博士(農学)安 東賢 学位論文題名
家畜の発生、成長及び食肉の熟成に伴う 筋 原 線維 Z 線 の構 造変 化に関す る研究
学位論文内容の要旨
本論文は総頁数
172
頁の和文論文で、図66、表2
および引用文献220
を合み、他に2篇の参考文献が添えられている。
人類の食生活において主要な動物性蛋白質の供給源となっている食肉は家畜 の骨格筋である。家畜の屠殺後、骨格筋は死後硬直を起こすが、その後の熟成 に伴い軟らかくなり、風味も改善されて食味が良好な食肉になる。軟らかさは 食肉の品質を決定する要因の中で最も重要であり、熟成に伴う食肉の軟化は筋 原線維構造および結合組織構造の脆弱化によって起こることが明らかにされて いる。筋原線維構造の脆弱化の中で
Z
線の脆弱化は食肉の軟化に対して大きな 役割を果たしていると考えられている。Z
線の構造はa‑―アクチニンからなるZ 一フィラメントとそれらの間隙を埋めている無定形物質から構成されており、0.1 mM
のCa2+
によって無定形 物質が除去さ れるとZ
線は脆弱になることが知 られている。本論文は、家畜の発生段階におけるZ
線の形成および家畜の成長 に伴うZ
線の構造と構成成分の変化、特に無定形物質の性状変化を明らかにす ると共に、食肉の熟成に伴うZ
線の脆弱化の機構を解明することを目的として いる。(1)鶏の発生に伴うZ線の構造変化
鶏胚における筋原線維の形成を電顕により追跡すると、発生初期の未成熟の 筋原線維においてZ線は既に形成されており、Z−フィラメントの主成分である
a
−・アクチニンも筋原線維の形成に先んじて発現していた。これらの事実は、筋 原線維形成の初期段階でZ線が配列し筋原線維形成の核となり、これに細いフイ ラメントや太いフィラメントが集合して筋原線維が形成されることを示してお り、Z線が筋原線維の形成に重要な役割を果たしていることが明らかになった。また、7日目胚の胸筋においてはまだ筋原線維が形成されていなかったが、
脚筋の場合は
7
日目胚で既に筋原線維が形成されていた。また、胚の段階で形 成される筋原線維は胸筋においても脚筋においても幅の広いZ
線で構成されて いた。しかし、脚筋の場合は発生及び成長を通じて幅の広いZ
線で構成されて いるのに対して、胸筋の場合は孵化直前から幅の狭いZ
線へと変換し始め、孵化 後1週 齢 で 成 鶏 の 胸 筋 の 場 合 と 同 様 の 幅の 狭 いZ線 にな っ た 。Z線 の幅 と 筋 線 維 型は 密 接に 関 連し て いる こ と、 及 び卜 ロ ポニンT、ト ロポミオシ ン並びに コ ネ クチ ン も鶏 の発生の 過程で脚筋 型から胸筋 型に変換す ることから 発生初期 の 胸 筋 の 筋 線 維 は 脚 筋 型 と し て 発 現 す る こ と が 明 ら か に な っ た 。 (2)家畜の成長に伴うZ線の構造および構成成分の変化
家畜 の 成長 に 伴いZ線は 幅 が 広く な り、 堅 牢にな るが、この 変化は鶏の 場合 は10週 齢 まで 、 牛の 場 合は13カ月 齢 まで の 成長 初期に急 激に起こっ た。Z線 の 堅 牢 化は 家 畜の 成長に伴 い骨格筋の 発生張カが 大きくなる ことによっ て起こる も の と見 な され る。0.1 mMのCa2十を含む溶 液でZ線から無定 形物質を除 去して からZ―フィラメントの幅を測定すると成長に伴う変化は全く認められず、各成長 段階におけるa―‐アクチニン含量にも全く変化がなかった。従って、成長に伴う Z線 の構 造 変化 は 無定 形 物質 の 蓄積 に よる も の であること が明らかに なった。
家 畜 の 骨 格 筋 筋 原 線 維 を ホ ス ホ リ パ ーゼ 、Cで 加 水 分解 す るか 界 面活 性 剤 TritonX‐100で 処理すると りン脂質が 遊離するこ とを見出し た。また、 筋原線 維 のZ線 に は 筋 原 線 維 構 成 タ ン パ ク 質100g当 り 約1gの り ン 脂 質 が 存 在 し て い る こと が 明ら か にな っ た。 電 顕に よ る観 察 の結果 、ホスホリ パーゼCあるい はTritonX‐100処 理に よ り無 定 形物 質 はZ線 か ら消 失 する がa一 ア クチ ニ ン含 量 は 変化 し ない ことから 、リン脂質 は無定形物 質の主成分 であること が明らか に な った 。Z線 を 構成 す るり ン 脂質 の 量は 、 鶏 の成長の初 期段階で急 激に増加 し 、Z線 の 幅が 広 くな る こと と 良く 一 致し た 。 従って、家 畜の成長に 伴い無定 形 物 質の 主 成分 で ある り ン脂 質 の量 が 増加 し 、Z線の構造 が堅牢にな ることが 明らかになった。
(3)食肉の熟成に伴うZ線の構造および構成成分の変化
Z線の無定形 物質の主成 分であるこ とが明らか になったり ン脂質の量は鶏肉、
豚 肉 及び 牛 肉の 熟成に伴 うZ線の 脆弱化とよ く対応して 減少したが 、a−− アク チ ニ ン含 量 は殆 ど 変化 し なか っ た。 こ れら の 事実は 、食肉の熟 成に伴うZ線の 脆弱 化は無定形 物質の性状 変化に基づ くものであ り、Z‐ フィラメントは関与し ていなぃことを示している。即ち、食肉の熟成に伴い筋線維サイトゾルのCa2十濃度 が0.1mMに上昇するとCa2十とりン脂質問の反応が起こり、リン脂質が遊離するため にZ線が脆弱 になると考 えられる。また、この過程でCa2十活性化中性プロテアー ゼ で ある カ ルパ インは全 く関与して いなぃこと が明らかに なり、熟成 に伴う食 肉の 軟化に関す る「プロテ オリシス説 」は全面的 に否定され 、「Ca2十説」の正 当性が立証された。
これ ら の結 果 から 、 筋原 線 維のZ線 は発 生 の初期 段階に形成 されて筋原 線維 形 成 に重 要 な役 割 を担 っ てい る こと 、 家畜 の 成長に 伴いZ線の無定形 物質の主 成 分 であ る りン 脂 質量 の 増加 に よっ てZ線 が 堅 牢になるこ と、及び食 肉の熟成 に 伴 うり ン 脂質 の 遊離 に よりZ線が 脆 弱に な っ て、食肉の 軟化を惹起 すること を結論としている。
学位論文審査の要旨 主査
副査 副査 副査
教 授 高 教 授 齋 教 授 近 助教授 服
橋興威 藤善一 藤敬治 部昭仁
学 位 論 文 題 名
家畜の発生、成長及び食肉の熟成に伴う 筋 原線 維 Z 線の 構 造変 化に関 する研究
本論文は総頁数172頁の和文論文で、図66、表2および弓|用文献220を合み、他に 2篇の参考文献が添えられている。
家畜の骨格筋は屠畜後の熟成に伴い軟らかくなり、風味も改善されて食味が良好な 食肉になる。熟成に伴う食肉の軟化は筋原線維構造および結合組織構造の脆弱化によっ て起こることが明らかにされている。筋原線維構造の脆弱化の中でZ線の脆弱化は食 肉の軟 化に対して 大きな役割を果たしており、Z線の構造はaイクチニンからなる Z―フィラメントIとそれらの間隙を埋めている無定形物質から構成されている。本論 文は、家畜の発生段階に翁けるZ線の形成および家畜の成長に伴うZ線の構造と構成 成分の変化を明らかにすると共に、食肉の熟成に伴うZ線の脆弱化機構を解明するこ とを目的としている。得られた結果は以下の通りである。
(1)鶏の発生に伴うZ線の構造変化
鶏胚における筋原線維の形成を電顕により追跡すると、筋原線維形成の初期段階で Z線が配列し筋原線維形成の核となり、これに細いフィラメントや太いフィラメント が集合して筋原線維が形成されることが観察され、Z線が筋原線維の形成に重要な役 割を果たしていることが明らかになった。また、胚の段階で形成される筋原線維は胸 筋でも脚筋でも幅の広いZ線で構成されていたが、 脚筋の場合は発生及び成長を通じ て幅の広いZ線で構成されているのに対して、胸筋の場合は孵化直前から幅の狭いZ
線へと変換し始め、孵化後1週齢で成鶏の胸筋の場合と同様の幅の狭いZ線になった。
従って、発生初期の胸筋の筋線維は脚筋型として発現することが明らかになった。
(2)家畜の成長に伴うZ線の構造および構成成分の変化
家畜の成長に伴いZ線は幅が広くなり、堅牢になるが、この変化は鶏の場合は10週 齢まで、牛の場合は13カ月齢までの成長初期に急激に起こった。Z−フィラメントの 幅は成長に伴って全く変化せず、a−−アクチニン含量にも全く変化が認められなかっ た。従って、成長に伴うZ線の構造変化は無定形物質の蓄積によるものであることが 明らかになった。筋原線維のZ線には筋原線維構成タンパク質100g当り約1gのりン 脂質が存在していることを見出し、電顕観察の結果、リン脂質は無定形物質の主成分 であることを同定した。リン脂質の含量は、成長の初期段階で急激に増加し、Z線の 幅が広くなることと良く一致した。従って、家畜の成長に伴い無定形物質の主成分で あ る り ン 脂 質 の 含 量 が 増 加 し 、Z線 の 構 造 が 堅 牢 に な る こ と が 判 明 し た 。 (3)食肉の熟成に伴うZ線の構造および構成成分の変化
リン脂質の含量は鶏肉、豚肉及び牛肉の熟成に伴うZ線の脆弱化とよく対応して減 少したが、aーアクチニン合量は殆ど変化しなかった。これらの事実は、食肉の熟成 に伴うZ線の脆弱化は無定形物質の性状変化に基づくものであることを示している。
即ち、食肉の熟成に伴い筋線維サイトゾルのCa2+濃度が0.2 mMに上昇するとCa2+と りン脂質問の反応が起こり、リン脂質が遊離するためにZ線が脆弱になると考えられ る。また、この過程でCa2+活性化中性プロテアーゼカルパインは全く関与していな いことが明らかになり、熟成に伴う食肉の軟化に関する「プロテオリシス説」は全面 的に否定され、「Ca2+説」の正当性が立証された。
以上の成果は家畜の発生、成長及び食肉の熟成に伴う筋原線維Z線の構造変化を多 面的に追究して多くの新知見を見出したものであり、学術上貢献するところが大きく、
高く評価される。よって審査員一同は、最終試験の結果と合わせて、本論文の提出者 安東 賢 は博 士 (農学) の学位を受 けるのに十 分な資格が あるものと 認定した。