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雑誌名 教育実践研究指導センター研究紀要

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奈良教育大学学術リポジトリNEAR

授業における子どもの相互関係を組織する教師の指 導性に関する実践的考察 −小学校高学年を中心に

著者 上野 ひろ美, 山本 雅哉

雑誌名 教育実践研究指導センター研究紀要

巻 6

ページ 131‑138

発行年 1997‑03‑31

URL http://hdl.handle.net/10105/4345

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教師の指導性に関する実践的考察

一小学校高学年を中心に−

上 野 ひろ美

(教育学教室)

山 本 雅 哉

(京都府笠置町立笠置小学校)

要旨:学級経営がうまくいってこそ、良い授業ができると言われることがある。これは授業にお ける訓育、人格形成作用をどう捉えるかという理論的問題に関わる。すなわち学級経営が自ずと 授業に転化するのか、授業に働く訓育力を独自に捉えるのかの問題である。本論では小学校高学 年の実践における子どもの相互関係の組織化の観点から、授業において発揮される訓育力につい

て考察する。

キーワード:授業における訓育、子どもの相互関係、教師の指導性 1.授業における訓育機能

「学級経営ができていてこそ良い授業ができる」「授業がうまくいかないのは学級経営に問題 がある。」と言われることがある。こうした指摘の背景には教育活動における「陶冶」と「訓育」

の相互関係をどう捉えるかという理論的問題がある。

教育が子どもに対して発揮する作用を捉えた場合その作用は周知のように「陶冶」「訓育」と いう二つのカテゴリーに分けられる。陶冶とは、人間の知識、認識、技能を形成する側面のこと であり、訓育とは意志、感動、行為、性格特性を育てる側面の教育を意味する。そして、主とし て陶冶を担うのが授業、主として訓育を担うのが教科外領域としての生活指導(訓育)であると するのが、従来の捉え方である。しかしながら、教育作用に陶冶と訓育という二つの別個のもの、

言い換えれば「純粋な」陶冶、「純粋な」訓育というものがあるわけではない。両者は常に結び ついており、学校教育の全領域で実現されなければならないものである。

両者の関係を問う際に生じやすいのが、「学級経営ができてこそ良い授業ができる」という冒 頭に記した捉え方である。これは、実は陶冶と訓育とを場所的、領域的な概念とする伝統的な捉 え方から生じている。この点に関し、かって「特設道徳」に関わって論議された、小川太郎と宮 坂哲文による「教科の中の生活指導」、言い換えれば授業の訓育作用をめぐる論争1)が、陶冶と 訓育の関係把握に関わる問題点を明確に示している。

論争の中で小川は、陶冶と訓育の関係を次のように論じている。「生活指導ということばは、

もともと、教科指導に対して言われていることばで時間的場所的な領域を持っている。いわば、

領域概念である。」教科指導が人類の遺産を計画的、組織的、系統的に子どもに伝える領域であ るのに対して、「生活指導はそれを任務とするのではなく、直接に日常の生活の問題を解決し、

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上野 ひろ美・山本 雅哉

日常の生活を建設することを指導する領域」2)だという。

これに対して宮坂は、「生活指導は学校教育の領域をあらわす概念でなく、機能ないし作用を あらわす概念」であると反論し、「生活指導機能が教科指導の中で示されるばあい、それには教 科指導のさまざまな層、さまざまな場面においてそれぞれことなったあらわれかたがあるはず」

だという。3)宮坂にとって生活指導とは、「教師が子どもたちと親密な人間関係を結び、一人一 人の子どもたちが現にいとなんでいるものの見かた、考えかた、感じかたならびにそれらに支え

られた行動のしかたを理解し、そのような理解をその子どもたち自身ならびにかれら相互間のも のにも押しひろげることによって、豊かな人間理解に基く集団をきずきあげ、その活動への積極 的参加のなかで、一人一人の生き方をより価値の高いものに引き上げていく教育的なはたら

き」4)と規定されるものである。

そこから宮坂は、生活指導は学校教育の領域をあらわす概念でなく、「機能ないし作用をあら わす概念」であると規定し、生活指導は「あらゆる教科にわたる学習指導と全面的にからみあう」

ものであると主張する。

陶冶・訓育の二つの側面の教育が統一的に達成されたときにはじめて、人間の全面発達の教育 だと言えることは言うまでもないが、小川一宮坂論争を経て、吉本均は、授業における訓育機能 に着目する。そして、陶冶が知識の伝達=記憶としてではなく、子どもたちが驚きや感動を持っ て習得していく過程として、すなわち訓育と結合して展開される授業論の構築をはかる。授業そ れ自体が「陶冶と訓育の統一」として構成されなければならないというわけである。5)

すなわち授業を通じて学級経営がなされ、学級経営されつつ充実して授業がおこなわれる。こ のような関係が重要になってくる。そこで、生活指導の成果を待つだけでなく、授業を通じて、

とりわけ授業の中で子どもの相互関係を組織するという観点に立ち、小学校高学年における山本 の実践に検討を加えてみたい。

2.子どもの相互関係を育てる訓育作用の発揮

授業においてまず、教師が子どもをどうとらえるかが、大きく訓育作用を発揮する。

2.1.否定の中に肯定を見つける

数年前、ある学級が中学年で荒れた。教師への反抗、授業中のふざけ、教室の器物破壊、特定 の子どもへのいたずら、いじめなどがあり、教室は学習する雰囲気ではなく授業がほとんど成立 しなかった。それを何とかしようと、生活指導の校務分掌の立場から担任と共に必死になった。

しかし、うまくいかないまま時間が過ぎた。こうした場合教師にとって、日々の事象となって表 面に現れる問題行動をなくすことが当面の課題となり、それに振り回されてしまうという現実が

ある。

翌年、山本がその学年の担任をすることになった。「やらなければ」と気負って迎えた学級開 きの時に、考えたあげく「みんなにかしこくなってほしい」という内容の話をした。それが正直 な気持ちであった。

その時Cがすかさず、「かしこくならんで別にええ」「そんな、しんどいことしたくない」と周 りの子どもを牽制するかのように言った。Cの発言は、これまでの学習が分からず苦痛だったこ とへの不満の表明であり、なんとかしてはしいという思いへの同調を学級の子どもに求めるもの

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であると思われた。そこで、その発言に応答したくて、学級通信に「ほんまに、そう思うんか?」

という見出しをつけて載せ、学級全員に迫った。山本にとって「かしこい」とは、単に勉強がよ くできるという限定的な意味ではなく、「今の自分から成長してほしい」という願いからでた言 葉であった。そこで、その後、学級通信のM一つのテーマとして「かしこい」を「成長」という言 葉に置き換え、子どもの「成長」を目を凝らして見つけだし、学級通信に載せ続けた。このこと は、子どもの問題行動(否定)の中で、教師が、向上的変容(肯定)を見つけていくことにつな がった。その後、「かしこくならんで別にええ」と言ったCは、5年生の3学期には、「算数と国 語をがんばりたい」と学期の目標を立てて努力したり、6年生の運動会では、「ぼくは、運動会 の応援係をがんばり、みんなで力を合わせてがんばりたいです。」と学習に学校の行事に意欲を 持てるようになり、自分の成長を実感していった。

また、担任に自分の気持ちを語らないHは、表面的には教師の言葉がけに対して無視や暴言な どの行動にでたり、授業や学校行事に興味ややる気をほとんど見せないけれども、自分の心の内 を養護教諭に「わたしも、勉強もできて性格もいいNさんみたいに、本当はなりたい」というこ

とを何度も打ち明けている。

このように、行動・発言の裏側に込められた「本当はできたい、したいけどもできない」自分 をきびしく見つめる子どもの目に気づき、寄り添うことが大切であると思うのである。できない 子は、はじめからできないのではなく、今、できないのである。子どもは少しでもできたいと思っ ているはずである。

2.2.「当たり前のことはすごい」

4月当初授業が始まり、教師が話をすると、「そんなこと、できない」「しょうもな」とすぐに

.騒ぐ子、隣の子と話す子、自分には関係ないと反応を示さない子と、個々が自分勝手にしている 感じで、ざわざわした雰囲気であった。そういう状態はたいへん気になったけれども、威圧的に 制止したり、注意することを極力しなかった。まず教室に入ると、当たり前のことをはめること からはじめた。「Tくん、ちゃんと座ってるやん、えらい。」「おう、Rくん鉛筆削ってあるやん。」

「教科書持ってきたん。昨日しっかり連絡帳写したんやな。えらい。」高学年では、これらのこと一 チャイムがなったら座る、授業前に鉛筆を削る、家で削ってくる、まして、学校に教科書を持っ てくる−というのは当たり前だという前提で考えてしまう。が、考えてみれば、当たり前のこと も子どもにとっては入学してから長い時間かかって獲得してきた事なのであるから、すばらしい ことなのである。できたらはめられて当然なのである。発達的に、年齢的にできて当たり前だか らはめられないだけなのである。ただし、はめる際にははめる理由や説明を加えないと高学年の 場合皮肉に聞こえるので、配慮を要した。

このことから二つのことを学んだ。ひとつは、「はめる」「はげまされる」ことが明確になり、

子どもたちにとって共通の学級の行動指針が持てるようになったのである。それにともない、自 分はどう行動すれば良いのか考えられるようになった。もうひとっは、教師の子どもを見る目が 劇的に変化した。いいところがたくさん見えてきた。子どもの変化が見えてきた。「Tくん、ちゃ んと座ってるやん。えらい。」という単に椅子に座るのに注目したことから、「Tくんの座り方、

やる気が見える座り方やん。」と座り方で子どもの様子をっかめるようになった。座れていなかっ たら、あとからそっと、「どうしたん。しんどいのか?」と声のかけ方まで変わってきた。肩を ボンと叩いて、声をかけられるようになったりして、教師と子どもの信頼関係が深まった。

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上野 ひろ美・山本 雅哉

2.3.子どもに自分の成長を気づかせる

子どもには必ず、何か得意なこと、何か興味のあること、何か可能性のあることがあるはずで ある。それを見つけ出したり、敢えて場面を設定して作り出すことも重要である。

教師に対して反抗したり、自分の気分で人に接するCという子どもは、「授業が分からないし、

勉強することがしんどいし、やる気がしない。」と言う。その時の学級の実態として、学年相当 の漢字の読み書きのできない子どもが多く、教科書を満足に読めない。これ以上読めなくなると、

これからの授業の理解がさらに困難になるので、基礎的な力を充実させるために、漢字と計算問 題の指導に力をいれた。毎朝10分間の学習、宿題などで継続して学習させ、その成果をテストす ることで習熟を図った。小学校3年生程度の問題からはじめた。学級の子どもたち一人一人に

「やればなんとかなる」という自信を回復させ、次の段階へ進むために自分の伸びをつかませる という目的を持っていた。その中でCはできないと恩いこんでいるが、漢字については他の学習 より落ち込みが目立っていなかった。そこでCが自信をっけられる問題内容にし、Cを含めた学 級全員ができるように練習問題の学習時問を意図的に確保した。結果、本人も満足する成果が得 られた。これは、Cだけにとどまらず、多くの児童も満足するものであった。その次も同じよう にし、3回目からは、「少し難しくなる」ということを予告し、テストをした。前もって学習時 間をとり、学習方法を教えていたので、子ども同士でアドバイスをし合っていた。

少しずつレベルをあげていくことで、Cをはじめ多くの子どもが自分の伸びを実感し「漢字の テストをがんばりたい」「がんばったらできる」という意欲を高めることができた。それは、意 欲を他の活動へと広げていくことにつながった。

3.授業における子どもの相互関係の組織化

3.1.発間を重視する

発問とは本来教材内容に即して子どもの思考活動を促し、子どもらが主体的に教材と対決して いく学習活動を組織することを意図して行われる教師の問いかけを指す。しかし、現実には教師 の発問は、きまりきったことや正答を求めるものがまだまだ多い。授業でのこのような発問は子 どもに思考と発見を迫るものになっていないし、まして子どもの相互関係を組織化していくものになっ てはいない。そこで、発問を以下のように意識し、授業の中に位置づけるようにした。

・中心となる発問は、その答を単に発表するだけでなく、子どもがより思考し発見できるよう に、ノートに自分の意見をまとめたり、自分の意見を発表できるように紙に大きく書く作業がで きるようにした。

・班で意見をまとめたり、隣の子どもと相談するなどして複数での話し合いをするようにし、

集団の練り合いができるようにした。

・発問を通じて、子ども同士をつなぐという発想を大切にした。つまり、他の子どもによくわ からせるために、どのように発表させたらよいのか。発表させた後、その意見をどのように広げ るのか。理解できない子どもに、理解できた子どもとの接点をどのようにもたせるのか。

3.2.子どもの「わからないこと」をつかむ

授業で分からないことがあると、必ずと言っていいはど子どもは、誰にも何も言わず時間がた つのを待っている。授業が終わるのを待っている。吉本は「授業は、1時間1時間孤立的に存在

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するのではなくて、教科と教科外とを貫く、学級づくりの1コマ1コマとして生起(歴史)しな くてはならない」6)と言う。授業が分からないということは、まさに、その子どもにとって学級 づくりの連続性から切断され、学級の子どもから関係を断つことになるのである。ゆえに、子ど もが「わからない」ということを教師がしっかりつかみ、それに対処することが大切になるので ある。

では、具体的にどのようにつかむことができるのか?

・子どもは「これ、分かるか?」「分からない人いるか?」と聞かれて、それで答えるはずがな い。分からない子どもは授業から遊離しているのであるから、引き戻さなくてはいけない。「分 かる」「分からない」と言う聞き方でなく、「自信のない人」「少し、混乱している人」「人に説明 できない人」「正直言って、勘の人」「もう、完璧に分かった人」など、子どもが分からないとい うことを人前にさらせるような言葉がけをする。

・発問に対する子どもの反応を敏感に感じる必要がある。教師が発問を投げかけたときに、子ど もが発問の意味が分からず、困惑をしたまなざしを返してくるときがある。教師の発問から逃げ るかのように下を向く子どもがいるのに気づくときがある。発問で子どもに迫るときに、子ども 達の様子、特に目をよく見ておく。

・授業の中での子どもの活動の一つにノートにまとめるという作業がある。プリント類を使う場 合もある。その今日の授業の感想を書くこともある。そういう子どもの作業から、授業のねらい をどれだけ達成することができたかをっかむことができるので、作業を見る視点を明確にしてお

く必要がある。それは、逆に授業のねらいを明確にしておくことでもある。

3.3.授業の中で子どもの主体的な活動を引き出す

授業の中で子どもが主体的に活動できるように、グループで学習することを位置づける。その ための教師の指導について以下に述べる。

3.3.1.教え合う場面を設定する

算数に学力の「落差」が大きい学級を担当したときのことである。この学級は、九九を満足に 言えない児童が数名いるという実態であった。6年生の4月、単元「対称の図形」の授業をして

いるとき、1時間の授業を進めていく上で、どうしても理解できない子どもが出てきた。理解で きない子どもたちは、「そんなん、わからへん」と教師に訴えた。一斉指導中で、その訴えを大 切にする必要性に悩みながらも授業を進めていかなければならなかった。もちろん、これまでの 復習をしつつ、ゆっくりと説明をしていたっもりではあるが、その子どもの訴えに十分応えられ ずにいた。考えたあげく、子どもの理解度が違うので、教室に小黒板を2つ持ち込んで練習問題 をすることにした。

図1のようにAの黒板で教師の説明を聞き、理解できた子どもはBの小黒板問題をする。それ ができたら教室の背面黒板Cの課題、次にDの小黒板の課題に移る。つまり、子どもがAで学習 したことをBCDと順に習熟できるように環境設定したのである。このように環境を設定すると、

自分の力に合わせて学習ができるという当初の目的は達成された。それにプラスしてCまで学習 が進んだ子どもは、教室の後ろを向くことになりAでつまずいている子どもと机が向かい合わせ になる。そこでAをしている子どもがDをしている子どもに「これどうやったらいいの?」と聞 いたりして、子どもが相互に教え合う関係が生じた。Bでつまずいている子どもは、Dの課題を

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上野 ひろ美・山本 雅哉

している子どもと教え合う関係になり、教室に は、あちらこちらで子ども同士の教え合う関係 が生じた。その中でうまく教えられない子ども の所、どうしても理解できない子どもの所に教 師が入り、指導する形となった。この関係の中 で、「教えてもらうことは、恥ずかしいことで はない」「うまく教えて、分かってもらうこと は楽しい」ということを子どもたちは学んだ。

3.3.2.共同して「見えるもの」をつくる

「一授業に一作業」を原則にして、共同して

「見えるもの」をつくることによって子ども同 士の関係を深めている。「作業」というのは、

子ども自身が手を動かす活動であり、「見える

もの」をつくることである。具体的には、ワー 図1 教室の環境設定 クシートに書き込んだり、ノートに自分で調べ

てまとめたり、色を塗ったり、何かを作ったりする。あるいは、手だけにとどまらず、体を使っ て活動することもある。それは、個別にする場合、学習グループ、生活班でする場合などがある。

5年生の社会科で「米づくり」を学んだとき、1時間目の導入として、学級の子どもの家でも 米づくりをおこなっているので、その子どもの経験していること、知っていることを十分出させ、

興味づけをおこなった。「家に大きな機械がある」「休みの日に機械を使って作業をする」「自分 の家と親戚の人にあげる分だけ作ってはる」「やめたいといってはる」親戚の人もきて手伝わは る」、中には、「機械に乗ったことがある」と言う子まででてきて、活発に意見が交わされにぎや かだった。

2時間目めは、図2に示すように自分が興味や関心を持ったことをB4版紙を横半分にした用 紙に記入させ、全員分を黒板に張り出し、似た意見を集めさせる「仲間集め」をした。その際、

仲間になる理由を考えさせ、どういう理由でそれが仲間なのかを討論した。その結果、5つのグ ループに分かれた。

3・4時間目はそのグループごとに調べさせた。自分達で農協に聞きに行くグループがあった。

家で聞く、図書室の本で調べるグループもあった。その後、新聞にまとめさせた。新聞を作る際 には、全員が仕事を分担できるように工夫した。模造紙を図3に示すように9分割し、それぞれ に名前をつけた。一つの窓がB4版紙大なので、各グループに8枚の紙を渡し、協力してまとめ るように指示した。そうすることによって、絵の得意な子どもは絵を書き、調べるのが得意な子 どもは一生懸命調べるなどして、それぞれ協力して活動することができた。

このように、生活班ごとに機械的に調べさせるのではなく、自分の興味にそってグループがで き、絵が上手、字がうまい、グループをまとめるなど、自分の得意を生かすことによって他の子 どもたちに認められることができる。

3.3.3.集団で認め、広げる

子ども同士の相互関係を築く上では、子ども自身が自分のことを肯定的にとらえるようになる

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B4用紙

例    J

米はどこに出すのか

機械はいくらか ?

1 の窓 2 の窓 3 の窓

8 の窓 題名 4 の窓

7 の窓 6 の窓 5 の窓

図3 まとめ用紙

図2 発表用紙

ことがまず大切になる。自分を肯定的に認めたときに、他の子どもや集団に向かえるようになり、

自分の良さをまわりの子どもに認められる。子ども相互が認め合える教師の働きかけ(指導)は とても重要である。

例えば社会で「文明開化」の学習をしているときに、文明開化とは何かについて調べたことを 発表することになった。その中で、福沢諭吉の「学問のすゝめ」を出した子どもがいた。その時 すかさずFが、「天の上に人をつくらず・・・を言った人やろ。」と福沢諭吉の言葉をみんなの前 で話した。日頃の授業の態度や理解度から考えて、Fがそんなことを知っているというのはすご いという学級の雰囲気に一瞬にしてなった。そこで、「なんでそんな難しいこと知ってるの?」

と聞くとFが「本で読んでん、その本、明日持ってきたろか。」と言うので、みんなに「Fくん その本で勉強してんて、みんなも読んでみたいと思わへんか。」と働きかけた。もちろん、Fは 次の日に得意気にその本を持ってきて、他の子どもがFにその本を借りようとする姿がみられた。

教師が、自分の良さを仲間に認めてほしいという子どもからの働きかけに対してそれを見逃さ ず、さらに、まわりに受け入れさせる働きかけをした結果、子ども同士の関係が生まれたのであ る。また、授業では、「これは、どう思いますか?」「どうなりますか?」と一問一答的な発問に なりがちである。あるいは、教師が予期した子どもの答に飛びっいてしまうことがある。それは、

授業の流れとしては、教師にとって心地よい感じがするが、学級全体の子どものものにはなって いないことが多い。

子どもの意見を「自分で考えられ答えの分かった人は、隣の人と意見の交流をしましょう。」

「近くの人と相談してみましよう。」あるいは、「班で一つの意見にまとめましよう。」と子ども達 に語りかけることで、一つの発問から子ども同士の関係の広がりが生まれ、自分の気づかなかっ たことにも気づくことになる。例えば社会の歴史学習で、「今日の授業で気づいたこと、感じた こと」を授業の終了時にノートに書かせ、それをもとに発表し合い、自分の気づいていない意見 に気づかせる。このようにすることで、自分の意見に自信を深め、あるいは自分のまちがいに気 づきながらも自分のことを肯定的にとらえ、他人の意見を認め、聞けるようになった。つまり、

子どもの相互関係が広がったのである。

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上野 ひろ美・山本 雅哉

おわりに

授業指導に際しての教師の捉え方として、「否定の中に肯定を見つける」「当たり前のことはす ごい」「子どもに自分の成長を気づかせる」ことが今日求められているのではないかと思う。こ れは、教師自身が発揮する訓育力である。同時に、授業において教師の意図的な環境設定と発問 が子どもの相互関係の構築に大きく影響すると考えられる。本論で述べたように子どもの相互関 係の組織化を意図することによって、子どもの学びのありようが大きく異なってくるからである。

しかしながら本論では、授業と授業の持つ生活指導的機能とを深く関達させて発揮される教師の 指導性としての、個々の子どもに思考力をつけるためには集団思考が欠かせないという点にまで 踏み込むことができなかった。引き続き研究課題としたい。

参考文献

1)船山謙次『続日本教育論争史』、東洋館出版社1960年 p291−p294 2)小川太郎『国民教育と教師』、国土社1959年 p143

3)宮坂哲文『生活指導と道徳教育』、明治図書1959年 p127 4)同上書 p126

5)吉本均 『発問と集団思考の理論 第二版』、明治図書1995年 p71

6)吉本均 『授業成立入門』、明治図書1985年 p88

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