■アブストラクト
保険自由化から20年が経過し,2001年の⽛第一次再編⽜によって,14社あ った上場会社が⚘社に集約され,さらなる合併・統合を推し進めた結果,現 在では,⚓メガ損保グループに集約された。その結果,保険料収入の約90%
が⚓メガ損保グループに集中し,リスク管理の観点から,保険契約を自然災 害の多い日本国内だけでなく国際分散させる重要性が認識されている。再編 の時代となった自由化10年を過ぎ,少子高齢化,人口減少社会が顕在化し,
国内市場の伸びが期待できないため,成長の見込める海外市場に事業拡大の 舵を切ることが,⚓メガ損保グループの経営戦略上,重要になってきた。
2014年以降,⚓メガ損保グループは,先進国市場で大型買収を通じた海外 事業展開を活発化し,同質的な海外戦略を採用している。国内事業で蓄積し た競争優位と M & A で獲得した海外事業をどのように結合させるかが問わ れると共に,高騰している買収価格は,巨額の⽛のれん⽜計上と,その償却 によって各社の BS,PL に長期的な影響を与える。収益を獲得するための M & A が,のれんの償却によって利益を圧迫する危険を生じさせるのであ る。
■キーワード
M & A,シナジー,のれん
*平成29年10月29日の日本保険学会大会(滋賀大学)報告による。
/ 平成29年⚘月31日原稿受領。
自由化20年・グローバル展開を図る わが国損害保険会社
大型 M & A の光と影
鈴 木 智 弘
⚑.保険自由化以後のわが国損害保険会社の経営課題
1996年⚔月の新保険業法の施行から20年以上が経過した。保険業法は,
1900年⚗月に施行され,1939年に全面的に改正されて以降,1980年代まで抜 本的な改正がなされないままであった。しかし,1980年代以降,人口の高齢 化,金融の自由化・国際化など,保険業を取り巻く環境は大きく変化した。
そのため,保険審議会は,1989年⚔月から,保険事業のあり方および保険関 係法規の見直しについて検討を開始し,1992年⚖月に保険審議会報告書⽛新 しい保険事業の在り方⽜を公表し,1994年⚖月に⽛保険業法等の改正につい て⽜と題する報告を当時の大蔵大臣に提出した。これを受けて立法作業が進 められ,1995年⚕月,約半世紀ぶりの全面的改正となる⽛保険業法⽜が成立 し,1996年⚔月に新保険業法が施行された。新保険業法は,銀行,証券,保 険という金融⚓業種の一体改革を目指した⽛金融ビッグバン⽜の一環であり,
⽛金融ビッグバン⽜以後の金融行政は,従来の⽛護送船団方式⽜から⽛自由 化⽜に大きく舵が切られた。
56年振りに全面改正された新保険業法は,⽛規制緩和・自由化⽜,⽛健全 性の維持⽜,⽛公正な事業運営⽜を主柱としたが,損害保険業界にとっては,
①子会社方式による生保・損保の相互参入,②商品・料率の届出制,③料率 算定会制度の見直しが,重要であった。
新保険業法施行直後の1996年12月には,⽛日米保険協議⽜が決着した。
1993年の東京サミットで来日したクリントン米国大統領と,宮沢喜一首相は,
日米首脳会談を行い,その結果⽛日米包括経済協議⽜が開始された。保険分 野は,日米協議の優先分野となり,東京サミット以降1994年10月まで,16回 に及ぶ協議を重ねた結果,日米保険交渉が決着した。日米保険協議によって,
算定会料率の使用義務が廃止され,リスク細分型自動車保険が認可された。
これにより,損害保険各社の特色を出した保険商品や自由な保険料の設定が 可能になり,通販専業の外資系損保が日本の自動車保険市場に参入した。
2001年から保険商品の銀行窓販が一部解禁され,商品や料率だけでなく販
売チャネルも多様化した。更に,保険商品の多様化,募集チャネルの多様化,
代理店の大型化といった環境変化を受け,⽛保険募集の基本的ルールの創設⽜
と⽛保険募集人(代理店)に対する体制整備義務の導入⽜が,2016年⚕月に 施行された保険業法の改正で盛り込まれた。
保険自由化に伴い,新商品の開発負担,保険料率の競争激化などによって 損害保険会社の保険料収入は激減した。更に国内人口の減少が始まったため,
損害保険会社には,第一に経費節減を中心とする効率的な経営1),第二に新 たな成長機会を追求することが求められ,その経営は大きな転機を迎えた。
図表⚑ わが国損害保険業の元受正味保険料とコンバインドレシオ
(出所)日本損害保険協会統計により,筆者作成
1) 図表⚑参照。元受正味保険料は,1996年度のピークから2010年度には,30%
近く減少した。そのため,損保各社は,コスト削減が求められ,事業費は1996 年度の39%から2010年度には34.6%,2016年度には32.1%にまで減少した。
一方,生命保険会社は,バブル崩壊後,販売不振と解約・失効問題に悩ま され,所謂⽛逆ザヤ問題⽜で経営体力を弱めていった。逆ザヤ問題とは,バ ブル期に販売した高利回りの長期契約が,バブル崩壊後の低金利時代となっ て逆ザヤとなり,配当を捻出するためにハイリスク運用商品に手を出し失敗 するケース2)である。1997年には,日産生命が経営破綻し,1997年度決算で は,生保業界全体の逆ザヤは⚑兆⚕千億円に達していた。2000年までに⚗社 の生命保険会社が経営破綻した。
破綻した生命保険会社は外資に買収されたが,生命保険会社間の合併は進 まなかった。多くの生命保険会社が株式会社ではなく,提携や合併に不向き な相互会社形態であったことも再編が進まなかった一因であろう。生保の苦 闘は,自由化で解禁された子会社方式による生保・損保の相互参入に影響を 与えた。1996年10月に営業を開始した生保の損保子会社は⚖社であったが,
現在は明治安田損保⚑社が残るだけである。同じく11社が参入した損保系生 保子会社は⚕社が残っていることに比べて,生保の損保参入は苦戦を強いら れた。逆ザヤなど本業に苦労していた生命保険会社には,損保事業を育てる 余力が乏しかったのであろう。
保険自由化10年については,⽝保険学雑誌⽞2010年12月号(611号)に特集 されているが,それまで損保各社を支えてきた算定会料率制度が廃止され,
保険料収入激減に対応するために,効率的な経営をすることが,自由化10年 間の損保会社の最重要課題であったと言えよう。そのため,損保各社は,合 併による規模の拡大を進めた。2001年の⽛第一次再編⽜によって,14社あっ た上場会社が⚘社に集約され,さらなる合併・統合を推し進めた結果,現在 では,⚓メガ損保グループ3)に集約している。
2) 欧米金融機関が販売した複雑なデリバティブズ商品を組み合わせた金融商品 を中堅・中小生命保険会社や地方銀行が大量購入しており,そのことについて,
鈴木智弘(2002)⽛邦銀の憂鬱 時価会計導入の邦銀に与える影響について ⽜
⽝信州大学経済学論集⽞46号41-65頁で警鐘を鳴らした。
3) 図表⚒参照。東京海上ホールディングス,MS & AD インシュアランスグル ープホールディングス,SOMPO ホールディングスの⚓グループ。以下,⚓メ
その結果,保険料収入の約90%4)が⚓メガ損保グループに集中している。
2011年の東日本大震災に見られるように,巨大地震や風水害の危険が高い日 本列島に,エクスポージャーを集中させていることの危険性が認識され,リ スク管理の観点から,⚓メガ損保グループにはエクスポージャーの国際分散,
即ち,海外進出が必要となる5)。リスク管理の観点以上に,損保各社に重要 なことは,新たな成長機会の追求である。少子高齢化の中で,潜在成長率が
⚑%程度となったと言われる日本市場に比べて,中国をはじめ,アジア各国 で経済成長が続き,成長の見込める海外市場に事業拡大の舵を切る必要性が,
自由化10年を過ぎ,わが国の損害保険会社の経営戦略上,重要になってきた。
ガ損保グループと記す。
4) 2015年度の正味収入保険料の87%が⚓メガ損保グループに集中している。
5) 生命保険事業への参入も行われているが,本稿では,このことは論じない。
図表⚒ 損害保険会社の再編
(出所) 菊地浩之(2015)⽝図解合併・再編でわかる日本の金融業界⽞平凡社 149頁を一部修正
太平洋戦争以前から,海外事業に積極的であった東京海上 HD は,今世紀 に入って,欧米での大型買収を実施し,2015年度には,欧米を中心に海外事 業で,東京海上 HD 全体の純利益の37%をあげるようになり,収益の中核 にまで成長させている6)。
自由化から10年で,損害保険業界は,⚓メガ損保グループに再編され,再 編を終えた各グループは,次の経営課題として新たな市場機会を求めて,グ ローバル展開に本格的に取り組むようになった。筆者は,2013年から,⚓メ ガ損保グループのグローバル化戦略に関する調査研究を開始した。各社 IR 資料,社史,雑誌,専門誌などの公刊物による調査に加え,⚓メガ損保グル ープの経営企画部門,海外事業戦略部門への継続的なヒヤリング調査を実施 している。その結果は,鈴木智弘(2015)7),鈴木智弘(2017)8)に発表した。
研究開始時,⚓メガ損保グループの海外戦略には大きな差異が見られた。東 京海上 HD は,スペシャリティ分野9)を中心とした欧米重視路線,三井住友 海上はアジア重視,損保ジャパンは海外事業のウェートは低く10),進出先も 新興国中心から欧米スペシャリティ分野という特徴があった11)。しかし,
6) 同社は,2015年度,2016年度と連続して,グループ全体の利益指標を変更し,
当期純利益を修正した⽛修正純利益⽜を指標に改め,事業セグメントの利益も 事業別利益に変更した。そのため年度毎の業績比較が難しくなっている。事業 別利益は,当期純利益に異常危険準備金等を加え,政策株式や子会社・関係会 社株式を控除するなどして計算される。
7) 鈴木智弘(2015)⽛わが国損害保険会社の国際化 新たな成長とリスク管理 の観点から ⽜⽝保険学雑誌⽞第629号,109-129頁。2014年⚙月末時点の⚓グ ループの状況を分析対象とした。以下,拙稿(2015)と記す。
8) 鈴木智弘(2017)⽛わが国損害保険会社の海外事業戦略⽜⽝イノベーション・
マネジメント研究⽞12号,1-33頁,建帛社。2016年11月末時点の⚓グループの 状況を分析対象とした。以下,拙稿(2017)と記す。
9) 医療・傷害保険,会社役員賠償責任保険,航空保険,保証・信用保険,農業 保険といった特定のリスクを対象とした保険を⽛スペシャリティ保険⽜と言い,
独自の審査や引受能力が必要とされる。
10) 海外事業の修正利益は,2013年度実績では78億円にとどまり,同社全体の 7.7%に過ぎなかった。
11) 拙稿(2015)111頁。
2014年10月以降,⚓メガ損保グループは,先進国市場で大型買収を通じた海 外事業展開を続けている。そのため,⚓メガ損保グループの海外事業戦略は,
買収を通じたロイズ市場及び先進国のスペシャリティ分野への進出と,成長 が見込まれる新興市場への進出という相似性の高いものとなった。
⚓メガ損保グループは,先進国市場では,スペシャリティ種目やロイズ市 場などに強い保険会社を買収することで,迅速に買収先の事業基盤を丸ごと 獲得することを選択している。M & A の利点のひとつは時間を買うことで あるが,⚓メガ損保グループの2016年⚙月時点の株主構成をみると,外国法 人持株比率は東京海上 HD が41.8%,MS & AD が36.2%,SOMPO HD が 40.3%と高い比率になっており,大株主には,英米の信託銀行などが並んで いる。信託勘定なので,本当の投資家が誰かは不明12)であるが,機関投資 家が多いと類推できる。また,2017年⚓月期の⚓メガ損保グループの ROE
( 自 己 資 本 利 益 率 ) は,東 京 海 上 HD が 7.79%,MS & AD が 7.78%,
SOMPO HD が9.66%13)であり,優良グローバル・プレイヤーの基準と言わ れる10%台を達成していない。外国人機関投資家は,投資収益率を重視する ため,各社の経営戦略にも,その傾向を反映せざるを得ないと思われる。そ のため,海外事業でも規模と収益を迅速に拡大することが必要とされ,経済 成長率が高くても事業規模が小さく,税制や社会環境など不安定要素のある 新興国よりも,先進国での大型買収が選択されていると考えられる。
金融ビッグバン以前のわが国の損害保険会社は,海外進出した日本企業を 主たる顧客14)として,進出先地元企業や個人を重視してこなかったが,2000 12) わが国の上場企業の外国人持株比率は1989年度末には4.2%に過ぎなかった が,2016年⚓月末には30.1%となった。ただし,日本の投資家が外国に迂回し ている場合もあり,信託勘定やファンドの本当の資金主は分からない。
13) 2014年度に計上した合併一時コストがなくなり,2015年度の連結純利益が⚓
倍になったためである。同社の ROE は,2014年度3.39%,2015年度9.21%で ある。
14) 日系企業相手であっても,海外での保険引受は,進出国の認可や免許が必要 になるが,現地保険会社などに代理店を委託し,それを再保険で引き受けるな ど,日本での引受と実質変わらないことも多かった。詳細については,拙稿
年代以降は,進出先の企業や個人,即ちローカル市場開拓が迫られた。この ことは,進出国の保険会社だけでなく,その国に進出している欧米大手保険 会社との競争に巻き込まれることも意味する。次章から,⚓メガ損保グルー プの海外事業戦略について紹介し,その課題について論じる。
⚒.わが国⚓メガ損保グループの海外事業
2000年代に入っての⚓メガ損保グループの海外戦略は,外部資源活用型,
特に,大型 M & A を活用した手法が顕著になっており,買収に際して,国 内事業を含めたシナジー効果15)を強調している。シナジーとは,M & A の 成否を測定するものと言われる一方,結果論的な側面がある。M & A の正 否は,買収後のマネジメント16)の是非で定まる。⚓メガ損保グループもグロ ーバルシナジーを追求するとしているが,各グループの海外事業戦略の習熟 度は異なり,買収の成否には,各グループの経営能力が問われる。特に,
SOMPO HD の大型 M & A を用いた海外事業進出は,途に就いたばかりで ある。
この章では,2000年代の⚓メガ損保グループの各社の海外事業展開と,そ の体制について,2014年から2016年までの M & A 事案17)を中心に概括す る18)。
(2015)116~117頁。なお,塗明憲(1975)⽛タイ国におけるわが国の保険企 業⽜⽝所報⽞29号,153-169頁は,タイに進出している日系損害保険会社の調査 である。
15) シナジー効果とは,アンゾフが多角化戦略に関して提唱した概念であり,⚒
つ以上の関連する要素を有機的に結びつけることで,それぞれの要素の総和を 上回る力を発揮すること,相乗効果のことである。
16) PMI(Post Merger Integration)と言われる。以下,PMI と記載する。
17) 買収金額は各社の発表当時の金額を基本とするが,交渉締結から実際の払い 込みまでに為替レートが変化するなど,各社の公表額やマスコミ記事も変動し ており,概算である。また,買収時期は,原則として買収発表時である。
18) 以下の記述は,2017年⚖月時点の状況であり,拙稿・前掲(2017)を元に整 理した。ただし拙稿(2017)で扱った2016年11月末以降,2017年⚒月28日に三 井住友海上火災経営企画部・国際業務部,2017年⚓月⚓日に SOMPO HD 海外
2 1 東京海上日動(東京海上 HD)
東京海上は,1879年の創業時から,釜山・上海・香港,翌年にはロンドン 等で営業を開始するなど,海外展開は130年以上の歴史を有する。1945年の 敗戦により,いったんすべてを失ったが,戦後は,日系企業の海外進出とと もに,海外展開を拡大した。2000年以降は,アジア等新興市場での M & A を通じたローカルビジネスを拡大し,高い格付を活用した再保険ビジネスの 拡大,キルン(Kiln),フィラデルフィア(Philadelphia),デルファイ(Delphi) といった欧米における大型買収実施により,海外事業は今やグループ収益の 半分近くを占める中核事業となった。
⚓メガ損保グループの中で最も積極的な海外事業を展開してきた東京海上 の主要な海外買収は下記のとおりである。
2008年⚓月:英国ロイズ保険のキルン社の全株式を約930億円で取得 同年12月:米国損保フィラデルフィア社の全株式を約4715億円で取得 2011年:米国損保デルファイ社の全株式を約2150億円で取得
2015年:米国スペシャリティ保険グループ HCC インシュアランス・ホー ルディングス社を約9400億円で買収
HCC 社は,創業1974年,米国デラウェア州に本社を置く,NY 証券取引 所上場のスペシャリティ保険グループである。米国全州および英国・スペイ ン等で事業展開し,主な取扱保険商品は,医療・傷害保険,会社役員賠償責 任保険,航空保険,保証・信用保険,農業保険など,相互に相関性が低いス ペシャリティ保険種目を100種類以上扱い,各保険種目でマーケットリーダ ーとして競争力を確立している。また,一般的な損害保険の料率サイクルの 影響を受けにくい種目(医療・傷害保険等)の構成割合が高く,かつ巨大自 事業企画部にて実施したヒヤリング調査内容を加筆したが,本稿脱稿直前の 2017年⚘月24日に三井住友海上火災はシンガポール最大の損害保険会社ファー スト・キャピタル・インシュアランスを約1755億円で買収すると発表した。更 に,⚙月⚑日 SOMPO HD は2013年12月に買収したばかりの英国子会社キャノ ピアス売却を発表した。現在進行形の事象を取り扱っているため,事態は刻々 と変化することを付記する。
然災害に対するエクスポージャーも限定的である。収益性と成長性のいずれ も高く,過去10年間(2005年から2014年)の平均 ROE は12.6%,年平均成 長率は11.1%である。
HCC 社買収の戦略的目的を整理すると,以下の通りである19)。
⑴ より安定的なグループ経営の基盤構築の実現
⑵ 事業基盤の一層の強化を通じた海外保険事業の規模・収益の拡大 HCC 社をグループに加えることで,同社が,先進国市場で注力してきた スペシャリティ保険分野においてキルン,フィラデルフィア,デルファイ各 社と合わせ,強固な事業基盤を構築することを目的としている。具体的には,
これまで海外で本格的に参入していなかった医療・傷害保険,会社役員賠償 責任保険,農業保険を狙いとしている。
買収の結果,海外保険事業の収益は買収前対比 38% 増の約 1750 億円へ 増加し,グループ全体に占める海外保険事業の割合も38% から46% へ上昇 するとしていた。
以上が,HCC 買収時の発表であるが,2015年10月に買収手続を完了し,
HCC は上場が廃止され,東京海上 HD の100%子会社となった。社名も TOKIO MARINE HCC(TMHCC)に変更された。TMHCC の損益は,
2017年⚓月期第⚑四半期決算から同社の連結財務諸表に反映されている。
HCC 買収によって,同社の海外事業ポートフォリオは,図表⚓となった。
同社の海外事業は,欧米先進国に偏重しているように見えるが,世界の保険 市場規模は,北米及び欧州が損保市場全体の約70%,生保市場全体の約60%
となっている。そのため,同社の海外事業ポートフォリオは,世界の保険市 場のウェートを意識したものと考えられる20)。
19) 東京海上 HD による HCC 買収手続開始発表2015年⚖月⚑日を元に整理。詳 細は,拙稿(2017)参照。
20) エクスポージャーをポートフォリオとして考えれば,投資理論のインデック ス投資に類似していると言える。同様の考えを SOMPO HD も表明している。
海外事業比率を拡大するために,同社は,買収後も基本的に経営を任せて いる欧米⚔社の経営陣の知見を活用し,⚔社を通じて欧米市場での人材を獲 得する21)こと,特に TMHCC のスペシャリティ保険を活用し,クロスセル を重視することで,グループシナジーを追求している。同社が目標とするグ ループシナジーとは,欧米⚔社の持つ保険引受技術,資産運用技術を活用し た海外保険事業の経営高度化,商品,販売面でのクロスセルなどによる収入 保険料の獲得,そして,同社の海外人材を育成するために欧米⚔社を人材派 遣先とすることである。
同社は,海外事業の拡大に伴い,海外子会社を含めたグループ一体経営を 強化するため,機構改革を行っている。グループ本社である東京海上 HD のトップの役割をグループ経営に注力させるために,2016年⚔月から,これ
図表⚓ 東京海上 HD の海外事業の正味収入保険料の割合(2016年度)
(出所)東京海上 HD 統合レポート2017,76頁より筆者作成
21) 筆者のヒヤリングに基づく理解では,同社は日本国内では有能な人材確保に 苦労しないが,海外では,東京海上よりも Kiln などの方がブランド力は高く,
優秀な人材確保が可能となると考えている。
まで永野毅氏が兼任してきた東京海上 HD と東京海上日動の社長を分離し,
東京海上日動社長に北沢利文氏が就任した22)。
同社は,経営陣への外国人活用も進めており,2011年には,買収社のトッ プなどを加えた International Executive Committee を設置し,グループ横 断的に海外戦略を検討することにした。2013年⚖月には,外国人執行役員を 登用し,買収した海外子会社トップを執行役員に選任した。外国人執行役員 は,海外 M & A と共に増員され,2017年⚖月現在,専務執行役員⚑名23), 執行役員⚕名24)を選任している。特に,専務執行役員 Brimecome 氏は,海 外 M & A を担当し,デルファイの COO を兼任する執行役員 Sherman 氏は,
グループ資産運用を総括しており,グループシナジーを追求する体制となっ ている。
2 2 三井住友海上(MS & AD)
三井住友海上の海外事業展開は,1934年に同社の前身のひとつ大正海上火 災25)が,タイに進出し,戦後は,もうひとつの前身,住友海上火災が1956年 に香港で元受営業を開始するなど,1970年代までにアジアでの日系企業向け のサービス拠点を築いている。同社のアジア事業展開については,野村
(2012年)26)に詳しく,2015年の英国アムリン買収による新たな海外戦略につ 22) 永野毅氏は東京海上日動代表取締役会長,北沢利文氏は東京海上 HD 取締
役を各々兼任。
23) Ian Brimecome 氏は,同社の海外事業上級アドバイザーや Kiln 会長などを 歴任し,海外事業企画部 (欧州,再保険事業,M & A 等の海外事業戦略) を担 当。
24) Arthur Lee 氏は Tokio Marine Asia の CEO, Charles Franks 氏は,Kiln の CEO を兼任,Donald Sherman 氏は,Delphi の COO を兼任し,グループ資産 運用総括している。2017年度から執行役員に加わった Robert O’Leary 氏は,
Philadelphia の CEO,Christopher Williams 氏は,共同グループ保険引受・保 有政策総括と TMHCC の CEO を兼任している。
25) 1991年に社名を三井海上火災保険に変更。
26) 野村秀明(2012)⽛損害保険会社の海外事業展開⽜⽝保険学雑誌⽞第616号,
5-22頁。
いては,鈴木衆吾(2016年)27)が触れている。
2000年代に入ってからの同社の海外 M & A は,以下のようにアジアに集 中し,損害保険会社だけでなく,生命保険会社も買収している。
2004年:英国 AVIVA のアジアでの損害保険事業を約500億円で買収 2005年:台湾の損害保険会社,明台産物社を約280億円で買収
2010年:マレーシアの生損保兼営社の Hong Leong 社の損害保険部門を MSIG マレーシア社に統合すると共に,Hong Leong 社の生命保険部門の 既存株式の30%を約250億円で取得。中国の生命保険会社,信泰人寿社の 株式⚗%を約24億円で取得
2011年:インドネシアの Sinarmas 生命保険の株式50%を約670億円で取 得
2012年:インドの Max New York 生命保険の株式26%を約390億円で取得 2015年:英国アムリンを約6350億円で買収
2017年:シンガポールの損保ファーストキャピタルを約1755億円買収する と発表
2015年度まで,同社の海外事業は,アジア,特に ASEAN に注力してい た。2015年度の MS & AD のグループコア利益1475億円のうち,海外事業は 279億円と18.9%を占め,その約46%が,ASEAN を中心としたアジア地域 であった。当時の海外事業の目的は,アジアの成長を取り込むことであった が,海外進出することでリスク分散するという強い意志も感じられた。しか し,海外エクスポージャーは,アジアに偏重していた。
三井住友海上が買収したアムリンは,1903年創業のロンドンに本店を構え,
る収入保険料ベースでロイズ市場第⚒位の保険会社である。2015年のアムリ ンの収入保険料28)は5069億円,純利益が436億円であった。買収発表時の買 収総額は約6350億円となり,当時の時価総額に対して36%のプレミアムであ 27) 鈴木衆吾(2016)⽛損害保険業のグローバル化への対応と課題⽜⽝保険学雑
誌⽞第632号,99-114頁。
28) 三井住友海上の設定為替レートは1£
184.78円。った29)。業務内容は,再保険,船舶,オフショアエネルギー分野などを取り 扱っている。また,地域も英国,欧州だけでなく,北米にも分散したポート フォリオとなっている。2016年⚒月にアムリン買収を完了し,商号を MS Amlin に変更し,2016年度から連結対象となった。同社の2016年度の正味 収入保険料は,前期比3ó562億円,105.8%の大幅な増収となったが,同社 が経営指標として重視するグループコア利益で見ると,2016年度は,国内損 保事業が好調で,614億円の増益となったこと,欧州・アジアにおける自然 災害を含む保険事故や為替レートの関係があり,海外事業は346億円と,
MS & AD 全体2137億円の16.2%弱と,比率では2015年度の18.9%を下回っ た。
同社のアジアでの保険事業は,グループ名の MS & AD ではなく,Mitsui Sumitomo Insurance Group の頭文字の MSIG を用いており,同じ MS & AD グループのあいおいニッセイ同和損害保険の海外拠点も MSIG に統一し,
MSIG ブランドの浸透を図ろうとしている。MS & AD の柄沢康喜社長30)は,
マスコミインタビューや公開シンポジウムなど31)で,先進国においても,
⽛アジアに比べ買収後の収益貢献が短期間で期待できるため良い対象があれ ば実施したい⽜⽛専門性の高いニッチな会社が対象になる⽜32)と発言し,先進 国市場での M & A を中核にした海外事業展開を志向すると発言していた。
その発言通り,2015年⚙月の英国アムリン買収発表後,中期経営計画の海外 29) この買収プレミアムは,割高という評価が多かった。しかし,東京海上 HD や損保ジャパンだけでなく,世界中の保険会社によるロイズ市場の優良保険会 社に対する買収合戦が続いていることを考えると,三井住友海上は,割高のプ レミアムを提示せざるを得なかったと思われる。このことについては,のれん との関係で後述する。
30) 持株会社 MS & AD と事業子会社三井住友海上火災保険の社長を兼任してい たが,2016年⚔月から MS & AD 社長と三井住友海上の社長を分離し,MS &
AD 社長に専念。
31) ロイター(2014年⚖月24日記事),日本経済新聞社主催⽛ニッポン金融力会 議⽜(2013年⚗月17日開催)パネル討論など。
32) ロイター(2014年⚖月24日記事)。
戦略を買収統合したアムリンを中核に据えたものに修正している。
海外事業の推進体制も MS Amlin が加わり,2016年⚔月から,⽛海外事業 戦略委員会⽜を発足させた。同委員会は⽛グローバルミーティング⽜と⽛関 係役員ミーティング⽜の二つの会議から構成されている。グローバルミーテ ィングは,アジア,欧州,米州の⚓極の中間持株会社と東アジア・インド本 部,MS Amlin のトップから構成され,海外事業に係わる課題の洗い出しと 戦略を議論する。関係役員ミーティングは,グローバルミーティングの議論 を踏まえて,本社役員で意見交換や進捗管理を行う。2016年度の海外事業戦 略委員会では,MS Amlin とのシナジー追求が議題となっている。
同社 IR 資料33)とヒヤリング34)を元に同社が,MS Amlin と追求するシナ ジーを整理すると,①MS Amlin の商品開発や引受のノウハウを活用して,
これまで同社が提供できなかった保険商品の提供やクロスセルによる売上拡 大と②事業統合による共通コスト削減,③ERM,資産運用などの高度化の ために,新たな経営ノウハウの獲得,と言える。
2 3 損保ジャパン(SOMPO HD)
損保ジャパンの海外事業は,ライバルである⚒メガ損保に比べ,見劣りし,
同社の海外事業の修正利益は,2013年度実績で78億円にとどまり,同社全体 の7.7%に過ぎず,海外事業のウェートは低かった。2000年代に入ってから 2013年まで同社も海外 M & A を行っていたが,ブラジル,トルコ,マレー シアなど新興国中心で,全て損害保険業を対象としていた。買収規模も金融 業としては小規模な100億円程度であった。
その同社が,2013年12月に約992億円で,英国キャノピアスの買収を発表 し,⚓メガ損保グループ全てが本格的に海外進出を志向することになった。
更に同社は,2016年10月⚕日に米国・バミューダを中心に元受事業・再 保険事業を展開するスペシャリティ保険グループであるエンデュランス
33) 同社 IR 資料(2016年⚕月26日発表)。
34) 三井住友海上火災経営企画部(2017年⚒月28日)。
(Endurance Specialty Holdings Ltd.)を約6375億円で買収した。
以下,同社の海外事業展開について,概観する。
同社は,欧州・北米の先進国市場では,後発参入者となることから,事業 規模が競争要件とならない企業分野のスペシャリティ市場へ参入することを 選択し,キャノピアスの買収を行った。その他の地域では,自動車保険を中 心にした家計分野に特化している。
同社も,⚒メガ損保グループと同様,エクスポージャーのリスク分散の重 要性は十分認識しており,そのために再保険を利用しているが,キャノピア ス買収発表直後の同社へのヒヤリング35)によると,同社は,リスク分散より も新たな市場の獲得と,それに伴う収益確保を重視しているようである。
更に同社は,2015年⚓月に再保険で世界⚕位のフランスのスコール
(SCOR)を約1100億円で持分法適用会社にする計画を発表したが,買収交 渉に頓挫したのか,同年12月に撤回を発表した36)。
同社のキャノピアス買収後,スコールへの資本参加発表から撤回発表まで の間,海外事業で先行する東京海上 HD は2015年⚖月に米国 HCC,三井住 友海上は2015年⚙月に英国アムリンを買収すると発表し,損保ジャパンの海 外事業は,先行⚒グループに更に水をあけられた。
以上の状況を挽回するためか,同社は,2016年10月⚕日にエンデュランス を約6375億円で買収すると発表した。東京海上 HD の HCC 買収に次ぐ大型 買収となった。買収発表に続いて,2016年度から開始された現中期経営計画 の改定を発表した。同社 IR 資料37)によれば,今回の買収によって,2018年 度の修正連結利益は400億円程度増加し,事業ポートフォリオは修正連結利 益ベースで海外事業の比率が当初計画の15%程度から27%程度に拡大するこ とになる。
エンデュランスは,創業2001年,バミューダに本社を置き,NY 証券取引 35) 損保ジャパン海外事業企画部(2014年⚑月29日)。
36) このことの評価については,拙稿・前掲注8)に詳しい。
37) 2016年11月24日開催の IR ミーティング資料より。
所に上場する米国及びバミューダを中心に元受事業・再保険事業を展開する スペシャリティ保険グループである。エンデュランス社は,社歴は浅いが,
過去10年間の年平均グロス保険料の成長率は7.1%で持続的成長を実現して おり,過去10年の平均 ROE は11.8%と高い収益性を持っている。同社の 2015年度グロス保険料33.2億ドルの内訳は,元受が20.9億ドル(構成比63%),
再保険が12.3億ドル(同37%)であり,元受と再保険で分散されている。更 に,引受種目を見ると,元受部門では,農業保険(同25%),スペシャリティ (同38%),再保険部門では,スペシャリティ分野の再保険(同28%),CAT 再保険38)(同⚙%)となっており,引受種目でも分散された事業ポートフォ リオである。同社の扱うスペシャリティ保険には,サイバー保険や専門職業 人賠償責任保険など,専門性の高い保険に強みを有している。農業保険は,
収穫量減少や価格下落を補償する保険などであり,この分野で全米⚕位であ る。
2017年⚓月のエンデュランス買収完了と同時にブランド名を⽛SOMPO INTERNATIONAL⽜へ変更し,⽛SOMPO⽜ブランドとして運営を開始し ている。今後,グローバル人事システムや保険引受けシステムの統合を進め,
現地に設立した Sompo International Holdings(以下,SIH)を通じて,元受 保険事業,再保険事業,ロイズビジネスの再編を検討するとしている39)。こ の SIH の CEO には,エンデュランス CEO であった John R. Charman 氏が 38) Cat bond, Catastrophe bond。保険化が困難といわれる地震や台風,寒波,
ハリケーンといったリスク等,顕在化する確率は低いものの,発生した場合の 損害規模が大きい異常災害リスクを証券化し,リスクを金融・資本市場に移転 するスキームであり,伝統的な再保険を代替する機能を持つ。
39) 本稿脱稿直前の2017年⚙月⚑日に SOMPO HD は,米国投資ファンドに約 1050億円でキャノピアスを売却すると発表した。エンデュランス買収によって,
ロイズ市場での役割が重複し SIH のもとで,どのように再編するか注目して いたが,キャノピアスは,Charman 氏傘下の SIH に統合されるのを嫌ったの ではないか。現時点では,情報不足のため,分析は別稿に譲るが,スコール資 本参加中止など,決断のスピードと大胆さは驚嘆するが,同社の海外事業戦略 に一貫性はあるのであろうか。
就任した。ロイズ出身で40年を超えるキャリアを持つ Charman 氏は,他社 が引受を躊躇する戦争保険を引き受けるなど,大胆な手腕で,自ら創業した 会社を発展させてきた英国保険市場では名高い経営者である。損保ジャパン のエンデュランス買収は,Charman 氏を獲得するためとも言われている。
⚓.わが国損害保険業の海外事業の課題
ここまで,⚓メガ損保グループの海外事業を概括してきたが,2014年以降 の⚓メガ損保グループの海外事業戦略は先進国市場で大型 M & A を活用し て規模の拡大とグループシナジーを図るという点で類似している。
先進国市場では,当初,⚓メガ損保グループの眼は,世界最大級の英ロイ ズ保険市場に向いていたが,2015年までの大型買収でロイズに足場を築いた ため,狙いは米国市場に向き始めているようである。⚓メガ損保グループと も,先進国市場で Allianz や AXA などのグローバル企業と全面競争するこ とを避け,規模の経済性が問われないスペシャリティ分野への参入を選択し ているが,今後も海外事業を拡大してゆけば,欧米のグローバル保険会社と 全面的な競争は避けられなくなる。以下のような共通の課題を指摘できる。
①グループ本社として海外事業の戦略目標が明確になっているのか。
②国内事業と海外事業の融合・シナジーをどのように達成しようとしてい るのか。
③海外事業展開を支える体制整備と人材養成をどのように達成するのか。
④買収価額と純資産額の公正価値との差額,いわゆる⽛買収プレミアム⽜
は⽛のれん⽜として資産計上される。わが国の会計基準では,償却資産 である⽛のれん⽜は毎期,費用処理しなければならない。買収価格高騰 による高額なのれんは,財務のリスクを高める。ロイズを含めた先進国 市場,成長性の高いアジア諸国での M & A 価格は急上昇しており,更 に円安が進行している中で,のれん償却を含め,事業採算性をどのよう に達成するのか。
以上の①,②,③は,拙稿(2017)で詳細に論じた。そのため,本稿では,
2016年度決算と2017年に実施したヒヤリング40)を加味して,その要点のみ示 し,本稿で指摘する新たな論点である④を中心に論じる。
3 1 海外事業に何を求めるのか(戦略目標)
国内市場の伸び悩み,国際的なリスク分散という観点で,海外事業の重要 度が増していることは,⚓グループ共通であるが,グループ戦略上,海外事 業に何を求め,その優先度は,どうなのであろうか。グローバル化が進展す れば,新たな株主,顧客に対する説明責任も重くなる。
突き詰めれば,東京海上 HD は,MS & AD は,SOMPO HD は,日本の 会社なのか,あるいは,どのような会社であるのかが問われる。⚓メガ損保 グループ各社は,資本面や営業区域では,外形的にグローバル企業になって いるが,例えばマネジメント・チームをどこまでグローバル化するのか,グ ループ本社トップに外国人が就任する可能性があるのか41),などが問われて いる。
3 2 国内事業と海外事業の融合・シナジー
⚓メガ損保グループはいずれも,国内事業と海外事業を融合させシナジー を追求すると表明している。具体的には,買収した欧米保険会社の持つ保険 引受技術,資産運用技術を活用した保険事業の経営高度化,特にスペシャリ ティ保険を活用し,商品,販売面でのクロスセルなどによる収入保険料の獲 得が⚓メガ損保グループ共通の内容であるが,どのように融合が行われるの か?逆に規模の不経済が生じないのか?
40) ヒヤリングの実施日などについては,前掲注18)参照。
41) 四半世紀前,⽛弊社の営業地域は,全世界に拡がり,従業員の三分の一は外 国人です⽜と胸を張ったグローバル展開していた家電会社の役員に,筆者は
⽛御社の役員に何人の外国人がいるのですか?⽜と質問したが,⽛ゼロです。弊 社は日本で上場する日本の会社です。⽜と,瞬時に回答された。あれから四半 世紀で,日本の経営者の⽛本音⽜は,どれほど変化したのであろうか?
3 3 海外事業展開を支える体制整備と人材養成
⚓メガ損保グループは,海外事業拡大に対応し,ガバナンスやコンプライ アンス,営業体制など組織整備を続けている。わが国の金融庁だけでなく,
世界的に金融監督機関は,国際的な資金環流や,海外ガバナンスを注視して おり,そのことへの対応も必要になっている。
ローカル性の高い保険業では,現地に権限委譲することは重要ではあるが,
過度に委譲しては,非効率になる。そのため,⚓メガ損保グループとも,地 域単位で中間持株会社兼地域統括会社を設け,迅速な意思決定と事業執行が 可能となるようにしている。しかし,地域統括会社が,うまく機能しなけれ ば,逆機能となってしまう。
また,保険業法では,損害保険会社の子会社の業務範囲は厳格な規制を受 けている。一方,日本とは異なり欧米主要国(米 NY 州,英,独,仏)の 保険会社には子会社の業務範囲規制が課されていない。そのため,外国保険 会社の買収時において,日本の保険会社は業務範囲規制について,詳細な検 討が必要になる。買収後も日本の業務範囲規制の範囲外になる被買収会社の 子会社を切り離して売却しなければならないなど,PMI において,欧米の 保険会社との競争上不利になる。
新たな海外事業を担うことのできる人材養成の重要さは,⚓メガ損保グル ープ全てが強調し,海外派遣・社外派遣研修制度の他,国内従業員を買収し た経営陣や実務要員として派遣し,本格的な OJT を行っている。しかし,
現時点では,⚓メガ損保グループ各社の海外事業経験の差は顕著である。
買収発表時には,経営トップ間で良好な関係が強調されるが,買収後に有 能な人材が流出しやすいというのが,わが国金融業の海外 M & A に共通す る問題である。製造業の M & A は,製品と販路を手に入れることが主目的 となるが,金融業の場合,人材と商圏を確保することが狙いとすることが多 い。筆者の経験でも,金融業の場合,有能な人材は格下のグローバル・プレ イヤーでない企業に買収されたと判断すれは,転職することが多い42)。人材 42) 人材の市場価値以上の高額な年俸を保証してもらえれば,転職しないが,そ
流動性が高い金融業では,有能なほど,同業他社から高額で引き抜かれるこ とが多い。⚓メガ損保グループは,国内では超一流企業であるが,グローバ ル市場ではどうであろうか?
3 4 M & A を活用した市場進出の採算性とのれんの償却
ロイズ市場,先進国スペシャリティ保険会社に対する⚓メガ損保グループ の大型 M & A が続き,買収交渉価格が高騰している。今後も M & A を有効 に活用した海外事業展開を行う可能性を⚓グループとも否定していない。買 収価格の上昇に伴い,事業採算性が厳しくなると共に,事業リスクも高まる。
金融ビッグバンにより,保険業に対する金融監督行政は財務諸表監査を重 視する方向に転換している43)。そこで,買収価格が高騰することで拡大する
⽛買収プレミアム⽜が問題になる。買収プレミアムとは,買収価額と市場価 値(時価総額)の差額である。
企業会計では,買収プレミアム額を⽛のれん⽜という項目で,無形資産44) として貸借対照表に計上することを求めている。
⽛のれん買収対象企業の買収価額―買収対象企業の純資産の公正価値⽜
になるが,公正価値とは,買収対象企業が上場企業の場合,株式の時価総額 と考えられる。⚓メガ損保グループもシナジー獲得を目的としていると,前 段で論じたが,市場価格を上回るプレミアムとは,買収対象企業の M & A の価値を示す数値と考えられる。そのため,買収プレミアムは,シナジー効 果を表していると言われ,M & A の効果が大きければ,その期待価値であ の場合は,過剰な人件費で企業収益が圧迫される。野村ホールディングスのリ ーマン買収では,高額な報酬で留まらせた人材が契約期間満了に伴い,大量流 出したと言われているが,日本の金融業も海外での M & A で人材流出の辛酸 を舐めてきた。
43) 上野雄史(2011)⽛生命保険業における M & A と企業会計 のれんの発生と 減損を中心として ⽜生命保険文化センター⽝新たな保険経営組織と事業再編 スキーム⽞80頁。
44) 資産を⽛将来の収益またはキャッシュ・フローを得るための資源⽜と定義す れば,⽛のれん⽜は M & A による将来キャッシュ・フローの見込額と言えよう。
るプレミアムが大きくなると考えられる45)。
日本国内の会計基準と,米国会計基準や国際会計基準46)では,のれんの償 却方法に違いがあり,これが,のれんに関する問題を複雑にしている。日本 基準では,のれんは償却資産として20年以内で定額法での償却を求めている。
そのため,日本基準では償却分だけ収益が減少する。一方,米国会計基準や 国際会計基準では,のれんの償却は必要なく,減損テストのみが行われる。
米国会計基準や国際会計基準では,減損が発生しない限り,のれんを減額す る必要はない。そのため,収益は押し上げられる。しかし,のれんの減損が 発生すれば,一時に多額の損失額が発生し,収益を圧迫する。
⚓メガ損保グループの最近の海外 M & A の買収総額とのれん,償却期間 は,下記の通り47)である。
東京海上日動(東京海上 HD)
キルン:買収総額 約1061億円 のれん295億円 償却10年 フィラデルフィア:総額4987億円 のれん2500億円 償却20年 デルファイ:総額2050億円 のれん414億円 償却⚕年 HCC:総額9400億円 のれん3390億円 償却10年 三井住友海上(MS & AD)
アムリン:総額6350億円 のれん1307億円 償却20年 損保ジャパン(SOMPO HD)
キャノピアス:総額992億円 のれん334億円 償却20年
エンデュランス:総額6831億円 のれん15億1300万ドル48) 償却10年 海外 M & A に先行する東京海上 HD の場合,キルン,フィラデルフィア,
デルファイの買収は,現時点では当初想定以上の好業績となっており,巨額 45) 上野・前掲注43)に詳しい。
46) IFRS:International Financial Reporting Standards
47) 買収総額とのれんは,各社の適用為替レート変更などで変化するため,入手 可能な財務諸表及び直近の各社へのヒヤリングで確認した数字である。そのた め,前段で示した数字と違いがある。
48) 2017年⚓月に買収完了したばかりのため,円建ての償却額は確定していない。
なのれん計上に伴う償却を上回るプラスを同社の経営にもたらしている。
一方,MS & AD,SOMPO HD は,買収完了から日が浅く,のれん償却の 経営に与える影響は,確認できない。リーマン・ショック後に米国の多くの 企業が,のれんの減損を発生させたことは,記憶に新しい。日本の場合,減 損によって急激な影響が及ばないように,毎年定額償却させているが,それ でも,東京海上 HD を含め,高額なのれんは,経営のリスクを高める49)。現 時点で,好調な業績といえども,巨額の⽛のれん⽜計上と,その償却によっ て BS,PL は影響を受ける。収益を獲得するための M & A が,のれんの償 却によって利益を圧迫する危険を生じさせるのである。これは,大型 M &
A の大きなリスクである。
(筆者は信州大学経営大学院教授)
49) 東芝問題は,買収した海外子会社の⽛のれん減損償却⽜が主要因である。