博 士 ( 医 学 ) 宮 下 ち ひ ろ
学 位 論 文 題 名
一 般生 活環 境 レベ ルの ヒ ト胎 児期 PCBs .ダイオ キシン類曝露が 出 生 時 体 格 と 生 後 18 カ 月 時 の 免 疫 ア レ ル ギ ー に 及 ぼ す 影 響
学位論文内容の要旨
【背景と目的】PCBs .ダイオキシン類は難分解性の環境化学物質で動物やヒト組織から検出され る。これらの化学物質は胎盤を通過し,胎児は子宮内で曝露を受ける。胎児は化学物質に脆弱で,
胎児期曝露が出生後の次世代健康に与える影響が懸念されている・(Toft et al. ,2004) 。本研究 の 目的は,下記の(I )(II )(III )の研究を通じて一般生活環境での比較的低濃度のPCBs .ダ イ オキシン 類の胎 児期曝露 が新生児の体格および生後18 カ月の免疫アレルギーに及ばす影響を 検討することである。化学物質の体内負荷量に影響する要因は国や地域で異なるが,日本の妊婦 の曝露レベルと生活・食習慣などの多様な要因との関連を検討した報告はわずかである。そこで 最初に(I )日本の妊婦血のPCBs .ダイオキシン類濃度に関連する要因について検討した。次に,
PCBs
に おいて抗 エスト ロゲン様
PCBsの胎児期曝露が出生時体格を減少させると報告されたが明 確 な結論は得られておらず(Murphy et al. ,
2010),また,我カの研究グループは,母体血中ダ イ オキシン 類TEQ が
10倍にな る毎に 出生体重 が221g 減少 し,この傾向は特に男児で顕著である と既に報告しているが,PCBs と出生時体格の関連は検討されていない(Konishi et al. ,2009) 。 そ こで本稿 では(
II)PCBs および抗エストロゲン様PCBs の胎児期曝露と出生時体格との関連を 検討した。最後に,ダイオキシン類の胎児期曝露は出生後の胸腺萎縮や免疫異常と関連すると報 告 されたが(Smialowicz et al. ,
2008),母乳中のダイオキシン類濃度と血中免疫成分との関連 は認められず(Kaneko et al. ,
2006),一貫した結果が得られていないので,(m )PCBs .ダイオ キ シン類の 胎児期 曝露が生 後18 カ月時のアレルギー・感染症リスクに与える影響を検討した。
【対象と方法】本研究は,環境化学物質によるヒト次世代影響の解明と予防医学的リスク評価を 目 的とした 前向き 出生コホ ート研究 「環境 と子ども の健康に関する北海道スタディ(Hokkaido
Study on Environment and Children′
sHealth)」の一 部で, 対象者は
2002年
7月から2005 年
10月 の期間に札幌市の一般病院・産科を受診した妊娠23 週〜 35 週の妊婦で,インフオームドコ ン セントの得られた母児514 組である。自記式調査票により妊婦とその配偶者から,既往歴,教 育歴,世帯収入,ライフスタイルなどを,医療診療録から母児の分娩情報,児の出生時所見を,
ま た生後18 カ月時の追跡調査票から乳幼児390 名の受動喫煙,母乳期間,アレルギー・感染症発 症などの情報を収集した。妊娠中期〜後期に母親から採血し,高分解能ガスクロマトグラフイー・
高 分解能マ ススベ クトメト リー(HRGC/HRMS) で426 名の母体血中
PCBs.ダイオキシン類を測定し た 。解析方法は(I )母体血中PCBs .ダイオキシン類濃度に有意に関連する要因をステップワイ ズ法により重回帰分析を用いて,PCBs .ダイオキシン類濃度に対する相対的な影響カを検討した。
また(II )重回帰分析を用いて従属変数をPCBs 濃度,従属変数を出生時体格(体重・身長・胸囲・
―
344ー
頭 囲 ) と し て , 在 胎 週 数 , 非 妊 娠 時BMI, 採 血 時 期 , 出 産 歴 , 母 親 の 年 齢 , 妊 娠 時 飲 酒 歴 , 児 の 性 別 , 世 帯 収 入 で 調 整 し て 解 析 し た 。 妊 娠 高 血 圧 症 候 群 の 妊 婦 ・ 双 胎 は 対 象 か ら 除 外 し た 。 さ ら に
(m) ロ ジ ス テ ィ ッ ク 回 帰 分 析 を 用 い て 独 立 変 数 を ダ イ オ キ シ ン 類 濃 度 ( 四 分 位 ) , 従 属 変 数 を 食 物 ア レ ル ギ ー ・ ア ト ピ ー 性 皮 膚 炎 ・ 喘 息 ・ 中 耳 炎 の 発 症 リ ス ク と し て , 母 親 の 年 齢 , 教 育 歴 , 非 妊 娠 時BMI, 両 親 の ア レ ル ギ ー 疾 患 既 往 歴 , 年 長 同 胞 の 有 無 , 採 血 時 期 , 児 の 性 別 , 母 乳 栄 養 期 間 , 児 の 受 動 喫 煙 , お よ ぴ 集 団 保 育 歴 で 調 整 し 解 析 を 行 っ た 。 本 研 究 は 北 海 道 大 学 環 境 健 康 科 学 研 究 教 育 セ ン タ ー お よ び 北 海 道 大 学 大 学 院 医 学 研 究 科 医 の 倫 理 委 員 会 の 承 認 を 得 て 実 施 し た 。
【 結 果 】 本 研 究 は (I) 母 体 血 中PCBs. ダ イ オ キ シ ン 類 濃 度 と 母 親 の 年 齢 , 非 妊 娠 時 体 重 , 分 娩 年 , 北 海 道 居 住 期 間 , 出 産 歴 , 喫 煙 歴 , 妊 娠 時 飲 酒 状 況 , 魚 摂 取 量 , お よ び 牛 肉 摂 取 頻 度 の 間 に 有 意 な 関 連 を 認 め た 。 こ れ ら の 変 数 で ,PCBs. ダ イ オ キ シ ン 類 は 特 に 母 親 の 年 齢(PCBs: 標 準 化 ロ =0. 47,pく0.001) , 出 産 歴 ( ダ イ オ キ シ ン 類 : 標 準 化 ロ ニ ニ ―O.36,pく0.001) , お よび 分 娩 年 ( ダ イ オ キ シ ン 類 : 標 準 化 ロ ―O. 21,pくO.001)と 有 意 に 関 連 し た 。 ま た , (u)413名 の 母 児 で , 母 体 血 中 抗 エ ス ト ロ ゲ ン 様PCBs濃 度(log10)と 出 生 時 体 格 の 間 で 有 意 な 関 連 は 認 め な か っ た ( 体 重 : B:‑0. 032,pニニ0.49,身長:ロ=0. 015,p二ニ0.8,胸囲:ロニニ0.015,p−−O.8,頭囲:ロ ―O.05,p二ニ0.32)。 さ ら に , (m) 367名 の 母 児 で ,18カ 月 児 の 中 耳 炎 発 症 率 が , 母 体 血 中PCDFs TEQお よ びPCDFsの 異 性 体2,3,4,7,8−PeCDF濃 度 の 第1四 分 位 に 対 す る 第4四 分 位 に お い て 有 意 に 高 い こ と が 認 め ら れ た(PCDFs:OR=2.5,95%CI=1.1一5.9, 傾 向性p 0.027,2,3,4,7,8一PeCDF:OR=2.8,95%CI=1.2―6.6, 傾 向 性p =0. 015)。 さ ら に 男 児 で こ の 関 連 は 顕 著 で あ っ た(PCDFs:OR:3.8,95%CI:1.1―13, 傾 向 性p=D. 012)。 し か し , ダ イ オ キ シ ン 類 と ア レ ル ギ ー 発 症 リ ス ク の 問 に 明 確 な 関 連 は 認 め ら れ ず , ま た , PCBsと ア レ ル ギ ー お よ び 感 染 症 発 症 リ ス ク の 間 に も 明 確 な 関 連 は 認 め ら れ な か っ た 。
【 考 察 】 本 研 究 か ら , (I) 妊 娠 前 ・ 妊 娠 中 の 喫 煙 は 妊 婦 のPCBs ダ イ オ キ シ ン 類 濃 度 を 低 下 さ せ , こ れ は 喫 煙 に よ っ て 胎 盤 ・ 胎 児 を 含 む 母 体 外 へ 排 出 が 亢 進 す る こ と が 関 与 す る と 考 え ら れ た 。 ま た , 妊 娠 中 の 飲 酒 お よ ぴ 牛 肉 摂 取 は ダ イ オ キ シ ン 類 濃 度 を 増 加 さ せ , こ れ は 飲 酒 に よ る 肝 代 謝 の 変 化 お よ び 食 事 の 西 洋 化 に よ る 曝 露 源 の 変 化 が 関 与 す る と 考 え ら れ た 。 ま た , (n) 先 行 研 究 で , 本 研 究 の 結 果 と 同 様 に , 汚 染 魚 を 摂 取 す る 集 団 ( 血 中PCBs濃 度4.7ng/g)に お い て , 妊 娠 中 の 抗 エ ス ト ロ ゲ ン 様PCBs濃 度 は 出 生 時 体 重 と 関 連 が 認 め ら れ な か っ た(Murphy et al.,2010)。 本 研 究 対 象 者 の 母 体 血 中PCBs濃 度 は , 国 内 ・ 外 の 研 究 結 果 よ り も 低 い レ ベ ル で あ る の で ( 血 中PCBs濃 度 0. 45ng/g),PCBsの 胎 児 期 曝 露 が 新 生 児 の 出 生 時 体 格 に 与 え る 影 響 は 検 出 で き な か っ た 可 能 性 が 示 唆 さ れ た(Konishi et al.,2009)。 さ ら に , (m)ダ イ オ キ シ ン 類 の 胎 児 期 曝 露 は , 乳 幼 児 の 中 耳 炎 発 症 リ ス ク を 増 加 さ せ ,2,3,4,7,8―PeCDFが こ れ に 最 も 関 与 す る 可 能 性 が 示 さ れ た 。 ま た , こ の 傾 向 は 特 に 男 児 で 顕 著 で , ダ イ オ キ シ ン 類 の 毒 性 に 関 与 す る 芳 香 族 炭 化 水 素 受 容 体 の 感 受 性 にお ける性 差な どが関 与す ると考 えら れた。
【 結 論 】 一 般 生 活 環 境 に お い て ダ イ オ キ シ ン 類 の 胎 児 期 曝 露 は 胎 児 発 育 を 抑 制 し , 免 疫 系 に 影 響 を 与 え , 乳 幼 児 期 の 感 染 症 リ ス ク を 増 加 さ せ る 可 能 性 が 示 さ れ た 。 ま た , こ れ ら の 胎 児 期 曝 露 は , 成 長 後 の ア レ ル ギ ー 疾 患 な ど の 発 症 リ ス ク に 影 響 す る 可 能 性 が 考 え ら れ た 。 よ っ て , 他 の 環 境 化 学 物 質 に よ る 複 合 的 な 胎 児 期 曝 露 , 出 生 後 の 母 乳 や 離 乳 食 か ら の 曝 露 に よ る 影 響 に つ い て , 免 疫 機 能 が 発 達 し ア レ ル ギ ー 症 状 の 診 断 が 明 確 に な る 学 童 期 ま で 追 跡 調 査 す る 必 要 が あ る と 考 え ら れ た 。 現 在 の 胎 児 期 曝 露 は 安 全 な レ ベ ル で は な い 可 能 性 が あ る た め , 環 境 化 学 物 質 の 健 康 影 響 に 対 す る 予 防 原 則 の 観 点 か ら , そ の 環 境 へ の 排 出 を 規 制 し , 次 世 代 へ の 健 康 リ ス ク を 低 減 す る た め に 母親 の喫煙 や飲 酒など 生活 習慣の 改善 や社会 的環 境整備 が重 要であ ると 考えら れた 。
‑ 345 ‑
学 位 論 文 審 査 の 要 旨
学 位 論 文 題 名
一般生活環境レベルのヒト胎児期PCBs .ダイオキシン類曝露が 出生 時体 格と 生 後18 カ 月 時の 免疫 アレ ルギ ー に及 ぼす 影響
申請者は(
I)日本の妊婦血のPCBs .ダイオキシン類濃度に関連する要因,(II )PCBs および 抗エストロゲン様PCBs の胎児期曝露と出生時体格との関連,(1II )PCBs .ダイオキシン類の胎児 期曝露が生後18 か月時のアレル ギー・感染症リスクに与える影響を検討した。母児
514組を対象 とし,妊娠時の自記式調査票,医療診療録,およぴ出産後18 か月時の追跡調査票から両親および 児の情報を得た。妊娠中期〜後期の母体血中PCBs .ダイオキシン類を測定した。本研究では(I 、)
妊娠中の飲酒および牛肉摂取はPCBs .ダイオキシン類濃度を増加させ,また,妊婦の北海道居住 期間および分娩年の経過はPCBs .ダイオキシン類濃度を低下させた。また,(u )母体血中抗エス トロゲン様PCBs 濃度と出生時体 格の間で有意な関連は認めなかった。さらに,(m )ダイオキシ ン類の胎児期曝露は生後18 か月の中耳炎発症リスクを特に男児で増加させ,2 ,3 .4 ,7 ,8 ―PeCDF は この影響にもっとも関与することが示唆された。
主査の玉城教授から多変量解析を用いた結果に対する妥当性の質問があった。申請者は中毒事 故である油症でもPCDF の異性体である2 ,
3,4 ,7 ,8 ―PeCDF がもっとも症状と関連すると報告されて おり,本研究の結果と一致すると説明した。また動物実験でもダイオキシン類の胎児期曝露によ る免疫抑制効果が実証されていることから,本研究の結果の妥当性を説明した。しかし,本研究 は乳幼児の生体試料を得ておらず,血中免疫成分の評価がされていない点が不十分であると説明 した。副査の寺沢教授から倫理審査の重要性に関する質問があった。申請者は倫理審査の際は具 体的で詳細な研究計画を作成し,研究の目的,意義,対象者に対するインフオームドコンセント の取得方法,研究により期待される成果,予測される危険と不利益に対する配慮などの情報を含 む必要があると説明した。副査の有賀教授から乳幼児の18 か月のアレルギー・感染症発症リスク
―
346―
彦 宏
一 正
英
典
浩
城
藤
沢
賀
玉
佐
寺
有
授
授
授
授
教
教
教
教
査
査
査
査
主
副
副
副
評 価 に 関 し て 質 問 が あ っ た 。 申 請 者 は 本 研 究 で は 乳 幼 児 の ア レ ル ギ ー ・ 感 染 症 リ ス ク を 評 価 し , こ の 結 果 が 成 長 後 に 継 続 す る か , ま た ア レ ル ギ ー 発 症 リ ス ク と 関 連 が な ぃ と い う 結 果 が 妥 当 で あ る か は 学 童 期 ま で 追 跡 し な い と 結 論 が 得 ら れ な ぃ と 説 明 し た 。 副 査 の 有 賀 教 授 か ら ダ イ オ キ シ ン 類 の 曝 露 に 対 す る 感 受 性 の 性 差 に つ い て 質 問 が あ っ た 。 申 請 者 は
PCBs. ダ イ オ キ シ ン 類 は 内 分 泌 か く 乱 物 質 で あ り , 性 ホ ル モ ン の 作 用 に よ り 男 児 が 影 響 を 受 け や す ぃ 可 能 性 が 報 告 さ れ て い る こ と を 説 明 し た 。 ま た , 先 行 研 究 で , ダ イ オ キ シ ン 類 曝 露 に 対 し て 性 比 , 出 生 体 重 に お い て も 男 児 が よ り 影 響 を 受 け や す い こ と が 報 告 さ れ お り , 本 研 究 の 結 果 と 一 致 す る と 説 明 し た 。 副 査 の 佐 藤 教 授 か ら 飲 酒 と ダ イ オ キ シ ン 類 濃 度 と の 関 連 に つ い て 質 問 が あ っ た 。 申 請 者 は 日 本 の 成 人 を 対 象 に し た 先 行 研 究 で も , ア ル コ ー ル 摂 取 が 血 中 ダ イ オ キ シ ン 類 濃 度 を 増 加 さ せ る こ と が 報 告 さ れ て お り , 本 研 究 の 結 果 と 一 致 す る と 説 明 し た 。 こ の 先 行 研 究 で は 詳 細 な メ カ ニ ズ ム は 不 明 で あ る が , ア ル コ ー ル 摂 取 が 肝 臓 代 謝 に 影 響 し ,
2次 的 に ダ イ オ キ シ ン 類 代 謝 に 影 響 す る 可 能 性 と , 高 脂 肪 の 食 品 摂 取 の 代 理 指 標 と な っ て い る 可 能 性 が 示 唆 さ れ て お り , 本 研 究 も 同 様 な 可 能 性 を 示 し た と 説 明 し た 。 副 査 の 佐 藤 教 授 か ら 母 体 血 中 ダ イ オ キ シ ン 類 濃 度 を 四 分 位 で
4群 に 分 類 し た 解 析 に つ い て 質 問 が あ っ た 。 申 請 者 は ア レ ル ギ ー 感 染 症 リ ス ク に 対 し て , も っ と も 低 い 群 と 高 い 群 で 比 較 を 行 い , 集 団 と し て の り ス ク 差 を 検 討 す る 目 的 で 解 析 し た と 説 明 し た 。 ま た , ダ イ オ キ シ ン 類 濃 度 を 連 続 変 数 で 解 析 し て も 結 果 に 対 す る 有 意 性 は 同 じ で あ っ た と 説 明 し た 。
こ の 論 文 は 一 般 生 活 環 境 に お い て ダ イ オ キ シ ン 類 の 胎 児 期 曝 露 が 免 疫 系 に 影 響 を 与 え , 乳 幼 児 期 の 感 染 症 リ ス ク を 増 加 さ せ る 可 能 性 を 示 し た 点 で 高 く 評 価 さ れ , 今 後 , 免 疫 機 能 が 発 達 し ア レ ル ギ ー 症 状 の 診 断 が 明 確 に な る 学 童 期 ま で 追 跡 調 査 す る こ と に よ り , さ ら に
PCBs. ダ イ オ キ シ ン 類 の 次 世 代 の 健 康 影 響 も 評 価 す る こ と が で き る と 期 待 さ れ る 。