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生命保険買取契約の価格構造と契約者 還元の可能性

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生命保険買取契約の価格構造と契約者 還元の可能性

久 保 英 也

■アブストラクト

生命保険買取市場が世界的に拡大する中で,大きな買取手数料や被保険利 益の乏しい契約の買取など,契約者保護,投資家保護上の問題が顕在化して いる。その一方で,買取市場は,保険会社が対応しきれない契約者ニーズを 引き受けていることも事実である。きめ細やかな規制は今後も重要であるも のの,本来的には市場の監視機能を高めることによりこれらの課題に対応す る次元に来ている。

そこで,本論文は,情報の非対称性の緩和や健全な市場の発展に不可欠な 買取価格を適正に評価することを目的とする。買取価格は,保険数理を基礎 とした保険市場だけでは決まらず,異なる判断基準を有する資本市場との折 り合いを経て決定される。このため,責任準備金計算の算出に際し,従来の 経験死亡率に安全率を上乗せする決定論的アプローチではなく,モンテカル ロ・シミュレーションによる確率論的アプローチにより,保険市場の価格と 資本市場の価格とを融合する。これにより,買取業者の超過利得の有無と更 なる契約者還元の可能性を明らかにする。

■キーワード

IVO,必要責任準備金比率,モンテカルロ・シミュレーション

*平成20年10月25日の日本保険学会大会(獨協大学)報告による。

/平成21年3月25日原稿受領。

(2)

1.買取市場の現状

生命保険の買取制度の大まかな仕組みとそこに登場する当事者を図1(ケ ース1)に示した。まず,買取を希望する保険契約者は,仲介ブローカー

(ファイナンシャル・プランナーや保険会社の営業職員)を通じて,もしく は直接,買取会社に買取依頼を行う。買取会社は,当該被保険者の医的情報 や保険加入情報を収集すると共に契約者に情報公開の承認を得る。これらの 情報をもとに,買取会社もしくは外部の余命診断会社が余命予測を行い,引 受け可能と判断した場合には,買取価格・条件を契約者に提示する。仲介ブ ローカーは,複数の買取会社にオファーを出し,契約者はその中で最も有利 な条件を提示した買取会社と契約に至る。そして,投資家に契約者・保険金 受取人変更を行い,契約者は売却代金を受け取る。その後の保険料の支払い は投資家が行い,保険金も投資家が受け取る。手続きに要する期間は1〜2 カ月とされている。

買取方式は多様であり,同図のケース2のように投資家に保険契約者や保 険金受取人の権利を移転せず,買取会社もしくは信託会社が契約者となり,

投資家には利益を配当するファンド形式の買取も増加している。信託会社を 介在させる場合,200件〜1000件の保険契約をプールした上で信託会社に一 括譲渡する。そして,そこから上がる利益を受益証券として小口化し,これ を投資家に販売する。また,信託会社を特別目的会社(SPC)に置換えた 証券化商品も販売されている。

(3)

生命保険買取市場の規模は,養老保険の流通市場に約140年の歴史を持つ イギリスが約2,000億円(120億ポンド,2008年,Trade Endowment社の 推計値),市場が新しく,1999年に設立されたCash Life AGが買取業務を 始めたドイツが約800憶円(生命保険協会資料による)とされている。

一方,図2に示したアメリカの2006年末の買取市場の規模は,約1兆 3,000億円(132億ドル,US Census Bureau and Bernsteinの推計値,1 ドル=100円換算),2010年には遺産税の税率引き下げ措置などにより,同市 場は16兆円(1600億ドル)まで拡大すると試算している。

こ れ に 対 し,2007年 4 月 のLIMRA(Life Insurance Marketing and Research Association.inc)の 生命保険買取に関するアンケート は, 

買取制度を知る人は保険契約者の39%,保険証券の売却に関心を示した人は 10%,買取に適合した契約者(65歳以上,保険金額25万ドル以上)は2%に すぎないとしている。買取制度への不十分な理解や予想以上に小さい買取適

図1 生命保険買取事業の基本スキーム

(注1)ケース2は,保険契約者や保険金受取人の地位は投資家に移転せず,買取 会社もしくは信託会社がその地位を保持し,ネットキャシュフローの中か らの配当を支払う仕組みである。

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合契約量などから,2010年の市場規模1,600億ドルはやや過大推計の感が強 い。ただ,買取市場が着々とその存在感を増しているという事実は否めない。

2.生命保険買取制度をめぐる問題と意義

生命保険買取市場が急成長するアメリカにおいて,多くの問題が顕在化し ている。保険商品の日米類似性から,仮に日本に買取市場が誕生した場合に は,同様の問題が起こる可能性がある。アメリカの買取市場は,大きく3つ の範疇に分けられる。第1は,1989年から1996年にエイズ患者の高額医療費 を捻出する手段として,余命2年以内の被保険者の契約を対象に生命保険を 買い取った Viatical Settlement(以降,VSと呼ぶ) である。第2は,

エイズの治療法開発に伴うVS市場の縮小を受け,重篤な疾病の罹患者では なく一般の保険契約を対象にした老後生活補完型の Life Settlement(以 降,LSと呼ぶ) である。

(出所)1998〜2004は,Bermstein Research Call(2005),2006と2010は,Corn-

ing and Company

(2007) の推計値(両者の2010推計値はほぼ同じ)。

図2 アメリカの生命保険買取市場規模の推移

(5)

LSは,現在の買取事業の主役であり,高額な死亡保障が高齢で不要とな った契約者の他資産への資金移動や余命6か月以上の重篤な契約者の治療費 確保手段として活用されている。また,買取対象も,個人保険に加え,事業 売却や役員の退任により死亡保障が不要となった経営者保険にも広がってい る。

第3は,2005年以降急速に広がった,保険を投資対象とし,保険証券を捻 出するInvestor‑Owned Life Insurance(以 降,IVOと 略 す。Spin‑Life:

Speculatorinitiated Life Insuranceとも言われる)と呼ばれる買取である。

高齢者(主に72歳〜85歳,終身保険,保険金額200万ドル以上)を契約者

(=被保険者)として募り,保険料を融資した上で ,保険契約を締結,そ れを既定どおり買取るという仕組みである。買取をめぐる問題の多くは,

IVOに起因する。

IVOにより生成される生命保険には被保険利益が存在せず,被保険者の 生命が投資対象となっていることから,犯罪の温床となりやすい。また,複 雑な制度と不透明な買取価格は,詐欺など不正行為を惹起しやすい。

買取会社のサイトには, 保険料の負担なしに保険に加入でき,さらに現 金や数々の景品なども手にすることができる と謳われている(以降,これ らをフリーインシュアランスと呼ぶ)。景品には,アメリカ人の篤い宗教心 を逆手にとり,慈善団体への一部保険金の寄付を標榜するものもある。この 仕組みを悪用し,保険契約者が買取時に契約するローンについて,法外な利 子と手数料を課すなど詐欺的な手法も登場している。また,フリーインシュ アランスに加入した高齢者は,所期した利益を手にできないばかりか,保険 会社が不適正契約の申し込みとしてこれらの事例を記録するため,それ以降 の新規の保険加入が困難になるなどの事態も生じている。

また,契約者から買取相談を受けた買取業者や契約仲介者が,本来保険契

1) アメリカには保険料を融資する

Premium  Financing

と呼ばれる会社が 存在する。融資期間は可争期間に合わせた2年。主な融資対象は,72歳〜85歳 の終身保険で,保険金200万ドル以上の契約者である。

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約を維持する方が契約者の利益になるにもかかわらず,買取手数料を目当て に買取を勧めるなど販売倫理上の問題も発生している。これに対し,保険会 社は対抗手段として,70歳以上のユニバーサル保険の保険料引き上げを検討 しており,結果として,買取と無縁な,真に保険を必要とする高齢者の加入 機会をも制限する事態となっている。

IVOと並び買取制度におけるもう一つの大きな問題が,価格の不透明さ を要因とする市場の非効率性である。生命保険の買取に際しては多くの介在 者が存在することから,取引コストが極めて高い。コネチカット大学とデロ イト・コンサルティングが共同で行った調査(2005年5月)では,2000年か ら2003年に買取の対象となった保険契約の死亡保険金は2.26億ドル,買取価 格が0.45億ドル,取引コストが0.96億ドルと試算している。買取業者は保険 金額の約20%の金額で保険を買い取り,彼らと他の買取介在者が手にする取 引手数料合計は保険金の42%にも上ることを示している。株や債券の手数料 率0.01%〜2%,投信の同0〜5%は言うに及ばず,不動産同4〜8%,美 術品同10〜15%に比しても買取手数料は,異常に高い 。

これらの問題点が大々的に報道される一方で,被保険利益を有する保険契 約を売却するLSは,契約者の利益も大きい。たとえば,余命6か月以上で あるものの,重病により経済的に保険料の払い込みを続けるのが困難な契約 者が,保険会社の解約返戻金以上の買取金額を受け取り,治療費に充てる事 例などである。後藤(2007)に見るように,契約者が豊かな老後生活のため に,保障重視の保険から金融資産に資産ポートフォリオを組替える際にも利 用されている。また,NPOに対する保険証券の寄付に伴う早期の資金確保 にも貢献する 。

2) ア メ リ カ 保 険 買 取 協 会(The Viatical and Life Settlement Associa-

tion

)は,以下の3点から,試算が客観的に乏しく,実際の市場状況を反映し ていないと主張している。①計算の対象は,余命2年以内の

VS

が中心で,主 力のLSがあまり含まれていない,②データのサンプル数が過少,③終身保険 が主で,市場の80%を占めるユニバーサル保険が分析対象から除外。

3)

NPO(非営利組織)に対し行う個人の寄付の中に,自分の死亡保険金だけ

(7)

リビングニーズ特約の限界(余命判断が6か月を超える人には適応不可)

や所定の解約返戻金計算などは,保険会社が取るべきリスクの範囲や保険数 理に照らせば合理的な行動ではある。ただ,必ずしも契約者ニーズに応えき れておらず,その満たされないニーズは保険市場とは別の市場が吸収し,拡 大を続けている。

このように,買取制度を 見知らぬ人が被保険者の早期死亡により経済的 利益を有する仕組み (1989年,ACLIBob Waldron氏の言葉)や 保 険金受取人による被保険者殺害の誘因 など,負のイメージだけで捉えるの は誤りで,買取制度の価値を再評価し,その抱える問題に冷静に向き合うこ とが求められる。

3.生命保険の買取に伴うリスク評価

保険事故が未確定の状況で死亡保険金を前払いするには,平均余命の正確 な予測に加え不確実性に対するリスクプレミアムが必要となる。改めて買取 事業が有するリスクを見ると,買取主体は大数の法則に基づき大量の契約を 獲得する保険会社と異なり,比較的少数の特定契約を買取ることによる固有 リスクを保有する。固有リスクの第1要素は,標準死亡表を基準に推計され た特定契約の平均余命についての推計誤差である。第2のリスク要素は,少 数の契約を対象とすることによる死亡率のばらつきである。リスク・マネジ メントの観点からみれば,平均収益率に相当するのが第1の要素であり,分 散に相当するのが第2の要素である。

第1の要素は,買取会社の医師や平均余命診断会社による診断誤差に加え,

予想平均余命を算出する 平均余命算出モデル に瑕疵が入る場合などが

ではなく,生前に保険証券そのものを寄付することがある。この場合,NPO は保険料の支払い義務と定まらない保険金の受取時期に直面する。買取制度の 利用により,保険料支払いは不要となり,将来の保険金に代わり即座に買取保 険金を受け取ることができる。安定的な予算・収支計画が立てられ,寄付控除 と保険金の連邦所得税免除などの税制優遇も受けられる。

4) 平均余命モデルは,アメリカのアクチャリーファームが買取会社に提供して

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考えられる。VSの場合にはかなりの精度で被保険者の死亡時期を予測でき たのに対し,LSは,65歳以上で,重篤な疾病には罹患していない健康体か ら標準下体の被保険者を主な契約対象とするため,死亡率の推計が難しい。

Sunset Kamath,Timothy Sledge(2005)によれば,LSの契約者の年齢 構成は,65歳以下4%,66歳〜70歳21%,71歳〜75歳24%,76歳〜80歳5%,

80歳以上16%となっている。死亡率の推計精度を高めるために,まず,平均 余命の短い高齢者契約を買取の第1候補とし,次に健康体より死亡率の高い 病弱者や慢性疾患患者の契約を候補とすることでリスクを制御していること が窺われる。買取価格は,医的審査の精度もさることながら,前述の平均余 命算出モデルにより計算される 予想平均余命 により左右される。このた め,買取会社やブローカーは,買取契約の市場価値を高めるために予想平均 余命を短くしようとするインセンティブが働く。買取契約の売買時には,同 モデルの推計精度は不明であるため,推計結果のばらつきや恣意性の入込む 余地を排除できない 。

ただ,アクチュアリーファームが提供するこれらのモデルの内容には立ち 入れないため,本論文ではこれ以上,第1のリスク要素である平均余命の推 計精度には触れず,予想平均余命は,所与として与える。予想平均余命の推 計精度に一応の目途をつけるため,標準下体契約の経過別死亡率を公開した 清家克哉・田村慶三(1988)のデータを参考にする。同データは,標準下体 契約の経過死亡率を40歳未満と40歳以降に年齢区分し,更に特別保険料領収 法と保険金削減支払法に再区分している。アメリカにおける買取契約の主対

いる余命判断システム。ナショナル・アンダーライター2007年12月号は,同じ 生命保険契約に,同じ死亡率表を用いて平均余命を算出させた2つのモデルの 推計結果に23か月程度もの格差がみられたと報じている。この差は期待収益率 の3%に相当する。

5) 恣意性が入った場合,実際の平均余命が想定以上に伸び,投資収益率が低下 する。ライフセトルメント・コンサルティング・アンド・マネジング社は,当 該契約の当初想定した平均余命と実際の平均余命を比較・評価するシステムの 必要性を主張している。(ナショナル・アンダーライター,2007年11月号)

(9)

象は,65歳以上の男性であることから,群団としては 40歳以上の男性の標 準下体契約 が重要となる。表1にそのデータを整理した。

標準下体契約全体の平均死亡率は0.844(パーミル)と標準体0.364の約 2.3倍となっている。同区分のうち,最小の倍率は保険金削減支払法1年ラ ンクの1.4倍,同最大倍率は特別保険料領収法(305〜500)の4.8倍である。

そこで,本論文では,余命診断会社が判別できる死亡率の代表値として,

標準体死亡率の1.5倍,2.5倍,5倍の死亡率を所与として与えることとする。

次に第2のリスク要素である 少数の契約を対象とすることによる死亡率 のばらつき について分析する。保険会社は,標準生命表に用いられる400 万件単位の群団死亡率を用いるが,買取会社は,10件(単独買取)から200 件(証券化を前提とした買取)という少数契約を対象とした死亡率を使用す る。大数の法則が働きにくい状況で保険リスクを引き受けることになる。

そこで,このリスクに対するプレミアムを,買取がない場合の責任準備金

(標準生命表の標準死亡率により計算)と買取がある場合(少数標本による 表1 標準下体契約の経過別死亡率

(40歳以上群団)

(出所)清家克哉,田村慶三(1988)のデータを基に,筆者が作成。

(注)特別保険料領収法の数字は,標準体を100とした場合の保険料水準,死亡 率の単位は,パーミル。

(10)

リスクを反映した死亡率により計算)の責任準備金との差と定義する。なお,

少数標本に伴う責任準備金の算出については,粗死亡率に特定の安全率を見 込む従来の保険料計算手法(決定論的手法)ではなく,死亡率リスクを直接 推計する確率論的手法を採用した。具体的には,以下の通りである。

LSの中心年齢層である65歳〜79歳(買取契約全体の約80%を占め る)を対象に,標本数の減少に伴う死亡率のばらつきを求める。

② 死亡率の算定に際しては,生命保険標準生命表2007の第1次補正値を 用い ,死亡率のばらつきは,生命表粗死亡率から第1次補正値への修 正の際に用いられる2項分布を採用した。すなわち,個々の被保険者の 生死は2項実験とみなすことができ,死亡率qは近似的に正規分布N (q,(q×(1−q))/n) に従う(nは標本数)。また,終身保険の責任準備 金算出に使用する79歳以降の死亡率は,第1次補正死亡率を生命保険標 準生命表2007の死亡率により説明する最小2乗法により求めた。

第1次補正死亡率=0.99908*(標準生命表2007の死亡率)+0.03206

(435.244) (0.988)

自由度調整済み決定係数 1.00,( )はt値。

( )は,t値,自由度調整済み決定係数 1.00

なお,今回の推計では死亡率の変化に伴う責任準備金の変化を求める ことを目的としたため,予定利率は確率変数とせず,2%で一定とした。

③ 買取時(65歳)以降の死亡率は,②で求めた各年齢の死亡率に,100 通りの乱数(乱数は平均死亡率と上記で計算した標準偏差を用い,正規 分布を前提に発生)を発生させ,死亡率のばらつきを想定する(シミュ レーションの期間と標本数は,終身保険が65歳から107歳,4300本=43 年×100通り,定期保険が65歳から79歳,1500本=15年×100通り)であ る。

④ ③で計算した年齢別の死亡率(各年齢100本)が必要とする責任準備

6) 本来ならば,2007年粗死亡率を使用したいが,データ入手の関係から同第1 次補正値を使用した。ただ,シミュレーション結果に大きな影響はない。

(11)

金(これを 必要責任準備金 と呼ぶ。保険料は当初と同じとし,将来 法で算出)を求め,当初責任準備金との比率(必要責任準備金/当初責 任準備金−1,以降, 必要責任準備金比率 と呼ぶ)をシナリオごとに 求める。年齢ごとに,計算された同比率を昇順に並べ,5番目の数値を リスク対価とした 。理論的には,金澤(2005)と同様に,保険料と責 任準備金について,ファクラーの再帰式を変形した以下の関係式を使用 した。すなわち,養老保険(定期保険,終身保険もこの式の変形で対応 ができる)の年払い純保険料ベース,養老保険金=1について,以下の 一般式が成立する。

V 1

1−Q ×{(V +P)×(1+I)−Q ×(1+I) }t=0.1,…,n−1

ただし,Pは,保険料を示す確率変数,nは保険期間(定数),V

は経過t時点の積立金額を表す確率変数。V=0,V =1

なお,Q x+t歳の人が1年間に死亡する死亡率を示す確率変数,

It+1年目の1年間の運用利回りを表す。

商品は,定期保険と終身保険(男性,40歳加入,79歳払込満了)とした。

定期保険の場合には,分子の最終項が不要となる。この保険料と責任準備金 との関係を用い,決定論的手法で求めた責任準備金と確率論的手法で求めた 責任準備金とを比較し,必要責任準備金比率を算出する。

まず,200件の定期保険からなる買取契約(以降,基準ケースと呼ぶ)に ついて,モンテカルロ・シミュレーションにより,年齢ごとに必要責任準備 金比率を求めた。図3は,シミュレーションの結果得られた100本のシナリ オについて,必要責任準備金比率の小さい順に左から昇順に並べている 。 7) 銀行経営の健全度や金融商品のリスク度をはかる際に使用する破産確率とほ ぼ同じ概念。一般に,5%もしくは1%の破産確率が採用されるが,ここでは 金融商品のリスク評価によく用いる5%の破産確率を採用した。

8) 各シナリオとも65歳から79歳(15年間)の各年の必要責任金準備比率の平均 値で,標本自体は100×15=1500個。

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縦軸の0%のラインは,必要責任準備金が生命保険標準生命表2007における 死亡保険表の死亡率で算出した責任準備金水準と同じであることを示す。す なわち,解約控除を無視すれば,契約者の解約返戻金水準(以降,同様に解 約返戻金は,解約控除を無視した金額のことを言う)と同じ責任準備金水準 となり,買取会社は,解約返戻金と同水準の買取額(契約者受取り分)しか 提示できないことを意味する。

従って,負値(A)の部分は,生命表死亡率より生存率が高い(死亡率が 低い)標本群であり,買取会社が解約返戻金水準で買取価格を提示すれば赤 字になる領域を示している。逆に,正値(B)の部分は生存率が低く,解約 返戻金より高い買取価格を提示できる領域である。両者の面積比(B/A)

は1.012とほぼ1であり,また,必要責任準備金比率の中位数もほぼ0%の 水準であることから,シナリオの分布は安定している。すなわち,買取会社

(もしくは投資家)が赤字になる確率(責任準備金の不足可能性)が約50%

あることを示している。

赤字になる確率を5%以内に抑えるには,左から5番目の必要責準比率に 相当する財源(以下,リスクバッファーと呼ぶ)を別途保有する必要がある。

シミュレーション結果は,5番目の必要責任準備金比率が−21.2%となるこ とを示している。買取会社は,これに相当するリスクバッファーを別途保有 し,解約返戻金額と同額の買取価格を提示するか,もしくは,解約返戻金よ り21.2%低い金額で買取価格を提示するかの選択となる。

(13)

この状況では買取ビジネスは成立しない。このため,買取業者はより死亡 率の高い病弱者や高齢者の契約を集め,同グラフ全体を上方にスライドさせ ようとする。表1で取り上げた標準死亡率の1.5倍,2.5倍,5倍に死亡率の 契約を集めた場合の必要責任準備金比率の変化をみたのが図4である。同図 のシャドーを付したグラフが,前述の図3の基準ケースである。標準体の 1.5倍の死亡率を有する定期保険を200件集めた場合の必要責任準備金比率は,

すべてのシナリオでゼロを超え,解約返戻金を上回る買取価格を提示できる ことを示している。標準体の2.5倍の契約を集めれば,解約返戻金の約1.7倍,

同じく死亡率5倍では,解約返戻金の2.1倍以上の買取金額を提示すること が可能となる。

逆にみれば,この必要責任準備金比率が正となった部分に相当する責任準 備金額は,買取時における契約者の死亡率に相応した責任準備金とも言える。

したがって,本来,この責任準備金相当額が契約者の手取り額(以降,投資 家の買取価格と区別するため,買取原価と呼ぶ)となるはずである。

図3 必要責任準備金比率の分布

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3.買取価格の構造と適正価格評価

買取市場には,図1でみたとおり,保険市場とは異なる当事者が登場する。

とりわけ,投資家(買取業者がリスクをとる場合は買取会社,以降も同様)

は,資本市場の参加者であり,従来,同市場から隔離されていた保険市場と 資本市場を結合させる。その際,投資家は保険リスクと金融リスクを同一の 尺度により計測し,保険価値も時価で評価する。損害保険分野では既に大規 模災害のリスクを証券化したCAT(Catastrophe bond)ボンドが発行され,

投資家は債券投資の観点から普通社債より高いリスクプレミアム(利率)を 受取ることを条件に,この債券を購入している。すなわち,資本市場におい ては,自然災害の発生確率や人の死亡率(買取では生存率,生存率=1−死 亡率)が,社債の発行会社のデフォルト率(信用リスク)と同じ尺度,すな わち,金利で評価されている。資本市場では,企業が破綻する可能性(信用 リスク:期間累計のデフォルト率)に応じたリスクプレミアムが求められる

図4 必要責任準備金比率の変化⑴

(15)

のと同様に,当該被保険者が想定期間を超えて生存する可能性に応じたリス クプレミアムが求められる。

投資家の買取価格は,当該契約群における生存率の変動リスクに対するリ スクプレミアムさえ決まれば,従来の債券価格の計算手法により算出できる。

今回使用した必要責任準備金の算出方法は,平均死亡率に安全率を加える 伝統的な方法(決定論的手法)ではなく,モンテカルロ・シミュレーション により,リスク量自体を直接計測するという金融市場のスキームである。こ のプラットフォームに立てば,死亡率リスクと信用リスクは,同じ土俵で議 論できる 。図5は,両市場のリスクが同じ土俵上で,融合するイメージを 示している。すなわち,保険市場の(累計)生存率は,期間が長くなるほど 低下する一方,資本市場の(信用リスク)デフォルト率は期間が長くなるほ ど上昇する。濃いシャドーで示した部分において,従来分離されていた保険 市場と資本市場が融合する。そして,そこでは両リスクの交換が起こる。

これまでの分析を用いて買取契約の価格構造を明確にし,契約者還元の可 能性を探る。対象は,基準ケースの死亡率5倍の定期保険(40歳加入40年満 期,買取時年齢65歳の男性,保険金100万円,標本数200本)である 。

9) 信用リスクの評価を,格付けを用い定性的に行う場合などは必ずしも 同じ 土俵 と言えないものの,ブラック・ショールズ・マートンモデルなどのオプ ションモデルや久保(2008)の信用リスクスプレッツド評価モデル(計量モデ ル)を使用する場合は,同じ土俵に立つことになる。

10) 基準ケースは,アメリカのユニバーサル保険と似た必要準備金比率の特性を 示し,また,65歳〜80歳の 死亡率5倍 は,年齢換算でほぼ68歳〜91歳に相 当する死亡率となり,LSの中心契約年齢帯となる。このため,基準ケースが 最も汎用性が高いと考えた。

(16)

表2にその価格構造を示した。まず,価格付けの出発点となる投資家が要 求する利回り(期待投資期間10年,被保険者の余命により変化)は,過去15 年間の10年国債平均利回り2%に前述のリスクプレミアム4%(400ベーシ ス) を 乗 せ た 6 %(IRR=6 %)と し た。6 % で 現 価 計 算 し た 保 険 金 1,000,000円の買取価格は502,940円(死亡保険金の50.3%)となる。投資家 の出資額は,これに10年間の保険料70,600円(被保険者の死亡時期により払 込年数が変動するため,現価換算はあえて省略)を加えた573,540円となる。

投資後1年で被保険者が死亡した場合の投資利回りは96.1%と高く,逆に被 保険者の寿命が長期化し投資期間が15年まで伸びた場合は同3.6%に低下す る。また,保険期間満了(期間16年以降:被保険者の年齢80歳)後は,定期

図5 保険市場と資本市場との融合(概念図)

11) 室町(1996)は,金融システム不安が高まった1998年に,トーアスチール,

長銀,日債銀などの(B格から

BB

格の格付クラス)経営破綻の可能性が高い 企業の信用リスクスプレッドが350〜450ベーシスであったとしている。また,

信用リスクを表す,東京金融取引所に上場しているクレジット・デフォルト・

スワップ(CDS)レートも400ベーシスを超えると当該企業の破綻可能性が高 いとされている。

(17)

保険では責任準備金がないため,出資額608,840円(当初買取額+15年間の 保険料)は回収できない。この時点の累計死亡率は91%,元本を喪失する確 率は9%となる。

次に,投資家の出資額(買取金額)が買取に係る当事者に分配される。当 事者は,①保険会社(保険料の受領と保険金の支払),②契約者(買取原価 の受取),③買取会社(買取手数料と被保険者の事後フォロー費用との受取,

6%+1%と想定),④ファイナンシャル・プランナーなど紹介者(紹介手 数料の受取,同3%と想定),⑤余命診断会社(診断手数料の受取:各団体 へのヒアリング結果から1%と想定),などである。そして,投資家の出資 金額からこれら当事者への支払金額を差し引いた残りが買取会社の粗利益と なる。

表2 生命保険買取契約の価格構造

(注1)対象契約は,40歳男子,40年定期,全期払で計算。

(注2)161,743円は,買取契約数200件,死亡率5倍を前提に,破産確率5%の 必要責任準備金比率に相当する責任準備金額。

(注3)事後フォロー費は,買取後に被保険者の健康状況を定期的にチェックす るコスト。

(18)

最も重要な,契約者の手取り額である 買取原価 は,前節のシミュレー ションにより算出した必要責任準備金比率から161,743円となる。これは死 亡保険金の16.2%に相当し,アメリカの買取契約全体の平均水準である。ま た,解約返戻金の2.1倍に相当する。

投資家の出資額から,①から⑤までのコストを差引いた買取会社の粗利益 は,211,197円と死亡保険金の21.1%となった。売上高粗利益率(投資家の 出資額573,540円に対する同利益の割合)は,41%にもなる。死亡率が振れ るリスクはすでに投資家に移転されており,買取会社は,粗利益の一部を人 件費などの固定費や買取契約の募集,販売コストなどに使用すると考えられ る。それでも,買取会社の手元には多くの利益が残る可能性が高く,契約者 への還元余力は大きいと考えられる。

契約者への利益還元は,買取制度の設計により促進できる。まず,表2に 例示した買取に関するコストを可能な限り開示させ,市場の監視機能を働か せることである。投資家や契約者は,これらの情報を基に買取会社を評価し,

悪質な会社を選別する。また,買取会社が提示した契約時の予想平均余命と 投資家が保険金を受取るまでの期間とを開示し,予測結果の検証を可能にす ることも重要である。次に,買取会社のリスク対応コストを圧縮する方策と して,①標準下体契約の正確なリスク評価を可能とする余命診断会社の育成,

②買取会社の資本力強化(一定水準以上の資本力を有する企業のみ買取会社 として認可),などが考えられる。

また,買取会社に対する規制強化だけでなく,保険会社も対応を求められ る。VSの対象となるような重篤な契約者に対し,一定の条件を満たせば,

死亡保険金を担保に解約返戻金を上回る貸付を可能とする新たな契約者貸付 制度の検討なども重要である。今後,日本に買取制度を導入する際には,買 取価格の透明性を高め,市場の監視機能を活用すると共に被保険利益のない 保険契約の組成を許さない規制が必要である。自然発生的な市場の誕生を待 つのではなく,むしろ能動的に市場を育成していく姿勢が重要になる。

(19)

高齢者に残された貴重な財産である生命保険が買取制度により経済価値を 高めることは,保険数理では表現できない生命保険の潜在的価値が存在して いることを意味する。この価値を実現する社会的ニーズは高いと思われ,

2005年11月の東京地裁判決 傍論で示された,買取に関する法令の整備や保 険者の同意の可否基準などを早急に詰める必要があろう。

ただ,生命保険会社は,これまでも変化する契約者ニーズに対応するため,

契約転換制度の導入やリビングニーズ特約の発売などサービスを拡大してき た。更に保険数理に立脚すればリスク引き受けが困難な領域(たとえば,余 命6か月以上契約への死亡保険金の前払い)にある商品・サービスの開発に 強制的に向かわせるのは,保険会社の健全性維持の観点からも,またコスト の観点からも問題がある。

これらのリスクを保険会社以上に 幅広く , 大量に 引き受けられる資 本市場に委ね,対応策を探るのが合理的な行動であろう。資本市場の懐の深 さと助け合いの仕組みである保険の本質を生かす,両者を融合した能動的な 制度設計が今求められている。この拙文が,日本における生命保険の買取制 度についての多面的な議論の起点となれば幸いである。

なお,本論文は,文部科学省科学研究費の支援を受け,完成したものであ る。ここに感謝の意を表す。

(筆者は滋賀大学大学院経済学研究科教授) 12) 2005年11月17日の生命保険の買取に関する東京地裁の判決(その後2006年3

月20日の東京高裁による東京地裁原審の支持,2006年10月12日の同上告を退け る判断)は,保険契約者及び保険金受取人を買取会社に変更する際の保険者の 同意について,生命保険会社の同意拒否は権利の濫用や信義則違反に該当しな いという判断を示した。同判決は,保険者の裁量を広く認める一方,傍論とし て,原告(契約者)の窮状には一定の理解を示し, 買取事業者に対する規制 も含めた保険買取に関する法令の整備や保険者の同意の可否基準についてのさ らなる議論を今後必要とする との問題提起を行っている。

(20)

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参照

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