博士 ( 地球 環境 科 学) 長 谷川 理
学位論文題名
Genetic structure of two gull specleSbaSed OnmitOChondrialDNACOntrolreg10nSequenCeS (ミトコンドリアDNA コントロール領域の塩基解読による カモメ2 種の遺伝構成の解明)
学位論文内容の要旨
生物 は 、 種内 や 個 体群 内 に 遺伝 的変異を 保持して いる。 その遺伝 的変異 の数や頻 度か らなる集 団の構 成を、遺伝構成(genetic structure)と言う。遺伝構成の形成には、過去の集 団サ イ ズ の変 動 、 遺伝 的 交 流の 距 離や方 向、遺伝 的交流 を妨げる 地形的要 因など が影響を 与える。 そのた め、生態 的特徴や 生息域 が共通す る種問 では、遺 伝構成も似通ったものにな る可能性 がある 。逆に近 縁種聞や 同所的 に分布す る種間 でも、生 態的特徴の違いによって異 なる遺伝 構成が 形成されると考えられる。しかしこれまでの研究の大半は、対象種や個体群に ついての み遺伝 的特徴を 把握する ことに 終始し、 種問に 見られる 生態的特徴の差異と遺伝構 成との関 連は十 分に論じられていない。本研究では、同属に分類され、分布域が重なっている ウミネコ(Larus crassirostris)とオオセグロカモメ(L. schistisagus)の遺伝構成の違いにつ い て 、 二 種 の 生 態 的 特 徴 の 違 い と の 関 連 を 明 ら か に す る こ と を 目 的 と し た 。 本研究で 対象と した二種 は、と もに沿岸 域に適 応してお り、生息 環境や餌種、繁殖行動 など生態 的特徴 に多くの共通点が見られる。どちらも飛行能カにすぐれており、長距離の移動 が可能で ある。 ウミネコの分布域は、九州、朝鮮半島からオホーツク海に到る日本近海、オオ セグロカ モメの 分布域は、東北地方から北海道周辺、カムチャッカ半島であり、二種の分布域 は北海道 周辺で 重なって いる。二 種の間 に見られ る最も 大きな生 態的特徴の違いは、群れの 集合性で ある。 ウミネコが数百〜数千巣にも及ぶ大きな繁殖コロニーを形成するのに対し、オ オセグロカモメの繁殖コロニーは数十〜数百巣程度の規模で、単独巣も多く見られる。ウミネコ の 方 が 巣 間 距 離 も 短 く 、 群 飛 行 動 と い っ た 個 体 間 の 協 調 行 動 も 見 ら れ て い る 。 ニ種の遺伝構成は、ミトコンドリアDNAコントロール領域の解析により求めた。各繁殖コロ ニー に お いて 雛 を 捕獲 し 、 翼下 静 脈から 血液を採 取した 。その血 液からDNAを抽 出し、PCR 法によっ て解析 対象領域を増幅した後、オートシークエンサーを用いて塩基配列を解読した。
本研究の主だった内容は、4章から構成される。
第1章 では、 遺伝構成 を解明 するため の解析領域を選定した。上記の二種にカモメ(五,
caぬus)を加えた3種について、ミトコンドリアDNAのチトクローム6領域とコントロール領域の全 塩基配列 を解読 し、それらを種問およぴ種内で比較することで高変異領域を特定した。コント ロール領域全体では、チトクロームろ領域よりも約2倍程度置換速度が速く、またコントロール 領域内では、5 端付近に塩基置換が局在していることが分かった。この結果から、コントロール 領域5 付近の438 bpおよび373 bpを解析領域とした。
第2章 では、 ウミネコ とオオ セグロカ モメの系 統関係 を推定す るため、DNAデータベース
ー1588―
に登録されていた他種のカモメの塩基情報とともに、近隣結合法により系統樹を作製した。ウミ ネコは、大型カモメのクレードの最も早い時期に分岐しており、対照的にオオセグロカモメは、
最も遅く分岐していることが分かった。ウミネコとオオセグロカモメの分岐年代は約100〜140万 年程度と推定された。
第3章で は 、 二種 の 分 布 域が 重 な ってい る北海道 周辺の 個体群( ウミネ コ60所、オ オセ グロ カモメ4ケ所 )を対象 として 、コント ロール 領域438bpの解析によルニ種の遺伝構成を求め た。確認されたハプロタイプ数はウミネコの方が多かった(ウミネコ26種類、オオセグロカモメ16 種類 )もの の、ウミ ネコでは1種 類のハプ ロタイ プの頻度 が約6割〜7割を占 める極端に偏った 頻度分布であったため、遺伝的多様度は非常に低い値となった。ウミネコのネットワーク樹は、
一つ のハプ ロタイプ を中心と してそ の他タイ プが放 射状に位置する形状となった。一方のオオ セグロカモメでは、極端な頻度の偏りがなかったため、遺伝的多様度は比較的高い値を示した。
ネットワーク樹では、各ハプロタイプが連続的に連なり、全体に広がりをもった形となった。急増 指数(expansion coefficient)を求めると、ウミネコで25.8、オオセグロカモメでは7.6という値 を示 した。 この指数 について 他種の カモメで は、急 増の程度が大きいとされる種で15〜20、個 体数が安定していたと考えられる種で5〜 10という値が報告されている。このことから、ウミネコ の 個 体数 は 他種と 比べて も非常に 急増傾 向が強い と推測 され、オ オセグロ カモメ の個体数 は 安 定 して い た と推 測 さ れた 。Tajimaの中 立 性 検定 の 値(D; Tajima 1985)から も同様 の傾向 が導かれた。ウミネコでは有意な負の値をとり、過去の個体数の急増が示唆された。オオセグロ カモメでも負の値を示したものの、ゼロからの有意なずれは検出されなかったため、大きな個体 数変 動は示 唆されな かった。Mismatch distribution解析で は、オオ セグロカ モメにおいても 過去 に個体 数増加を 経験して いるこ とが示唆 された が、増加の程度はゆるやかであったと推測 された。一方のウミネコではほばゼロに近い個体数から現在のような数十万という個体数ヘ、非 常に短期間で増加したと示唆された。
第4章で は 、 ウミ ネ コ は 日本 各 地 の13個体 群、オ オセグロ カモメは 第3章と同じ く4個 体 群を 対象と して、コ ントロー ル領域373bpを解 読した 。本章で は、個 体群問の 遺伝関係に焦点 をあ て、正 確確率検 定による 遺伝的 差異の判 定、お よび遺伝距離(DA、¢ST)の計算を行った。
オ オ セグ ロ カモメ ではす べての組 み合わ せで遺伝 距離が 小さく、 正確確率 検定に 有意差が 見 られなかった。対してウミネコでは、異質な遺伝的特徴を持つ個体群の存在が明らかとなった。
そ の 個体 群 とは、 南方に 位置する3個 体群と北 方の1個体群 であり、 これら は地理的 距離の遠 い 個 体群 と の間の みなら ず、近い 個体群 との間で も遺伝 的距離が 大きく、 有意な 遺伝的差 異 が見られた。
以上 のこと から、ウ ミネコ は分岐年 代が早 いものの、現在の個体数はごく最近の急激な増 加によって確立されたということ、また、いくっかの遺伝的に異質な個体群が存在するということ が明 らかと なった。 一方のオ オセグ ロカモメ は、比 較的安定した個体数を維持し、個体群聞の 遺伝的差異も見られないことが分かった。こうした違いは、二種の集合性の違いに基づく、新規 コロニーの創設パタンに関係しているのではないかと推測される。ウミネコは少数個体で新たな 生息地を次々に開.拓することは無く、新しい繁殖コロニーが創設される際には、非常に短期間 にコロニーの規模が拡大することが知られている。そのため、ウミネコでは繰返し創設効果が働 いて、遺伝的多様性が小さくなりやすいのであろう。そして、新しい個体群に創設効果が働くた め、 遺伝構 成の異な る個体群 が生じ ると考え られる 。対照的にオオセグロカモメは、少数の個 体 か ら徐 々 に分布 域を広 げつつ個 体数を 増加させ るとい った傾向 がある。 そのた め個体数 の 増 減 が 小 さ く 、 個 体 群 間 の 遺 伝 的 差 異 も 生 じ に く い の で は な い か と 考 え ら れ る 。
学位論文審査の要旨
主査 教授 松田洋一 副査 教授 東 正剛 副査 助教授 増田隆一
副査 教授 阿部周一(大学院水産科学研究科)
副査 助教授 綿貫 豊(大学院水産科学研究科)
学位論文題名
Genetic structure of two gull specleSbaSed OnmitOChondrialDNACOntr01reg10nSequenCeS (ミトコンドリア DNA コントロール領域の塩基解読による カモメ 2 種の遺伝構成の解明)
生 物 集 団 に お け る 遺 伝 構 成(genetic structure)の形 成に は、 過去 の集 団サ イズ の変 動 、遺 伝的 交流 の距 離や 方向 、 遺伝的交流を妨げる地形的要因などが影響 を与える。そ の ため 、生 態的 特徴 や生 息域 が 共通する種間では、遺伝構成も類似したも のになる可能 性 があ る。 逆に 近縁 種聞 や同 所 的に分布する種間でも生態的特徴の違いに よって異なる 遺 伝構 成が 形成 され ると 考え ら れる。そこで申請者は、同属に分類され分 布域が重なっ ているウミネコ(エar1硲(閲sSir鄒tガ.S)とオオセグロカモメ(L.s曲お髄agus)に着目 し 、 こ れ ら2種 に お け る 遺 伝 構 成 の 違 い を 調 ベ 、2種 間 の 生態 的特 徴の 違い との 関連 を明らかにする ことを目的として本研究を行った。
こ れ ら2種 の 遺 伝 構 成 を 調 べ る た め に 、 最 初 に ミ ト コ ン ドリ アDNAの 解析 領域 の選 定 を行 った。ウミネコ、オオセグロカモメにカ モメ(L.canus)を加えた3種について、
ミ ト コ ン ド リ アDNAの チ ト ク ロ ー ムb領 域 と コ ン ト ロ ー ル 領域 の塩 基配 列を 解読 し、
そ れら を種 間お よ乙 瀧内 で比 較 することで高変異領域を特定した。その結 果、コントロ ー ル 領 域 全 体 で は チ ト ク ロ ー ムb領 域 よ り も 約2倍 程 度 置 換速 度が 速く 、ま たコ ント ロ ール 領域 内で は5 端付 近に 塩基 置換 が局 在す るこ とを 見いだした。こ の結果から、
コ ン ト ロ ー ル 領 域5 付 近 の438bpお よ び 373bpを 解 析 領 域 に 決 定 し た 。 次 に 、 ウ ミ ネ コ と オ オ セ グ 口カ モメ の系 統類 縁関 係を 推 定す る目 的で 、DNAデ 一夕 ベ ース に登 録さ れて いる 他種 の カモメの塩基情報を利用して、近隣結合法 と最節約法を 用 いて 系統 樹を 作製 した 。そ の 結果、ウミネコは大型カモメのクレードの 最も早い時期 に 分岐 し、 対照 的に オオ セグ 口 カモメは最も遅く分岐したことを明らかに した。また、
ウ ミ ネ コ と オ オ セ グ ロ カ モ メ の 分 岐 年 代 は 約130万 年 前 程 度 と 推 定 し た 。
2種の分布 域が重な る北海道 周辺の個 体群(ウミ ネコ6力所、オオセグ口カモメ4 力所)を対象として、コント口ール領域438bpの解析により2種の遺伝構成を調べた。
用いた個 体群で、 ウミネコ26種類、オオセグ口カモメ16種類のハプロタイプを検出 した。ハプ口夕イプ数はウミネコの方が多かったが、1種類のハプロタイプの頻度が約 6〜7割を占める極端な頻度分布を示し、むしろ遺伝的多様度が低いことを明らかにし た。一方、オオセグ口カモメでは極端な頻度の偏りがなかったため、遺伝的多様度は比 較的高い値を示した。急増指数(expression coefficient)はウミネコで25.8、オオセ グ口カモメでは7.6となり、ウミネコの個体数は非常に急増傾向が強く、オオセグロカ モメの個体数は安定していたと推定された。また、Ta;jimaの中立性検定の値からも同 様の結果が得られた。mismatCh出smbLltion解析の結果からは、オオセグロカモメに おいても過去に個体数増加を経験したことが示唆されたが、増加の傾向は緩やかであっ たと推定された。
次に、ウミネコでは北海道から西日本に至る地域から12カ所と韓国から1力所、オ オセグロ カモメで は北海道 の4力所の個体群を対象として、コントロール領域373bp の塩基配列を解析し、個体群間遺伝構成の地域差を調べた。オオセグロカモメでは全て の組み合わせで遺伝距離が小さく、正確確率検定に有意差が見られなかった。それに対 してウミネコでは異質な遺伝的特徴を持つ個体群の存庄が明らかになった。その個体群 は、南方 に位置す る3個体群 と北方の1個体群であり、これらは地理的距離の遠い個 体群間だけでなく、近い個体群との問でも遺伝距離が大きく、有意な遺伝的差異が見ら れた。
以上の結果に基づき、申請者は、ウミネコは分岐年代が早いものの、現在の個体数は ごく最近の急激な増加によって確立されたこと、また、幾っかの遺伝的に異質な個体群 が存在することを示唆した。一方のオオセグロカモメは、比較的安定した個体群を維持 し、個体群間の遺伝的差違も見られないことを明らかにした。このような違いは2種 間の集合性の違いにもとづく新規コロニーの創設パターンに関係することを推測させる ものである。本研究の結果は、ウミネコでは新しい個体群に創始者効果が働き遺伝構成 の異なる個体群が生じる可能性を示すとともに、対照的にオオセグ口カモメでは、個体 群における個体数の増減は小さく、個体群間の遺伝的差違も生じにくいことを強く示唆 している。
本研究は、綿密な研究計画のもとに実施されたものであり、得られたデ一夕も豊富で かつ精度の高いものである。また得られた結果にもとづいて論理的な考察がなされてお り、論文としての完成度も高い。本研究の成果は、学術的にも価値の高いものであり、
烏類の生態学に限らず、広く個体群生態学や進化生態学の発展に寄与するものと考えら れる。
審査員一同は、これらの成果を高く評価し、また研究者として誠実かつ熱心であり、
大学院課程における研鑽や取得単位なども併せ申請者が博士(地球環境科学)の学位を 受けるに十分な資格を有するものと判定した。