■アブストラクト
最近,国内の損害保険会社において⽛権利保護保険1)⽜の開発が行われ,
販売が開始されている。変わりつつある日本の保険構造を踏まえ,諸外国で 先行していた民事紛争支援という新しいマーケットに投入した⽛弁護のちか ら⽜という保険商品の販売に関する取り組みと,今後の展開について,実際 の経験に即して考察する。
■キーワード
権利保護保険,弁護士費用保険,⽛弁護のちから⽜
⚑.環境の変化に伴い変遷する損害保険業界
損害保険の歴史は海上保険から始まったとされている。日本においても海 上保険,そして火災保険から損害保険業は始まり,過去の保険会社名をみる と,いずれも火災海上や海上火災といった主力商品の名前が社名に使用され ている。
高度経済成長時に損害保険業界はモータリゼーションの加速的な広がりに 伴い,これまでの海上保険や火災保険に代わって自動車保険を主軸として急 成長し,その結果,現在では自動車保険がほとんどの会社の主力商品になっ
民事紛争支援と損害保険⽛権利保護保険⽜
木 村 彰 宏
*平成28年10月29日の日本保険学会大会(立命館大学)報告による。
/ 平成29年⚑月30日原稿受領。
1)⽛弁護士費用保険⽜ともいう。⽛権利保護保険⽜は日本弁護士連合会が商標登 録している。
ている。
伝統的な海上保険の地位が相対的に低下する一方で,傷害保険,所得補償 保険といった自動車保険に続く新種分野が開発され,さらに医療保険等の第 三分野とよばれる新しい分野の保険が登場し,生命保険会社と損害保険会社 が相互に参入する結果となった。
今後は高度化,ネットワーク化する新しい社会環境に適合した保険商品が 誕生することが予想されている。
⚒.⽛弁護のちから⽜開発までの経緯
⑴ 検討の歴史と課題
損害保険ジャパン日本興亜株式会社(当時:安田火災海上保険株式会社)
では,1980年代に新種保険として⽛弁護士費用保険⽜が欧州の一部で開発さ れたという情報を入手しており,同保険の日本マーケットに向けた開発と販 売を幾度となく検討していたが,主に以下の理由により見送っていた。
•日本では積極的に弁護士を活用する文化がない。
権利主張をしない。⽛奥ゆかしさ⽜⽛お互いさま⽜の文化。
弁護士は⽛費用⽜と⽛敷居⽜が高いという固定観念。
•弁護士会からのネガティブな反応
弁護士報酬に影響が出るという危惧。
弁護士は仕事に困っていない。
保険に対応する余裕がない。
•弁護士ネットワークが存在しない。
弁護士会として斡旋に関与しない。
•乱訴社会誘発の恐れ
保険での弁護士費用負担が訴訟等の増加を招く懸念。
保険請求を目的として,意図的に加入し請求を乱発させることへの 懸念。
•損害率
保険の収支に対する予想が見込めず,赤字になる懸念。
⑵ 環境の変化と民事紛争の増加
21世紀を迎え,欧米では弁護士費用保険の普及が進みはじめた。【図表⚑】
の示す普及率は,保険加入世帯に対する当該補償が付帯されている割合を示 している。欧米では,日本とは法律,文化,風習が異なるがそれでも加入率 は高いといえる。
日本では,大企業グループを中心とする国際的な取引の増加に伴い,グロ ーバルネットワークが更に拡大し,国内においても外国人の採用を積極的に 実施しはじめた。欧米的な文化や思考も国内に多く入ってきたこともあって か,国内の日常生活における訴訟の件数は【図表⚒】のとおり,毎年傾向に あった。そのような社会環境の下,日常生活業務等でのトラブルを解決する ための司法の活用と費用の補償に対するニーズは次第に高まってきていると 感じられてきた。
【図表⚑】:欧州主要国における弁護士保険普及状況
出典:損保ジャパン日本興亜社調査による(2013年)。
21世紀に入り,損害保険会社は日常生活の中でも,まずは交通事故による トラブルに注目し,被害者側に発生した求償債権に関する弁護士費用等の補 償が自動車保険の特約として誕生した。一方で日弁連に LAC(リーガルア クセスセンター)が設置され,多くの保険会社がこのネットワークを用いる べく日弁連と提携した。
⚓.⽛弁護のちから⽜の開発
⑴ 開発に向けての⚒つの課題
損害保険ジャパン日本興亜社では,個人の民事紛争を解決する保険サービ スを提供すべく,国内で展開した場合に発生するであろう多くの課題を踏ま えて,2011年に検討を開始し,2015年12月に⽛弁護のちから⽜を発売した。
この保険には日弁連 LAC のネットワークをサービスとして付帯させること によって,消費者が求める⽛費用⽜と⽛選任⽜という⚒つの課題を解決し,
ニーズを捉える工夫をした。
【図表⚒】:民事通常訴訟新受事件件数(全簡裁総数)
(注)金銭消費貸借契約における過払金返還請求事案を除く 出典⽛月報 司法書士⽜
【図表⚓】は消費者が弁護士を通じて司法へのアクセスすることに対する 課題の調査結果であり,まさに⽛費用⽜と⽛選任⽜が,消費者が求める課題 であるといえる。
⑵ ⽛弁護のちから⽜の概要
⽛弁護のちから⽜は所定の傷害保険および医療保険を主契約とし,弁護士 費用総合補償特約等の特約を付帯した団体契約専用商品である。弁護士費用
【図表⚓】 弁護士利用についての調査
出典:⽛総合法律支援に関する世論調査⽜(平成21年⚑月調査)内閣府大臣官房政府 広報室
総合補償特約が補償する紛争は⽛被害事故⽜・⽛借地・借家⽜・⽛離婚調停⽜・
⽛遺産分割調停⽜・⽛人格権侵害⽜の⚕つを基本としており,孫特約2)として
⽛労働⽜紛争を補償対象としている。
対象とする紛争の選定にあたっては,身体障害および財物損壊,そして賠 償事故に限らず,広義の被害事故をその補償の対象とすることにより,偶然 性を維持している。つまり,通常の消費者にとって,各種紛争等において,
法律相談または弁護士委任に至ることは予測出来ないものであり,その相談 や委任の発生原因となった偶然な事故または事由を⽛請求の原因事故⽜とし ている。
既に⽛請求の原因事故⽜が発生している場合は免責としており,原因事故 の発生時期等を約款上明確化することで適正な保険制度を維持できるように した。さらに,団体契約専用商品とすることにより,いわゆる不正請求を販 売先の選定により,未然に防止している。
⽛弁護のちから⽜では⽛法律相談⽜と⽛弁護士委任⽜の⚒種類の⽛費用⽜
を補償しており,さらに,消費者が弁護士を⽛選任⽜することを援助するた め,日弁連 LAC のネットワークを提供することにより,安心して弁護士が 紹介され,選択できる環境をサービスとして提供している。万が一,法外な 費用が請求されても,日弁連と保険会社の間接的なガバナンスが入るため,
消費者に安心感を提供する一助となっている。
2) 特約に付帯する特約を指す。
【図表⚔】⽛弁護のちから⽜の概要図 出典:⽛弁護のちから⽜パンフレット
⚔.今後に向けて
この保険の販売を開始してからしばらくの間は,財物・身体の補償や賠償 責任といったこれまでの保険商品とは,異なるものであったため,
⽛どのような場合に使えるのか⽜
⽛ネットワークへの相談はどうしたらいいのか⽜
等の要望を受けたりしたが,各種意見を踏まえ,実際の事例等を積極的に活 用することで,次第にこの保険の意義が認識されてきている。
また,
•乱訴への懸念(保険開始後,急激に訴訟等の件数が増加していないか。)
•⽛お互いさま⽜という世界に誇る日本の文化への影響(良き文化を破壊し てはいないか。)
•モラルリスク(既に請求原因が発生している者が意図的に保険に加入して いないか。)
•損害率(保険の収支は赤字になっていないか。)
•弁護士紹介のネットワーク(きちんと運営されているか。)
•消費者の満足(商品やサービスに満足してもらっているか。)
等々を確認し,モニタリングしながら現在に至っているが,特段の不具合や 悪影響は出てないと判断している。
⽛弁護のちから⽜は我々の新しい社会環境や日常生活で発生したトラブル を,司法へのアクセスを容易にすることで解決することを目的として開発し た商品である。現時点では⚕つの基本補償であるが,社会環境の変化は加速 度的に進んでいる。今後は適時適切な補償とサービスの充実を図り,本保険 を社会の潤滑油として活用し,安心で安全な世の中づくりに貢献していきた い。
(筆者は損害保険ジャパン日本興亜株式会社勤務)