人権・多文化教育の動向と課題に関する研究 −奈 良県を中心とする状況分析−
著者 生田 周二, 田渕 五十生, 玉村 公二彦
雑誌名 教育実践研究指導センター研究紀要
巻 9
ページ 169‑180
発行年 2000‑03‑31
その他のタイトル A Study on Trends and Issues of Human Rights Education and Multicultural Education −Case Study of Prefecture Nara−
URL http://hdl.handle.net/10105/4194
一奈良県を中心とする状況分析一
生田 周二・田渕五十生・玉村公二彦
(奈良教育大学)
AStudyonTrendsandIssuesofHuman RightsEducationand Multicultura=≡ducation pCaseStudyofPrefectureNarar
ShujiIKUTA,IsooTABUCHI,KunihikoTAMAMURA
(NaraUniversityofEducation)
要旨:本報告は、奈良県下の人権・同和教育、外国人教育、障害児教育の実態と問題点の概要を 提示している。人権・同和教育は、人権教育研究指定校及び社会教育・啓発の奈良県下の動向を 明らかにした。外国人教育に関わっては、定住外国人の日本語指導という観点から問題の所在を 明確にした。障害児教育は、その国際的動向を踏まえ、障害児の人権の実質的保障と障害児理解 教育の整理を試みた。
キーワード:人権教育、マイノリティ はじめに
本研究プロジェクトの目的は、奈良県下を中心とするマイノリティの状況と、それに関わる人 権教育(同和教育)、多文化・国際理解教育、障害児教育の実践動向を調査することで、人権教 育、多文化・国際理解教育、障害児教育の役割と課題を明らかにすることである。本年度は、県 下の活動状況について概要を整理し、来年度の具体的な事例検討につなげる準備段階にある。そ
のため、考察が不十分な点は来年度以降の課題としたい。
執筆分担は、第1章「奈良県下の人権教育・啓発をめぐる動向」とまとめを生田、第2章「定 住外国人のソーシャル・サポートシステムの構築を目指して−日本語指導を中心、にして−」を田 測、第3章「障害児教育の動向と課題」を玉村がそれぞれ担当した。
1.奈良県下の人権教育・啓発をめぐる動向
奈良県教育委員会「同和教育の推進についての基本方針」は、1966(昭和41)年3月24[]に制
定されている。基本方針は、同和地区児童生徒の進路保障と同和地区住民の教育・文化水準の向
上、さらに差別を無くす意欲と行動力を持った人間の育成をめざすものであった。地域において
も、1963年に結成された奈良県同和教育推進協議会(奈同推協)を中心にして、地区別懇談会を
組織し、同和教育運動を展開している。啓発活動については、1988年にその活動の連携と充実を
図るため、市町村同和問題啓発活動推進本部連絡協議会(啓発連協)が設置され、「毎月11日は
人権を確かめあう日」の提唱などの取り組みを進めている。
1998年3月には、「人権教育のための国連10年」奈良県行動計画が策定されるとともに、組織 的にも1999年度から県民生活課の中に人権啓発室が設けられ、従来の同和対策の一環としてでは なく、独自に人権課題の啓発に取り組む体制が整えられた。
1.1.学校教育関連
文部省指定の人権教育研究指定校(1997年度より、それ以前は同和教育研究指定校)の状況は、
以下の通りである。
1997・98(平成9・10)年度文部省人権教育研究指定校:
小学校:東市(奈良市)、扱上(御所市)、三郷(生駒郡三郷町)
中学校:大正(御所市)、桜井東(桜井市)
高校:高田(大和高田市、1997年度のみ)
1999(平成11)年度文部省人権教育研究指定校:
小学校:真美ケ丘西(香芝市)、忍海(北葛城郡新庄町)
中学校:天理北(天理市)
高校:高取(高市郡高取町)
本章では、97・98年度研究指定校を中心に検討する。特に東市小学校と大正中学の場合、いじ めや不登校、校内暴力などの学校の「荒れ」への対応が大きな課題となっている。紙数の関係で、
大正中を中心に検討する。
1.1.1.大正中学の事例
「学校は、『自己変革』=『学び』を起こす場」として積極的に位置づけ直そうという思いか ら次の目標が掲げられている。
「自分の『らしさ』に気づき、自尊感情を高め、同時に他者の『らしさ』を認め合える。そし て、違いがあるから楽しいという価値観を育て、より豊かにつながるためのコミュニケーション 能力を高めていくこと。これらのための集団づくりを推し進めなければならないと考え、めざす 子ども像と重点課題を次のように定義した。」
◎めざす子ども像……差別とたたかう子 1)「自分らしさ」を表現することのできる子 2)なかまの「らしさ」を認めることのできる子
3)なかまの喜び・苦しみ・痛み・怒りを感じ、共に歩んでいける子
◎重点課題
1)子どもたちが、自分らしさを発揮できる多彩な場面を設定しよう。
2)子どもを評価する方法、場面の工夫をより積極的なものにしよう。
3)集団主義の原則をふまえた教科授業の研究・改革を推し進めよう。
◎取り組みの方針
1)すべての子どもたちが自分らしさを表現できる授業の創造
2)反差別の教育実践による人権文化の創造……課題別(部落問題学習、障害児教育、在日 コリアン教育、平和教育、男女共生教育)
3)自らの生き方を切り拓く進路保障の確立
4)反差別の教職員集団の碓立 5)活力ある自主活動の展開
6)「ぬくもりの文化」を学ぶ空間としての同和教育補充学級 7)保・幼・小・中の校区連携
特に興味深いのは、参加と選択をキーワードにした活動である。具体的には、「大中タイム」
の充実としての「やってみたいな講座」、職業体験学習、校区連携としての「ジョイントレッス ン」の3つである。「やってみたいな講座」とは、クッキング、フィッシング、コンピュータ、
陶芸、紙飛行機などの趣味の講座で、これ以外に生徒会主催のユニセフ講演会、ユネスコ講演会 なども企画されている。職業体験学習は、夏休みの1日を校区内の事業所で体験する企画である。
50数ヶ所の職場に依頼し、次の目的を持って展開された。
◎自分の特性や「よさ」をみつけだし、それを通じて、将来にたいする目的意識を持っ。
◎どの仕事にも様々な喜びと苦労があり、社会的役割、必要性があることを理解する。
◎学習意欲を高め、日常の行動の自己点検力を強くする。
「ジョイントレッスン」は、小学生体験入学の充実の一環として小学校6年生と中学1年生を 対象に「9教科の合同授業=ジョイントレッスン」として、96年度から実施されている。98年度 の実施教科は以下の通りである:国語「TAICHUQUEST−クマさんの逆襲−」、社会「君はジャ ラミを見たか?−ウルトラ怪獣探検隊」、数学・技術・家庭「パソコンを使って磁石に絵をかこ う!」、理科「どリビリ大作戦」、英語「Let splaytheHamburgerShop!」、音楽「芯プル芯セ」、
保健体育「Highジャンプで気分もハイ!」、美術「Calligraphy」。
次に、人権学習のステージアップとして提起されているのが、「セレクトセミナー」と「コー スワーク」の取り組みである。人権学習のキーワードに挙げられているポイントは、「子どもた ちに『分からせる・変わらせる』から、子どもたちが『もっと知りたい・分かりたい!』と患え るものに」という点である。
「セレクトセミナー」は、96年度から、学年で共通の教材として準備されたもので授業するの ではなく、教師一人ひとりが自らの問題意識から出発し、教材も各自で準備し、「ザ・対決一原 発いるんじゃ!VS いらんのじゃ!」、「平和への道標一長崎の原爆遺跡は語る−」、「不戦」、
「知ってるつもり?!一沖縄の心−」の4つのテーマ別授業を設定し、生徒に自分の意志で授業 を選択させる方法をとっている。
「コースワーク」は、5つの人権問題をいくつかの小コースに分け、各コースの計画・運営を 担当の教師(各コース2名)と子どもで設計していくものである。96年度では次のようなコース
に分かれている。
◎在日コリアン問題学習:日本の侵略の歴史、日朝友好の歴史、在日朝鮮人の現状、朝鮮の文 化
◎部落問題学習:部落の起こり、差別の歴史と現状、解放運動と同和行政、部落の生活と文化
◎平和学習:修学旅行実行委員会、加害者としての日本・被害者としての日本、世界と戦争・
奈良県と戦争、部落研・障問研「あすなろ会」活動
以上のように、「参加と選択」というキーワードに基づいて、生徒の問題意識を覚醒し学習を
組織しようとしている点で、これまでの学習方法の見直しが行われている。この点は、他の学校
でも頗著であった。
1.1.2.その他の学校の主な事例
在校生徒の50%強が同和地区出身である東市小学校の場合、1998年度の新推進計画の作成によ り、教育改革5カ年計画の一環に「人権学習」を位置づけている。「人権学習」総合カリキュラ ムとして、1)総合カリキュラムにそった実践、2)部落問題学習の新教材の開発、3)参加型 学習の手法の活用、により「日常の授業改革に転化」させようとしている。総合カリキュラムの 全体目標は、「部落問題をはじめ様々な人権問題について学び、豊かな人権感覚と科学的認識を 育てる」、「日常生活の中で、『命を人権と共生』の取り組みを積み重ね、暴力や差別に憤り、共 になくしていこうとする意欲と実践力を育てる」の2つである。様々な人権問題を、障害児、労 働学習、部落問題、在日外国人、反戦・平和、共生・その他の6分野に分けそれぞれの目標と学 年別の課題が提示されている。
液上小学校は、水平社博物館が創設された地に所在する。同和教育の目標として、「人権部落 問題学習の確かな実践、児童の学力保障、わかる授業の実践」、「集団主義に基づく集団づくり」、
「地域・保護者との連携」の3点を挙げている。研究主題は「豊かな人権意識を培うための教育 内容の創造」で、視点として「豊かな人権意識の形成」、「総合的学習の確立」、「音声言語能力の 育成」、「集団づくり」の4点が指摘されている。
三郷小学校は、報告書によれば、奈良県下最大規模といわれる同和地区を有し、早くからの解 放運動と町同和対策行政の積極的推進によって地区改良事業が進み、同和教育も長い伝統を持っ
ている。同校の研究主題は、「一人ひとりが主体的に考え、行動できる力を培う授業の創造一人 権・部落問題学習を基盤とした主体的学習をめざして−」である。3つの柱として、「子どもが 主体的に学ぶ授業への改革」、「豊かな人権意識やエンパワメントを培う人権・部落問題学習の創 造」、「子ども一人ひとりの課題を大切にし、それぞれが自立した個と個を結ぶ『共同体』として の集団づくり」が設定されている。特に、「豊かな人権意識やエンパワメントを培う人権・部落 問題学習の創造」で指摘されている「人権・部落問題学習の改革」について次の点が特徴的であ
る。