博 士 ( 歯 学 ) 安 藤 葉 介 学位論文題名
片側性唇顎口蓋裂者における鼻中隔の 弯曲度を用いた上顎骨の成長予測 学位論文内容の要旨
I .緒言
片側性唇顎口蓋裂者では、口蓋形成手術の影響により上顎骨の劣成長をき たしている。これらの患者の矯正治療において、上下顎骨の成長のコン卜口 一ルを行い、顎関係の改善をはかるにあたり、個々の患者の手術による上顎 骨の成長抑制の程度を把握することが極めて重要である。これまでに我々 は、同患者の鼻上顎複合体の変形と諸要因にっいて検討し、口蓋形成手術の 影響下で、舜中隔の弯曲度と前上顔面高、後上顔面高および中顔面の深さは 強く関連することを認めた。そこで今回、片側性唇顎口蓋裂者における手術 による上顎骨の成長抑制のパラメー夕一として鼻中隔の弯曲度の応用を試み た。
II .資料と方法
本学部附属病院矯正科を受診した患者のうち、□唇・口蓋形成手術既往の
片側性唇顎口蓋裂者49 名(男子28 名、女子21 名)の矯正科初診時の正面およ
び側面頭部X 線規格写真、さらに思春期成長終了時の側面頭部X 線規格写真
を用いた。正面頭部X 線規格写真からは鼻中隔の弯曲度を、また、側面頭部
X 線規格写真からは前上顔面高、後上顔面高、中顔面の深さの三項目につい
て計測を行った。これらの形態分析をもとに上顎骨の思春期成長量と鼻中隔
の弯曲度との関連を検討した。また、これらより思春期における上顎骨各部
の成長量の予測式を導き出し、その有効性について検討した。さらに本予測
式を用いて、同患者の上顎前方牽引装置の治療効果についても検討した。
III .結果
1 )片側 性唇顎口蓋 裂者の鼻中隔の弯曲度は、前上顔面高の思春期成長量と の間では相関係数r=0.96 ( P<O. 01 )で、後上顔面高の思春朔成長量との問では r ー―0 . 97 (P<O. 01 )で、また中顔面の深さの思春期成長量との問ではr=0. 57
(P<O. 01 )で有意な相関を認めた。
2 ) 鼻 中隔 の弯曲度 (ZSEP )をもとに 以下に示す 上顎骨各部 の思春期成 長 量を求める予測式を算出した。
前 上 顔 面 高 の 思 春 期 成 長 量 = O . 35682xZSEP − 45. 177 後 上 顔 面 高 の 思 春 期 成 長 量 = 0 . 36549xZSEP 一 47. 351 中 顔 面 の 深 さ の 思 春 期 成 長 量 = 0.16503xZSEP ― 22. 107 また、これによって得られた予測値と実測値の誤差の検討から、本予測式は 高い信頼性 を持つこと が確認され 、矯正臨床 上有効であることが示唆され た。
3 ) 上 顎前 方牽引装 置の治療効 果について 本予測式を 用いて検討 したとこ ろ、治療による変化が得られたと判定された人数は、後上顔面高の変化量に おいて最も多かった。また同装置の主目的である中顔面の深さの成長促進に ついて、治療効果が得られたと判定されたものは、使用開始年齢がいずれも 10 歳6 カ月以前であった。
IV .考察
1 )片側性唇顎口蓋裂者の鼻中隔の弯曲度と上顎骨の思春期成長量の予測に ついて
顎顔面の成長予測は、遺伝的要因と環境的要因の相互作用により、困難を 極めると考えられてきた。しかし、唇顎口蓋裂者では口蓋形成手術という上 顎の成長を大きく左右する共通の環境的要因を持っており、これが個々の遺 伝的要因よりも成長発育に与える影響が強いならば、この環境的要因の程度 をとらえることによって、上顎骨の成長を予測することが可能と思われる。
先の研究で、片側性唇顎口蓋裂者の鼻中隔中央部は患側に、最下点は健側に
変位しており、一定の弯曲のバターンをもつことが分かった。同患者の昴中
隔の弯fln はすでに胎生期から存在するという報告もあり、口蓋形成手術によ
る上顎骨の成長抑制の影響をうけ、上顎骨と鼻巾隔の成長能の不調和が生じ て、弯曲を増大させるものと考えられる。また、この弯曲度と思春期成長ゐn の上顎骨の形態との問に強い相関があることより、口蓋形成手術の影響下で 鼻中隔の弯曲の程度と上顎骨の成長能との極めて密接な関連が示唆された。
そこでこの弯曲度を用いて、上顎骨の思春期成長量を予測したところ、矯正 臨床上十 分な精度を もって予測 が可能であ ることが示唆された。このこと は、これまで考えられていた以上に、口蓋形成手術は上顎骨の成長抑制に大 きく作用していること、および鼻中隔の弯曲度は、このような環境的要因に よる抑制の程度を明確に表わしていることを示している。今後は症例数を増 やしてさらに予測式としての精度の向上を図るとともに、その妥当性につい て検討していく予定である。
2 ) 片 側性 唇 顎 口蓋 裂 者に お ける 上 顎前 方 牽引 装 置の 治 療効 果 につ いて
唇顎口蓋裂者の矯正治療において、上顎骨の劣成長による上下顎の前後的
不調和を改善するため、上顎前方牽引装置を用いることが多い。同装置の治
療効果を判定するため、個々の患者について、上顎骨各部の成長量の予測式
をあてはめ、予測した成長量(予測値)と実際の変化量との差を求めた。結
果より、後上顔面高では予測f 直を明らかに上回る症例が多数みられたのに対
し、前上顔面高では予測値を下回る症例が多数みられたが、その理由として
上顎前方牽引装置による上顎骨の前方移動にともなうsicle e‑ffect があげら
れる。すなわち、本装置では口蓋平面の反時計回りの変化をともなう前方移
動を生じることがよく知られており、上顎骨後方部の高さについては成長促
進的に、また上顎骨前方部の高さにっいては成長抑制的にはたらいた・ものと
考えられる。中顔面の深さの成長促進については、予測値を明らかに上回る
変化量を示したものは26 症例中 10 症例であった。この10 症例について本装置
の使用開始時期と使用期間にっいて検討したところ、使用期間には一定の傾
向を認めなかったが、使用開始時期はいずれも10 歳6 カ月以前であった。これ
より、10 歳6 カ月以前より同装置による治療を開始したものの効果が優れてお
り、それ以後で開始レたものでは、たとえ使用期間が長くてもあまり治療効
果が期待できなぃと考えられる。これについて同装置を乳歯列期を含む早期
に使用した場合に、治療効果が優れておりその後の顎発育にも好影響を与え
るといった報告もあり、鼻中隔の弯曲度が大きく、思春期における上顎骨の
成長量が小さいと予洲される症例では、ヰ暑に早!明からの上顎前方牽引装置の
適用が必要であることが示唆される。
学位論文審査の要旨
学 位 論 文 題 名
片側性唇顎口蓋裂者における鼻中隔の 弯曲度を用いた上顎骨の成長予測
審査 は禍「ロ、吉E凵およびLf,1柑捲査貝全員の出席のもと に、rl→識者に対し口頭試 fおHこ よ り 提 出 言 侖 文 の 内 容 と そ れ にr斐1述 す る 学 科 目 に っ き 行 わ れ た 。 矯 正 歯 科 治 療 に お い て 顔 而 頭 叢 の 成 長 の 予 測 は 大 変 重 要 で あ る が、 個々 の 症{911 に つ い て 精 度 高 く 予 測 す る こ と は 非 常 に 雛 し い 。 こ と に 唇 顎 口 蓋 裂 者 に お い て は 口 蓋 幵 彡 成 手 術 のF /響 も 加 わ り 、 上 顎 骨の 前後 的、 垂直 的な 劣成 長や 齏列 弓 の狭 確 な ど を き た し て い る ゴ 昜 合 が 多 く 、 さ ら に 成 長 の 予 測 が 困 萱flと な る 。 そ こ で 本 研 究 は 片 側 性 唇 顎 口 蓋 裂 者 にっ いて 、 正而 およ び側 而頭 部X総説 キ ぉ巧 : 真 を用 い上 顎 骨の 思春 期成 長量 と鼻 巾隔 の弯 ‖ 1]度 との 関連 を調 ベ、これをもとに 上 顎 骨 各 部 の 思 春 期 成 長 量 翁 : 出 の 予 測 式 を 作 成 し 、 そ の 有 効 性 を検 討し て いる 。 さ ら に 予 測 式 を 用 い て こ れ ら 患 者 の 上 顎 前 方 牽 引 装 過 に よ る 治 療 効 果 の 判 定 ・b行 ってい る。
く資料 と方法/>
本学 部『 付 属病 |皖 矯正 科を 受診 した 患者のうち、□唇.口蓋幵彡 成手術既往の片側 性 唇 顎 口 蓋 裂 者49名 ( 男 子28名 、 女 子21名 ) の 矯 正 科 初 診 時 の 正 面 お よ び 側 面 頭 部X線 規 格 写 真 、 さ ら に 思 春1lI成 長 終 了 時 の 側 面 頭 部X線 規 格 写 真 を 用 レ 丶 た 。 正 而 頭 部X線 規 格 写 真 か ら は 昴 中 隔 の 弯 曲 度 を 、 ま た 、 側 而 頭 部X線 規 格 写 真 か ら 5よ 前 上 顔 面 高 、 後 上 顔 面 高 、 中 顔 面 の 深 さ の 三 項 目 に っ い て 計 測 を 行 っ た 。 こ れ ら の 形 態 分 析 を も と に 上 咢 頁 骨 の 思 春 期 成 長 量 と 鼻 中 隔 の 弯dn度 (ZSEI】 ) との 関 連 を 検 討 し た 。 ま た 、 こ れ ら よ り 思 春 期 に お け る 上 顎 骨 各 部 の 成 長 量 の 予 測 式 を 導 き 出 し 、 そ の 有 効 性 に っ い て 検 討 し た 。 さ ら に 本 予 測 式 を 用 い て 、 同 患 者 の 上 顎前方 牽引装蓬の治療効果にっいても検討した。
く結 果>
1) 片 側 性 唇 顎 口 蓋 裂 者 の 鼻 中 隔 の 弯 曲 度 は 、 前 上 顔 面 高 の 思 春 ! 蜘 成 長 量 と の 闇 では・ キ日関係数r 0. 96(p〈0. 01)で、後上顔面高の思春期成長量との闇ではr 0.97
(P<O. 01)で、また中顔而の深さ の思春期成長量との間では「 0.57(P<O.01)で有意 なキ日 関を認めた。
治 博
光
進
重
村 田
田
中 福
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授 授
授
教 教
教
査 査
査
主 副
副
2) 鼎 中 隔 の 弯 曲 度 を も と に 以 下 に 示 す 上 顎 骨 各 部 の 思 春 期 成 長 量 を 求 め る 予 測 式を算出した。
前上顔面高の思春期成長 量.=0.35682xZSEPー45.177 後上顔面高の思春期成長 量=0.36349xZSEP―47. 351 中顔面の深さの思春!鯛 成長量=0.16503xZSEPー22.107
ま た、 これ によ って 得ら れた 予測 値と 実潤H直の 誤差 の検 討か ら、 本予jHl! 式は高い 信 頼 性 を 持 つ こ と が 確 認 さ れ 、 矯 正 臨 床 上 有 効 で あ る こ と が 示 唆 さ れ た 。 3) 上 顎 前 方 牽 引 装 置 の 冶 療 効 果 に つ い て 本 干 損l亅式 を用 いて 検討 した とこ ろ 、治 療 に よ る 変 化 が 得 ら れ た と 半lJ定 さ れ た 人 数 は 、 後上 顔面 高の 変化 量に おい て 最も 多 か っ た 。 ま た 同 装 置 の 主 目 的 で あ る 中 顔 面 の 深 さ の 成 長 促 進 に っ い て 、 治 療 効 果 が 得 ら れ た と 判 定 さ れ た も の は 、 使 用 開 始 年 齢 が レ ヽ ず れ も10歳6カ 月 以 前 であ った。
く考察>
1) 鼎 中 隔 の 弯 曲 度 を 用 い た 上 鍾 骨 の 思 春 朔 成 長 量 の 予 測 式 に つ い て 本 予 洲 式 の 有 効 性 を 検 討 し た と こ ろ 、 矯 正 臨 床 上 十 分 な 精 度 を も っ て 予 測 が 可 能 で あ る こ と が 示 唆 さ れ た 。 こ の こ と は 、 こ れ ま で 考 え ら れ て い た 以 上 に 、 口 蓋 形 成 手 術 は 上 顎 骨 の 成 長 抑 制 に 大 き く 作 用 し て い る こ と 、 お よ び 鼻 中 隔 の 弯 曲 度 は 、 こ の よ う な 環 境 的 要 因 に よ る 抑 訓 の 程 度 を 明 確 に 袈 わ し て い る こ と を 示 し て い る 。 今 後 は 症 例 数 を 増 や し て さ ら に 予,nlJ式 と し て の 精 度 の 向 上 を 図 る と と も に、その妥当性について検討 していく予定である。
2) 片 側 性 唇 顎 口 蓋 裂 者 に お け る 上 顎 前 方 歪 引 装 遣 の 冶 療 効 果 に つ い て 結 果 よ り 、 本 装 置 の 主 目 的 で あ る 中 顔 面 の 深 さ の 成 長 促 進 に つ い て は 、 予 測 値 を 明 ら か に 上 回 る 変 化 量 を 示 し た も の は26症 馴 中10症 例 で あ っ た 。 こ の10症 例 に つ い て 本 装 置 の 使 用 開 始 時 期 と 使 用 期 間 に っ い て 検 討 し た と こ ろ 、 使 用 期 間 に は 一 定の 傾向 を認 めな かっ たが 、f吏 用開 始時 !Uルよ いずれも10歳6カ月以前であったっ これより、 1 0歳6カ月以前より同装置による冶庶をB‖始したものの効果がf嚢れてお り 、 そ れ 以 後 で 開 始 レ た も の で は ´ た と え 使 用 期 間 が 長 く て も あ ま り 治 療 効 果 が 期 彳寺 でき ない と考 えら れろ 。こ れに っい て同 装置 を乳 齲 列; 啣を 合む 早期 に使用し た 場 合 に 、 治 療 効 果 がf愛 れ て お り そ の 後 の 鍾 発 育 に も 好 影 響 を 与 え る と い っ た報 告 も あ り 、 鼻 中 隔 の 弯 曲 度 が 大 き く 、 思 春 期 に お け る 上 顎 骨 の 成 長 量 が 小 さ い と 予 測 さ れ る 症 例 で は 、 特 に 早 期 か ら の 上 顎 前 方 牽 引 装 置 の 適 用 が 必 要 で あ る こ と が示唆される。
以上のことか ら本論文は、片{liiiH生唇顎口蓋裂者の上咢頁骨の思春l蜩成長量を精度 高 く 予 測 す る 方 法 を 開 発 し 、 鼻 中 隔 の 弯 曲 度 が 大 き く 上 顎 の 成 長 量 が 小 さ い と 予 測 さ れ た 症 翻Jで は 早 期 から の上 咢頁 前方 牽引 装置 の適 用が 必要 であ るこ とを 明 らか に し た 点 、 今 後 の 矯 正 歯 科 臨 床 の 発 展 に 大 い に 寄 与 す る も の と 考 え ら れ る 。 よ っ て 、 申 請 者 は 博 士 ( 歯 学 ) の 学 位 を 授 与 さ れ る 資 格 を も っ も の と 認 め ら れ る 。