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欧米,アジアの経験から学ぶ保険研究・教育の展望

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■アブストラクト

今年度の大会シンポジウムの目的は,日本の保険研究・教育を展望するた め,海外の主要な国際学会の動向や経験を学ぶこと,またそれらの学会にお けるディシプリンである経済学やコーポレート・ファイナンスが近年どのよ うに保険に適用されているかを学ぶことである。

前者について,厳しい競争環境に直面している国際学会では学会の価値を 高めようと多くの取り組みを行っており,近年日本からの参加者が増えてい る。後者について,保険論との関連が強いミクロ経済学の領域の⚑つに行動 経済学があり,⽛後悔理論⽜や⽛安堵理論⽜の保険への適用事例が紹介され た。また,実際のリスクマネジメントの意思決定にコーポレート・リスクマ ネジメント理論が影響を与えており,教育の重要性が確認された。

■キーワード

ディシプリン,インパクトファクター,ディープパラメータ

⚑.はじめに

昨年度の日本保険学会大会・総会(滋賀大学)のシンポジウムでは⽛今,

*平成30年10月27日の日本保険学会大会(日本大学)報告による。

/ 平成31年⚒月⚗日原稿受領。

欧米,アジアの経験から学ぶ 保険研究・教育の展望

平成30年度大会シンポジウム

岡 田 太,柳 瀬 典 由,藤 井 陽一朗

中 林 真理子,大 倉 真 人,山 﨑 尚 志

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学会の存続をかけた若手研究者の育成⽜をテーマに掲げ,保険学会に所属す る若手研究者が減少する状況のなかで,今後の学会のあり方について方向性 が示された。保険学会およびリスク研究学会の重鎮で構成されたシンポジス トの熱い思いに深く敬意を表したい。

本年度は⽛欧米,アジアの経験から学ぶ保険研究・教育の展望⽜をテーマ に⚒部構成で行う。若手主体の研究者で構成されるシンポジストは,早くか ら海外での研究報告やジャーナル投稿などに取り組まれた開拓者達であり,

今後学会をリードしていくことが期待される。

第⚑部は海外の主要保険学会の紹介である。今後の保険研究・教育を考え るうえで海外の動向から学ぶことは多い。第⚒章(柳瀬論文)のアメリカリ スク保険学会(American Risk and Insurance Association, ARIA)では,長 い歴史を持つ ARIA もまたアイデンティティの危機に見舞われ,学会改革 や活性化に取り組んだ経験がある。その意味で,シンポジウムの基調報告の 役割を果たしている。第⚓章(藤井論文)のヨーロッパ保険学会(European Group of Risk and Insurance Economists, EGRIE)は,これまで日本で紹介 されることがほとんどないため,興味深く貴重である。第⚔章(中林論文)

のアジア太平洋リスク保険学会(Asia-Pacific Risk and Insurance Associa- tion, APRIA)は,日本保険学会関係者の参加者が最も多く身近な学会であ る。最近まで同学会のプレジデントを務められていた中林氏は,学会運営の 経験をふまえた有意義な説明を行っている。

第⚒部は近年における経済理論の保険への適用である。伝統的保険論は,

保険制度や業界の解説に重点が置かれてきた。一方でディシプリンが弱く,

隣接諸学の成果を十分に取り入れていないようにみえる。海外学会の動向を ふまえれば,ディシプリンの主軸は経済学とファイナンスである。科研費の 分類も,保険は金融・ファイナンスに含まれている。保険法は,法学という 共通のディシプリンが存在し,研究者間で交流しやすいが,保険論(商学)

の場合,ディシプリンが異なると研究者間の意思疎通は容易でない。そこで,

経済学とファイナンスの視点から,理論がどのように保険に適用されている

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かについて解説を通じて,今後の保険論のあり方を考える機会としたい。

第⚕章(大倉論文)の⽛ミクロ経済学の保険論への適用⽜では,伝統的な 保険論にもミクロ経済学が適用されてきたが,現在ミクロ経済学は大きく進 歩しており,それをいかにして実際の保険問題に落とし込んでいくかが課題 となっている。モデル分析の有用性を確認したい。最後に,第⚖章(山﨑論 文)の⽛コーポレート・ファイナンスの保険論への適用⽜では,コーポレー ト・ファイナンスも著しい発展を遂げた分野であり,リスクマネジメントや 保険の実務においても不可欠なスキルになろうとしている。

なお,従来大会シンポジウムを保険学雑誌に掲載する場合,各報告者が論 文⚑本分に相当する分量を記述しているようである。それは多面的な視点か ら深く論考することを意味している。それに対して,今回はテーマを⚒つに 絞ることで論点を明確にし,パネルディスカッションを⚒回に分けて行い,

意見交換を通じて論点を掘り下げ,課題を全体で共有することを試みた。そ の結果,各報告が⚑つに集約され,共著論文へと仕上がった。通例と異なる スタイルであるが,新しい試みとしてご理解いただければ幸いである。

⚒.北米:ARIA の研究動向1)

明治以来の歴史と伝統を有するわが国の保険学研究は今,大きな変革の中 にある2)。リスク・保険という研究対象を定義しつつも,研究上の⽛ディシ プリン⽜が多様であることは,保険学研究の幅を広げる一方で,その研究上 の蓄積が必ずしも一貫性をもたないという弱点も露呈してきたようにみえ る3)。これは,わが国のみならず,北米をはじめとする諸外国の研究者もま

1) 柳瀬典由(東京理科大学)執筆

2) 本稿の考察対象は経済・商学に属する領域に限定する。

3) ࡗ原(2002)は,一般に⽛学⽜と呼ばれているものを,⽛ディシプリン⽜学 と⽛領域⽜学に区分する。⽛ディシプリン⽜学とは,特定の限られた変数群や 理論枠組みを用いて,対象世界に接近する⽛学⽜であり,⽛領域⽜学は,そう した特定化をするのではなく,むしろ対象世界を特定化して,それに対して多 面的に接近する⽛学⽜である。つまり,前者が⽛どう見るか?⽜というアプロ

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た直面してきた重要な課題である。

北米のリスク・保険研究の動向を調査・分析した文献としては,中浜

(1995),諏澤(2005),柳瀬(2005),柳瀬(2016)がある。中浜(1995)お よび柳瀬(2005)は,北米における学術研究の拠点であり続けたペンシルバ ニア大学ウォートンスクールの現状と課題について,また,諏澤(2005)は,

実務と学術研究との橋渡しの機能を担い続けているセント・ジョーンズ大学 スクール・オブ・リスクマネジメントの現状と課題について,現地調査をふ まえ詳細に報告している。いずれの文献も,個別の研究・教育機関に対する 調査結果の報告という点に特徴がある。

これに対して,柳瀬(2016)は,個別の研究・教育機関ではなく,リス ク・保険分野を研究対象とする北米最大の学術団体である(American Risk and Insurance Association, ARIA)の活動を直接に調査・分析対象としてい る点にその特徴がある。柳瀬(2016)によれば,ARIA が取り組んできた一 連の挑戦から得られるわが国保険研究への示唆として,以下の点が強調され ている。第一に,保険研究における⽛ディシプリン⽜の重要性,第二に,機 関誌の学術的地位を高めることを通じて隣接の学問分野に対する魅力を向上 させること,などである。

本章の目的は,柳瀬(2016)の問題意識にもとづき,その後の最新情報を 追加することを通じて,わが国の保険研究の将来への示唆を得ることにある。

第⚒節では,ARIA の概要と近年のリスク・保険研究の動向を要約する。第

⚓節と第⚔節では,ARIA のアイデンティティ危機と1980年代以降の ARIA の改革について概観する。第⚕節では,ARIA の改革の中でも特に重要だと 思われる学会機関誌の評価の向上が持つ意義について論じる。最後に第⚖節

ーチを軸にしているのに対し,後者は⽛何を見るか?⽜を特定化するという点 で,大きく異なる。たとえば,⽛経営学⽜は⽛領域⽜学であるのに対して,⽛経 済学⽜や⽛法学⽜は⽛ディシプリン⽜学に近いと考えられる。いわゆる⽛保険 学⽜もまた,⽛ディシプリン⽜学というよりは,⽛領域⽜学であるといえるだろ う。

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では,ARIA の改革から得られるわが国のリスク・保険研究に対する示唆を 述べる。

⑴ ARIA の概要と近年のリスク・保険研究の動向

ARIA は,1932 年 に 設 立 さ れ た American Association of University Teachers of Insurance を母体とする北米におけるリスク・保険の研究・教 育に関する最大の学術団体であり,初代会長は⽛保険教育の父⽜ともいわれ る Huebner 博士である。2015年⚒月に改定された綱領によれば,その目的 は,会員数の増加等に加えて,経済学分野における同学会の評価を高めるこ とが明記されている。すなわち,研究上のディシプリンの多様性は認めつつ も,ARIA の現在の基本姿勢はあくまで広義の経済学を基盤とする研究分野 を志向していることが伺われる。こうした目標を達成するための主な活動と しては,⑴年次大会の開催,⑵リスク理論セミナー(Risk Theory Seminar),

⑶⚒つの機関誌 Journal of Risk and Insurance(JRI) および Risk Manage- ment and Insurance Review(RMIR) の発行,の⚓つがある。

近年の研究動向としては,①⽛保険数理⽜および②⽛リスクマネジメン ト・保険⽜,という⚒つの領域で活発な研究が行われている。①⽛保険数理⽜

に関しては,伝統的な保険数理のみならず,金融工学・数理ファイナンス,

さらにはベイズ統計学などのアプローチと融和しつつ発展している。特に,

近年は,長寿リスクや巨大災害リスクの評価に多くの研究が蓄積されつつあ る。なお,②⽛リスクマネジメント・保険⽜の分野に関しては,さらに⚒つ の領域に大別することができる4)。第一に,⽛ミクロ経済学⽜を用いたモデ ル分析を核とする研究領域である。伝統的な期待効用理論を出発点としつつ,

近年進展が著しい⽛非期待効用理論⽜や⽛実験経済学⽜等のアプローチによ

4) ⽛ミクロ経済学⽜を用いたモデル分析を核とする研究領域の詳細な内容と近 年の動向については第⚕章を,⽛コーポレート・ファイナンス⽜の観点から企 業の保険活用行動等を分析する研究領域の詳細な内容と近年の動向については 第⚖章を参照されたい。

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り,不確実性・リスクに直面した経済主体の行動(たとえば,人々の保険購 入行動)を説明するものである。第二に,金融経済学の領域としての⽛コー ポレート・ファイナンス⽜の観点から,企業の保険やデリバティブなどの活 用,あるいは保険企業の経営行動やコーポレートガバナンス等の論点を実証 的に分析する研究領域である。

⑵ ARIA のアイデンティティ危機

Huebner 博士以来,ペンシルバニア大学ウォートンスクールは,長らく,

北米におけるリスク・保険研究・教育の拠点であり続けた。ところが,2011 年の秋,同学科は応用経済学グループの一部として発展的に改組され,また,

その中心人物であった Cummins 教授もほぼ同じタイミングで,Temple University に移籍している。この出来事は,少なからず,ARIA 会員をはじ めとする北米の研究者に衝撃を与えるものであった。

柳瀬(2016)でも述べられているように,2011年の ARIA 年次大会におい て,⽛リスクマネジメント・保険の将来⽜と題した座談会が開かれている。

この座談会では,大学・大学院レベルのリスク・保険研究における⽛ディシ プリン⽜の重要性が改めて提起された。

その後も,2018年⚘月にシカゴで開催された ARIA 年次大会において,

ARIA のアイデンティティ危機をふまえた将来展望について議論が行われた。

毎年,年次大会では,全員でランチを取りながら,新会長による講演が行わ れ,自らの任期中の学会戦略を明確に打ち出すのが慣例となっている。新会 長に就任した Martin Boyer 教授(HEC Montréa)は,その会長講演の中で,

学会構成員の研究力の向上とそうした成果を積極的に隣接学会等にアピール していくことこそが,学会としてのアイデンティティの向上にとって,最も 重要なポイントであると主張している。

⑶ 1980年代以降の改革

ARIA アイデンティティの危機は,1980年代以降,北米のこの分野の研究

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者が常時対峙してきた構造的問題でもある。柳瀬(2016)で詳しく述べられ ているように,ARIA では,特に1980年代半ば以降,リスクマネジメントや 保険に関連する研究領域の重要性について,経済学やファイナンス等の関連 領域の知見を積極的に吸収することで展開すべきという方向性が組織的に確 認されてきた。実際,1985年の ARIA 年次大会の会長講演において,当時 の会長,Witt 教授は,制度記述型の研究スタイルから,より分析的で経済 学に基づく研究スタイルへの進化のスピードを加速させるべく,いくつかの 具体的な提案を行った。

第一に,編集委員の数を大幅に増員し,その増員枠を伝統的な保険研究者 のみならず,リスクマネジメントや保険に関する研究対象に関心のある他の 研究分野,特に,経済学とファイナンス論の優れた研究者を招聘することに した。第二に,経済学やファイナンス論に裏打ちされたより分析的な研究ス タイルを ARIA の会員の中に浸透させることを目的として,隣接分野の優 れた研究者を定期的に招聘,集中的な研究会等を開催すること,第三に,経 済学やファイナンス論の研究者が,リスクマネジメント・保険という研究対 象により興味を持ち,この分野への参入がより加速するような環境づくり,

たとえば,リスク理論セミナー(RTS)における競争環境の促進と研究水準 の向上などを意図した。

⑷ 機関誌(JRI)の地位の向上

機関誌の学術的地位を高めることを通じて隣接の学問分野に対する魅力を 向上させることは,ARIA の学術団体としての意義を考えるうえで,最も重 要な点の一つである。言いかえれば,より多くの隣接分野の研究者が JRI に 掲載されている論文を引用し,その結果,インパクトファクター(文献引用 影響率)が向上すれば,自然と ARIA に世界中から優秀な研究者が集うこ とになる5)。既に述べた通り,2018年夏の ARIA 年次大会において,新会長 5) 学術誌は世界で数多く発刊されているが,インパクトファクターが付与され る学術誌は非常に限られているため,その付与対象となる学術誌というだけで

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に就任した Martin Boyer 教授は,その会長講演の中で,学会構成員の研究 力の向上とそうした成果を積極的に隣接学会等にアピールしていくことこそ が,学会としてのアイデンティティの向上にとって,最も重要なポイントで あると主張している。

リスク・保険研究の分野で,Journal Citation Reports が提供するインパク トファクター(文献引用影響率)の付与対象雑誌に選定されている学術誌の 数は世界でも限られているが,その中でも,JRI は,社会科学の分類項目に おける経済学(Economics)と経営・ファイナンス(Business Finance)と いうカテゴリーにおいて,特に高い評価を受けている。このことは,この分 野の研究者が,学問分野間の競争に生き残るという意味において,極めて重 要な点である。

図表⚑は,リスク・保険分野における主な学術誌とインパクトファクター をまとめたものである。一般に,経済学と経営・ファイナンスの分野におい て,インパクトファクターが⚑を超える学術誌は特に高い評価を受けており,

北米の大学においては,教員採用や昇進といった場面において重要な役割を 果たす。その意味において,直近(2017年)の JRI のインパクトファクター は1.606であり,⽛機関誌の学術的地位を高めることを通じて隣接の学問分野 に対する魅力を向上させる⽜という目的に照らして,十分な役割を果たしつ つあるといえる。

も一定水準以上の品質が担保されていると考えられている。

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こうした⽛機関誌の評価の向上⽜という成果は,過去20年にわたって達成 されつつある。図表⚒は,1997年から2017年までの,① JRI のインパクトフ ァクター(左軸),ならびに,②経済学と経営・ファイナンスの分野におけ る相対的な位置づけ(右軸),に関する時系列推移を示している。これによ れば,過去20年間にわたって,年々の変動はあるものの,インパクトファク ターは概ね上昇傾向にあることがわかる。さらに,JRI の相対的な位置づけ も2000年代までは上位50%に入ることは稀であったが,近年は,上位50%以 内(年によっては上位25%以内)の常連入りしていることが見て取れる。

このような成果を得るために,ARIA(JRI の編集委員会)は,さまざま な努力を積み重ねている。詳細は,柳瀬(2016)に詳しく述べられているが,

そのポイントは以下の⚒点に要約される。第一に,特集号の定期的な企画,

第二に,投稿数の増加による競争の促進と海外への積極展開である。

図表⚑ リスク・保険分野における主な学術誌とインパクトファクター

(出典)各学術誌のウェブサイト等の情報をもとに,筆者作成。

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まず,特集号であるが,これは,ARIA の会員であるかどうかを問わず,

著名な研究者を臨時編集委員長として招聘したり,一般の投稿論文に加え,

招待論文として著名な経済学者やファイナンス論研究者の論文を掲載したり することがある。こうした一種の起爆剤としての特集号は,JRI 掲載論文に 対する他の研究分野からの引用頻度を高めることに一定の貢献をしている。

次に,投稿数の増加である。投稿数が増えれば,論文間の競争原理を働かせ ることができるため,結果として,掲載論文と JRI に対する学術的な評価の 向上を後押しする。そこで,投稿数を増やすべく,ARIA は海外への展開,

プロモーション活動に熱心に取り組んだ。実際,1998年から2006年までの時 期,当時の JRI の編集委員会は,品質向上のためには投稿論文数を増加させ

図表⚒ JRI の機関誌としての評価の向上

(出典)Journal Citation Reports(Thomson Reuters)

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ることによって競争を促進させることを明確に認識した上で,北米以外の著 者による投稿割合を全体の50%以上にするという数値目標を設定し,その数 値目標を2001から2003年の時期に達成している。たとえば,1998年には電子 ジャーナル化を推し進め,これにより,大手データベース会社・出版社の JSTOR と Wiley-Blackwell Publishers を通じて,世界中から効率的に JRI の論文を入手することができるようにした。つまり,潜在的読者層,さらに は世界中の潜在的著者の掘り起しに成功したと考えられる。

⑸ 今後に向けて

本章では,わが国の保険学研究の今後の方向性を議論するための手がかり をつかむべく,ARIA が取り組んできた一連の改革を概観してきた。そのな かで,特に重要な点は,リスク・保険研究が隣接諸分野に対して魅力のある メッセージを意識的に打ち出せるかどうかということであった。その目的を 達成すべく,ARIA は,長い時間をかけて,研究上の⽛ディシプリン⽜とし て,経済学やファイナンスの重要性を意識し,その体系的教育のあり方を模 索してきた。さらに,機関誌 JRI を核に当該分野の研究成果を積極的に隣接 分野に発信するとともに,そのインパクトファクターを高める努力を継続的 に行ってきた。

最後に,わが国の保険学研究の今後を考えるにあたって,ARIA の改革か ら学べる点は何であろうか。誤解を恐れずに私見を述べたいと思う。最も重 要なことは,わが国でも,リスク・保険分野における⽛ディシプリン⽜のあ り方について,より掘り下げた議論を行うべきではないかという点である。

そのうえで,ARIA における JRI のように,わが国の保険研究学術団体の機 関誌の魅力をさらに向上させることができれば,自然と,社会科学における リスク・保険研究の存在意義は高まるはずである。もちろん,個々の研究レ ベルにおいて,特定の⽛ディシプリン⽜のみに固執すべきということを言い たいわけではない。むしろ重要なことは,研究者養成を前提とした大学院教 育を念頭におき,これからの育つ大学院生が共通の⽛ディシプリン⽜として,

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⽛何を⽜,⽛どのような教科書で⽜,⽛どのくらいの水準まで⽜学ぶべきかとい った最低限のコースワークのようなものを早急に設計すべきではないかとい う点である。

一案ではあるが,ARIA をはじめとする諸外国の状況を参考にし,少なく とも,①ミクロ経済学と②コーポレート・ファイナンスといった⚒軸につい ては,これからの大学院生は共通の⽛ディシプリン⽜として学ぶ必要がある のではないかと思う。さらに欲を言えば,近年の潮流でもある計量分析や実 験経済の方法についても,その基礎的な知識・技能については体系的に学ぶ 機会を設ける必要がある。こうした研究者養成の教育インフラを継続的に構 築しつつ,従来からの産学協力関係を再構築することができれば,国内の隣 接分野のみならず国際的にも通用する学術研究を,わが国の保険学分野が生 み出すことは十分に可能ではないかと思われる6)。そのためにも,隣接領域 の研究者とも積極的に協力して,リスク・保険分野を専攻する者のためのコ ンテンツとして,少なくとも,①ミクロ経済学と②コーポレート・ファイナ ンスを基礎とした教科書シリーズを完成し,その効果的な活用方法を開発し 続ける努力が必要ではないかと思われる。

⚓.欧州:EGRIE の研究動向7)

本章では,ヨーロッパでの保険分野の研究動向として,もっとも代表的な 研究グループであるヨーロッパ保険学会(European Group of Risk and Insur- ance Economistsó 以下では EGRIE とあらわす)の活動ならびに研究動向に

6) たとえば,実証研究を行う上で,データの特徴を丁寧に捉えたうえで分析を しないと,どれほど高度な分析手法・ツールを用いたとしても,その分析は不 十分なものになる。また,分析結果の解釈を行う段階でも,分析対象(たとえ ば,保険会社や保険契約者の行動)の特徴を理解したうえで,それを行わない 限り,議論を大きくミスリードしてしまう危険がある。その意味において,た とえば,日本保険学会のような産学の距離が近い⽛場⽜の存在は,今後,より 重要な役割を果たす可能性を秘めているともいえる。

7) 藤井陽一朗(大阪産業大学)執筆

(13)

ついて紹介することを目的とする。これとあわせて,EGRIE における日本 保険学会がもつ優位性についても議論する。

EGRIE は,1973年にスイスのジェネバ・アソシエーション内に作られた 研究会に端を発している。これ以降,⚑年に⚑回のペースで EGRIE セミナ ーとして研究会が開催されている。EGRIE セミナーには事前に査読があり,

これをくぐり抜けた30本程度の論文に報告の権利が与えられる。⚑本の報告 には質疑応答をふくめて⚑時間ほどの持ち時間が割り当てられる。また,レ クチャーとして金融分野の世界的な研究者が講演をおこなう。

EGRIE セミナーで報告をおこなう研究者は,保険分野におけるトップク ラスまたはその候補がその多くを占めている。彼らは保険のみならず金融分 野のトップジャーナルに論文を発表している。ジャーナルへの論文掲載には 早くとも⚑年はかかることが一般的である。彼らの研究がその後の研究トレ ンドを決めていくため,EGRIE セミナーに参加・報告することで,今後の 研究トレンドを先取りすることが可能となる。

EGRIE セミナーでの受け入れ分野は保険を含めた金融ならびに経営分野 全般であり,非常に多岐にわたる。一方で,採択にあたってはプログラム委 員の選好が色濃く反映される。具体的には,不確実性の一表現であるあいま い性を用いた理論的なアプローチと,大規模データを用いた個人のディープ パラメータの推定が挙げられる。

保険分野では終身年金パズルをはじめとして,合理的な意思決定と相容れ ない現象が数多く観察されている。また,我が国の抱える少子高齢化の問題 は,他の先進国の20年先を行くものとして,ヨーロッパ各国でも高い関心を 呼んでいる。これらの問題にアプローチするためには,多くのデータへのア クセスが不可欠である。言うまでもなく,我が国の保険市場規模はきわめて 大きいものであるが,それに付随するデータへのアクセスが十分であるとは 言い難い現状がある。今後,日本保険学会が持つ重要な役割として,分析に 必要なデータへの中継点化が挙げられる。これにより,多くの貢献がなされ るものと期待される。

(14)

本章の構成は以下の通りである。第⚑節では EGRIE の概要として,

EGRIE の設立とその後の発展について概観する。第⚒節では EGRIE セミナ ーでの報告として,EGRIE での報告までのプロセスと,その価値について 議論する。第⚓節では EGRIE セミナーの研究動向として,あいまい性を用 いた理論研究と大規模データを用いた個人のディープパラメータの推定につ いて紹介する。最後に第⚔節では EGRIE セミナーでの採択に向けてとして,

日本保険学会の持つ優位性とデータベースのハブ化について検討する。

⑴ EGRIE の概要

EGRIE は1973年にジェネバ・アソシエーション内に作られた研究会に端 を発している。これまでに⚑年に⚑回のペースで EGRIE セミナーが開催さ れており,2018年は⚙月にドイツのニュルンベルクで第45回のセミナーが開 催されている。⚑本の報告には必ず討論者が割り当てられ,報告時間は質疑 応答を含めて約⚑時間である。報告に指定された討論者の持ち時間が15分程 度あることも大きな特徴であると言える。また,EGRIE セミナーではレク チャーとして世界的な研究者が話題を提供する。2018年はグレン・ハリソン

(Glenn Harrison)が,レクチャーをおこなっている。最近の開催地とレク チャーをおこなった研究者は図表⚓の通りである。

図表⚓ 最近の EGRIE セミナーの開催地

(15)

EGRIE が出版するジャーナルとして,The Geneva Risk and Insurance Review がある。このジャーナルの2017年でのインパクトファクターは0.313 で,⚑年に⚒号から⚓号のペースで出版されている。ジャーナルに掲載を目 指す場合は,ウエブ上にある投稿規定にしたがって,論文を作成・投稿して 匿名のレビュアーの査読を突破する必要がある。インパクトファクターが高 いジャーナルほど,研究分野に与える影響が大きいとされているため,いか にしてインパクトファクターを高めていくかについて,EGRIE でもたびた び話題となっている。

⑵ EGRIE セミナーでの報告

ここでは,EGRIE セミナーでの報告についてのプロセスを紹介する。

EGRIE セミナーで報告をおこなうためには,毎年 EGRIE のウェブページに 出される Call for Papers に沿って,⚔月ごろに論文を提出する必要がある。

EGRIE セミナーで受け付けているテーマとしては,⽛リスクと保険にかかる 経済学,ファイナンス,経営科学のアプローチ⽜とされており,多岐にわた っている。報告にあたっては,事前に匿名のレビュアーによる査読がある。

EGRIE セミナーの発表枠は30程度であり,さらに EGRIE の重鎮・常連参加 者用に一定数が割かれているので,日本からの参加の場合には,残った20ほ どの椅子を巡っての競争となる。アジアからの報告はいずれも⚒~⚓本にと どまっている。

EGRIE セミナーには,保険分野にとどまらず,リスクと不確実性下にお ける意思決定分析に関連するトップクラスの研究者が参加している。しばし ば,彼らの研究テーマが研究のトレンドに大きな影響を与えることとなる。

もちろん,ジャーナルに掲載された論文でも彼らの研究テーマや関心事に触 れることができるが,ジャーナルの出版プロセスを考えると,もっとも早い 場合でも投稿から出版までに⚑年以上はかかることになる。つまり,ジャー ナルが出版されてから論文を読んで,プロジェクトを立ち上げていると,研 究のトレンドからは大きく出遅れる可能性がある。しかし,EGRIE セミナ

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ーにおいて彼らの報告を聞くことで,ジャーナル掲載よりも⚑年以上前に最 先端の研究動向を把握できるという点で有意義である。また,EGRIE セミ ナー報告段階では,改訂が終わっていないので,報告者もフロアからのコメ ントを期待していることが多いので,研究の発想が得られやすいといえる。

加えて,彼らは国際ジャーナルの潜在的なレビュアーであるので,トレンド を追いかけておくという意味でも,EGRIE セミナーでの報告は価値が高い ものと考えられる。

⑶ EGRIE セミナーでの研究動向

先にみたように,EGRIE セミナーで受け付けているテーマは多岐にわた るが,実際には選出されるプログラム委員の選好が大きく反映される。大別 すると,ミクロ経済学の分析手法を用いた理論研究では①将来に何が起こる か分からない状況の記述とパラメータの変動による比較静学,実証研究にお いては②大規模なデータを用いた個人のディープパラメータの推定が採択さ れる傾向が強い。

①将来に何が起こるか分からない状況の記述とパラメータの変動による比 較静学

将来に何が起こるか分からない状況をどのように記述するかについて,近 年ではトップジャーナルに多くの論文が掲載されるようになっている

(Klibanoff et al (2005) など)。発生する事象,事象が観察されたときの結果,

各事象の生起する確率が事前に与えられている状況を⽛リスク⽜と呼んでい る。一方で,生起する確率が分からない状況を⽛不確実性⽜と呼んで区別し ている。不確実性の一表現として,リスク上に分布を置いた⽛あいまい性⽜

がさかんに研究されている。図表⚔はリスクと不確実性をディシジョンツリ ーを用いて描いている。疾病罹患を例に挙げると,あいまい性は実際に罹患 して損害が発生するかどうかというリスクに該当する部分(この生起確率を

⚑次信念とよぶ)と,個人がある疾病に罹患するかどうかについて,高い確 率で罹患する高リスクタイプか,そうではない低リスクタイプかについて,

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確率分布を持つ不確実性に該当する部分(この生起確率を⚒次信念とよぶ)

に分けられる。EGRIE セミナーでは,あいまい性があるときの意思決定状 況の記述とあいまい性下での保険プレミアムの導出やパラメータの変動によ る比較静学が報告の主流となっている(Gollier (2014)ó Fujii et al (2017) な ど)。

②大規模なデータを用いた個人のディープパラメータの推定

実証研究では,大規模データを活用することによって,既存の同質的な個 人でなく,性別,国籍,居住地域,金融リテラシーの高低などによってリス ク回避度や時間選好率などのディープパラメータを推定し,その傾向をつか もうとする研究がなされるようになっている。分析に用いるデータについて は,フィールドデータだけでなく大規模なアンケート調査をあわせて分析を する研究が採択されるようになっている(Einav et al (2012) など)。

⑷ EGRIE セミナーでの採択に向けて

先述のように EGRIE セミナーでの報告には,国際ジャーナルでの論文発 表を目指す上で高い価値があるものと考えられる。今後も理論研究,実証研 究ともに研究動向は維持されるものと予測される。

2017年の EGRIE セミナーにおいて,オリビア・ミッチェルのレクチャー 図表⚔ あいまい性のディシジョンツリーによる表現

(18)

でも取り上げられたが,我が国の高齢化のスピードは,他の先進国の20年先 を行くものとしてとらえられている。多くの人々が長生きする状況は,人類 が初めて経験するものであり,このような人口動態を踏まえた保険の役割が より一層重要になると考えられている。今後,実験経済学などの手法を取り 入れることにより,新たなアノマリーの発見と,それを説明するモデルの構 築が加速していくものと考えられる。

我が国でも多くの研究機関が保険に関連するデータを収集しているが,ど こにどのようなデータがあるのかといったアクセスの不便さが研究の発展に 悪影響を与えている可能性がある。今後,日本保険学会の果たす役割として,

各種データベースへのアクセスについてハブの役割を担うことが期待される。

⚔.アジア太平洋:APRIA の研究動向8)

本章は,アジアを中心にアジア太平洋地域での保険論分野についての研究 動向を概説することを目的としている。具体的には同地域での代表的な国際 学会であるアジア太平洋リスク保険学会(Asia-Pacific Risk and Insurance Associationó 以下 APRIA と表記)の概要と研究動向について紹介する。

1997年創設の APRIA はこれまで取り上げてきた ARIA と EGRIE に比べ ると後発の国際学会であるが9),その分,他学会の経験を踏まえて活動でき るという利点がある。また,日本保険学会は APRIA 法人会員であり,役員 を推薦し,日本での年次大会(Annual Conference)開催時には大会組織委 員会に委員を派遣してきた。さらに多くの日本保険学会会員が APRIA 個人 会員となっており,年次大会の自由論題で報告を行うなど,日本保険学会に とって最も身近な国際学会と位置付けることできる10)。筆者は2014年に同学

8) 中林真理子(明治大学)執筆

9) 設立年は ARIA が1932年,EGRIE は1973年で,日本保険学会と関係が深い AIDA は1960年,韓国保険学会は1964年である。なお,日本保険学会の創設は 1940年(前身は1895年)である。

10) このほか,2013年には APRIA 年次大会について,12月には関東部会開催日 に,翌年⚓月には九州部会内で概要報告が行われた。さらに,2017年日本保険

(19)

会の執行機関である Executive Committee のメンバーになり,2017年⚘月 より⚑年間会長(President)を務めた11)。ここでの経験を踏まえた報告に より,日本保険学会会員が APRIA で活動するのに役立つ情報提供と,さら にはアジア太平洋地域における研究情勢と今後の方向性を理解するための一 助となることを志向している。

⑴ APRIA の概要

APRIA は産官学の連携をベースにリスク・保険に関する理論・実務を国 際的に研究する学会として1997年に創設された。当時のアジアの若手研究者 達からの⽛アジア地区でのリスクと保険に関する国際学会設立の必要性⽜へ の訴えに応じたハロルド・スキッパー(Harold Skipper Jr.)ジョージア州立 大学教授(当時)がペンシルバニア大学ウォートン校時代からの研究者仲間 に学会設立を呼びかけたことが契機だった。

APRIA の活動は主に年次大会と学会誌の発行からなる。年次大会は毎年

⚗月下旬から⚘月上旬に⚔日間わたり開催される。開催国は毎年異なり,大 学が主催校となる。日本では2006年と2011年に明治大学で開催された12)。中 国,韓国,シンガポールなど大会参加者の多い国々では過去⚒~⚓大会を開 催している。第22回大会にあたる2018年年次大会は⚗月29日から⚘月⚑日ま でシンガポールの南洋理工大学で IRFRC-APRIA Joint Conference として,

同大学 Insurance Risk and Finance Research Centre (IRFRC) が毎年開催す る発表大会(Insurance Risk and Finance Research Conference)との合同大

学会大会モーニングセッション⽛海外ジャーナルへの投稿のために 保険学に おける国際的な研究報告の観点から ⽜(同志社女子大 大倉真人)の中で APRIA の概要を紹介している。

11) Executive Committee メンバーとしての任期は2019年⚗月末である。この他 Country Ambassador として同学会の日本における窓口を務めている。

12) 中林(2011)で APRIA を紹介するとともに,日本で年次大会を開催する意 義を説明している。なお,これまでの開催地と統一テーマに APRIA ホームペ ージで確認できる。https : //www.scicollege.org.sg/APRIA_AnnConf.asp

(20)

会として開催された。例年,日本,中国,韓国,台湾,インド,オーストラ リア,アメリカ,カナダ等のアジア太平洋地域を中心に,ドイツ,フランス,

スイス等ヨーロッパからも広く参加があるが,本年は20か国から170名が参 加し,このうち日本からは27名で,国別参加者数では中国と並び最多だっ た13)。また APRIA 終了後に,続けて⚘月⚑週目の週末からの ARIA の年次 大会に出席する研究者も多い14)。なお,⚕年に⚑度は通常の年次大会に代わ り,APRIA,ARIA,EGRIE,Geneva Association による合同カンファレン スである World Risk and Insurance Economics Congress(WRIEC)が開催 される15)

また,2006年には学会ジャーナル Asia-Pacific Journal of Risk and Insur- ance(以下 APJRI と表記)を創刊し,以降年⚒号のペースで出版されてい る。現在は e ジャーナルのみでの刊行となっている。

⑵ APRIA 年次大会

APRIA 年次大会のプログラムは,プログラム担当副会長が開催国の組織 委員会と連絡を取りながら決定する。報告は,Plenary Sessions と Concur- rent Sessions に大別される。

①Plenary Sessions

招待研究者等による報告で,大会期間中に⚔回程度セッションが組まれる。

このうち開会式直後の基調講演(Keynote Speech)と Plenary Session 1 は,

通常開催国の保険監督官を中心とした人選となる。その後は,開催地や主催 校や時機にあったテーマを中心に,産学からの著名なスピーカーによりセッ 13) 大会時に配布された参加者名簿より算出。実際の参加者はこれより若干多い

数字となる。日本からの参加者27名中14名が日本保険学会会員だった。

14) 正確な資料はないが,両大会のプログラムを見る限り,APRIA 参加者の

⚒~⚓割程度は ARIA の年次大会にも出席していると推定される。

15) 第⚑回は2005年にソルトレイクシティ(アメリカ,ARIA 主管),第⚒回は シンガポール(APRIA 主管),第⚓回はミュンヘン(ドイツ,EGRIE 主管)で 開催され,ARIA 主管による第⚔回を2020年に開催予定である。

(21)

ションが構成される。近年はより特徴的なセッションも組まれている。例え ば2016年の年次大会では学会全体の研究水準向上のため,ディックバトラー

(Dick Butler)ブリガムヤング大学教授による実証研究のためのチュートリ アルセッション(Methodologies in Risk Management and Insurance Re- search)が開催された。これは,第⚒章(柳瀬論文)で紹介された ARIA の 1980年代以降の改革に倣った動きであり,経済学やファイナンス論に裏打ち されたより分析的な研究スタイルを APRIA の会員の中に浸透させることを 目的としたものである。本年大会では,アンドレアス・リヒター(Andreas Richter)ルートヴィヒ・マクシミリアン大学ミュンヘン リスク保険センタ ー長が “Behavioral Insurance” と題して,保険需要についての最先端の研 究動向を解説した。これは,第⚓章(藤井論文)で紹介された EGRIE での 研究を意識した動きと言える。するなど新たな試みがあった。

②Concurrent Sessions

Concurrent Session は応募により報告者が決まる。大会前年の秋以降に APRIA のウェブページに出される Call for Papers に従い,⚒月中旬までに Proposal(または完成論文)を提出し,⚔月⚑週目までに採択結果が通知さ れる。採択後は,⚖月中旬までに完成論文を提出することで大会での報告が 可能となる。過去⚓年の【応募数,採択数,実際の報告数】は,2018年

【170,140,109】,2017年【148,133,88】,2016年【115,105,75】で,採択 率は比較的高く,国際大会での活躍を目指す若手研究者が最初に挑戦するの に格好の学会と言える。実際,保険学部等を有し研究が盛んな世界各国の大 学16)では多くの大学院生が年次大会に参加し,指導教授と共著で報告をする 姿がよく見られる。

Concurrent Session は大会中⚖回程度設置され,各回⚖~⚘セッションが 同時並行で行われる。各セッションは同様のテーマの⚓~⚔報告からなり,

⚑報告はプレゼンテーション20分,討論と質疑応答で10分の合計30分程度で 16) サンクトガレン大学(スイス),テンプル大学(アメリカ),北京大学(中

国)等。

(22)

構成される。なお,APRIA での報告をより有益なフィードバックが得られ るものにし参加のインセンティブを高める目的で,2016年に討論者制度を導 入した。2018年年次大会では,⚒セッション以上組まれたテーマは,Risk Management, Statistics, Insurance Economics, Insurance Market, Insurer Operation, Regulation, Valuations, Retirement, Longevity の⚙つだった17)

研究手法18)は,ARIA 同様に,保険数理とその応用,ミクロ経済学を分析 手法に用いたモデル分析,コーポレート・ファイナンスの観点からの実証分 析が圧倒的多数を占める19)。しかし,かつて主流だった参加者の出身国のデ ータを用いた分析や制度記述型の研究スタイル,法律学者による報告も少数 ながら存在し続けている。

⑶ APRIA での研究動向と今後の方向性

①APJRI 評価向上のための取り組み

APRIA では学会としての研究のクオリティを高めるために,年次大会の Concurrent Sessions でのプロポーザル採択率の高さとは対照的に,APJRI での論文採択率は比較的低く抑えられている20)。しかし,APJRI は現状では インパクトファクター21)を得られておらず。この結果,年次大会で報告した 論文が APJRI 以外のより評価が高いジャーナルに投稿されることが少なく ない。そこで,APJRI の評価を向上させより多くの研究者からの優れた論 17) ⚑セッションだったテーマは以下の通りである。Cyber Risk, Catastrophe, Health Insurance, Agriculture/Environment, Internal Capital Market, Informa- tion Asymmetry, Tort Reform, Managerial Issues, Banking/Credit, Actuarial Pricing, Non-Life Insurance

18) 大会での報告時は,APRIA における奨学金・表彰制度に言及し,受章論文 を紹介することからも研究動向を説明した。本稿では紙幅の都合上省略する。

19) また,アクチュアリー会(Society of Actuaries)が大会を後援していたこと から,アクチュアリーによる報告の割合が例年より高くなった。

20) 2017年の採択率は24%(2018年年次総会時に APJRI エディターが公表)。

21) リスク・保険分野における主な学術誌とインパクトファクターについては図 表⚑を参照のこと。

(23)

文の投稿を得るための試みが始まっている。その第一弾と言えるのが,2018 年 年 次 大 会 と 連 動 し た 新 た な 試 み と し て,招 待 エ デ ィ タ ー に よ る

“Emerging Risks and New Solutions in Risk Management” と題した特別号を 発行し,Concurrent Session での特に優れた報告を掲載することを Call for Papers の段階から明言したことである22)

②APRIA の研究と今後の展望

APRIA はその設立経緯からも,研究動向には ARIA と共通する部分が多 い。リスク・保険分野における⽛ディシプリン⽜のあり方は APRIA におい ても喫緊の課題であり,第⚒章(柳瀬論文)で紹介された ARIA の一連の改 革は少なからず APRIA の活動にも影響を及ぼしている,また APRIA 設立 から20年以上経過し,APRIA に参加する地理的または研究領域が近接した 研究者が中心となり,研究を深めるためのワークショップ等を立ち上げるな ど,さらなる発展の段階にも入っている23)

日本保険学会でも,リスク・保険分野における⽛ディシプリン⽜のあり方 について,より掘り下げた議論を行うことはもはや避けられない課題だろう。

22) これも ARIA の1980年代以降の改革と同じ方向性を持つ動きと言える。

23) 日本,韓国,台湾の研究者により年一回冬季に開催される East-Asia Risk Management and Insurance Workshop は2019年⚑月には第⚖回が台湾で開催 された。

https : //sites.google.com/site/kjinsws/

また,International Academy of Financial Consumers (IAFICO) は,韓国 金融消費者保護学会を母体に,APRIA 参加者を中心に各国のこの分野の研究 者が集まって結成された学会である。2014年から年次大会(The Global Forum for Financial Consumers: GFFC)を開催し,2016年から機関誌(The International Review of Financial Consumers)を発行するとともに,2018年は 各国の金融消費者保護の実情を紹介する出版を行っている。https : //www.

iafico.org/

China International Risk Forum はその連携ジャーナル(The Pacific Basin Finance Journal: PBFJ)とともに低い採択率を設定し,研究レベルの向上を図 っている。

https : //www.aconf.org/conf_160818.html

(24)

そして同時に,産官学の連携をベースに,法律学者を含むさまざまな報告も 行われる APRIA の多様性からに学ぶべきことが多いと考える。

⚕.ミクロ経済学の保険論への適用24)

どのような分野の研究を行う場合においても それは人文科学・社会科 学・自然科学を問わず ,⽛科学⽜という名称を有する分野の研究を行う際 に重要なことの⚑つとして,どのような方法によって分析・検討を行うか 換言すればどのような方法論に基づいて研究を行うか について考えること があげられる。一般的に,各種科学分野で用いられる方法論は,非数量的な

⽛定性的な方法⽜と数量的な⽛定量的な方法⽜とに大別することができ,保 険論分野においても例外ではない。

そして本章は,保険論分野の研究を行うに際しての⽛定量的な方法⽜の適 用について検討することを目的としたものである。より詳細に言えば,本章 は,⽛定量的な方法⽜の一分類である⽛経済モデル分析⽜のさらに一分類で ある⽛ミクロ経済学を用いたモデル分析⽜を保険論分野の研究に関連して述 べることを主眼としている。具体的には,保険論分野の研究においてミクロ 経済学による分析を行う意味・意義について述べた後,保険論研究との関連 性が強いミクロ経済学の各領域について述べることを目的としている。

なお筆者は,経済・経営・商学系の分野における保険論の研究者である。

よって,本章においては,⽛経済・経営・商学系における保険研究を行う領 域⽜を⽛保険論⽜と呼称することにする。

⑴ 保険論において,なぜ⽛ミクロ経済学⽜なのか?

どのような方法論を用いれば良いかという点を考える際の⚑つの基準とし て,その方法論がどの程度体系的であるかという点があげられる25)。その方

24) 大倉真人(同志社女子大学)執筆

25) 本段落を含む以下⚓段落における議論は,大倉(2003)において述べられて いる内容に基づいている。

(25)

法論を用いる者や場面が異なっても,あるいはその方法論について解説され ている書籍等の種類が異なっても,そこで展開されている内容が同一的であ れば,その方法論を用いる際の注意点や決まり事についての共通理解が確立 しやすいと評価できる。

そしてこの意味において,ミクロ経済学は,共通理解の程度が高い分野で あると評価できる。実際,オーソドックスなミクロ経済学のテキストを開い てみると,⽛消費者の理論⽜⽛生産者の理論⽜⽛完全市場の理論⽜⽛不完全市場 の理論⽜などのような順序で議論が展開されている場合が極めて多い。さら に⽛消費者の理論⽜の中身についても,⽛効用関数⽜⽛無差別曲線⽜といった

⽛消費者の目的関数⽜にかかる概念や性質についての説明が行われ,その後

⽛予算制約⽜という⽛制約条件⽜についての説明が行われる。そしてその後,

この両者を組み合わせた議論を展開することで(数学的には⽛制約条件付き 最大化問題⽜を樹立することで),⽛最適消費点⽜の導出について説明するケ ースが一般的である26)

さらに,多くの経済・経営・商学系の学部において⽛ミクロ経済学⽜が必 須あるいは選択必須科目になっている(なっていた)点を考えた場合,現在,

保険論を含めた経済・経営・商学系の分野を専門科目としている研究者の多 くは,少なくともベーシックレベルでのミクロ経済学の学習経験があるもの と考えられる。その意味において,ミクロ経済学において登場する考え方や 概念等は,経済・経営・商学系の研究者における⽛共通言語⽜になっている と言える。そしてこのような共通言語化は,他の専門分野の研究者との議論 や共同研究の素地になると言え,方法論としてのミクロ経済学の優位性につ ながる。

また,⽛科研費審査システム改革2018⽜において行われた科研費審査区分 の改訂において,これまで⽛民事法学関連⽜⽛金融およびファイナンス関連⽜

⽛商学関連⽜の⚓つの小区分においてキーワード(内容の例)として示され 26) この段落で述べたような順序で議論が展開されている書籍として,例えば西

村(1990)などを参照。

(26)

ていた⽛保険⽜が,⽛金融およびファイナンス関連⽜のみになってしまった 点も,保険論における(ミクロ)経済学の適用を考える際に無視できない。

今後,保険論を専門分野とする研究者が科研費採択を目指す場合,金融やフ ァイナンスの研究者のような経済学を基礎とした研究スタイルが求められる ようになるかもしれない。あるいは,経済学をベースとした研究を行う審査 員によって採否が決定するようになるのかもしれない。

さらに近年,大学教員の採用・異動・内部昇進等に際して,海外のレフェ リー付きジャーナルへの論文掲載が求められることが増えている感がある。

そして言うまでもなく,海外のレフェリー付きジャーナルでは英語(あるい は他の外国語)による論文執筆が求められることになる。しかしながら,多 くの研究者にとって英語(あるいは他の外国語)は母国語でないことから,

日本語のように自由に使いこなすことは容易ではない。特に研究においては その内容の厳密性が求められることから,細かな言葉のニュアンスの違いを 表現できる必要に迫られることも多く,それには少なくない困難性を伴うも のと思われる。

上記の点を念頭に置いた上で,ミクロ経済学を用いたモデル分析について 考えてみると,先ほど述べた共通言語化されている点に加えて,数学的なア プローチを採用している点にも優位性が認められることが分かる。数式は万 国共通の表現方式であることから,各数式が示す内容の理解は,どの言語を 母国語としているかに関係しない。さらに,論文全体の議論の流れやインプ リケーションを数式展開等の追跡によって理解することができることから,

読者に⽛論文の中で何を分析しようとしているのか⽜が理解されやすいとい う利点も存在する。

⑵ 保険論との関連性が強いミクロ経済学の領域

本章では,保険論との関連性が強いミクロ経済学の領域について述べてい く。ただし,本章で述べるミクロ経済学の各領域は近接領域であり,その内 容は少なからず重複している。それゆえ,以下で述べる分類は,各領域の内

(27)

容を明瞭に示すための便宜的なものに過ぎず,各領域の境界はあいまいなも のとなっている(あるいはほとんど存在しない)点を先に注記しておく。

保険論との関連性が強いミクロ経済学の領域として⚑つめに掲げられるの は,産業組織論や応用ミクロ経済学あるいはゲーム理論の分野である。これ らの分野では,市場は完全ではなく,それゆえに例えば企業が価格支配力を 有していたり,各企業が販売する財・サービスの質などを戦略的に決定した りする状況を取り扱うことに力点が置かれている。現実の保険市場を概観し た場合,損害保険の分野で⽛⚓メガ損保⽜などとしばしば表現されることに 代表されるように,少なからず寡占的であると評価できる。そして寡占市場 において,各保険会社は戦略的に自社の保険料を決定する状況に直面するこ とになる。しかしながら独占市場ではないことから,自社利潤のみを考慮し て保険料等を決定できる訳ではなく,他社の保険料等を予想しながらの自社 の保険料等の決定となる。このような観点に立脚した場合,これらの領域に 属するミクロ経済学の手法を用いての分析は,日本の保険市場の現実に則し たものであると評価できる。

⚒つめに掲げられる領域として,情報の経済学あるいはリスクの経済学と 呼ばれる分野がある。これらの分野において最も良く知られておりかつ展開 されている研究内容として,逆選択およびモラルハザードがあげられる。逆 選択およびモラルハザードは,元来保険業界において使われていた用語であ ったが,情報の経済学やリスクの経済学では,保険以外の市場も分析対象と している。それゆえ,逆選択やモラルハザードについての研究は保険論の分 野にとどまるものではない。しかしながら,保険市場が主たる研究対象の⚑

つである点は不変であり,様々なスタイルの逆選択やモラルハザードの研究 が展開されている。

⚓つめに掲げられる領域として,近年研究が盛んな行動経済学があげられ る。行動経済学は,ミクロ経済学の分析において用いられている期待効用理 論に代わる理論をもって分析・説明を行うものであり,具体的には期待効用 理論において捨象されていた心理的な要素などを包含した経済学であると説

(28)

明できる。それゆえに行動経済学は⽛非期待効用理論⽜に基づく分野である と言える。

そして保険市場においては,心理的な要素が登場する場面が少なからず存 在する。一例として⽛保険に加入するか否か⽜という意思決定問題を見てみ る。保険への加入には,リスク(所得のちらばり具合)を小さくする効果が ある。それゆえに,保険料が極端に高いあるいは保険料を支払うための資金 がないなどの状況でない限り,リスク回避を願う消費者は保険に加入するこ とを選択するはずである。しかし現実の保険市場を概観した場合,消費者に とって有効なリスク移転手段であるはずの保険が利用されないケースが散見 される。

そして,このように保険加入が忌避される理由の⚑つとして⽛掛け捨て嫌 い⽜の存在をあげることができる27)。端的に言えば⽛保険に加入したにも関 わらず無事故で満期日を迎えたら,保険料を払っただけになるので嫌⽜とい う感情の存在である。純保険料が事故発生確率に基づいて合理的に算出され ている点を考えた場合,このような感情を抱くことは⽛非合理的⽜と言える のかもしれない。しかしこのような非合理的あるいは心理的な要素を有して いるのが現実の消費者であると考えた場合,このような非合理的あるいは心 理的な要素を考慮した形での分析こそが,現実の保険市場を考察する上で必 須になると言える。

そしてこのような心理的な要素を含めた研究として,⽛後悔理論⽜(regret theory)や⽛安堵理論⽜(rejoicing theory)を援用した研究を掲げることが できる。これらの理論は,無事故時において生じる⽛保険に入らなければよ かった⽜という後悔の気持ちや,事故時において生じる⽛保険に入っていて よかった⽜という安堵の気持ちを定式化したものである。そしてこれらの理 論を用いた経済分析は,心理的な要素などを含めた上での消費者の保険加入 行動を検討するものとなっており,ひいてはより現実的な保険加入行動を説 27) リスク評価や貯蓄好きの観点から日本人における⽛掛け捨て嫌い⽜を検討し

た研究として,田村(1990(第11章),2006(第⚑章))があげられる。

(29)

明するものとなっている28)

⑶ 今後に向けて

本章では,保険論の分野においてミクロ経済学を用いることに関連して,

その意味・意義について述べるとともに,ミクロ経済学の領域のうち,特に 保険論との関連性が深いと思われるものとして,産業組織論・応用ミクロ経 済学・ゲーム理論,情報の経済学・リスクの経済学,行動経済学を紹介した。

保険論分野における分析手法は数多くあると思われるが,その中において ミクロ経済学は⚑つの有力な手法であり,かつ他分野からの共通理解が得ら れやすい手法でもある。その意味において,今後の保険論分野における研究 において,ミクロ経済学を用いた分析がより盛んになることが期待される。

⚖.コーポレート・ファイナンスの保険論への適用29)

本章では,コーポレート・ファイナンスの諸理論がどのような形でリスク マネジメント・保険論との関連性の中で議論することができるのかについて,

確認と検討を行う。このため,本章では,まず第⚑節でコーポレート・ファ イナンスの学術的位置付けを確認し,第⚒節でコーポレート・ファイナンス 論と保険論の交わる部分について理論的検討を行う。そして,第⚓項でコー ポレート・ファイナンス理論が与える企業のリスクマネジメント行動への実 務的示唆を最新の研究事例を踏まえて紹介し,第⚔節で今後のこの分野での 教育・研究の展望について概観する。

28) 紙幅の都合から,⽛後悔理論⽜や⽛安堵理論⽜にかかる詳細な説明は省略する が,これらの理論を使って生死混合保険にかかる保険加入行動を分析した研究 として Fujii et al. (2016) を参照。また大倉(2018)は,この Fujii et al. (2016) の研究内容の一部をより簡潔に説明したものである。

29) 山﨑尚志(神戸大学)執筆

(30)

⑴ コーポレート・ファイナンスの学術的位置付け

科研費審査区分で定められている経済学の⚑細目として⽛金融・ファイナ ンス⽜の名称が与えられていることからも分かるように,本来同じ意味であ るはずの⽛金融(金融論)⽜と⽛ファイナンス(ファイナンス論)⽜は学問上 区別して用いられることが通例となっている。

金融論およびファイナンス論は,家計や企業といった経済主体の金融活動 における事象を経済学(あるいは商学・経営学)の見地から分析する学問分 野である。両者に関する厳密な区分を定義することは難しいが,金融論はマ クロ経済における貨幣の役割や,金融仲介の機能,金融制度,金融政策とい ったいわゆる⽛貨幣経済学(Monetary Economics)⽜の範疇で語られること が多いのに対して,ファイナンス論で扱われる領域は個々の投資家の投資行 動や企業の財務活動,および金融資産の価格形成といった⽛金融経済学

(Financial Economics)⽜を中心としている。また,特にファイナンス論では,

経営学,会計学,数理統計学,物理学,心理学,神経学等の他分野と密接に 関連した内容も多いことから,より学際的な色彩が濃い傾向にあるといえる。

ファイナンス論は大きく分けて,投資家の投資行動や金融資産の価格形成 を追求する⽛資産価格理論(Asset Pricing)⽜と,企業の資金調達や投資計 画,ペイアウト政策といった企業が直面する資金面に関する意思決定を分析 する⽛コーポレート・ファイナンス(Corporate Finance)⽜に分類される。

現在のコーポレート・ファイナンスの潮流は,1958年にModigliani and Miller が提唱した理論(MM 理論)に端を発し,企業は企業価値最大化を最終的な 目標として行動するという前提の下にその行動を分析する。資産価格理論と コーポレート・ファイナンスは密接にかかわっており,コーポレート・ファ イナンスにおける企業価値は資産価格理論を基に評価されることになる。

⑵ 保険論とコーポレート・ファイナンスの接近:コーポレート・リスクマ ネジメント理論

本章での目的は,金融経済学の領域としてのコーポレート・ファイナンス

(31)

の観点から,企業のリスクマネジメントをどう捉えるべきかを検討すること にある。したがって,ここではリスクマネジメント・保険論の領域をより幅 広く捉え,保険やデリバティブの活用のみならず,リスクに影響を及ぼす 様々な経済活動に対するあらゆる学問的探究がその範疇に入るものとしよう。

ここで,リスクマネジメント・保険論とコーポレート・ファイナンスが交わ る部分を⽛コーポレート・リスクマネジメント理論⽜と題することにする。

コーポレート・ファイナンスの文脈で企業のリスクマネジメントの有効性 を評価するならば,その意思決定が企業価値にどのような影響を及ぼすのか という視点が必要となる。資産価格理論の代表的な均衡モデルである資本資 産価格モデル(CAPM)の世界では,投資家は自身の富をあらゆる金融資産 に分散して投資することにより,金融資産の価格変動リスクの一部を消去す ることができる。そのため,分散投資によって消去することができるリスク

(アンシステマティック・リスク)については,対価としてのリターン(投 資収益率)を要求しない。投資家の要求するリターンは企業価値を算定する 際の割引率(資本コスト)に反映されるため,企業が保険加入等のリスクマ ネジメントを通じてリスクを移転するならば,そのリスクがアンシステマテ ィック・リスクなのかが重要なポイントとなる。

ここで,通常の保険で移転される純粋リスクはアンシステマティック・リ スクと見なされるため,投資家はこのようなリスクに対してリターンを要求 せず,資本コストは保険購入後も変化しない(図表⚕上)。一方で,何らか のリスクマネジメントを実行することによってシステマティック・リスクを 軽減したとしよう。その場合,資本コストは低下するが,今度はそれに釣り 合う形で将来企業が獲得する期待正味キャッシュフローが減少することにな る(図表⚕下)。したがって,CAPM を基にした議論では,企業のリスクマ ネジメントと企業価値は基本的に無関連であることが示される。

(32)

また,企業が資金を調達する際に株式発行を行うか負債発行を行うかとい った資本構成(Capital Structure)の問題や,利益を配当や自社株買いによ って株主に還元するか将来の投資のために内部留保に回すかといったペイア ウト政策(Payout Policy)の問題についても,リスクマネジメントの重要 テーマとみなして検討することができる。ここで,モディリアーニ=ミラー の議論に従えば,資本構成やペイアウト政策に関する意思決定も同様に企業 価値に影響を及ぼすことはない(MM 命題)。

このように,伝統的なファイナンス理論に基づく企業リスマネジメントの 分析では,リスクマネジメントと企業価値は本質的に無関連であるという結 論に至る。

ただし,CAPM や MM 命題はいわゆる完全資本市場を想定しており,現 実の市場で引き起こされる様々な摩擦については考慮されていない。したが って,こうしたリスクマネジメントと企業価値の無関連性についても,必ず

図表⚕ リスクマネジメントと企業価値の無関連性

(出典)柳瀬他(2018)⽝ベーシックプラス リスクマネジメント⽞図表⚙ ⚕より

参照

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