■アブストラクト
本稿の目的は,1990年代半ば以降の規制緩和により生命保険マーケティン グにどのようなイノベーションが起きたのかについて考察することである。
そこでまず,保険自由化20年を通して生命保険市場にどのような変化が生じ たのかを,累積集中度とハーフィンダール・ハーシュマン指数を用いて分析 し,生命保険市場が競争的になりつつあることを明らかにした。次に,規制 緩和が生命保険マーケティングに及ぼした影響を以下の⚓つの視点から考察 した。①大手生保では従来販売チャネルの拡大による契約高増加を図る契約 高拡大至上主義のマーケティングが展開されたが,バブル崩壊後限界が生じ,
顧客と長期にわたる関係性を構築・維持・強化する関係性マーケティングが 展開されるようになった。そのための取組みとして,顧客囲い込み戦略であ る契約者単位の割引制度の導入,利便性・自在性を高めたアカウント型商品 の開発,営業職員の給与体系の見直しなどがあった。②1990年代までは営業 職員一辺倒であった販売チャネルが,営業職員,代理店,銀行窓販,通信・
ネット販売と多様化が進んだ。③生保会社間で予定利率や予定事業費率の設 定及び配当水準に相違が顕在化し,マーケティング競争手段としての価格戦 略が重要度を増した。
■キーワード
関係性マーケティング,販売チャネルの多様化,保険料率戦略
規制緩和と生命保険マーケティングの イノベーション
金 瑢
/ 平成29年⚘月29日原稿受領。
⚑.はじめに
戦後の生命保険業に関しては,産業の安定性を優先することが保険行政の 政策課題と位置付けられ,商品や価格の認可制などに代表される護送船団行 政が展開されてきた。それにより⽛同一商品同一価格⽜原則が形成され,価 格戦略がマーケティング上の競争手段として使われる余地がほとんどなく,
販売チャネルや新商品開発1)といった非価格競争手段がマーケティング戦略 上重要となった。実際,大手生保会社を中心に販売チャネルの拡大に注力し,
似通った商品を女性営業職員をとおして大量に販売する横並びのマーケティ ングが展開された。このようなマーケティング戦略は1980年代頃までは功を 奏し,女性営業職員の大量導入新契約獲得契約高の増大マーケットシ ェアの拡大といった図式が機能したが,1990年代に入ってからはバブル崩壊 による経済低迷,規制緩和,外資系の参入など生保会社を取り巻く環境が大 きく変化する中で,従来のマーケティング活動には限界が生じた。経営環境 の変化は生保会社にマーケティングのイノベーションを求めており,従来と 異なったアプローチのマーケティング戦略の展開を促している。
そこで,本稿は1990年代半ば以降の規制緩和により生命保険マーケティン グにどのようなイノベーションが起きたのかについて考察することとしたい。
そのために,まず,1995年保険業法改正から近年に至るまでの生命保険業に おける規制緩和について概観する。次に,規制緩和により生命保険市場にど のような変化が生じたのか,累積集中度およびハーフィンダール・ハーシュ マン指数を用いて分析する。最後に,保険自由化20年間を通して,生命保険 マーケティングにどのようなイノベーションが起きたのか,関係性マーケテ ィングの展開,販売チャネルの多様化および競争手段としての価格戦略とい った⚓つの視点から,考察する。
1) 保険業においては基本的に商品開発に特許がないため,新商品が発売される と他社に真似られるので,商品の差別化が難しい。
⚒.生命保険業における自由化
戦後日本の生命保険業は敗戦により大きな打撃を受けたため,業界再建や 産業全体の安定性の優先が保険行政の政策課題として位置づけられ,商品や 価格に関する認可制などに代表される護送船団行政が展開されてきた。この ような保険行政はその後約半世紀ほど続いたが,1995年保険業法改正を機に 大きな転換点を迎えることとなった2)。①まず,生損保の子会社方式による 相互参入が可能となり,これを受けて,1996年10月に損害保険会社11社が生 保子会社を設立した。②次に,保険仲立人(ブローカー)制度が導入され,
生命保険募集人の⚑社専属制の見直しが実施された。生命保険募集人のうち,
一定の資格を持つ代理店が⚒社以上の生保会社の代理店として販売すること が可能となった。③さらに,標準責任準備金制度が導入され,責任準備金の 評価に標準利率が適用され,生命保険各社は標準利率などに基づいて独自に 予定利率を設定するようになった。また,配当については,配当申請書が配 当届出書となり認可から外れた。
生命保険業における規制緩和は2000年代に入ってからさらに進んだ。①ま ず,従来は外資系や中小の国内生保会社に優先販売権が与えられた,傷害・
疾病・介護などいわゆる第三分野の保険について,2001年⚑月に大手生保会 社と損害保険会社の生保子会社の参入が解禁された(単品として販売するこ とが可能となった)。②次に,銀行等における保険の販売(いわゆる銀行窓 販)が2001年⚔月から段階的に解禁され,2007年12月に全面解禁となった
(表⚑参照)。③さらに,配当については,2002年から80% という配当比率 2) 1960年代以降の資本自由化の流れの中で,日本政府は生命保険市場への外資 系企業の参入を認めるようになり,アメリカンライフ社(アリコ)が1972年に 外国保険会社として戦後初めて日本人向け円建て保険販売の認可を受け,支店 形態で日本市場への進出を果たした。その後1974年にはアメリカンファミリー
(アフラック)が事業免許を受け,さらに翌1975年には西武流通グループと米 国のシアーズ・ローバック及びオールステート会社との折半出資による合弁会 社として西武オールステート生命が設立された。宇佐見(1984),436-438頁。
規制が20%に引き下げられた。④保険料については,2006年⚔月から基礎書 類で事業費を記載しなくてもよくなったことから,付加保険料が保険商品の 認可対象から外れ,事後的なモニタリング制度に移行した。これを受けて 2008年にネット販売専門の生命保険会社⚒社が誕生した。
⚓.自由化と生命保険市場の変化
前述したように,日本の生命保険業においては1990年代半ば以降規制緩和 が進められ,生保会社を取り巻く競争環境が大きく変化した。本章では,自 由化20年を通して,生命保険市場がどのように変化したのかを,市場構造指 標をキーワードに,累積集中度とハーフィンダール・ハーシュマン指数3) 3) ハーフィンダール・ハーシュマン指数(HHI)は,個別事業者ごとに当該事 業者の事業分野占拠率(%)を二乗した値を計算し,これを当該品目に係る全事 業者について合計したものであり,その算出式は次のとおりである(公正取引 委員会 HP より引用)。
Ci:i 番目の事業者の事業分野占拠率(%) n:事業者数 表⚑ 銀行等での保険販売にかかわる規制緩和の流れ
出典:金融庁 HP より作成。
時 期 銀行等が販売できる保険商品の範囲
2001年⚔月 住宅ローン関連の長期火災保険,信用生命保険,債務返済支援保 険,海外旅行傷害保険
2002年10月 個人年金保険(定額,変額),財形保険,年金払積立傷害保険,
財形傷害保険
2005年12月 一時払終身保険,一時払養老保険,保険期間10年以下の平準払養 老保険,貯蓄性の生存保険,自動車保険以外の個人向け損害保険,
積立傷害保険など
2007年12月 生命保険,損害保険,第三分野の保険(すべての保険商品)
(以下 HHI とする)を用いて分析することとする。
⑴ 保険料収入による累積集中度および HHI
まず,保険料収入に関する上位10社のマーケットシェアについて,1990年
~2015年の⚕年ごとの数値をまとめたのが表⚒である。1990年代までは国内 生保会社が上位を独占したが,2000年代に入ってからはバブル崩壊後の逆ザ ヤなどにより国内生保会社が相次いで破たんしたことを背景に,外資系企業 がマーケットシェアを大きく伸ばした。また,保険の銀行窓販解禁を機に設 立された会社(例えば,第一フロンティア生命や三井住友海上プライマリー 生命)や銀行窓販を販売チャネルとして積極的に活用した会社(例えば,明 治安田生命)のマーケットシェアが増加した。
次に,表⚓は累積集中度と HHI をまとめたものであるが,この表から以 下のようなことが明らかになった。①2000年代は1990年代に比べて,累積集 中度と HHI がそれぞれ減少しており(2000年と2010年を除く),これは生命 保険市場がより競争的になっていることを意味する。②2000年と2010年の累 積集中度と HHI が増加したが,2000年の場合は,国内生保会社の相次ぐ破 たんで生保会社数が減少したことによるもので,2010年の場合は,2007年の かんぽ生命の民営化によるものであると考えられる。
⑵ 保有契約高による累積集中度および HHI
以下の表⚔と表⚕はそれぞれ保有契約高に関する,上位企業のマーケット シェアと累積集中度・HHI を1990年~2015年の⚕年ごとの数値をまとめた ものである。保有契約高については,死亡保障商品を主力とする会社が上位 を占めており,上位⚕社は25年間にわたってほとんど変わってない。累積集 中度と HHI については,経営破たんによる会社数の減少に伴う場合(2000 年)と合併(明治生命と安田生命)による場合(2005年)を除くと,低下傾 向にある。
表⚒ 保険料収入による上位企業のマーケットシェア
出典:保険研究所⽝インシュアランス生命保険統計号⽞(各年版)より作成。
1990年 1995年 2000年 2005年 2010年 2015年
① 日 本 18õ7 日 本 19õ8 日 本 22õ4 日 本 17õ1 かんぽ 21õ3 日 本 16õ1
② 第 一 13õ5 第 一 13õ2 第 一 14õ5 第 一 12õ0 日 本 14õ2 かんぽ 14õ3
③ 住 友 11õ8 住 友 11õ4 住 友 12õ3 住 友 10õ6 明治安田 11õ4 明治安田 8õ9
④ 明 治 8õ7 明 治 8õ7 明 治 8õ9 明治安田 9õ4 第 一 8õ9 住 友 8õ0
⑤ 朝 日 6õ5 朝 日 6õ0 安 田 5õ8 アリコ 4õ8 住 友 8õ7 第 一 7õ6
⑥ 三 井 5õ5 安 田 5õ9 朝 日 5õ2 ハートフォード 4õ2 アフラック 4õ0 第一フロンティア 4õ4
⑦ 安 田 5õ1 三 井 5õ4 三 井 5õ0 アフラック 3õ6 アリコ 3õ3 アフラック 3õ9
⑧ 太 陽 4õ2 太 陽 4õ3 太 陽 4õ3 三 井 3õ4 ソニー 2õ2 メットライフ 3õ9
⑨ 東 邦 4õ2 大 同 3õ7 大 同 4õ2 大 同 3õ1 太 陽 2õ1三井住友プライマリ 3õ4
⑩ 千代田 3õ7 千代田 3õ2 富 国 2õ9 富 国 3õ0 大 同 2õ1 ジブラルタ 3õ2
(単位:%)
表⚓ 保険料収入による生命保険会社の累積集中度・HHI
1990年 1995年 2000年 2005年 2010年 2015年 累積集中度
上位⚑社 18õ7% 19õ8% 22õ4% 17õ1% 21õ3% 16õ1%
上位⚓社 44õ0% 44õ4% 49õ2% 39õ7% 46õ9% 39õ3%
上位10社 81õ9% 81õ6% 85õ5% 71õ2% 78õ2% 73õ7%
HHI 933 949 1ó091 774 1ó009 779
出典:保険研究所⽝インシュアランス生命保険統計号⽞(各年版)より作成。
⑶ 総資産による累積集中度および HHI
以下の表⚖と表⚗はそれぞれ総資産に関する,上位企業のマーケットシェ アと累積集中度・HHI を1990年~2015年までの⚕年ごとの数値をまとめた ものである。まず,上位企業については,前述の保険料収入による分析結果 と同様に,外資系企業の割合が大きく増加した。次に累積集中度と HHI に ついては,経営破たんによる会社数の減少に伴う場合(2000年)とかんぽ生 命の民営化による場合(2010年)を除くと,低下傾向にあるが,HHI の数 値が1ó000を上回っているため,前述の保険料収入と保有契約高による分析
表⚔ 保有契約高による上位企業のマーケットシェア
出典:保険研究所⽝インシュアランス生命保険統計号⽞(各年版)より作成。
1990年 1995年 2000年 2005年 2010年 2015年
① 日 本 20õ9 日 本 20õ4 日 本 22õ7 日 本 22õ3 日 本 20õ8 日 本 19õ3
② 第 一 14õ8 第 一 14õ4 第 一 16õ5 明治安田 17õ4 明治安田 15õ9 明治安田 14õ8
③ 住 友 13õ7 住 友 13õ3 住 友 14õ5 第 一 16õ6 第 一 15õ7 第 一 13õ2
④ 明 治 9õ4 明 治 9õ7 明 治 10õ2 住 友 12õ8 住 友 11õ3 住 友 9õ7
⑤ 安 田 6õ6 安 田 6õ6 安 田 8õ5 三 井 4õ1 大 同 3õ6 ソニー 3õ6
⑥ 朝 日 6õ5 朝 日 6õ0 朝 日 6õ2 朝 日 3õ5 富 国 3õ5 かんぽ 3õ6
⑦ 三 井 5õ8 三 井 5õ5 三 井 5õ5 大 同 3õ5 三 井 3õ3 大 同 3õ4
⑧ 太 陽 5õ0 東 京 4õ5 大 同 3õ1 富 国 3õ3 ソニー 2õ8 富 国 3õ3
⑨ 協 栄 3õ2 千代田 3õ2 富 国 2õ9 ソニー 2õ1 朝 日 2õ6 ジブラルタ 2õ9
⑩ 大 同 2õ5 協 栄 3õ2 アクサ 1õ5 太 陽 1õ7 プルデンシャル 2õ2 プルデンシャル 2õ8
(単位:%)
表⚕ 保有契約高による生命保険会社の累積集中度・HHI
1990年 1995年 2000年 2005年 2010年 2015年 累積集中度
上位⚑社 20õ9% 20õ4% 22õ7% 22õ3% 20õ8% 19õ3%
上位⚓社 49õ4% 48õ4% 53õ7% 56õ3% 52õ4% 47õ3%
上位10社 88õ4% 86õ8% 91õ6% 87õ3% 81õ7% 76õ6%
HHI 1ó110 1ó067 1ó267 1ó312 1ó140 963 出典:保険研究所⽝インシュアランス生命保険統計号⽞(各年版)より作成。
結果より集中度が高いことが明らかになった。
⚔.生命保険マーケティングのイノベーション
戦後日本の生命保険業に対して,政府は護送船団行政を展開し,産業全体 の安定性を最優先した。この保険監督規制の特徴は,保険料率の画一化と中 小保険会社の保護であった。具体的には,商品・料率の認可制の下で,各社 一斉保険料率引き下げ認可方式を通して生保会社に対して厳格な価格規制を 行うと同時に,保険料の事後清算の意味を持つ契約者配当についても厳しく
表⚖ 総資産による上位企業のマーケットシェア
出典:保険研究所⽝インシュアランス生命保険統計号⽞(各年版)より作成。
1990年 1995年 2000年 2005年 2010年 2015年
① 日 本 20õ9 日 本 20õ9 日 本 24õ5 日 本 24õ1 かんぽ 31õ7 かんぽ 22õ2
② 第 一 14õ6 第 一 14õ6 第 一 17õ6 第 一 15õ5 日 本 15õ3 日 本 17õ3
③ 住 友 12õ6 住 友 12õ5 住 友 13õ2 明治安田 12õ6 第 一 9õ7 明治安田 10õ0
④ 明 治 8õ6 明 治 8õ9 明 治 9õ7 住 友 10õ7 明治安田 7õ9 第 一 9õ8
⑤ 朝 日 6õ7 朝 日 6õ5 朝 日 6õ2 三 井 3õ9 住 友 7õ2 住 友 7õ5
⑥ 三 井 5õ4 三 井 5õ5 安 田 5õ7 大 同 3õ1 三 井 2õ4 ジブラルタ 3õ0
⑦ 安 田 4õ7 安 田 4õ9 三 井 5õ4 太 陽 3õ1 アリコ 2õ1 アフラック 2õ9
⑧ 千代田 3õ9 千代田 3õ4 太 陽 4õ0 朝 日 3õ0 アフラック 2õ0 メットライフ 2õ7
⑨ 太 陽 3õ7 太 陽 3õ4 大 同 3õ3 富 国 2õ7 富 国 1õ8 ソニー 2õ2
⑩ 東 邦 3õ6 協 栄 3õ1 富 国 2õ7 アリコ 2õ6 朝 日 1õ8 アクサ 1õ9
(単位:%)
表⚗ 総資産による生命保険会社の累積集中度・HHI
1990年 1995年 2000年 2005年 2010年 2015年 累積集中度
上位⚑社 20õ9% 20õ9% 24õ5% 24õ1% 31õ7% 22õ2%
上位⚓社 48õ1% 48õ0% 55õ3% 52õ2% 56õ7% 49õ5%
上位10社 84õ7% 83õ7% 92õ3% 81õ3% 81õ9% 79õ5%
HHI 1ó045 1ó104 1ó319 1ó175 1ó488 1ó105 出典:保険研究所⽝インシュアランス生命保険統計号⽞(各年版)より作成。
規制した4)。その結果,販売チャネルや新商品開発といった非価格競争手段 がマーケティング戦略上重要となった。実際,料率規制により超過利潤を得 た大手生保会社は販売チャネルの拡大に奔走し,女性営業職員の大量導入
新契約獲得契約高の増大マーケットシェアの拡大といった図式が大手生 保会社において顕然としたものであった。大手生保会社では,女性営業職員 を主力販売チャネルとし,収益性の高い死亡保障商品を大量に販売するマー ケティング戦略が展開されてきた5)。
一方,国内中小生保会社の場合,大手生保会社と異なる商品や販売チャネ ル戦略を展開する特化型の会社がある。たとえば,太陽生命は戦後短満期の 貯蓄型保険を武器に急成長した会社である。大同生命は純保行政6)を機に,
1970年代に入ってから中小企業経営者や個人事業主向けの定期保険中心の商 品戦略に転換し,中小企業市場というニッチマーケットをターゲットとした。
販売チャネルについても,全法連や納税協会といった法人会と提携し営業職 員が対面販売を行うほかに,中小企業に経営指導・税務指導を行う TKC や 4) 旧保険業法(1995年改正前)には契約者配当に関して,生命保険相互会社の 剰余金は原則として社員(契約者)にすべて還元するという規定があり,実際,
各社ともに剰余金の99%前後を社員配当準備金に繰り入れてきた。田中
(2001),32-33頁。
5) 大手生保会社では,コストの高い営業職員チャネルを維持するために収益性 の高い死亡保険を主力とする商品戦略が展開されたが,個別企業の商品ポート フォリオに相違がみられた。戦後生保会社においては養老保険による均一的状 況から出発して,1960年代から70年代にかけて主要生保会社間でも均一とは言 えない状態になった。たとえば日本生命は定期付養老保険を中心とした商品戦 略を展開していたが,第一生命は定期付養老保険と定期付終身保険の⚒つを主 力商品とした。しかし,このような商品ポートフォリオの相違は,1980年代に 入ってからは小さくなり,再び均一化が生じた。金(2001),104-105頁。
6) 1960年代以降資本の自由化が漸次実施されたが,保険が自由化業種となった のは1969年⚓月⚑日の第⚒次資本自由化実施の時であった。保険の自由化指定 に先立ち,当時の監督官庁であった大蔵省が自由化促進に対応して,1968年⚗
月に⽛責任準備金の充実について⽜の通達を生命保険各社に出し,これまで責 任準備金の積立については20年チルメル方式が原則となっていたが,漸次純保 険料式に移行することを要請した。宇佐見(1984),368-369頁。
税理士を販売代理店とした。
外資系生保会社に関しては,1970年代に入ってから日本市場に参入しはじ めたが,当時の監督官庁の大蔵省が外国生保会社の営業を認可する基本的条 件として,本国における財務の健全性に加え,マーケティング面での斬新さ,
つまり日本の生保会社にない商品や販売方法などを要求したため,アリコ
(現在のメットライフ)は無配当保険,アフラックはがん保険を販売し,西 武オールステート生命(現在のジブラルタ生命の前身の⚑つ)は店頭販売と いった販売チャネルを採用した7)。
このように,外資系や国内中小生保の中には特色のあるマーケティング戦 略を展開する会社があったが,大手生保に関しては,似通った商品を同じ価 格で女性営業職員を通して大量販売する横並びのマーケティング活動を展開 してきた。しかし,大手生保会社の契約高拡大至上主義のマーケティング戦 略は,バブル崩壊後限界が生じ,1990年代半ば以降の自由化によりターニン グポイントを迎えることとなった。
⑴ 関係性マーケティングの展開
バブル崩壊後,新契約が伸び悩み,保有契約高も1997年に戦後初めて減少 し,さらに市場金利の低下による資産運用の逆ザヤが続く中,生保会社の収 益が悪化した。その中,日産生命をはじめ数社の生保会社の破たんにより,
生保会社の経営健全性に対する消費者の意識が高まり,ソルベンシーマージ ン比率や格付けなど生保会社を評価する目が従来より厳しくなった。大手生 保会社も多額の逆ザヤを抱えることとなり,また,従来の販売チャネルの拡 大を中心とした新契約・保有契約高の増大といったマーケティング戦略に限 界が生じた。敷衍してみると,新契約率の減少と解約・失効率の上昇が同時 進行し(例えば,図⚑の日本生命と図⚒の明治安田生命の新契約率と解約失 効率の推移を参照),営業職員数を増やしても契約高の増大をもたらさなく 7) 生命保険新実務講座編集委員会・財団法人生命保険文化研究所編(1990),
144-146頁。
なるような状況が生じた。さらに,保険契約の転換およびセット商品である 定期付終身保険に対するマスコミの批判が高まるなど,生保会社は多くの課 題を抱えていた。このように生保会社を取り巻く環境が大きく変化し,新契 約の大幅な増加が見込まれない状況の下では,マーケティングの目標を新契 約の拡大による保有契約高の増加から,顧客の創造と維持,顧客と企業の相 互利益の達成へと転換させ,マーケティングのイノベーションを行う必要が あった。
そこで,優良顧客を獲得するために,一定基準以上の高額契約に対して保 険料を割り引く制度を導入したり,顧客囲い込み戦略として契約者単位の割 引制度を設ける会社が相次いだ。例えば,日本生命の⽛ニッセイ保険口座⽜,
第一生命の⽛生涯設計ドリームパッケージ⽜,住友生命の⽛スミセイライフ マイレージサービス⽜などである。
さらに,⽛生涯一契約⽜を謳い文句とし,⚑つの契約の中で保障と保険料 の見直しが毎年できる,従来にない画期的な商品であるアカウント型商品を 発売する会社が現れた8)。アカウント型商品を最初に発売したのは明治生命
(当時)であり,同社が開発した⽛ライフアカウント LõAõ⽜は,アカウン トいう新しい仕組みを導入し,これによって保障部分と貯蓄部分が明確化さ れ,契約者は自分のライフステージに合わせて保障部分と貯蓄部分の内訳を 自由に決めることができる。主契約のアカウントには貯蓄機能と保険料調整 機能があり,アカウントに払い込まれた毎回の保険料は,その中から必要な 保障の特約保険料に充当され,残った部分は利息をつけて積み立てられる。
このようにアカウント型商品は,生保会社が契約者と長期にわたるリレーシ ョンシップを構築することを目指すもので,契約者側にとっては自分のライ フステージに合わせて少ない負担で保障の見直しができること,生保会社側 8) 明治生命(当時)が2000年に⽛ライフアカウント L.A.⽜,2001年に住友生命 が⽛LIVE ONE(スミセイ総合生活口座⽝ライブワン⽞),朝日生命が⽛保険 王⽜,三井生命が⽛ザ・ベクトル⽜,第一生命が⽛堂堂人生⽝保険工房⽞⽜,を発 売した。
としては契約者との長期的な取引によって安定的な収益の向上を実現するこ とが期待できる。その後,保険契約の利便性,自在性を求める顧客のニーズ に応え,さらに成熟市場における顧客との長期的な関係を維持・強化するた めに,単品の商品を自由に組み合わせるタイプの商品が発売された9)。
また,顧客との長期的な関係を構築するための方法として,商品の仕組み だけではなく販売チャネルにインセンティブを与えることも重要であり,顧 客維持率を改善するために営業職員の給与体系を抜本的に見直し,営業職員 が受け持つ契約者の数などに応じて給与が増減する⽛契約継続給⽜を導入し たり(例えば明治生命),契約者フォロー体制を強化するために扱者退社契 約を対象にフォローを行うチャネルとして⽛お客様サービス担当制度⽜を導 入する企業(例えば第一生命)が現れた。
以上のように,大手生保は契約者との長期にわたるリレーションシップの 構築・維持に注力した結果,解約・失効率は2000年代に入ってから減少傾向 に転じることとなった(図⚑および図⚒参照)。
9) 例えば,日本生命が2012年に⽛みらいのカタチ⽜,明治安田生命が2014年に
⽛ベストスタイル⽜を発売した。
(注①:新契約率は,個人保険と個人年金の新契約高の合計で個人保険と個人年金 の年始保有高の合計を割ったものである。
②:解約失効率は,個人保険と個人年金の解約・失効額の合計で個人保険と個 人年金の年始保有高の合計を割ったものである。
出典:保険研究所⽝インシュアランス生命保険統計号⽞(各年版)より作成。
図⚑ 日本生命における新契約率と解約失効率の推移
(注①:2003年までの数値は,明治生命と安田生命の数値を合算したものである。
②:新契約率は,個人保険と個人年金の新契約高の合計で個人保険と個人年金 の年始保有高の合計を割ったものである。
③:解約失効率は,個人保険と個人年金の解約・失効額の合計で個人保険と個 人年金の年始保有高の合計を割ったものである。
出典:保険研究所⽝インシュアランス生命保険統計号⽞(各年版)より作成。
図⚒ 明治安田生命の新契約率・解約失効率の推移
⑵ 販売チャネルの多様化
自由化20年により,生命保険マーケティングのイノベーションとして,特 筆すべきことは,販売チャネルの多様化である。
前述したように,戦後長らく大手生保を中心に女性営業職員が主力販売チ ャネルであった生保業界に変革をもたらしたきっかけとして次の⚓つが考え られる。
⚑つ目は,1995年保険業法の改正である。これにより生命保険募集人の⚑
社専属制が緩和され,一定の資格を持つ代理店が⚒社以上の生保会社の代理 店として販売することが可能となった。すなわち,乗合代理店が認められる ようになった。顧客側にとって,乗合代理店の最大メリットは,複数の保険 商品を同時に比較することができ,自分のニーズに合った商品を選択できる ことである。図⚓からわかるように,保険代理店経由での生命保険加入者の 割合は,保険業法改正前の2õ9%(1994年)から上昇し,2015年には13õ7%
となった。
⚒つ目は,保険の銀行窓販の解禁である。前述したように,2001年から段 階的に解禁された銀行窓販に関しては,2006年頃までは個人年金保険が主な 販売商品で,外資系や損保系といった自社専属の販売チャネルを持たない生 保会社が銀行などの金融機関代理店に販売を委託した10)。その後,大手生保 会社においても,銀行窓販に特化した子会社の設立11),銀行窓販専用商品の 開発など,積極的な取り組みがみられた。その結果,銀行窓販経由の生命保 険の加入率は2000年の1õ3%から2015年の5õ5%に増加した(図⚓参照)。
⚓つ目は,通信販売・ネット販売の登場である。通信販売は,外資系とし て最初に日本市場に参入したアリコジャパン(現在のメットライフ)が1976 10) 例えば,ハートフォード生命,三井住友海上メットライフ生命,東京海上日
動フィナンシャル生命などである。
11) 例えば,第一生命は2006年に第一フロンティア生命を設立した。その他に,
富国生命が2008年に共栄火災しんらい生命の株式の80%を取得し信用金庫を中 心とする金融機関チャネル専門会社としてスタートさせたフコクしんらい生命 などがある。
年に開始したのが始まりである12)。インターネットによる生命保険の販売は 2003年にアリコジャパン(現在のメットライフ)が開始したが,当時インタ ーネットの世帯普及率が限定的で,通信販売の方が効率が良かったことから 取り扱いが停止となった13)。その後2008年にネット専業の生保会社である SBI アクサ生命(現在のアクサダイレクト生命)とライフネット生命が設立 されたことを機に,他の生保会社もネット販売を始めるようになった。通信 販売・ネット販売は,取り扱われている商品の内容がシンプルで,保険料が 安いことから加入者が増加し,現在は,⽛営業職員⽜,⽛保険代理店⽜に次い で⚓番目である(図⚓参照)。
以上のように,生命保険の加入経路に関しては,1990年代までは⽛営業職 員⽜が約⚙割であったが,2000年代に入ってからは減少し,2015年には60%
を下回り,女性営業職員一辺倒から販売チャネルの多様化が進むようになっ た。
12) 生命保険新実務講座編集委員会・財団法人生命保険文化研究所(1990),234 頁およびメットライフ生命 HP 参照。
13) 狐塚(2016),66頁。
出典:生命保険文化センター ⼨生命保険に関する全国実態調査⼩ (各年版)より作成。
図⚓ 生命保険の加入チャネル
⑶ マーケティング競争手段としての価格戦略
前述したように,従来保険料率及び配当については認可制により全社画一 的であり,マーケティング戦略上競争手段として位置づける余地がほとんど なかったが,1995年保険業法改正から漸次規制緩和が進められた。
まず,保険料については,標準責任準備金制度の導入により,生命保険各 社は責任準備金の標準料率などに基づいて独自に予定利率を設定できるよう になり,標準料率の改定に伴い予定利率の改定を行っているが,改定幅や改 定時期,改定対象商品などにおいて会社間に相違がみられている。例えば,
2017年⚔月標準利率が⚑%から0õ25%に引き下げられたが,主要生保会社の 対応は表⚘のとおりである。この表からわかるように,同じタイプの商品に ついても各社の予定利率が異なっており,例えば,⚕年ごと配当の終身保険 の予定利率については,第一生命の場合0õ9% であることに対して,朝日生 命の場合0õ3% である。また,予定利率以外の計算基礎率(予定死亡率な ど)の引き下げにより主力商品の保険料率を引き下げる会社もあり,各社の 価格戦略の相違が顕在化した。
また,2006年の付加保険料自由化により,販売チャネルの低コストを反映 させた低廉な保険料を武器に成長したネット販売専門の生保会社の出現は,
生命保険マーケティングのイノベーションといえよう。ネット販売は,家計 の所得が伸び悩む中で安い保険料で必要な保障を備えたい顧客のニーズにマ ッチしており,生命保険の販売チャネルとして存在感を高めている14)。
次に,保険料の事後清算的な意味をもつ契約者配当についてみてみよう。
前述したように,配当比率規制が2002年に80% から20% に引き下げられ,
生保会社間の配当格差が拡大するようになり,顧客の保険料負担の軽減とい った価格戦略における契約者配当の重要性が増している。以下の図⚔は主要 14) インターネット経由の生命保険加入者の割合については,前述の生命保険文 化センター⽝生命保険に関する全国実態調査⽞の場合,2012年の4õ5%から 2015年の2õ2%に減少したが,ニッセイ基礎研究所が2016年12月に行った調査 では7õ0%であった(井上(2017),⚒頁)。
生保会社のディスクロージャー資料で公表されている利差配当の配当基準利 回りである利差配当率の推移をまとめたもので,図⚕は利差配当率の最も高 い会社と最も低い会社の差を表したものである。これらの図から,近年契約 者配当(利差配当)については,大手生保と中堅生保との間だけではなく,
大手生保間でも格差が存在することが明らかになった。
表⚘ 主要生保会社における2017年⚔月の予定利率の改定
(注:平準払契約の予定利率の改定である。)
出典:各社 HP より作成。
毎年配当 ⚕年ごと配当 無配当 その他
日 本
こども,年金0õ85
%,終身,長期定 期,終身⚓大疾病,
終身医療,終身が ん0õ4%
定期,身体障がい 保障,継続サポー ト⚓大疾病保障な ど改定なし
第 一 終身,養老,こ
ども0õ9%,個人 年金0õ9%
保険料を引き下げ た保障型商品の発 売
明治安田 0õ40% 0õ55% 0õ75% 主力商品の保障型 商品の保険料引き 下げ
住 友 0õ65% 0õ70%
三 井 0õ40% 0õ60%
朝 日 0õ25% 0õ30% 0õ35%
富 国 災害給付金付個人
年金0õ9% 学資0õ9%,養老
0õ4% 定期0õ6% 特約組立型総合保 険,医療・終身医 療は据え置き
メットライフ 終身0õ6%
アフラック 定期0õ65%,終
身,終身介護年 金0õ5%
(注:毎年配当タイプ,保険料平準払,予定利率1õ5%の個人保険・個人年金の利 差配当率である。)
出典:各社ディスクロージャー資料より作成。
図⚔ 主要生命保険会社の利差配当率の推移
図⚕ 主要生保会社の利差配当率の格差
(注:毎年配当タイプ,保険料平準払,予定利率1õ5%の個人保険・個人年金の利 差配当率に関する,図⚔の生保会社⚘社のうち最高水準と最低水準の格差で ある。)
出典:各社ディスクロージャー資料より作成。
⚕.おわりに
以上,本稿では,1990年代半ば以降の規制緩和により生命保険マーケティ ングにどのようなイノベーションが起きたのかを考察した。論文を結ぶにあ たって,明らかにした分析結果を要約的に述べておきたい。
第一に,生命保険市場の変化については,生保会社の破たんが相次いだ年 を除くと,累積集中度と HHI が低下傾向にあり,競争的になりつつあると いえる。
第二に,大手生保を中心に展開された,女性営業職員を大量に導入し新契 約高の増大を図る契約高拡大至上主義のマーケティング活動はバブル崩壊後 限界が生じ,顧客と長期にわたる関係性を構築・維持・強化する関係性マー ケティングが展開されるようになった。そのための取組みとして,契約者単 位の割引制度の導入,利便性・自在性を高めたアカウント型商品の開発,営 業職員の受け持つ契約者数に連動する給与体系の構築などが挙げられる。
第三に,販売チャネルの多様化が進行した。1995年保険業法改正後の乗合 代理店の登場,保険の銀行窓販解禁,付加保険料自由化後のネット販売専門 会社の誕生などにより,生命保険の加入経路に関しては,1990年代までは
⽛営業職員⽜が約⚙割であったが,2000年代に入ってからは減少し,2015年 には60%を下回るようになり,⽛営業職員⽜⽛保険代理店⽜⽛銀行窓販⽜⽛通 信・ネット販売⽜といった販売チャネルの多様化が進んだ。
第四に,価格戦略がマーケティング競争手段として使われるようになった ことである。標準責任準備金制度の導入により生保会社は責任準備金の標準 料率などに基づいて独自に予定利率を設定できるようになり,各社の予定利 率に相違がみられた。また,付加保険料自由化により販売チャネルの低コス トを反映させた低廉な保険料を武器としたネット販売の生保会社が現れた。
最後に,配当に関しては,2002年に配当比率規制が80%から20%に引き下げ られた後,各社の配当水準の格差が顕在化した。
(筆者は久留米大学教授)
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ホームページ
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