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雑誌名 教育実践研究指導センター研究紀要

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(1)

障害・発達の遅れのある子どもの行動理解 −発達 の質的な「節」と子どもの行動理解−

著者 田辺 正友

雑誌名 教育実践研究指導センター研究紀要

巻 7

ページ 23‑36

発行年 1998‑03‑31

その他のタイトル Appreciation on Behavior with the

Developmental Critical Period in Handicapped Children

URL http://hdl.handle.net/10105/4316

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一発達の質的な「節」と子どもの行動理解I

田 辺 正 友 (奈良教育大学障害児教育教室)

Appreciation on Behavior with the Developmental Critical Period in Handicapped Children

Masatomo TANABE

(Department of Education for Handicapped Children, Nara University of Education)

要旨:障害・発達の遅れのある子どもが示す行動の理解に当たっては、その行動が、なぜ、どの ようにして、生じてくるのか、さらには、その行動が、本人にとってどういう意味をもつ行動な のか、といった視点からの検討が必要である。本稿では、こうした問題を、発達の質的な「節」

と関連させて捉え、そこに教育の果たしている意味・役割を検討した0

辛‑ワ‑ド:発達の質的な「節」、行動理解

1.はじめに

一人ひとりの子どもを理解し、そこから教育的な関わりや働きかけの内容・方法を創造してい くためには、子どもの外にあらわれた行動の諸事実をそれとして把握しているだけでは不十分で ある。子どものあれこれの行動が、なぜ、どのようにして、生じてくるのか、さらには、その行 動が発達という坂道を登っている子ども本人にとってどういう意味をもつ行動であるのかについ ての検討がなされる必要がある。子どもたちを「外側」からだけでなく「内側」からも理解して

いくことがたいせっにされなければならないといえよう。

障害や発達の遅れのある子どもたちとの療育や相談活動を行うなかで、子どもたちや保護者か ら多くのことを学ばせてもらった。その一つが、 「子どもの世界を理解し、子どもの思いをしっ かりと受けとめられるおとな(親・教師)がいれば、子どもたちもきっと応えてくれる」のだと いうことである。子どもの世界、子どもの興味・関心におとなが合わせていくから、子どももお となに合わせてくるのだということである。それにしても、昨今の保育・教育があまりにも、子 どもの要求不在のところから出発しすぎてはいないだろうか。子どもを理解することなく、その 子の願いを理解することなく、 「教える」ことだけが一人歩きしてはいないだろうか。

2.発達の質的な「節」と子どもの行動理解

2.1.発達の質的な「節」について

子どもたちは、人・物といった外界からの働きかけをどのように受け止めているのだろうか、

外界をどのように見て、どのように働きかけているのだろうか。このような見方でみてみると、

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乳児からおとなになるまでには、いくつかの質の異なる発達の「節」ともいえる時期(大きな変 わり目)が取り出せるのである。発達の「節」は、周囲の環境をこれまでと違った新しい視点で 見ようとする時期といえよう。子どもたちの発達というのは、こうしたいくつもの「節」を一つ ひとっ自分のものにしていく過程だといっていいのではないだろうか。そして、発達のそれぞ れの時期には、他の時期にはない固有の心のあり方がある。子どもには子どもなりの思いやつも りがあるのだが、この辺のことがおとなにはなかなか理解しにくいようである。そして、大人側 の一方的な思いやつもりで子どもに何かさせようとすると、 「イヤ」と厳しい反応が返ってくる ことになるのである。子どもの思いやつもりを上手に受け入れている親や教師もいれば、親や教 師のつもりを押しつけて、毎日、子どものつもりと衝突になってしまっている場合も多い。

発達の「節」は、子どもたちの世界が著しい変化をとげる飛躍の時期である。と同時に、この 時期は、おとなたちからみれば『困った行動』の出現しやすい時期でもあるといわれている。発 達の「節」を乗り越えることは、総ての子どもにとって困難なことであって、それだけに周囲の おとなの適切な関わりを欠くことができないのである。 『困った行動』、 『問題』といわれる行動 だけを切り離して、それを単に禁止・制限する対象としてみてしまうのではなく、その行動が子 どものどのような心の働きから起こっているのか、どのような状況で起こりやすいのかといった ことに目を向けることが重要なのである。行動上の『問題』の原因に障害があることも確かであ る。障害や発達の遅れを持つゆえに育ちきっていない力が、時として、様々な発達上の『もっれ』

を引き起こすことがある。しかし、基本的には障害があっても、子どもたちのそれぞれの時期の 心の働きゆえにあらわれてくる行動なのだといった理解の仕方がたいせつにされなければならな い。発達の「節」と関わって子どもたちの行動を捉え直し、そこに教育の果たしている意味・役 割を検討してみることが必要であろう。

(1)子どもたちは、人とか物といった外界をどのように捉え、考え、関わって自分の世界を 築き、広げていくのか(2)そうした歩みを進めていく上で、障害や発達の遅れのある場合に は、どのような困難が生じてくるのか(3)そして、そうした困難を乗り越えていくために、

わたくしたちおとなは、どのような援助が必要なのか。本稿では、こうした問題を、幼児期前期 (発達年齢、 1歳なかば頃)から幼児期後期への移行期(発達年齢、 5‑6歳)の子どもたちに ついて検討を試みる。

2.2.幼児期前期(発達年齢、 1歳なかば頃)の子ともの世界

乳児から幼児へ移行していくのが、おおむね1歳なかば頃である。乳児期に蓄えてきた発達の 力を土台に幼児の世界へ大きく飛躍していく精神発達上の重要な時期である。この時期は、直立 二足歩行、道具の使用、コミュニケーションのためのことばの使用といった、人間を他の動物か ら分かつ重要な指標となる活動が初歩的ではあるが、相次いで獲得されることから、発達の大き な「節」であることがしられてきた。

この時期の発達的特徴としては、いろいろな活動の場面で、 「‑ヲトッテ、モドッテクル」と

° ° ° ° ° ° ° ° ° ° ° ° ° ° °   ° ° ° °

いったようなスタイルの活動、つまり、目標や目的をもって方向を変える(方向転換)ことがで き始めることを指摘できる。道具の使い方もその道具らしい使い方ができるようになる。マジッ クや鉛筆で紙にグルグル丸を書いたり、スプーンを使ってごはんを食べる、ジョロで水をまく、

スコップで砂をすくうようになるのである。ことばも、人や物といった対象にしっかりと結びつ

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いた音声(「ママ」、 「パパ」、 「マンマ」、 「プープー」・ ・ ・)が現れ、動物の呼び方も分化して くる。欲しい物の名前も言えるようになる。また、たくさんの絵の中から「ワンワン、どれ?」

と聞くと、聞かれた物を指さしでこたえられるようになってくる。応答の指さし・可逆の指さし の出現である。

しかし、ここでたいせつなことは、この時期のこうした力(「できる」こと)は、これらのこ とが父親・母親など周囲の人々との関わりでしっかりと育まれ、自分自身のものになっていくと いうことである。そして、そうした活動を通して人格発達の基礎としての自我が誕生してくるの である。こうした歩行、道具やことばの操作における発達的自由さを獲得することによって、子 どもたちの活動に自由さが生まれる。そして、この自由さが、歩行やことばといった外的世界の 自由だけでなく、内的な世界の自由さをもたらし、そして、自我が誕生し、拡大(2歳前半)、

充実(2歳後半‑3歳)していくと考えられるのである。乳児期から幼児期へ移行するというこ とは、 「歩ける」、 「物・道具を操作できる」、 「ことばがしゃべれる」というだけでなく、内的な 世界も幼児期‑移行することを意味しているのである。いろいろな場面での活動やその活動の結 果を、身近な人と共感し、共有していく力が備わってきているか、さらに、行動に目標が持てる ようになっているのであるから、 「やりきろう」とか失敗したら「やり直そう」といった目標や

「イメ‑ジ」を持っ力が育ってきているか、粘り強さがでてきているかといった見方がたいせつ にされなければならない。

ピアジェ(Piaget, J.)は、幼児期に入ると子どもの世界が目の前にある「現実世界」だけで なく、もう一つの「頭の中の世界」 (目にみえない世界)を持つようになると考えている。見え なくともそのものの存在を頭の中に思い浮かべる力、つまり、見えないもう一つの世界を認識し ていく力(イメ‑ジの世界)の獲得である。そして、こうしたイメージする力は、ことばの土台・

基盤となる重要な力なのである。また、見えなくてもそのものの存在を頑の中に浮かべることが できるようになってくると、ことばでの支えで、次のことを予測してみとおしが持てるようになっ てくる。そうすると、子どもの行動に落ち着きがみられるようになる。また、散歩や遊びなどで も目標を設定したり、次への発展を示すことで期待感が高まったり、遊びがイキイキしてくるの である。そして、これが後述する2‑3歳の子どもたちの自分の思い・つもりを持った行動を展 開していく上での第一歩となるのである。

こうした内的世界が広がっていくと、日常生活では身近な人の行為やしぐさを遊びの中で再現 したりする。例えば、 「ネンネ」といって横になったり、空のコップをHにあてて飲むふりをす るといった「ふり行動・つもり行動」や積み木などを自動車のように動かして遊ぶといった、あ る物を別の物で代理させる「みたて行動」が目立ってくる。これらは、現存しない事物を現存の 事物やことばで表すといった力で、こうした内的イメージに支えられた「象徴遊び」は、時間的・

空間的制約からとき離され、子どもの精神的活動の世界を飛躍的に増大させていく上で重要な役 割を担っているのである。

乳幼児期の自我の発達と対人関係に注目している精神分析学者スピッツ(Spitz, R. A.)は、

幼児期への移行を「快楽原則」から「現実原則」への移行として捉えている。乳児期のように自 分にとって快いことだけを受け入れるのではなく、母親など自分にとってたいせつな人がいうこ とであれば、不快なこと嫌なことも受け入れていくといった自我の育ちを考えているのである。

1歳なかば頃になると、 「ジブンデ、ジプンデ」といったように自分でするという意欲が強まる

一方で、母親などから要求されたり、働きかけられたりすることをしっかりと受け止めて活動を

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転換していくこともでき始める。これも、身近な人のことばでの働きかけに合わせて「‑デ‑チ クーダ」といったように自分の行動をコントロールし方向転換していく力といえるのではないだ ろうか。

「歩ける」、 「ことばで話す」といったように「‑ガデキル」ということのなかで、そのことを 通して、あるいは、そのことの土台にどのような心の世界やどういう自分が育ちっっあるのかと

いうことをたいせつにしながら、子どもたちの発達の歩みをしっかりと見つめていくことが重要

・ ・ ・ ・ ・

である。新しいことができるようになるためには、それにふさわしい土台、力のつけ方が必要と されるのである。わたくしたちは、早く上手に歩けるようにとか、どうしたらよくしゃべれるよ うになるだろうかといったことにのみ目を向け、そして、 「‑シナサイ」、 「シテ‑ダメ」といっ た発達的には一歩前の一次元的押しつけや禁止で接しがちではないだろうか。子どもたちが、今 できることをじっくりと取り組ませる、待ってやるという気持ちの節つくりによって、気持ちの ふくらみを育てていくことがたいせつである。子どもの要求の先取りをして、何でも子どもが する前にしてしまっていては自主性は育たない。こうした力の育ちが弱いと自己の世界の確立に おいて広がりや深みが狭く浅いものになってしまいかねないのである。つぎつぎと次の段階の新 しい力の獲得をめざしてあせるのではなく、いま持っている力を使って、さまざまな人間関係や 条件のなかで、その使い方を広げる、変えてみるなどで、その力をより確かに子ども自身のもの

にしていくといった関わり・取り組みがたいせつにされなければならない。そして、こうした力

・ ・ ・ ・

の量的蓄積・拡大・充実が次の段階の新しい力の獲得、つまり、発達の「節」の獲得へと向かわ せる基盤になるのである。

こうした発達的特徴を踏まえて、この時期の子どもたちの行動を理解する上での基本的な留意 点について触れておきたい。 1歳なかば頃の「節」を乗り越えようとしている子どもたちによく 見られる、おとなからみれば『困った』行動に、 「多動」とか「人をたたく・つきとばす」とい った行動がある。子どもたちのこうした行動を『問題』行動と否定的に捉え、その行動を消去しょ

うとして、むやみに禁止・制限するといった安易な対症療法的な関わりになることは極力避ける ことが重要である。そうでないと、その子どもの伸びる力を押さえる、あるいは、発達の幅を狭 めてしまう結果を招くことになりかねないのである。この時期では、言いたいことがうまくこと ばで表現できないといったことが多い。 「してはいけない」ことは「いけない」ことできちっと 注意しなければならない。しかし、一方で、 「言いたいことがあるのに言えない」、 「人と関わり たいのにうまく関われない」のではないかといった見方も必要なのである。 1歳なかば頃の発達 の「節」を達成し幼児期へ歩み始める頃に、 「友達と一緒に遊びたい」、 「友達と手をつなぎたい」

などの要求を強めてくる。そういう要求を持ちながら具体的な関わり方・方法を身につけていな かったり、その経験の蓄積ができていないことによって起こってくる行動とも考えられるのであ

る。また、先に指摘した自己コントロ‑ルの力の発達的な弱さの問題が考えられるのであるO さらに、こうした行動は活動場面・内容と関わって現れてくることがある。保育場面でのある 活動から新しい活動へ変わろうとする時に、 「みとおし」を持って新しい活動への切り換えがで

きず、その結果、ウロウロ動き回る(多動)とか、日頃親切にしてくれる友達をたたくといった

行動となって現れたりもすることがある。一見したところ『何の理由もなく突然に』と思われる

が、その子なりの理由があるのである。 『問題』の行動だけを切り離して、その行動を禁止・制

止させる対象として見るのではなく、その行動が子どものどのような心の働きから起こってきて

いるのか、どんな状況で起こりやすいのかといったことへ目を向けていくことが重要である。

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次に、幼児期前期の発達の「節」における障害・発達の遅れとその理解に関わる問題の一つと して、自閉症児の話しことば獲得をめぐる問題にふれておきたい。自閉症といわれる子どもたち にあっては、 「指さし行動」はことば以上に獲得されにくいといった問題がよく指摘される(山 上、 1978' 名和、 1979' 星野ら、 1980;小松、 1982a、 1982b, 1982c、 1985',6.7,8).田辺 ら、 1984'小泉ら、 19854) ;Loveland,19869) ;Mundyら、 1986;'田村ら、 199713))c 「指さし 行動」は、これまで臨床的にもことばの獲得ときわめて密接な関係があることが明らかにされて

いる。子どもが外界との関わりをっくりあげていく時、手を媒介としての関わりからことばを媒 介としての関わりへと転換していく過程で「指さし行動」が大きな役割を果たしているようであ る Bruner (19742))は、 「指さし」などを用いておとなと注意を共有する活動を「ジョイント・

アテンション」 (joint attention)と呼び、物を媒介としたおとなとの協同活動である「ジョイ ント・アクション」 (joint action)とともに、それらの形成が前言語(ことばの前のことば) から言語(ことば)への移行にとって重要であると考えている。

「指さし行動」は、離れた外界の様々な対象(距離化‑ 「間接性」)からある特定の対象を選 択抽出(「図の地からの分離化」)して、相手に指でさし示して伝え、共に眺めようとする行動 (「共有関係」、 「静観的認識」)といえる。こうした「間接性」、 「共有関係」、 「静観的認識」といっ た機能は、ことばの機能を準備する重要な前提となる前言語的コミュニケーション機能なのであ る。これらの機能は、換言すれば、物を認知する・物としっかりと関わる力(動作系)、人を認 知する力・人としっかりと関わる力(情意系)といえるであろう。こうした前言語的コミュニケ‑

ション機能に注目した研究では、乳児期の9‑1 0カ月に何らかのコミュニケーション構造に質 的な変化がみられ、それが、後のことばの獲得の前提条件であることを指摘している点で一致し ている(Werner,1963'";Bruner,19742);Bates,1975サ;Trevarthen,1978I6);山田,1980"‑)。 9 ‑ 1 0

° ° ° ° ° ° ° ° ° ° °

カ月は、子どもたちの物への関わりと人への関わりが結び合わされて、物への関わりを人と共有 するといった、それまでとはちがった新しいコミュニケーション行動が展開されてくる時期なの である。

自閉症といわれる子どもたちは、こうしたことばの発生を支える背景としての前言語的コミュ ニケーション機能や認知機能の獲得に弱さを持っているといえるのである。そして、こうした弱 さが、ことばを獲得してからも「共感性」や「伝達性」に乏しいといった問題の背景をなしてい ると考えられる。話しことばの獲得には非常に多くの力が絡み合っており、そうした多様な力の 結びつきの結果としてことばが獲得されていくのである。それ故に、ことばを育てていくための 取り組みとしては、言語系のみならず、情意系・動作系といった様々な側面からの働きかけが必 要となる。ことばの畑(土台・基礎)をていねいに耕していく取り組みがたいせつにされなけれ

ばならないのである。

また、ことばは最初からコミュニケ‑ションの機能を有しているわけではない。ことばがコミュ ニケーションの機能を持っようになるためには、とくに、子どもが発した「音声」をことばとし て受け止め、感動し子どもに「もっといってみよう」という気持ちを起こさせてくれるおとなの 存在が必要である。わたくしたちは、療育活動を通して、自閉症児K君のいわゆる「こだわり」

的なパターン化された物との関係のなかに(例えば、換気扇へのこだわり)指導者が子どものそ

うした行動に共感をしめしながら積極的に入り込むといった活動(例えば、手をつないで「ソウ

ネ、カンキセンネ」とか「カンキセン、マワッテルネ」といったことばを添えて共有していく)

を続けていくことで、そのもの(換気扇)を指さしてことば(「カンキセン」)を表出したこと、

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そして、ことばがコミュニケーション手段として展開していったことを確認している(田村ら、

199512>)。

こうしたことは、ことばの問題に限ったことではないのである。 「ビニールの切れ端を振ってば かりいる」、 「ひもなど物を指でくるくる回す」、 「ミニカーなどいっも同じ物ばかりで遊んでいる」、

「いっも大形遊具(ブランコなど)をめざして部屋から飛び出していく」、 「一人遊びが中心で他 児の遊びの中に入りにくい」といった、いってみれば、遊びの対象や遊びが『こだわり』的であ るといった問題がある。これらは、特定の物の世界との結びつきが強く、人との世界が形成され ていない時によくみられる『困った行動』である。プランコ、砂、ミニカ‑、ひもといった物の 世界の中に、もう・一つの楽しい存在としての人との世界を発見させてあげるためにも、こうした

『こだわり』につき合うことから始めることもたいせつである。もちろん、子どものいま持って

° ° ° ° ° ° °

いる力の状況とも関連させながら、 「ゆさぶり・くすぐり遊び」で、人からの直接的働きかけを

° ° ° ° ° °

受け止め返していく力を、あるいは、 「手遊び・指遊び」で、人との間接的な関係を築く力を、

° ° e ° ° ° ° °

さらには、 「みたて・ごっこ遊び」を通して、イメージを育てる力を作り出していくといった工 夫が必要である。

子どもが発達の「節」を獲得していくすじ道は共通している。しかし、一人ひとりの子どもは 個性的な発達を実現していく。ミニカーにこだわる子、砂にこだわる子といったように興味・関 心を向ける対象とか、得手・不得手など一人ひとり様々である。子どもたちとの関わりにあたっ ては、まず、一人ひとりのその子なりの自己表現のあり方に共感することがたいせつにされなけ ればならない。そうした共感関係のなかから子どもとの信頼関係、対人的コミュニケーションが 育ってくるのである。そして、コミュニケ‑ションのあるところに教育的な関わりが成立してく

るのである。さらに、そうした子どもたちの興味・関心のある遊びや活動を土台として、つまり、

それぞれの持っている力を外界に向かって精一杯発揮させながら、その遊びや活動をE]的性を持っ たもの‑と高めていく、あるいは、人との関係で意味性を持ったものへと展開させていくといっ た取り組みが創造されなければならないであろう。

2.3.幼児期中期への移行期(発達年齢、 2‑3歳)の子どもの世界

1歳なかば頃の幼児期第1の発達の「節」と4歳頃の第2の発達の「節」との問の2‑3歳の 時期は、 「第1反抗期」と呼ばれてきた。この時期は、 「自分デスル」とか「何でもイヤ」といっ た行動が見られることが多く、親にとっては手がかからなくなったが、手に負えなくなる時期だ とされている。また、 3歳児健診の相談では、 「指しゃぶり」、 「爪かみ」、 「夜尿」、 「頻尿」、 「性 器いじり」といった神経性習癖といわれる問題が指摘されることが多い。そして、こうした『問 題』は周囲の人たちの「‑シテ‑ダメ」、 「‑シナサイ」といった禁止・押しつけのことばや態度 を誘発することが多く、そのことが、また、子どもがよけいに反抗的になるという結果を招き、

さらに新たな『問題』を引き起こしていくといった悪循環を生じさせるのである。 さらに、障 害や発達の遅れのある場合には、 「なかなかことばが広がっていかない」、 「会話になりにくい」、

「いっも同じ物ばかりで遊んでいて遊びが広がらない」といったことにみられるように、この時 期に発達上の『っまづき』、 『もつれ』を引き起こすことが多いといった問題が指摘される。 2‑

3歳にかけての時期は、障害の有無に関わらず葛藤の強い時期である。 「やりたい気持ちはある

のにできない」、 「こうするつもりだったのにうまくできなかった」、 「友達と遊びたいけれどもう

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まく関われない」というように、何でも自分でやりたいのに、おとなの期待するようにやりたい のに、やれないという矛盾のなかでいろいろな葛藤を経験するのである。そして、こうした葛藤 から神経症的行動といわれる行動が出てきたりするのである。

この時期の子どもたちは、 「もの」の性質が一つにしか見えなかったそれまでの子どもたちの 世界から、二つのことがはっきりと意味を持って見える世界へ入っていくと言った見方ができる のである。新しい2次元世界の形成である。描画では、グルグル丸(円錯)から始発点と終始点 とが結合された閉じた丸(一重円).聖描堅ようになるo積み木では、 □』や晶とい‑たモ デルと同じ物を作ったりできる(たてとよこといった2次元への挑戦)。そして、描いた物を

「リンゴ」と意味づけたり、作った物を「トラック」、 「電車」、 「家」にみたてて遊んだりできる のである。ことばは、単語が増え(2歳で300語前後、 3歳で1000語前後)、単語と単語 をつなぎ合わせて「パパ カイシャ」、「ワンワン クル」などと話せるようになる。また、 「大

きい‑小さい」、 「長い‑短い」、 「多い‑少ない」といった比較ができるようになる。さらには、

自分の「苗字と名前」などの関係が分かってくるo ゲゼル(GeselLA.)が「双極性の原理」と

° 4 ° ° ° ° °

呼んでいるように、対象の性質を2次元において認識し、 2次元の世界で、かこう、つくろう、

わかろうというように二つの世界をひろげていく時期なのである。

この時期のこうした発達的な力量と考え合わせてみると、先に指摘した『反抗』は、二つの物

° ° ° ° ° ° ° ° ° ° ° ° °

から一一つを自主的に選びたい、決定したいという子どもたちの気持ちの表れと解釈することがで きるのである。子どもたちは、自分でできることが増えることによって生活体験を広げ、自分の 世界を豊かなものにし、人格発達の基礎を作り上げていくのである。この時期は、人格発達の基 礎としての自我を形成していく上で重要な時期だといわれている。この時期に、自分を自分とし て意識し自分の世界を外の世界から区別し、自分の世界というものを築き始めているといえよう。

その最もわかりやすい現れ方は、自分のことを「ボク」、 「ワタシ」という一人称で呼ぶようにな ることである[o oチャン」といった他人が自分を呼ぶ呼び方ではなく、自分が自分を呼ぶ呼 び方を用いるようになっているのである。さらに、「ポク 3サイ」、「ポク オトコノコ」、 「ポ

ク オニイチャン」といったように自分がどういう存在なのかも分かり始めてくる。

この時期の頑固に「自分デスル」という自己主張は、子どもにとっては相手とは異なる自分だ けのつもりを主張している意志的行動であって、自分の世界の確立の一つの現れと見ることがで きるのである。自分のつもりを育て、自己主張するようになってくると、おとなのつもりとの問 で衝突が起こりやすい。そして、子どもの心の中に新たな葛藤を作り出していくことになるので

ある。こうしたこの時期の子どもの心のあり方を考慮せず、 「‑シナサイ」、 「‑シテバグメ」と いった選択の余地のない1次元的な禁止や押しつけで関わることによって、子どもは余計に反抗 的になるといった結果を招くことになりかねないのである。子どもができることをじっくりと取 り組ませる、あるいは、待ってやるということがたいせつである。そして、ジプンデ デキクと いう達成感と自信を味あわせることをたいせつにしていきたいものである。この時期は、自分の 思いやつもりが一方的に先行する時期なのである。しかし、 2つの世界から3つの世界へ入って

いく時に一つの発達の「節」を通っていくが、それが、大体4歳頃で、その時期になると親の思 いやつもりが分かり、それをたいせつにするなかで自分の気持ちをコントロ‑ルする、つまり、

「がまんする」といった力を身につけることが出来始めるのである。

3歳は、この4歳頃に迎える発達の「節」への入口にあたる時期であるとみることができる。

この時期の子どもたちの行動上の『問題』は、発達の「節」を乗り越えていく際のいわゆる「摩

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擦」から生じているといった見方もできるのである。発達の「節」の入口では神経質的傾向が出 やすいといった「問題」が見られるので、子どもが自らその「節」を乗り越えていきやすいよう に援助していくことがたいせつになる。それは、おとなのつもりを一方的に押しつけて口うるさ

くいうことではない。また、 「忙しいからとか・うるさいね、あっちへ行っていなさい」ではな く、子どもの疑問や質問に丁寧に答えてやることである(2歳頃は「コレ ナニ」、 3歳頃は

「ドゥシテ」、 「ナンデ」といった質問が多く、それぞれ第一質問期、第二質問期といわれている)0

・ ・ ・ ・ ・

子どもの思いやつもりを聞いてやるのである。そして、子どもが自分の行動や考えに自信が持て るように援助していくことがたいせつにされなければならないのである。

この発達の「節」を乗り越えることは、すべての子どもにとって困難なことであって、それだ け周囲のおとなの適切な指導や援助を必要としているのである。とくに、障害や発達の遅れのあ る場合には、この「節」を越えていくのに長い時間を要し、その結果、時として様々な2次的な 行動上の『問題』や『症状』が現れてくることが多い。また、障害のない子どもたちと比べて時 間がかかるだけでなく、発達のある側面(例えば、運動とか手指を使う力)は伸びていくのに、

別の側面(例えば、ことばとか社会性)は伸びないといった「「発達上のアンバランス」が示さ れたりすることがある。

相談・療育活動で関わった自閉症児Yさんの場合にも、彼女の発達過程の中で、この幼児期中 期の発達の「節」の獲得に向けて長期にわたる発達の『停滞』が見られた(田辺ら、 1997)。 Y さんの幼稚園年長から小学校4年生頃にかけての時期は、母親や親しいおとなにはことばで自分 の要求を伝えようとするが、伝達性が乏しく単語の羅列が中心で相手に要求が伝わりにくいといっ た時期であった。そして、自分の思いやつもりが強まるなか、言いたいことがうまくことばで表 現できず、自分の要求が伝わらなかったり、自分のしていることを禁止されたり、嫌なことを強 制されたりすると、赤色のシャンプー・黄色の笛への固執(物への同一性保持行動)、頑をたた く(自傷行為)、気になる子どもの頬をつねる(他害行為)、 0時に‑する(数への固執)、鞄や 帽子のひもを手にクルクル巻き付ける(常同行動)といった世界へ自らを押し込めていく姿が見 られたのである。いわゆる「自閉」症状が顕著に現れた不安定な時期であった。こうした行動は、

この時期の彼女の発達的力量から考えて、自分のつもりを一方的に主張する姿であり、さらには、

自分の恩いや要求を言語表現するといったコミュニケ‑ションの弱さ、そして、自分の気持ちが 外界に向かわず内面に向かってしまうといった「自閉」という障害ゆえの『問題』でもあると考 えられるのである。しかし、その後、コミュニケーション手段としてのことばを獲得し、特定の おとなとの問ではことばで簡単な応答(会話)が可能になり、また、自分の思いやつもりだけを 一方的に主張するのではなく、母親や家人の思いやつもりを重ね合わせて「がまんする」といっ た力が育まれ始めると、こうした様々な『問題』が消失・減少したり、その「質」が変化していっ ているのである。行動特徴が、コミュニケーション機能あるいは要求表現の力量や認識発達レベ

ルと関連して、その「質」を変えていくと考えられるのである。自閉症児が示す一つひとつの行 動を単発的な結果として捉え、 「特異」な行動と見て、それを直接的に消去してしまおうとする 対症療法的なアプローチを性急に行うのではなく、発達段階や特徴、コミュニケーション意図な

どとも関達させて把握する必要があるのである。

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2.4 幼児期中期(発達年齢、 4歳頃)の子どもの世界

2歳から3歳台にかけて二つの世界をどんどん広げ、自分の思いやつもりを十分に発揮してき た子どもたちは、 4歳を過ぎると自分の思いやつもりに親や教師の思いやつもりを重ね合わせて 譲ったり、がまんしたりするといった力を身につけ始める。それまでは、 「何でも イヤ」といっ

° °

た行動や自分の気持ちを一方的に主張することが多かったが、 ‑シタイケレドモ‑スルといった 行動スタイルの力が育ち、自分の気持ちをコントロ‑ルすることができ始めるのである。ずいぶ ん「ききわけがよくなった」、 「おにいさん・おねいさんになった」と言われるのがこの頃である。

° ° ° ° ° ° °  ° ° ° ° ° ° ° °      ° ° ° ° ° ° ° ° ° ° °

嫌いだけれども、がんばって食べるとか遊びたいけれども、がんばってお手伝いするといっよう に、いままで他者の指図で行っていたことを自分の中に取り入れて、自分で自分に指図するよう になってくるのである。いわゆる自制心の芽生えである。

この時期の子どもたちは、自分のしたことが他者にどう映っているのだろうか、誉めてもらえ るだろうかといったように、自分のしたことの結果や効果により強い関心を向けるようになる。

こうしたこの時期の子どもたちの心のあり方をしっかりと受け止め、 「よくがんばってたべたね、

お手伝いできたね」と認めてやることがたいせつである。自分で自分のしたことを見つめ直すこ とによって、その判断は客観性を帯び始め、それまでの独り善がりを脱し始める。自己評価力の 誕生である。

この時期、言語機能をはじめ記憶、思考、認識などの心理的諸機能がめざましく発達してくる。

そして、課題などへの取り組みにも変化が見られるのである。自信のない苦手な課題に直面して も、これまでのように反抗したり、気に入らないとすぐ投げ出してしまうといった気まぐれさは 影を潜め、自信がなくても、思うように出来なくても逃げ出してしまうことなく、失敗しても失

・ ・ ・ ・ ・

敗しても根気よく挑戦する姿が見られるようになる。 ‑シツヅケルといった持続性の高まりでも ある。

この時期の子どもたちは、一体どういった発達的力量を獲得しているのだろうか。 4歳頃にな ると、ケンケンや右手と左手とを交互に閉じたり開いたりといった動作(両手交互開閉)が出来 るようになる。ケンケンという動作は、片足をあげる‑おろす、前へすすむ‑とまるといった二 つ動作を、両手交互開閉では、手をとじる‑ひらく、あっち(左手) ‑こっち(右手)といった 二つの動作を、それぞれ、 ‑シナガラースルといったように組み合わせたものである。つまり、

二つの行動・動作を結び合わせて、新しい一つの行動を作り出すといった力量を獲得していると い‑た言い方が出来るので至る。.まt:、菅色と白色の積み木を使‑て  栗といったように 積んだりも出来る。これも赤と白、横と縦といった色の2次元と形の2次元の統一なのである。

さらには、子どもの眼前にみかけ上では全く同じに見える立方体を二つ呈示して、どちらが重

° °

いかを比較させる課題(「重さの比較」)一一万は1 5 gで、もう一方は3gの重さであるが視覚

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的な手がかりが無い課題‑が出来るようになる。これは2‑3歳の子どもたちのところで指摘し

・ ・ ・ ・ ・

た「双極性の原理」が、視覚的な手がかりといった外の世界においてだけではなく、自分の心の 中でも展開し始めていることを示していると考えられる。 2‑3歳の頃のように「対」になる世 界がそれとして自分の外に存在するのではなく、自分の心の中に組み込みながら自分の世界を高 次化していくのである。ことばの面でも、 「おなかのすいた時には、どうする」、 「幼稚園に行く 時に雨が降ってたら、どうする」といったように、 「もし‑だったら、どうする」という仮定法

の質問に答えられるようになる。これは、現実的文脈からやや距離を置いて会話する力をみる発

(11)

達検査課題で「了解問題」と呼ばれている。この課題では、今はそうではないが、お腹がすいた

° ° °

状態、雨が降っている状態を想像して(そのつもりになって)、その場面での解決法を答えると いう力‑自分で一定のイメ‑ジを持って解決する力‑が要求されるのである。眼前にある物や絵 を支えにことばを発していた時期を脱して、眼前に無いことについての報告や説明が出来るよう になってきているのである。相手の言うことを理解し、それに対応する形で返事する力、つまり、

応答性が育ってきているのである。

話しことばを駆使して考える力を磨き上げることによって、自分の思いや気持ちを直接そのま ま相手にぶつけるだけでなく、見たことや聞いたことを自分の中で要約し直して表現することが 上手になってくるのである。さらに、ことばが、これまでのコミュニケーションの働きとしてだ けでなく、行動調整の働きをも担ってくるのである。 4歳頃から始まることばの新しい働きであ

る。行動を随意的に開始したり、止めたり、あるいは、強めたり、弱めたりといったようにコン トロールするのに、ことばが大きな役割を担ってくるのである。先に指摘した‑ダケレドモース ルといった自分を律するのに大きな役割を果たしているのが言語なのである。

対人関係が弱かったり、ことばで理解したり、意味づけたりする力が弱かったりして、自分の 思いやつもりは一方的にしゃべるけれども、相手の言うことを聞かない、つまり、応答性が育っ てこない、そして、それが会話する力を育てにくくしているといった子どもたちがいる。こうし た力は、ことばの単なる教え込みだけでは育ってこないのである。人との情動的な交流(気持ち がつながる)のなかで、眼前にないものを頑の中で思い描く力、直接の事物から離れてイメージ を操る力を育てることがたいせつにされなければならない。砂・粘土・紙・積み木といった働き かけたら変化のみられる、また、活動の結果が目で捉えやすい素材や道具を使って、つくる遊び あるいは描く遊びを豊かにしていくなかで、 「みたて」、 「ごっこ」遊びへ、そして、目で捉えた ものをことばに置き換えて捉え直す活動‑と引き込んでいくことがたいせつである。 「なかなか ことばが広がっていかない」、 「会話になりにくい」といった時には、基本に立ち返ってきちんと 向かい合って一緒に遊ぶ、とくに、物を介して「やりとり」するよ

° ° ° ° ° ° ° ° ° ° °

そうした遊びや活動を通して会話する力(ことばとことばのやりと いせつなのである。

ー つ

・ り

な遊びがたいせつである。

)へと高めていくことがた

2.5.幼児期後期への移行期(発達年齢、 5‑6歳)の子どもの世界

5‑6歳頃の子どもたちは、運動では、なわとびが続けて飛べるようになったり、跳び箱や竹 馬などができ始める。描画でも、 「胴」のある人間が描け、顔・胴・手・足の各部分がまとまっ た全身像がしっかりとしてくる 3‑4歳頃の子どもに比べて、活動の「まとまり」が範著になっ てくると言えよう。部分部分がばらばらになされていた活動が、一つの目的意識の元にお互いに 関連し合い、一つのはっきりとした活動として展開されるようになってくるのである。さらに、

5‑6歳では、行動を行う前に、何を、どのようにするのかといった計画を立ててから取り組ん でいくようになる。このように、活動にある種の「まとまり」がみられ、また、活動を行う前に ある程度自分で計画を立てることができ、やったことについても自分なりの理由で評価できるの である。こうした特徴を、ゲゼルは、 「5歳は焦点にあり、 4歳は流動する」と表現している。

こうした活動に「まとまり」をもたらす力は、前の時期に芽生えた「対」の世界・関係の認識

を土台にして、そこに、さらに新しい世界・関係を認識する力によって生み出されてくると考え

(12)

られる。それは、 「大‑小」の関係を土台として、大きくもなく、小さくもない「真ん中・中間」

の世界が分化し、 「大一中一小」の関係が分かる力といえようo それまで2次元の世界に取り組 んでいた子どもが、それらの中に、さらに「中間」項を生み出し、 3次元の世界を形成していく のである。

° ° ° ° ° ° ° ° ° e

「大一中一小」、 「右‑真ん中一左」といった空間的な3次元の世界が広がっていくO例えば、

一枚の紙を渡して、 「一番小さい丸から一番大きい丸まで順番にできるだけたくさんの丸を書い てください」と教示して描かせ、そして描き終わったら「このなかで一番小さいのはどれ?」、

「一番大きいのはどれ?」、 「中くらいのはどれ」と尋ねて指さしで答えさせるという円系列課題 がある。 5歳後半になると、それまでの2次元の世界が基本になった描き方を脱して、小さい丸 から順番に最も大きい丸までたくさん描けるようになる。そして、 「大」、 「小」はもちろん、ほ

ぼ「真ん中」が指示できるのである。また、保育園・幼稚園までの道順を紙に描かせ、描いた後 に、家から園までどうやって行くのかことばで説明させるといった課題でも、起点(家)から終 点(園)まで途【函こ曲がり角、信号、踏切、店など目印になる物を入れながら描けるようになる。

起点と終点が3次元の関係としてつながり始めるのである。そして、ことばで「ミギニイッテ、

タバコヤサンノトコロヲヒダリニマガッテ、マッスグイッテ、ソレカラマタミギニイッテ   」

と道筋を追って話したり出来るようになるのである。話しことばに筋道(文脈)を付けようとす る力、文脈形成力が見られるのである。

こうした3次元の世界は、空間の世界だけでなく、 「たくさん‑ちょっとだけたくさん‑少し」

とか「長い‑ちょっとだけ長い一短い」といったように量的な世界でも、また、 「きのう‑きょ

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うーあした」、 「さっき‑いま‑こんど」といったように時間の世界でも形成されてくる。さらに

° ° ° ° ° °

価値的な世界でも、 「きれい一少しだけきれい‑きたない」、 「好き‑どっちでもない‑嫌い」と いったように、 「良い一悪い」の2つの両極の世界で大きく揺れていた評価の軸に、色々な程度 の「良い」や「悪い」が取り入れられていくのである。そして、 「真ん中」の世界が形成される ことによって、物の見方や考え方に柔軟さが感じられるようになるのである。

また、この時期、 「自立から自律へ」といわれるように、自分自身あるいは自分の行為を対象 化することで、それを律する力‑ 「自律」が可能になってくるo E]課が規則正しくなってくるが、

その日課が分かって母親との約束の時間になると、友達との遊びをやめて家路につくのである。

遊びも、鬼ごっこ、かくれんぼう、お店やさんごっこ、乗り物ごっこ、トランプ・カルタといっ たように、それまでのようなそれぞれが勝手気ままに、気まぐれに遊ぶのではなく、 「ルール」

に合わせて楽しむ遊びが盛んになってくる。そのルールも自分と仲間との必要によって、自ら創 り出していくのである。遊びの「自律」化といえよう。この時期の子どもたちは、遊びの中で役 割とかルールを学び、そうしたルール遊びを通して社会性を身につけ、集団での行動の仕方を学

んでいくと言えるのであるO

さらに、未知の世界一「第3の世界」に挑戦していく。家庭(第1の世界)と保育園・幼稚園 (第2の世界)との二つの世界以外に、友だち同士の関係における世界(第3の世界)を持ち始 める。そして、第3の世界で通用する自制心を鍛えていくのである。こうした力を基盤として、

自分自身や自分の行為を評価の対象にすることが出来るようになってくる。 「自己形成視」の始

まりである。そうすると、例えば、小さいときから変わってきた自分が分かるようになり、自分

で自分の変化を見つめ直したり出来るのである。このように、空間的・時間的・価値的に3次元

の世界を形成していくが、それは、具体的な経験に基づく形成の仕方である。客観的な事柄を手

(13)

がかりに筋道を立てて考えていく力が育ち始めるのは7歳以降である。ピアジェの認識発達の研 究では、この時期は、 「直感的思考」の時期である。論理的操作によって外界を捉え始めている が、この時期の子どもの思考は、直感的な見えや主観的な印象に影響されるのである。いってみ れば、部分的に論理性を持った外界の把握の仕方の時期と言えるであろう。こうした特徴が示さ れるものとして、ピアジェの有名な「保存」の実験がある。二つの同じ形のコップに同量の水を 入れ、同じであることを子どもに確認させた後に、目の前で形の違うコップに移し換えて、再び、

同じかどうかを尋ねるのである。この時期の子どもは、水面の高さが変わったり、幅が変わった りという見かけの変化によって、水の量も同じではないと考えてしまうのである。つまり、思考 が見えの変化に左右されている状態で、 「保存」概念が成立し得ていないことを示している。

この時期の子どもたちには、おとなからみれば奇妙な論理や矛盾した表現が見られたりする。し かし、それは子どもは子どもなりの「論理」で外界を把握し、論理的体系によって捉えようとす る努力の現れなのである。こうした矛盾を『おかしい』とか『うそ』といったように否定したり するのではなく、物の見方・考え方を整理できるような「支え」を入れることによって、子ども 自身に考えさせていく状況を創り出していくことがたいせつである。例えば、この時期の子ども たちの措く絵は、自分の知っている通りに表現する。レントゲン描法といわれるように、まるで 電車や自動車の中が見えるかのように表現したりすることがある。事物の性質や関係を写実的に 捉えて表現する仕方ではない。それゆえ、描かれた物だけを見るとまとまりがなかったり、おと なには理解できなかったりすることがある。しかし、目先の教育効果だけを追い求めて早くから 写生画指導を行うと、結果的に子どもの思考活動がいっまでも現前の知覚的な見えに影響される ことになり、知覚に左右されない抽象的思考を発達させる上でマイナスとなる恐れがあるのであ る。この時期の直観力やイメージ的活動の展開が、後の抽象的思考の芽生えとなるのである。ま さに、教育は、「セイテ‑ コトヲ シソンジル」なのである。

わたくしたちは、教えたことの効果がすぐはっきりと出ることを求めすぎてはいないだろうか。

子どもを理解することなく、教えることだけが一人歩きしすぎていないだろうかO子どもたちが おとなから教えられたことを自分自身のものに高めていくためには、 「他律」から「自律」への 過程を経なければならないのである。それは、 4歳頃までのおとなの指示に従って、一方的に行 動を抑制あるいは転換していくといった受け身的なものではない。先に指摘したように「自己形 成視」が出来始めているのであるから、子どもの内面に根ざした自発的な意志や判断で自分の気 持ちや行動をコントロ‑ルしながら自分の行為に責任を持つといった「自律」をじっくりと育て ていくことがたいせつなのである。発達という坂道を登っていくのは子ども自身なのである。

3.おわリに

「ダメ」、 「シナサイ」と厳しく禁止したり、押しつけたりといったように、子どもたちの「問 題」とされる行動だけをただ無くそうとする直接的対応に追われるだけでなく、それぞれの時期 の子どもたちの発達的な力量や心の働きとも関連させて、その行動の意味や背景について考えて みることが重要である。そして、そうした子どもたちの行動を一つの手がかりにして、子どもた ちへの関わりや援助につなげていくことがたいせつであろう。

° ° ° ° ° °

1) 子どもの思い・つもりが、何であるのかを明らかにする。

° ° ° ° ° ° ° ° ° °

2) その子どもの思い・つもりが、なぜ達成できないのかを分析する。

(14)

3) その問題・状況を乗り越えていくためには、われわれおとなはどのような援助が出来る のかについて考える。

発達の質的な「節」を、二次的な行動上の『問題』や『症状』を数多く持ったものにするのか、

それとも、めざましい飛躍の時期にするのかでは、子どもの世界はまるで違ったものになってく るのである。

畠MEm.

1 ) Bates,E.,Camaioni,L., Volterra.V. The acqisition of performatives prior to speech.

Mernl‑Palmer Quarterly, 21, 205‑226, 1975.

2) Bruner.J.S. The ontogenesis of speech acts. J.of Child Language, 2, 1‑19, 1974.

3)星野仁彦・八島祐子 はか「自閉症の早期徴候とその診断的意義」, 『児童精神医学とそ の近接領域,』 21, 284‑299, 1980.

4)小泉毅・薄田祥子 ほか「言語遅滞児の1歳6ケ月児健康診査における早期発見‑早期 ケアの試み1」 『小児の精神と神経』 , 25, 145‑155, 1985.

5)小松教之「指示行動の発達とその障害」 (その6) 『京都教育大学紀要』, 60, 51‑59,

1982a.

6)小松教之「指示行動の発達とその障害」 (その7) 『京都教育大学紀要』, 61, 33‑44,

1982b.

7)小松教之「指示行動の発達とその障害」 (その8) 『京都教育大学紀要』, 17, 200‑214,

1982c.

8)小松教之「指示行動の発達とその障害」 (その10) 『宮城教育大学紀要』, 20, 121‑132,

1985.

9 ) Loveland.K.A., Landry.S.H. Joint attention and language in autism and developm ental language delay. J.of Autism and Developmental Disorders, 16,335‑349,

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ll)名和顕子「自閉症の病態に関する研究」, 『児童精神医学とその近接領域』, 20, 214‑238,

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12)田村浩子・田辺正友「自閉症児のコミュニケーション機能の発達と療育」 『奈良教育大学 紀要』, 44 (1) , 127‑138. 1995.

13)田村浩子・田辺正友「自閉症児の応答性の指さし行動獲得過程における発達連関」 『日本 特殊教育学会第35回大会発表論文集』 , 436‑437, 1997.

14)田辺正友・横田多喜「発達における機能連関に関する研究」 『奈良教育大学紀要』, 33

(1), 125‑139, 1984.

15)田辺正友・田村浩子「自閉症児における行動特徴の発達変容」 『奈良教育大学紀要』, 46

(1), 313‑321. 1997.

16) Trevarthen.C, Hubley.P. Secondary inter ‑ subjectivity:Confidence and acts of

meaning in the first year. In A.Lock(Ed.) Action,gesture and symbol. Academic

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(15)

17) Werner,H., Kaplan,B. Symbol formation:/^ organismic‑ developmental approach to language and the expression of thought. New York:John Wiley Sons, 1963.

18)山田洋子「言語機能の基礎」 『心理学評論』 3, 163‑182, 1980.

19)山上雅子「対人関係に障害を示す子どもの発達的研究」 『児童精神医学とその近接領域』,

19, 145‑161, 1978.

参照

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