志賀型赤痢菌に因る流行例と其の感染要因に関する考察畢びに原因菌の性状に関する知見補遺 82フ
I
衰 21. (つ づ き〕
宗 匠 分
区ドミ ーー、一
地域性分年令 統盲卜\
A G
田 原
C
全 村(総 計)
8 苧 s
表 統 区 分 討
G
全 村(紘 6 9「‑8
C
翌m
早
1 .‑ 2 (m) rflft 1:13
I
0:95
0.98 1:104
3 .・‑ 6
CD
14.238:56 20:5753.47了 ′‑ 10 ([) 4.25
2:47
3! ‖i: 0.30
1:327 0:169
(=2害.o8 :961害・:翌7 .lへ
1.65 8:484
ロ・TO 4:565
0.74 2:2フ0
0.67 2:295
ll .‑ 15
16 20
0:51
0:37;
〔1 ‑ 10〕
(I) 0.42 4:945
0.44 2:446
0.、40 2:499
(Ⅰ)
I 0.35
4:1119 0.35 2:5フ0 0.24 1:409
=)l望.44 :903
9.43 ll:116
〔11 ‑ 20〕
〔 15〕
l■
〔1 ‑ 20〕
21 .一 30
^1.11 125:2233
I.28 14: 1092
〔1〕 0.39
8:2022 0.30 3:979
川3日・.77 :4255
0.98 16: 1662 I.29
33:2543 I.39 17:1219
0^760 0=329
】
31 ′一 40 (甘〕
(Ⅰ〕
0:565 0=253
41 ‑. 50
51 ‑,60
61 .‑ 70 (Ⅰ)
c n
(Ⅰ〕
0.20 1=480
0.40 1=250
(Ⅰ〕
I
0:20
828 蔵 相 て関係密接な小川原満と農場の著差の如きを例に探
ると,両部諸に放ける感染条件が大体均等と考え られるだけに難解と言わねばならない.其の他に解 説の途を求めると先ず考えられるのは年令との関係 である・
2・全死亡者39名の中29名(74.3^〕は15才迄, 33名〔84・6%)ほ20才迄に含まれている・.従って死 亡率は大体1 ‑20才層患者の予鎮に支配されたこと になるが,表21・の内容に戻される通りである.
3・併も1‑20才問の年令分布の中3‑6才層と 其の前後年令層の問に於ける率差は最も顕著で,地 域別に認められた率差の主巨軸ま3 ‑6才層患者の死 亡者数に支配されていることが明らかである・
4こ 従って亦此の3‑6才層に認められた死亡率 差が,地域的差として現われて来た理由なるものが 追究されねばならない.然し是れは各地域に於ける
3‑6才患者数の在り方に支配されているだけのこ とで,地域別に由る菌力・感受性等に関連する特殊 な現象ではないと考えられる・裁に亦3‑6才層患 者数の地域別差の原因が間萬になるが是れが解説も 単純である・即ち各部諸に放ける部落全体としての 読年令児童数は多数であってもJ其の大部分が非発 患世帯に所属していた為に他ならない・
5・性別分布としては例数甚少の故に釆統的観察 は不経である.黙し数字に現われた範囲に於いては 性別の故に帰すべき特別な所見とてほ無いと考えら れる.何れの年令層に於いてもJ各年令分布値に応 じての高低ほあってもJ両性大体同率と謂うのが原 則であってよいかと考えられる.
6.死亡率と感染様式を直結するに足る所見ほ認 め碍ない・然し乍ら例えば朝川水を感染源的存在と すれば抱竜と水泳・練浴の関係も考えられるし,亦 当村児童数は3‑6 ・了‑10‑ll‑15才層は殆ど全く 同数でもあるのでタ 今少しく水讃感染を憩わしめる 状態が3‑6才の幼児よりも寧ろ7‑10‑ll‑15才の小 学年令層に見受けられてもよい様に考えられるので ある.成る程J 3‑6才層率に比して低率でほある が,田原湖と直選の関係の無い農場が7 ‑10才層死
.I
亡率0ク如こ対して田原湖の所在地EE]原では兎まれ4・2
%を示している・然し乍ら此の釆統は11‑15才層率 に於いて直ちに破乱し田原0ヲ左。農場21・4プ左の非帝 統的所見を現わすのである.此の農場に放ける死亡 を田原湖に放ける水泳に由来せしめるならば,他部 蕗に於いてもEEI原湖連結の河川に於仕る水泳・沖浴 に関連せしめ得る感染例が認められてもよい筈であ
るに拘らずJ殊更に斯くと断ずるに足る事宋は認め られないのである(報告I(1〕, p.1553, 8・項参 照).是れ等の事実は感染様式考察に対する直喋の 資料たり得ずともJ逆説的に食餌・介達釆の家庭感
表 22.非赤痢死亡者調査
・o・⊇部落名
死 亡 者
vmmrz聖召
死亡日 備考
(1〕
(2) (3) 回m (5〕
(6〕
(7) (8〕
(9〕
(10〕
(11〕
〔12J
〔13〕
〔14) (15) (16) (17) (18) (19) (20) (21) (22) (23) (24) (25) (26)
農 場 井 崎一 /J'、川原清一 田 原 坂 小川原浦二 大久保 打 越 柳 南 小川原浦四 尾 上 農 牧
場
放 牧 小川原浦‑
井 喝四 大久保 田 代二 遠 竹
黒仁田
田 原 川 内 枚 井 崎三 /J、川原浦三
8 早 8 a
? 早 3 8 早 a 早
? 8 早
?
? 早 3 早 3 早 a 早 8 早 8
63 47 1
甲
1 37 89 56 1 74 88 1 29 2 1 2 4 88 26 フ1 71 1 81 40 73 63
Ⅴ. 3 V‑18 V ‑18
V 31
Ⅵ・ 2
Ⅵ・ 7
Ⅵ・ 8
¥¥ 11
W‑ll
Ⅵ・12 VI‑16
Ⅶ・ 2
Ⅶ・ 2
Ⅶ・ 9
k'ilD]芦
Ⅶ・16
Ⅶ・20
ⅥⅠ・ 1
W‑15
Vffl ‑ 23
W‑27
Ⅸ. 4
Ⅸ・ 9
K 16
K‑21
Ⅹ・ 9
*1
*望
*岳
m
*古 Il‑
各年令 層所属 死亡者 敬
1 ′‑. 4
26 .‑. 47
56 .‑ 90
9
5
12
〔話〕 *1 :当時別居していたがH.70の戸主である.
*望:本人の世帯はH.81で要はNo.116患者 L (苧72,Vfl ‑ 3発病),亦農場H.52世帯主
ほ舞子に当る・
*8 : H.71 C世帯姓嵩下)と同姓.
*4 ‥ 本人所属世帯はH.24である・
*E> : H.50世帯員で誕生(IV ‑25)鎮133日目 の乳児である・
*岱 H.11の血縁〔H.riより童子入籍)と推 還されるもの.
志賀型赤痢菌に因る流行例と其の感染要因に関する考察並びに原毘菌の性状に関する知見補遺 829 廟を想定する上に示唆するものがある様に考えられ
るのである・
(Ⅳ)非赤痢死亡者に関する考察
流行期間並びに其の前後に於ける死亡者にして, 愚者No.1‑184に属しないものを当局め‑記録 に求め七みると,蓑22.に示す様に21・ Ⅴ・3一Ⅹ ・9 Lの間に26捌が観められる・是れ等は何れも非赤痢翌、
の死亡者と解されるものであるが(書類には病名・
死卸こ関する記入が無い〕'其の中には本流行との 関係が一応考覆されるに足る周囲との関係を待った 死亡者劉も見受けられるのである・藷に死亡者自体 の甥症に就いて下された診定をJ単に周囲との関係 よりして且つは事後に於いて拙零し想定する意図は
q
勿論無いのであるが,感染様式探究を目的とする関 係上一応の考察は許されてよいであろう.
1・表22.を通覧する時先ずE古意されるのは (A)死亡年令層である. 26‑47才の壮年層は26 例中5例に過ぎず他は乳幼児層9例(1才6例. 2 才2例。 4才1例〕並びに高令層乃至是れに近いも の12別(56才1例.63才2例‑71‑74才4例。81‑
90才5例)に由って占められていることと (B)学童年令層所属死亡者が皆無と謂う点であ る・
2・ (A)なる現象は多分に当時の生酒条件特に 金堂括と季節的条件に関係を持つと考えられるので あるがJ他方本流行を食餌・介連繋と看る場合の感 染様式との関係が考えられる例が認められるのであ る. 〔B)なる所見は(A)の場合に対して年令的 条件等が考えられるのは勿論であるがJ感染様式に 関係ある現象と考え碍ないでもない.強いて上記の 如くに聯憩するわけでは勿論ないが,以下数例に就 いて敢えて考察を試みる(蓑19. 22参照).
3. (A〕に就いて
a. No. (1〕 :本人は入嬉着で家族と別居して 妻の増と同居して居た.本人死亡(21‑V・.3)鎮 自己の別居家族中より平16才の子供〔患者No.154)
J
が発病(W ‑ 22〕しているがJ同居先世帯には患者 は発生していない.実際には自己世帯が発生世帯と なったわけであるが,時間的に言っ七No. (1)杏 上記No. 154患者の伝染源と看ることは一般には 出来ない処である・従って亦No. 〔いを赤痢死と 看ることも出来ない.
b・ No・〔4) :本人性博と患家H.52の関係 ほ表備考に示す通りであるが,其の妻No. i16(VD ‑ 3 発症)はH. 52世帯の孫に当る患児〔No.114苧7
才VI‑26発症 No.11564才Ⅵ・28発症)よ り感染を慕ったとも考えられるのである(XIV
〔皿・〕 5.参照)・然し乍らNo.114・No..115の祖 父であるNo.(4ノの死亡日はⅤ ・31であるがJ是 れが苦し合併症としてなり何れにしても軽症赤痢に 萬.患していたと仮定するとNo. 114・、No. 115の 感染源はNo・ 〔4)に求め碍ないでほないのである・
軽症赤痢の併発等ほ充分に考え得る処である..
亡. No. (14) :叔上のNo.(l〕・(4〕は本流行の 発端である21‑VI ・5以前の死亡者であるが,本 別以下ほ流行期に入ってからの死亡者に属する.是 れ等の中本例No. (14〕ほ其の世帯自体が患者5名 を出したH. 24であってl僻も本人の発症日ほ不
・・
明であるが死亡日のⅦ.9以前に其の兄姉(89 才No.47・宇13才No.46〕は共にⅦ.4に発症し ているのである・残り3名はⅦ。9以後の発症であ るが夫々VH‑9 (643才No.44・学4才No.48.) VI 15 (?16才No.45)と謂う状態でH.24世帯 内に於ける揖頃は感染源への曝露充分であうたと考 えられる.他方本流行の感染源と看倣されている No. 110は前額に於いて述べた如く記録の上で赤L 痢死亡者としては求め碍なかつ缶例であるがJ斯か
ることも当時の現地状況からすれば敢えて皆無とは 善い碍ないかも知れない.本別No・ (14〕の如き も2才抱のことではあり或ほ混雑の裡に記載洩れと なったかと廃してみても爾く≠摂理なことではない.
虫に一考を要することほm証とされたNo. 110 が仮りに非赤痢患者であったとすると∫叙上の考察 は成立し敷いと謂う点である.然し乍らNo.110 を赤痢患者と想定することにほ既往と何等変りは無 い.是れに就いては猶XVI‑〔皿) B項に於いて再 言する予定である.
d. No.〔22) :本例も其の所属世帯は2名の患 者を出したH. 50自体であるが]上記のNo.(14〕
の例とは異なって本人の発症日は不明とLても其の 家族の発症日(♀30才No.108。苧53No.109,夫
々vn‑10とW‑25に発症〕,と自己の死亡日(IX‑
4〕との時間的ずれから一応本流行とは無関係と看 るのが至当である.黙し乍らH. 50は当人の母・
祖憎が感染するに至った環笥を持つ世帯である点を 考属すると当才(21・ Ⅳ 。25誕生〕の此の乳児に 全く疑いが置けないでもないわけである.
e. No.(12):飛躍的な考察例をも栽に拾うと すればNo.(12〕等も其の例である・其の樫帯姓ほ嵩 ーFであるが表25.にも戻す様に同姓世帯ほ金柑を通
830 高 橋 じて農場部落に放ける2世帯に止まるものでJ未調
査であるが血縁関係も考えられるのである(附表 1.参照〕・而して此の2世帯の一つがNo・〔12)の世 帯であり,他がH.71になっている・当人が苧1 才の乳児であるだけに両世帯間の感染関係も考え得
るのであるがJ本例は時間的関係よりして除外され る・ H.71所属No.155の発症日はVI‑30である が当人はⅦ. 2に既に死亡している・
f. No.(23) :血縁関係を辿るならばNo. C23〕
もその1例である.表22.備考噛に示す様な繋がり がH.11寓N?・20 (S89才9 VI ‑ 27発症)と本人 (苧81才 K‑9死亡〕世帯の問に認められるので あるが,本例もー瞭には時間的ずれよりして探り得
.′
ない処である・
g.斯かる親方で一般死亡者例を整理するとJ或 ほ時間的関係から或は亦地域的関係から更に亦其の 他の事情から除外してよい例もありJ亦一応検討を 進めてみる必要の感ぜられる例も認められるのであ る・然し乍ら決する処J要は甥症診断にあるわけで あるからJ以上何れも考察の埼を越え碍ないものと
して論を栽に断つ次第である. 、 4. (B〕に就いて
a.学童年令層に就いて云うと流行期はⅥ一Ⅸに 至る夏期のことであったからJ少なくも初期に於い て学童が水泳・維浴を朝川に求めたことほ考えられ
ることである・此の夏期の問にあって死亡者が認め られたとすると其の死因としては赤萬・非赤痢死・
事故死等が考えられるのであるがJ学童年令児死亡 例皆無の故にJ既往の考察に反して本流行ほ或は水 弄感染釆のものではないかとさえ考えられるので ある.其の故ほ朝川に遊んだ児童ほ総べて感染発 症しJ其の死亡例ほ総べて赤痢死亡者として整理さ れた為J一般死亡例として旺皆無となったとも考え 得るからである・
b.然し乍ら学童年令層に放ける赤軌患者数は7
‑15才層で64名,患者紙数184名の約1/Bを占めて いるけれども全村的に観た場合の同年層年令人口
2064名に此すれば約113望に過ぎない.本数値は水 浴児童の総べてを京すとも解し碍なければ亦従って 水浴君臨べてが醍思したとも解し碍ないものである・
勿論水浴野童の臨べてで旺なくして「部分がとは考 え得る処である・然・L乍ら結局是れが水帯感染であ るとすれぱ既往に於いて否琵された幾多の場合に際 して'今少しく水井、感染的所見が認められても'.iい 筈と考えられるのである・本項は前回苛告p. 1553 (8.項〕記述の保古事項に対する補足でもある.
c.斯く親じ来れば本所見は水帯感染が否定され る上申比較的主要な資料とも言い得るのであ.a.
(†〕小 括
i.統計値〔f〕.〔Ⅰ・〕として夫々0.45‑0.75を
ι
京㌻甚だ高度の死亡率が認められる. ‑ 2.地域別に観る場合も全部落を通じて高率であ るが,高率と謂う中に亦部落別差が認められる.・然 し是れは地域的な特別条件に由来すものでは無く次 の年令男、布が主試である.
3.全死亡者39名の84.6^33名迄が20才以下の年 令層に属しているがJ其の中でも3‑6才層寓死亡 者は最も多く20名を算して前後の年令暦を造かに凌 駕している. 2.項所見の主因ほ3 ‑6才層の死亡 率に存在している・
4.性別に帰納すべき特別な所見ほ認められない 様である.大体両性同率と観てよいであろう・
5・死亡率に関する所産中には感染経過或は様式 を強調するに足る所見ほ存在しない.然し乍ら多少
●の示唆を受ける所見は本萌に於いても亦見受けられ るのである・
6.・非赤痢死亡者の一群が酪モ流行期問に平行し て認められる.此の中多少とも赤痢を疑い得る例に 就いて考察を試みた・勿論本稿の範囲でほ結論を附 すること捻出来ないのであるが,.鶴今後の追究に値 する例の存在する.ことを知り得るのである.他方本 死亡者群中には学童年令層が全く含まれていない・
本所見性感染様式考察上重要で,本所見を追究して ゆくと水弄感染否琵の結論に到達する.
・ ⅩⅢ 流行要因に関する考察〔12〕
致命率に就いて (Ⅰ)率型式:死亡者と発病者の百分率で京 いる.
すことにする.
(Ⅰ)致 命 率
1・表23.は致命率に関する一覧である.本表A
‑K魯欄の示す内容に就いてほ奉〔誌〕に略解して
2. G・C欄を観ると全村平均値として21・1プ左の 致命率(致死率〕が認められる.本数値は流行職域 面積・人口等の関係から衷4・の場合とは自ら異な る点があるにしても21年度赤痢致命率としてほ高率