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学位論文内容の要旨

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Academic year: 2021

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博 士 ( 理 学 ) 尾 留 川 直 子

    学 位 論 文 題 名

    Cetacean osmoregulatory mechanisms based on

molecular analyses of receptors and transporters in the kidney

( ク ジ ラ 類 の 浸 透 圧 調 節 機 構 : 腎 臓 の 受 容 体 ・ 輸 送 体 の 分 子 生 物 学 か ら 探 る )

学位論文内容の要旨

  クジラ類のほとんどは海水という高 浸透圧環境に生息しており,そこで淡水を得る こと は非 常に 困難 で ある .し かし その体液 浸透圧や体液塩濃度は,海水の約3分の1 という陸生哺乳類と大きく変わらない 範囲に保たれている,クジラ類は海水中でどの ように体液浸透圧を調節しているのだ ろうか.汗腺を有しないことから,すべての塩 排出は腎臓を介していると考えられる .クジラ類の腎臓は数百から数千の分葉が集ま った特殊な構造をしており,その生理 学的意義は分かっていない.また海水摂取がほ とんど見られないことから,クジラ類 は食物の代謝によって生じる水を体内に維持し ていることが考えられる.ヒゲクジラ 類は主に体液が海水に近い海産無脊椎動物を食 し,ハクジラ類は魚や深層性のイカを 食する.高濃度な塩分を含む餌を捕食するクジ ラ類にとって,水を少しでも保持する 一方効率よく塩分を排出しなければならず,強 カな塩排出機構が備わっていると考え られるが,その実体は不明である.クジラ類に 関する研究は,イルカなどの小型鯨類 を用いた行動実験の報告が若干あるが,ヒゲク ジラ類を含む大型鯨類の報告はほとんど存在しない.近年の厳しい保護管理体制の下,

クジラ類を用いた電解質平衡に関する 研究は非常に少ない.このような厳しい研究条 件をクリアするため,分子生物学的ア プローチから取り組めないだろうかと考えた.

  本 研究 では, クジラ類の腎臓における浸透圧調節機構を探るため,野 生のクジラ4 鯨種の基礎的な体液成分を陸生哺乳類と比較するこ とから着手した.得られた結果か ら重要と考えられる受容体・輸送体分子に着目し, クジラ類の分葉腎における機能を 解 析 す る た め , 分 子 生 物 学 的 手 法 を 用 い て そ れ ら の 核 酸 配 列 の 同定 を行 った .   研究を始めるにあた り,野生の大型鯨類から新鮮な試料を採取するため,2002年北 西 太平 洋鯨 類捕 獲調 査(JARPNII)に 参加 した .ヒ ゲク ジラ 類の ミン ク,ニタリ,イ ワシクジラおよびハク ジラ類のマッコウクジラの雌雄複数個体より,血液と尿,核酸 抽出用および組織学的 解析用の組織を採集した.異なる浸透圧環境に生息する陸生哺 乳類と比較するため, 偶蹄目の乳牛およびヒトコブラクダ,フタコブラクダからも同 様の組織を採集し,そ れらの血漿および尿の浸透圧,電解質濃度,尿素濃度,血中ス テロイドホルモン濃度 ,血糖値を測定した.クジラとウシ,ラクダの間で血漿の浸透 圧および電解質濃度に 大きな差がないものの,クジラ類が尿を海水以上の浸透圧に濃 縮していること,その 成分としてはナトリウムと尿素が重要であることを証明した.

一方コルチコステロイ ド濃度には有意差が見られなかったことから,浸透圧調節機構 に深く関与していなぃ 可能性が示唆された.マッコウクジラに比ベヒゲクジラ類の血

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漿および 尿で高い 浸透圧 ,尿素濃度が検出されたことから,今回初めて,同じ測定系 でヒゲクジラ類とハクジラ類の体液浸透圧に違いがあることを明らかにした(第1章).

  ー般に, 高張尿 生成には 腎臓内に浸透圧勾配を形成することが必要であり,ナトリ ウムと尿 素が鍵を 握る. 第1章 の結果 から,実 際にクジ ラ類は,陸生哺乳類よりも高 濃度のナ トリウム と尿素 を尿中に排出していることが分かった.そこで腎臓において 抗利尿作 用を促進 するバ ソプレシン,および浸透圧勾配を形成する働きをもつ尿素輸 送体(UT)に的 を絞り ,それら の機能 を解析す るためcDNAのクロー ニング を行った .   哺乳類 の腎臓で は,窒 素代謝産物である尿素が浸透圧有効物質として受動的に輸送 され, その結果 腎臓内 に生じる 濃度勾配によって,尿細管からの水再吸収が促進され る. クジラ類 の腎臓 における 尿素輸送 体のcDNA配 列を同 定するた め,腎臓 より抽 出 さ れ たRNAを 用い て , コビ レ ゴ ンド ウ の 配列 情 報 を元 にRT‑PCR法お よ びRACE法に よ って 全 翻 訳領 域 を 含むcDNAの 塩 基配 列 を 決定 し た .4鯨種 のUT cDNAは,全長 約 2.5kbか らなり397残基 のアミノ 酸をコードしていた.哺乳類の尿素輸送体には,腎臓 特 異的 なA型と 広 く 発現 し て いるB型が存 在するが ,演繹 アミノ酸 配列はUT‑A2型と 高い同 一性を示 した.UT‑A2型は 腎臓の ヘンレ係 蹄の下 行脚に存在し,尿素の再利用 に重要 な役割を 果たし ていると される.演繹アミノ酸配列を鯨種間,陸生哺乳類と比 較した結果,クジラ類がクラスターを形成し,他の哺乳類とはりン酸化部位に違いが′

見られ たことか ら,ク ジラ類に 特有の調節機構の存在が示唆された.また生態の異な るヒゲクジラ類とマッコウクジラの間でも,リン酸化部位に違いが見られたことから,

腎 臓 の 尿 素 透 過 性 に 影 響 を 与 え て い る 可 能 性 が 示 唆 さ れ た ( 第2章 ) .   次にクジラの腎臓に発現しているバソプレシン受容体のサブタイプを同定するため,

分子 生 物学的 手法を用 いて, それらのcDNA配列を 解析した .哺乳 類のバソ プレシ ン 受容 体 には, 肝臓など 多くの 組織で発 現して いるVla型,主に 下垂体 で発現す るVlb 型, 腎 臓 に 特異 的 なV2型 が 存在 し ,Vla型 ,Vlb型とV2型 では 異なる情 報伝達 系を 介して ,抗利尿 作用や 血圧の調 節,糖新生など幅広い生理機能を制御している.現在 クジラ 類のバソ プレシ ン受容体 に関する報告はない.そこで陸生哺乳類の配列情報を 用 い てRT‑PCR法 を 行 い , ク ジ ラ の 腎臓 か ら 約850bpのVla型 ,Vlb型 , 約400bpの V2型 のcDNA断片を得 た.演 繹アミノ 酸配列 を鯨種間 ,陸生哺 乳類と 比較した 結果,

いずれ の受容体 もクジ ラ類でよ く保存されていることが明らかとなった.リガンド親 和性に 関わると される アミノ酸 残基に変 異は見 られなか ったも のの,N末細胞外領域 などに クジラ類 特有の 変異が見 られたことから,陸生哺乳類との間で調節機構に違い がある ことが示 唆され た.ヒゲ クジラ類とマッコウクジラの問でも変異が見られたこ とから ,食性の 異なる クジラ類 でバソプレシン受容体による浸透圧調節機構に違いが あることが示唆された(第3章).

  以上の一 連の研究 から, クジラ類は腎臓においてナトリウムと尿素を高濃度に排出 し ,高張 尿を生成 してい ることが明らかとなった.マッコウクジラに比ベ,ヒゲクジ ラ 類の血 液および 尿で高 濃度の尿素が検出されたことから,生態の異なるクジラ類の 間 で腎臓 の尿素透 過性に 違いがあることが示唆された.ヒゲクジラ類およびハクジラ 類 の腎臓 に発現し ている 尿素輸送体とバソプレシン受容体は,陸生哺乳類に比ベクジ ラ 類でよ く保存さ れてい たが,ヒゲクジラ類とマッコウクジラの間に変異が見られた こ とから ,実際の 体液成 分の違いはこれらによる浸透圧調節機構の違いを反映してい る ことが 示唆され た.

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学位論文審査の要旨

主 査    教授    浦野 明央 副 査    教授    小池 達郎 副 査    教授    高畑 雅一

副 査    助教 授   兵 藤    晋( 東京大 学海洋研究所)

     学位論文題名

    Cetacean osmoregulatory mechanisms based on

molecular analyses of receptors and transporters in the kidney

(クジラ類の浸透圧調節機構:腎臓の受容体・輸送体の分子生物学から探る)

  申請者は「鯨は海水の中でどうして生きていられるのか?」という疑問に分子生物学的な手法で取り組 み,その謎を解きほぐす端緒となり得る多くの新たな知見をもたらした。ここで,簡単に分子生物学的と 書いたが,分子レベルの研究を可能にするための新鮮凍結試料を入手することは至難の業である。したが って,申請者が得た結果は「クジラの生物学」研究に貴重なぺージを付け加えたと言ってもよいものであ る。以下,申請者が見いだした知見の主要なものを簡潔に記す。

  申請者は,まず,ヒゲクジラ類のミンク,二夕リ,イワシクジラおよびハクジラ類のマッコウクジ ラの雌雄複数個体より,血液と尿,核酸抽出用および組織学的解析用の組織を採集した。異なる浸透 圧環境に生息する陸生哺乳類と比較するため,偶蹄目の乳牛およびヒトコブラクダ,フタコブラクダ からも同様の組織を採集し,それらの血漿および尿の浸透圧,電解質濃度,尿素濃度,血中ステ口イ ドホルモン濃度,血糖値を測定した。クジラとウシ,ラクダの間で血漿の浸透圧および電解質濃度に 大きな差がないものの,クジラ類が尿を海水以上の浸透圧に濃縮していること,その成分としてはナ トリウムと尿素が重要であることを証明した。一方コルチコステ口イド濃度には有意差が見られなか ったことから,浸透圧調節機構に深く関与していない可能性が示唆された。マッコウクジラに比ベヒ ゲクジラ類の血漿および尿で高い浸透圧,尿素濃度が検出されたことから,今回初めて,同じ測定系 で ヒ ゲ ク ジ ラ 類 と ハ ク ジ ラ 類 の 体 液 浸 透 圧 に 違 い が あ る こ と を 明 ら か に し た 。   続い て,クジラ類の腎臓における尿素輸送体のcDNA配列を同 定するため,腎臓より抽出された RNAを 用い て ,コ ピレ ゴン ドウ の配 列情 報を 元にRT‑PCR法 およ びRACE法に よっ て全翻訳領域を 含 むcDNAの 塩基 配列 を決 定し た。4鯨種 のUT cDNAは, 全長 約2。Skbから なり397残基のアミノ 酸をコ ードしていた。哺乳類の尿素輸送体には,腎臓特異的なA型と広く発現しているB型が存在 するが ,演繹アミノ酸配列はUT‑A2型と高い同一性を示した。UT‑A2型は腎臓のへンレ係蹄の下行 脚に存在し,尿素の再利用に重要な役割を果たしているとされる。演繹アミノ酸配列を鯨種問,陸生 哺乳類と比較した結果,クジラ類がクラスターを形成し,他の哺乳類とはりン酸化部位に違いが見ら れたことから,クジラ類に特有の調節機構の存在が示唆された。また生態の異なるヒゲクジラ類とマ ッコウクジラの間でも,リン酸化部位に違いが見られたことより,腎臓の尿素透過性に影響を与えて いる可能性を示唆した。

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さらに,クジラの腎臓に発現しているバソプレシン受容体のサブタイプを同定するため,分子生物 学的手法を用いて,それらのcDNA配列を解析した。哺乳類のバソプレシン受容体には,肝臓など多 く の 組 織で発現 しているV1a型 ,主に下 垂体で 発現するV1b型 ,腎臓に 特異的なV2型が存 在し,

V1a型,V1b型とV2型では異 なる情報 伝達系 を介して,抗利尿作用や血圧の調節,糖新生など幅広 い生理機能を制御している。現在クジラ類のパソプレシン受容体に関する報告はない。そこで陸生哺 乳 類の配列 情報を用 いてRT_PCR法を 行い, クジラの 腎臓か ら約850bpのV1a型,V1b型,約400bp のV2型のcDNA断片 を得た 。演繹ア ミノ酸 配列を鯨 種間,陸生哺乳類と比較した結果,いずれの受 容体もクジラ類でよく保存されていることが明らかとなった。リガンド親和性に関わるとされるアミ ノ酸残基に変異は見られなかったものの,N末細胞外領域などにクジラ類特有の変異が見られたこと から,陸生哺乳類との間で調節機構に違いがあることが示唆された。ヒゲクジラ類とマッコウクジラ の問でも変異が見られたことから,食性の異なるクジラ類でパソプレシン受容体による浸透圧調節機 構に違いがあることを示唆した。

以上の一連の研究から,クジラ類は腎臓においてナトリウムと尿素を高濃度に排出し,高張尿を生 成していることが明らかとなった。マッコウクジラに比ベ,ヒゲクジラ類の血液および尿で高濃度の 尿素が検出されたことから,生態の異なるクジラ類の間で腎臓の尿素透過性に違いがあることが示唆 された。ヒゲクジラ類およびハクジラ類の腎臓に発現している尿素輸送体とバソプレシン受容体は,

陸生哺乳類に比ベクジラ類でよく保存されていたが,ヒゲクジラ類とマッコウクジラの問に変異が見 られたことから,実際の体液成分の違いはこれらによる浸透圧調節機構の違いを反映していることが 示唆された。

よって,申請者は,北海道大学博士(理学)の学位を授与される資格を有するものと認める。

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参照

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