フ8o 長崎医学会雑誌第31巻第11号780−865頁
志賀型赤痢菌に因る流行例と其の感染要因に関 する考察並びに原因菌の性状に関する知見補遺
第I報 流行状況と要因究明(2)
長崎大学風土病研究所血清学部
高橋庄四郎
了二刀■ はL L上う L ろう
緒 言 既報Ⅰ(1)招)に於いてほ本疫禍に於ける流
行状況の大要を叙すると共に,其の感染要因 の贅料を,主として地理学的条件並びに社会 的現象に求めて論究したのであるが,本報Ⅰ
(2)に於いてほ生物学的諸統計値を主材として
:本論を靡けることにする.猶簡略ながら臨林 所見等に就いても言及する予定である.
Ⅶ 流行要因に関する考察〔6〕
本流行の感染様式或は関聯事象に対する考察基準 を統計数値の領域に求めるに当って予め統計資料に 就いて一言しておきたい.
(王)統計資料に就いて 貝.資料の純度
既述蝿)の様に著者が検索に眉宇したのは流行の 来期でJ其の検索範關ま患者及び病後保菌者に就い ては殆ど全例に亘り得たのであるが,健康保菌者に 関する検索は特殊な部落に限還されていた・依って 本朝統計には相当局保存記録に拠る重科も統合する
ことにしたのであるが,従って著者が全く関与しな かった例も包含されているわけである.而して当局 記録というのほ臨牡決定王こ依ったものであるから,
嘉に下痢症患者に比較的麗々経験されるSlljgetla以 外の原因菌が問題と成り・或は是れを暫く措くとし ても少くもShigellaの範囲に於いて其の菌塾が問 題と成り得ることは当然のことである.敢えて叙上 のことに触れたのはJ菌寝間定完了迄闘王室り得ず 且つ全く散発的な卿こ過ぎなかったのでほあるが,
S.paratyphiAと憩還されるものが検出されている ためである・〔後報参照.)勿論本例は諫痢菌との混 合感染例であってもよいわけで,Salrnon亡lI〇Sisに関 するものではあるが1名(の保菌者から4SalmoneIla typesが分離されたという A・PーJuenke一望n)(1945り
の報告もあることである.亦Slligellosisの範閏で 云うと)小張帥)(1954)に依れば昭和20年・21年
(1945J1946〕は志賀塾菌に因る流行が椙源を極め,
其の菌検出率は全菌型の夫々51.即を,68.0%という 破格の高率を京した年次であるが,猶中村菌・大原 菌・Scbmitヱ菌其の他の菌塾も認められ,中村菌の 如きは上記年次に夫々41.9ヲ左・23・4%を示している のである・
本章釘こ於いては少なくも本流行に関して重要な位 置を占める碍患者ャ患者発生部落居住者〔但し死 亡者・不在者を除く〕の殆ど総べてを槙了し得てい ること,且つ是れ等患者・治癒者・健康者の何れよ り分離された赤痢菌も其の菌型は志賀塾菌と憩われ るもの唯1種に限定されていたことからJ本流行に 際して臨故的に赤痢乃至疫痢と診琵されたものは一 応是れを志賀型赤痢菌に因るものとして統討に附す ることにした次第である.然し乍ら叙上の考察経過 からすれば,統計試料全例に就いての菌検索を完了 し得てないことは統計条件不充分と申さざるを得な い訳で)是れが戴に釈謹を敢えてした所以である.
因みに本流行でほ統計資料不充分な為め結論を下 すことの困難な場合に遭遇することもある.従って 斯かる場合を追究するとすれば,其の過程繁雑に堕 することも原則的には避け草野、処である.黙し本朝
志賀塾赤痢菌に因る流行劉と其の感染要因に関する考察並びに原因菌の性状に関する知見補遺 781 で旺課題に応じて是れを敢えてする場合もあること
を附記しておきたい.
B.昭和21年度流行菌型
流行菌塾の移動に伴ない志賀塾菌が昭和22年を最 終年択として急激iこ減少しJ大体25年度以降殆ど全 (其の影を没したことは置々伝えられる処である・
表 4. 昭和21年度赤痢菌塾調査表
黙し乍ら21 ・ 22年度の高率年次に於いても楢他種菌 型が検出されたことほ上記の/J、張29)の業報にも明 らかな処である・従って主流は志賀菌に因ると考え られる流行に際して楢吏流構成の他塾菌が同時に横 田された様な例が21年度市統申に在ったか否かほJ 本朝流行原因菌塾を叔上(A.項参照〕の様に単一
繁昌 県 名 菌型菌牌人 口 忠 者 数 死亡者数 萬患率 死亡率 致死率
l:
I
道 田 辛 島 木 馬
三重
野 賀 北 海 秋
Lu 憂萄
宿 栃 罪 埼 長 滋 新 宿
北海道 不詳 不詳 3488013 軍:3手芸16,
25.
39.31.
20.
9.享15.
12.
9.
18.
9.享享
3719
2471 6638 フ89フ 2520 3454
2027
† ク
ク ク f
志賀*1 不詳
ク ク
〟
〟
〟
〟
〟
〟 s/
s/
1195813 121フ154 1918746 1488200 1524635
202日648
f
】
東
也
道
北 路 追
‑一 >
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束 子 港
道 神 奈
蓋橿歌
葉 〃 川 志賀*ヨ
〟
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〟
2326381
ll
2559 283 109.9 12・1 11・05
252 62. 6 12・ 20.01 243 75・ 11.2 15・00 2008568
(216000*昌)
936006 1380700
1259 1620
309 1981
山 嬉
不詳
Jfl
フ4 384
33.0 143・4
7.9 23.94 2フ 19.38
畿内
i
‑‑^‑
山 ク
※
〟 1663803 ク
1455
1363 307
日7.4
81.9 18.4 22・ 52 山陰道 鳥
佐 西
大 海一
道 熊
取 管 栄 分
^
&
〟
〟
諦‡
本 '/
ク (873676) 1099 1025 ク 1149501
ク
ク
16019フ6
9フ5 raso .946書) 874
(書芸≡昌)
1866 i
2(亭主 1 (sv?
3
42 14 45 IS¥
11) 69 諾) 03
125・了 117.3 84・8
76・0 4・8 1.6 21.3
14・フ
3.82 1.36 25.12
19.33
116.4 18・9 16.23
〔証〕 1・ ※ :赤痢のみの場合(下段).無符号(上段)は赤痢疫痢合計の場合・
2. *i :昭和21年は志賀菌が群居県に浸襲Lた年と謂う・
Sh・鮎xneriと想われるものがあったが不確宋の故に記入しないと謂う.
*3 :人口ほ正確でないと云う. ( )ほ著者が障患率から大要を想定したものである・
*4 :人口旺21年(829555〕 .皇2年(917797)度を平均したものである.
3.萬患率・死亡率は人口10方対J致死率は百分率.是れ等の語数値に就いては夫々の項下に於 いて言及する.
782 高 橋
表 5. 昭和21年5月27日現在に放ける!J、長井村世帯調査表並びに同年同村に放ける赤痢流行 旺関する統計資料一覧
部 落
患者非口重世帯 (B)
‑ffi:ォ 人 口
\地区
=≡二.:
患者発生任帯(A)
貰l
数量 世:帯 員 数
8 ?
患者数
8 早
死 亡 者 数
8 早
苗 賞 翫f 8
帯 数
?
臨 計(C) 董 ‑^‑ ?c^
数 8 苧 蛋
〔全区紐討〕
57
59
116
325 144 181
2∈汀 145 152
622 289 333
同 左
遠 竹 柳(谷〕南〔平〕
31壬!
145 173
150 75 75 53
24
同 左
同 左
黒 仁 田
築 切
19 122
61 61 上司 左
同 左
49 295
138 15フ
*1井 崎
〔全区絶計〕
;
‑ ‑
四
1
1 3 0 3
3 0 3
2 0 2
2 0 2
0
0
58
57
68
55
238
325 、l 160 165
344 164 180
別9
162 187 311 146 165
m醒
632 697 69
239
同左
352 162190 同左 1332 632700
209 93 116
286 140 146
318 142 176
年03 200 203
1216 5フ5 641
91 41 50
250 112 138
300 149 151
349 159 190
年10 206 204
1冨89 626 683
153 68 85
*望/J、川 原浦
〔全区紐計〕
新 田 原
■■■■■■■1
四 (釈)
5
2
4
1
12
9 41 19 22
14 9 5
31 17 14
丁 6 1
&
51 42 10 5 5
5 4 1
4 2 2
1 1 0
20 12 8
2 0 2
0
0
I 1 0
39
49
60
72
220
44
51
64
73
232
62 20 29
27 35 9 11 2 2 20
牧
〔全区総計〕
■ フ
3
5
15 46 21 25
21 9 12
39 18 21
106 48 58
K 8 8
6 3 3
ft フ 5
34 18 16
2 2 0
1 1 0
3 2 1
6 5 1
52
69
63
184
2 8∠1 116 168
3丁4 174 200
arc 160 200
1018 450 568
59
72
68
199
330 137 193
苫95 183 212
399 178 221
1124 498 626
志賀塾赤痢菌に因る流行例と其の感染要巨即こ関する考察並びに原因菌の性状に関する知見補遺 783
表 5. (つ づ き〕
患者非発生世帯
患者発生世帯(A〕 (B) 世:帝
人 口
地区
部 落 世
常 敬
世 帯 員 数
8 平
鹿者数
8 早
死 亡 者 数
8 9
世 帯 敬
世 帯 員 数
8 辛
抱 計(C)
世 帯 敬
世: 帯 員 数
8 早
足 角 田 代
〔全区統計〕
尾 ノ 上
.・.一
54 311
146 165 同 左
34
52
86
222 109 113
2TO 125 145
492 234 258
同 左
68 423
205 218 同 左
大 久 保
l
54 338
174 164 同 左
舟 津 3 13 720 4 59
打 越 1 4 3
40 218
95 123 43 238
108 130
【
2 2 1 2 1
川 内
56 331
165 166 57
3苫5 167 168
39 266
131 135 同 左
*3農場 (田原二・≡) (開甲田部落〕
42 42 43 20 22 16
*4田 ̲ 原 24
9
3 6 27 186
58 48 43 191
100 91
153 54 61 92 22 32
13 5 8
■!
45f 2年4 Il1 133 69
39T 172 225
*5古 墳 15 39 4079 同 左
8495 8 甲 4008 4487
60乃
J 二‑∴、
8 苧 23フ1 2708
3416
一‑‑‑‑‑ ヽ
8 苧 1637 1779
r
総 計 81
626
「 一 一←・二‑二ニー
8 苧 244 282
184
r ‑一一㌧‑‑1
8 苧 86 98
39
ーニーーーー・ 、
^ * 18 21
1 407 m甑
r ‑‑一二ニーーニーニ1
8 苧 3フ64 4205
患者発生部落
1488
tfll
患者非発生部落
6TT
〔註〕 図表1B.に親られる上記以外の地名部落の所属は次の通りである・暴れ等各部落の世 帯・人員等ほ本表内に包容されている・
*1 :長々旺井時に所属する〔以下長々‑井時の如く記るす)I
*B :こながい・長戸‑>/J‑、川原浦・
*き:山の神・開拓団部落‑農場(往時の田原二.三区).
*4 :清水・山茶花一団原(往時の田原一区)・
*6 :鳥越‑古墳〔所属不明確,位置的関係より苗場に含めて整理).
784 高 橋
表 6. 世帯員数別・地域並びに地区別忙見た人口・蒔患者・死亡者間の関係(統計基数一覧の一部〕
モこ」竪琴所属員数r 世 帯 員 数 別 世 帯 数
*1地域 地、壷\ 3. I5 6 7 9 10 ll 12 13 14 15 紐計 番地域 別人貝 毒
〔全区総計〕
3 3 4 8
10 9
5 5 6 2 6 3 フ 325 1 1 2 59 297
6 7
13i4川3
115
1 1 1壬
3 1j
1 lf
3き2f I l8
ll
≠4 Z8 4 6 4 5 19 4 4 8 5│ 6
壬21 2
t 1
12I
‑ 1
二 3
=ニ 5
四 2 Ill
遠 竹 柳(谷)南(平) 異 仁 田
3 1 6
3事I4 1 1
41可3 6 9
H i 53 318
1⊥⊥24 150 19 122
1 49 295 58 325 1 1 57 344 1 69 352 55 311 1 1 1 239 1332
辛 罪
切 崎
〔全区紐討〕
/J、川 原浦
〔全区総計〕
新 田 原 牧
〔全区臨討〕
4 6 2 4
9 9X>苦 2 3 17 22
7 11 10 了 13 8 6
7 14 7 6 8 10 14 8 35 43 37 22 15
1 1 5 1 2 2 1 1 1 9 5 1
‑ 5
二 3 4
三1 71 S
四*望 2 6 (節)
17 17 4 8 7 12 (1〕
31 6
( 1
4 3 8
L2J H
5 5 5 16 1) (2〕
9 33 71)
5 ll 7 30
5望) 7 Sa>
71) 24
1 5D 1 2 4 41> 1 1ll' 51)! 2
2害l…至言); ≡
(1〕
21) 1 1 1
5 1 1
1
3 1
1
44 250 51 300 64 349 73 410 (6〕 (35) 232 1309
2 フ 1) 6望) 2望> 21) 2*> 29 153
I 59 330 1 72 395 68 399 199 1124
1 2J> PJ
̲.一
▼ コ I̲̲̲・J■
一■
■■‑コ
4 6 2 12
51) 6 5 16
6 5 1 10 8 21 2
5 4 91) 18
31) 3 21)
8 2 3 5
1
1
足 角 舟 津
主事宣誓冒如≡1吉圭2
2V至 1 1
54 311 43 : 238
田 代
〔全区総計〕
! :.:
. ▲
1 2 3
1 4 3 5 9 10 6 13 13
3 3 6
5 5 10
4 3 8 2 12
I
6 6 12
2 2 4
1
1
34 52 86
222 270 492
尾 ′ 上 大 久 保 打 越 川 内
3 1 4
13 6 7 6
8 6 8 5
5^ 10
3 4 6 7 8 2
3 6 ll 9
12 7 4 3
5 5 2 5
6 3 5
6 1
68 423 54 338 57 335 39 266
農場(田原二,≡)*>
ノ〔開拓団部落〕 。壬)E斬1)冒; 21>!。f, 2D ID ID 2L>
田 原 古 場 所国見数別世帯 数並び紅〔総数〕
同上世帯属人員 並びに(総数〕
≡≡≡E:
4 4 68>10サ>10*5 2 2 2 1
9曽) 4
93) 6サ>
1
6;>2**3L>
1
F ・12い85 191
555 764 72
397 79
75 37 18 407 216 78 56
2 (1488) I
I 72 40
・o62‡1064│l152│l125J
〔註〕 *1 .・前額図表I B.虹認められる本義記載以外の部落名については表5. 〔註〕参照・
*望‥ /l、川原浦四区列並びに農場列の番数字申糾ま夫々下段列の/J、長井駅関係者・開拓団部落居 住者が含まれている.
*3 = 前回報告l (1〕4望)くこ記載された様に井崎ほ当初患者非発生部落と考えられたが,其の後発 生部落と考え得る様な資料を得たので,本朝(2)に於いて再考することを附記しておい た. *3は之れに相当する世帯の所在である.
6CD :数字の右肩( )内数値は発意樫帯を意味する.例えば'田原区の9(盟)ど謂うのは6人世帯は ー 9世帯J其の中2世帯より患者発生との意嘩である.
* *#.両者共に発患世帯骨1を示す.唯H.80 ・ tI・Blの所在を京す為に用いられたもので'夫々
*ほ6W, は2(1)に等しい.
未 了・ 〔A〕 蝿域別・世帯員数別に観た艶患世帯・躍患者・死亡者所属関係一覧 世帯
所属 員数 地区 地域
井 崎
1世帯所属員数別(患者・死亡者を含む)
1 A
2 3 A I主 C A I主 C
1:0 3 5 四 2
5HI 2 9 2
蘇(総計〕
小川原浦
*ー(総計)
・■
≡≡≡二.:
. ‑▲
四
〔駅〕
5 3 7 2
2 4 5 6
4 A B C
5 A "R C
6 A
了 A B C 6:0
4
9:1.{H.6
3
(9:1
4 8 7 12 (1)
2:0 2:0〕
了:0 13
7 8
ll:0 8 TO 10
10:0 6 7 14
6:0 2 6 8
3
6:1 (H.7
5 5 (1) (6:1
新 田 原
1
2 I 7
1:0
1:0) 8 4 5 16
〔2)
≡IH.2I'O冒‥,JH.
'IH.昌子…冒
ll 7
5:2H.
IH.冒2壬=:S 7:1{H.131:1
(フ 1:0〕〔1フ 7:2)
4:1 ‡H・1了3:1 6:2 i.
H.20 3:1 H.21 4:0 2:2i
H.14 1:0
H.16 1:0 2:1 {H.19 3:1
5:1{H.25 3:0 8:1{H.2フ1:0 フ 7
6
(5=1 3:0) (8:1 枚
*〔総計)
̲̲.̲■■
4
6
2
5:1 {H.26 1:0
6
5
(5:1 1:0) 5 10
7
14
8:1IH.33 1:0 (8:1 1:0)
8:1{H.29 2:0 8:1{H・30 1:0
9
〔16:2 3:0) 1:0〕
p
港 津 2
打 越
農 場
ヰ(総 計)
4
4 7 5 7:2
i
H.38 1:0 H・40 4:0 3
4 フ 5:1牡413:2いo 8
2
l】1
6:2fH.
IH.写雲量謂6:1H.801:0
(1〕
3:0) (6:1 (2〕
(6:2
(開拓団) 〔1)
1:0)
n.fifH‑6 11:6H.7 H.7 H.7H.7 (H.7翌9g董
(ll:6 12:
1 0 0 0 1 1
3〕
6:2
〔1〕
(6:2 i
H・66 1:0
H・67 3:0 2:1 " T 5「/uP " W.71 1:0
1:0) (1)
甜 蹄 陸 戦 盟 醜 戸 盟
Ol
読 3t 盟
Q
湘 8 蘇 m 親 響
rl
蛋 ヰ か 凝 滞 I*
g.
市 河 盟 醜 8
房 管
n
蛋 ヰ か ァ 如 義;
軸
ト、コ 00 .Jつ
衰 7. (B〕 (っ づ き)
1世帯所属員数別(患者・死亡者を含む)
1 A
2
A B C A
3 B C
4 5 A B C A B C
6 A B C
了 A I∋ C
田 原
*〔紐 討)
4 4 6:3 H・56 3:0 H.60 1:1 H・64 1:0
10:3H HH;器il…害
(6;3 5:1) (10:3 3:1〕 (10:5
3:0 2:0 1:0 2;0 1:0 9:0)
9:2i
H.48 2:1 H.50 2:1
3:0 2:0 2:0
(9:2 4:2) (9:3 フ:0)
世 帯 員数別
発意世帯数 患 者 数
死亡者数
3 4 0
5 8 1
未 了.(C〕 (つ づ き)
13 13 23 28 7 1
7 ll 2
10 18 3
四
*(紐計)
1世帯所属員数別(患者・死亡者を含む)
8 A B C
9 A 追 C
AIO Bき11 B
12 A Ii C
13 A
14 A
15 A
7:0 5 2 1
4:0 6 4 5
1:0 5 2 1
iB1
1 2 1
0:0
1
0:0 0:0 0:0 1 1
1
地 域 別
発鹿死患
世者妄帯
数数数
1 2 0 1 2 0
小川原浦
*〔総計〕
=̲. 十
■■≡±二=
ー・.
一≡≡≡二=
‑̲・・・・・・・・・・・.
四
(釈)
1 2 ll:1i
6 (1)
〔11:1
H・11 1:0
1:0)
≡:1i臥1 2:1
5:1 5
iH.10 1:0 (10:2 3:1)
1 4:1 2 4 (1)
〔4:1
i H・8 4:0 1
1
4:0;
2:
1 1 1
(2:
1l札4 3‥0王
1
3:0) 1
1
510 2 2 5 0 4 4 0 1 1 1 1220 3
読
剖
茄
m 7. CD) 匡i< づ き〕
牧
辛(総計) 舟 津
! ≡:.]
̲ ▲
7:2 9=2 6=2
〔24=7
H.23 1=
H.24 5 H.31 1 H.32 4 H.34 3 H・35 1:
15 0 :1 :1 :0 :1 0 :3〕
6
5
4
9:1†H・37 5:1
〔9:1 5=1)
3:1ιH.28 3=1
3
2:1 H.36
〔5:2
2:1 5:2〕
2
3
3 2:1
I H.39 4:2 1
1 1
1 7 16 2
3 6 1 512 3 1534 6
1 3 9 2
打 越 4 2 5 1 1 3 2
1642 9
H.65 4:0 1:1
農 場 2:1
if‡・78 7:4
(開拓団) (2:1 フ:4) 田 原
串〔総計)
L!トL!
i ‡ H.75 6:2 2:1 iH・73 4:0
(1=1 三0) (1三 6:2〕 (2=1 1:0)
6:3 ≡;喜芸
1:0 1:1 5:2
(6:3 :3〕
6‥3‡
H.47 6:2 H.55 1:0 H.57 1:1 (6:3 8:3)
2:1 iH.81 1:0 3:1i H・61 10:3
〔2:1 1:0〕 (3: 10:3)
2454 ユ3
6 20 了
世 帯 員数別
売愚性帯数 患 者 数
死亡者数
12 31 10
7 20 5
〔証〕責7.分割表(A) 〔B)I(C〕 CD)の 聯結関係
蓑7. (C)
3 8 0
2 13 3
81 184
39
宗7. 〔A〕
蓑7. (B) 表7. 〔D)
甜 婦 値 鞘 望F 囲幸 市 盟 か 詩 顎 盟
「r■
湘 8 熱 瀬 畑 盟 円 覇 ヰ
む1
牌 潮 顔 G!.
市 河 盟 団‡
8 停 罪 戸 渇 ヰか 苔 如 塞 軸
EcD
788 高 橋 未了.
〔註〕 1・ A :指定員数所属倣帯数:同乗患世帯数の比.
B : Aに放ける発意世帯番号.
C : Bの魯莱患世帯に放ける発症者:死亡者数の比・ A‑B‑C間の関係は次の様に解許 される(2.参照).
2.本表内容は田原8人世帯の場合に例を探ると'所謂8人世帯ほ6例ありJ其の中庸着発生世 帯は3例'此申3世帯ほ夫々H.44‑H.51 H.52で表現されるものでJ其の者ミの世帯に 放ける発病者と死亡者を乗数で読すと夫々1 (曜患者〕 : 0 〔死亡者〕, 1 ‥1 (罷患者1名J
而して本患者が死亡〕 5:2 (躍患者5名の中2名死亡〕であることを示す.
3. (a) B‑Cの映如せる欄旺艶患世帯の認められなかったことを意味する.例えば夫々1 I 13.
14‑ 15入所属の各世帯からは患者が発生していない. (b〕筒1人世帯を例に探ると上段より 1:0 3 5 2 …… となっているが是れほ1:0・3:0‑5:0‑2:0…の酪である. (c〕亦13 人位帯偶の0・・0 (空欄) 1…に放ける空欄ほ0:0の省略である.他の場合も(b〕 〔c)に準 4. 発患僅帯・患者・死亡者のみに就いての総計である.ずる.
塾菌と看倣したことに関聯して考察資料としたい処 である.幸いにして長崎県衛生部環境衛生課長西村 信一博士の御好意に依り全国県衛生研究所に成る調 査資料を入手し得たので'其の内容を適宜整理した ものを表4.として掲示する.此処に記して同博士に 万歴の謝意を表する次第である・
放て表4.は1道19県の統計に止どまるものではあ るが,其の内容を要約すると次の様になる・即ち菌
・
型が記入されているのは群馬.神奈川両県のみで他 県の場合は天災に因る記録喪失や研究所開設期の関 係等から菌塾全く不明となっている.上記両県の場 合も歯牙雑損性脚数等の詳細な記載ほ無いので1志 賀塾以外の菌塾が陰性であったとも言えないが同時 に亦陽性であったとも断じ損ないわけである・要す るに21年度菌検索所見は諸種の理由で,全国的に精 細な統計ほ得られていない様に考えられるのである・
本勤王小流行に際しての統計に過ぎないが,是れを 記録に止める理由の一つは哉に存している・
以上統計資料並びに是れに関僻する註釈を附記し て以下本論に入ることにする.
(Ⅱ〕統 計 因 子
主賓統計規子に就tt、て略述すると共にJ流行要因 に関聯を持つ事項があれば随時随所に考察を試み る.表5.ほ質的された統計資料一覧I表6.並びに 表7・は表5.の内容的補助表である.猶詳細な統計 資料は附表1.として続報に掲示する予定である・
因みに是れ等諸表と前額蓑1.の問に数値を異に する場合が見受けられる.既に蓑1. 〔註〕に附記 した処であるが下記A. 3.項に於いても言及されて いる.
凡.部 落 数
1.表5.に京される様に小長井村には登より苗
場に至る19の主要部落が存在する.既報図表IB.
には是れ等の他に比較的多数の地名が散見するがJ 其の所属ほ次の括弧内に示す通りである.長々(罪
崎),こながい.長戸(小川原滴〕,山の神(田尻 二・三区即ち農場J下記2.噴参照),清水.山茶花 (田原一区),鳥越(古墳;独立部落とのことであ るが,記録不備のため古墳に所属せしめて整理され ている).開拓団所属者の居住地填であるがク 広川 原・山神地域に多数である現在とほ異なって流行当 時ほ農場の周辺に比較的少数の一牡帯が看られたに過 ぎない様である・記録上では10世帯35名となってい るが,流行に関連せしめて考察すると其の居住場 節.転居時期と流行期の関係等から実際には6世帯 20名と解したが穏当と考えられるので統計値は後者 の場合によって求められている.猶記録では大嶺・
長里なる地域より患者が発生したことになっている.
大損とは蒋津・田代一区及び二区を含む地域'長里 とほ川内・打越一帯の占める地域であるがク本稿で ほ上記両地名ほ使用しないことにする.
2.部落によってほ其の内部が更に小地域に区画 されている場合もある・蔑場ほ当時の田原所属3地 区申の二区三区を占める領域で'現在の区画制とは 異なっていることを附記しておく.用語に例えば包 原部落と呼び田尻地域とする場合がある・前者ほ世 帯集落地帯を,後者は部落全域を意味するた軸こ使 用された場合もあるが'常に必ずしも区別の要ほ無 いものである.但し増域と地区が峻別されねばなら ないことは勿論である. (3一萌参照.〕
叙上の様に地名'領域等に就いて詳述した所以の ものは次の如き理由による・田原患者として整理さ れていたものゝ申に偶々清水愚者の混在を知り得た のであるが,清水は地理的に言って田原潮水に因る
志賀塾赤荊菌に因る流行刑と其の感染要因に関する考察並びに原因菌の性状に関する知見補遺 789 汚染は全く孝標外に置かれてよい地帯である・本意
者はl田原患者として看過された場合は水帯感染の 資料となるに反してJ清水患者とすれば水帝感染否 琵の資料とも化し得る理である.本例の如きは感染 事情不明なだけにJ地域の整理に依ってのみ免れ得 る誤謬と云わねばならない.
3・表6.に現われた処に拠るとJ政部落‑・三 区では同二区に比して患者が多発している様であ る・此の地区別による密疎の原因を考えるとJ本流 行が苦し流水に基づく水釆感染に因ったとすればJ 萄区画(鞄区)と川水路・濯水路との位置的関係或
は川岸の地形より来る川水利同の鄭易(前額参照〕
等が問題になるわけである.図表4.は井崎川と井 崎 /J、川原浦所属宙区画J /J、深井川と牧所属区画と の位置的関係を示すものである.
井喝所属各地区は川水路・濯水路網の在り方から・
流水との位置的関係は大体同一と看徹される.而L て表5.に京される如く督矧墓所属の世帯・人口に は著差は認められない・然るに'世帯数.所属人員 に於いて多少の優位は認められるが'井崎川利用の 点では不利な位置に在る三区に於いて2名の患者が 認められているのである.(本患者に就いては表6.
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790 高 橋
〔註〕 *B参照.) 亦牧部落‑.三区は二区に比し て患者が棺多発してい卑.三区には濯水路の主掛王 無く'本区水田の濯掛ま/J、深井川の支流或は渠溝に 依るのであるから'小深井川との関係は本流に接す
る二区の方が三区に比して寧ろ密填であると解する ことも‑応許される処である・而して督区の世帯 数・人員に大差ほ認められないに拘らず患者数は上 記の如くである・
是れ等を総括すると水帝感染型式を否定する迄の 資料ではあり碍ないにしてもJ同時に是れを強調す るには全く不利な所見と言わぎるを碍ないのであ る.
B・人口・世帯数
1・戸籍・世帯.家族並びに是れ等の所属人員・
同居者・同居家族・世帯.戸〔軒〕.住宅・家屋等の 用語は其の適用に困難を伴なう場合が静くない.
(附表1・ 〔註〕参照.〕是れに加えて疫学的見地から 炊事場・井戸等の俵田関係を考慮に入れると統計に 必要な生活単位の整理ほ全く複雑なことになってく る・本稿に放ける生酒単位は世帯の型式を探ること にした.南厨・井水の関係は世帯個別には是れを知
り得ていないがJ例えば所謂同居者なるものが同一 世帯人として生活する場合)或は独立して生酒を営 む場合等を記録に求めることに依りJ叙上の関係も 相当に明らかにし得たと考えている.同居・別居等 に関する類別は前記A. 2.に記述したと同様の意 味でも遥意されてよいことである・
2.流行直前即ち21‑ V ・20圭司在に於ける調査 c・内容を基にして,転入.転出・死亡等の関係を整理 L V ‑ 27現在に化したものを示すと, /J、長井村全 世帯数は14日8'全人口ほ8495である・此の中発患 部落は8 '発患世帯旺81'本世帯所属人員ほ526;
罷患者は184?死亡者は39となっている・詳細は 督箇因子の頭下に譲るが,患者発生一非発生部落 別・世帯構成員数別・患者死亡者別・性別・部落‑
鞄区制別等一応戟に予記しておく・蓑5. ‑7・等に 京される通りである・猶本稿に放ける人口ほ'原則 的には流行期としての昭和21‑ VI ‑5‑K ‑ 10の問 に当村に在住した人が対象になっているのである がJ感染条件・潜伏期.軽症赤痢等の在り方を考え るとⅥ ・ 5以前の人と距も条件に由っては全く無関 係とする訳にはゆかない.此の意韓でJ V ・28に3 世帯8名 V‑29に2世帯了名7 V‑31に1世帯 11名 YT‑3に2世帯5名の転出者が認められるの であるが本稿では是れを人口中に含ましめている.
先に人口調査期日をⅤ I 27甥在と.したのは盤に閲 聯を持つ理である・亦IX ‑ 10以後に転入t,た人む羊 含まれていないがIX ‑10以前に転出した人は流 行期在撞着として包含されてい草.
3.前報に於いて井崎に放ける愚者発生状況を l′少数か皆無′̀と表現して来た・是れはJ蓑1.
〔註〕にも示した様に問題になったのは2名である が,是れが疑似患者であったかも知れないと伝えら れたことJ全流行期間を通じて井時にほ其の他に統 監患者が認められなかったこと,更に流行第2期或 は第3期に発生したと推還されること(其の発症期 を著者はVI ‑ 24 (第2期初日〕 ‑vn ‑25 〔著者の現 鞄出張日)の問と想定していた)以外には明確な記 録も無くJ亦対象の其の後の消息も全く不明であつ たこと等に由来している.然し乍ら他方に於いては 是れを非赤痢愚者として除外するに足る根拠も存在 しないだけではなくJ当時の1資料(鞄城別患者分 布図〕には山崎博士により井喝2名と記入されてい るのである.
相当局に記録無く博士も亦確巽には記憶されなか ったので,是れを保=試しておいた次第であるがJ著 者は同博士の当時の手記を以って真相と解しJ幸に 入手し得た当時の主食配給帳を整理することによつ て,疑問の2名に該当する患者を恕琵し得た様に思
うのである・以下其の大要を記してみる.
4.結論を先にすると疑問の2名というのは既往 に於いて/l、川原浦三区患者世帯H. 6所属の患者番 号No.ll‑ No・12 (義18. 19.附表1.等参照)と
して整理されていた患者である.
a.本意世帯は家族3名(母41才J第3女11才 No.ll,第4女8才No・12)で流行前年の20・
VI‑ 16に長崎市より井崎三区に転入J其の筏小川 原滞三区某(世帯I‑No.49)方に転居している.
(更に後日/J、川原浦一区に転住したかの形跡もある が詳細は不明である.亦本論には考慮の必要ほない
と考えられる・〕
b.考察上必要なことは此の小川原浦三区への転 居の時期であるがJ不幸にして是れに関する記録旺 存在しない.次の様に考察してみた・ (1)子供2名 の発症は21 YD ‑ 4であるから此の期以前に/J、川原 浦に転置'其の後感染発症した場合も考えられるが (2)然し乍ら21 ‑ の発症直径に転出した場合 も考えられるのである.即ち原爆被害直後の長崎市 より転入仮寓した此のし一族がJ其の劫童2名に発症 を見た場合或ほ流行現地で疑似赤痢の診断を下され
志賀型赤痢菌に因る流行例と其の感染要因に関する考察並びに原因菌の性状に関する知見補遺 * 791 た場合J直ちに当時赤痢病舎の設置されていた小川
原浦部落に転居】子供ほ入院J母ほ看護者としての 道を採ったことも考え得る処である.苦し是れが真 性の患者であったとすれぱ,発症は井喝なる土地で 認められている.のであるから(2〕の場合でなければ ならないことにもなるしJ亦此の際此の一家が戸籍 を井崎に残して身柄のみ入院したかJ入院と同時に /]、川原浦への戸籍移転が行われたかほ不明である がJ当時の食料配給等から考えるとJ後者の場合は 勿論であるが,前者の場合等も井崎との関係は全く 名儀上のことで,少くも此の.一族が病舎生酒者とし て'事実の上でぼ恰も小川原挿居住者患者の如き立 場に置かれたことほ一応考えられる処である・要す るに発症地と病舎の位置的関係,入院と戸籍地変更 の時間的関係が基になって井崎との関係が無視され
る結果になったとも考え得る処である‑二
c.他方当事者としての山崎萬士によって井崎患 者2名なる手記が兎まれ現存しているのである.
然るに此の2名のみが其の後の消息全く不明という ことほ,患者の側に上記の移動が仮定されるならば 起り得る翌B象である.仮寓先が、、况還した以上は記録 の上で上記〔1)の場合は勿論(2〕の場合にも/J、附原 捕居使者として整理される機会が充分に考えられる からである・
a. No.ll ‑No.12特典にVI‑23に退院した ことになっている・著者が現地に出張Lたのは vD‑25である.苦し問題の2名がNo.11・No.12 であったとすれば其の発症期日Ⅶ・4,退院期日 W ‑ 23等の関係からも7T一応赤痢患者と推還されて も宜いであろう.先に不打とされた∴州Ⅰ原浦への転 居日も上記想定の如くならばJ発症日のⅦ・4ほ即 ち転居入院日とも考え得るのである.是の期日の点 捻転不明として措くとしてもI退院とは入院の証左 であり少なくも真性赤痢洪琵の結果入院の為転居し たことは此の家庭にほ充分考え得る処である.
e.苦し2名とNo・1.1‑No.12を異なるものと すれぱ'著者の出張時に前著は未決定のまゝ世帯隔 離処置を受けるか)真偽何れかへの診断が下されて いてよかったわけである.然るに井崎2名の資料が あったに拘らず患者自体ほ井崎にほ既に存在Lなか ったのである.
f.併も流行全期間を通じて井崎より小川原滴三 区に転住した世帯は他に存在しないし,亦井崎全区 画より他部蕗に転居した世帯中には叔上H. 6以外 には発患世帯は認められないのである.是れ等の条
件が成立するためには問題の2名は是れを一応H.6 所属No.ll‑ No・12と解せざるを碍ないのであ
る.
I 5.斯くて問題の.2名をNo.ll‑No.12と、、况諭 したのであるがJ流行学的に本例でほ其の発症地域 を重視して両患者は是れを井崎部落に所属せしめ ることにした.従って/J、川原浦患者数は前回報告 より減少する理でJ然し臨討には変更なく,前報 (p. 1543参照)記載の患者数186名への考察の熟ま 裁で解消したことになる.
6.前執Q4 (p. 1550参照〕の項下に於いて井暗 部落に放ける患者不発の理由に就いて考察を試み た・本報に於いて2名の患者が井時に所属すること になったのであるがナ 是れのみでほ前額所論の如く 水釆感染説支持の資料とは萬り碍ない・別にQ14
〔前報p. 1551参照)としてク 学童間の交流が考え られるのに患者不発の原因に就いて論究したが, No.ll‑ No.12が未A ll才。 8才の学童であるだ けに交流説の1例証とほ看徹し得るにしても之れ亦 其の後の続発が認められない点で不充分である.尤 も患者数に就いては'後述 (XVI・ 〔Ⅲ、 (参照)〕す
・右横に統計資料外の死亡者中に一応ほ赤痢症死を疑 ってみる必要のある例も認められることであり,亦 他の腸管釆伝染病と異なって赤痢に関する限り届出 での有軸こ由って患者数が支配されることも考えら れる処である.然しながら井崎の場合是れを以って も猶完全な解説は望み碍ない・、究張.り井喝部落の独 立的性掩・生活環頃等を其の主要素と観るのが隠当 かと考えられるのである〔猶ⅩⅤ.〔Ⅱ〕11参照). I
7.問題の2名の病名.所属、、况琵に関して敢えて 詳述を試みた.一つの理由ほ愚老発生・非発生部落 を分別L.Tの統計に際して'単に2名の趨向に従っ て臨討1332名を擁する井崎部落の所属が左右される わけで'魯笹統計値に顕著な変動を招来する因子的 存在であり得る場合が想定される点に存してい畠・
独立部落の集団より或る一報全域の流行に際して ほ'都市に於ける場合と異なって些細な資料の看過 が感染要田究明上の考察を左右する場合は静くない と考えられる.本報流行の如きも斯かる例が適所に 或は多数に看過されているとすれば或は水繋感染型 式も否定し戦いものになったかも知れないのであ る.理由ほ寧ろ'統計値自体も配ることながら,此 の点を重要視したことに存しているとも謂い得るの でぁる・ (3.‑7.項は前回報告p・ 15由記述の保E古 事萌に対する解説でもある.〕