博士(水産科学)鈴木賢一 学位 論文題名
アワビ ・セルラ ーゼ HdEG66 および HdEG53 の一次構造と機能に関する研究
学位論文内容の要旨
セルラーゼ(EC 3.2.1.4)は、セルロース鎖のロ‐1,4.グルコシド結合を加水分解する 酵素で、セルロースの糖化や発酵源化、食品加工、洗剤工業、環境エネルギー産業など 様々な分野での活用が期待されている。本研究では、未だ研究例の少ない水産動物セル ラーゼに関する生化学的性質や一次構造に関する知見を得るために、北海道の主要水産 増殖種のーっであるエゾアワビ(llaliotis discus hannaz)のセルラーゼの単離と性状 解析を行った。アワビの消化酵素のーつであるセルラーゼの作用特性を解明することに より、動物セルラーゼに関する生化学的理解を深めるだけでなく、増養殖用の高品質飼 料の開発に茄いて必要となるアワビの糖質分解機構に関する知見が得られるものと期 待される。
第1章ではアワビの消化器官中におけるセルラーゼ活性の分布を調べ、胃から採取し た消化液に高いセルラーゼ活性が認められた。このセルラーゼはアワビが摂餌した海藻 中の セ ルロ ー スの 分 解に 関 与し て い ると 考 えら れ た。 そ こで、この 消化液から CM‑Toyopearlカラムクロマトグラフィーによルセルラーゼを分画したところ、非吸着 画分と溶出画分のいずれにもセルラーゼ活性が検出された。これらの画分に含まれるセ ルラーゼの分子量は、活性染色とSDS‑PAGEの結果から66,000、53,000および100,000 と推定された。これらのセルラーゼはハイドロキシアパタイト等のカラムクロマトグラ フ ィ ー で 単 離 し 、そ れ ら の分 子 量に 基 づき 、HdEG66、HdEG53韜 よびHdEGl00と 命名した。
HdEG66を ト リプ シ ン消 化 す るとHdEG53と 同 じ電 気 泳動 移動度 を示し、同 一の N‑末端アミノ 酸配列を有する消化断片(53K断片)が得られた。その消化断片をさら にV8プロテア ーゼによって消化して得られた小断片の電気泳動パターンも、HdEG53 の消化物の 電気泳動パ ターンと同 一であった 。以上のこ とから、HdEG53はHdEG66 の53K断 片 と 共通 の 一次 構 造を有する と考えられ た。一方、HdEG66とHdEG53は、
CMCの粘度を急激に低下させるエンド型の反応様式を示し、かつ、不溶性のセルロース 基質の結晶領域も分解可能であった。また、その場合の主たる生成物はセロビオースで
あった。このような性質は、″processive″にセルロースを分解するセロビオハイドロラ ー ゼ の も の と 同 様で ある 。す なわち 、HdEG66とHdEG53はい ずれ もエ ンド 型の 酵素 であ り なが ら、 セロ ビオハ イド ロラ ーゼ 様の 反応特性を併せもつ酵素であると考えられた。
一 方、HdEGl00は 、分 子量 が約100,000とか なり大 きい 点で 特徴 的で あった。これまで の 報告 によ れば、動物セルラーゼの分子量は一般に55,000程度が最大であり、100,000 に 達す るも のは 無い。 また 、HdEGl00は3−6糖のセ ロオ リゴ 糖か らグ ルコースを遊離さ せ るこ とか ら、 ローグ ルコ シダ ーゼ 様の 反応特性を有することが明らかになった。さら に 、 本 酵 素 はCMCも分 解可 能で あり 、エ ンH型 セル ラー ゼと して の作 用も 有し てい た。
こ のよ うな 性質 は酢酸 菌な どで 数例 報告 されているエキソグルコシダーゼ(グルカング ル コ ハ イ ド ロ ラ ーゼEC3.2.1174)のも のと 良く 類似 して いる。 な船HdEGl00の部 分ア ミ ノ酸 配列 は酢 酸菌の 酵素 のア ミノ 酸配 列と相同性を示さないことから、本酵素は従来 知られていない新規のセルラーゼであると考えられる。
第2章 では ア ワ ビ 肝 膵 臓cDNAラ イ ブ ラ リ ー からPCRによ って、HdEG66の5 端非 翻訳 領 域と 翻訳 領域 および3 端非 翻訳 領域 を含む計1,898 bpの塩基配列を決定した。その 翻 訳 領 域1,785 bpの 塩基 配列 は594残基 のア ミノ 酸配 列を コー ドし てい た。 その 開始 コ ド ンMetか ら15残基 目ま での 領域 は、 タン パク 質を 用い て分析 したHdEG66のN― 末端 配 列に は存 在し ていな かっ た。 この 領域 は真核生物の分泌タンパク質のシグナルペプチ ド の特 徴を 満た してい るこ とか ら、HdEG66の分泌シグナルとして機能する領域と考えら れ た 。 そ れ に 続 くNー 末端103残基部 分は 糖質 結合 モジ ュー ル―2(CBM‑2)と相 同性 を示 し 、不 溶性 基質 に対す る結 合能 を有 して いる こと から 、本 酵素 のCBMであると考えられ た 。 こ のHdEG66のCBM一2類 似 領 域 に は3つのTrpの う ち2っ が 保 存 さ れ て い た 。 た だ し 、CBM一2にお いてジ スル フィ ド結 合を 形成 する と考 えら れて いるCysは本酵素では保 存されていなかった。
一方、HdEG66のC一末端447残基部分はNasガtermes takasagoensis Nt EG、Thermobif ida fusca E4、Clostridium cellulol yticum CelM、£thermocellum CbhA、ethermocellum CelDな ど の 代 表 的なGHF9セル ラーゼ の触 媒ド メイ ンと 、47.5、47.0、42.7、21.9およ ぴ20.5%の 同一 性を示 した 。ま た、GHF9 active site signaturesも おおむね保存され て い た 。 こ れ ら のこ とか ら、 本酵素 のC一末 端側447残 基領 域はGHF9セル ラー ゼの 触媒 ド メイ ンに 相当 する領 域で ある と結 論付 けられた。以上のことから、HdEG66は動物で初 め て の N一 末 端 にCBMを も つGHF9セ ル ラ ー ゼ で あ る こ と が 明 ら か に な っ た 。 一 方 、 ア ワ ビ 染 色 体DNAを 鋳 型 と し てPCRを 行 い、 約10k bpのDNA (lldCel・DNA)を 増 幅 し た 。 こ のHdCelは10,511 bpか ら な り11個 のイ ント ロン によ って 分断 され た12 個 の エ キ ソ ン で 構成 され るHdEG66の 構造 遺伝 子で ある と同 定さ れた 。こ のこ とか ら、
HdEG66は消 化管 内に存 在す る共 生微 生物 起源ではなく、アワビ自身を起源とするもので あ るこ とが 明らかになった。HdCelのイントロンと、他のGHF9動物セルラーゼ遺伝子(シ
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ロア リNtEGホヤCipCEL、ザリガニEG‑A)のイントロンの位置を比較した結果、これ らの遺伝子間で多くのイントロンが同一の位置に存在することが明らかになった。この ことから、これらの動物セルラーゼ遺伝子が共通のセルラーゼ遺伝子を起源とすること が強く示唆された。
以上のように、本研究ではエゾアワビからGHF9セルラーゼHdEG66およぴHdEG53を精 製することに成功し、それらの基本的な性質と一次構造を明らかにした。HdEG66はN→ 末端にCBM様の伸張領域をもっており、これまでに報告のない新規構造のセルラーゼで あることが明らかになった。さらに、遺伝子構造の解析により、このセルラーゼがシロ アりやザリガニなど他の動物セルラーゼと共通の遺伝子起源を有することが示された。
本研究により、動物セルラーゼに関する多くの生化学的知見と分子進化上の類縁関係に 関する知見を得ることが出来た。
学位論文審査の要旨 主 査 教授 尾島孝 男 副 査 教授 都木靖 彰 副査 助教授 澤辺智雄 副査 助教授 井上 晶
学位論文 題名
ア ワ ビ ・ セ ル ラ ー ゼ HdEG66 お よ び HdEG53 の一次構造と機能に関する研究
セルラーゼ(エンド‐1,4・ロ・グルカナーゼ、EC 3.2.1.4)は、セルロース鎖のロ‐1,4. グ ルコシ ド結 合を 加水 分解 する 酵素で、食品工業、洗剤工業、環境エネルギー産業な ど 様々な 分野 で有 用な 酵素 であ る。本研究は、北海道の主要水産増殖種のーつである エ ゾアワ ビ(llaliotis拙c珊五a朋aめ が消 化酵 素と して もっ セルラーゼの単離と性状 解析を行い、その反応特性や一次構造に関する知見を得たものである。本研究により、
未 だ不明 な点 が多 い動 物セ ルラ ーゼの構造と機能に関する理解が深まり、アワビのセ ル ロース 糖化 能に 関す る基 礎知 見が得られた。研究成果は以下のように要約される。
1.エ ゾ ァ ワ ビ 消 化 液 か ら 、TOYOPEARLCM‐650M、 ハ イ ド ロ キ シ ア パ タイ ト、 およ びSephac刪S_200を用いたカラムクロマトグラフィーにより、分子量100,000、66,000 およぴ53,oooの3種 類の セル ラーゼを単離することに成功した。それらのセルラー ゼ は 、 ア ワ ビ の 学 名 と 分 子 量 に 基 づ き 、HdEG100、HdEG66、 お よ びHdEG53と 命 名 さ れ た 。 そ れ ら の う ち 、 主 要成 分 で あ るHdEG66とHdEG53の 作 用 特 性を 解析 し、
いずれも至適pH6.3、至適温度40℃を示すこと、゛また3糖以上のセロオリゴ糖をセ ロビオ ース とグ ルコ ース に分 解することを明らかにした。一方、高分子セルロース か ら は セ ロ ビ オ ー ス と グ ル コ ー ス を 生 成 す る こ と を 明 ら か に し た 。 さ ら に 、 pーni廿ophenylcenooligosaccharideをHdEG66で分解した際の生成物を分析し、本酵素 の作用 部位 がセ ロテ トラ オー ス単位の中央部のグリコシド結合であることを明らか にした。
2.HdEG66とHdEG53の 部 分 ア ミ ノ 酸 配 列を 分析 し、 両者 は共 通の 触媒 ドメ イン を有 するが、HdEG66はそのN末端にcarbohydrate―bindingmodule(CBM)を有することを 明 ら か に し た 。 ま た 、 こ のCBMはHdEG66を 限 定 ト リ プ シ ン 消 化 す る と 切 断 除 去 され、HdEG53相 当の 触媒 ドメ インが生成することを明らかにした。このことから、
両 者 が 翻 訳 後 修 飾 の 違 い に よ っ て 生 じ た ア イ ソザ イ ム で あ る 可 能 性 を 示 し た 。 3. ア ワ ビ・ セル ラー ゼの 一次 構造 に関 する 知見を 得る ため に、 肝膵 臓か らcDNAラ イ ブラ リー を作 製し 、そ こからpolymerase chain reaction (PCR)によりHdEG66をコ ー ド す るcDNAを 増 幅 し た 。 ク ロ ー ン 化 さ れ たcDNAの 塩 基 配 列 を 解 析 し 、 そ の 1898bpの 塩 基配 列中の 翻訳 領域1,785bpの塩 基配 列か ら、594残 基の アミ ノ酸 配列 を 演 繹 し た 。 演 繹 ア ミ ノ 酸 配 列 のN末 端16残 基 はHdEG66の 分 泌 シ グ ナ ル に 相 当 し 、 そ れ に 続 く103残 基 部 分 はCBMと 同 定 さ れ た 。 一 方 、 残 り のC末 端 側447残 基 部分 はNastitermes takasagoensis NtEG、Thermobifida fusca E4、Clostridium ceDulolyticum CelM、 £thermoceJj伽CbhA、 ¢ 舶P瑚 旧c日H伽CelDな ど のGHF9 セルラーゼの触媒ドメインと、47.5、47.0、42.7、21.9およぴ20.5%の同―性を示 し 、glycosidehydrolaSefamily9のactivesitesignaturesを 有し てい たこ とか ら、
GHF9様 セ ル ラ ー ゼ の 触 媒 ド メ イ ン と 同 定 さ れ た。 こ の こ と は 、HdEG66が 動 物 で 初 め て のN末 端 にCBMを 有 す るGHF9セ ル ラ ー ゼ で あ る こ と を 示 し て い る 。 4. 一 方 、 ア ワ ビ 染 色 体DNAを 鋳 型 と し てPCRを 行 い 、 約10kbpのHdEG66の 構 造 遺伝 子(HdCel‐DNA) を増幅 することに成功した。HdCel‐DNAは10,511bpからな り11個の イン トロ ンに よって 分断 され た12個の エキ ソン で構成されていた。この こと から 、HdEG66は消 化管内 に存 在す る共 生微 生物 起源 ではなく、アワビ自身の ゲ ノ ム に コー ドされ てい るこ とが 証明 され た。HdCelのイ ント ロン と、 他のGHF9 動 物 セ ル ラ ー ゼ 遺 伝 子 ( シ ロ ア リNtEG、 ホヤCipCEL、 ザ リ ガ ニEG‐A) のイ ント ロンの位置を比較し、これらの遺伝子間で多くのイントロンが同一の位置に存在す ることを明らかにした。このことから、これらの動物セルラーゼ遺伝子が共通のセ ルラーゼ遺伝子から派生した可能性を示した。
以 上 の よ う に 、 本 研 究 は 、 エ ゾ ア ワ ビ か らGHF9セ ル ラ ー ゼHdEG66お よ ぴHdEG53 を 精製し、それらの基本的な性質と一次構造を明らかにするとともに、遺伝子構造の 解 析を通じて、本セルラーゼがシロアりやザリガニなど他の動物セルラーゼと共通の 遺 伝子起源を有することを明らかにしたものである。本研究により、動物セルラーゼ の 構造・機能に関する新知見、およぴ分子進化に関する重要な知見が得られた。これ ら の研究成果は、水産生物の機能タンパク質に関する研究を大きく進展させるもので あ る。よって審査員一同は、本論文が博士(水産科学)の学位を授与される資格のあ るものと判定した。