新生阻害療法が提唱されたときには想像されなかったが,近年,VEGF阻 害などによる腫瘍血管新生阻害療法に対しても薬剤耐性獲得が生じうることが 報告されている.その機序としては主に腫瘍側に生じる薬剤耐性が考えられて いる.今回のわれわれの結果からNECもまた低酸素によって染色体異常を獲得 し うるという ことが示された.これらのことより,TECの腫瘍微小環境内の Hypoxiaによる染色体不安定性の獲得,さらに,薬剤耐性獲得の可能性を考慮し なければならない.がんの治療には腫瘍細胞のみではなく異常性を獲得しうる 問質細胞も含めて治療のターゲットとして視野に入れる必要性があるものと考 えられる, Hypoxiaに曝されている腫瘍組織でVEGF,HIF阻害薬やROSの産生・
蓄積をおさえる抗酸化剤を用い,TECの異常性獲得を抑制することが,血管新 生 阻害療法に 対する薬剤 抵抗性の回 避に有効である可能性が示唆された.
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学 位 論 文 審 査 の 要 旨
主査 特任教授 井上農夫男 副 査 教 授 進 藤 正 信 副査 特任准教授 樋田京子
学 位 論 文 題 名
腫 瘍内 低 酸 素 環境 と 腫 瘍 血管 内 皮の 異常性 の関連
審査は,審査担当者全員の出席の下,申請者の研究内容の説明がなされ,関連事項に ついて口頭試問が行われた。
【背景】進行した腫瘍組織の内部は低酸素に陥っている.低酸素下では細胞内に低酸素 誘導因子(HIF‑la)タンパク 質が蓄積される.HIF―1は,血管新生関連遺伝子群や転移 に関わる様々な遺伝子発現を誘導し腫瘍の進展に関与する.しかし,腫瘍問質,特に腫 瘍血管内皮細胞における低酸素応答機構については未だ不明な点が多い,近年,腫瘍血 管内 皮 細 胞(TEC)は正 常 血管 内 皮 細胞(NEC)と 比 較し て さ まざ まな性質 に違いが あ ることがわかってきた.しかしTECが異常性を獲得するメカニズムは未だ明らかになっ ていない.今回,腫瘍組織内の低酸素環境に着目し,低酸素環境が血管内皮細胞に与え る影響について解析した.
【目的】本研究では,血管内皮細胞の異常性獲得における低酸素環境の影響を明らかに することを目的とした.
【材料と 方法】ヒ 卜腫瘍細 胞のマウ ス皮下移 植腫瘍塊 からTECを,非担癌マウスの正 常皮 膚からNECを 分離し培 養した. 低酸素がNECに与える 影響を解析 するため ,ヒト NEC: 微 小 血 管 内 皮 細 胞(HMVEC)を , 正 常 酸 素 環 境(Normoxia 20%02), 低 酸素 環 境(Hypoxia)の 条件 下 で1週間 培 養 した .Hypoxiaは1%02連続培 養,並びに 1%02と20%02を24時 間毎 に 繰り 返す再 酸素負荷(Reoxygenation)の2つの条 件とし た,
【結果と考察】組織免疫染色により腫瘍内の血管は,一部Hypoxiaに陥っていることが 示 さ れ た . 一 方Hypoxiaの 各 条 件 で は ,HMVECに お いてHIF‑1aタ ン パ ク質 の 発現 と,その下流因子VE GF‑Aの遺伝子発現が亢進した.また,正常な染色体分離に必要な 遺伝子CENP‑Eの発現は減少した,
Fluorescent in situ hybridization (FISH)によ りHypoxiaにおけ るHMVECの異数 体の 増 加(aneuploidy)が示 さ れ, 驚 く べき 事 にHypoxiaがHMVECに 染色体異 常を誘 導しうる事が示された.またこのとき,血管内皮細胞の細胞周期は停止していなかった.
活性酸素 種(ROS)は,細 胞の生存 とホメオ スタシス のために不可欠な生理機構であ る.しか しROSの過剰 な産生は ,細胞の 遺伝子異 常などを 誘発し,発がんにも関連す るこ とが広く ,知られ ている. そこで,Hypoxiaにより誘 発されたHMVECの 染色体異
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常 とROSと の 関 連 を 検 討 し た .HMVECに お け るROSの 蓄 積 量 はHypoxiaに よ っ て 増加する事が確認された.抗酸化物質であるN‑acetyl‑L‑cysteine並びに,緑茶カテキ ン(EGCG)をHMVECに 処理 する と,Hypoxiaに よる 染色 体異 常の 誘導 が抑制 され た.
こ の事 から ,腫 瘍血 管内 皮の染色体異常にHypoxiaによるROSの蓄積が関与している 可能性が示唆された.
Hypoxiaは ,HMVECに お け るVEGFの 遺 伝 子 発 現 を 著 明 に亢 進 さ せ た . そ こ で VEGF‑receptor inhibitor: Ki8751を処理するとHypoxiaで誘導されるROSの上昇は 抑制され,さらにaneuploidyの増加も抑えられた.
こ れ ら の こ と か ら , が ん 微 小 環 境 内 のHypoxiaはROSの 蓄 積 とVEGF‑Aのシ グナ リ ン グ の 活 性 化 を 介 し て 染 色 体 異 常 をNECに も た ら す 可 能 性 が 示 唆 さ れ た .
【 結 諭 】HypoxiaはHMVECにVEGF‑Aの 発 現 亢 進 , 染色 体 異 常 な ど を誘導 する こと を 示 し た . そ の 機 序 と し てHypoxiaはROSの 蓄 積 とVEGF‑Aの シ グ ナリン グの 活性 化 を 介 し て ヒ 卜NEC (HMVEC)に 染 色 体 異 常 を も た ら す 可 能 性 が 示 唆 さ れ た .
以上,論文について概要が説明された後,各審査員より,本研究の背景,方法,結果,
考察および関連の研究について質問がなされた.主な質問内容は,@腫瘍内の低酸素の 領域は血管の少なさと相関するのではなぃか,◎低酸素応答領域の配列モチーフは,◎
CENP‑Eは具体的にどこで働いているのか,@正常血管内皮細胞と腫瘍血管内皮細胞の ROSの 量の 差は, ◎VEGFシ グナ リン グとROSの 産生 の関 連の詳細は,◎ROSが遺伝子 不安定性に関わっている機序は,などであった.論文提出者はいずれの質問に対しても 明 確か つ的 確に 回答 し, さらに今後の研究についても発展的な将来展望を示した.
本論文には新規性が認められ,今後の歯科医学の発展に大きく貢献するものと評価さ れた.さらに,学位申請者は,本研究を中心とした専門分野はもとより,関連分野につ いても十分な知識を有していることを審査員一同が認めた.よって,学位申請者は北海 道 大 学 博 士 ( 歯 学 ) の 学 位 を 授 与 さ れ る 資 格 あ る も の と 認 め た .
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